「しかし、僕らの乗る艦の艦長さんが、こんなに若くて美人の方だってのは……イキな計らいって奴ですか」

「ご心配なく。彼女は優秀ですよ……代々続く軍人家系の出でね……」


 愛想笑いをしつつ、アズラエルはあんたもか、と付き添いの将校を内心嘲笑っていた。
 名前の価値をころころ変えて、あたかもその文字だけに意味があるように見せかけるやり方では、贋物しか生まれない。
 本当に強い名は、例えどれだけ泥を塗られても輝き続けるものなのだ……今も、アズラエルの背後で光り続け、行き着く先を晦ましているあの名の様に。


「それに、此処に配属になるまでは、あの大天使の副長の任についていた」

「……おや。それはそれは……」


 上っ面の事だけを曝し上げられ言いたい放題の状況で、明らかにその艦長は不快感を押し殺していた。
 将校は何も気付いて居ないがアズラエルには解る。人間の中でも最も豊かな起伏を持つ、妙齢の女性の表情すら読めないようでは……と失望しても仕方が無いので、アズラエルは将校の面子を保つ真似を止す事にした。


「……裏切りませんよね、君は」

「如何なる理由があろうとも、軍に背き弓引く行為は許されざる事……彼らと同一視しないで下さい」


 面食らう将校を尻目に、双方の間で空気に軋みが生まれる。
 アズラエルは、新型Xナンバーとその生体CPUと共に乗り込む事になった、アークエンジェル級二番艦ドミニオン艦長……ナタル=バジルールから目を離さない。
 元アークエンジェルの副長を務めた経験を買われ、新造された姉妹艦ドミニオンを任されたのだが……正直、ロクな人材が残らぬ連合軍の中、何処まで出来るのか懐疑的だった。


「そうかい? そう言っておいて、“シース”に流れる人、最近多いじゃない」
 
「軍規を逸脱した反逆者程、私は堕ちてはいません」


 カーペンタリアでの戦闘結果は、連合側陣営では、小さくとは言え報道された。
 弱小レジスタンスに敗北するザフトには底が見えてきた、と言う風の取り扱いだったが……軍内部ではそうではない。
 その戦闘を監視していた偵察機パイロットらから、伝言形式に真実が伝わり、痛快なシースの活躍は話に尾びれが付きつつ、遂には月まで伝わっていった。
 その頃には、その偵察機パイロットを初め、かなりの数の兵が除隊、そのまま行方不明になるという奇妙な事件が起き……アズラエルが独自の情報網でその動きを追った結果、シースに関係が深い“某家”の下で秘密裏に動いている事が発覚した。
 連合に報告して“それ相応の対応”を迫っても良かったが……某家に関わったあらゆる敵性人物、及び国家は手痛い打撃を受けやがては敗走すると言うジンクスから、それは避けた。
 先人の教訓に則り、警戒しているからではなく……それどころか実際に、負け逃げした身であるからこその確信だった。


「……ま、ならいいんだけどね。気骨のある人で僕も安心だ」


 そう言って適当に安心させて将校に退出を促し、アズラエル自身もそれに続く。
 黙礼してナタルはそれを見送ったが、頭を下げたままで唇が動いた。


「そう……私は彼らより、もっと深い場所に居る」


「感傷に浸ってる場合じゃありませんよ?」


 ハッ、と顔を上げると、そこには軽薄な邪笑を浮かべたアズラエルの姿が。
 先に将校を行かせておいて態々戻って来たのだ。
 一言、トドメと言うか覚悟を促す為。


「僕らはこれからその大天使を、討ちに行くんですからねえ」


 憤激を必死に耐えていたナタルは、瞬間凍りついた。
 生涯で一番過酷かつ、絶望的な航海を暗示されてしまったのだから。

 






 アークエンジェル討伐を連合が決断したように、ザフトでもエターナルの追撃は続行中だった。
 そればかりか、最新鋭のMSまで強奪されたとあってはいよいよ面目が立たない……故に、現状で動かせる最高の戦力をもって事に当たっていた。 
 ナスカ級高速艦“ヘルダーリン”、“ホイジンガー”……そして、クルーゼらのヴェサリウスである。
 


「L4コロニー群ですか、矢張り……困ったものですな、アレにも。妙な連中が根城にしたり、今度のように使われたりで」

「厭戦気分と言う奴からかな? 軍内部も、大分切り崩されていたようだ……何が出るやら、だな」


 その、崩れそうな土台に蹴りを入れて盛大に崩壊させた者が居る……ククルだ。
 表向きには最後の最後まで忠義を尽くし、エターナル内部の戦闘で壮絶な討ち死にを果したとされているが……少し、カンの良い人材はこぞって除隊届けを申請し、そのことごとくを却下されていた。
 戦場の地獄門を牛耳っていた黄泉の巫女が不在となるばかりか、その切先をこちらに向けてくるとなれば心中穏やかで居られる訳が無い……思い余って脱走してしまう人員も少数だが居た。
 逆に、ユーリ=アマルフィを中心に、多くの科学者が結託して対プラント防衛兵器の設計開発に着手したと言う噂もあるが……それもまた、闇を祓う巫女を失った事により、宇宙に蔓延しつつある瘴気の賜物かもしれない。


「しかしククルが……あれほど心身を磨耗させてまで、プラントに尽くしてくれた彼女が……」

「不器用な女なのだよ。だがカンに長ける。沈み行く船から逃げ出す鼠の如く、生存本能がそうさせるのかもしれん」

「……船底を食い破ったのは彼女かもしれないと言うのに……たまりませんよ」


 歴戦のクルーゼもアデスも、その恐ろしさを存分に知るだけに、慎重な姿勢を取ってる。
 それが若い隊員には納得がいかない……どれほどの伝説があろうと、所詮は非軍属の反逆者だと。
 奇跡の生還を果し、いい加減な快楽主義者を装っていたバルトフェルドの気骨ある行動にも、同様に冷めた視線を持っていた。
 それを観察し、イザークは危機感を覚える。
 本質を理解出来る機会が無かったとはいえ、先人がこの状況で冗談めかして愚痴る訳が無い。
 それを、厭戦ムードから来る弱腰の姿勢と受けてもらっては困る……このままでは、それを思い知るのが次であり、最期になるやもしれなかった。
 


「物事はそうそう、頭の中で引いた図面どおりには行かぬものさ。ましてや、人が胸の内に秘めた思惑など、容易にわかるものではない」


 そう、表面だけで物事を判別しては駄目なのだ。
 善悪両面においてそれは等しく……だからこそ、イザークは未だクルーゼの元に居る。
 既に階級的にも戦果的にも、自らの部隊を持つ下地はあるが……クルーゼの奥の奥が知れぬまま、それを放置出来るほど大胆にはなれなかったのだ。


「イザーク、今度出会えばククルは敵だぞ……撃てるかな?」


 そんな疑惑の視線に抗するかのように、クルーゼは試すように問う。
 部下等の手前、下手な言動ができぬ事を見越したその問いに……イザークは澱み無く言い切る。


「撃たないからと言って、止めてくれる奴では無いですからね」


 ヴェサリウスから最期の出撃をした時、ククルはイザークにのみ真実の言葉を放った。
 何もかもを欺き通した中、たった一人に別れを告げてくれた事は……イザークにとって万感の意味を有していた。
 当初ククルは、イザークにとっては劣等感をぶつける相手であって、ククルにとってもイザークは足を引っ張る未熟者程度の認識しかなかった筈。
 ……それが戦いに戦いを重ね、共に強大な刃を前に立ち向かった事で、仲間として、戦友としての意識が芽生えていた様にイザークは感じていた。
 それが自分だけの思い上がりではと考えた事もあったが、杞憂でしか無かった。
 彼女は、行動を異にするにせよ、同じ理念を持った“同志”として……イザークを認めてくれていたのだ。


「やれますよ、全力で」


 それに応えなければならない。
 彼女の課す試練を乗り越える事で。







「俺は父を……止める事が出来なかった」


 父たるパトリックと対面した時、互いに感情が無かった。
 怒り狂いもせず、悲しみ嘆く事もせず、淡々と事実の確認をしただけで、終わってしまった。
 戦争の事について――何の為に戦うのかと問うた時も……初めて彼に背いたと言うのに、淡々と答えただけだ。


『“宇宙に生きる全ての未来の為”――その為には、地球という揺り篭を振り切らなければならない。さもなくば人は、未来永劫赤子のままで居なければならなくなる』


 それは覚悟が滲み出た言葉であり、既にその身を……いやプラント全体を、その目的完遂の為のシステムに組み込んでいたのだ。
 それにそぐわぬ不良な存在は、どんどん排斥する。
 例えそれが、血を分けた存在であっても。


「貴方のせいではありません……そうなるに至るまで、止める事が出来なかった私達全てに責はあります」


 アスランの側には一人。
 合流した後も、きまりが悪くゼンガーらへの謝礼もそこそこに、只一人悩んでいたアスランには……同じく只一人孤独に苛まれる少女が。


「小さな砂時計の中で閉じ篭り続け……自ら内面を広げる努力を怠って……」


 苦しみを耐えているのは一人ではない。
 それぞれがそれぞれの痛みを隠し、それでも前に進もうとする……。
 とはいえ、“観測”されない事象は真実味を失う。
 自分以外の何者にも明かせない痛みは、痛みを超えてしまう。
 



「絶望するのはまだ早いよ……ラクス」

「絶望……?そうかもしれませんね……」


 エターナルで果敢に指示を下していた陣羽織りの少女の面影は無い。
 どちらかと言えば敗軍の将の様に……諦めによる達観した目が合った。


「父は……見捨てられました……父が守ろうとした人々に……世界に……」


 思わずアスランは、ラクスの肩に手を回し、ゆっくりと抱き寄せていた。
 少しでもその孤独を軽くしたくて……冷え切った心にぬくもりをあげたくて。
 かつて、好きであった一人の少女に、そうして貰った様に……。


「だからと言って、俺達まで見限る訳にはいかない……俺達自身の正義を、見捨てる事に繋がりかねない」


 信じて、共に道を選んだ……創り出す未来に賭けたククルを裏切る事になる。 
 一度、彼女と言う存在を否定しかけたアスランにとって……それだけは、魂に誓ってでもやってはならない。
 


「決意は未だ固いのですね……でもどれだけ固い意志も、砕ける時は一瞬です……それだけはお忘れなく」

「大丈夫。心を砕くのは自分自身の疑念……もう何者にも、俺の意思はどうこうさせません」
 


 その決断の具合を試すかのように、エターナル艦内に警報が鳴り響いた。







        


「距離700、オレンジ11、マーク18アルファ! ライブラリ照合ありません!!」

「総員、第一戦闘配備!!」


 敵艦の接近にアークエンジェルが真っ先に気が付いた。
 片や亡国の技術の結晶、片やプラント最新鋭の艦艇とはいえ、クルーの熟練度についてはアークエンジェルが大きく引き離していた。
 当直だったサイの報告から、マリューを含めた全ブリッジクルー集結に至るまでの時間はほんの僅か。
 ディアッカとフラガもカタパルトデッキにスタンバイしており、臨戦態勢は急速に整いつつあった……。


「通り過ぎてくれるでしょうか」

「そのつもりならば荷電粒子を巻き散らす筈も無い……来るな。対衝撃防御を」


 果たしてその通り、港口に向かって砲撃が放たれた。
 揺れの中、驚いた表情でマリューは見上げた。


「よく、お解かりになりましたね……」

「宇宙は底無しの空(から)だ。そこに漏れ出すものが何であるかで、粗方の行動は読める」


 いつもの赤眼鏡と同じ様だが、その表面を盛んに光が行き来している所を見ると、情報デバイスの様な物らしい。
 艦長補佐としてアークエンジェルに乗り込んだレーツェルは、ここでもその非凡な才を遺憾なく発揮していた。  
    


「アークエンジェル、港の外へ!」

「モラシム。クサナギの調子はどうだ」


 レーツェル同様、クサナギにはモラシムが同乗。
 深海活動と同じく、船外活動にも非凡な実力を有する彼は、彼なりのやり方でクサナギをサポートするつもりだった。


〈出て撃つだけなら出来るが……流石に不安が残るな。操船に其方ほどのキレが無い〉

「無茶を要求してやるな……我々の艦の単純な性能を計算すれば、二対一で敵う艦など両軍には存在しない」

「ですが油断は禁物。私達が先行しましょう」


 湾口には相変わらず砲撃は続いているが直撃は無い。
 ……ゲートを潰してしまえば、その動きを封じられる。
 それを行わない事が多少気がかりだったが。


「所でエ……じゃない、レーツェルさん」

「何かね」

「またしても少佐の姿が無いのですが……」

〈ああ、ボスならこっちでコーヒーブレイクさ〉


 と、気さくにカップを掲げてるバルトフェルドの姿がモニターに映る。
 隣には猫の様に悪戯めいた笑みを浮かべるアイシャ、そして対照的に難しい顔でコーヒーを啜っているゼンガーの姿が。


〈再会を祝しての新作スペシャルブランドのお味を堪能してもらってるんだけど……マリュー艦長、後でどうかね?〉

「あ〜……楽しみにしておきます」


 だが本気でゼンガーが渋い顔をしているあたり、相当クセのある味なのだろうと、飲む前からげんなりしてしまうマリューであった。


 




〈エターナルは最終調整中で動けん。ボスはこちらに今しばらく残るそうだ。かわりにこちらは全MSを迎撃に回す〉

「マガルガも……ですか」

〈勝負を賭ける札は絞っておいた方が良い……との事だ〉


 ゼンガーに何らかの作戦がある事を察し、マリューは頷く。
 味方にも手の内を明かさない態度は気にはなるが、自らがそれほど捻くれた指揮が出来ない……つまり正直に成り易い部分があるので、敵にそれを読まれてしまっては元も子もない。


「了解。敵はザフトか連合か……どちらにせよニュートロンジャマー搭載機を放って置く訳が無い……」


 ついでに言えば、散々辛酸を舐めさせられた仇敵たる大天使は、問答無用で撃ちかけられても仕方が無い。


「イーゲルシュテルン、バリアント起動。艦尾ミサイル発射管全門装填。デブリに気をつけて。特にデザー用のメタポリマーストリングは危険よ」

「今更ゴミに引っかかる事は……いやっ、今更だから尚の事……!」


 ノイマンは気を引き締めて呟いたが、その呟きは途中で途切れてしまう。
 思いもかけない通信が飛び込んで来たからだ。


〈こちらは、地球連合軍宇宙戦艦ドミニオン。アークエンジェル、聞こえるか! 本艦は反乱艦である貴艦に対し、即時の無条件降伏を要求する!この命令に従わない場合は……貴艦を、撃破する!!〉


 それは本来、彼に叱咤指示を与えるべき上官の声で……今は、敵に回してしまったかつてのマリューらの仲間。
 皆が皆視線を交わすが、マリューだけは身を強張らせ、来るべくして来た運命の時に挑んでいた。


「ナタル……」

〈お久しぶりです、ラミアス艦長〉

「……既に軍規を離れた身。如何なる呼び名でも結構よ」


 それは全てが終わってから、安らかなる時に果されるべき邂逅だったが……それは儚い願いでしかなく、現実は非情で冷たかった。


〈……アラスカでの事は、自分も聞いています。ですが、どうかこのまま降伏し、軍上層部ともう一度話を……!!〉

「ナタル……ありがとう」
 


 その感謝の言葉は確かな真実ではあったが……同時に、毅然とした拒絶の意味が込められていた。


「私達は地球軍……いいえ、地球のあり方そのものに対し疑念がある。同様にプラントに対してもおもねる事は出来ない……よって降伏、復隊、投降……このどれも私達の選択には無い!」


 目の前で待ち構える、大天使の影の如き容貌の主天使……否、この戦艦アークエンジェルが大天使と言われる所以は、如何なる軍勢を前にしても、絶対の不利を覆し、奇跡と言うに相応しい在り得ぬ勝利を勝ち取って来たから。
 姿形だけを似せても……その領域に達するにはまだ若い。


〈艦長……!!〉

「最早、問答無用!」


 通信回線を遮断した結果、眼界には敵意として、障害としてのドミニオンの艦影しか映らなくなった。






「良かったんですか……これで」


 背中を向けたまま、ノイマンが絞るような声で問う。


「……これ以上、彼女を苦しめる事は出来ないわ。今ここで、軍人としての彼女の信念を……犯す訳には」


 その為の拒絶故に、苦い思いを噛み締めるマリューに、この場の誰も声を掛けられない。


〈ま、“今は”仕方が無いさ……機会は他にもあると信じたいね〉

〈……生きていれば、何とかなるかもしれないし〉


 フラガ、そしてフレイの励ましの言葉は、傍から見れば極めて楽観的なもの。
 MS同士の戦闘ならいざ知らず、艦隊戦ともなれば破壊力の度合いが違う。
 ……だが、MSが基本的にたった一人の判断で生死を決めるのに対し、戦艦は集団対集団の争いとなる。
 その綻びさえつけば、轟沈まで追い詰めずとも勝つことは可能なのだ。


「……その機会をみすみす何度も逃しているようだがな、彼女は」

〈レーツェルさん……!!〉

「事実だ。何度もこちらで接触を試みたが、声すら掛ける事が出来なかったそうだ……」
 


 フレイの咎にもレーツェルは淡々と切り返す。
 余計に重苦しい雰囲気となるが、レーツェルはそこで終らすほど無粋な男ではない。


「……難しい注文だが、彼女に“負け”を教えてくれれば、こちらから促す事も出来よう」

「元、教官としてですか……?」

「人生の先輩としてだ。今此処で行けば、彼女を半人前だとこき下ろす様なもの……レディの面子を潰す事は出来んよ、後が怖くてな」


 意外にも軽いレーツェルの物言いに苦笑してしまうブリッジクルー。
 お陰で気持ちが和らいだマリューは、下降気味だったテンションを持ち直した。


「ディアッカ君、フレイ、頼むわ!!」

〈了解! いや大天使の知られざる裏事情……意外と深いもんだ〉

「何言ってるの、コレぐらいで辟易してたら大変よ?」

〈へいへい、ご忠告感謝〉


 MS管制を継続して行っているミリアリアと掛け合ってから、バスターが飛び出していく。


「フレイ、伍式の調子は?」

〈装甲のせいで推力が倍。下手すれば振り回されそう……〉

「だったら後方警戒を頼まれてくれないか。この船は変わらず腹が弱いんだ」


 逆に言えば、戦艦に追随出来る程のパワーがあるのだ。
 重い装甲を背負ったまま、伍式を上回る敏捷性を得ようと欲張った結果である。
 ……その結果、ビーム兵器等が一切使用出来ない程、出力を動作に割り振る事になっているのだが。


〈解ったわサイ……見せてもらうわ、貴方の立場で出来る事を〉

「……ああ」


 スキージャンパーの様に飛び出していったバスターとは対照的に、伍式は岩でも投擲するかのような力強い発進だった。
 


「……それでマードック軍曹。“零式”は何時になったら使えますか?」

〈戦闘中盤には間に合わせる!!〉    
 


 格納庫内では、ブースターやノーズユニット等、バラバラになった機体のパーツが別個に整備されていた。
 ……レーツェルが持ち込んだ“メビウス零式”は、開発された全てのオプションパーツを装着した、メビウスゼロでしかない。
 只その相互互換性と非干渉調整は完璧であり、MAとしてはかなりの高機動高火力を有していた。
  


〈でもよー、何で色まで変える必要があったのさ〉


 只、流石にエンジン交換無しでの大気圏内運用は無理があったらしく、レーツェルが使用していた本体はヤキン・ドゥーエ突破後使い物にならなくなっていた。
 そこで、アークエンジェルが地球に降りてからと言うもの出番が無かったフラガのメビウスゼロに、全パーツを換装移植する事となった。


 ストライカーパック同様、素体に搭乗したままでの換装作業が可能な為、既にメビウス本体にはフラガが搭乗している。
 四機のガンバレルとレールガンを取り外し、そこから各パーツを被せていくのだ。
 ……それに伴い、フラガのメビウスゼロのボディには、黒が上塗りされている。


「逆に言えば変えようが無かった」


 そうレーツェルに言われマリューはふと気がついた。
 確かにカラーは暗いブラックを基調としているが、アクセントは金色のみ。レーツェルの機体には大抵これに赤が加わるものだ。

「教導隊時代のゼンガーの“剣”だからな」

〈……! 少佐の……?!〉


 何の事はない。
 レーツェルは自身の零式を大分前に失っていたのだ。
 そんな彼に、自らの愛機を任せたゼンガー……伍式の扱いからして、例え兵器であっても蛮用はしない……矢張りこれも、ゼンガーと一体となって戦い抜いた半身だったのだ。
 二人の間柄が単なる戦友の域を凌ぐ、深いものである事を改めて感じ、同時に責任をフラガは噛み締める。


〈俺が代わりにやれ、ってか……〉

「そう。“今は”君しか出来ないだろう……この大天使の剣に」

〈……上等!〉


 それを同様に継ぐのか、それともゼンガーの何かを継ぐのか……もしくは新たな刃と為り得るか。
 既にレーツェルはフラガに対し不安は無く、代わりに先の知れぬ、若き戦乙女に注目の目を向けつつあった。
  
 
 

 

 

代理人の感想

ナタル・バジルール。

彼女が一番輝いていたのはこのドミニオン艦長になってからの戦闘指揮だと言うのがもっぱらの評判ですが、今作品ではどうなんでしょうねー。

TV版よりむしろ戦力の差は開いてますのでそこをどうやって戦術で埋めるか、それが見どころな訳ですな。

でも力の差を知恵と勇気で補うのは普通主人公側のはずだよな、とかふと思ったり(爆)。