「並大抵の事で果たせるとは思っていない……でも、せめて少佐の枷にだけはなりたくない……」

「……」

「強くなって……少佐で無くても救える人を、私が助けたいの。そうすれば……パパみたいな犠牲が、少しでも減る筈だから」



 そして結果的に、ゼンガーはコーディネーター潰しに専念できる……。
 そうやって自らの評価を高めていけば、次第に彼の中での優先順位が上がる筈……。
 フレイの決意は、感情的なものでは決してなく、打算的なものだった。
 ゼンガーは確かに自分を守るだろう。だがその守りは他の多くの他者に向けられている。
 亡き父にとっては真珠の如き希少さを誇っていた自分も、ゼンガーの中ではそのほか多数……言ってしまえばタダの石。
 それを自分だけに……他の誰かを犠牲にしてでも守ってくれるよう仕向けるには、どうしたらいいか?
 ……彼女は見習う事にした。
 かつてゼンガーが命を捨てでも守ろうとしたという女性……ソフィアを。
 フレイはソフィアの名すら知らない。だがあのゼンガーが戦う理由とするに値する、立派な人間である事は間違いなかった。
 僅かな間過ごしただけでも、ゼンガーが美醜に拘る性格でない事は解り切っていた。なら外面だけで勝負しようとしても太刀打ち出来ない。
 ……磨かなければならない。
 自分と言う石を、価値ある物へと作り変えなければならない。


「……軍と言うものは難儀なものだ。一度この道を歩み始めれば、乱が収まるまでは抜け出せまい」


 ゼンガーは一端フレイから太刀を取り上げた。
 そして側にあった固く重い木片を拾い上げると、それをフレイに渡す。
 


「それまで生き延びれるだけの力を……与えておくべきなのかもしれん」


「少佐……!」
 
「だが俺が教えられる事は極僅かだ……それでも構わんな」


 拒む訳が無かった。 
 険しい茨の道だろうが、これが一番の近道である事をフレイは確信していた。
 ……父を殺し、自分を殺そうとするコーディネーターに対し、命ある間に一矢酬いるだけの力を得る為の。





 キラは事態が飲み込めず暫くぽかんとしていた。
 だがやがて、その表情を怒りに歪め、立ち上がろうとしてサイに止められた。


「よせキラ!!」

「どう見ても、あの男がフレイを煽ってるようにしか見えない! 何でフレイが……戦わなきゃ!」

「やめるんだ! 少佐が本気になったら、キラが敵う訳無いだろ!!」


 サイの物言いにキラは言葉を失う。


「MSを降りたら只の人だ何て思わないほうがいい……! あの人は生身で“コーディネーター”を倒せるだけの実力がある」

「……!!」


「……俺なんかじゃ、まともにやりあったらあらゆる面で敵わないさ」


 だからこうして、出来る事をやるのだ。
 ブリッジでのオペレートにしても、ゼンガーなら出来ない事は無い。
 彼はエリートだ。地球連合軍の中でも選りすぐりばかりを集めた、特殊戦技教導隊の名は伊達では無い。
 しかしそれは自分でも出来る事だ。ゼンガーは己にしかできない事をやってもらいたい。
 今のフレイを支える事もそうだ。サイは自分では友人としてでしか言葉を届ける事が出来ないと……悟っていたのだ。
 


「……そうやってれば、楽だろうさ」


 キラは肩を震わせサイを睨んだ。


「そうやって強い相手におもねっていれば、楽だろうね!! バナディーアの様に!!」

「キラ! それは違……」


 その時鋭い笛の音が、キャンプ内に響いた。 


「何?!」

「警報……なのか?」


 司令室で今後の方針を論議していたマリューらも飛び出してきた事もあり、ただ事では無いとサイは気がつく。


「空が……空が燃えている!!」

「タッシルの方向だ!!」


 とたんにキラは踵を返し、あの迷彩バクゥへと走り出していた。
 恐らくあの機体はキラが修繕し、彼自身が使用しているのだろう。
 何故なら彼は……。





「――どう思います?」  
   


 マリューはゼンガーの側へと寄ると、声を落して囁いた。
 士官であるにも関わらずゼンガーはサイーブの話を聞きにいかなかった。
 マリューがフレイの精神安定の面で行ってくれと懇願した為だったが、フレイにはそれが自分を任務よりも優先してくれたのだと感じ、一人笑みを浮かべていた。 


「砂漠の虎の絡み手だな。いよいよレジスタンスが邪魔になったようだな」

「……私達の存在が、砂漠の虎を穴倉から引きずり出してしまったと?」

「はあ……ヘリオポリスといい、アルテミスといい……俺ら疫病神みたい」


 緊張感の無いセリフだったが、フラガの表情はあくまで軍人のそれだ。


「どうする、俺らは?」

「アークエンジェルは動かない方が良いでしょう。別働隊の心配もありますから……少佐、行ってもらえます?」


 マリューが言うとフラガは自分とゼンガーを交互に差す。
 それに対しマリューは黙って頷いた。


「……伍式は残した方がよろしいのでは? 何かあった時こう身動きが取れない状況では」

「“戦力”がいるのは向こうのほうよ。何の為の位相転移装甲だと思ってるの?」


 マリューが意図している事が今ひとつ解らず、首を傾げるナタル。
 そんな彼女を一瞬放置し、マリューは走る二人に念を押す。


「私達に出来るのはあくまで救援です! バギーでも医者と誰かを行かせますから!」

「私が行きます!!」

 我先に志願したのはフレイだった。
 本当はゼンガーと共に行きたいのだが、冷静に考えれば足手まといにしかならないと解っていたからだ。


「アルスター二等兵? 体調の方は……」

「その意気込み、汲んでやれ!」


 有無を言わさぬゼンガーの大声を聞き、これはもう決定事項だなとナタルは溜息をついた。


「では、私と共に医療物資を積み込んで向かうぞ」

「はいっ!」


 このやる気は買うべきかと、ナタルも認識を改め動き出した。



 


 スカイグラスパーが先導する様にして、伍式が夜の砂漠を疾走する。
 MSの重力下での運用の際には、損耗率が倍以上に跳ね上がる。
 重力が脚部に一点集中する為で、足回りのモーターやアクチュエーターは直痛む。
 だがタッシルの街はレジスタンスの拠点から僅か数十キロ。この程度の距離ならば何ら問題は無かった。
 


〈ああ……ひでえな〉
 


 街そのものが松明と化していた。
 スカイグラスパーでさえも、上昇気流に巻き込まれるのを恐れて旋回しているのだ。
 それほど炎の勢いは凄まじい。


〈全滅かな……こりゃ〉

「生存者の検索を急いでくれ! 俺はこのまま突入する!!」


 業火の中に猛然と突き進んでいく伍式。
 位相転移装甲は熱をもある程度遮断する。その為に大気圏突入等という荒業すら可能にしたのだ。
 ……本来この機能は過酷な外惑星において、作業機械の故障率を低下させる為に考案されていた。
 只でさえ孤立無援の外宇宙で、十分な物資等望めないからだ。
 なお位相転移装甲については、当初様々な分野での活用が期待されていた。
 主だったものとしては災害救助の面だったが、現在ではまだ、MSの防御システムでしかない。
 


「無事な区画は無い……このままでは延焼で全てが灰になるのも時間の問題か」


 震動で建物を倒壊させないよう、慎重に歩みを進めていくゼンガー。
 それでも遠方では次々と建物が崩れ落ち、火の粉を巻き上げていた。
 ……その下に人がまだいたら、と思うとゼンガーは歯痒かった。
 


「フラガ少佐!! そちらは!!」

〈こちらフラガ……生存者を確認〉
 
「そうか! ならばポイントの指示を!! 救助に当たる!」

〈……って言うか殆ど皆さんご無事の様だぜ〉
 
「何?」


 フラガが指定したポイントは町外れの丘の上だった。
 ここならばまず火は来ないし、煙にも巻かれないだろう。
 ……それにしてもその人数はかなり多い。
 伍式から確認できるだけでも、この街の規模と比してそう少なくはない。


「……奴は俺らを疲れさせる気か?!」

〈どう言う事です? 少佐?〉

「考えてもみろ……これほどまでの生存者、見捨てる訳にもいかぬだろう」


「……げ! なら砂漠の虎は、俺達とレジスタンスを同時に……」

「第8艦隊からの補給物資……余剰はそれ程無いのだが……」


 丘の方へレジスタンスのバギー群が登って行くのを見て、ゼンガーはバルトフェルドの綿密な作戦に嵌った事を認めるしかなかった。




「父さん、母さん、無事か?!」

「あんたぁ! 家が……」

「サーラ! サーラーぁ!」


 遅れてゼンガーらが丘へと辿り着くと、あちこちで妻や子供を抱きしめる者、夫にすがって泣き崩れる者、肉親の無事を確認すべく叫んで回る者の姿があった。
 アークエンジェルからのバギーも、今しがた到着した。


「少佐、これは……」

「見ての通りだ。我らは“足かせ”をはめられた……医薬品の積み下ろし、急げ!」

「面倒をかける! 怪我人はこっちに運べ! 動ける者は手を貸せ!!」


 サイーブもトラックで駆けつけ、避難民の中を歩き回って指示を出す。
 カガリもアフメドとキサカと共に到着し、程無くして一人の少年と老人に気が付いた。


「ヤルー! 長老!!」


 カガリの声にサイーブがはっと振り向いた。


「無事だったかヤルー。母さんとネネは?」


 安堵の篭ったその表情は、レジスタンスのリーダーとしてではなく、一人の父親の姿だった。
 


「シャムセディンの爺様が、逃げる時に転んで怪我したから、そっちについてる」


 ただこの少年、サイーブの息子だけあって非常に気丈であった。


「そうか」


 その様子にサイーブも安堵の息をつき、労う様にして頭を撫でる。
 流石にここで限界だったのだろう。ヤルーは涙ぐんでしまった。


「……どのくらいやられた」


 真顔に戻ると、サイーブは側の老人に問う。
 


「……死んだものはおらん」

「どういう事だ?」


 その頃にはカガリや、ゼンガーらも事情を聞くべく近づいていた。


「最初に警告があったわ。“今から街を焼く、逃げろ”とな」

「何だと?!」


 負傷者はいるものの死者ゼロという結果には、こんな裏があったのだ。


「……警告の後、バクゥが来た。そして焼かれた……家も、それに食料、燃料、弾薬、全てな……」


 憤りの篭った声に、皆言葉を失う。
 


「確かに、死んだものはおらん。今はな……じゃが、全てを焼き払って、奴等は明日からわしらにどうやって生きろと言うんじゃ……」


「ふざけた真似を! どういうつもりだ虎め……!!」


 サイーブは拳を固く握り締めた。そんな怒りに沈んだ空気に横から淡々とした声が響く。




「……奴は貴方達との決戦を望んでいるらしいな」


「何?!」


 驚愕の表情でゼンガーを見遣るサイーブ。
 ゼンガーは未だ燃えるタッシルの町並みを眺め、続ける。


「奴は本気でレジスタンスとケリをつけるつもりでいる」

「どういう事だ」

「これは最後の意思表明だ。“お前達など本気を出せばどうにでもなる”というな」 


「何だとォ!!」


 カガリがゼンガーに掴みかかり――今度はしっかり上を見て問い詰めた。


「どうにでもなる、だと?! 昨日バクゥを三機も潰してやったから、腹を立てているだけだ! あいつは大人気無い卑怯者だ!!」

「あの男を甘く見るな!! 凡庸な指揮官ならここで終わりだ……だが奴は! 次の手を用意し待ち構えているのだぞ!!」


 そう言われサイーブがハッとなったが遅かった。
 レジスタンスのメンバーらが、手に武器を取って次々とバギーの乗り込んでいたのだ。


「お前ら何処へ行く!!」

「奴等が街を出て、まだそう経ってない! 今なら追いつける!!」

「何を……!」


 男達のやり取りを聞き、ゼンガーは信じられないといった風に叫ぶ。


「馬鹿な!! それこそが奴の手だ! 自ら死地に飛び込んでどうするっ!!」

「奴は決戦を望んでるんだろ?! だったら……望み通り終わりにしてやるさ!!」


 カガリはゼンガーに負けじと劣らない大声で怒鳴ると、仲間の方へと向かっていった。
 見ると、あの迷彩バクゥも立ち上がり出撃しようとしている。


「馬鹿な事を言うな!! そんな暇があったら怪我人の手当てをしろ! 女房や子供についてやれ! そっちの方が先だろう!!」


 だが男達はサイーブの倍の声で怒鳴り返す。


「それで何になる! 見ろ!! タッシルはもう終わりさ! 家も食料も全て焼かれて! なのに女房子供と一緒に泣いていろと言うのか!!」

「まさか俺達に虎の飼い犬にでもなれって言うんじゃないだろうな、サイーブ!!」


 最早聞く耳もたぬといった様子で、バギー群は走り出してしまった。
 


「……エドル!」

「おう!」


 沈痛な表情で男を呼ぶと、サイーブもまたジープに飛び乗る。


「……行くのか」

「……放ってはおけん」


 ゼンガーとサイーブの間の沈黙は、解っていてもやらねばならぬ困難を、理解していたからこそのものだった。





「何考えてるの?! 全滅するわよ!!」


 行ってしまうサイーブを見てフレイは叫ぶ。
 そしてサイーブに振り払われたにも関わらず、他の仲間と共に向かってしまうカガリにも。
 ……フレイに戦場の常識などありはしない。
 ただ、ゼンガーの言葉は絶対であり常に正しい。それを聞き入れたサイーブもまた馬鹿ではないとは解っていた。
 ……その正論すら突っぱね何故行くのか? 理解出来なかった。


「風も人も熱いお土地柄なのね……」

「キラまで居ないわよ?! あの子、何で……」

「人間熱くなると周り見えなくなるんだよ……あの坊主、最悪の形で巻き込まれたな」


〈では何故止めなかったのです!!〉


 やり取りを聞いていたマリューからも雷が落ちた。
 理不尽だと言う顔をしつつ、通信に答えるフラガ。


「止めたらこっちと戦争になりそうだったの。それより街の方も……どうする? 確かにこれじゃ、早速食料や……何より水の問題もある。これだけの人数だからな。怪我人も多い」


 今はその相手を主にナタルがやっているが……。
 正直クルーゼ隊以上に苦戦中だ。


「えー、い、痛いのか? ほら、もう泣くな」


 常日頃から携帯していた非常レーションを取り出し、泣いている子供に差し出すナタル。
 その場は泣き止み夢中でレーションを頬張る子供だったが、子供は一人ではない。
 次々と集まった物欲しそうな顔の子供に取り囲まれてしまった。


「あ……そ、そんなには無いんだ。こ、困ったな……」


「……上辺だけの善意は、むしろ不幸を呼ぶのに……」
 
「でも、偽善でもなんだろうが、結果を出せれば良いんじゃないの?」


 この言葉にフレイは一瞬ムッとしたが、思い直したのか手をフラガに差し出す。


「は?」

「貴方も持ってるんでしょう? 今居るクルーから片っ端から集めてくる」

「あ、なるー」
 


 手持ちのレーションをフラガが全て出すと、フレイはそれをナタルに対し無造作に投げ渡した。
 おろおろとキャッチしようとするナタルが実に愉快だったが、それよりもフレイのぞんざいな“善意”とやらが、フラガは多少気になった。


「……まあそこら辺は“師匠”が教育するでしょう、うん」


 当然と言った感じで全速力でレジスタンスを追う伍式を見て、フラガはのほほんと呟いた。





「なーダコスタ君」

「はい」

「僕は一体いつまで砂遊びをせにゃならんのかね」

「知りませんよそんな事」


 後方で三機のバクゥと壮絶な死闘を演じるレジスタンスを、振り返りもせずバルトフェルドはこう表す。
 バギーとMSでは話にもならない。また、整備不良のMSが一機あった所で何も状況は変わらない。
 こちらのバクゥ一機を行動不能まで追い込んだものの、直弾切れを起こし、ヤケになったのか格闘戦を挑んだ所で逆に蹴倒され、真っ先に動かなくなった。


「“狐犬”がああも馬鹿で助かったよ。やっぱり中の人も“死んだ方がマシ”な性質だったようで」


 レジスタンスに鹵獲された迷彩バクゥを、バルトフェルドはそう呼んでいた。
 ダコスタはてっきり、狐の狡猾さと犬の狂暴さを兼ね備えた相手として呼んでいたものと思っていたが、どうやら賢い狐にも従僕な犬にもなれない半端者としか見ていなかったらしい。


「でも気になるね……どんな奴がアレに乗っていたか。是非会いたいものだ」

「今すぐバクゥを一機そちらに向かわせ、捕らえましょうか?」

「そんな事をしたら全滅だ……来たぞ」


 後から来たバギーに狙いを定めていたバクゥが、危うい所で巨大な刃から身を引いた。
 しかし二撃、三撃と続く攻撃をさばき切れず、背部のミサイルポッドを、ビームの刃が無理矢理切り離してしまった。 


「伍式! 矢張り来たのか……!!」

「願ったり叶ったりじゃないか……こちらのフィールドに出てくれたんだからな」


 段々とダコスタにもバルトフェルドの真の目的が見えてきた。
 バナディーアでゼンガーを逃したのは、その場での被害を最小限に食い止める為だったのだ。
 ゼンガー=ゾンボルトという男については、話に尾鰭がついていはいるがプラントにも伝わっていた。
 曰く、その振りは岩をも断つ。
 曰く、殺気を受けようものなら迷わずそれを断つ。
 曰く、一度決めた事はいかなる障害にぶち当たろうと完遂する、不退転の志を持つと。
 ……もしこれが本当だとすれば、ゼンガーの戦闘能力はコーディネーターを上回り、毒殺等の手段を取ろうものならたちまち見破られ、例え望みのない戦いだろうとその身砕けるまで戦うだろう。
 そんな事になったらバナディーアの指揮系統は一時的だが混乱し、最悪周囲一体火の海にされていたかもしれないのだ。
 無論こんな風評ダコスタは信用していなかったが、バルトフェルドは違った。
 広告心理学の権威でもあるバルトフェルドは、誇張や脚色のみではここまで大きくはならないと判断したのだ。
 ……そしてそれらが、まぎれもない真実である事をダコスタはその身で知りつつあった。


「さて……ならば今ある最大の戦力を持って奴を倒さねばな」

「レセップスを呼び出すので?」

「ガモフの二の舞は御免だよ……カーウッド、代われ」


 最大の戦力とは誰であろうバルトフェルド本人を指していた。
 先程迷彩バクゥの攻撃によって頓挫していたバクゥが、ようやく復帰したのだ。
 彼はそれを使うつもりだ。そして何よりの目的である、ゼンガーとの対決を果たすつもりなのだ。


「隊長!!」


 ダコスタは一応抗議はするが、聞かない事は解ってるし無理に止める気もなかった。
 何故なら彼もまた、“砂漠の虎”としてのバルトフェルドの活躍を期待していたからだった。




「……何故だっ!」


 バギーごと宙に舞い、動かなくなった少年に駆け寄るカガリの姿を見て、ゼンガーは短く吐き捨てた。
 そしてその憤りを、ひとまず目の前のバクゥへと向け猛然と踏み込んでいたその時だった。


〈……さあ見(まみ)えようか!!〉

「砂漠の虎! 貴様か!!」


 突如乱入して来たバクゥにぶつかられ、一瞬体制が崩れる伍式。
 ダメージはそれ程でもないが中に居るゼンガーはたまったものではない。激しく揺さぶられ、鎖骨が嫌な音をたて軋む。
 そのスキを逃さずバルトフェルドが他の二機と連携してミサイルを撃ちかけるが、それよりもゼンガーの復帰の方が速い。


「俺はそんなに甘くはない!!」


 機体を限界まで逸らし、そのまま後にひっくり返る伍式。
 だがその両手はしっかりと砂漠の大地に付き、勢いを殺さぬまま両腕で飛び起きた。
 その鼻先でミサイルが互いにぶつかり誘爆した。


「知っているか……四足、二足とその姿を変え、最後には三足にもなる存在を!!」


 スラスターで盛大に砂塵を巻き上げ、一瞬その姿を隠す伍式。
 程無くして晴れた先に見た影に一機のバクゥが再びミサイルを使用する。
 爆炎が広がり、その向こう側の勝利を確信したが、あったのは失望だった。
 煙の先には、対艦刀しか残っていなかったのだ。
 では何処に?と周囲を見回していたバクゥが、上から押さえつけられた。
 ……ゼンガーは対艦刀を支えにし、勢いをつけて宙に舞っていたのだ。


「“人間”を ……なめるなっ!」

“グシャ!”


 頭部を踏み潰され、戦闘不能に陥るバクゥ。 
 もう一機が脅えたようにミサイルを乱射するが、今しがた撃破したバクゥを持ち上げ盾代わりにする伍式。
 激しい爆発の向こう側から、滑る様にして滑空して来た伍式の拳が迫り、またしてもバクゥのカメラが破壊された。


〈バク転に棒高跳び……オリンピックにでも出るつもりかい?〉


 バルトフェルドが乗ると思われる最後のバクゥが、躊躇わずに突っ込んで来る。
 対艦刀を再び拾うと、伍式は真っ向からバクゥとぶつかっていく。


「創意工夫を絶やさぬ事で、人は前に進んできたのだ……戦場でもな!!」


“斬”


 すれ違った二機の動きがピタリと止まる。
 先程残骸と化したバクゥから、ほうほうの体で這い出したパイロットが砂漠に落ちた途端、伍式が膝を付いた。


〈確かに人類の歴史は戦いの歴史だ……プラントも例外じゃなく、お陰様で技術的には飛躍的な発展を遂げている……でも僕の様な変わり者には辛いね、色々“やり辛くて”〉


 止まったままのバクゥからバルトフェルドが降りた、かと思えば全速力で駆け出した。
 バルトフェルドが砂丘へ頭から逃げ込んだ直後、前足を胴ごとずらしたバクゥが崩れ、爆発した。


「やっぱ調子の悪いバクゥじゃあれが限界だな」

「片手で斬れぬ者が両腕で斬れるとは限らんぞ」

「手厳しいね。だがそこがいい……次は死力を尽くさせてもらう。お覚悟を」


 ダコスタが乗ったバギーが猛スピードで、脱出したバルトフェルド達を回収し、去っていった。
 矢張り砂漠は勝手が違う。
 何より地球に降りたコーディネーターは、思った以上にタフだった。
 宇宙の腑抜けと言っていい者達とは、明らかにレベルが違う。これからは容易くは行かないと、ゼンガーは気を引き締めバルトフェルドらを見送っていた。

 




 戻ると、物言わぬ亡骸達を前にサイーブらが沈黙していた。
 カガリの嗚咽が、その悲壮感を一層引き立たせている。


「言っただろう。あの男を甘く見るなと」

「何だとっ!!」


 ゼンガーの胸倉を掴むと、カガリは片手で遺体を指す。
 そこには先走ってバルトフェルドに向かった、殆どの人間が冷たく横たわっていた。
 あのアフメドと呼ばれた少年も、その列に加わっていた。


「見ろ! 彼らにそう言えるのか?! みんな必死に戦った! 戦ってるんだ!! 大事な人を、大事な物を守るために必死で……」


「戦って、死んだのだな」


 何かを押し殺した様に、ゼンガーは言う。


「何故死んだのだろうな……彼らは。虎に歯向かったから、それともバクゥに潰されたからか!!」


「な、何を……」


 鼓膜を震わすその声に、その場にいた誰もが押し黙る。
 カガリなど尻餅をついて、目を見開いてしまっている。


「必死と全力は全く異なる物だ。人には誰しも限界があるが故に、限られた力を活かし、伸ばす事によって先へと進めるのだ……度を越えた結果を求め、歪な力にすがればこうもなろう……」
 
「……!」


 カガリは振り向いて、炎に包まれている迷彩バクゥを見た。
 そしてその側で心も身体もボロボロになり、呻き声を上げて座り込むキラを。
 ……キラが居た事でMSも手に出来た。罠を作ってバクゥを三機も倒す事が出来た。
 それが全て、自分達の力と思い上がり、本当の実力を見誤ってしまったのだ。
 勝った事実が一人歩きし、その理由を、最大の功労者を顧みようともしなかった。


「違う……虎じゃない……アフメド達を殺したのは……」


 それに気が付いて、カガリは叫ぶようにして、喚いた。
 そんな彼女達を、深い悲しみの眼でゼンガーは見守る。


「……一体何時まで、これほどまで大きな代価を払わねばならないのだろう……人が、過ちに気付く為に」


 鎮魂の火群(ほむら)如く燃え上がるバクゥ。
 今まで死んでいった者に対し、これでは全く足りないだろう。
 では何時までも火は絶えないのだろうか?
 過ちに過ちを重ね、何時しか全てを業火が包み、地獄と化すのを見るだけなのか。
 ……そうではないとゼンガーは首を振る。
 その火元を断つ事もまた……軍人として、大天使の剣として科せられた使命なのかもしれないと。
  

 

 

代理人の感想

おー、フレ公はやはり真っ黒でしたか(爆)。

最近は黒さが薄れると共に人気も下降線の一途ともっぱらの評判(そうか?)ですが、

この頃は本当に黒く輝いてましたね、このフレイ・アルスターと言う女はw

 

さて、哀れなのは本来主役のはずだったと言えなくもないような気もしないではないキラ君ですが・・・。

まぁこんなものかも(爆)。