「何なんですか……何なんですかあれはぁ!!」


 光が駆け抜けた後の光路には、何一つ残っていなかった。
 MS、艦艇、デブリ……全ての物質が完全に焼き尽くされ、塵と化した。
 敵も味方もその恐るべき威力に全ての言葉を失い、脅え、唖然とするばかり。
 ニコルに至ってはそれに加え、惨禍に対し混乱気味だった。



「前に出ていたんですよ? ククルがっ……!!!」」

〈ニコル、落ち着け!!〉

「で、ですがっ……!!」


 飛び出しかねない勢いだったニコルのブリッツを、背後からミゲルのカスタムジンが静止する。


〈あれの電波障害が消えたら、立て直すチャンスはもう無いぞ!!〉


 プラント方面からはかなり離れた場所に進軍していたと言うのに、その威容は容易く確認できた。
 せめてもの救いは、放出されたエネルギーが余りに強大だったが為に、敵も味方も等しく通信途絶状態にある事だ。
 連合軍も浮き足立っているが、ザフトも同じ様なもので、双方ひとまず母艦へと機体を後退させている。


「クッ……」


 現状で安否を確認するにはそれが最も確実と悟り、ニコルも渋々ながら機体を後退させる。
 が、先行していたエターナルに追随していた部隊は元から少数だったとはいえ、欠けてはならない人物が不在だった。


「ア、アスランは何処です?」

〈何だと?!〉


 バルトフェルドの方でも確認が取れたらしく、ブリッジはにわかに騒がしくなる。
 が、ラクスは心痛そうにかぶりをふって、一言呟いた。


〈あの人は実の父を……パトリック=ザラを許せないのでしょう〉

「え……?」

〈このままでは、あの人は……〉


 歯痒そうに腕を抱くラクスの姿は、只身内を思う女性でしか無かった。
 自分の母もまたこうして身を切る様な思いをし、地球圏の至る所で同じ様な事が繰り返されているのだとしたら……。
 果たして、今しがた引き金は何の意味があったのだろうか。





「奴は人類の夢を死の道具へと変貌させたのだよ」


 防衛ライン上にあるヴェサリウスでさえも、まともな情報が入って来ない。
 一般の兵には最終兵器、としか触れられていなかったジェネシス。
 この大量破壊兵器の真実を知る者は……ククル以外ではほんの一握り。


「開戦前、恒星間探査計画が立ち上げられていた事を、覚えているか?」

「プラントの本懐はそこだからな。当然だ」


 元々宇宙研究施設を基とするプラント国家は、エヴィデンス01のみならず様々な未開宙域……特に太陽系外への関心が強かった。
 それぐらいはイザークでも覚えているし、情勢が悪くなるにつれてあからさまにこの手の話題が消えていった事も、リアルタイムで体験して来た。
 火星や木星といった、太陽系内の惑星調査ならば資源の確保等が期待できる。
 だが外宇宙探査ともなれば殆どフロンティア精神のみで成り立っている様なもので、遥か未来への投資とも取れるだろうが、莫大な予算を必要とする割には実入りは無きに等しい。


「その一環として建造されたのが、あの発振装置だ。光の圧力を帆に見立てた鏡に受けて航行するこのシステムは、探査母船側に大規模な推進器も膨大な燃料も必要としない……コヒーレント化されたレーザーさえ地球圏から照射し続ければ、届く限りは無限に動ける」


 パイロット控え室で、建前上ククルは尋問中となっている。
 実際には飲料を携え、イザークとこうして語らうだけである。


「それを兵器に転用したのか……」

「メンデルでγ線消毒をしただろう? あれを派手にしただけだ」



 此処に至って躊躇いも無いザフトのやり口に閉口してしまうイザーク。
 やったらやり返すでは餓鬼の喧嘩と同じである。何時から自分達の戦いは、これほどまでに情けないものへと堕ちたのか……。


 
「だが腑に落ちんのは、先の攻撃で連合艦隊に与えたダメージは決して大きくない事だ。本当に艦隊規模の陣営、もしくは地表上の基地を攻撃するには、威力を落としてでも広域拡散させるべきだと言うのに……」

「……何だと?」

「電波障害の発生を省みず最大出力で、しかも地球上の一点のみ……プラントと地球の相互位置関係を計算したが、着弾箇所は無人地帯だぞ? パトリックは脅しにせよ、無駄なプロセスは好まん筈だが」



 ククルでさえも解らぬ事を自らが知る筈も無い。
 どうもイザークは置いてけぼりにされているようで気味が悪かった。
 利用されると言う感触は、クルーゼによって再三味わっている。
 今度のはそれに輪をかけており、パトリック=ザラが孤独に得体の知れない存在と相対している様にも思えて来た。





「ああ……ああ、そう。冗談じゃないねこりゃ」


 ジェネシスの攻撃によりいくばかの艦艇を失ったものの、連合軍の総合的な被害は軽微であったが、精神的な衝撃は極めて大きい。
 こちらが核兵器と言う切り札を持つように、相手もジェネシスと言う前代未聞の破壊兵器を携えていたのだ。
 地球の雲海を突き破って降り注いだ一条の光は、こめかみに突きつけられた銃口を連想してならない。


「……理事、一体何処が攻撃されたのです」


 ナタルが出来た事と言えば、アズラエルの存在をダシに命令系統に割り込み撤退を指示した事ぐらいだろう。 
 戦争が終ると慢心した結果がこれ……強きには強きをもってと言う、ある意味当然の原則。
 だがこれのタガが外れるとどうなるか……今身をもって経験する羽目になったのだ。
 寒気すら覚える沈黙を振り切り、ナタルが問う。
 


「ああ……ビクトリアもワシントンも無傷だよ。ただね……」


 信じられない事に、アズラエルは凄絶な笑みさえ浮かべていた。


「うちの“古い”幹部連中が全滅したよ」

「!!!」


「着弾点はアラビア半島北西。確か古い“遺跡”ぐらいしか無かったんだけどねぇ。何がしたかったんだか、“お互いに”」


 この場にそぐわぬリアクションに合点がいったナタル。
 アズラエルは現在こそブルーコスモスの盟主だが、その内部構造は一枚板等では決してなく、様々な思想・利益が絡み合っていた筈だ。
 そこに来ての対抗勢力の消滅……軍事コングロマリットの経営者であり、地球連合軍需産業連合理事であるこの男が、実質的に連合の覇権を握ってしまったのだ。
 悪夢に等しい現実に打ちひしがれそうになるが、アズラエルが進めようとする未来は更に残酷だ。


「さ、無事な艦は即総攻撃だ。補給と整備を急ごうよ」

「……!! 我が軍の表層的ダメージは少ないとは言え、兵員の動揺は……!!」

「それが地球規模に広がりますよ? このままじゃ……」


 ナタルの背筋が凍る。無意識に可能性を、今となっては確実に訪れる危機を排除していたのだ。


「……無茶でも何でも、アレとプラントは絶対に破壊して貰わないと。バカじゃないんですから同じ事を繰り返さないで下さいよ?」


 ゆったりとした調子でシートに座るアズラエルに、苛立ちは最高潮に達する。
 とはいえもう、猶予は無い。
 一々癪に障るとは言え、アズラエルの言葉は正しい。
 例え捨て駒になろうとも、もう二度と撃たせる訳にはいかなかった。







 


「……もう二度は無い。二度もやらせてたまるものか!」


 ジェネシスはヤキン・ドゥーエにて制御されている。
 原理的には単純なものとは言え、規模が規模である。ヤキン・ドゥーエのシステムは殆どこれの制御に費やされていると言っても過言ではない。
 それに加え実質的な本陣としての役目も果しているのだから、その喧騒ぶりは壮絶を極めていた。


「一次反射ミラーの装着を急がせろ……地球軍の動きは?」

「未だありませんな」


 そんな只中にあって、氷の如き無機質さを誇るクルーゼの声は良く響く。


「……ふん、月基地にも戻らず、まだ頑張っているようだな」


 生返事を返すパトリックは、今のやり取りで微かに失望した。


『何故こうも淡白でいられる…… 矢張り“時間稼ぎ”が精一杯だったのか……』


 だが例え、自らの行為が決定打とならずとも、その先にあろう輝かしい未来を信じて、立ち止まる事も諦める事も許されない。
 ……そんな権利は己には存在しない。


「次は月を撃つ。各部点検を急がせろ!!」


 かつて野蛮なナチュラルが妻を奪ったように、自らもまた劣る者として、優れた未来を“摘んで”しまったのだ。
 一度引き千切られた幹には何も花咲く事は無く、何者もその姿に頓着しない。
 どれだけ美しい姿であったとしても……それを覚えている者が居たとしても……もうそこには、折れて萎れ果てるのを待つだけの、無残な残骸が残るだけだ。
 だがまだ大地は見捨てていない。“根”はまだ張っている。
 なれば、せめてその大地だけは残してやらねばならない。
 何時かまた、己以外の誰かに向けた、その美しさが甦る事を信じて。
 


「……!! 第七宙域、突破されました!!」


 だがその時、オペレーターが危機を告げた。
 連合軍は既に後退し、クルーゼの報告にあった三艦のうち、エターナルのみ前線で確認されたが、それもデブリ宙域へ退避した事が確認されている。
 それなのに突如として、条理も何もすっ飛ばして、実に唐突に姿を現したのは……。


「機影照合……こっ、これは……!!」


 オペレーターは顔面を蒼白にし、口をぱくぱくとさせている。
 第七宙域に展開していた艦隊から送られてきた画像が、スクリーンに映し出され、それらは多くに伝染していく。


「あ、あと僅かだと言う所で!今更何をしに来たのだ!! あの男は!!」


 今まで何もかもを覆し、それでいて自らは決して覆る事は無い……不退転を貫く一人の武人が。







 MS単機での、敵陣強行突入。
 ククルと同じ、エターナルに装備されていた武装モジュール“ミーティア”が可能にした奇策である。
 核機関駆動型MS“フリーダム”とジャスティス”。
 この半無尽蔵の破壊力を駆使するには、必然的に専用母艦たるエターナルの機能は限られる。
 速やかに推進剤等の補給が可能な専用カタパルト、大出力エンジンによる高速航行能力と引き換えに、エターナルには従来艦程の火力は無い。
 MSの戦闘行動に十二分に対応出来る程の速力を、最大の武器としている訳だが、迎撃能力の低さは決して目を瞑る事は出来ない。
 それならば速やかに敵性勢力を排除すれば事足りる……そういった思想からミーティアは生まれた。
 フリーダムもしくはジャスティスと動力源を同一とする事で、余剰気味の出力を最大限引き出す武装モジュール。
 各種マイクロミサイルや大小エネルギーカノンで針鼠の様に身を固め、宇宙艇クラスの大型エンジンによって常識外れの速力を生み出す。
 だが、現状の大漸駄無とマガルガでは装備が干渉する事は無いにせよ……ゼンガーとククルの戦術志向とはかけ離れていた。
 そもそも彼らの戦闘で求める結果は殲滅では無く、撃退である。
 目的の為には過ぎた力であり、悪戯にそれを求めるほど双方心脆くは無かった。
 ……しかし立ち塞がるものが“過ぎたるもの”であれば、行使する事について躊躇いは無い。


「コーディネーターの力の象徴か」


 加速するにつれてジェネシスの威容がゼンガーに迫る。
 プラントもそうだが、ジェネシスもコーディネーターの高度な技術力が生み出した常識を超えた創造物。
 だが……ゼンガーにはこれが、同じく尊いものであるとは到底思えなかった。


「友の細君が愛した虚空の砂時計が……この様な鉄塊に守護されるなど……」


 彼女は自らと引き換えにプラントを一基守り、このジェネシスは地球の命を糧としてコーディネーターと言う種を存続させようとする。
 それが正しいと信じたからこその、無謀。
 そして己もまた、己が流し、流させた多くの血が、未来へと繋がると切に願っている……修羅。


「いや同じか。少なく共省みぬ部分は」


 だが彼女と自分にはあり、眼下の鏡椀には未だ宿らぬものがある。
   


「……だが覚悟無き機械風情に、これ以上はやらせん!!」


 後方からは、必死になってゲイツ隊が追撃してくるが、推力の差がありすぎて全く距離が縮む事は無い。
 全身を締め上げるようなGにも、ゼンガーは屈しない。
 全てを賭す一撃である以上、意識を手放す事など論外である。


「引き金を引くも! 剣を振るうも! それ相応の意志と力を要する事を知るがいい!!」


 大漸駄無の背部が爆発する。
 ミーティアとのエネルギージャケットを強引に爆破して、切り離しにかかったのだ。
 飛び上がるようにして大漸駄無は離脱するも、ミーティアはその勢いを殺す事無く、真っ直ぐジェネシスへと突き進んでいく。
 此処に至るまで一度も使われる事が無かった、数十発にも及ぶ対艦ミサイルと、残存する推進剤を内装したままで……。


 直後、光の渦が再び戦場を駆け巡った。
 本来ジェネシスは、核反応で生み出されたエネルギーをレーザーに転換し、それを第一次ミラーと呼ばれるユニットで扇状に反射。
 盆のような第二次ミラーで拡散させる事で目標へγ線を放射するのだが……。


「ジェ、ジェネシス目標撃破ならず……発射直前で第一次ミラーが破損しました!!」


 月方面へと向かっていったγ線は、確かに月面に巨大なキノコ雲を生み出してはいたが、只単にクレーターを一つ増やしただけだった。
 目標とされていたプトレマイオス・クレーターからは、実に数百キロは離れたポイントに着弾したのだ。
 それだけならばまだ救いはあっただろう。が……。


「第4から38までの補給ステーション、消滅!! 貿易ステーションも大破しました!!」



 ジェネシスの周囲には破壊の嵐が生み出されていた。
 無人であった事がせめてもの救いだが、幾つものステーションが炎を上げている。


「どういう事だ!」

「……第一次ミラーの破損により第二次ミラーで反射し切れなかったγ線が、周辺宙域を焼き払い……」

「何と言う事だ!! たかだか一人の異能者に遅れを取るなど!!!」


 パトリックが怒鳴り散らすが誰も何も言えない。
 たった一人でジェネシスの発射を食い止めたナチュラル……ゼンガー=ゾンボルト。
 最早ナチュラルと言うカテゴリーでは説明しきれないその果断に、敵ながらも圧倒されていた。
 そして皮肉にも、彼がもたらした大破壊が、ヤキン・ドゥーエの将兵に、自らの所業を恐怖させた。
 ……一歩間違えば、焼き払われていたのはプラントだったのだから。
 それ程の破壊力を、自らが本当に制しているのかと、疑心にかられていた。
 


「もういい! どの道巻き上がった土石で月地表も周辺宙域も身動きが取れまい! その間に全てを終わらせる!!」

「?! 議長、何を……!!」


 虚脱していたオペレーター達の顔が引き攣る。
 司令部に詰めていたレイ=ユウキもまた、思わず声を上げていた。
 


「2号ミラーブロックをスタンバイさせろ!」


 その先に何があるのかと言う、多くの人々の疑念を無視し、パトリックは振り返る。


「……今まで放任していたのだ。せめてその分は働いてもらうぞ。行け!!」


 そうクルーゼを睨みつけると、パトリックは興味を失した様にモニターに注視し直す。


「ええ。行くなと言われても行かせて貰いますよ。舞台は正に盛り上がりを見せているのですから」


 クルーゼが司令室を去り、ドアがパトリックの背後で閉じる。


「……舞台には道化が必要だ。だがそれに甘んじ、酔うだけでは何も動かんぞ」



 それは果たして、誰に向かって発した言葉だったのか。
 ともかくパトリックは表情を殺し、ひたすらに自らの“責務”を果そうと努めていた……。 
  

 
 
    

 

 

代理人の感想

大漸駄無、ボトムアターックッ!(爆笑)

いやー、デンドロビウム丸ごとのボトムアタックとは景気がいい!(違)

 

つーか、無茶苦茶だよゼンガー。

そして僕たちはそんなあなたが好きさ(笑)。