「お前ら真面目に狙え」

〈酷っ!!〉

〈当たるまでは動かないで下さいよ〜!!〉


 灰色の鉄屑の海原に、真紅の狩人が徘徊している。
 相手は一機、迎えるは三機……だがこの三機は獲物であり、群れから故意に離されたか弱き羊の集団に過ぎなかった。
 既に、彼女らと同じようにして潰された人間は数知れない。
 兵器は直せばまだ戦えるが、一度心が折れてしまった人間を元に戻す事は出来ない。
 芯にヒビを入れて、敢えて強く変わる事を期待するも……結果は悲惨そのものであり、既に何人もが鎧を脱ぎ捨てていた。
 ……対ドミニオン戦における、余りに損耗率が高かったM1部隊に対する配慮の結果がこれである。
 最初から最後まで実戦方式の連続であり、負傷者は勿論機体に対する負荷も大きなものとなっていた。
 クサナギ内で設計調整されていたX−105用ストライカーパックも、大破。
 まあこちらは使用できる機体が“その時点では”存在しなかった上、ストライクダガーのフルチューン機に過ぎないフュンフでの使用にも耐えれない深刻な強度不足が露呈したから良い物の……。
 幾ら開発主任たるエリカが懇願しようと、それでも頑なにカチーナはやり方を変えようとはしなかった。
 レーツェルもこの方式を支持し、何よりカガリが承認しているのだから仕方が無い。
 ……カガリは僅かな間だが戦場に立っていた。だからこそ、解る事があった。
 ザフトの力を軽視してはいけない。それがホームグラウンドともなれば尚の事である。
 技術力と技能だけを見るならば、ナチュラルを蹂躙する事は容易い……理論上は。
 だが連合軍には物量がある。
 それに戦局的に山場を向かえ、悲願たるコーディネーター抹殺を前にして士気も向上している。
 そんな只中に横槍を入れるのであれば、並みの覚悟と質ではたちまち潰されてしまう。
   


〈ちょっとアサギ?! 何やってるの!〉

〈これが多分ラストチャンスだってのに……よーしそこだ!〉


 本人らは意気込んでいるのだが、カチーナから見ればまだまだであり、存分に翻弄していた。
 新兵には良く、自信をつけさせる事が大事だと謳われているが……実際には自らが出来る事を思い知らせる必要がある。
 現状の様に人員的損失が許されない場合は特にだ。人の死によって得られる教訓では、余りに遅すぎる。
 そもそも限られた時間……どれほどの効果があったか疑問だが、少なく共自分が出来うる事はやれるだけやったと言うしかない。
 


「……まあ、これだけのガッツがあれば死にはしないだろう」

〈何か言いました?〉

「五月蝿い。残り時間180秒。一瞬でも良いからレーダーロックしないとメシ抜きだ手前ら!」
 


〈〈〈ええ〜?!〉〉〉


 かしましい声を黙殺し、再びフュンフは全力機動を開始していった。
 
 






「やれやれ、錆び付いた“扉”がようやく開いてくれましたよ。やっぱこう言うのは使い込まないとダメですね」


 ドミニオンが大天使相手に敗北してから二ヶ月余り……ゼンガーの思惑通り、連合軍は彼らの実力を高く評価。
 眠れる獅子を叩き起こす必要は無いと言わんばかりに、それ以後一切の干渉を行わず、ザフト掃討に全力を注いで来た。
 既にジブラルタル基地は奪還し、最期の地球拠点であるカーペンタリアも攻略作戦が継続中であった。
 ビクトリアから打ち上げられた物資人員により、連合軍の作戦行動範囲は遥かに向上し、遂にプラント本国への直接攻撃の為の戦力が編成されていた。
 前哨戦としてザフトの宇宙要塞ボアズの攻略に移り……そして戦闘開始から十数分で、全てにケリがついた。


「アズラエル理事は……」

「ん?」

「幾ら敵軍に対してでも……“核”を撃つ事を、何とも思われないのですか?!」


 ナタルが渇いた口で辛うじて発した声に、アズラエルは満足げな笑みを浮かべる。
 そこには狂喜と共に、成すべき事を果たしたと言う邪悪な安息の意味が込められていた。
 かつては“新星”と呼ばれるアジア共和国の資源衛星が、今ではザフトによって針鼠の様に増設された武装が全て剥ぎ取られ……生気の無い只の岩くれへと逆戻りしていた。
 内部に居たであろうザフトの兵員も等しく炭化し塵と化している事だろう。
 ……ニュートロンジャマーキャンセラーがもたらされた事で、再び復活した明けの光に焼かれ。


「勿論。寧ろ人類に闇と凍えの恐怖と悲劇を呼び起こした代価としては、こんなもんじゃ足りる訳が無い……それとも貴女は。このまま人間に原始に帰れとでも言いますか? 上から見下して神を騙る魑魅魍魎をほったらかしに、あの少女に絶望の只中に生きろと?」


 イルイの事を口に出されると、唇を噛んで黙り込むしかない。
 企業家であるアズラエルは“孤児院”にも多額の出資をしている。
 彼女は今そこに移され、安寧の日々を過ごしていると言うが……何か、ナタルは嫌な予感がしてならなかった。
 まさかあの様な少女をどうこうする程、追い詰められては居ない筈。杞憂である事を願いつつも、どうもすっきりしない。


「この間言いましたよね? 後だしした方が強いって……今度はプラントがどんな反撃をしてくるやら。少なく共我々よりもっとおぞましい事は保障できるでしょう」


 この言葉でナタルは確信した。 
 彼は観客であり続けるのではなく、道化として舞台を引っ掻き回す事に夢中になっている。
 それにつき合わされている己は、もっと惨めで滑稽。
 自らを笑ってやりたい衝動を押さえ、ナタルはデブリと化したボアズ宙域を、虚ろな目で見つめていた。






「ボアズが核攻撃で?!」
 


 この一報を真っ先に知ったのは、意外な事に大天使だった。
 クサナギもエターナルも、それぞれのパイプラインを生かして情報収拾に専念していたと言うのにである。
 組織的には完全に分断された位置にある大天使は、こうした情報戦には長けていない以上、他の二艦に任せざるを得ない筈だった。
 


「うむ……つい先程、オブザーバーとして攻略作戦に潜り込んでいたキタムラ元少佐からの情報でな。同じく彼を経由して、“傭兵”からキラ=ヤマトにも伝わっている筈だ」


 ゼンガーはそう考えなかった。
 彼はここぞとばかりに元特殊戦技教導隊のツテを生かし、大漸駄無と共にこの二ヶ月、西へ東へと飛び回っていたのだ。
 今度の報告にしても、直接会ったのは実に三週間ぶりとなっている。
 またマリューも、元々技官であった繋がりを頼りに、手探りながらも少しずつ情報網を構築していた。
 


「何時かはこの日が来るとは思っていたけど……」


 ニュートロンジャマー投下による地球の生産力低下は深刻な問題であり、こればかりは各国共しのぎを削って対抗手段を講じていた筈だ。
 ……一致団結すればそれこそ戦争中期にはニュートロンジャマーキャンセラーを自力開発出来たかもしれないが、悲しい事にそこまで“馴れ合う”事を国家は良しとしなかった。
 核分裂阻害と言う枷を取り払う事は、即ち核兵器の実戦投入を可能にする。
 地球連合内における、軍事力のバランスを一気に覆す事が出来る切り札を得ることになるのだ。おいそれと他者に渡す事は、安全保障の面でも有効ではない。
 その名の元に、あいも変わらず一般での電力不足は無視され続けているが。


「次の冬が来たら北アメリカ辺りは本気でまずいだろうからな。大西洋連邦も踏ん張ったもんだ」

「……否。コロラドの総合研究機関にも問い合わせたが、その様な事実は無い」

「!!」


 軍事機密上、外界から隔離されていたこの施設の回線を発見したのは、他ならぬマリューだった。
 彼女が以前交流していた研究者の協力が、ゼンガーを伝い思わぬ形で実を結んだ……訃報の補強と言うのは、実に皮肉な話だが。


「……オペレーションスピットブレイクの一件同様、ザフト内部の何者かからもたらされた可能性が極めて高いと言う事だ」



 フラガはゼンガーの考察により、はっきりとクルーゼのヴィジョンを読む事が出来た。
 Xナンバー開発計画の暴露、オペレーションスピットブレイクの詳細情報、パナマにおけるストライクダガーの暴走、そして今回のニュートロンジャマーキャンセラー漏洩。
 こうもクルーゼの思い通りの混沌が続くと、全てが彼の手の中にあるようで……自らが継いで来た奇妙なカンが声高にそれを肯定している。
 


『間も無く最後の扉が開く……私が開く!!』


 クルーゼはそれこそ地獄の門を開こうとしている。
 後戻りできない、永劫の苦痛の恐怖を人類に与え、自らの心の漆黒を更に染め上げようと企んでいる。
 代価はそう、自らの命。
 自分達が命懸けで多くを救う様に、クルーゼは命懸けで多くを陥れる。
 ……正に鏡の中の影であり、決して相容れる事は無いだろう。


「これ以上はやらせるかよ……」

 フラガの呟きを、マリューのみならずブリッジクルー全てが心に刻む。
 次、同じ事が繰り返されたら……それこそ取り返しがつかなくなる。






「嫌な予感はしてたんだよ!! どいつもこいつも!」

「確かに導師のやり方に問題があった事は認めるけど……!」


 大天使が連合側の行動を掴んだのに対し、クサナギでは流出経路を大まかだが掴みつつあった。
 ザフトによる核エンジン搭載MSは、大漸駄無とマガルガが初では無かった。
 それより以前に、モビルゲイツをベースに様々な実験装備を搭載した機体が存在したらしく、本来ならば解体処分されている筈であった。
 ところが、地球圏における深刻なエネルギー不足に対し、人道的な側面からこれを打開する手段として、そのMSを丸々持ち出すと言う豪胆な事件があったのだ。
 それは何と、プラントと地球連合の仲をとりもった事もあるマルキオ導師の差し金だった。
 その後のMSの行方は今もって掴めなかったが、それを模倣したか、あるいは情報漏洩後の僅かなスキをついて、漸駄無及びマガルガの原型機となった、二機のMSの設計図ごとニュートロンジャマーキャンセラーの設計図が持ち出された様なのだ。
 モルゲンレーテと技術提携を結んでいた幾つかの企業が、この二ヶ月の間に急速に基礎技術力を伸ばし、ストライクダガーのバリエーション機や後継機。更にあの三機のXナンバーの量産型のプランを提出した事からの推察に過ぎないが、それなりに説得力のある意見ではある。


「一人のバカは百人の賢者と同じ働きをすると言うが……クソッ! 空気読めよな!! 何でよりにもよってこのタイミングで……」

 格納庫からブリッジへと至る道で、カガリはどうする事も出来ない不甲斐無さを、言葉にする事でしか誤魔化せなかった。


「カガリ……MSも銃も、使えるのは人間だけだ。幸福を願った人間の後を、悪意を持った人が追随するのは……悲しいけど事実なんだ」


 労働者の危機を減らすべくして、多くの兵の命を奪い。
 重力から抜け出し鳥を目指した想いが、幾多の街を焦土に変え……人はそんな事をずっと繰り返して来ている。
 


「何を創ろうと、何を生み出そうと……操るのは結局は人なんだ。それを止めないと何もならない」


 兵器と言う個は破壊出来ても、その概念は中々消えない。
 一時期忘れ去られても、後に再び、より強力な姿へと変えて威力を振るう。
 だが人はこうはいかない。
 似通った考えは持つだろうが、全く同じ考えを持つ人間は一人とて存在しない。
 ましてやそれが、様々な偶然や不幸が重なって生き永らえた、怨念ともなれば尚の事であろう。
 そして概念を捻じ曲げるよりも、社会がその様な悲しき存在を生み出さぬよう、より良き方向へと変革させる事ならば……例えその場しのぎと言われようが、可能である。
 


「……言っとくけどな、刺し違えるとかはナシだからな」

「ん……?」


 もうカガリは泣いていない。泣けばどう言う形であれ不安を促す。 
 誠心誠意をもって、完膚なきまで頑なに、笑う。
 偽りもなく後腐れも無く、彼の抵抗とならぬよう、枷とならぬよう……。


「百人分も働かなくていいから……だから、死ぬな!」

「……! うむっ……」


 自分の願いは自分で叶える。
 出来る事といえば……友に教えてもらった“まじない”を、彼に施すぐらいだったが。







「プラント側も持って数ヶ月だ。制宙圏を奪還され、反連合国家が次々と降伏している以上……」


 結果的に三艦の中では、エターナルが最も状況把握が遅れた。
 とはいえ、プラントそのものに通じている以上、詳細の把握に関しては他の追随を許さない。
 ……それ故に、悲壮さを一番味わっているのは彼らであった。
 ボアズに展開していた戦力は完全に殲滅。生存者は一人とて確認できない……徹底した殲滅戦であった。核ミサイルによる初期打撃により、大半が何も知覚出来ないうちに死に至ったとはいえ……。
 


「まさか、ここまでやるなんて……」

「あんま驚きはしないけどな? ユニウスだって……」

「お前ら!!」


 アスランに厳しい咎を受け、竦むミゲル。
 ククルの事を思っての行動だろうが、一緒くたに怒鳴られたニコルは不満そうにアスランを見つめている。
 


「やめんかたわけ。ここで我らが浮き足立ってどうする……ユニウスセブンは食糧増産プロジェクトにおける中心的な地であったから、その育成データの大半もあの時失われている。残りのユニウス所属のプラントでは当初の目的達成は困難だ」


 人材の枯渇、食糧不足。
 どれもこれも国家として致命的な問題……否、爆弾である。
 何時全体を破滅へと導いても可笑しくない現状、起死回生の為にあらゆる手を使ってくる事は間違いない。
 ……だが問題はその方法である。
 宇宙空間では核兵器の原料であるウランが採掘出来ない。
 無論ザフトも地球侵攻の折、後の戦局を見据えて核ミサイルも何発か宇宙に上げているだろうが、それとて地球連合の保有する核の絶対数には遥かに及ばない。
 ……では一体如何なる方法をもって、膨大な連合の軍勢を退ける策があるのか?
 パトリックの次なる一手を、ククルはまだ読めない。


「ええ。ここは早急に、技術的な側面での復興も必要ですね。技量だけは今度の戦争で向上しましたし、スムーズに行くでしょう」

「ザフトを規模縮小させて余剰人員を農耕に回した方がより効果的だ。就職支援になるし、ユニウス市にも活気も戻る」


 嫌な沈黙が二人の間に流れる。


「……何処とも知れない人間に“彼女の大地”に土足で踏み入らせるつもりですか、アスラン?」

「……お前こそ下手な業者に修繕事業を発注してトラブルがあったらどうするつもりだ? 一度汚染された土は戻すのに時間がかかるものだぞニコル」

 黒い感情が満ち満ちており、巻き込まれない様ミゲルはバックステップさえして退避。


「止めんか二人共! 何を下らぬ事で揉めておる!!」


「そっちじゃ無いんだけどな〜」


「……んん?」


 様子見していたアイシャの意味深な言葉に首を傾げるククル。
 だがアイシャは可笑しそうに含みのある態度を取るばかり。


「あの……各々方余裕ですね」


 情報の整理に追われているダコスタは、ブリッジに居座るククル一行を呆れた顔で眺める。
 非常に局地的かつ私的な戦後を見据えているのだから、呑気と言えば呑気である。


「うむ、ではここで冷や汗の一つでも流し口汚く連合なりザフトなりを罵倒して……それで何になる」


 ホワイト・シンフォニーホールにて喉元を掻っ切られた感触が、ダコスタに甦る。
 幾ら血糊を貼り付けていたとはいえ、ほんの数ミリ先には首の皮があったのだ。あの緊張感は一生拭う事は出来ない。


「我らが成せる事は限られているのだ……それでいて我らにしか出来ぬ事が……のお! ラクス!!」


 余りに酷い被害を受け考えあぐねていたラクスに喝を入れるククル。
 微かにピクリと震えた背中はとても小さく見え……遠慮がちに後を見てきたラクスに思わずアスランは胸を痛めた。
 そして理不尽に怒る。
 何て大きい物を、先人どもは背負わせてくれたのだろうかと。
 そしてその怒りの矛先は……真っ先に自らの肉親に向けられていた。










「やってくれたな……」


 歯を食い縛り、うめくパトリック……だが、周囲の議員がそれこそ血走った目で憤怒を押し殺しているのに対して、彼の瞳にはまだ理性がある。
 怒りに狂う事が出来ない理由が彼にはあった。
 知ってしまった以上、目を背ける事が出来ない。ここで逃げてはそれこそ木星圏まで……否、太陽系の何処にも生存を許されず、果て無き逃亡の宿命を背負う事になる。
 自分だけではなく、プラントに住む全ての老若男女が。
 それは許せない。
 自らの命さえも投げ出して全否定しなければならない。
 倒さねばならない。
 赦してはならない。
 二度と笑えないようにしなければならない……。
 その為の牙は、どうにか用意は出来ている。


「残存部隊をヤキン・ドゥーエに集結させ、最終防衛ラインを形成させろ。その後“ジェネシス”をもって連合艦隊を殲滅する!」


 ジェネシス。
 そう名付けられたザフトの最終兵器は、戦況を引っくり返すどころか、使いどころを間違えれば星そのものを死滅させる危険な威力を秘めている。
 だが……例えそうなったとしても、これ以上の横暴は断固として阻止せねばならないのだ。
 とはいえ急進派のエザリアでさえも固まってしまっている。
 抑止力としてはともかく、実戦で使用するには極めて大きなリスクを背負う事になるのだから。
 それを見つめ、心の底からの嘲笑をクルーゼは浮かべていたが……。


『……“役”を与えられ、それで満足か? 人形が』


 パトリックはつまらなさそうに一瞥し、断言した。


「未来は……我々が決める!」


 静かに、かつ毅然としたパトリックの言葉で全てが動いた。
 最期に残った良心故に踏み止まっていた多くの議員も、パトリックに提示された仮初の“使命”の為に……破滅への道を歩み始めた。
 パトリックは自らもヤキン・ドゥーエに詰めるべく、立ち上がる。
 この一戦だけは、負ける訳にはいかないのだから……。





  

 

 

代理人の感想

最終決戦間近。

でも、若い者はそれなりに青春を謳歌してますな(笑)。