宙空に浮かぶ二体分の巨人の手足、剥離した装甲、飛び散る機械油……。
 これらの即席のデブリ帯の中で、灰色の巨人が肩を怒らせ対峙している。


〈……あやつらは必ず取り返す、よいな!〉

〈出来るものならばな……力ずくで、来い!〉


 火花を散らしながら互いに背を向ける二体。
 それぞれの信念に交わる部分は何一つ無かった。
 卑劣とか卑怯とかいう感情すら、生まれる余裕はなかった。
 只お互いに、どうやって滅ぼそうかという激情しか存在し得なかったのだ……。


「少佐! あんたはっ……!!」



 結局ジンを全て破壊し、マガルガにも大きな損害を与えてからゼンガーは帰艦した。
 伍式のダメージも甚大であり、両機揃って位相転移装甲も落ちてしまったからだ。
 そんなゼンガーに険しい顔でフラガが詰め寄った。


「何で退かなかったんですか! あのまま戦って、アークエンジェルが落ちでもしたら……!!」


「あそこでククルに背を向ければ、奴は俺とアークエンジェルを引き裂いていた! 来る敵と戦い、そして殺す以外に、我らが生き延びる術は……ない!!」


「……! だから艦長の命令を……」


 ゼンガーの言葉に思うところがあったのか、フラガは掴んでいた手を離してしまう。
 それをゼンガーは振り払うと、足早に行ってしまった。


「いや……いやァァァァァァ! パパ……パパァ……」


 そして居住区へと向かい、悲鳴が聞こえる医務室へと躊躇う事無く踏み込んだ。
 その中には半狂乱のフレイと、それを必死になってなだめようとするサイとミリアリアの姿が。


「しょ、少佐?!」


 ミリアリアの表情が来るなと訴えていたが、ゼンガーはそのまま近づいていった。


「フレイ……」


「……嘘つきっ!!」


 ゼンガーのそれに匹敵する程の目付きの凄まじさに、サイもミリアリアも脅えた。


「止めるって言ったじゃない!! パパの船をやらせないって!! 何でパパの船を守ってくれなかったの!!」


 金切り声を上げて罵るフレイに、ゼンガーは微動だにしない。
 フレイはそのままゼンガーに詰め寄り、その細腕からは信じられない程の力で袖を掴む。


「……駄目なの? 少佐でも駄目なの?! 少佐が本気になってもあいつらを止められないの!!」

「フレイっ!」


 サイが割って入りフレイを引き離そうとするが、フレイは動きそうに無かった。


「私も死ぬの……? パパと同じ様に、あいつらに殺されるの?! ……嫌……そんなの嫌……」


 震えて咽び泣くフレイの手を、ゼンガーはそっと離した。


「……全ては、俺の未熟故……すまんっ!!」

「?!」



 驚いてフレイが見上げた時、彼女の表情に大きな戸惑いが浮かんだ。
 鬼の様な形相の彼の瞳からは熱い雫が流れ、視線を落とすと彼の拳から、赤いものが滴り落ちていたのだ。
 しかしそれでも、ゼンガーはフレイから目を背ける事はしなかったのだ。




「……おのれっ!」

“ガンッ!!”


「自己嫌悪を起こすぐらいならば言わずとも……」

「だがあそこで毅然とした態度を取らなければ……面倒な事になっていたぞ」


 ククルもまた今しがたの自分の行為を歯痒く思っていた。
 ああするしか方法は無かった。
 アークエンジェル側に断固とした態度を取った事で、彼らも二人の事は慎重に扱うだろう。
 それに加えゼンガーの怒りを一身に受け止める事で、ヴェサリウスへの危険も回避したのだ。
 ……しかしそれは、彼女自身の信念に大きな傷を付けていた。
 友を傷つける事を、一瞬たりとも肯定した自分を許せそうに無かった。


「クルーゼ! 修理はいつ終わる! いつ出撃ができる!!」

「落ち着けククル。我が艦は既にマガルガ以外のMSを失っているのだぞ?」

「パイロットは生きておろう。ならばまだ作戦が立てられる!!」


 とは言うが、辛うじて生還した二人のパイロットは最早使い物にならなかった。
 目の前で仲間が両断された光景と、自身もまた斬られていく衝撃が、延々とフラッシュバックしていると言うのだ。
 赤いものを見ただけで動きが鈍るぐらいなのだから、精神面のダメージは深刻だった。
  


「無茶を言うなククル! 彼らはもう……」

「気付け薬(昂揚剤)でも打ち込んで叩き起こせ!」


「アデス、ククルの言う通りだ。このまま第8艦隊に合流されると手が出せなくなる」


 死んでいるならまだしも、生きて捕虜となったとなれば士気に大きく影響してしまうだろう。
 そして彼らの返還の為に多大な労力と時間を費やす事となる……可能ならばいかなる手を使ってでも奪還をしなければならなかった。


「ヘリオポリス襲撃時の突入隊のメンバー……まだ残っているか?」

「ああ何人かは未だ所属しているが……成るほど、随分と無茶な手を使う」


 素早くククルの意図を察したクルーゼがほくそ笑む。


「無茶だろうが何だろうが、やらねばならぬ時なのだ。チームの再編を急いでやってもらいたい」


 今のククルの頭にはもう、ラクスとアスランの救出プランしか頭に無かった。


「待っているがいい二人共……このククル、黄泉の巫女の名に賭けて……うぬらの冥府逝きを認めはせぬ!」


 その割り切りの良さが、彼女をここまで生かしたのだ。





「……」 


 そしてゼンガーは、人気の無い展望台で一人佇んでいた。
 ゼンガーは、逃げ方を知らない男だった。故に全てを背負い込んでしまう……。
 フレイのあらん限りの罵声も全て受け止め、その重荷を一心に背負っても、ゼンガーは倒れない……折れない。
 心が強いのではない。倒れる事や折れる事と言う、“逃げ”方が解らないのだ。
 だから必死になって足掻いた……その結果、いまや死と言う“逃げ”からもかなり遠ざかってしまった。
 向かう所は敵なし……しかし逃げ場も無いのだ、今のゼンガーには。
 しかしゼンガーは自分の行為に納得していた訳では無かった。
 自分はククルとの死合に夢中になり、成すべき義務を果たさなかったのではないかという思いが、今の彼にはあった。


「ゼンガーさま」

「ラクス=クライン……! いや、最早何も言うまい」


 三度目になるラクスの不意の出現にも、もうゼンガーは動じなくなっていた。
    


「戦いは終わりましたね?」

「ああ……」


 君のお陰だ、とはゼンガーは言えなかった。
 確かにラクスを人質に取った形にはなったが、それは戦闘を一時中断させたに過ぎなかった。
 ククルの強い意思表明で続行した戦闘が一区切りついたのは、ザフト側の戦力激減が原因に他ならない。
 その戦力であるジンを三機も葬ったのは……他ならぬゼンガー自身だった。


「ですがまだ、あなたは私に答えられそうにありませんね……」

「君は……不思議な少女だな。まるで俺等よりも、遥かに先を行っている気がする」


「私は未熟故に、単純に物事を考える事しかできません。だから考えが纏まるのです……大人の世界はもっと複雑で、守るべきものや義務が、思想を縛るでしょうから……それに、私も不思議に思います。こんな風に話せるのは、ククルだけかと思っていたのに……」

「! ククルを知っているのか!! 君は!!」

「ククルはわたくしの友人ですわ」


 ラクスにとっては極当たり前の事だったが、ゼンガーには衝撃の事実だった。


「とても頭の良い女(ひと)で、私が知らない事があれば優しく語って、それでも駄目なら共に悩んでくれる……姉のような人です」

「あのククルが……想像が出来ん」

「彼女も貴方の事を、コーヒーを嗜む子供好きの紳士だとは思いもしないでしょう……私達の溝は、こんな所にまで」



 寂しそうな目で、ラクスはハロを抱えたまま見上げた。


「コーディネーターだから……劣等種だから……人殺しだからと理由をつけて、人は互いを理解するのをやめていく……何故、そんな道を歩むのでしょう? それはとても……虚しい事なのに」


「……それがままならんのが、戦場だ」


 ゼンガーの呟きに、何かを感じたのかラクスが首を傾げる。


「ついて来てくれるか? 俺と……」



「何処にいくつもりなの……少佐」


 だが展望デッキの外には、フレイが待ち構えていた。



「謝ろうと思ったの……少佐が必死になって戦ってくれた事を、後から知って……」
 
「フレイ……」

「何をしようっての、少佐? けど私は……」


「……聞け! フレイ=アルスター!!」


 俯いていたフレイがビクッと震えた。
 おずおずと目を上げると、ゼンガーが真摯な目で見つめていたのだ。


「俺は今から……彼らを逃す!!」

「な……?! 何でよりにもよって私の前で!」



 自分など相手にされないと思っていたフレイは、意識されていた事に喜びを感じていた。
 だがそれと同時に、自らの傷をえぐる様なその言葉に怒りを覚え、二つの感情に挟まれて迷い切ってしまっていた。
 


「お前の前だからだ!」



 しかしそんな迷いすら、ゼンガーは両断する。


「コーディネーターを憎む気持ちは俺も同じだ……俺もまた、ヘリオポリスで大切な女(ひと)を失っている」

「え……」

「だが……幾ら対艦刀が血を吸い続け、遂に吸い切ったとしても! 失われた命は二度と返らん……第一そうするまでには時間が掛かりすぎる!! 我らがコーディネーターを一人殺すその間に……我らの同胞は更に多く命を落とす!」


 そのコーディネーターであるラクスがいるにも関わらず、ゼンガーは遠慮無く続ける。


「見極めねばならない……何を倒せばこの乱が終わりへと向かうのか。俺にはそれがまだ解らん……だが、討つべき存在が彼らでない事は明らかだ! しかし答えを出すまでの時が無いのだ。彼らが居ては……俺らは戦場へは赴けない!」 
 


 それを聞いたフレイの表情は固かった。


「この事を艦長に伝えるか、胸の内にしまうかはお前に任せる……だが俺は、いかなる障害にも屈する気は……無い」

「……解ったわ、少佐」


 静かにフレイは答えると、躊躇わずにゼンガーの手を掴んだ。

「私も手伝う」

「フレイ……!」


「こいつらを早く追い出せば、その分少佐は戦えるんでしょう? もっともっとザフトを叩き潰してくれるんでしょう? だったら……拒む理由なんて無いじゃない! 早く戦えるようになって、パパの敵を存分に討って!!」


 その悲しい理由を前に、ラクスが笑える筈が無かった。




「殺すために逃すか」

「不服か?」


 アスランはゼンガーに連れられる形で牢から連れ出された。
 本来牢には電子ロックが二重にかけられているが、そのカードキーは二枚とも容易に手に入った。
 ゼンガーがマリューに対し“尋問をする”と一言言っただけで、渋い顔をしながら渡したのだ。
 彼の本質を知るマリューにとっては余りに意外で、残念な事だったのだろうか。


「当たり前だ……! 殺しを楽しむような奴に逃されても惨めになるだけ……」

「俺が何時そんな事を望んだ!」


 声を大にして否定するゼンガーのに、アスランの表情は固まった。  


「殺さなければ守れないからだ。それはお前とて同じだろう」

「……!!」

「守ってみせろ、彼女を。大義や理想に振り回される前に、己の半身となろう存在を!」


 ゼンガーが隣に居た為か、途中何度もクルーとすれ違ったが誰も咎めようとはしなかった。
 むしろ気の毒そうにアスランを眺めていたのだ。それだけゼンガーの実力は、“教導隊”の存在を知らぬ者にも浸透しつつあった。


〈これを着なさい。その上からでも大丈夫……ってちょっとアンタ何……〉


 また何か揉めているのかと冷やりとするゼンガーだったが、出てきたラクスの姿を見てアスランが顔面蒼白になっていた。

「い、いきなり何ヶ月?!」

「何考えてるのこのコーディネーターは!!」


 船外作業用スーツの中に自身のドレスを入れたために、ラクスの腹部はぽっこりと膨らんでしまっていた。
 


「はい?」

「む?」


 しかしラクスとゼンガーがそろって首を傾げるのを見て、フレイもアスランも咳払いして忘れる事とした。
 更にアスランもパイロットスーツを着込むと、一行は格納庫へと向かっていく。
 既に整備が完了した格納庫周辺は全く人気が無く、ゼンガーと二人が伍式に乗り込もうとしても誰一人として目撃するものは居なかった。
 フレイを除いては。


「少佐……」

「感謝する、フレイ。お前がいなければこうは上手くいかなかっただろう」

「そんな事はいいの。でも……」


 自らの肩を抱き、憂いを帯びた表情でフレイは言った。


「ちゃんと帰って来てね……パパみたいに置いて行かないで」


『おい! 何してる!!』


 流石にマードックが異常事態に気がつき声を上げたが、既に伍式のハッチは閉じていた。
 警報が鳴り響き、あちこちから作業員が駆けつけてきた。


〈必ず戻る!!〉

「約束よ! 今度破ったら承知しないわよ!!」


 フレイの泣き声が遠ざかっていくのを、ゼンガーは感じていた。
 無為にはできぬその願い……必ず果たさねばならなかった。


〈どけ! 立ち塞がる者は容赦せぬ!!〉



 言われなくとも散っていく作業員達。   
 伍式がカタパルトでソードストライカーを装備していると、艦橋のナタルから怒声が響いた。


〈少佐!! 何をやっておられるのですか!!〉

〈ハッチ解放急ぎなさい! 少佐には何か考えがあるのです!!〉

〈何ですとぉ!〉


 確信犯的にマリューがそう答えた途端、ナタルの声は思わず上ずっていた。
 


『やってくれますね……少佐』

 珍しいものが見れた事ににやりとするマリュー。
 同時にゼンガーが変わった訳では無い事を確認し、安堵していた。




 


〈ククル! 足付きからのMS発進を確認した!! 作戦は中止する!!〉

「ここまで来て何を躊躇う理由がある!! そのまま続けるぞっ!!」


 既にククルはマガルガで待機し、他のメンバーも突入艇に搭乗済み。
 彼女のプランは直にでも実行可能だったが、直前にアデスにストップをかけられたのだ、苛立ちもする。


〈待て。あの男が何か言っているぞ〉


 クルーゼがククルに回した回線からは、彼女が待ち望んだ男の声が聞こえていた。


〈我が名はゼンガー=ゾンボルト。大天使の剣なり!! 我が手中にラクス=クライン、アスラン=ザラの命運が委ねられている。返して欲しくばククル! 貴様一人で来い!!〉

〈どういうつもりだ足付きめ!!〉


 相変わらずアデスは慎重な考えだったが、ククルにとってはその言葉だけでゼンガーの真意が読めた。



「ふふふふふふ……ご指名とあらば行かねばなるまい。出るぞ!」

〈モテるなククル。私もその人気にあやかりたい〉

「勝手に“あやかれ”」


 また何時ものやりとりかとアデスはウンザリしていたが、マガルガが発進した途端クルーゼがこう言った。


「艦を止め、私のシグーを用意しろ。ククルの好意に甘えるとしよう」



 今の軽口に意味があった事に気がついたアデスは、ただただ唖然となっていた。




「艦長! あれは少佐の独断行為です!! 攻撃を!!」   
 


 アークエンジェルでもナタルが叫んでいたが、どう言う訳か既に待機していたフラガがさらりと言う。


〈んなことしたら、アークエンジェルはその名の通り、対艦刀でダダーン! ってされるぜ〉

「!!」


〈……多分な〉


 絶句したナタルの姿を見て、マリューは周囲を気にしながら含み笑いを浮かべた。
 だが次の瞬間口元を引きしめると、冷徹な艦長としての一面を垣間見せた。


「主砲及び特装砲のチャージを開始。少佐の合図があり次第砲撃を開始します!」
 


「なっ!」


 イレギュラーの連続により、マニュアル主義のナタルの頭は半ばパニックになりつつあった。

 


 


 全速力で互いを目指していた伍式とマガルガは程無くして接触した。
 互いに制動の為にスラスターを吹かし静止するが、マガルガは四肢を、伍式は対艦刀を構えたままだ。   
  


「ククルだな?」

〈ああ〉


 今までと何ら変わりの無い、緊迫した空気の中両者は語り合った。


「コクピットを開くぞ」


 ハッチが開いていくと、そこには同じ様にハッチを開放させつつあるマガルガの姿があった。


「話せ」

「は?」

「顔が見えない以上それしか確認する手段は無い」

「ああ、そうですね……」


 言われるままにアスランはククルへと呼びかけた。


「ククル! 俺だ、アスランだ」

「久しいなアスラン。ラクスも一緒の様だな」


 ラクスが声を発するまでもなく、ククルは彼女の存在を感じていたのだ。
 ラクスもまたひらひらと手を振り笑いかけている。二人のその親密そうな関係に、ゼンガーはこそばゆい気分になった。


「ん……ラクス、その腹は何だ」


 ククルがジロジロ見回した末に出した結論は凄まじかった。


「……ふむ、敵地においても“やるべき事”はやっていたようだな、見直したぞアスラン」
   


「えーっ!? そ、そんな勘違いの仕方しないでくれ!!」


 アスランが必死になって釈明する。


「恥ずかしがらずとも良い。男なら当然だ」

「だから違う!」


「……早く行け」


 ゼンガーに突っ込まれ、アスランはあたふたとラクスを抱き上げハッチの上に立った。


「色々ありがとう。ゼンガーさま……答えはまたいつか」

「お互い、会える日まで生き抜きましょう……その為にはアスラン=ザラ、君の助けが必要だ」

「はい……努力します」


 ラクスの呼び声の柔らかさにククルは彼らの関わりを察した。
 ゼンガーはコーディネーターであるラクスに、“分別のある”扱いをしてくれたに違いないと。
 またアスランもそれほど警戒していない事からも、ゼンガーの本質には裏表が無い事も。


「さて……暫しの別れだゼンガー」

「ああ……次に会う時は、俺が貴様を斬る!!」


 二人がマガルガへと乗り移った後、互いのハッチが閉じ、二つの機影はゆっくりと遠ざかっていく。
 十分に距離が離れた瞬間、ゆっくりだった両者の動きに変化があった。


「次があればな……クルーゼは手強いぞ」

 マガルガがビームサーベルを、伍式が対艦刀を突如として起動させたのだ。




〈エンジン始動だ、アデス!〉

〈メビウス・ゼロ発進!! ゴッドフリート照準合わせ!!〉


 その輝きに導かれるように、ヴェサリウスからはシグーが、アークエンジェルからはメビウス・ゼロがそれぞれ出撃する。



「ククルっ、これは……」


 両者の動きに、憤りを感じる前に戸惑うアスラン。


「ここが戦場だと言う事を失念したか? 主らの存在はイレギュラーなのだ……だから奴は逃した」


「!!」


「さあ急ぎここから逃れるぞ。ヴェサリウスの代わりとなる、迎えの船が来ているのだからな」


 ラクスと違い深い事情を知らぬアスランは、てっきりゼンガーが善意で逃してくれたものと思い込んでいた。
 それが自分の甘い考えだった事を、アスランは思い知った。
 本当にゼンガーは、殺すために逃したのだ。その相手が自分達では無いにしても。
 その時……。


「ラウ=ル=クルーゼ隊長。追悼慰霊団の私のいるこの場を、戦闘にするおつもりですか?そんなことは許しません。すぐに、戦闘行動を中止してください」


 突如ラクスの凛とした声が、戦場に響いたのだ。   
 先程のナタルの人質宣言よりも遥かにインパクトを与えたそれは、クルーゼでさえも返答に暫し間が空いた。

〈……了解しました。ラクス=クライン〉


 唖然とするアスランにニッコリと微笑むラクス。
 そして……。


「……変わらぬな、ラクスは」

「貴女も」



 一番怒る筈であったククルさえも、困った様な微笑を浮かべていたのだ。
 自分の知らない部分を共有している二人の姿に、アスランは軽い嫉妬さえ覚えた。
 そして同時に……婚約者であるにも関わらず、彼女の事を理解できていない自分への不甲斐無さも。

 



「少佐……私の判断は正しかったのでしょうか?」


 ラクスの活躍により無事帰艦したゼンガーとフラガを交え、マリューは艦長室にて査問を開いて、先程終わらせたばかりだった。
 ナタルもちゃんといて、事情を問いただすと意気込んでいたのだが……真相に愕然となりフラフラと退室してしまっている。
 理屈のみでゼンガーを屈する事などまず無理だと、マリューは言ってやりたかったが遅かった。
  


「あのままラクス=クラインらに拘っていれば、奴らは白兵戦を仕掛けてきたやも知れぬ……」

「確かにねえ。ヘリオポリスすらぶっ壊す連中だ、やりかねん」




 ゼンガーの予想は今回も見事に的中していた。
 彼らが知る由も無かったが、ククルが直前まで用意していた手段は、そのものずばり白兵戦だったのだ。
 マガルガで可能な限り伍式とメビウス・ゼロを引き付け、そのスキにステルス突入艇でアークエンジェルへ強襲。
 ラクスらを救出後、可能ならばアークエンジェルを内部から破壊するという恐るべきものだったのだ。
 ステルス突入艇の性能はヘリオポリス襲撃時に実証済みだ。中立とは言え連合はそれなりの警備体制は取っていたし、モルゲンレーテのセキュリティも非常に高度だった。
 にも拘らず、その存在を知ったのは脱出された後だったのだから、ヴェサリウス側から電波妨害を最大に行われていれば容易に取り付かれていた。
 クルーは定数を満たしていない上、難民も多い今の状況では、結果がどうあれ大きな被害が出たことは間違いなかった。



「艦長はよくやったさ……しかしまあ、少佐との連携プレイにはちょっとヤキモチ焼いてみたり」

「ごめんなさい。私は少佐との付き合いが長いから……一年にも満たないけれども」

「気にしなさんな。俺も必死になって追いつくから」


 それが任務上の事であるとばかりマリューは思っていたが、実はフラガにとってはそうではなかったりする。


「……さ、俺らもお開きにして、ちょいとお休みしようか」


 その真意を悟られる前に、とっととフラガは行ってしまった。


「それでは失礼する、艦長」


 そしてゼンガーも退出したが、扉が閉まったところでゆっくりと横を向いた。
 ……そこには一人、弱々しげに立っているフレイの姿があった。
 髪はやつれ、目も真っ赤だったが、ゼンガーの姿を見た途端花が咲いたかのように瞳だけは輝き出していた。


「少佐……!」

「約束は果たしたぞ」


 よろめく様に飛び込んできたフレイを、ゼンガーはしっかりと支えてやった。


「パパァ……おかえり……」


 彼女の口から漏れたのは、掠れるような嗚咽だけだった。
     


 

 

代理人の感想

・・・・・・・親分恐るべし。

 

これ以外に言葉が浮かびませんねー。

ただそれだけに、相対的にアスランの男が急降下したという事実には

この際目をつぶっていてあげましょう(爆)。