「ろ、六時の方向に艦影!! 敵艦が……」

「何ですって?!」


 弾幕を突破したスカイグラスパーの爆撃により、前方に展開していた駆逐艦が沈黙した直後の事だった。
 丁度アークエンジェルの背後から迫る、別の駆逐艦の存在に気がついたのは。


「もう一隻伏せていたのか!」

「艦砲、直撃コース!!」

「かわせっ!!」


 マリューの咄嗟の指示によって艦砲の直撃だけは免れた。
 が、回避運動によって大きく傾いた船体は、タルパティア工業地帯に遺棄されている廃工場に突っ込んでしまった。
 動きを止めたアークエンジェルに砲火が集中する中、更に追い詰める様な報告が届く。


「レセップスの甲板上にデュエルとバスターを確認!!」

「何?!」


 しつこく喰らいついてくる彼らの執念に、マリューも流石に焦りを感じた。


「スラスター全開! 上昇!! これではゴッドフリートの射線が取れない!!」

「やってます! しかし船体が何かに引っかかって……」


 複雑に絡み合った鉄骨に、アークエンジェルの翼が入り込んでしまったのだ。
 身動きが取れないままのアークエンジェルに、敵は遠慮無く砲を撃ちかけていった。





 一方、殆ど等間隔で爆発と砂塵が上がる場所があった。
 その後には装甲の破片や犬の前足らしきパーツ……バクゥの残骸だ。
 辛うじて動いているのは最早一体。ゼンガーはバクゥのモノ・アイに対艦刀を付き立て、足を斬って戦闘・移動能力を奪った時点で放置した。
 


「しまった! アークエンジェルが!」


 全五機ものバクゥを止めを刺さずに放置したのは、“この場の”戦力の分散を図るためだった。   
 大局的に見れば、兵を残せば傷が癒えた時点でまた復帰する為、殺すのが正解かもしれない。
 だが局地的に考えれば、部隊は例え一人でも、微かに生存の可能性が残るならば負傷兵を助けようとする。
 味方を見捨てる様な軍で、人は戦えないからだ。
 その為には戦闘に必要な倍の労力を必要とし、結果的に敵の進軍を鈍らせる事が出来ると踏んだのだが……誰も来ないのだ。
 息をしているが、治療をしなければ危うい兵を放置したまま……。


「勝っても負けても、部下と共に果てる気か! 貴様ァ!!」

“斬!”


 砂丘の彼方から放たれたビームが、対艦刀によって“一刀両断”される。
 実際には重粒子の塊りであるビームを切り払う事はまず不可能であり、対艦刀に本来施されたコーティングと、ゼンガー自身の恐ろしい“カン”によって為された事である。
 だから続いて放たれた二、三発目は自力でかわしつつ、みるみる相手との距離を詰めていくゼンガー。
 そうしている内に通信が届く距離まで、両者近付いていた。


「言ったじゃないか、死力を尽くすってね」

「それを部下にまで強いるとは……何を考えている!」

「強いてないって。君らにこっちは何人も殺されてるんだ。みんな気の良い若者ばかりだった。それを失った怒りは深い」

「部隊総出で我らへの復讐を仕向けた所で、貴様は俺との決着を臨むか! アンドリュー=バルトフェルド!!」


 パンツァーアイゼンがラゴゥの目前に突き刺さり、そのままムチの様にのた打ち回ってラゴウを襲う。
 だがラゴゥの口に装備されたビームサーベルがワイヤーを切り裂き、そのまま飛び掛っていく。


「実は僕は不思議と君に怒りを感じ無い。寧ろ喜びを感じてたりする」

「……何だと」

「ようやく僕が僕らしく振舞える相手が見つかったんだ。僕が主役とすれば、君は絶好の好敵手ってね!」


 巨大なラゴゥの体躯が、背後の太陽を隠しつつ迫る。
 伍式は仰向けに倒れこみつつ……無防備なラゴゥの腹を蹴り上げた。
  


「そう! その手応えだ。命を張っていると実感できる……戦場に居ると言う緊張感! これが無いとつまらないだろう?!」

「つまらない、だと……役不足だとでも言いたいのか!」

“ヴン”


 バクゥ相手では使うまでも無かった対艦刀に、光源が宿る。
 両手で獲物を構えた伍式は下段で腕を止め、ジリジリと砂を踏みしめる。


「戦場に主役も脇役も無い!! 同じ舞台に立つ以上は、誰もが主役であり、誰もが脇役であり、誰もが敵役にも成り得るのだ!! そんな事も解せぬお前達コーディネーターは、矢張り戦場に立つべきでは無かった!!!」


 キッと顔を見上げるように、伍式のツインアイが発光した。
 その光の軌跡は、まるで涙の様にも見る事が出来た……。 



 


 アークエンジェルの格納庫にも鈍い振動が響く。
 が、そんな事はもろともせずにマードック達は作業を続けていた。
 順調ならば、そろそろスカイグラスパー一号機の活動限界なのだ。
 戦闘機は推進剤の消費が激しく、全力機動ならば数分持てば良い所なのだ。
 戻ったら即二号機に乗り換えられるよう、万全のチェックを怠っていなかった。
 が、機体そのものに近付く影には、チェックが薄かったようだ。


「おい何だ……嬢ちゃん?!」


 いつの間にかアークエンジェルに入り込んでいたカガリが、スカイグラスパーに向かっていたのだ。
 どうやら不時着した事で高度が落ちた際、ワイヤーで無理矢理昇ったようだ。


「何すんだ?! おい嬢ちゃん!」

「機体を遊ばせていられる状況か?! 私がコイツ、でぇぇぇぇぇ?」


 途中まで言いかけて、カガリは猫の様に首根っこを掴まれて、タラップから離された。

「なっ! 離せ、離……」

「カガリじゃ無理だ! 僕が行く」


 カガリを掴んだ人物は、彼女をマードックに任せタラップを登って行く


「レジスタンスの坊主!」


 青いパイロットスーツまで着込んだキラが、カガリより先んじてコクピットに収まってしまった。


「MSでの戦闘経験はあります! 僕がこれで……!」

「いや、まあ嬢ちゃんよりかはマシかもしれねえがそれでも五十歩百歩……」

「どの道包囲網を崩さないと一号機の帰還もままなりません!!」


 キラの正論に一瞬たじろぐマードックだったが、続いて後部に乗ろうとするカガリを慌てて抑える。


「だから、私が!!」

「カガリじゃ“持たない”!!!」


 強いキラの言葉にしゅんとなるカガリだったが、咄嗟に懐から緑の石を取り出し、キラに投げ渡した。


「これは?!」

「アフメドが私にくれたんだ。今はお前に貸す!」

「アフメドの……」

「これを私とアフメドと思って戦え! そして敵を……!!」

「ああ!」


 大きく頷くと、キラは二号機のキャノピーを下げてスピーカーで叫ぶ。


「ハッチ開放お願いします!」

「あああ〜もう! 今時のガキはァ! ハッチ開けてやれ!! 落としたら承知しないからな!!」


 脅し文句と共に、スカイグラスパー二号機は発進位置につく。
 隔壁とジェット噴射避けのシャッターが下り、すぐさまカタパルトが作動する。
 誘導灯のみだったカタパルト内部から急に開けた場所に出たが、キラは怯む事無く前方のヘリを撃ち落した。


〈二号機が発進?!〉

〈何? フラガ少佐が……〉

〈おい!!二号機に誰が乗っている!!〉


 フラガ本人が問い掛けたことで、ブリッジに微かな動揺が生まれた。


「キラ=ヤマトです!」

〈お前かぁ! キラ!!〉


 トールの驚愕の声が聞こえたが、キラは答えず接近しつつあるレセップスへと、矢の如き勢いで突っ込んでいった。
 




 レセップスの弾幕を全くもろともせず接近するスカイグラスパー。
 艦上のバスターや、可変MSザウートが必死に防空行動を行っているが、効果が無い。
 それどころか一体のザウートがカノン砲を斉射され爆発。しかも主砲に引火を引き起こした。
 そのままバスターの真横を横切り。バレルロールによって方向を戻したスカイグラスパーが再び急降下する。
 ディアッカは散弾砲で出来る限り広範囲を狙おうとするが、まるで網をすり抜けるかのように平然と駆け抜ける。
 機首のバルカンが連続斉射されるが、バスターのPS装甲が作動して無傷で済んだ。
 戦闘機とは思えない、その切れ味のある攻撃・挙動……同型機と思われるもう一機とは正に雲泥の差だった。
 この得たいの知れぬ相手に、さしものディアッカも背筋が凍る思いだった。


「一体大天使はどれだけ化物を飼ってるんだ!」


 背後を向けたスカイグラスパーに向けてインパルスライフルを放つバスター。
 が、ヨーだけでそれを回避した機影は、そのまま加速すると先の駆逐艦に喰らいつき……激しく砂塵と爆炎を巻き上げていく。


「あんな加速したら、普通ナチュラルは潰れ……げ!!」



 バスターはスラスターを吹いてレセップス艦上から飛び上がった。
 直後アークエンジェルからの砲撃が後部主砲に突き刺さり、船体が次々に誘爆していく。
 まさか先程当て損ねた一撃がアークエンジェルを捕らえていた残骸を吹き飛ばし、結果的に塩を送る様な事を仕出かしたとは気付いていない。


「ヘリも戦闘機もいない、バクゥも全滅?! イザークは?!」


 足を砂に取られつつ状況の把握に努めようとするディアッカだったが、知れば知るほど気が削がれる。
 たった戦闘機二機と戦艦一隻、それにMS一機相手にアフリカ方面軍の精鋭が壊滅的被害を被っているのだ。
 これでは突破阻止等という悠長な事は言っては居られない。生き残れるか否かの瀬戸際に立たされているのだ。
 それだけに、沈黙したレセップスから退却を知らせる信号弾が発射された時、不謹慎ながらディアッカは胸をなで下ろした。


「クソッ! 何であんな難儀なのとばかり当たるかねえ……」


 レジスタンスのバギーに追いすがられながらも、執念で先へと進むデュエルを一瞥すると、ディアッカはレセップスの後退に合わせ離脱を開始する。
 イザークの事が気にはなったが……ここで追いかけたら完全に砂漠で孤立するからだ。
 





「まずいわよアンディ……」

「大天使め、あれだけの攻撃でまだ!」


 キラの二号機の投入により、戦局は逆転しつつあった。
 アークエンジェルを足止めしていた航空戦力が失われた瞬間から、ザフト全軍に対し苛烈な反撃が開始された。
 バリアントやゴッドフリートといった火砲相手では、駆逐艦では応酬すら叶わず、損傷を蓄積させて後退していく。
 また伍式の残量エネルギーが思った以上に多い事も災いした。
 実弾兵器は可能な限り斬り払い、殆どのエネルギーを武装ではなく機体挙動に割いたからだろう。
 それは自分達の為に力を温存していた為だろうが、状況は不味い。
 既に前足の一部が損傷、ビーム砲もパージせざるを得なかった。


「熱くならないで! 負けるわ!」

「解ってる!」
 


 全然解っていない事は、アイシャには解り切っていたが。
 射撃戦については相手が一切の飛び道具を使用してこない事もあり、動きが止まるチャンスを見出せなかった。
 だが格闘戦ならばラゴゥの方が優勢だ。矢張り陸上に置いて四足歩行による軽快な機動性はそれ自体が大きな武器となる。
 クルーゼが歯が立たず、黄泉の巫女すら遂に落とせなかった相手と、今目の前で互角以上の戦いを繰り広げている。
 その事がバルトフェルドを、文字通り燃え上がらせているのだ。
 恐らくどちらか燃え尽きるまで止まりはしない。


「……ダコスタ君」

〈隊長!〉

「退艦命令を出したまえ。勝敗は決した。残存兵を纏めてバナディーアに引き上げ、ジブラルタルと連絡を取れ」

〈隊……!!〉


 部下の信頼を裏切ってまでも、バルトフェルドは戦いを続ける。
 ここまで来てスピードを落とす気は更々無いのだ。
 止まった所でどうにかなる相手でも……無い。
 


「君も脱出しろ、アイシャ」


 ちらりと後を向いたバルトフェルドが、アイシャに対し笑った。
 それに対しアイシャもつられて笑う。
 最早答えは決まっている。
 そうでなければここまでは付き合わない。後は只、彼の背中を見守りつつ、その行く末を見るのだと。


「そんな事するぐらいなら、死んだ方がマシね」

「君も馬鹿だな……」

「何とでも」


 嫣然とした笑みが自然とアイシャに浮かぶ。
 それを瞳に焼き付けたバルトフェルドは、再び前を見据えた。


「では、付き合ってくれ!!」

  





 万策尽きたかと思われたラゴゥは、既に味方が撤退を開始しているというのにまだ挑んでくる。
 殿を務めるという雰囲気ではない。そもそもアークエンジェルには追撃を行えるほどの余力等、ありはしないのだ。
 となれば理由は只一つ。目の前の敵は、極めて個人的な信条のみで戦いを続けているのだ。


「悪足掻きは止せ! 最早勝負はついた!!」

「それは君の物の考えに則った答えだ。僕にとってはまだ終わりではない!」


 対艦刀とラゴゥのビームサーベルがそれぞれ、翼と装甲を引き裂いていく。
 それらが砂の上に転がる前に、両者共急ターンし再び迫る。


「僕達はもっと遠くへ、より果てしなく、自ら持つ力を限界まで使って、更なる高み目指して進みたいと願うものだ! ナチュラルでもコーディネーターでも、それは必然的な欲求だろう!!」

「確かにそうかも知れぬ、だが!!」

“斬!!”


 先程斬った翼が地面に落ちた時には、何もかもが終わっていた。
 伍式の装甲がゆっくりとグレーに染まっていき、ラゴゥのビームサーベルもその機能を停止した。
 やがて伍式から対艦刀を除く全てのソードパックがパージされ、それと同時にラゴゥが生々しく砂の上に崩れ落ちた。


「人は機械ではない……最初から強い訳でもなければ、時を重ねたからと言って力がつく訳でもない」


 ラゴゥの機体から放電が始まり、伍式は踵を返して対艦刀のビームを消した。


「しかし機械は幾らスロットルを力強く踏もうとも、設計以上の力は出せぬ……自らを鍛え、進化していく事が出来る人には、限界などありはしない!」


 背後が赤々と照らされていく中、ゼンガーは瞑目して一人の武人の最期を看取った。
 そして今度は、もう一人の立会人となってしまったデュエルを見据える。


「……その怒り、よもや俺にぶつけるのではあるまいな」

「お前以外に誰が居る! ゼンガー!!」


 ビームサーベルを抜き払い、猛然と突進するデュエルだったが、目前で足を滑らせ仰向けになるようにして転倒した。
 ここまで辿り着く間に、自慢の火力をレジスタンスに使う事も出来ずに立ち往生していたぐらいだ。本格的な加速が伴うと制御が利かなかったのだ。
 それに、宇宙を主戦場とする多くのザフト兵は、重力下での転倒時における復帰訓練が十分では無かった。
 つまり一旦こけたら起き上がれない。アサルトシュラウドで総重量が増しているデュエルは尚の事。
 ここに来るまでに推進剤を使い切り、飛び上がる事も叶わない。
 


「どうした……俺を殺せ!」


 余りにも呆気なく訪れた破滅。
 笑う気にもなれず、やけくそ気味にイザークが叫ぶ。
 が、伍式が一瞥もせずに踵を返し離れていくのを見て、イザークは頭に血が上った。


「殺す価値も無いか! 俺は!!」


 ハッチを開放し、身を乗り出して伍式に絶叫するイザーク。


「……甘ったるい決意だな」


 砂塵にかき消されたかと思ったその声は、しっかりゼンガーに届いていた。


「死して全てに決着をつけるつもりか? それが正しいと真に信じているならば……今すぐに改めろ!!」

「?!」

「貴様らは一朝一夕では決して育成することができない将星では無かったのか? 人口で劣るザフトの行動としては……倫理観以前に戦略的な見地で問題のある行為だぞ!」

「何故そんな事を言う! 俺は……!!」

「既に戦は終わっているからだ」


 それを静寂に包まれた砂漠が……何よりも目の前の動かなくなったラゴゥが、悠然と物語っていた。 
  


「己の散り場所を間違えるな……生きろ。そして死者の残したものを継げ」


 重い言葉がイザークにのしかかり、言いたかったであろう多くの言葉が掻き消えてしまった。
 


「そういう事だから、色々持って帰ってくれ」

「?! 俺をメッセンジャーにするつもりか、あんた!!」 


 不条理な頼みにイザークは怒鳴る。
 しかし既に、両手でソードパックを引きずる伍式からは目線が離れている。


「何を言っている……まだ生きている以上、やらねばならぬ事はある……それが」
 


 イザークの目線の先に居る人物は、傷だらけの身体で不敵に笑い、言った。




武神装攻ゼンダム
 其伍 「生者の使命」


 

 

 

代理人の感想

オチをつけたか、イザーク(爆)。

 

対照的にキラが偉くいいところを持っていきましたねぇ(笑)。

脇役が妙に活躍するのは大抵死の先触れ(通称:もりもりの法則)だったりするんですが(爆死)

 

 

・・・・・・しっかし、盛り上がりますねぇ。毎回言ってますけど。

全くもって原作のシナリオのショボさがげふんげふん(爆)。