冷ややかな声で、吐き捨てる。

「もう、いいかげんにしてくれ」

 アスラン・ザラは相手を厳しく睨みつけてそう言うと、そのままくるりと踵を返そうとした。だがその背中に向い、それ以上に冷たい響きを帯びた言葉が返される。

「そうやって、また逃げ出すの? ……あの時みたいに」

 思わず嚇っとなって振り向く。

 そこにあるのは茶がかった黒い髪。黒曜石の瞳。東洋の血を窺わせる繊細な顔立ち。

 彼の親友である ――いや、今はもう、だったというべきかもしれない―― キラ・ヤマトがそこに佇んでいた。

 キラは一向に臆する素振りも見せず、厳しい光を放つエメラルドの瞳を真正面から受け止めた。そして、再びこう口にする。

「最初は君が言い出したことだよ、アスラン。……そもそもは、君が始めたことなんだ」

「それはっ! ……それは、確かにそのとおりだけど。でも」

 一瞬激昂したものの、相手の主張の正しさを認めて口ごもってしまうアスラン。一方、反論の糸口を捜して沈黙する彼に再び投げられたキラの声は、ますますその温度を下げていく。

「でも何? こんなはずじゃあなかった? もっと簡単に、どうにかなると思ってた? 今更、若さゆえの過ちは認めたくない? 

 ……確かに、そう言って何もかも投げ出してしまえば、これほど楽なことはないだろうね。でもそれじゃ、残された人のことは、一体どうするつもりなの?」

 アスランの端正な顔が苦しげに歪んだ。親友だった青年が、彼に容赦なく突きつけた言葉。――それは、元ZAFT REDである強健そのものの彼に、肉体的な苦痛を錯覚させたほどに、辛辣極まりないものだった。

 

 

 


 夕暮れは、もう違う色

  〜機動戦士ガンダムSEED DESTINY外伝SS〜

By 李章正


 

 

 

 ――きっかけは、本当に些細なことだったのだ。

 現在、オーブ連合首長国代表を務める、カガリ・ユラ・アスハの護衛官という身分を持つアスランは、久々に暇を得たのを幸い、離島に隠棲している親友を訪ねることにした。 彼がキラの住まいに向かう車窓から、砂浜で遊ぶ子供たちとラクス・クライン、そして、少し離れて散策するカガリの弟の姿を見いだしたのは、だからあくまで偶然の出来事だったのである。

 そのまま、なんということもなく海岸の散歩を続けながら、二人は共に海を眺めていた。その時の彼らには、一切の言葉は不要だった。

 純白の雲は細く緩やかに空を流れ、南国特有の暖かく、湿気を帯びた潮風が優しく二人の頭髪をなぶっては、椰子の葉を揺らす。やがて天空はその透明な青さを徐々に薄め、いつしか太陽も、黄金色に輝く西の海へとその姿を没しつつあった。全てがオレンジ色に染めあげられた世界の中で、彼らは共に、過ぎ去りしかつての日々 ――コペルニクス市での幼年時代。そして、戦争のことも―― を思い返していた。

<トリィ>

 音もなく二人の頭上を舞っていた緑色のロボット鳥が、小さく羽ばたきを繰り返しながら地上へと降りてきた。そしてキラの右肩にとまると、きょろりとその首を左右に振る。何気なくそれに目をやった彼の視線が、同じくトリィを見ていたエメラルドの瞳とぶつかった。

 その瞬間、何の前触れもなく、二人は同時にあることを思い出してしまったのである。

 

 

 

 

 

 アスランは、激しく首を横に振って言った。

「あれは、一時の気の迷いだったんだ! 本心からのことじゃない。……おまえだって、本当はそうなんだろう? キラ。

 昔は知らず、今のおまえが、あんなことを本気で望んでいるはずがない」

 彼は、遠くで子供たちの相手をしているラクスに視線を向けながら、一縷の望みを込めてそう口にした。だが黒い瞳の青年は、その言葉にうなずいてはくれなかった。

「……アスラン、君がそう言いたくなるのは分かるよ。人間なら誰だって、全く後悔することなしに人生を過ごしてゆけるものじゃない。僕だってそうさ」

 そう言うと彼はアスランの右手を取り、自らの両手に包み込むと、ぎゅっと握りしめた。

「でもね。後悔して、過去から目を背けるだけじゃだめなんだ。

 僕らの間にあったことは、何をどうしたって今更消せるわけじゃない。逃げ出すんじゃなくて、真っ正面から取り組もうよ。

 ……それは、理解のある人ばかりじゃないことは僕だって知ってるさ。だけど、踏み出さなければ何も始まらない。何ごとも、なし得ることはできないんだよ」

 だが、それでもなお黒髪の青年は頑なにかぶりを振り続ける。キラは困ったような表情を浮かべ、一つ溜息をついた。そして、それまで握っていたアスランの右手をついと胸の高さまで持ち上げて広げると、その細く長い指を一本ずつ弄び始める。

「ほら、アスラン。この指だよ? この指こそが、あれをやってみせたんだ。……忘れたなんて、絶対に言わせない。僕は、昨日のことのようにはっきりと覚えているんだから」

 それは、黒髪の青年にとっても忘れようのない、明白な過去の事実だった。

 彼の人生において、今日この瞬間ほど自らの手を、指を呪わしく感じた時はなかったであろう。仕事がオフだった為に、その時アスランが身に寸鉄も帯びていなかったのは幸運であった。もし、鋭利なナイフの一本も懐に忍ばせていたならば、カガリの護衛官は激情に身を任せ、自らの指を切り落としてしまいかねなかったのだから。

 だがそれは、キラの言うとおり、なんと呪わしくも甘美な記憶であることか。音楽を奏でるように指を自在に動かしつつ、その結果をじっと観察したあの日々。思ったようにいかなければ、どうしてそうなったかに思いを巡らせ、時の経つのも忘れた。狙いどおりの反応を得たときは、場所も構わず小躍りしたものだった。

 ――みんなその手が、その指が為したことなのだ。今でも、そのときの感触は指先にはっきりと残っている。左手で右手の指をかき抱けば、その感触と共に、あのときの情景さえもまざまざと甦ってくるのだ。そう、キラと二人、トリィを間において、澄んだ目で見つめ合ったあの日のことを。

 だが。

「……だめだ。やっぱりだめだ、そんなこと」

 アスランは、絞り出すような声でそう呻いた。彼には、そうせねばならぬ理由があったのである。

 今の彼はもう、キラ以外に友らしい友のいなかった狭い世界の住人ではない。もしこんな事実が、彼以外の人々の目に触れでもしたらどうするのか ――何よりも、さっぱりした気性で常に真っ直ぐな行動派で、そして、いつでも彼を強く優しい琥珀色の瞳で見上げてくるあの金髪の少女―― 彼女に、万が一知られたりしたら。

 自分は、一体どうすればいいのだ。

 

 

 

 

 

 過去の己と現在の人間関係の板挟みとなり、両手で青みがかった黒髪をかきむしりながら、激しく苦悶するアスラン。だがそんな彼に、超コーディネイターの青年は容赦なく追い打ちをかけた。

「そう。どうしても君は、認めようとしないんだね。過去の自分自身を。……じゃあ、代わりに僕が思い出させてあげるよ」

「や、やめろ。キラ」

 その言葉に、弾かれたようにはっと顔を上げ、アスランは相手を制止しようとした。だが、それを完全に無視して、キラは言葉を続ける。

「君は、あの時こう言ったんだ」

「やめろ、やめてくれ。頼む!」

 エメラルドの瞳に恐怖の色さえ浮かべ、親友に哀願するアスラン。だが、それでもキラは止まらない。

「覚えてるよね、アスラン」

 アスランは砂浜に膝をつき、両手で耳を押さえながら激しく髪を振り乱した。そうやって何も聞かずにいれば、全てをなかったことにできるとでもいうかのように。――だが現実には、いくらキラの言葉に耳を塞いだとしても、彼自身の内側から呼び覚まされた記憶が迫ってくるのを防ぐことなど、最早できはしないのだった。

「君は、確かにこう言ったんだから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『トリィの次は、先行者を造るつもりなんだ。できたらあげるよ』って」

「う、うわああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

(おしまい)

 

 

 

 

 

(おまけ)

 

 そのままアスランは海の中に走り込むと、波打ち際でしばらく狂ったようにのたうち回っていた。独り砂浜に残り、黙ってその姿を見つめるキラ。

 やがて、全身ずぶ濡れとなり、疲れ切って漸く水から上がってきたアスランに、茶髪の青年はとぼけた表情で声をかけた。

「思い出したんなら早速頼むよ、アスラン。ラクスもカガリも『完成を楽しみにしてる』って言ってるんだからね♪」

「……カガリっ、ラクスっ、君たちもかあああぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

 


(後書き)

 DESTINYの、PHASE−08や25とか観ていて、ふと思いついてしまった話。

 

 あの二人の雰囲気って、そういう趣味の皆無な李から見ても、怪しげなところがあるように感じられますからねぇ(怪しげの意味が違ってるような気もしますが)。

 まあ少なくとも、アスラン・ザラが機械オタクだったのは、公式設定といって差し支えないでしょうし。

 

 ……言いたいことはわかります。でも、絶対にあり得ないとも言い切れないじゃないですか。

 ほら、種って結構、なんでもありの世界だし(笑)。

 

 

 

 

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代理人の感想

まぁ、アバン読んだだけで「多分一発ネタだろうなー」とは思いましたが(笑)。

でも落ちよりおまけの方が笑えたなー(爆)。