アークエンジェルは周囲に小さな島が点在する海域を進んでいた。
 浅く、透明度の高い海が日の光を跳ね返し、蒼く輝いている。
 そしてその輝きに入るノイズがある。
 硝煙、重粒子、装甲片……美しかった海を汚し、侵していく……。


「ディアッカはそのまま戦闘機を止めておけ。ニコルは来い、下から仕掛ける!」


 美しき世界を乱す者達の筆頭は、矢張りククルだった。
 ボスゴロフ級に収容された後、休養も補給もそこそこにすぐさまアークエンジェル追撃に入ったのだ。
 海水に浸かったマガルガや、脚部を損傷したブリッツ等色々と不安材料は残る。
 だがバスターとデュエルは無傷であり、イザーク達の戦意も高い。 
 それを考慮に入れて速攻を試みたのは正解だった。
 スカイグラスパー二号機を損傷したアークエンジェルは、明らかに防空能力が低下していた。


「イザーク、お前は存分に奴を討て!!」

〈おおっ!!〉


 水を得た魚のように、デュエルは果敢にアークエンジェルに肉迫する。
 甲板上にはイザークの敵であり、ククルの宿敵であり、彼らの因縁の存在であり、ザフトの脅威でもある男が待ち構えているのだ。
 例えマイダスメッサーでグルゥを撃破され、文字通り身一つで踊りかかる羽目になっても全く怯みが見られない。
 余程アフリカ戦線で辛酸を舐めたのだろう、と心中を察していたが、それまでだった。


〈わぁぁぁっ!!〉


 援護しようとしたブリッツに、先に伍式が仕掛けて来たのだ。
 伍式が向かってきたデュエルを踏み台に、二段飛びを繰り出す。
 重力を利用しなければ出来ない挙動……宇宙での戦いに慣れ切っていたニコルに対応できる筈が無く、蹴り飛ばされる。
 デュエルもブリッツも、機体を長時間対空させるだけの推力は無い。
 足場を失えば只落ちるだけだった。


「……ご苦労」

“ドンッ!!”
 


 その隙をついて、マガルガはアークエンジェル下部に入り込み、すれ違いざまにビームサーベルを一閃した。
 ラミネート装甲があるとはいえ、ある程度の形状を維持したままのビームが発する熱量は膨大だった。
 エンジン部からの爆発を確認した所で、背後から猛烈な速度で向かう影が。


〈ククルッ!!〉


 ブリッツが使っていたグルゥに乗った伍式だ。
 当然ザフトにもセキュリティ概念はあるので、兵器を奪われぬよう、細心の注意を払っている。
 だがここでも彼らの慢心が仇となる。ナチュラルにMSを開発出来る筈が無く、また二足歩行兵器での空中機動等出来る筈がないと言う思い込みが。
 現実はご覧の通り。
 ナチュラルのMSとパイロットが、同じくナチュラルの建造したMSをグルゥで追い回している。
 規格を限定する事を考えなかったらしい。そうでなくては本来連合側の機体である、Xナンバーでの運用は無理だ。
 


「チッ! 生きて帰れば、開発部門の責任者の腕をへし折ってくれる!!」

〈その前にお前だぁ!! 俺を囮に使ったな!!〉


 海面から顔を出したデュエルから、イザークの罵声が響くが、それと同時にビームライフルでアークエンジェルを狙う辺り、微塵は冷静さが残っているようだ。


〈いいじゃん。お望み通り一番槍はゲットしたんだし〉


 他の三人に攻撃が集中している為、割とディアッカは安全に砲撃を続行していた。
 スカイグラスパー一号機の攻撃は続いているが、旋回半径がMSに比べ大きい為に回数が散発的だ。


〈ですけど……いえいいんですけどね〉

「二人共すまぬな。今は時が惜しい!!」


 いじけた様にぼやくニコルに、ククルは多少罪悪感を抱く。
 だが急がなければならなかった。多少の無茶をしてまでも。


〈貴艦らはオーブ連合首長国の領海、領域に接近中である。中立国である我が国は、武装した艦船及び航空機、MS等の領海、領空への侵犯を一切認めない! 直ちに変針せよ!!〉


 先程から強い調子で発せられる警告がその理由だった。 
 出所はすぐ近く……戦闘を繰り広げる彼らの背後から迫る艦隊からだった。





〈ご覧頂いている映像は、今、まさにこの瞬間、我が国の領海から僅か二十キロの地点で行われている戦闘の様子です〉


 興奮気味の女性キャスターの声が、アークエンジェルとククルらの死闘の様子を、生中継で報じていた。
 街を行き交う人々が、街頭モニターに映っている戦闘の様子を立ち止まって見ていた。
 見上げては興奮して言葉を交わしてはいるが、それは赤いのの蹴りが決まった、とか金の機体の方が早いといった、プロレス観戦と見紛う様な呑気さだった。
 オーブ連合首長国。
 赤道直下の二十以上の群島から構成された、オーブ諸島に存在する中立国だ。
 首都オロファトのあるヤラファス島には活火山“ハウメア”が存在しており、これを利用した地熱発電によって工業が発達。
 更にはマスドライバーを有する宇宙港の存在によって、栄華と繁栄を極める経済大国でもある。
 


〈またカーペンタリアのザフト軍本部、およびアラスカの地球連合本部へ強く抗議し……〉


 だが同じ映像を険しい顔で、苛立たしげに見つめる男がいた。
 何かを見据える鋭い目、美しい紫の長髪と、整い過ぎた冷たい容貌をしてはいるが、その瞳に宿っている感情は熱く、自分以外の何者かに向けられていた。


「……“Pシリーズ”だけでなく、あの船まで残っているとは意外でした」

「あの迷える天使には武神がついている……神になれると思い上がった連中に、彼をどうこうできる訳が無い」


 声をかけた女性技師が思わず眉をひそめる。
 中立国であるオーブには多くのコーディネーターもいるにも関わらず、この物言い。
 何よりこれだけ他者を持ち上げる事を、男は今までした事が無いのだ。


「ここまで来たのだ。素通りな筈があるまい……彼らが寄港したら伍式とそのパイロットを招待しろ。M1開発の良い刺激となる」

「見る限りアークエンジェルは随分危ない状況です。一番と二番エンジンが被弾している以上、長く高度は保てないかと……それでも来ると?」

「巧くやるさ」


 その通り、アークエンジェルは艦体を傾かせ、滑る様にしてオーブ艦隊の陣形に突っ込んだ。
 警告無視と判断したオーブ艦艇が砲撃を開始するが、多数の水柱とは裏腹に直撃弾は一発も無い。


「ウズミ前首長も矢張り親だな。娘の命とオーブの中立、天秤に量れなかったか」

「……先程のは“予知”、ですか?」

「この程度、少し考えれば解るさ」


 但しそれは、死地を潜り抜けたかけがえの無い、家族も同然の存在が命を賭ける船だったからこそ解った事だ。


「あの、お姉さん」


 その時、女性技師の服をクイと引っ張る小さな手が、男の目に入った。
 視線を動かすと、そこにはタンクトップを着た元気な幼女と、西洋人形の様に綺麗で、物静かな少女が立っていた。
 


「……?! え、ええとあなた達どこから?」

「わかんない! おいちゃんをお迎えに来たの!」


 幼女の視線はモニターに映るアークエンジェルに行っていた。
 それにドキリとした女性技師が、咄嗟に身体をモニター前に寄せる。
 


「そ、そう……お父さんをお迎えに?」

「ううん。おいちゃんにお礼が言いたくって。守ってくれてありがとうって……あれ?」


 しかしその行動が裏目に出た。
 画面を見たい一心で幼女が首を傾けた先には、MSハンガーが存在していたのだ。
 中立国である筈のオーブにMS……もっとも、アークエンジェルやXナンバーの存在を考えるとそれも疑わしいが、更に疑惑を深める物が視線の先にはあったのだ。
 


「ごしきだぁ!」


 そこには伍式に良く似た形状のMSが、整然と数十体は並んでいた。
 ただ良く見ると、伍式よりも更にスマートで、配色も白を基調としている。
 背部から出っ張ったスラスターの規模からも、かなり運動性を重視している事が窺える。
 が、そんな事を目の前の幼女に解る訳が無い。ただただはしゃいでいるだけだった。 
      


「……困るな。あれはお披露目前なんだ」


 ここに来て流石に男も動き出した。
 懐に腕を入れ、何かを取り出そうとするのを見て、思わず女性技師が悲鳴を上げかける。
 が……。


「悪いけど、この子と一緒に外で待っててくれないかな? ヒューイと言う」

「うわー! クマさん!」


 とてもじゃないが服の中には入り切らなさそうなクマのぬいぐるみを、幼女に渡す男。
 その隙に男が女性技師に素早く目配せすると、彼女ははしゃぐ幼女を連れて出口へと向かっていった。


「……」


 だが、その場にはまだ少女が残っていた。
 同じ様に人形が欲しい、といった様子ではない。
 対する男もその気は無い。


「君には不要か」

「うん。私が欲しいのは……剣だもの」


 少女は何処か違和感のある笑顔を浮かべつつ、小走りで幼女の後を追った。


「……成る程。世界に立ち込める暗雲の正体はあれか」


 男は一人呟くと、先程幼女が見つめていたMS群を沈痛な表情で見上げた。
 これが必要となる時は、そう遠くないかもしれないと。






〈返す!!〉


 
 フラガは先にアークエンジェルに戻っていたが、ゼンガーは今の今まで殿を務め続けていた。
 グルゥを奪った事でブリッツは無力化したが、バスターとマガルガは健在、デュエルもバッテリー残量限界まで、海中からの援護攻撃を行っていた。
 しかしそれも終わりだ。
 アークエンジェルがオーブ海域に向かっていくのを確認すると、今まで騙し騙し扱っていたグルゥを、マガルガに蹴飛ばしたのだ。


「いらぬ!」

“斬!!”
  


 刹那、マガルガのサーベルが煌き、グルゥは真っ二つに引き裂かれた。
 だがその頃には伍式の姿は無い。
 後へと飛んでオーブ領海へ飛び込んだのだ。
    


「まあ慣らしとしてはこれでいい」


 慣らしどころか、アークエンジェルに大打撃を与えている。
 それなのに何処か他人事めいている。
 折角拝命された指揮官としての地位も、所詮はゼンガーと戦う為の材料の一つ、としか考えていなかったのだ。
 ミゲルを初め、多くの味方を殺されている事には憤りを感じている。
 それがどうだ。いざ相対すると憎しみも怒りも何処かへと押し流されてしまう。
 今と次をを渇望するが余り、自らの命を繋げる以外、あらゆる事が無意味に感じてくる。
 その感覚がククルは好きだった。
 死んだというのに付いて回るしがらみが、その瞬間だけは一切合切無くなるのだ。
 生者でも死人でも無く、只ククルという意思としてのみ、立ち振る舞えるのだから……。


〈でもなあ、このまんまじゃ終われないぜ?〉

〈そうだ! 補給と整備が終わり次第強襲を……〉

〈オーブと戦争するつもりですかイザーク?! 相手は中立国です!〉

〈あんなものを作っておいて何処が中立だ!!〉

〈そう、あれを造ったのはあの国です! 何があるか解ったものじゃ……〉


「やめい。今後の方策は帰ってから話す」


 意見の対立が生まれる中、ククルはきっぱりと言った。


〈アテはあるんだろうな〉

「無ければ言わぬさ」

〈ならいい……〉 


 釈然としないといった様子のイザークの言及を聞いたのか、ディアッカの嘲笑が聞こえる。
 しかしそれはククルではなく、アカデミー時代から大して変わっていない友に向けてのものだ。


〈この調子じゃあ、お前これ終わった頃には尼になるかもな〉

「私はもう死んでいる。寧ろそなたが坊主になって拝むがいい……」


 ここまで来て、彼らの中にあったククルに対する反感は大分抜けていた。
 言いたい時に物を言い、互いに意見をぶつかり合わせてきた結果がこれだ。
 既にククルらは、部隊と言う一個体としてその真価を発揮しつつある。


〈二人共、良く言いますね……〉


 ニコルにはそれが嬉しい反面、少々寂しい気もした。
 彼女の味方はもう、自分だけではないのだと。 







 ザフトの撤退後、アークエンジェルは艦隊に護衛されつつオノゴロ島に入った。
 オノゴロ島はオーブで軍事を司る要塞であり、国営企業モルゲンレーテの本拠地が置かれても居る。
 繋留、とは言っても地下部分にドッグがある為、ザフトの偵察衛星からは察知されないだろう。
 その後ゼンガーは、モルゲンレーテ敷地内の人気無い通路にて言葉を交わしていた。
 伍式及びアークエンジェルの修繕に関する意見調整の為と、もう一つ……再会の為。
 


「久しぶりだな、ゼンガー」

「……お前とまさか、このような場所でめぐり会うとは」


 先程ひと悶着あったこの男は、ゼンガーのかつての同僚であった。
 人情に厚く、静かに怒りを潜めているこの男は、ある意味ゼンガーと同類だった。
 ……生き方が多少、不器用である部分も。


「ウズミはお前達を匿うつもりだ。そして伍式もアークエンジェルもな」

「……? そんな事をすれば中立と言う立場は危うくなるぞ」

「既に危ういのだよこの国は……その為の力を、奴は欲している」

「伍式の戦闘データと、俺か」


 オーブ側が今回の件に関し、大きな便宜を図っている事は解っている。
 今頃マリュー達がそれについてウズミ前首長から聞かされているだろうが、軍と言う基準から考えればかなり無茶な取引をふっかけられている事だろう。 
 最高機密であるXナンバーの戦闘データを、分けろと言っているのだ。
 ただ、開発したのがここオーブである事を考えれば、微妙な判断を強いられるが。
 


「ヘリオポリスとそこで失われた命。この責は我々にあるのだ……過ちを繰り返さない為の力を得る事は、当然なのかもしれん」


 ここでゼンガーは任務を盾にするつもりだった。
 ソフィア博士が死亡した事により、形式上はゼンガーが伍式について全ての責任を負っている。
 彼の任務はアークエンジェルとX−105をアラスカまで送る事だが、その任務に支障が出るならば多少の無茶は利く。
 実は伍式は限界が近い。
 対艦刀を扱う際の大きな挙動は、当初想定されていた基準を大幅に上回る負荷を与えていた。
 先日のキラによるOS改竄によって、駆動プログラムが最適化された事も手伝いどうにか持っていたが、実際は早急にメンテナンスが必要であり、それが叶わなければ次の勝利は危ういだろう。
 ……言うまでも無く、その相手はククルだ。
 彼女は既に地上戦での勝手を掴みつつある。予想以上の順応ぶりに、ゼンガーは危機感を抱いているのだ。
 この状況を打破するには、モルゲンレーテでのオーバーホールあるのみ。
 どの道、緊急事態とはいえ多くの失態を繰り返している。今更先の懲罰を気にしても仕方が無い。


「国の命運と世間知らずのお嬢の命、天秤にかけるような人間が実権を握っている時点で過ちは既に決定された様な物、そう気負うな」

「……見たのか」

「少し考えれば解るさ」


 世間知らずのお嬢……それが誰であるかを知った時、アークエンジェルは文字通り揺れたものだ。
 あのカガリが、ウズミ前首長の娘だと言うのだ。
 同行していたキサカは陸軍から出向していた護衛だと言うのから更に驚く。
 もしかしたら砂漠からここ、全てオーブの手の平で踊っていたのではと勘ぐったが、考え過ぎだった。
 勝手にカガリがヘリオポリスに赴き、勝手にキサカの実家―キサカはタッシルの生まれだったのだ―を当てにレジスタンスに参加し、勝手にアークエンジェルに乗り込んだ……彼女の勝手に、文字通りウズミ前首長は振り回されたのだ。
 


「これ以上の膠着状態が続くと、両陣共に危うい……近い内に勝負に出るだろう」

「その只中で、オーブは喰い合いに巻き込まれると」

「モルゲンレーテとマスドライバーは魅力的だ。世論を盾に連合が強硬手段に出るやもしれぬし、オペレーションウロボロスの攻撃目標にここが含まれているとも限らない……そして最悪の状況になった時、あの親子では不安が残る」


 オーブの人間である筈の男は酷評を繰り返す。
 感情的なものでは無く理論然とした口調であり、一層危機感を煽る。


「どのみち、アークエンジェルが直るまでは動けまい。ゆっくりしていくがいい、待ってる人もいるしな」

「……? 俺に家族は」

「おいちゃん!」


 その時、通路の方から黄色い声が近づいて来た。
 小さな腕一杯に、ぬいぐるみを抱きかかえた幼女だ。


「エル? それにイルイ!」

「おかえりなさい、ゼンガー……きっと来るって信じてた」


 エルほどはしゃいではいないが、イルイの表情は眩しいぐらいに明るかった。
 男は微笑を浮かべると踵を返し、エル達を連れて来た女性技師と共に工場へと戻っていく。
 その背中に、ゼンガーは問う。
 


「何を考えているギリアム」

「色々と、この世界に生きる人々の為」


 振り返ったときの瞳から、ゼンガーは確信した。
 その人々に“コーディネーター”は含まれては居ないだろう……と。
 彼は、自分と同じく悩む事無く邁進する男だった。
 だがそれはいささか、“急ぎすぎる”きらいがあったが……。





 翌朝、早速ドッグ内でアークエンジェルの修理が開始されていた。
 多くの作業車や作業員が行き交う様は、実に活気に満ち溢れていた。


「驚きましたね……もう作業にかかってくれるとは」

「ああ、それは本当にありがたいとは思うが……」


 当直のノイマンは感嘆するが、ナタルの返事は相変わらず歯切れが悪い。
 先日色々正論を持ち出して反論したものの、ものの見事にゼンガーに負かされたのを根に持っている様だ。
 当直中説得を試みたゼンガーに対し、機密が優先だの、この国は危険だの、尤もらしい言葉で反論するナタルの様子を、ノイマンは見ていた。
 だが結局ナタルは折れる事となる。


『我々は組織の歯車だが、組織の為に動くのではない。組織の理念に基づいて、己の判断で人々の為に動くのだ……俺が思うに、今やるべき事は一刻も早くこの船と伍式を修繕しアラスカへ向かう事。その為に我らは今、オーブの中立性を犯している……相応の代価を払う事は当然だと判断する。それに』


 この次の一言が決定打となる。


『……伍式の事は全て俺の管轄だ。心配はするな』


 傍から見れば権力を使った事になるだろうが、ノイマンはそう思っていない。
 ゼンガーは責任と義務を行使したのだ。その為に自分が全ての責を問われる事になろうと躊躇わない。
 本当に強い人間と言うのは、これらに押し潰されずになお、自らを保つ事が出来るのだなと、ノイマンはゼンガーを尊敬していた。


「おはよう」

「……おはようございます」


 ブリッジにマリューが入ってきた事で、対してこの二人はどうだろうとノイマンは思案する。 
 やりやすい上官としてはマリューは優秀だ。
 柔軟かつ話が解るので、部隊を運営するに当たっては楽……とは言え優柔不断過ぎる。
 それがたまに、どころかかなり危機を呼んでいる。ゼンガーやフラガのフォローが無ければどうなっていただろう。
 ナタルは対照的に感情に流される事も無く黙々と任務を遂行する。
 しかしこれは現状に置いて大きなネックとなる。何故なら彼女が常日頃基準とするのは軍規。
 これは組織の秩序を維持する為に必要なルールではあるが、支援も無いまま止む無く単艦で行軍する際には全く適さない。
 補給も、支援も無い以上、頼りになるのは自分達の力だけなのだ。それには協調が必要なのだが、どうも彼女は鉄の規律で縛る事ばかり考えてしまう。
 嫌われ、恐れられる事すら良かれと思ってやっているのだから性質が悪い。この城砦の様に固い意思を崩すには、ゼンガーの一喝が一番だ。


「……やっぱり少佐が居てよかった」


 
 彼の言動や挙動は勢いによるものでは決して無い。
 論理的思考に加え、実戦によって培われた戦闘における常識と本質を解していたからこそだ。
 常日頃ゼンガーが奇策を繰り返す理由は何のことは無い……“彼に油断させよ、己は不意打ちせよ”という戦闘の鉄則を体験的に会得し実行しているからに他ならないのだ。
 ……流石にノイマンはそこまで気付かなかったが、そういった姿勢がクルーの信頼を得ているのは事実だった。
 水と油の様な二人を繋ぎ止めているのは、ゼンガーの経験に基づいたアドバイスによるものが大きい。


「なに?」

「……少々、よろしいでしょうか」


 引継ぎが終わったにも関わらず、退出せずに睨むようにマリューを見つめるナタル。
 漂う緊張感に息を詰めるノイマン達だったが、我慢する。
 確かに友好的とは程遠い状態だが、ゼンガー抜きで二人が意見をぶつける貴重なチャンスなのだ。
 どうなるかは全く未知数だが、とにかくノイマンは見守る事にした。


「我々は、多くの犠牲と失敗を生みながら今日この日まで生き延びてきました……しかしそれで本当に良かったのでしょうか? 過ちを過ちのまま押し通し、無理意地を貫き続けた我々は……正しかったのでしょうか?」


 その場に居たクルーは驚きを隠せない。
 鉄の様に冷酷かと思われたナタルが、葛藤しているのだ。
 ヘリオポリス、アルテミス、第8艦隊と多大な犠牲を踏み越え、民間人を盾にし、レジスタンスと裏取引をし、今は中立国に機密を売り渡そうとしている……。
 軍人としての良心の呵責に、彼女は苦しんでいる。
 彼女がああなのは、純粋に“正義”を貫きたいと願っていたからこそだったのだ……。
 上官のこんな一面が見られただけでも、オーブに来た意味は十二分にあったのではないかとすら、ノイマン達は思い始めていた。


「ええ」


 それだけに、一秒も悩む事無く応えたマリューに対し、ナタルのみならず一同怪訝な顔をしてしまった。


「そう怒らないで。私だって悩み続けたんだから……フラガ少佐に当たって、一人で腐って……それでもこの答えしか出なかった」


 それで珍しくフラガが、グラビア雑誌以外の本を読んでいたのかと、一人ノイマンは納得する。 
 確か女性関係に関する禁忌(タブー)がどうたらとか……。


「私の独断専行であっても、それを信じて散った人間の重みがある……」


 自分一人の選択ではないと、マリューは言う。
 しかしその責任は彼女一人で背負っている……死んだ人間に責任を問う事等出来ない。
 死人は遺志しか残さない。同じ場所に辿り着くまで、それらを背負い続ける事が生き残った者の義務であり、運命……。
 


「自ら背負った以上、逃げ出す事は許されないわ」

「例えそれが……誤った道であったとしても?」


 息を飲むナタルに対し、マリューは毅然と言った。


「本当に正しい道なんて無いわ。道の先にあるものを信じて、自分の手で道を正し、創るのよ」


 唐竹の様な真っ直ぐな答えだった。
 誰に似たかは言うまでも無い……この場にいる人間で、最も長く、そして深く関わったのだから。


「……そこまで言うならば何も言いません。ですが問題は後から必ず付いて回るかと」


 マリューの心情に水を差すような言葉を、ナタルは言って去ろうとした。
 だが。


「それすらも“貴女がた”ならば、あるいは……いえ、何でもありません。失礼します」



 らしくない言葉に当惑しているのか、ナタルは足早にブリッジから出た。
 それに対しマリューは何を言うでもなく、シートに身を沈めた。




 

代理人の感想

ギリアームっ!

特殊戦技教導隊一番乗りはこの人でしたか!

原作では「物事を深読みしすぎるのが悪い癖だ」と言われてましたが、さて。

何やら色々やばそうな感じなんですが・・・・

つーか、いきなりアポロンとか名乗って再登場したりしないだろーな(謎爆)