『――何故だ!?何故、死なねばならんのだ………!?』


 その時、彼には炎しか映っていなかった


『新たな未来を……手にしたかも知れぬククルが、何故!?』


 焼かれていく、自らと志すものが同じであった者……。
 弱き者の剣としての使命を背負い、果たす為に……守るべき者を犠牲にした。
 


『う、うう……うう……!ウオオオァァァァァッ!!』


 最期には、自らの命をも犠牲に……。
 それでも果たせなかった。いや、果たしはしなかった、ゼンガーは。
 彼は剣としての役目をまだ、終えていないからだ……。
 その為にゼンガーは……役目を果たさないままの、一本の剣を折った。








「――まあ、おはようございます」


 ゼンガーは朽ち果てず、折れる事は無かった。
 代わりに在るべき大地からは離れ、遠い遠い彼方へと、その所在を移していたが。


「……ラクス=クライン」

「あら、ラクスとお呼びになって下さいな、ゼンガーさま」


 サンルーフの向こう側には、既に地上では失われた、楽園のような光景がそこにはあった。
 美しい花の海、その向こう側に果てなく広がる青い世界……あえて言うならば、オーブの美しい風土に似てはいるが……あそこも既に、戦火によってその光景は変わりつつある。
 今頃は甘い香りと共に、推進剤の臭いや硝煙の香りが漂っている事だろう……来るべき時に、備える為。


「でも、覚えて下さって、嬉しいですわ」

「ラクス=クライン」

「……はい?」


 ベッドの上のゼンガーを、きょとんとした表情で覗き込むラクス。


「無理は、するな……」


 本格的に体の覚醒は果たされてはいないものの、真実を見極める眼は確かであった。
 天使のような微笑がふっと消え、只、過度の憂い感情が滲み出た後に顔を背けた。  


「彼が、目覚めたようですね」

「マルキオさま……」 

「すいませんが……二人にしておいてくれませんか」


 先程まであれほどはしゃいでいたピンクのハロも、静かに転がって茂みの中へと消える。
 その面に現われた素直な衝撃を隠すように、ラクスは物悲しい様子のまま、一礼してサンルームから出て行こうとする。


「……ククルが死んだ」


 その背中に、ゼンガーは語る。
 聞いても苦痛になるだけとは解かっていても……相手を傷つけると知っていても、言わねばならぬ事だった。


「俺は復讐のためではなく……戦士としての決着をつけるため、ククルと戦った。そして、それは……互いの道に導(しるべ)をつけるはずだった」

「ククルは、それを受け入れなかったのですね……」


 覚悟は、していたようだ。
 ラクスは消えるような声でそう尋ねてくる。


「……そうだ。ククルは、全てを犠牲にして俺を倒す“道”を選んでしまった」


 背中に放たれた痛みが、ラクスの肩を震わせた。
 ひりひりとするようなその痛みに耐えられず、彼女は足早に去っていった。
 刃は活殺自在。
 生かすも殺すも持ち手の気持ち次第で変化する。
 最初から、そのどちらかしか持ち手が考えていなければ……。
 相反しても、活(せい)だけでも……どちらかが砕ける。
 滅(ほろび)だけならば……どちらも砕ける他は無い。


「悪を断つ剣の俺が……たった一人の少女すら救えんとは……これが……あの時、剣としての役目を果たせなかった俺にかせられた、十字架だと言うのか……?」


 ……死にたくなければ、目の前の“敵”を討たねばならない。
 敵を生かしておけば、何時か武器を再び取って……来る。
 その畏れが、理解の拒絶が殺意を生む……。
 それがある限り、何時までも戦いは続く。
 向かい合う度に、“生きる”という名分の為、“護る”という使命の為に……。





「……矢張り、プラントまで行ったのですか?!」


 ゼンガーから語られ出した事情に、マリューは聞き入っていた。
 当初ブリッジで行われる筈だった説明を、ゼンガーは拒んだ。
 この話は多くの耳に入れる必要がある。
 そう判断した彼は格納庫、しかも応急整備が完了した漸駄無の面前で、可能な限りのクルーを集め言葉を続けている。


「そうだ。オーブ近海での戦闘時、伍式はマガルガと相討ちとなった。幸いにも“エマージェンシー・シャッター”が作動するより先に脱出に成功したが、傷は深く、俺はとあるジャンク屋によって担ぎ出された」


 何の因果か、そのジャンク屋はゼンガーとの間に因縁があった。
 最近では、オーブにおいてゼンガーが行った“依頼”のお陰で、要らぬ騒動に巻き込まれている。
 しかしそれに対し、何らかの遺恨を持つような人間では無かった。
 伍式から這い出し、朦朧とする意識でマガルガの方へと向かおうとしたゼンガーを押し止め、近くにある伝道所へと運んだ。
 偶然か、それとも必然か……そのジャンク屋は短いながらも、ゼンガーと同じ“師”に従事していた事があった。
 でなければ周りが見えていないゼンガーを制止する、等と言う芸当はまず不可能だった。


「伝道所の主であったマルキオ導師は、プラントへの親書を届ける目的と共に俺を宇宙へ上げた」

「……確かに南海の孤島では治療は困難ですが、それならばオーブの方が……」

「導師は俺に見据える必要があると、あの地まで導いたのだ……俺達が戦っていた……“敵”と呼ばれた人々の姿を」




「――これは、何だ……」

「貴方がたナチュラルが、忌み嫌う新人類……コーディネーターですわ」


「そんな、馬鹿な……こんな肉塊が、そうだと言うのか!!!」
 


「正確には、“失敗作”ですけど」


 暗く沈んだ鉄の床の上に、無造作に積み上げられている培養ポッド。
 その中に浮かぶものには、目の様なパーツや手と思(おぼ)しき器官も見える……が、途中で飽きて潰した粘土細工の様に、まとまった形を成しては居ない。


「開戦以前から、プラントではこういった事が日常茶判事になってるわ。“我らが叡智を結晶すれば、如何なる障害をも乗り越える事が出来る”……その為の、“尊い犠牲”と言うわけなのよ」


 言っている彼女はあらん限りの嫌悪と不満を曝け出している。
 本来彼女は機械工学が専門であり、MSの装備開発等でその才能を生かされるべきであった。
 しかし……彼女は開戦前に、プラントと連合による共同プロジェクトに参加していたと言う“前科”があった。
 そんな者には、こうした日陰の仕事が相応しいと言わんばかりに、不当に貶められていた。
 この仕打ちはプライドの高い彼女に苛烈な反逆心を生み、連合・ザフト関係無しに“仕事”をする傭兵に“とっておきの装備”を提供したり、こうしてゼンガーを、プラントの最高国家機密とも呼べる遺伝子調整施設に案内するような行動に走らせている。 


「実際には出生率も下がるばかり。こういった“失敗作”も次々に出てくるのですよ」

「……何と愚かな真似を……彼らは命を、何だと思っている!!」

「プラントという巨大なシステムを動かす為の、パーツ程度としか思っていないんじゃなくて?」


 嘲る様な調子を続けていた彼女にも、流石に疲れが出てきている。
 この無残な同胞の姿を見て……平静でいられるほうがおかしいのだ。


「……ザフトの為、プラントの為。私達が生まれて来たのはそんな下らない事の為じゃない。自分の実力を、より多くの人に認めさせる為よ。認めてくれるならば、コーディネーターだろうと、ナチュラルだろうと構いはしないわ」

「随分と過激な意見だが……」


 ゼンガーの様子に緊張は無い。
 寧ろ思わぬ所で同志に出会えたという、喜びの目で彼女を見つめていた。


「私の功績を讃える人間がいるならば、悪い気はしません。反論があるならば、互いに納得行くまで何度でも相手になります事……でもそれすら出来ぬままというのは、幾ら何でもフェアではありませんわ。そうは思いません事?ゼンガー少佐」

「そうだな……生まれ出で、己の力で道を進む権利は……誰にでもある物だな、ラドム博士」


 彼女はこれからも歩み続ける。
 自分の為に、自分の存在を認める全ての為に……方向は違えど、他者の不幸を望まぬ思想は、同じであった。
 





「……大分追い詰められているみたいっすね、プラントも」


 話が長くなってきたにも関わらず、フラガは無論誰一人不満一つ洩らさず聞き入っている。
 長らく不明確だったプラントの実状もそうだが、誰と何の為に戦うか……その決断がクルーに求められている。
 指針としてこれほど役立つものは無い。


「プラント国家は戦術・戦略的にも勝利を重ねてきたが、矢張り数的な不利は覆せなかったのだ。社会維持人口の急激な低下による、社会システムの歪は表面化しつつある……良識的な技術者の中には、既に戦争に危機感を抱いている人物も少なくない。彼女の他にも、工学博士である大宮博士、考古学の権威である安西教授等、数多くの協力者あってこそ、俺は漸駄無と共にここにいる」


「それにしてもやりすぎっしょ? ニュートロン・ジャマー・キャンセラーは、少佐が言う様に正に諸刃の剣だ……いや、プトレマイオス・クレーターの核貯蔵量を考えれば、寧ろあの機体を実戦投入する事は、ザフト側にリスクが大き過ぎる」


 地球連合軍全体の弱体化の一番の原因は、核兵器の大量配備によるものが大きい。
 一定以上の規模にまで膨れ上がった紛争に対しては、通常戦力を投入するリスクは犯したくはない故に、核の力が必要となる。
 紛争の当事者も核兵器の恐ろしさは理論的・倫理的に理解しているが故に、自然とブレーキがかかっていく。
 それ故に、どの軍も全面戦争を想定して部隊運営はされていなかったのだ。
 正に抑止力としての効果を十二分に発揮していたのだが……只、理論も倫理も人間に対して当てはめられるもので、コーディネーターに対しては何の遠慮もなされず、核が使用された。
 そしてコーディネーターも捕虜協定や国際条約とは無縁の、ナチュラルからしてみれば“虐殺”を繰り返している。
 既に両者共、見境は無い。
 そんな中でニュートロン・ジャマー・キャンセラーの存在は、火に爆薬を投げ込むようなもの。
 火種もろとも、全てが消し飛ぶ事だってありえるのだ……秘匿するのが一番であり、使うにしても最終局面における、最後の一押しに用いるのが相応しい。


「どうでしょうかねえ……見た感じ、この機体本来砲撃戦用に設計されてますし。同時処理可能な目標数も相当なもんでさあ」

「マードック軍曹、それはつまり……多数の目標を一撃で撃滅する事を目的として、この機体が造られたの?」

「あくまで推測に過ぎませんがねぇ、艦長……データの中に大型ウエポン・ベイの存在もありますし、宇宙要塞ボアズ辺りに配備して、“核ミサイル”の迎撃に使う筈だったんでは」


 プラント側は、何時までも隠し通せるとは思っていなかったらしい。
 素直とも慎重とも取れるが、ザフトの機密維持能力が、思った以上に低い事の裏返しとも言える。
 ……オペレーション・スピットブレイクという山場で、あのような大失態を犯したのだから。
 対する地球連合は十一ヶ月もの間G計画を極秘裏に進め、完成まで後一歩まで持ち込めた。
 サイクロプスの存在も、ほぼ完全に秘匿している。
 オーブに至っては“ASTRAY”シリーズの戦力化を、連合にもザフトにも気取られぬまま実現している。
 ……プラントは完全な閉鎖環境故に、外部からの干渉に関する対応能力に欠けているのかもしれない。
 





「――俺を此処に呼んだのは、貴方の意思だけではあるまい、導師」

 ゼンガーは思った以上に自由であった。
 平和で美しく、心休まる楽園であるプラントにおいて、ゼンガーの様に戦いの最中で、恐怖と孤独と痛みを味わった存在は目立つ。
 ところがそれすらも、プラント社会は許容出来ていない。   
 排除など具体的な行動に移る以前の問題で……無関心なのだ。
 自分の事のみに身を砕くその姿には、強烈なエゴが見え隠れしている。他者の事を気にする余裕も見受けられない。
 余裕が無い社会に異質を受け入れる力は無い。排除に値する程の脅威でなければ、無視をする……戦によって力を無くした“少数”が、多数居るにも関わらず。
 より高度で、完璧な社会を目指したプラントは……今、内部からも徐々に蝕まれているのだ。
 


「ラクスの意思もあります。ですが彼女はご覧の通り、ククルの事を聞き及んでからは……」


 プラントに着てからここ、リハビリもかねてゼンガーはずっとプラントを見回ってきた。
 ゆっくりと時が流れる、静かで美しい場所……しかしそれらが全て取り繕ったものである事を、ゼンガーは知った。
 本物の森には、雄々しいばかりの生が溢れている。
 真の雨はこれほど温かく、心地よくは無い。
 正しい社会ならば、弱者を押しのける事を平然とは出来ない……。
 狂い……かみ合っていない歯車が生み出す不協和音に、耳を傾けるものは非常に少ない。
 ゼンガーは、温い雨が降り注ぐ中、庭園で傘をさしているラクスを見る。
 ラクスも、その一人なのだろうが……今は只、己の心中を見る様に灰色の空を見上げているだけだった。


「理解が無ければ、人は人ではいられません……ククルは彼女にとって、唯一と言って良い理解者でした」

「己が半身を失った様な物か……だが、危ういなそれでは」


 人と人は永遠ではない。
 何時かは解からぬが不意にその繋がりは断たれる。そこで自らもつられて倒れてはならない。
 悲しみと痛みを噛み締め、自らの一部であったものを踏み越えて、果たせなかった想いを繋ぐ。
 それが出来たからこそ、人類は多くの犠牲の上に未だ存在し、宇宙と言う更に深い世界に繋がりを求めようとしているのだ。
 世界を完結させ、その中でのみ生きようとする存在には……緩やかな破滅しか無い。


「ええ。人は皆同胞であり、一つの木に生(な)った果実なのです。その繋がりは本来限りが無く、人と世界は融和されるべきなのです……」

「“SEED”思想か……だが俺がそうだとは思わないほうがいい。俺は只、邁進するだけしか能の無い、不器用な男だ」

「自ら種の殻を破り、土を跳ね除け、雨風に晒されながらも上を目指す……これが出来ぬ人々が今は多過ぎるのです。ジョージ=グレンの登場は、既存のあらゆる価値観を崩壊させましたから……」


 かつてマルキオも旧時代の宗教団体の一員に過ぎなかった。
 だがコーディネーター出現と言う現実を拒み、些細な教典の一文に拘泥し、他者の矛盾を上げつらう無意味な論争に失望し、宗教界に背を向けたのだ。
 


「それすらも、所詮は偶に来る“嵐”でしか無い。全てが洗い流された大地にも、新たな芽は芽吹くものだ」


 遺伝子等を弄くらずとも、新たなステップへと進める事を、彼ら特殊戦技教導隊は実証した。
 力が無ければ、才が無ければ得ればいい事を、“彼女”は証明している。
 人の可能性に果ては無い。


「ですが、このままではその種は……芽吹く前に大地もろとも焼かれるでしょう」

「……!! 貴方は……」


 ゼンガーの前に現われた紳士もまた……本当に目指すべき道を模索していた。
 ……前プラント最高評議会議長、シーゲル=クラインである。





「……プ、プラント評議会とそんな繋がりが?!」


 トノムラだけでなく、誰もがこれには肝を抜かれた。
 穏健派で有名なシーゲル=クラインは、現在はパトリック=ザラにその議席を譲り只の民間人だ。
 しかしその影響力は未だ健在であり、実質プラントを二分する一大勢力のトップなのだ。


「ああ……今までクライン氏は水面下で様々な手を打っていたが、それも限界に来たのだ。ここに来て、長引く戦乱によるプラント社会の暗い影を払拭すべく、彼は剣を俺に託そうとした」

「それがこの漸駄無なのですね……」


 シーゲル程の人間ともなれば、例えニュートロン・ジャマー・キャンセラーを搭載したMSであっても調達は難しくは無い。
 合点が行ったと言う風に頷くマリューに対し、ゼンガーは首を振る。
 


「いや。この漸駄無は彼に託されたものではない」

「え?!」


 シーゲルが託すつもりだった剣は、別のものであった。
 “自由”を護る翼でもなく、“正義”を成す刃でもない……只、ありとあらゆるものを凌駕し、弱者を守る為にだけ存在する、力なき人々の盾であり、剣……。
 しかし、ゼンガーに求められたのは、それに止まらなかったのだ。


「……そして俺だけに託されたのでもない。俺が引き継いだ……ククルの想いに対してもだ」





 


「――俺が何の為に剣を振るうか……解かって言っているのか?」
 


 オペレーションスピットブレイク開始直後……ゼンガーは立ち上がり、あるべき所に戻ろうとしていた。
 やるべき事は山ほどある。行くべき道も見えている……だがそれは同時に、この楽園との完全な決別。
 平和には程遠い、血塗られた道への一歩を踏み出そうとしている。
 それをラクスが遮っているのだ。もう一つ、別の想いを継いでもらうが為に。


「俺は自らの前に立ち塞がる全てを……連合も、ザフトも断つ。俺は吹き荒れる旋風となりて、その巨大な嵐を打ち消すべく進むだけだ」

「修羅となりて悪を討つおつもりですか? それでは……貴方自身はどうなるのです」  
 
「俺の手は血に塗れている。救いを求めるつもりは無い」


「……貴方も、ククルと全く同じ事を言う……」


 落胆の吐息をラクスは吐く。



「生き残った事が罪だと言い……ククルは酬いを求めず、戦い続けた……」

「……抜け出せなかったのだ。自らの側にある全てを守らなければ……彼女は満たされなかった……彼女の世界は完結していた。それが壊され足掻いていた……そんな中、再び彼女に繋がりを求めた者もいたが、それすらも俺が断った……俺は彼女の逃げ道を、全て断ち切った張本人だ」

 覇気を抑える事もせず、ラクスにゼンガーは言い放つ。
 戦争だからではない。彼が大天使の剣であるからでもない。
 ゼンガーがゼンガー=ゾンボルトであり、悪を断つ剣であるからこそ、成した罪……。
 そこには割り切りも正当化も存在しない。傷つき、苦しみ抜いた先には、十字架の重みが増える事しかない。


「だが酬いはある……彼女が何を望んでいたか、君は解かっている筈だぞ、ラクス=クライン」

「はい。今ならばそれが解かります。そしてそれが……ゼンガーさまが望む事であるとも」


 それは未来。それは希望……。
 自らの屍を糧にしてでも、親しき人々が、自らが認めた存在が先へ行く事を望む。
 その為に、己の命を賭して障害を排し、切り開く……それがククルと、ゼンガーの“想い”だ。


「俺は彼女とは違う。プラントの為のみならず、青き星に生きる全ての弱者の為に、刃を振るう事になるだろう……」

「戦うべきは彼らでない事を……ククルも承知していました。ならば何の問題もありません」

「道は険しい……君の思う結果にはならぬかもしれぬ。それでも……」


 その時、ラクスの柔らかな両手がゼンガーの右手を包み込んだ。
 その柔らかく、暖かな感触とは裏腹に……その手に込められた力と、求めるものは強かった。
 


「貴方はククルの屍を越えて、ここにいるのです……彼女以上の強さが、想いが……今は、貴方に……」


 ラクスとゼンガーの手は濡れていた。
 愛故に、それとも憎しみ故なのか……それは当人以外誰も推し量る事は出来ない。
 しかし少女の涙の重みだけは確かであった。
 これには……今までゼンガーが背負った重みと、殆ど同等の意味があるのだから……。   





「……そして俺は、ラクス=クラインからこの漸駄無を託され、ここにいる」


 既にどよめき一つ聞こえない。
 彼が誓った壮絶な覚悟に、絶句しているのだ。
 話の間にマリューからマードック経由で、フリーダムから漸駄無への改名の由来が、伝言で伝えられて居たが誰一人笑う事はしない。
 機体の正式名称はZGMF-X10A“フリ−ダム”。
 最初の一文字と、最後の二文字をかけただけであるが、その意味は深い。
 漸とは、邁進する事。
 駄とは、悪を示し。
 無とは、読んで字の如く……つまり、漸(邁進し)駄(愚かなる悪を)無(無へと帰す)為の手段であり、鎧。
 たかが兵器、されど兵器……だが世界を破滅に導きかねない要素を持つこの機体には、ある意味相応しい。
 その重みを受け止める……目の前の男にも。


「何だか……私達の戦っている理由が……解からなくなって来ますね」


 マリューは悄然とした様子で口を開く。
 こちらは苦労して辿り着いた先に待っていたのは、譴責と裏切り……生き残っても待っているのは裁きのみ。
 ……余りに、虚しすぎた。


「本当にそうか、マリュー=ラミアス?」


 ゼンガーはマリューを真っ直ぐに見つめ、問う。
 それはヘリオポリスにて、成すべき事を違えた彼女に対する……責めの視線と同じだった。


「君が大天使の主であるのは、誰かに命じられたからか? それが連合軍人としての義務だからか?」


 マリューは驚いて彼を見やった。
 そして気が付いた……自分もまたゼンガーと同じく、この大天使を託された事に。
 大天使そのものの出会いは、偶然に過ぎなかった。だがそこから先は違う。
 ハルバートン提督が、明けの砂漠が、そしてトール=ケーニヒが、何故命を投げうってこの船を守ったか?
 ムウ=ラ=フラガが、フレイ=アルスターが、どうして砲火に晒される危険を顧みず戦ったのか?
 そしてキラ=ヤマトが……カガリ=ユラ=アスハが、頼るべき筈の存在を敢えて救おうとしたのか?
 それは優秀な兵器だからでも、ましてや軍に属しているからでも無い。
 マリューが見出した、未来へと進む信念の為だ。
 それが己の守るべき存在を……己そのものを……己が生きる世界を、その白亜の翼で守り抜く事を望み、期待したからに他ならない。
 


「いいえ……私は……私の様な艦長を、命を賭けて信じてくれた皆の為に……」


 肩を落としていたクルーは思わず顔を見上げる。


「……既に命を落とした人々の為に」


 フラガは大天使を見ることすら敵わなかった、第七艦隊の勇士を思う。
 ミリアリアは思わず瞼を震わせる。


「私の力を求める、弱き人々の為に……私は、この帽を被り続けます」


 それはマリューにとって、自らへと告げた覚悟であっただろうが、この様な状況だ。クルーへの影響も大きい。
 それも解かっていた上の言葉だ……人は心の拠り所が無ければ、生きる事を苦痛と感じてしまう。
 例えそれが、より深く死へと近付く事だとしても……生きる意味すら解からぬまま、無意味に果てるよりかは遥かに良い。
 責めを背負う必要があるのだ……彼らを守る為に、そして大天使の遥か後で、今も禍々しく輝くオーロラの意味を知り、伝える為には……。


「少佐……ここまで来る為に、貴方に頼ってばかりでしたが……ようやく、本当の意味で、立ち上がる事が出来たのだと思います」


 そう言って一礼するマリューの顔は、ものの見事に吹っ切れていた。
 司令官が迷走する事を考えれば、頼もしい方が余程心強い。
 しかしある意味逃げ場を断った事になる。この状況下で、逃げ出したいと考え挙手できる人間は稀だろう。
 それについて後で責められては困るが……そうなっても仕方が無いと言う覚悟は、出来ていた。


「……最早、俺が語るべき事はもう無い。これで安心してその手から離れる事が出来る」


 そんなゼンガーの言葉に対しても、マリューは落ち着き払っていた。
 お陰でクルーの沈静化も割とスムーズに行われたが……流石にショックだったのかざわめきは引かない。


「少佐……いえ、ゼンガー……さん。今までお世話になりました」


 それをすんなりと認めるマリューの態度にも、幾らか抗議の声が上がる。
 だが周囲の誰とも言わず、それらを静まらせた。
 もうゼンガーは軍人ではない。
 マリューは既に何ら命令を下せる立場でも無いし、ひょっとしたら彼女自身、その肩書きを捨てているのではと、皆薄々感じている。
 それに漸駄無はニュートロン・ジャマー・キャンセラーを搭載している。
 連合の手に渡れば、逆転が始まるのでは……とは誰も思わない。
 自分達と同じ様に、切り捨てられる犠牲が増えるだけだ。しかもサイプロプス程面倒な段取りを必要とせずに……。
 何があってもこれだけは認めたく無い。だがゼンガーが大天使の剣のままでは……満身創痍の大天使は足かせにしかならない。
 本当の意味でマリューが、大天使が目指すべきものの為に……ここは黙って見送るべきなのかもしれないと、皆思っていた。


「……同じ理想を目指す同志として、戦友(とも)として……当然のことをしたまでだ。ああそれと、俺の事は今後好きな風に呼べ。慣れない呼び方はしないでいい」

「フフ……はい」


 苦笑を隠せないまま、マリューは差し出されたゼンガーの手を握る。
 そのやりとりはとても別れの挨拶には程遠い……それは言外に、近い内にまたまみえる事を示唆していた。


「では……また会う日まで」

「ああ……さらばだ」




 それでも、いざ別れるとなると名残惜しいもの。
 ラダーウインチを使って登って行くゼンガーを、皆一様に見上げていた。
 ゼンガーはそれらの眼差しに、ただ一度力強く頷いただけだった。


 


管理人の感想

ノバさんからの投稿です。

う〜ん、原作に比べると余程雄弁だなぁ、親分。

ま、キラの場合は意味有りげな台詞を述べてただけで、何も変化は起こせませんでしたしねぇ

さて、今後の親分の活躍の場はオーブですかな?