「親にいつまでもすがっている様で……何だかね」


 結局、アークエンジェルはオーブへととんぼ返りしていた。
 前と同じくオノゴロ島のドックへと収容され……前よりさらに酷い傷を癒すのだ。
 他に選択はない。原隊に復帰した所で待っている運命は決まっている。
 命を賭けて舞い戻り、アラスカにて永遠の眠りについた一人の“軍人”の……今は平和を愛する全ての人々の剣の行為を無には出来ない。
 それはどう言う形であれ、全クルーの共通の意識であった。


「何もかもほったらかしよりかは、マシでしょうが」
 


 この程度の判断しか下せず何が“同志”か、と自己嫌悪に陥っていたマリューに、フラガがぼやく。


「何か期待されてんのは間違いないし……それに乗るべきだぜ、今は」

「随分と積極的な意見ですね……?」

「まあ俺の場合、親父がガキの頃死ぬまで、なーんにも期待されなかったしな」


 別段それを恨んでいる様子は無い。単なる与太話のつもりなのだろうが、マリューは言外に含まれている意味を汲む。
 彼は今の状況を悲観しては居ない。
 寧ろ、自らの真価を発揮できる絶好の機会であり、それこそやれる所までやるつもりなのだと。


「ん……?」

「ああ、いえ……それより、モルゲンレーテから何か回してもらえればいいんですけどね」

「だよな……M1とまで行かなくとも、せめてストライカーパックは欲しい所だなあ、どう動くにしても」


 まじまじと見つめられ、思わず話題を変えるマリュー。
 それに敢えて乗ると言うフラガの態度がどうも気になってしまう。
 “どう動くか”……それは今後、フラガを含めた全ての人間が考えるべき事であり……マリューはその決断を、たった一人で受け止めなければならないのだから。




 
 


「何だって……?」

「だから言ってるでしょ、少佐が戻って来たって。直に行っちゃったけど」


 アラスカでの修羅場があった為に、ディアッカの扱いはすっかり忘れ去られていた。
 只一人、ミリアリアという例外を除いては。
 ……二人は今まで、互いに失った存在について多くを語った。ディアッカにしても他に相手をしてくれるような人間が居ないのだから、仕方がない。 
 時には口汚い罵りあいに発展する事もあったが、結局互いに後悔して口を閉じ、深く傷つく事だけは無かった。
 ……しかし余り互いについて踏み込んでいないと言う事でもあり……。


「チッ! 何でお前教えてくれなかった?!」

「“お前”ぇ?」

「ああ、すいませんでした貴女様!」

「ミリアリア!! あんたは」

「ディアッカ!」


 こんな様子で、今になって初めて名乗る様であった。
 両者吐き捨て、そっぽを向いていたが、流石に気後れしたのかディアッカが先に切り出した。
 


「……にしても、あのオッサンの名前が出てきた途端これとは……」

「何よ」

「オッサンのケツを追い掛け回した挙句、ミゲルもニコルも、ククルまでやられちまった……何処も彼処も振り回されて」

「あんたらも?」


 事実、ゼンガー=ゾンボルトの出現により、逆に危機感を抱いてザフトへと身を投じた若者もプラントには多かった。
 しかし彼らの多くは一度もまみえる事無く、何処かの見知らぬ戦場で果てている……。
 一体何の為に戦うのか? 脅威たる力がある者を、全て滅ぼせば確かに平和は守れるだろう。
 だがそれではキリが無い。外を片付ければ次は中、という風にもなりかねない。


「それもあるが、お前のカレシ? そいつだって、オッサンと関わらなきゃ只の学生でいられたってのにな……」


 若者は先を行く背中を見る。
 先を行く者はそれを受け、より良い規範となるべく奮闘するか……もしくは完全に無視し、心赴くままに生きるか。
 どちらにしても後に続く人々にとっては良い手本となるのだ。
 目標、もしくは反面教師として……。
 ゼンガーの場合それが両方に当てはまり、しかも後者の方が大きかった。
 鉄の意志と健全な心身……だがそれをもってしても、守るべき者を守れなかったという、重たい十字架。
 そうはならない、なってたまるかという意気込みが、彼を、そして一人の少女を変えてしまった。


「……そんな事言っても、出会ったものは仕方が無いじゃない……」


 戦場での出会い。
 それは偶然なのか、それとも必然なのか……。
 本当に避けられなかったのか? 誰かが何ら手を打たなかったばかりにこうなったのではないか?
 いや、もっとまともな出会い方が、出来た筈なのだ。
 何処かの誰かが……それはある意味逃避だ。
 しかし自分達は今、先を行く者達が引いたレールの上を進む事が精一杯……。
 


「……仕方が無いで、みんな一緒くたに片をつけて……それで納得できるのかよ……」

「……ディアッカ?」


 もう“何処かの誰か”とやらに頼りたくはない。
 例え望まぬ結果が来ようとも……誰かに踊らされ、良くも知らない他人を殺し……いつの間にか恨まれるよりかは、ずっと良いだろうから。


「それじゃあ今まで死んだ奴も、今生きてる俺らも……馬鹿じゃねーか……」


 ディアッカの胸中は、そのまま吐き出された言葉に織り込まれていた。





「そうとも。皆等しく愚か者だ」


 クルーゼはアラスカに引き続いて、またしても大仕事を任されていた。
 オペレーションスピットブレイクの真の目標……パナマ攻略戦だ。
 現在地球連合軍に残された唯一の宇宙港であるここを落とせば、確かに連合の動きを封じる事は可能だろう。
 だがアラスカでの大敗からはそう時は経っていない。あるだけの戦力をかき集め、最低限の部隊展開は可能であったが、本当に最低限であり、万が一負ければザフトの地球での戦線維持は極めて困難となる。
 そしてプラント議会もそれは同じ……幾らクライン親子とカナーバら穏健派を反逆者に仕立て上げても、アラスカの失態を押さえ込むには到底足りない。
 それどころかその措置に疑問を抱き、クラインらに同情する意見の方が強い。
 このままでは政権の逆転すら起こり得る以上、勝利と言う彼らを従わせる甘い果実は必須であった。
 皮肉げに笑いながら、クルーゼは自室に向かった。    
 相変わらず飾り気も何も無い部屋では会ったが、ここには一輪の華が待っていた。
 うっかり触ろうものならば、棘が刺さる危険な華が。


「あちらこちらを引っ張りまわしてすまんね。が、命令なので仕方が無い」


 本当に華に話し掛けるようで、クルーゼは何ら返答を期待していない。
 それがフレイには屈辱だった。
 自分が舐められていると……情けをかけられている……いや遊ばれている事を察しているからだ。
 今も鍵も掛けずにクルーゼの部屋に、しかも太刀すら取り上げられずにここにいる。


「無駄よ……あんた達なんかが、勝てる訳が無い」

「だが連合が勝てると言う保障も無い」


 
 仮面に正面から見つめられ、フレイはひゅっと息を吸い込む。
 がちゃがちゃと、鞘の中で太刀の刀身が震えるが、抜く事は出来ない。
 持っていたヘアピンを曲げて、鞘止めをしているからだ。
 潜水艦が揺れるからとか、そう言う意味ではない。
 無闇に刀を抜いて誰振り構わず警戒させるよりも、一瞬の隙をついて無心夢想に打つ為に。
 ……だがそれは果たせないでいた。
 目の前の男は、余りに底が見えない……今の自分では例え全ての迷いを捨てたとしても、獲物をいたぶるようにして弄ばれるのが関の山だ。


「君は既に死んだ身だよ、フレイ=アルスター……あの時私に撃たれていても、あのまま見逃していても、君は死んでいた……」


 アラスカで何が起こったか、フレイは後で知った。
 その時は自分の迂闊さを激しく後悔し、震えたが……後に残ったのは怒りだけだった。
 自分を何故殺そうとした? 味方である筈だった連合が、何故……。
 そして何故殺した? 味方を信じて辿り着いた、大天使の皆を……。
 


「ハラキリでもしてみるかね? 介錯ならいつでもしよう」


 書類を弄くっていた筈のクルーゼの手には、いつの間にか銃が握られていた。
 しかも目は書類を追っているにも関わらず、狙いはぴたりとフレイの額につけられている。


「わ、私は嫌よ!! 私は裏切らない!! 死ぬまでずっと!!!」


「戦場では裏切りは茶判事だよ……事実君も裏切られた」


 気味悪い笑みを続けながら、クルーゼは言葉を紡ぐ。


「君が信じた男は……今何処かね?」

「!!!」

「死人を信じる事など、宗教と同じだよ。君は“神”に仕えるつもりは無かろうに」


 そう、信じた人はもう居ない……自分を置き去りにしたまま、父親と同じ様に。
 またしても彼女は、世界に裏切られた……世界は再び、彼女の敵となる。
 だがここにはたった一人。誰にも会えず、誰にも悼まれず、只虚しく死んでいく……。
 そのフレイの恐怖すら、クルーゼにとっては嗜好であるのかも知れず、只残忍な笑みを浮かべていた。
       





 一方、パナマでは激しい攻防戦が繰り広げられていた。
 本来アラスカにあるべき戦力は殆どがパナマ、もしくはカリフォルニアに移動されており、戦力密度は当初の戦略計画の比ではない。
 従来の戦車や地対空ユニットでさえ、今のMS隊には脅威となりつつあった。
 ザフトの侵攻パターンは総じてMS偏重のきらいがあり、歩兵や車両の出番は全てが終わってから、というのが殆どでありそれは今でも変わらない。
 故にそのパターンを逆手に取った戦術を連合軍も取っている。
 MSクラスの重量でしか感知しない大型地雷、熱量を増大させる事でCPUもしくはパイロットを無力化する焼夷弾頭や、ワイヤーによる転倒誘発など、ありとあらゆる小細工をもって挑んでいた。
 しかしそれは時間稼ぎであって……連合は遂に本命を場に出す気でいた。

〈……!! あ、あれはまさか……〉

〈伍式か?!〉


 ジャングルに隠されたゲートから続々と現われたMSに、ザフトのパイロットらは戦慄した。
 スリムな四肢とバイザー型のカメラアイが特徴的な青い機体は、シールドを掲げながら一斉にサーベルをかざして突撃してきたのだ。
 その様は散々ザフトを痛めつけたあの伍式を、連想させずにはいられない。
 GAT-01“ストライクダガー”。
 実際にはXナンバーと並行して開発が進められた、連合軍初の量産型MSである。
 基本フレームはデュエルを参考にしており、上位機種である“ロング・ダガー”にはアサルトシュラウド同様の増加装甲も存在する。
 ……だが、この機体には一切大天使の交戦データは反映されていない。
 第8艦隊が持ち帰ったデータにより、一応データを有効利用する努力はされた。
 しかし試作機が完成した段階で、余りにコストがかかり過ぎる事が判明し、プランが破棄されてしまった。
 製造コストは無論の事、パイロットの養成コストもだ。今連合に求められるのは無敵の機神ではなく、引き金を引けるだけでいい木偶だったのだ。
 ……しかし前線のパイロットの戦い方は実に挑戦的であった。


〈第13独立部隊の意地を見せてやれ!!〉


 隊列を組んでライフルを斉射すれば楽な物を、敢えて突っ込んで叩き切り、殴り飛ばす。
 ……これは実は有効だった。
 ザフトは宇宙空間において、高速で飛来するミサイルやMAを撃ち落す事は、動体視力さえあれば事足りる。
 だが自らの機体と同じ、ビル程もあるMSが突っ込んで斬りかかって来るのを阻止するのは、幾ら技能があっても“度胸”が無ければ果たせない。
 残念ながら、ザフトの兵にはそれが圧倒的に足りなかった。
 幸か不幸か、連合の兵はMSと比べれば玩具ともいえる兵器で今まで立ち向かい、生き延びてきた。
 この差は大きく、あっという間に戦局は覆される……かに思われた。
 だが……。
 一瞬の閃光の後、見えない波が瞬時に戦場を駆け抜けた。
 途端に全ての電子機器が停止し、パナマ司令部もその機能をダウンさせた。
 航空機は失速して墜落し、通信などもってのほかの状況だった。
 ……ザフトにはグングニールと呼ばれる切り札があったのだ。
 ニュートロン・ジャマー・キャンセラーを応用した、巨大なEMP(電磁パルス)放射装置であるこれは、防御対策を施していない連合の兵器を根こそぎ無力化していく。
 それだけに止まらず、超伝導体で構成されたマスドライバーは、EMPに触発されて強烈な磁場を発生させ自己崩壊を引き起こしていた。
 ねじれ飛ぶ巨大な橋を、これ見よがしにザフトのMS隊は見つめ、抵抗出来ぬ連合軍を片っ端から蹂躙していく。
 無論それはストライクダガーも例外では無く、一機のジンがコクピットを撃ち貫き、次の獲物を求めて踵を返した。
 ……そのザフトパイロットは、そこで機体と運命を共にした。
 撃破したはずのストライクダガーから放たれた、ビームライフルによって蒸発したのだ。


「……!! 動いている……MSが動いてっ……!!」



 異変に気が付いたあるMS隊は、他に警告を発する前に消滅した。
 背後から現われたMSが吐き出したプラズマにより、部隊ごと原子に帰ってしまったのだ。


〈おいお前らぁ!! 慈悲深い“神様”からの訓示、耳かっぽじってあり難く聞くんだな!!〉


 誰も聞く訳が無かった。
 ゾンビの様にゆっくりと立ち上がったストライクダガーを前にして、応戦するのに必死だったのだ。
 グングニールが確実に作動する物と決め付け、油断したのが仇となった。
 だがそれ以前に状況も異常だった。
 例えコクピットに直撃を与えても……既に与えられている機体も、幽鬼の如く立ち上がって迫ってくる。
 


〈……不浄なる者達よ、聞くのです〉


 常識ではありえない光景だった。
 故に殆どのパイロットは恐慌状態に陥り、無闇やたらに銃を乱射したり、重斬刀を振り回したりする。
 中にはストライクダガーに掴みかかり、至近距離でコクピットを刺し貫く猛者もいたが……何事も無かったかのように背部のビームサーベルを引き抜くと、ストライクダガーは自機ごとジンを刺した。
 ストライクダガーの背中からビームが飛び出るが、意に関さすそれを引き抜く。
 崩れ落ちるように倒れたジンを塵のように蹴り飛ばすと、また別の機体へと歩み寄っていく。


〈例えこの清浄なる大地の癌であっても……この地で生まれた存在である事は認めなければなりません〉


 辛うじて再編制を行い、部隊単位で応戦を試みる者もいたが、そこには容赦無く砲撃が飛んだ。
 白い、二本のカノン砲を背負ったMSは、そうやって戦場を飛び回りつつ、殺戮を繰り返していた。


〈ですから貴方がたには機会を与えます……この地で、無からやり直す機会を……〉


〈と言う訳だから……一人残らず骨まで蒸発させてやろうじゃねえか!!〉  
 


 厳かで、柔らかながらも突き放した感のある声に重なる、若い声。
 その青年は喜々とした様子で引き金を絞り、またしても何人かのコーディネーターを、MSごと焼き尽くした。


〈そう……この星は……災厄より逃れし者達の……〉







 武神装攻ゼンダム
 其拾「最後の楽園」 






「このっ……化け物めっ……!!」


 この時、イザークも攻撃隊に参加していた。
 しかしグングニールを使用すると言う事を知り、明らかに戦意を削いでいた。
 動けなくなった所でいたぶる様な真似は、この期に及んでするつもりはない。
 自分は強大な“敵”と戦い、ここまで生き延びて来た。そしてこれからも生き延びる為には、もっと自らを鍛えなければならない。
 だが鍛える事は戦果を上げる事とは直結しない。敵でもない存在を撃った所で、自分の下らない優越感を虚しく感じるだけなのだ。
 それは甘えであり、弱くなる事。勝つ事に妥協しては、決してあの男には勝てないのだ……。
 だが今は別だ。
 本当に“敵”が目の前にいる……常識を超えた、怪物じみた存在が同胞を殺戮している。
 これは神の裁きなのか?
 神の雷をその手に、神に比すべき存在とおごりたかぶった自分達に対する……。
 だがイザークは、そんなロマンチズムに走り自らを危機に追いやる事はしなかった。


「頭部を破壊された機体は沈黙したまま……しかも、他の友軍は御構い無し?!」


 現に、目の前でまだ降車を終えていなかったトレーラが一台、ストライクダガーによって踏み潰された。
 足元で逃げ惑う連合兵士に対しても、全く頓着する様子が無く、只前進している。
 しかもその動きも不気味であり、足元の注意が足らない割には、背後や死角に存在する筈の敵には敏感に反応し、確実に反撃している。
 まるで俯瞰した位置から動かしている様に……。


「……外部からの遠隔操作?! しかし何故?!」



 ハッキングしようが何をしようが、防御機構が無ければ、EMPを食らったMSは動かない筈なのだ。
 しかし、今ザフト軍を蹂躙している機体は正常に……それどころかグングニール発動前と比べ明らかに異なった動きをしている。
 どちらかと言えばこのキレの良さはゼンガーの動きにも通じる所が有るが……常人では付いていけないだろう。
 内部のパイロットが生きている場合、死亡とまでは行かないが意識は確実に無い。
 それにしても……どうして二つの制御系等を用意する必要があったのか?
 一方が無力化される事を考慮する等無駄である。最初からEMP防御が施された制御システムを組み込めばいいだけで……。


「ナチュラルめ、味方すら信用しないと言う事か……!」


 恐らくこの奇妙な設計はここ、パナマで用いられる機体限定だろうと、イザークは推測する。
 連合は何らかの手段をもってパナマ攻撃を予期し、しかもそこでグングニールが使用される事を知っていた。
 だがMSはともかく、他の兵器・司令部・何よりマスドライバーにまで配慮を施す事は時間的に不可能だったのだろう。
 そして例えMSが健在でも、他の施設その他との連携が不可能な以上、戦い慣れない彼らは結局は負ける……だから捨て駒にするつもりなのだ。アラスカと同じく、いやもっと有用に、“最期の一兵士まで勇敢に戦った”事にする為。
 その為に生存に必死な“素人”を、一瞬だけでも死をも恐れぬ“勇者”にする……その為の仕掛けだったのだ。
 


「まあいい! 発信源は……!!」


 向かってくるストライクダガーを粉砕しつつ、デュエルが戦場を駆け巡る。
 その最中不意にイザークは、歌のような音を耳に入れ、思わず見上げた。


「!! あれかっ?!」


 全身を覆える程の巨大な羽を広げ、そのMSは浮遊していた。
 逆光により全身像は良く見えなかったが、帽の様な物で隠れた目元には、二つの光が宿っていた。
 その機体の周囲の空気が歪んで見える……恐らく電子システムが発する熱量が、とてつもないものであるからだろう。


〈オォい!? もうダウンかよ!! 使えねえ“神様”だぜ!!!〉


 デュエルの向けたビームライフルの砲口が水鉄砲に思えるほどの迫力で、白いMSが前に飛び出てきた。
 背部のカノン砲二門、シールドの機関砲二門、右腕のバズーカが一門に胸部の砲門一つが全て、デュエルに向けられる。


「クッ……!?」


 これほどまでの火力を一斉に浴びれば、アサルトシュラウドもろともデュエルは破壊されるだろう。
 せめて刺し違えてでもと、イザークはデュエルの全武装……とはいえ相手に比べれば待針の様な物……を構えるが……。


〈その人を……殺さないで……!!!〉

〈おうゎっ!?〉

「?!」


 突如二人の脳内に強い念が入り込んできた。
 声と呼ぶには余りに強すぎるそれに両者共たじろぐが、イザークが先に持ち直した。


〈イザーク。撤退だ〉


 先の幼い声が何であったか考察する暇も与えぬ、クルーゼの冷酷な指示が来たのだ。


「クルーゼ隊長?! しかしっ、ここで下がれば」

〈マスドライバーは破壊したのだ。長居は無用だ〉

「そういう問題ではっ!!」


 周囲にはまだ、頓挫したまま動けないでいる味方が多数存在するのだ。
 ストライクダガーに包囲され、脱出出来ないでいる部隊も多い。
 確かにデュエル単機ならば離脱は可能だろうが、他は極めて苦しい撤退戦を強いられる事となる。


〈……イザーク=ジュール!! ここで無駄に命を散らすつもりか?!〉

「……!!」


 クルーゼの思いもよらない熱の篭った叱咤に、イザークは背筋を凍らせる。
 そこまで言われては反論する事も敵わず、動きを止めた白いMSを尻目にグゥルに乗って離脱を開始する。


〈お、置いていかないでくれぇぇ!!〉

〈見捨てる気かぁァァ!!〉


 その恨みめいた声も直に消える。
 あちこちから響く悲鳴も何もかも、徐々に消えつつあるのだ。
 だが命令に背いてまで、あそこに戻る事は出来なかった。


「違うんだ……俺は……俺は……怖い訳では無いっっ!!」


 結局自分は腰抜けなのだ……我武者羅に敵を欲するくせに、敵を選んでしまう……。
 イザークには迷いが兆していた。
 しかもあろう事か、自分自身に……。







〈……チッ、イライラするぜ。どうしてとっとと“巫女”を連れてこない?!〉


 ようやく立ち直った白いMSのパイロットは、誰に言うでもなく愚痴を言う。


〈そう言うな。既に場所の検討はついているのだ……アズラエルが上手くやってくれるさ〉


 いや……確かに相手はいた。
 しかしそれが何者であるかは、当人ら以外では解からないだろう。


〈ああそうかい……今は憂さを晴らすだけで良しとしてやる〉

〈そうしてくれ〉


 会話の主の片方は瞑目していた目を開いた。
 とはいっても元々仮面をつけている為、周囲の誰にもその僅かな変化すら解からない。


「一体、何がどうなって?!」

「戦場では何が起こるか解からない、という訳ですか……甘く見ましたなナチュラルを」


 既に潜水艦の発令所内では、混沌とした様相が続いている。
 先ほどのクルーゼによる全軍撤退命令は、苦渋の決断であったと誰もが受け取っていた。
 帰ってこれるのは恐らく、水路に潜んでいた水陸両用MSや上空のディン、それにデュエルだけだ。
 主力であるジン隊は恐らく……。
 


「勝つ為に止まれば、死なずとも良い者が死ぬ……ならば背負いますよ。負けの責任は」


 冷淡に言ってのけると仮面の男、クルーゼは発令所から退出した。
 そして向かったのはまたしても自室……。
 


「何があったの……」


 フレイの元だった。
 自失呆然となりかけたフレイだったが、まだ持ち直すだけの気力はあった。
 図太くもクルーゼの部屋で、先の戦闘をモニターしたものをジッと凝視していた。
 


「君の言う通り、ザフトは負けだ。将はともかく、兵らはかの男の残した物をしかと継いでいたようでな」


 ディスプレイにはストライクダガーの反撃の様が映されている。
 苛烈とも言える攻勢を前に、狩人から獲物へと転落したザフト軍は、味方を押しのけてでも逃げようとする。
 滑稽であり、醜悪な光景だった。


「コーディネーターは皆、自らの力に絶対の自信を持つ。故にそれを脅かすものは、例え同胞であっても認めはしない」


 丁度デュエルが映った所でしたり顔で呟くクルーゼ。
 先程発した言葉を、どうやら微塵も覚えていないらしい。


「……そんな存在に、“かの男が残した物”を継ぐ資格は、無いのかもしれないな」

「……」



 もしここでフレイがクルーゼを振り返り、仮面の奥に隠された邪笑の意味を知る事があれば……状況は変わっただろう。
 しかしフレイは蜜に酔いしれていた。
 味方の勝利は無論、形はどうあれ敵の敗北には、それ以上の魔力があるものなのだ。
 彼女は画面を見ながら、その向こう側で“敵(かたき)”をなぎ倒して行く……自らと同じ物を継いだ“味方”の様に自分を重ねていた。   
 
 
 

   

 

 

管理人の感想

ノバさんからの投稿です。

クルーゼはフレイに、どんな利用価値を見出しているんでしょうかね?

このまま話が進んでも、今のフレイがそうそう意のままに動くとは思えませんし。

・・・本当、どうなるんだろ?w