Mr.クルーゼ

 

 

by 李章正

 

 

 オーブ連合首長国は首都の一角、ありふれた商店街の片隅に一軒の雑貨屋が店を構えている。

 取り扱う商品は主にパーティ用品全般。店番をしているのは中肉中背、やや無造作な茶色の髪に、じき二十歳とは思えぬ童顔の青年……キラ・ヤマトである。

 戦争が終わったのを機に事業を始めたらしい。そこに至るまでの紆余曲折については、本題には関係ないので御想像に任せるとして。

 お昼時をやや過ぎた頃。学校へ行ってたちびっ子どもが、そろそろ「おやつ〜」とわめきながら帰ってくる時間帯。

 どんどんどん、と扉をたたく音が、小さな店内に響いた。

「ちょっとええかなあ?」

「?」

 店に入ってきたのは一人の男。くすんだ長い金髪に彫りの深い顔だち。すらりとした長身を真っ白なタキシードに包み、例のマスクの代わりにやたらと派手な眼鏡をかけている。

 キラは、その顔に見覚えがあった。……かつて戦場で幾度となく刃を交えたこともある。ラウ・ル・クルーゼだ。

 内心、あんた死んだはずじゃ? とか、なんか芸風変わってない? とかいろいろ突っ込みたいところではあったが、一応流すことにする。雑貨屋のおやじに転業した自分も、人のことは言えないし。

「あんなあ、ちょぉっとパーティ行かなあかんねん」

 そういうわけで、黙って頷くキラ。特に気にせず、クルーゼは続ける。

「パーティはパーティでも、首長のお誕生日パーティなんやけど。そのな……会場、国家元首の宮殿やねん。やっぱ、粗相できんやろ?

 ……なんでも、義理の息子やその彼女さんもお招きに預かってるっちゅうことやし。家族の前とかで、シャキッとせなあかんやん?」

 キラはふむふむと頷く。

「でな、俺が聞きたいのは……、お誕生日パーティの三大条件って、What? ってことやねん」

 いきなり話が飛び、驚きの表情を見せるキラ。お約束どおり一言も発しないが。

 しかし、クルーゼは相手の反応にかまわず、左手を広げてどんどん話を進めていく。

「……おいしい料理と」

 親指を折り、

「……きれいな衣装と」

 人指し指を折り、

「すてきなプレゼントに決まってるやろうがっ!」

 びくうっ

 何の前触れも無く、いきなりキレるクルーゼ。先ほどまでの笑顔が一転、急に爆発したクルーゼに、キラは理由もわからず途方にくれるが、程なくクルーゼはあっさり平静を取り戻す。

「うん。ま、そういうことやから。いいもん見繕って、早よ持ってきて」

 こくこく

 彼の急かしに頷いたキラは、小走りで店の裏に消えていった。残ったクルーゼは、「ほんまパーティ行かなあかんねん」「時間が無いねん」などと、独りぼやいている。

 と、待つほどもなく戻ってきたキラは、小脇に抱えた派手なジャケットと、銀色に輝くキーボードをクルーゼの手に渡した。

「そうそうそう……。これな、こうやって着てな、キーボードを弾いてな……。ドンドットット、ドンドットット」

 ジャケットを羽織った彼は、キーボードを弾く仕草をしながら奇妙な歌を歌い始めた。

「ドンドットット、ドンドットット……。マイソー♪ マイソー♪ 芸能人はシャブ命〜♪ ドンドットット、ドンドットット、ドンなときも♪ どんなときも♪ クスリ打ち続ける日々がー 答えになること僕は知ってるからー♪ ……ってそんなもん知らんっちゅうねん!」

「!?」

 キーボードをひっくり返して床に叩きつけ、全力で蹴っ飛ばす。

「なんで芸能人が揃って覚醒剤に手ぇ出すかなんて知ったこっちゃないわ! こっちは時間無いゆうとんねん!」

「……」 

「もうええもうええ、おまえに任せてられへん。こっちから指定させてもらうわ」

 そう言いながら、クルーゼはあごに片手を当てて思案する。戦争の時も、あまり勘にばかり頼らずこんなふうに考えて作戦を立てていれば、本人も含めて戦死者がもう少し少なくて済んだような気もする。

「そやなあ……。服は任せられへんから、何かこうプレゼント見繕ってくれる? ほら、なんつっても相手元首やし。あんまり貧弱なもんも贈られへんやん?」

 大きく頷いて同意を示すキラ。

「だからこう、いかにも元首にふさわしいって感じのもん……。そやなあ、ダイヤの指環なんかある?」

 冗談ぽく問いかけたクルーゼに、キラは任せておけとばかりに胸を叩いた。

「あるんかいな!? へえ……。ま、丁度ええわ。なら持ってきて。なるべく大きくて見栄えがするのがええで! じゃあ頼むわ」

 再び店の奥へ駆けていくキラ。クルーゼは「宝石までおいとるんやこの店」とか「あなどれんなー」などと呟きながらその辺を行ったりきたりしていたが、ふとその視線が壁にかけられている時計に止まった。長針が十二、短針が三を指しているのに気づき、眉間に小さくしわを寄せる。

 だが、秒針が半周しただけで店の奥からキラが戻ってきたのを見て、彼の眉は明るく開かれた。

 キラが小脇に抱えてきたのは、自動車に用いるゴム製のタイヤ。

「いやあぁん。これ、ほんま欲しかったのよぉー」

 そう言いつつタイヤを首にかけ、手のひらでその感触を確かめる。

「うん、これやこれ。このいかにもって感じのゴムくっさい臭いと、自然な感じで溝に詰まった小石のごろごろ感。首にかけるのにも丁度いい大きさやしなー……って、これ“タイヤの首輪”やん!」

 タイヤを首から抜いて壁に叩きつけ、跳ね返ってきたところを両足で踏みにじる。

「俺が欲しいのは“ダイヤの指環”や! おまえが持ってきたの“タイヤの首輪”やん! ダイヤの指環とタイヤの首輪全然ちゃうやん! ダイヤの指環とタイヤの首輪全然ちゃうやん! 北鮮の金さんと桜吹雪……、まったく関係ないやん!」

「……」

「おまえダイヤってどーいうもんか知らんのかい!? 宝石っちゅうからにはぴかぴか光ってごっつい貴重なもんやろうが。タイヤのどこが貴重だっちゅうねん阿呆っ! ええからダイヤ持ってこんかいっ、最優先事項やぞ!」

 どこかの宇宙人教師のような命令に、左の手のひらに右のこぶしを打ちつけて大きく頷くキラ。そのまま店の奥へと駆け込んでいく。

 二度も注文を間違われてしまったためか、さすがのクルーゼも眉を大きく逆立て、なかなか元には戻りそうにない。白いタキシードの襟元を整える手つきの荒々しさにも、余裕のなさがにじんでいる。

 

「……」 

 程なくして、キラが品物を手に戻ってきた。

 それを無言で客に差し出す。受け取ったクルーゼの周りから、ようやくとげとげしいオーラが消える。

「そうやねんなー。こういうふうに人命に関わる大事なもんでないと、あかんのよー」

 そう言いながら彼は眼鏡を外してサングラスに替え、アコースティック・ギターを抱えて弾き語りを始めた。

 

 ♪夏休みに、彼氏と海に行ったときの話なんやけどー。待ち合わせの約束してた駅に着いたら、急に腹痛になってんー。

 ♪それで、慌てて駅のトイレに駆け込んだんやけどー。コトが済まないうちに電車の時間が迫ってきてんー。

 

 じゃかじゃんじゃかじゃんと、ギターで単調な旋律を奏でながらクルーゼは弾き語りを続ける。

 

 ♪そこで、彼氏にケータイで電話して、「今トイレやから」言うて電車を一本ずらしてもらうかー。

 ♪それとも意志の力でコトを途中で切り上げて、彼氏との約束に間に合わせるかはー。

 

 一呼吸置いた後、右の拳を大きく振り上げ、高らかにこう宣言した。

 

 

 ♪自由だあぁっ!!

 

 

 キラも、ノリノリになってクルーゼの歌声に合わせ、体を左右に揺らし始める。

 

 ダイヤ イズ フリーダーム〜♪  ダイヤ イズ フリーダーム〜♪

 ダイヤ イズ フリーダーム〜♪  ダイヤ イズ フリーダーム〜♪

 

 しばらくそのフレーズを繰り返した後、クルーゼは軽くオチをつける。

 

 ♪でもな。無理に途中やめして、彼氏の前で腹痛が再発すると、悲惨やで?

 

「……」

「……」

 

「……っていうか、これ“ダイヤモンド”違うやん。これ“ダイヤモンド”じゃなくって……“ダイヤグラム”やん?」

 あっ、しまったという顔をするキラ。二人はしばらく黙って見つめあった後、申し合わせたように互いの手のひらを重ねる。

 あ、一,二,三,四。

「おーまーえー持ってきたー、鉄道のダイヤー♪」

 六甲おろしのメロディにのせて、クルーゼは歌い始める。

「おーれーがほーしいのー、宝石のダイヤー♪ くれーくれくれくれー♪ ……って、ええ加減にせえよっ!」

「!」

 クルーゼは全力でギターを床に叩きつけた。あえなく木っ端微塵になったそれを、両の足で全身全霊をもって踏みにじる。今度こそ心底からブチキレた表情で、クルーゼはキラに食って掛かった。

「なんでこんなとこきてエンタの真似事せなあかんねん! そもそもパーティ関係ないやないか! ワケわからんわっ。そらおまえ、ヘルスでフレイ嬢似の娘に本番要求して出入り禁止になるわ!」

「!!」

 機関部にミサイル直撃。被害甚大。観客(特に女性陣)の視線、白色化及びドライアイス化。

 クルーゼの爆弾発言に対してもなにも言えず、ぶっと噴き出したり、顔色を信号機のように変えたり、脂汗を滝のように流したり、顔の前でぶんぶんと手を横に振ったりして、全身で「それを言っちゃー駄目でしょー!」と主張するが、クルーゼはなおも糾弾をやめない。

「節度を守れっ! 社会のっ! 節度をっ!

 学友の彼女寝取ったり! 幼馴染の婚約者寝取ったり! 生き別れの姉と妖しくなったり! 女風呂を盗聴したり!

 果ては歌姫の彼女が電波過ぎてついてけないからって、持たされてる写真を胸のでっかいそっくりさんに内緒で差し替えたり!

 いくら監督のお気に入りやから言うて、何でもしていいってわけちゃうでっ! あんまり世の中なめんなっ!」

「!!!」

 泡を吹きながら床でのた打ち回っていたキラだが、とどまるところを知らない言葉の絨毯爆撃にたまりかね、クルーゼの口をふさいで止めようとする。……手遅れのような気もするが。

「ちょ、なんや! 社会人としての節度を守らんおまえが悪いんやないかっ! 最終回ん時と同じで、口で勝てんからってまた実力行使かい!?

 そもそも、なんでおまえとこんなとこでミニコントせなあかんねん! なんかないんかっ、パーティで喜ばれそうなもんは!?」

 ぶんぶんと首を縦に振り、店の奥を指差すキラ。

「……まあ、考えてみたら相手元首やし。宝石なんか見慣れてるやろうから、ちゃちいの贈ってもあんまし意味ないかもしれんなー。

 この際、意表を突いてぬいぐるみとかにしょうかぁ? なんやかんやいうても、女の子なら大抵好きなもんやし……。

 そうそう、ポケモンがええわ。子供に大人気の。なんちゅうか、貰い手とのギャップが萌え〜やろ。ある? じゃそれ持ってきて!」

 任せておけとばかりに、胸を叩いてキラは大きく頷く。

「早よぉせいよー!」

 かくして、ついに三度目の商品交換とあいなった。

 ここまで来てしまうともう、キラに向かって悪態をつく気力も残ってない。クルーゼは「おかしな店に迷い込んだもんやで」とぶつぶつぼやきながら、うろうろとその辺を歩き回る。

 しかし今度もまた、それほど待たされることはなかった。ほどなくキラが店の奥から戻ってくる。

 手にしているのはありふれた旅行鞄とトマトケチャップ。鞄だけをクルーゼに渡す。クルーゼはそれを受け取ると黙ってキラに背を向ける。

 

 

 後ろで物音がした。荷物が落ちるような音だった。クルーゼが振り返ると、キラがその場に倒れていた。

 クルーゼは慌てて駆け寄った。キラの鼻と口は真っ赤だった。呼びかけても返事がない。……最初からだが。

「助けてください!」クルーゼは力の限り絶叫する。「お願いです、助けてください!」

 だが悲痛な叫びはどこにも届くことはない。この場所に、彼らは永遠に釘付けにされるのか?

「お願いです、助けてください」

 キラを抱きかかえながら、何か巨きなものに向かって、クルーゼは自分にだけ聞こえる声で、繰り返し訴え続ける。助けてください、見捨てないでください、ぼくたちをここから救い出してください。

 でも声は届かなかった。どこからも助けはこなかった。彼らはどこへも行けなかった。時だけが過ぎていった。

 

 そして唐突に、店内に某純愛映画のテーマソングが流れ始める。

 

 瞳を閉じて〜 君を描くよ〜 それだけでいい〜♪ たとえ季節が僕を残して〜 過ぎ去ろうとしても〜♪

 

 

 

 ……これって、“ピカチュー”やなくて、“せかちゅー”やーん。

 

 

 

「……やかましいわ阿呆っ! なんでパーティやのうて、エアーズロックに灰撒きに行かなあかんねんっ!?」

「……」

「もうええわボケェッ! 二度と来るか阿呆っ!」

 キラを乱暴に放り出し、足音高く踵を返すクルーゼ。店を出る時も、ドアも壊れよとばかり怒りをこめて全力で蹴りを入れていく。

 そんな客の狂態を、しばし呆然とした表情で見送っていたキラだったが、やがて、またやっちゃた、という顔をして、独り頭を掻くのであった。

 

 平和国家オーブの一日は、大体こんな風にして過ぎていく。

 

 

(END)

 

 


(後書き)

 

 ふっ。勝ったな、また(多分)。

 理由はわからんが、とにかく勝ったな、また(多分)。

 

 それはともかく。

 言ったでしょ、「――次に犠牲となるのは、あなたの萌える、あのキャラかもしれないのである」って。

 え、別に萌えてない? あーさいですかそうですか。

 大体、彼は無口キャラじゃないだろって? いいじゃん、使いたかったんだよ!(開き直り)

 

 

 

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代理人の感想

お、おのれー(爆)。

しかし負けたのは事実なので何も言うまい。

捲土重来を期す(爆)!