ゼンガーは全ての柵から開放されたかのようだった。
 何せ、重力そのものを既に感じれなくなっている。
 自らの肉体も感覚が薄れ、痛みも何も感じ無い。


「堕ちているのか……冥府に」


 そう感じてもパニックになる事も、叫ぶ事すらしない。
 全てが当然の結果だと、納得していたからだ。

『ええ、待っています』


 助けを信じて待ち続けた女性を裏切り、その命を無残にも終わらせてしまった。


『だ、大丈夫よね!パパの船やられたりはしないわよね!?』
 

 いたいけな少女の悲痛な願いすら叶えられず、彼女の人生を漆黒に塗り替えた。


『殺すために逃すか』


 それだけでは飽き足らず、偽計をもって敵を討とうと画策し。


『確かに見事なMSだな、少佐』

 勝つ為に多くの友軍を犠牲にした……弁解の余地は無い。
 悪逆の限りを尽くした自分に、救いなど訪れない。希望など欠片もなく、あるのは深い絶望のみ。


「希望……」


 だが、果たして希望が無いのは自分だけなのだろうか?


『可哀想だよな……ザフトの連中本当無茶苦茶だよ』
 


 故郷を、日常を奪われた幼い子供達が居る。


『でも今は……それしかありません』
 


 頼るべき上官を失い、迷走する同僚が居る。


『私も死ぬの……?パパと同じ様に、あいつらに殺されるの?! ……嫌……そんなの嫌……』


 自らの世界を破壊され、襲い来る魔の手に震える少女が居る。


『へへ……何かお父さんみたい!』


 だがそんな中で、一条の光にすがる幼女が居る。


『ゼンガーが守ってくれるから……平気だよ』


 その光を信じ、祈りを捧げる者が居る。


『願わくばその力で、多くの人々の希望とならん事を! 今後の躍進を期待する!!』


 それどころか自らの命すら投げうって、全てを託した者すらいるのだ。
 希望が見えないのは……自分だけではない。
 


「俺は……こんな所で朽ちる訳にはいかん……ネート博士の……ハルバートン提督の遺志、そして今も戦い続ける者達の……明日を求め足掻く人々の為にも!!」


 ゼンガーの意識が警告音が鳴り響くコクピットに舞い戻った。
 すぐさま急速なスピードでその数値をみるみる減らしていく高度計と、沈黙した計器類を交互に見ては忙しなく手を動かし始めた。
 目の前には青い世界が広がり、その遥か下方では巨大な大地が手招いていた。
 それに潰される訳には、いかない。
 手を差し伸べているものは、他にある。


「俺はまだ……黄泉路へ導かれるわけにはいかん!!」



 伍式のスラスターが全推力で重力に抵抗し、まるで天を掴むかのような格好で空を見上げた。
 その先にいるであろう、仇敵の姿を求めるかの様に。


“ドォォォォォォォッ!!”


 巨大な水柱が上がり、その姿を徐々に海中へと没していく伍式。
 その上空を興味津々に旋回する海鳥。だがその親玉とも言うべき巨大な黒鳥がそれらを散らしていく。


「……ご立派な事で」


 そして黒鳥は、その巨体を海中へと躍らせていった……。



 


「あ、ここにいたんですかククル」


 物思いにふけっていたククルは、ニコルの声に気がつき顔を上げる。


「イザーク達は無事に地球に降りたそうです。さっき連絡がありました」

「そうか。流石に頑丈だな」


 笑みを溢しながらも、ククルはゼンガーはどうなったか気になっていた。
 戦力の殆どを失ったクルーゼ隊に第8艦隊との戦闘は不可能であり、ガモフが撃沈した時点で全軍撤退を余儀なくされた。
 旗艦メネラオスとハルバートン提督を亡きものにしたとはいえ、ザフト始まって以来の大敗を喫した。戦艦二隻が沈められ、パイロットの半数以上が未帰還という未曾有の事態に晒され、上層部でも現場レベルでも大きな混乱が生まれている。
 特に突入阻止限界点において、ガモフが対艦刀の餌食となったという話は殆どデマ同様に扱われていた。  
 切り札であるXナンバーをそんな危険な場所で運用する筈も無く、そもそも戦艦をMSで沈めるなどナチュラルにはありえない話だと。
 ……しかし現場レベルではそうは思っていない。
 生還したパイロットはすべからくゼンガーの太刀を見、味わったのだ。
 その恐ろしさは、既に一人歩きしつつある……“大天使の剣”として。
 ガモフを落したのが伍式ならばこの時点で脱出は不可能。スペック上大気圏突入が可能とは言えゼンガーはナチュラル、無事であるという保障は無い。
 そんなつまらない結末は御免だ。
 あれはこの手で倒さなければならない……先に降りたイザークもそう感じている筈だった。


「帰投は未定ですって。暫くはジブラルタル基地に留まる事になるようです」


 嬉しそうに語るニコルだったが、ククルがさっぱり聞いていない事に気がつき顔を曇らせる。


「……そんなにあの男の事が気になりますか」

「ああ」


 即答されてニコルの顔が強張り、口調もやや固くなる。


「……確かにXナンバーの性能は目を見張るものがあります。でもこちらにも同型機が四機もあるのに……あの足付きにしても、装甲も火力も大したものだとは思いますが、無敵の戦艦ではありません。それをどうして逃げ延びさせてしまったのか……“クルーゼ隊”がですよ?」

「ニコル」


 ククルに真っ直ぐに見つめられ、思わず息を飲むニコル。



「その思い上がり……改めねば次に断たれるのはお前かもしれぬ」

「なっ!!」


「……我らは最早、特別な存在では無くなったのだ。それはあの男が証明しているではないか」



 重い調子でそう言うと、ククルは控え室から出て行った。
 一人取り残されたニコルは、苦い顔をしてガラス張りの向こう側に立つ、ブリッツとマガルガを見つめていた……。





 気が付くと、ゼンガーはベッドの上に横たわっていた。
 強烈な陽射しが遠慮無く部屋に注いでいたが、空調は完全であり不快では無かった。
 またベッドの質感も最高級に近いものであり、長身のゼンガーを普通に包み込むほどの余裕があった。


「あら、お目覚め?」


 不意に柔らかな声が響きゼンガーの注意がそちらに向く。
 猫の様に悪戯めいた瞳と、美しい笑顔を湛えた女性が入室して来たのだ。
 高級感溢れる内装とは対照的に、何故か機能的なジャンプスーツ姿だったが、むしろその姿が彼女の個性を際立たせていた。


「ここは……」

「バナディーアよ。貴方、空から落っこちて来たの」


 多少舌っ足らずな口調で答える女性。
 これが素なのか、それともワザとか……どちらにしても謎めいた雰囲気を醸し出すのに一役買っていた。


「……そうか。礼を言う」

「助けたのはアンディよ。今頃貴方を待っているわ、話が聞きたいって」


 ゼンガーは静かに頷くと、ベッドから出て女性の後に続いた。
 既にパイロットスーツは脱がされ、今のゼンガーはアロハシャツにズボンと言う実にラフな格好になっていた。


「この服は君が?」

「まあ酷い。私ならもっと上手く仕立てられるわ」


 とは言うが怒った様ではなく、まるで笑うように言う。


「あの人変わり者だから。貴方と同じでね……さ、いってらっしゃい」


 一室の前まで案内され、ゼンガーは黙ってその戸を叩いた。


「どうぞ」


 自然な動きでノブを捻るゼンガーだが、その表情に緩んだ部分は無かった。
 


「やあ目覚ましのコーヒーはどうかね?」


 執務室と思われるその部屋のソファーには、長身の男がゆるりとした格好で待っていた。
 ゼンガーと同じくアロハシャツ姿で、何処と無く呑気な表情を漂わせているので油断しがちだったが……逆に言えば、ゼンガーを前にしてもこれだけの余裕を保てるという事だった。


「お前がアンドリューか……手間をかけさせてすまなかった」

「……何だったらアンディと呼んでもらっても構わないさ」
 



 何処かで聞いたような物言いにゼンガーは眉をひそめつつも、アンドリューの正面のソファーへと腰を降ろす。
 するとすぐさまコーヒーカップを差し出し、笑顔を無言の催促として来た。
 特に断る理由も見出せず、ゼンガーは黙ってそれを口にした。


「……自己主張が激しすぎる。二種類以上の豆を使ったか?」

「おお! 今日はブルーマウンテンとジャマイカを使ってみたんだが意外と曲者でね……コクがありすぎちゃって」


 苦笑しつつもアンドリューは再びカップに口を付ける。


「でもまあ、こういうままならない所が面白いんだよ、コーヒーは。貴方も拘る性質かい?」

「……滅多な事では豆は飲めん」

「それは不幸だ。人生の楽しみの半分をフイにした事になる」

「果たしてそれはどうかな……問題なのは豆ではない」


 ゼンガーは黒く波打つコーヒーを見つめ、イルイやフレイが煎れてくれたインスタントの味を思い出していた。
 疲れには甘いものがいいと、態々コーヒーにチョコレートを砕いて煎れてくれた時、二人からは実に甘い臭いが漂っていた。  
 更に……。


『お疲れ様でした、少佐』

『博士?』
 
『……あ、インスタントはお嫌いでしたか?』

『い、いえそのような事は……』

『自動販売機のコーヒー一つでここまで照れる事無いじゃ無いですか?』

『からかわないでくれ、ラミアス大尉』



 あの懐かしく、そして二度と味わえぬコーヒの事も頭に浮かんだ。
 ……尤も、今飲むブレンドコーヒーも二度飲める物ではなかったが。


「問題なのは誰が煎れてくれたかだ……アンドリュー=バルトフェルド」





 ゼンガーは最初からこの男の正体を知っていた。でなければ“アンディ”としか解らぬ筈の男をフルネームで呼べはしない。
 この男は、ザフト北アフリカ方面軍を指揮する屈指の名将にして名パイロット、アンドリュー=バルトフェルド。
 通称砂漠の虎だったのだ。   


「ブレンドの配合率を幾ら明記しても、同じ味は二度と生み出せない……そして出会いによってもたらされた味もまた然り」


 その言葉を待っていたかのように、バルトフェルドは目を細めた。
 その動作はまるで、獲物を見定めた獰猛な獣そのもの。


「生きると言う事はそう言う事だ。やり直しは利かん」


 二人共黙ってコーヒーを飲み干すと、カチャリとカップを置いた。



「何が目的だ」

「それはこっちのセリフ。ナチュラルが単独で大気圏に突入するだなんて聞いた事が無いよ……やっぱり第8艦隊がらみかい?」
 
「事故、とだけ言って置こう。俺も身一つで“砂漠の虎”とその配下を相手にできる訳が無いからな」

「冗談を。ほぼ一人でクルーゼ隊をコテンパンにぶちのめしたくせに」


 バルトフェルドの口調は軽いが、同時に試す様な空気があった。
 ゼンガーもそれに対し真っ向から挑み、舌戦が既に始まっていた。


「“大天使の剣”の噂は既にプラント中に広まっているさ。よせばいいのにザラ委員長が危機感煽る為に、君の戦闘映像流したのが裏目に出てね……兵役志願者の数が鈍って鈍って」

「プラントは正確な情報を国民に提示するのでは無かったのか?」

「正確に、“ザラ委員長が選んだ”情報がね。それに色々尾鰭がついてね……君真剣でMS破壊するミュータントにされているよ?」

「……国防委員長パトリック=ザラ。語るに落ちたな」


 誇張も良い所だと溜息をつくゼンガー。
 正直プラントで自分達の事を棚に上げて化物扱いされる事には抵抗がある。


「16の息子に同い年のアイドルを嫁にさせてる時点で、落ちる所まで落ちてる気もするがね……まあそんなこんなで君の前評判はかなりのものな訳だが……知りたいんだよ。何をどうやったら一回の戦闘で十機近くものMSを撃墜できるかね」

「余り褒められたものではない……俺のやった行為は、実質味方を盾に使ったも同然だ」

「味方を捨て駒にしても逃げれない奴が殆ど何だってば、連合は……その力、実際この目で見たいものだ」


 酷薄さすら感じるバルトフェルドの言葉に対し、ゼンガーは身構えもしなかった。
 代わりに冷ややかに言い放った。
 


「……どうしてもと言うのならば、戦場で確かめろ」



 これにはバルトフェルドも言葉に詰まる。
 だが返事を返す前にゼンガーは立ち上がっていた。


「ご馳走になった……が、いつまでも此処にいる訳にも行くまい」

「行くのかい?」

「我が墓標が立つに相応しい場所……それは戦場をおいて他に無いからな」

「……そうか。アイシャ、客人がお帰りだ」


 先程の女性がドアを空け、柔らかな笑みと共にゼンガーを招く。


「こっちよ。付いてきて」

「すまぬな」


 ゼンガーの背中に対し、バルトフェルドは最後に一言付け加えた。


「また戦場で」


 黙って頷くと、ゼンガーはアイシャに促されて廊下に消えた。
 最後に、こう呟いて……。


「バルトフェルド。これが、我らの……」  
   


 武神装攻ゼンダム 其四「通らねばならぬ道」









 それから数刻が過ぎ、窓辺で佇んでいたバルトフェルドに対し、副官のマーチン=ダコスタが息を切らして報告を持ってきた。



「た、隊長! 鹵獲した連合のMSが……」

「アイシャから事情は聞いたろう? そういう事だからよろしくって」


 窓の向こうには夕日に向かって悠然と歩み続ける伍式と、それを唖然として見守る数機の砂漠用ジン“ジン・オーカー”の姿があった。
 震動が窓を震わせ、テーブルのサイフォン内のコーヒーにも波紋が広がる。



「何でこの僕がクルーゼ隊の尻拭いをしなきゃならないのさ。こっちは噂の“大天使”のお相手がしたいんだよ」

「しかしXナンバーの中でもあのX−105の戦果は群を抜いていますし……」

「おいおいダコスタ君、君はあれに他の誰かが乗っても同じ様に戦えると?」


 ダコスタは一瞬迷ったが、答えは歯切れが良かった。


「隊長が乗ればともかく、他の者ではああはいきませんね」


 ただ前にバルトフェルドが乗っていた専用バクゥから、虎柄の伍式を想像してしまい、思わず吹き出しそうになるダコスタ。
 少なく共視覚的効果は今以上になる事は間違いない。


「持ち上げてくれるねぇ……つまりは中身が問題なんだよ中身が。機体データなんぞ他の四機から散々頂いてるんだ……新しいバクゥにもあるんだろう? ビーム兵器とか」


 既に奪取されたXナンバーの技術は、徐々にだがフィールドバックされている。
 特にビーム兵器関連に関しては格段に基礎技術が向上し、その成果がすぐさま実戦投入されつつあった。
  

「今更最後の一機を揃えても無意味、と?」

「コレクションじゃないんだからね、拘っても仕方がないさ」


 だがダコスタには腑に落ちない点が一つだけあった。


「……しかしあの男、大天使がここに降りている事を知らないのでは?」
   
「はっはっは。剣は鞘に収まるものさ……大天使をつつけば、彼は必ずやってくる」


 その根拠は一体何処から……とダコスタは突っ込みたかったが止めた。
 既にバルトフェルドはサイフォンいじりに夢中になっており、今迂闊に声をかけよう物ならば、豆に対するうんちくを小一時間拝聴する羽目になるからだ。 



 


『何故、地球人同士で争わなければならないのです?』


 この言葉を真面目に受け止められた人間は、あの頃どれだけいたのだろう。


『我々は人類が未来へ生き延びるための手段を模索し、その結果……コーディネーターが生まれました


 ザフトのMSに対抗すべき兵器を作り出すG計画は、逆説的なこの一言で始まった。
 その根底にあるものは、単なる兵器開発といった生易しいものではなく、もっと深い物があった。


『その、生殖能力が著しく低下したコーディネーターが、地球圏の覇権を握って何になると言うのです?……異星人によって、人類は滅びの危機を迎えようとしているのに……』


 話の雲行きが怪しくなったと誰もが感じたが、G計画の中心人物である、ソフィア=ネート博士は真剣だった。


『エヴィデンス01によって地球外生命の存在が確認された以上、他星系文明との接触は、そう遠くない未来に果たされるでしょう……ですがそれが、友好的な種族である可能性は殆どありません。地球ですら、資源枯渇や環境破壊、人種問題や国家間紛争といった、様々な破滅要因を抱えつつ今まで存続して来たのです。同様の文明が星間航行能力を身に付けるまで進歩したならば……狡猾で、生き残る事に長けた非常に知性的な存在となる事は容易に想像できます』


 更に好戦的である、とはソフィアは遭えて口に出さなかった。
 現状を鑑みれば、それは明らかであるにも関わらず。


『私はそれに対し備えるべきだと考えています。戦う為の力を付けるのではなく、対等に渡り合えるに足る実力をつけると言う意味で……それにはまず地球という巨大な加護の手から逃れなければならないのです。その後で、脆弱な人間が宇宙空間での活動を可能とする為には、肉体そのものを作り変えるか、肉体を延長する様な技術を有するか……二つしかありません。が、前者が失敗に終わった事は明らか……ならば人類に残された手段は一つしか無いのです』


 それがXナンバーの本当の存在意義。
 あくまでXナンバーを肉体の延長と捉え、何人でも宇宙へ飛び出す事を容易とする“鎧”を目指した。
 当初から戦闘兵器として想定されたプラントのMSとは、根本の理念が異なっていたのだ。


『……今はそれを、人類同士で争う為の道具に使うしか無いのかもしれません。ですが覚えていて下さい……私達は、本当はこんな事をしている場合では無いのです。星の海へと足を伸ばし、生活圏を広げ……未来の人々が異邦人との新たな関係を模索できる様、準備せねばならないのです』


 これを聞いた多くの人間は、人殺しに加担する為の女々しい詭弁に過ぎないと感じ、失笑を浮かべた。
 未来の事など関係無い、今勝つ事を求めればそれでいいと……。
 だがそれでも僅かながら、ソフィアの考えに完全に同調した者達がいた。
 大西洋連邦のハルバートン准将。
 同軍の若き大尉、マリュー=ラミアス。
 そして……。


『ソフィア=ネート博士……その使命に、私も殉じたいと思います』



 ゼンガー=ゾンボルトもその一人だった。
 地球連合からエリートを結集して創設された特殊戦技教導隊。
 かつてその一員だった人物の心を、ソフィアは突き動かしたのだ。
 理屈で彼を屈する事は不可能とされていた中で、彼女が最初にその常識を覆した。
 彼に勝るとも劣らぬ、熱い信念で。


『我が使命……それは異星人に対抗しうる力を見出し、鍛え上げること……そして、本来の目的を見失い、私欲に走るコーディネーターを倒す事!』


 
 こうしてXナンバーは生み出されていった。
 ハルバートンの強力な後押し、マリューやゼンガーを始めとした士官の奮闘はやがて、地球連合軍全てを動かしていったのだ……。




「それももう、私一人……か」


 孤独に苛まれ、マリューは一人呟く。
 ネート博士が逝き、ハルバートン提督も散った。
 ゼンガー少佐も大気圏突入時にその所在をロストしてしまった……回収されている可能性は、ゼロに近い。
 ……だがデータはここと、第8艦隊に残っている。
 メネラオスのみにデータがあったのではない。基本的に駆逐艦以上の規模の船全てに、断片的にデータを分割送信していたのだ。
 戦闘により数隻は失ったが、これらを元に量産計画は進む筈だ……。
 だがこれで……ネート博士の意志は潰えたのではないか? 自分一人が生き残った所で、あの崇高な理想を誰かに語っても一笑されるだけ。自分にはハルバートン提督の様な地位も、ゼンガーの如き勢いも無いのだ。
 それ以前にザフトの勢力圏から、生きて帰れるかどうかすら解らない……。


〈第二種戦闘配備発令! 繰り返す! 第二種戦闘配備発令―〉


 寝室に響いた警報に、マリューは反射的に飛び起き慌てて身支度を始めた。
 殆ど条件反射に近く、実際は何も考えていないに等しい状態だった。


“パンッ!” 
 


 マリューは自身の頬を強く叩いた。
 それは不甲斐無い自分を叱咤し、弱気な思いを強引に吐き捨てる為だ。
 部屋を飛び出し、ブリッジを目指す。
 途中、後ろ髪をひかれるといった風にして部屋から出るサイの姿を見た。


「あそこは確か……」


 フレイがいる部屋だった。
 大気圏突入時から調子を崩し、ずっと寝込んでいるのだ。
 ……それはある意味幸せだった。
 今のマリューには、ゼンガーの事を彼女に伝える様な残酷な真似はできない。
 だが起きれば言わねばなるまい……それが艦長としての責任だから。


「砂丘の陰からの攻撃で、発射位置特定できません!!」


 ブリッジに入ると既に当直だったナタルを中心に応戦が始まっていた。
 砂丘を縫うようにして飛ぶミサイルをイーゲルシュテルンが迎撃し、その爆音が響いていた。


「第一戦闘配備発令! 機関始動!!」


 艦長席で指揮を取っていたナタルに慌しく敬礼し、席を代わるとすぐさま指示を出すマリュー。


「五時の方向に敵影三!! ザフト攻撃ヘリ“アジャイル”と確認!!」

「ミサイル接近!」

「機影ロスト!!」


 矢次に入る報告には明らかに焦りがある。
 降りる前までの余裕は既に無い。何故なら今のアークエンジェルは、その最大の戦力を失っている。
 その事が心理的に大きく彼らを追い詰めている。


「艦を離床させます! 最大出力!!」

「待って下さい艦長! この状況で敵に腹を晒せと!?」

「ジッとしていれば状況が好転する訳でもありません! むしろ敵に集中砲火を浴びる危険性があります!!」
   


 ナタルの抗議に対しても、マリューは頑として譲らない。
 その様子を見たカズイ思わず不安そうに頭を抱えていた。
 


「こ、このままじゃ……」


「黙りなさい!」


 一喝するマリューの声に、ブリッジクルー全員の視線が集まる。
 不安げな表情に囲まれてもなお、マリューの表情は落ち着いていた。  
 


「剣に依存して何が大天使か!!剣が無くとも……まだ拳は砕けてはいない!」


 強い調子のその言葉に、誰もが沈黙する。
 今までゼンガーに頼りきりだった為、緩みきっていた緊張の糸が急に張り詰められ危うい状況だったが、適度にそれが緩んでいくように皆は感じた。


「攻撃を最大の防御とし、ここを乗り切ります!! 全火砲を開き敵勢力を排除せよ!」

「りょ、了解!!」


 ナタルを始めとして弾かれるようにして皆持ち場に戻る。
 その動きには先程までの躊躇いは一切感じられなかった。





〈痺れるねえ、艦長!〉

「フラガた……少佐!」


 カタパルトデッキからのフラガの茶々に、マリューは照れかけるが気を取り直した。



「スカイグラスパーはまだ無理ですか?!」

〈機関砲だけでも撃てる様、軍曹らが頑張ってる! それまで落ちないでくれよ!!〉


 コク、と頷くとマリューはレーダーサイトを見据え号令する。


「ゴッドフリート照準合わせ! ヘルダートはどうしたの!!」

「現状での実弾兵器の使用は控えた方がよろしいか……」  
   
「その程度、割り切りなさい!!」


「は、はっ! ヘルダート、てえっ!!」


 艦橋後尾のミサイル発射管から、対空防御用ミサイル“ヘルダート”が撃ち出される。
 本来MSの様な高機動体を追尾すべく機能するのだ。戦闘ヘリ如きではひとたまりも無く、一瞬で三機程が火球に消える。


「敵機五! TMF/A-802、ザフト軍MS“バクゥ”と確認!!」


 戦闘ヘリを落す前に、砂丘を飛んで跳ねて近付く影があった。
 暗闇の中、一つ目を不気味に光らす四足の獣……ザフトの地上における主力機だ。



「バリアント展開! 迎撃が困難な場合は艦首を下げてゴッドフリートを撃ち込め!!」


 次々と下される攻撃的な命令に、皆一様に驚愕していた。
 マリューの豹変振りは元より、アークエンジェルの驚異的な攻撃力に。
 既に戦闘ヘリの姿は無く、砂丘が次々に巻き上がり、形を大きく変えていく……。
 これほどまでの力を、今の今まで腐らせてきたのだ。使えなかったのではなく、使う機会を作り出せなかった自分達の為に。


「バクゥが二機、迎撃を抜けました! バリアントでは対処できません!」


 しかしその腕は本来、同等の相手に振るわれるもの。
 MSという小さき獲物では、隙が大き過ぎた。


「距離が近すぎて、コリントスもスレッジハマーも発射不可能です!!」

「クソッ! 何で航宙艦のクセにこんなにも下が脆い!!」


 誰に言うでなくトノムラらは悪態をついた。
 他の連合艦艇に比べ、アークエンジェルは火砲の配置が極めて偏っていた。
 下部には全くと言っていいほど銃器は設置されておらず、艦体側面を基準として360度回転可能なバリアントでも、迎撃範囲は限られていた。


「各員衝撃に備えよ!!」


 マリューは直撃を覚悟し身を固くする。 
 ……だが予想外の衝撃に対し、彼女を含めた全クルーが揺れた。





“斬!!”


 腹を引き裂かれた一体のバクゥが、赤熱した傷口を見せて動きを止めた。
 爆発の炎がアークエンジェルの底部から照り返し、黒い影を光で覆った。


「!!」

「そんな馬鹿なぁ!! あれが……あの人がこんな所に来る筈が……!!」


 だがマリューもナタルも、現実を見据えなければならなかった。
 砂の海に赤々とライトアップされたそれは、無数の陰を従えながらもう一機のバクゥを見据えている。


〈我はゼンガー=ゾンボルト! 大天使の剣なりっ!!〉


 影が四足の獣に襲い掛かり……それを無残にも切り刻む様が、克明にアークエンジェルの船底に映し出された。

 



  
    

 

代理人の感想

・・・・は、まとめて。