外はまだ薄暗く、夜明けの途中であった。
 もったいぶる様に顔を出す陽が微かに木々を照らし、その輪郭を大地へと浮かび上がらせていく。
 風になびかれゆらゆらと横に揺れる影が、微かに上下に揺れ始めた。
 オーブ諸島は火山活動が活発とは言え、地震とは大きく異なる揺れだった。
 しかもその震源は動いている。


〈そちらのゲージへ〉



 その震源の足元から、声が響く。
 指示に従って、目の前で開いた巨大な鉄の扉へと歩みを進める二つの影。
 一つは男。その手には鞘に収めた太刀が握られている。
 キッとした眼差しで扉の向こう側から続く、奈落のような穴へと視線をやっていた。
 そして後から続いたもう一つの影も太刀を持っていた。
 しかし男と比べその様子は滑稽だ。
 折角の刀を杖代わりにして、よれよれと老人か落ち武者の如く蛇行していた。
 しかし頼りなさは感じ無い。寧ろ恐怖だ。
 ビル程もある巨体が倒れ込んだら、先の無線を発したバギーも男も一巻の終わりだからだ。
 


〈……あの、そんなにダメージが蓄積していたのですか?〉

「ああ、あらゆる意味でな」


 男がそう短く答えている間に、巨大な影は扉の向こうへと消えた。
 そこは穴ではなく、大型のエレベーターとして機能していた。
 地下へとどんどん進み、次に扉が開いた時には広大な工場区へと繋がっていた。


「ここならばストラ」


「伍式だ」


「……X−1」


〈伍式だって言ってるじゃない〉 


「……伍式も完璧な修理が出来るかと」


「うむ、言わばここは実家のようなものだからな」


 満足げに頷く男に、先程バギーから指示を発していた女性技師は溜息をついた。
 “また始まった”、しかも伝染(うつ)っていると。


〈……?! あれ!!〉


 何かに気が付いたのか、巨大な影が次のブロックを指差す。
 そこに見えた光景は、先程ギリアムという男が見ていた物と同じ……白いMSが何体もメンテナンスベッドに固定されている。


「これが中立国、オーブという国の本当の姿だ」

「カガリ」


 シャツにタンクトップという、とてもじゃないが姫君とは思えない出で立ちのカガリが現われる。


「M1アストレイ……モルゲンレーテ社製、オーブ軍の機体よ」
  
〈ちょっと……何でこんなのがあるなら、あの時出してくれなかったの?!〉


「残念ながらヘリオポリス崩壊時には、試作機が三機しか無くて……ようやくそのデータを回収して量産に……」
   


〈関係無い! 間に合わなかったらどんな力も意味無いじゃない!! 役立たず!!!〉


 拡声器からの声が割れる程の叫びだった。
 それほどまでに精悍かつ、力強い光景だったが……彼女にとっては全てが遅い以上、憎しみをぶつける対象でしかない。


「……すまなかった」

“バシュ”

「違う! 少佐じゃなくて……」


 コクピットから出てうろたえているのは、まだ少女だった。
 それを見て女性技師は一層罪悪感を増す。
 ひょっとしたらこの後間に合ったとしても……手遅れかもしれないのだから。
 自分のやっていることは無意味なのではと、彼女は気負う。


「同じだ。我らのXナンバーの開発が今一歩進んでいれば、ザフトを水際で撃退できたやも知れぬのだ……だが我らと違い、中立国という制約があった以上、M1アストレイの配備はどうあっても間に合わなかった。シモンズ女史を責めないでやってくれ……」

「ああ、エリカを責めても無意味さ。フレイ、何だったら裏切り者で卑怯者の父上を張り倒してやれ。全ての責任は奴にある」


 腫れた頬に手をやりながら、カガリが当てつけのように言う。
 しかしフレイは黙って首を振る。


「意味無いわ……コーディネーターを根絶やしにしないと……あいつらのせいなのよ、全部……全部!」

「同じ……目をしているのね」


 自らがウズミ前首長よりも忠誠を誓う男を思い出し、複雑な表情をするエリカ。 
 こんな若いのにこれでは、彼女の未来はどうなってしまうのだろうか、と。





 一向は更に下層のフロアへと移動した。
 どうやらそこは試験場のようで、強化ガラスの下は円形状のフィールドとなっており、既に三機のM1が待機していた。


「アサギ! ジュリ! マイラ!」

「「「はーい!」」」


 場違いな黄色い声にゼンガーは眉をひそめる。
 が、側のフレイの事を考えるとそれもありかと考え直す。
 基本的に地球製のMSはザフトのMSと異なり、適性があれば誰でも乗れるような設計を目指している。
 老若男女問わず、自由意志での参加を促す為の理想的コンセプトだが、現実は適性判定が厳しく巧くは行っていない。
 だからこそ、適性がある者は子供であろうが何であろうが歓迎される。
 それがナチュラルの厳しい状況であった。


「今日は前置きなしで始めましょう……みんな、この人が誰だか解る?」

〈キサカさんに続くお目付け役二号? 暴れまくってるもんねえカガリ様〉

〈お代を踏み倒されて追って来たコックさん?〉

〈あ、そうか。隣の娘さんがカガリ様に虐められて、怒り心頭で乗り込んできたお父さん?〉


「お前らーっ!! 私を何だと思ってる!?」


 いかにカガリに権威が無いか証明するようなやり取りだった。
 また逆に、己の地位に関係なく多くの人間と気安く出来る長所も、垣間見せていたが。


「お、お父さんだなんて……」

「いやいやお前まで乗るなよフレイ……あーもうとっとと始めろお前ら!」


「「「はぁーい」」」


 フレイは割と真剣だったが、さらっと流される。 
 面白く無い事は確かだったが、今は三機のM1によるデモに目を移していた。
 ……が、暫くすると欠伸すら出そうになって来た。動きが遅すぎ、蝿でもいれば普通に止まるぐらいなのだ。


「……ねえ、いつまで前振りが続くの?」

「いんやこれが全力。前よりかは微塵程は速くなってるがな」

「嘘ぉ?!」


 まだトールの方が早いと、フレイは愕然となり、呆れた。
 そして思わずこうも口にする。


「……私が動かしたほうが速いんじゃ」

〈あっ、ひっどーい〉

〈人の苦労も知らないで!〉

〈何よ自分は乗れないくせに〉


 一斉に批難の声を浴び、たじろぐフレイ。
 彼女達はアークエンジェルからここモルゲンレーテまで、伍式を操作していたのがフレイだと知らないのだ。
 助けを求めてゼンガーの方へと目を向けるが、ゼンガーは視線で“自分でどうするか決めろ”と訴えていた。


「……じゃあ乗ってあげるわよ」


 ゼンガーの前で恥をかくだけでなく、顔に泥を塗るような真似したらどうしようと悩みはした。
 しかし時には危険を冒さなければ何も変わらないと、フレイは覚悟を決めた。
 あのキラでさえ、危険を顧みずカガリを救出するという“手柄”を立てたのだ。
 やれないでどうするか。
 ……だが前のように無理は出来ない。自分に何が出来て何が無理なのか、よく吟味しつつフレイは試験場へと向かっていった。






 その姿が消えた後、ゼンガーは背後に現われた人影に語りかける。


「……答えは出たかキラ=ヤマト」

「お断りします! 協力しろって、何かと思えば……」


 ゼンガーは試験場に現われたもう一機のアストレイを見下ろしたまま、キラの返答を聞いた。 


「そうか」


 しかしそれ以上の追求はせず、まずキラの言い分を聞く。


「あれのサポートシステムを組めだなんて……何の意味があるんですか?!」

「オーブは他国を侵さず、侵されない―その意志を貫く力だ」


 フレイの駆るM1が、相変わらず八極拳の様にのろくさした動きのM1に肉迫する。
 が、そのまま通り越して壁に激突した。ふらふらしつつももう一度立ち上がり、再び向かっていく。


「力だけで、何が出来ると言うんです……あんなものを求めて、何処も彼処もボロボロになったじゃないですか!」


 ヘリオポリスは言うまでも無く、アルテミスの事もキラには耳に入っていた。
 そして第8艦隊、何よりも自分自身……MSという圧倒的な力に関わった者は、総じて破滅が待っている。
 災いを呼び寄せる呪いと言っていい代物に、進んで係わり合いにはなりたくなかったのだ。


「爪楊枝でも人は殺せる。問題なのは扱う人間の……“想い”だ。想いは兵器をも変える」


 確かに伍式もそうだと、キラは納得する部分があった。 
 焦土と化したタッシルの街で、何もかもがゼロどころかマイナスの状況での復興は、辛いものだ。
 それを本来、敵を屠る為の巨大な腕で容易に片をつけてしまったトールの伍式……。
 その働きにはキラのみならず、タッシルで生きる全ての人々が感謝している。
 またカガリ発見も、MSの機動力が無ければ恐らく果たせなかっただろう。
 ……しかしそれを遥かに越える悪行を、MSは行ってきたのだ。
 日常を壊し、友を殺し……そんなものの完成度を高める為に何故手を貸さなければならないのか?


「ザフトにも連合にも組せず、只オーブとしてあり続けるにはそれ相応の実力と、信念がいる。だがな……力無き信念は無力。信念無き力は暴力でしかない」

「……!!」


 遠まわしに明けの砂漠を示した言葉に、キラは露骨に嫌悪の表情を浮かべる。
 しかし振り向いたゼンガーの真摯な視線を前に、それを改める。
 今のは誰を嘲るのでもなく……ゼンガーが自らを責めていた事に気付いたのだ。 


「そして如何なる万全の備えも、どれだけ崇高な決意も……想いが果たされなければ後悔として、十字架の様に重く圧し掛かるものだ。遣り過ぎなど無いのかも知れぬ、想いが果たされるならば……」


 下界ではM1が只一機、忙しなく動いている。
 パンチを繰り出しても外れ、蹴りを入れようものならすっ転ぶ有様だったが……既に二機程地に沈めているのは流石だった。
 


「もっとも……多くは力に溺れ、あるいは感情に流され、己の実力を見誤り全てが台無しになる事が殆どだ。だがキラ=ヤマト、君は己の力を恐れている。臆病などでは決して無い、それだけ冷静に物事を見る事が出来ると言う事だ」


 ふいにゼンガーは視線を逸らし、キラもつられてそちらを見る。
 思わぬフレイの奮戦に目を丸くしているエリカに対し、したり顔で笑っているカガリが映った。


「……彼女をどう見る。オーブの獅子と畏れられるウズミ=ナラ=アスハの娘だけに、その性格は烈火の如き激しさを持っている。故に己の信ずるがままに突き進む事を躊躇いはしない」


 それに大いに付き合わされただけに、キラはただ頷く。


「それが彼女に根ざす気質とはいえ、まだ未熟……この激動の時代で何処までも進み、倒れてしまうかもしれぬ」


 否定できなかった。
 先日も、ナビゲーションモジュールを破壊されていた状況で、やり過ごせば良いものを輸送機に仕掛け、あの大騒ぎだ。
 ゼンガーを始めとした、アークエンジェルのクルーの尽力が無ければ……彼女はあそこで終わっていた。
 改めて考えても背筋が凍りそうだった。
 一体何の為にここまで戦ったのか……何の為に血を見たのか……全てが無意味になっていたかもしれないのだ。


「……彼女の為にも、僕の力が必要だと?」

「そうだ。命を賭けるだけの意味がある人物なのだろう、彼女は?」 
    
「でも僕は! 僕はコーディ」


「躊躇うな! かつての俺の様に!!」


 言い終わる前にゼンガーの叫びが遮った。


「……俺と同じ轍を、君は踏むな」


 それは失い難い者を失った故の、慟哭であった。
 キラもその言葉の意味する事を察し、唇を噛んだ。
 ゼンガーは間に合わなかったのだ……そして既に十字架を背負っているのだと。
 ……幸いにもこのやり取りは誰も気が付かなかった。
 試験場で拳を上げて高らかに勝利を謳うM1に、視線が集中していたから。





 翌日……空が紫色に染まりつつある時頃。
 地熱エネルギーは環境を汚さず、またそれによって加熱された海水が多くの海産物を育んでいる。
 オーブでも漁業は行われているが、矢張り釣りは朝方の方が当たりが大きい。
 とある入り江でも二人の釣り人が糸を垂らしていたが、彼らが陸に上げようとしているのはある意味かなりの大物だった。
 海面に大きな影が四つ……現われたかと思えばその身を起こし、釣り人へと歩んでいく。
 だが釣り人は笑みすら浮かべ、陸に上がろうとする影に手を差し伸べた。


「ようこそ、平和の国へ」

「“クルーゼ隊”のククル。協力感謝する」


 
 ウエットスーツに身を包んだククルは、キャップを脱いで髪を振りほどいた。
 纏まっていた銀髪が絹のように輝く様は、霞む水面(みなも)にも映って実に幻想的だった。
 ニコルも思わず見とれてしまい、早く行けと後からイザークに蹴られていた。
 ……ククルはあの後、オーブから発せられた公式見解を全く信用せず、次の行動に移っていた。
 それはアークエンジェルがオーブを離脱したと言うものだったが、ククルが与えたエンジンへの損傷はかなり深かった。自力航行はこれ以上無理な筈……。
 飛び道具と違い、実体剣だろうがビーム刀だろうが、ある程度の手応えは感じるものなのだ。
 MSに乗っている以上それは微々たる振動でしかなかったが、格闘戦に慣れている彼女は微妙な変化も逃さない。
 手応えが浅いならばもう一撃加えねばならないが、その隙に殺られる事もある。
 深い事を察知できなければ、推進剤等の爆発に巻き込まれ矢張り殺られる。
 常に瀬戸際に自らを置いて戦っていた彼女ならではの鋭い感覚だった。
 無論、他にも様々な諸要素を加え判断し……オーブに残っているとしか考えられないと結論付けたのだ。
 現地の工作員との連絡事項もあった為、今ククルは二日遅れでオーブの地を踏んだ。
 ちなみに態々クルーゼ隊を名乗ったのは、彼の名の方が通りが良いからだ。それに死人の名を部隊名にするのは縁起が悪いと、彼女が拒んだからでもある。
 


『それにしても、随分と顔が広いものだあの男も……』


 自らの上官に一層の謎を深めつつも、ククルらは工作員からモルゲンレーテ社の作業服と、偽造IDを受け取り別れた。
 タイムリミットは日没まで。それまでに有益な情報を引き出さねばならなかった。


「有言実行とはこの事だな……素直に手際は褒めてやる」

「結果が出せなければ意味があるまい。急ぐぞ」


 と、イザークに返しつつ、さも当然といった風にククルはファスナーに手をかけた。


「?!?!」

「おおっ、眼福眼福!」

「って見ないで下さい!!!」


 咄嗟にディアッカの目を両手で覆うニコルだったが、視線は固定されている。
 ディアッカもディアッカで、コーディネーターとしての握力全てを駆使してニコルの指を開き、その姿を垣間見て……。
 二人揃って絶句した。


「どうした、急げ」

「あ、ああ……」

「はい……」


 顕わになった彼女の背中は、決して綺麗な物では無かった。
 傷だらけかつぼろぼろで、歳相応のものとはとても思えない。
 いや、ザフトでもこれほどまで傷ついた戦士はまず居ないだろう……そうまでして彼女を戦いに駆り立てるものは何か。


「……っ、どうして……そこまで……」


 ディアッカを開放したニコルは思わずあの男の事を思い出し、彼女以上に華奢で傷一つ無い自らの掌を握り締めた。


「おいお前ら何をのろくさやってるんだ! 全く……」


「「!!!!」」


 次の瞬間、ニコルとディアッカは上半身裸のイザークを茂みの中へと引きずっていく。


「何をするお前らぁ!」

「イザァクゥゥゥゥゥ!!貴方って人はぁ!!」

「もうちょい頓着しろよ、お前もさあ」


 騒がしい一団から取り残されたククルは、一瞬呆気に取られていたが直に笑みを浮かべた。


「おいおい……そう意識されても困るではないか」


 だが幾分気が楽になったのは確かだった。今からぶつかる相手は途方も無く大きく、変に力を入れた所で敵う訳でもないのだ。
 ……彼女は確信していた。十中八九ここオノゴロ島にゼンガーは居ると。





 アークエンジェル同様、伍式のオーバーホールも急ピッチで進んでいた。
 何十人ものスタッフを動員して、ネジ一本に至るまで緻密に検査を繰り返しつつも、全身で並行作業を行う事で作業効率を飛躍的に高めている。
 ……ただ、それすらも嘲笑うかのような酷い有様であったが。
 特に各所のモーターは焼き切れる寸前まで酷使されており、総交換するしか方法は無かった。
 しかし全てを新品に換える以上、どうしてもレスポンスに問題が発生する。
 その微妙な誤差を修正するのに難儀していたが、三日目にしてあっさり片が付いた。
 キラが作業に加わったのである。
 だがこれはあくまで、自分が損壊した伍式に責任を持っただけ。いわば償いなのだ。
 これから先どうするかは……決めかねている。


「うわ早いなーお前、キーボード」


 コクピット内で作業している所で、無遠慮にカガリが声を掛けてきた。
 一旦手を止めるとぎこちなく笑みを浮かべる。
 まさかあれから一晩中、カガリの事を考えて一睡も出来なかったとは言える筈が無い。
 ……キラはゼンガーの言葉を重く受け止めていた。
 確かにこのままでは、オーブに良い結果は訪れない。
 弱ければ付入られるだろうし、強すぎると目を付けられ叩かれる。
 中立とは理想としては立派だが、いざ実践するには大変な労力を有するのだと改めて知った。
 白黒つける事は出来ず、灰色のままでなければならないのだ……真っ直ぐな彼女が、果たしてこの状態に耐えられるか。


  
「無理だろうな、多分……」

「何が」

「ああ、いや、その……カガリ?」


 馬鹿にされたかと思ったのか、カガリは口を尖らせていた。
 慌てるキラだったがふと思い直し、真面目な顔で彼女に問う。


「あの時、ヘリオポリスにいたのは……やっぱりXナンバーの事を確かめたかったから?」

「……それがどうしたんだよ。まさかお前まで私のやった事を無駄な足掻きと」


「違う!」


 彼女の鳶色の目に対し視線をぶつけるキラ。
 幾ら言葉で取り繕った所で、目に勝る説得力は無い……。
 砂漠で過ごした経験とゼンガーとの邂逅が、理解への新たな選択肢を彼に与えていたのだ。



「そ、そうなのか……ごめん」

「あ、僕も怒鳴って悪かった……でも、自分のやった事を無駄だとか無意味だと考えてると、本当にそうなってしまう。カガリにはそうなって欲しくないんだ……」


 暫しの沈黙があった後、カガリは少し顔を固くし言葉を続ける。


「……モルゲンレーテでMSが建造されているとの噂を聞いた時、父に言ってもまともに相手をしてくれなかった。エリカに聞いても笑って誤魔化され、ジュリ達もはぐらかすばかり……だから私は自分で確かめた」


 その手段として頼ったのが、キラ達のゼミの教授だった。
 あの時客人として赴き、ヘリオポリスの内部を探ろうとしていたに違いない。
 国益とかそういう小難しい事は全く考えずに、只自らの“正義”に基づいて動いた。
 ゼンガーが言うようにまだ幼いが、立派だった。
 こんな彼女の真っ直ぐな部分に何処か惹かれているのだろうと、キラはいつの間にか分析していた。
 今更何を、という感情がもたげ、変な気分になる。


「失望したよ、私は……結局私は誰にも信用されていなかった。真実を語るに足る人間と、思われていなかったんだと!」

「それは……」
 


 真実全てが利になるとはキラは思っていない。
 エリカ女史にしてもジュリらにしても、カガリの事を想うからこその沈黙だった筈……。
 それに……ウズミ前首長は知らなかったからこそ、黙って責任を負って辞任したのではないのかともキラは推測する。
 しかしこればかりはカガリに解れと言っても無理だろう。
 親子と言うものには奇妙な愛憎が働き、客観的に物事を捉えられないものだ……かつての友もそうだったとキラは思い出す。
 厳格で厳しい父親に対し、彼は脅えとも憎しみとも取れる態度を取っていたのを何度か見ている。
 ウズミ前首長が娘を好きにやらせ、後で犯した失態を平手一つで片付けるのに対し、友の父、パトリックは友の全てを手の内に入れた上で、些細な失敗に対してもプレッシャーをかけていた。
 これがどれだけ友の性格形成に影響していた事か……上手くやっているだろうかと今更ながら心配になるキラ。


「父に問い詰めても、お前は無知だと突っぱねられ、砂漠ではいつも半人前扱い……結局、私の事を信じてくれたのは少佐と……お前だけだった」

「僕?!」


 ゼンガーはともかく、一体自分が彼女に対し何か出来たのかと戸惑う。
 それでもカガリは挑むようにキラを見ていた。


「ヘリオポリスで、成り行きで付いてきたお前が砂漠にまで来ると言った時、何て物好き何だと正直呆れたさ。でも……お前は私をずっと見てくれた。私を信じて正体も明かしてくれた……」

「カガリ……」


 余りに真っ直ぐすぎて、それを子供っぽいとか未熟とか、彼女にとってはマイナスのイメージが大きすぎる。
 勿論、キラはそれを踏まえた上で彼女を見ていた。
 解っていたからこそ……。


「この間も、こいつに乗ってお前が来てくれたと知った時……とても嬉しかったさ。お陰で目も醒めたしな……MS(こんなもの)でも、想いがあれば何者にもなる筈なんだと」


 コツンと、ハッチ近辺を叩いておどけてみせるカガリ。
 何も出来ず、ひたすら無力で役に立たないという思い込みが、一気に氷塊していくようにキラは感じた。
 それほどまでに彼女の微笑みは破壊力があったのだ。


「私はお前を信じている。そしてお前も……私を信じてくれると嬉しい。今から何かが出来る、って訳じゃないけど、何時か必ず形にしてみせるからさ。まあ……自分でも多少は無茶だとは想うけど……その……」 
   
「何時か、か……」


 一瞬キラは目を落とし、一人頷くと再び向き直った。


「期待して待ってるよ。僕も何かできればいいんだけどね」

「……そうか!」


 その輝く表情を受け、キラは一層見てみたくなった。
 彼女の創る未来を、目指すのもいいかと。
 多少の無茶は覚悟の上。大体既に彼女の無茶には慣れているのだ……余程の事が無ければ、いや例え余程の事があっても乗り越えてみせる。
 彼はこの時から、正義主義関係なくたった一人の少女に……己の力を生かす場所を見出す事が出来たのだ。






 その頃フレイは、ゼンガーと共に行動していた。
 昨日の摸擬戦の興奮冷め遣らぬうちに、彼から直接呼び出された。
 重要な“任務”があるから街に出ると言われた時、かつて無い程の高揚感に襲われたものだ。
 今サイ達は両親との面会中だ。中立国で故郷であっても、彼らに上陸休暇は許可されていない。
 何せ公的には既にアークエンジェルは存在していないのだ、オーブには。
 それをゼンガーが自分だけ、例外的に曲げてくれたのだ。例え目的が子供のお守とはいえ、有意義な時間であった。
 ……実はとある男が政府に圧力をかけ、捕らえたザフト工作員らを恫喝した結果だったが、そのような事は彼女も、ゼンガーさえも知らない。
 


「ねえ? るーじゅってどんなのがいいの? ママはいつもお外行く時は使ってるし、エルもしたほうがいいのかなあ」

「まだ早いんじゃない? 貴女には……早いにこした事は無いけどね」


 フレイは背伸び気味のエルに、ウインドウを示しながら微笑む。
 ヘリオポリス以来の日常が、微かに帰ってきたような錯覚を覚えていた。
 しかしそれはもう雰囲気でしか無い。
 今あえて御洒落をしよう等とは考える事が出来ない……こうして握っている小さな手を振り解いて、勝手に振舞う事が出来ない……。 
 かつての自分はもう、随分遠くに行ってしまったのだなと、フレイは笑った。
 自傷気味のそれは一方で、満足気なものではあった。 
 変えたのは彼、変わったのは自分……そして変わり続ける事を選んだのも自分自身。
 誰に何を言われても、決断したのは自らの意志でだ。後悔は無いし惨めだとも思わない……。
 ジョージ=アルスターの娘ではなく、今の彼女はフレイ=アルスターそのものとして立っていた。
 


「待たせた」


 予想よりも早くゼンガーはこちらに戻って来た。
 イルイは人見知りが激しい為、ゼンガーの側から離れようとしていない。
 人が多くいる街中が苦手な様で、きょろきょろして忙しない……未だ親が見つからないのだから不安なのはしょうがないが。
 イルイがフレイを信頼していない訳では決して無いが、矢張りゼンガーと比べ安心感が桁外れなのだろう。
 軽く嫉妬するものの、フレイはイルイがどれだけゼンガーを頼りにしているか理解している。
 これからもずっと戦い続ける自分と違い、イルイとはここで別れるのだ。少しぐらいはいいかと妥協はする。
 ……妥協はするが譲りはしないが。
  


「どこに行ってたの?」

「とあるものの修繕を依頼しに行った。これで今回の目的は達せられた」


 これで終わりかと消沈するが、少しでも外の空気を吸えただけでも……とフレイは考えていたが、そうでは無かった。


「が、“市民の信頼を得る”という重大かつ困難な任務が残っている……アルスター二等兵。ここから先は志願制だ、どうする」


 大真面目なゼンガーの顔に、きょとんとするフレイだったが、やがて破顔し笑い出す。


「す、素直にオフだって言えばいいじゃない……!」


「すまん。実際俺らがここで動くだけで高度な政治的問題が発生する故、慎重さを要求される……どうも気負ってしまってな。フラガ少佐の様にくだける事ができんのだ」

「あの人はくだけ過ぎだから、参考にしないほうが……ま、“円滑な任務遂行”の為に、まず肩の力を抜いた方がいいと思いますけど?」


 フレイは悪戯っぽい笑みを浮かべゼンガーと腕を組み、残った左手をエルへと差し伸べた。
 





 そんな微笑ましい光景が繰り広げられた二ブロック先……平和な空気にどうも馴染めない一行が居た。


 
「見事に平穏ですね、街中は」

「あれだけ騒ぎがあったてのに……御気楽だねえ」

「中立国だからでしょうか」
 
「それ以前の問題だ。空気も水も無尽蔵、重力は常に1G。ニュートロンジャマーのお陰で核も飛んでこないからな」


 故郷を吹き飛ばされたククルの言葉だけに、他の三人には重い。
 彼らと周囲の人々との格差は大きい。
 平和を過信するが余り、緊張感が無いのだ、オーブの市民は。
 きっとヘリオポリスも、第8艦隊の事も、モニターの向こう側の別世界としてしか考えていないのだろう。
 ……その別世界で命を賭してきた彼女らには、苛立ちすら覚える態度だった。


「あのクラスの船だ。そう易々と隠せるとは……」

「まーさーか、本当に居ない、って事は無いよね……どうする?」


 イザークもディアッカも疲れが出て来た。
 早朝から今にかけて、足を棒にして歩き回ったが成果なし。
 モルゲンレーテの制服も偽造IDもさして役には立たず、焦りだけを募らせて一旦工場区へと向かった。
 


「我らが求めるのは確証だ。ここに大天使とその剣がいるならいる、居ないなら居ない、とな」


 疑念は既に渦巻いているのに、それを証明する術が無い……ククルにもそれは解っていたが、解決方法は無い。
 その時、出し抜けに道路側から声が響いた。


「はぁいそこのお嬢さん! 第二ドックの場所知らない?」


 外来者らしい四人組がこちらに声を掛けてきた。
 モルゲンレーテの制服が余計な目を引いてしまったのだ。


「チッ、どうする」

「適当にあしらう」


 表情を隠すようにして耳打ちしたイザークに対し、ククルはすぐさま行動に移る。


「済まぬな。勝手が解らず我らも難儀している……主らの行き先とは正反対故、聞いた所で余計に迷うだけだ。他を当たってくれ」


 美しい外見とは裏腹の、何時も通り口調だったので思わず唖然となるイザーク達。
 だがこれが彼女の“地”であって、下手に演技でもしようものなら逆に怪しまれるだろう。
 ……らしくない喋り方の彼女を見て、自分達が動揺してしまうかも知れない。


「……そうか」

「あーそ。変な奴ら、自分の会社だってのに」
  


「奴らがそれを言うか奴らが……」


 ククルも思わず突っ込みたくなるほど四人組は“変”だった。
 声を掛けた長髪の男は、態度に似合わず眼光も鋭く立ち振る舞いも油断が無い。
 隣の金のメッシュが入った男は只寡黙であったが、こちらに疑惑の視線を向けている。  
 連れている二人の少女の出で立ちはもっと異様だ。
 やたらとフリルがついたドレスと大きなリボンが特徴的な少女に、ボーリング球程度の大きさの謎の発光球体を抱えた青髪の少女。
 後者に至っては自らの身長以上もある太刀を背中に背負っており、全員合わせて大道芸人か何かとしか見えない。
 誰がどう見ても、モルゲンレーテの関係者には見えないだろう。


「ったく、どいつもこいつも。今は戦争中なんだぞ?! ここは桃源郷か何かか?!」

「でもここだけでも楽園なら、それはいい事じゃないですか」

「どこが! あんなモノを造って置いて自分達だけのうのうと……」

「幸せそうにしている人達に、他所の国の苦しみを被れ、何て言うのも僕らの勝手な意見の押し付けじゃありませんか?」


 ニコルの理性的な物言いにイザークは沈黙した。
 それを見計らってククルが口を開いた。


「……追うぞ」

「へ?」

「あの青い髪の少女を追う」


 呆気に取られるディアッカを尻目に、ククルは歩み出した。


「お、おいおい!」

「……見つけたのだよ。“確証”をな」

 ククルの視線は、一団と共に去る少女の背中に向けられていた。
 その小さな身体に背負われた巨大なカタナは……紛れも無く、ヘリオポリスでまみえたゼンガーの物だったのだ。

 
   
 

 

代理人の感想

だ、誰だっ!?

うーむ、さっぱり判らん・・・・・(汗)。

まさか「龍虎王伝奇」の面子って事は・・・ないよなぁ。