デラーズ・フリートが起こした戦争から早四年。また新たな戦争が始まる。
スペース・ノイドを排除としようとするティターンズ。
ティターンズのやり方に反感を持ち、反抗する組織エゥーゴ。
半ば静観を決め込んでいるアクシズのネオ・ジオン。
ティターンズとエゥーゴの戦いから始まり、新たな戦争は三つ巴の大きな戦争へと発展した。
その巨大な戦争の影で起こっていた、ある一つの戦いの話。
それは【復讐劇】としか言いようのない、悲しい戦いの劇。
悲しき【復讐劇】は静かなるアクシズから始まる……。



機動戦士ZガンダムIFストーリー
 ――リベンジ・トラジディ――





――1――
 アクシズに停留中のザンジバル級機動巡洋艦<サイネリア>の格納庫に、美しい歌声が響く。
「夕暮れの赤い色に染まった 花びらを散らすガーベラ〜……」
 機械的な音だけが鳴る格納庫で澄んだ歌声はよく聴こえた。作業中だった整備士たちは手を止めて、歌に耳を傾ける。
 歌声の主は、淡い紅色をした細身のMS<ガーベラ・へアレス>のコックピットの中にいた。声の主は透き通った青色の瞳を持ち、栗色の惚れ惚れする髪を肩まで伸ばしている、誰が見ても納得するであろう美貌の持ち主だ。
 美貌の持ち主カーラ・アディリスはまだまだ若々しい二十四歳の女性だ。女性である上に、若干二十四歳で少佐の地位を手に入れた。<サイネリア>の艦長であり、<サイネリア>所属のMS部隊の隊長でもある。
 カーラは整備士の動きを止めていることなど露知らず、歌いながらヘアレスのシステムを弄り続ける。歌は途中から鼻歌になり、いつの間にか別の歌に変わっていた。
 歌が変わったころ、整備士たちは仕事を再開し、一人の青年士官がヘアレスのコックピットを覗いた。
「やっぱりここに居たんですね、アディリス隊長」
 呆れ顔でカーラを見る黒髪黒眼の普通の青年ディア・マックス中尉はカーラの副官を務めている。有能でも無能でもなく、至って普通な能力に至って普通な容姿。彼ほど<凡人>という言葉が似合う者も少ない。
 カーラは下に向けていた視線をディアに向ける。
「用があるなら通信を入れればいいじゃない、ディア中尉? それとも、わざわざ私の歌を聴きに着たのかな?」
 意地悪な笑顔を向けるとディアの頬が赤く染まる。
「べ、別にそんなつもりでは……。ただ、近くに来たから私は」
「今時そんな言い訳流行らないわよ。で、何の用?」
 あたふたしながら喋るディアを見て面白がりながらカーラは作業に戻る。軽くあしらわれたディアは多少むっとしながら用件を伝えた。
「マディング大佐から通信です。至急ブリッジに上がって下さい」
「そういう大事なことは早く伝えて欲しいものね、中尉」
「……すいません」
 カーラの真剣な口調にディアも真面目に申し訳ない気持ちになる。それを見てカーラは微笑み、作業を終えると脱いでいた上着を羽織る。
「冗談よ。気にしない、気にしない。早く行きましょ」
 明るく言いながらディアの肩を軽く叩く。ディアは自分がまたからかわれたことに気づき、頬を紅潮させながら一足先にコックピットから昇降用ワイヤーを使って下に降りる。ディアが降りてからカーラが続く。
 二人は少し距離を置きながら足早にブリッジに向かう。ブリッジへの扉が音をたてて開くと、丁度正面のモニターに五十を越した齢のマディング大佐が映っていた。
「遅れて申し訳ありません、大佐」
 言葉とは裏腹に悪気を見せないカーラに、マディング大佐は一度だけ頷いた。大佐は白髪をオールバックに痩せこけた顔、切れ長の目をしていて厳しい雰囲気を放っている。
 そんな彼は数少ないカーラたちの理解者である。ここアクシズではカーラたちは嫌われている。その理由は簡単。カーラが元シーマ艦隊の一員であるからだ。
 シーマ艦隊はシーマ・ガラハウ中佐が率いていた部隊で、ジオン内の評判は良くない。海賊行為もしていたのだから、当然といえば当然である。ただ一つ誤解があり、彼女たちは上層部の汚いやり方のせいで落ちぶれる羽目になったのだ。
 しかしシーマたちの経歴はデータから抹消されていて、そのことを知る者は少ない。だから一般の兵たちには彼女らの行動がそのまま瞳に移り、事実を知る者たちはそれを隠し、彼女らの悪行だけを広めている始末だ。
 そんなシーマ艦隊は嫌われている故にアクシズに戻ることを許されず、四年前のデラーズの反乱の時、連邦に寝返った上壊滅している。隊長であるシーマもその時戦死している。
 カーラはそんなシーマ艦隊の数少ない生き残りだ。機体が損傷して動けないところを拾われた。その時はシーマ艦隊の者と思われていなかったので拾われたが、アクシズに戻ってから経歴が分かり、途端に嫌われだした。
 彼女はそんなことを気にするような性格ではないが、自由に動けないことに怒りは感じていた。また彼女はシーマを敬愛していて、それ故に何も知らずにシーマやシーマ艦隊の仲間を侮辱する奴らが許せずに、幾度も問題を起こしていた。
 その度に助けてくれて、MSパイロットに戻してくれたのがウェブ・マディング大佐であった。大佐はシーマの過去を知っていたのでシーマ艦隊のことを哀れに思っていた。どうにかしたくとも、一大佐に出来ることなど数少ない。そんな時、カーラが現れた。マディングはせめて彼女たちだけは守ってやりたいと、カーラたちのために尽力してくれている。
 アクシズでマディング大佐以上にカーラのことを知り、見守っていてくれている人はいないだろう。
「君達に新たな任務が下された」
 数十秒も間を置いてから、苦いものを吐き出すような苦痛の表情でマディング大佐が言う。
 カーラやディア、その他ブリッジ要員は背筋を伸ばして次の言葉を待つ。
「ヘアレスとガザCの戦闘データを取ることを兼ねて連邦の部隊を討つために、出撃してもらう。出撃時刻は1600(ヒトロクゼロゼロ)時だ」
 一同に緊張が走る。彼らは訓練としての戦闘こそ経験済みだが、実戦を経験している者は多くない。
 カーラがコックピットでディアに見せた陽気さとは全く違った、一兵士の面持ちでマディング大佐に問う。
「連邦の部隊とは具体的にどのような部隊なのですか?」
「……決まってはいない。ただひたすら、連邦の部隊を襲ってもらう。補給は、一度受けられるかどうかだ。どうすれば任務完了、というのは聞いていない」
 マディング大佐の表情が一層苦痛に歪む。カーラたちを好いている、擁護している者としてこれほど辛い仕打ちはない。無論、この処置は上層部が狙ってやったことだと、マディング大佐は知っている。
 カーラを除いた兵が動揺を露にする。マディング大佐が言っていることはつまり、死ぬまで戦え、ということだ。動揺しないカーラの方がおかしなくらいだ。
「この不当な任務は、私が、元シーマ艦隊の兵だからでしょうか?」
「すまないと思っている。私とてこの無茶な任務を容認したわけではない。だが、一人では出来ぬことも多い。どうにか新型を回すのが精一杯だった。下手をすれば、一年戦争時の残ったザクで送り出すところだった」
 動揺こそ見せないが、カーラの怒りは誰もが感じ取った。全身から怒りが溢れ出し、ブリッジを圧迫している。
「大佐、どうにかならないのでしょうか? せめて他の艦をつけるとか、MSの数を増やすとか、補給の数を多くするとか……」
 ディアが恐る恐る発言する。副官が勝手に口を出すことは他の隊では認められていない。しかし、この隊は特別だった。階級も年齢もそれほど大きな力を持たない。必要なことは信頼できる能力だ。
 マディング大佐もそれに倣っている。階級が下でも必要な意見とあればちゃんと受け止める。
「やったつもりなのだ、マックス中尉。しかし、私一人で抗うには大きすぎるのだよ、相手が。事実を知っていながらそれを揉み消しているような奴らに、私の言葉は届かんのだ」
 マディング大佐の無念を言葉から感じ取ってディアは一歩退いた。余計なことを訊いた、と後悔せずにはいられない。
「大佐が私たちのことを良くしてくださっているだけで、私たちは満足です。新型の件、ありがとうございます」
「それくらいしか出来ないことが悔しいが、へアレスは君にこそ相応しい。こんな無茶な任務を押し付けておいて言う台詞ではないが、生きて戻ってきてくれ」
「もちろん、死ぬつもりはありません。私たちが戦艦の十も落とせば、上も認めるでしょう、私たちの実力を」
 カーラは高ぶる気持ちを押し込めて笑顔を見せる。マディング大佐はカーラの笑顔から悲しみを感じ取り、それを救えない自分を悔やみながら敬礼をした。
 カーラたちが返礼すると、静かにモニターからマディング大佐が消える。
「大変なことになりましたね、少佐」
 ディアが不安を隠そうともせず話かけてくる。カーラは笑顔を消して、厳しい表情でディアに命じる。
「すぐにカリウス大尉を呼んで。後、へアレスの整備とガザCの整備、艦のチェックを急がせるように伝えて」
「は、はい」
 いつになく鋭さが篭る言葉に少しばかり恐怖を覚えながらディアは返事を返し、ブリッジを飛び出す。
「大変なことになったわ、確かに。でも、いい機会でもある。シーマ様の仇、皆の仇、取れるだけ取ってやるわ。私とヘアレスでね」
 綺麗な歌声を持つ女性とは別人のような、狂気を含んだ声でカーラは消え入るような笑い声をあげた。



――2――
 連邦の基地の一つ、トリントン基地の金網の外に一人の青年が立っていた。目にかかる程度に伸びた黒髪にまだ幼さが残る黒い瞳。適度な身長と体重を併せ持った、一見普通の青年である。
 しかし青年は連邦軍の士官用の軍服に身を包んでいる。事実を知る者は少ないが、連邦の象徴とも言えるMS、ガンダムタイプのMSのパイロットでもあった男だ。
 男の名はコウ・ウラキ。デラーズ抗争の時、戦場の真っ只中で戦っていた兵士である。命を賭けて戦ったはずなのに、上層部の裏切りに合って戦犯扱いにされてしまう。そのせいで二年の懲役を受けていたのだが、彼が搭乗していたガンダムの開発計画が抹消となり、それに合わせて彼の罪もなかったことにされた。
 予定より早く出所できたコウであったが、MSパイロットとして復帰することは難しかった。出てから一年は休養し、次の一年で他にすることもないので軍に復帰。その実力を買われて教官のようなことをしたこともある。
 彼には同じ戦場を駆け抜けた恋人ニナ・パープルトンがいたが、彼女は元々働いていたアナハイム社に戻り、忙しいようで中々会えないでいた。彼にとって退屈な日々が続く。親友のチャック・キースとも会うことが出来ず、彼は孤独であった。
 そんな彼は全ての始まりの場所とも言える、トリントン基地に戻ってきた。上からの突然な命令で、懐かしい仲間と共に宇宙に上がることになったのだ。
「戻って、来たんだな」
 良い思い出も嫌な思い出も頭の中に蘇る。ニナとの出会い、憧れのガンダムとの出会い、自分の教官であり、仲間であったサウス・バニング大尉の死、搭乗していた戦艦アルビオンの艦長エイパー・シナプス大佐の死。何より忘れられないのがソロモンの悪夢と呼ばれ、恐れられたアナベル・ガトーとの死闘。僅かな間に、多くの出来事を経験した。それが全て、蘇ってくる。
 しばらく突っ立って基地を見回していると、視線の奥の方から一台のエレカが近づいてくるのが見えた。目を凝らしてみると、立ち上がって手を振っている丸眼鏡をかけた男が見えた。彼の親友、キースであった。
 エレカは金網を挟んでコウの前まで来ると止まり、助手席に座っていたキースが笑顔で飛び出す。
「コウ! 久しぶりじゃないか、この!」
 半ば涙目になりながらキースは金網にしがみつく。コウも久しぶりの再会に喜びが抑えきれず、持っていた荷物を落として同じように金網にしがみついた。
「キース、元気そうだな。ちゃんとやってるのか?」
「あったりまえだろ。俺はもう、あの時の俺じゃないんだぜ?」
 二人とも笑いながら半分泣いて、その場で三分ほど会話に花を咲かせた。それを打ち破ったのは、エレカの運転席に居た男だ。
「キース少尉、ウラキ中尉、早く行かないとモンシア大尉が怒りますよ?」
 その一言に二人とも体を震わせた。デラーズの反乱時に一緒になった仲間の一人、ベルナルド・モンシアは二人が苦手にするところだった。嫌いではないのだが、少々付き合いにくいところがある。
 怒らせると何をされるか分からないのでコウは荷物を拾い上げ、門から中に入ってエレカに乗った。二人を乗せたエレカは基地内を猛然と走りぬけ、あっと言う間にモンシアが待つ建物の前に着く。
「ありがとう、無茶をさせてしまって」
「いえ、お二人が遅れると、迎えに出た私も怒られてしまうので。それでは」
 コウが運転手に礼を言うと、運転手は笑いながら頭を下げて走り去った。それを見送ったコウは自動ドアの前で手招きするキースの後に続いて建物の中に入る。
 建物の一階にある部屋の前まで行くと、二人は身だしなみを整えた。幾ら元同じ部隊の仲間とはいえ、上官は上官だ。最低限の礼節は守らなければならない――モンシアが気にするかは別の話だが。
 一呼吸置いてからキースがノックをし、挨拶をして扉を開く。
「チャック・キース少尉、コウ・ウラキ中尉を連れて参りました。失礼します」
 そういって中に入ると、明らかに苛立っている様子の茶色のリーゼントのような髪型をした男が二人の目に飛び込んだ。
 モンシアは自慢の茶色い口ひげをぴくぴくさせながら椅子を倒す勢いで立ち上がり、怒鳴り声をあげる。
「おせぇぞお前らぁ! 俺がどんだけ待ったと思ってんだ、このやろう!」
 まずキースの首に腕を回すと一気に締め上げる。キースは顔を真っ赤にしながらモンシアの腕を叩いてギブアップ、ギブアップと苦しそうに繰り返した。
 ようやくモンシアが離したころにはキースは気絶寸前だった。キースが息を整えている間に、モンシアはコウの顔に自分の独特な顔を突きつけて、怒っているようで恥ずかしそうな様子で言った。
「久しぶりだな、ウラキ。腕は鈍ってないだろうな? 俺はまだ、お前を認めちゃいねえんだぞ?」
 相変わらずの言い方にコウは懐かしさを感じ、また嬉しく思った。
「もちろんです、大尉。日々の訓練は怠っていません」
「ようし。後で勝負しろ。今度こそガンダムの座は俺が貰うぜ?」
 当たり前のように言ったモンシアの言葉にコウは疑問を感じた。
「あの、大尉。ガンダムの座というのは……?」
「モンシア大尉、コウはまだここに来た理由を知らないんですよ」
 一人唖然としているコウを生き返ったキースがフォローする。するとモンシアも忘れていたことを思い出し、倒れた椅子を直すと座って途端に真面目な顔になった。
 モンシアの以前は感じなかった空気に触れてコウは背筋を伸ばし、次の言葉を待った。
「ウラキ、お前がここに呼ばれたのは理由がある。お前は、連邦が新たに開発したガンダムタイプのMS、<ガンダムmk−V>のパイロットを務めてもらう。その為に、お前はここに来たんだ」
 コウの手から荷物が落ちる。目を見開き、口を半開きにして、視線を泳がす。呆気に取られて、体が固まってしまったのだろうか、数十秒そのまま立ち尽くした。
 あまりにも動揺しているようなので、キースが声をかける。
「そんなに動揺することないだろ? なんたってお前は元ガンダムパイロットなんだぜ。その腕を買われたってことだよ」
「その通りだ。本当なら俺が乗ってやりたいんだがな、命令じゃ仕方あるまい。嬉しくないのか?」
 キースの声も、モンシアの声もコウにはあまり届いていなかった。
 コウにとってガンダムは、忌まわしい存在になっていた。ガトーとの戦いは生き残ったとはいえ、自分の負けに等しい。コロニー落下を食い止めることも出来ず、自分の無力さを知るだけに終わった。憧れの対象であったガンダムは、憎しみというほどではないが嫌悪の対象に成り下がっていた。見ると、自分の無力さを思い出させられる。それがコウにとっては辛かった。
「い、いえ、光栄です。また、ガンダムのパイロットになれるのですから」
 気持ちとは裏腹の言葉を口にして、ようやくコウは動揺を押さえ込んだ。
 キースもモンシアもコウは久しぶりのガンダムだから驚いているのだと勘違いしている。だからコウの反応を怪しむようなことはない。
「ま、いい。ここにはガンダムも俺らが乗る艦もない。今から打ち上げ基地に向かう。出発まで一時間はある。それまで休んでおけ、ウラキ」
 多少大人になった口ぶりでモンシアは言うと立ち上がって、コウの肩を叩いて部屋から出ようとする。
 ドアノブを握ったところで足を止め、振り返ってキースに声をかけた。
「キース、ウラキを案内してやれ。ここに来たのも久しぶりだろうからな。出発時刻には遅れるなよ」
 キースの返事を待たずにモンシアは出て行く。
「んじゃ、とりあえず休憩室にでも行こうか、コウ」
「あ、ああ……」
 まだ釈然としないコウは生返事を返し、キースの後に続いて部屋を出た。
 この一時間後、コウらは打ち上げ基地に向かい、さらにその二時間後、宇宙に上がった。



――3――
 アクシズから一隻の巡洋艦が出港した。それを見送る者は、一人しかいない。
 ザンジバル級巡洋艦<サイネリア>は名前の示す意味――サイネリアは花の名前で、花言葉は<元気>――とは正反対の古びた艦だ。色々損傷して放置されていた艦で、無理やり修理してどうにか動いている。艦の出力で言えば、同型の艦と比べると三十パーセントも下回る。
 そんな艦に不似合いな<元気>と名づけたのは艦長でありMSパイロットでもあるカーラだ。彼女が尊敬するシーマもザンジバル級に搭乗しており、性能はともかく非常に気に入っていたのだ。それでいつまでも動けるように、と<サイネリア>と名づけたと言われている。
 その<サイネリア>の隊長室にMSパイロットであるカリウス大尉と、ブリッジ要員であり副官であるディアが呼ばれた。もちろん呼んだのはカーラだ。
 カリウスは灰色の髪を中央で左右に分けていて、いつも生真面目な表情を浮かべている。実年齢は三十前後なのだが、その険しい表情と髪の色から上に見られることもあれば、逞しい体から若く見られることもある。
 何よりカリウスに集まる視線の理由は彼がカーラの元にいることだ。カリウスはシーマを毛嫌いしていたアナベル・ガトーの元部下である。ガトーの命で生き残った部下を引き連れてアクシズに来た。その途中で、シーマ艦隊の者と知らずカーラと他二名を拾ったのだ。
 上官が嫌いな相手は大抵部下も嫌いとする。カリウスもそれに倣ったわけではないが、シーマが好きではなかった。もちろん、その部下も。しかし、アクシズでカーラと話をし、マディング大佐からシーマ艦隊の事を聞かされると、その思いは変わった。そして自ら彼女らを知るために、彼女の部下に志願した。
 初めこそ馴染めなかったが、今ではすっかり頼れる人物となっている。だからこそ、こうして隊長室に呼ばれているのだ。
「悪いね、カリウス大尉。あんたまで巻き込んでしまって」
 三人が揃ってからの一声がこの一言だった。カリウスは表情を変えずに、頭を左右に振る。
「私は望んで少佐の部下になったのです。私はもう、ガトー少佐の部下ではありません。貴方たちに対する考えも変わっています。気にしないでください」
 カーラの思っていた通りの真面目な返答だった。カーラは微笑みながら頷く。
「それじゃぁ、早速今後のことを話しましょう。まず、私はヘアレスで出撃する。艦のことは、中尉に任せる。カリウス大尉にもあの二人を連れて、ガザCのテストを兼ねて出てもらう」
「え、ちょ、ちょっと少佐! 私はあくまで副官であって、艦の指揮を執るなんて」
 平然と喋るカーラに弱腰のディアが文句を言う。
「そんな弱気じゃ困るわ。私は、シーマ様の艦隊のようにしたいの。強気でいて欲しいものね、中尉? 大丈夫よ、艦を戦わせるようなことはさせないわ。こんなボロ艦で戦えって方が無理な話。通信をしたり、退く時の指示を出すくらいよ。出来るわね?」
 顔は笑っているが、カーラの言葉には棘があった。ディアはそれ以上反論できず、肩身を狭くして一歩引く。
「とりあえず一時間後にヘアレス、ガザC各機のテストをするから、準備するように整備班に伝えておいて、中尉。カリウス大尉は残りの二人に説明をお願い」
 カリウスは憮然とした態度で頷く、ディアは弱弱しく頷いた。
「それと、これだけは覚えておいて。もし、敵にガンダムタイプが居たら手出しは無用よ。私が倒す」
 今まで以上に厳しく、鋭い声で言い放った。二十四歳の女性が出す雰囲気ではない。
 ディアは口を開いて反論しようとしたが、言葉が出なかった。代わりにカリウスが発言する。
「しかし少佐、相手がガンダムタイプなら全機でかかった方が得策だと思いますが?」
 カリウスはカーラがなぜ一対一でガンダムと戦おうとしているのか知っていた。だからこそ、止めたいのだ。
「大尉の言う通りだけど、それを聞き入れるつもりはない。なぜだか、二人とも分かっているでしょう? ガンダムだけは、私の手で倒す」
 カーラの強い意志を感じ、カリウスもそれ以上言おうとはしなかった。言ったとしても無駄であると知れている。
 二人は形だけの敬礼をして隊長室を出て行く。カーラは一息ついて、引き出しから一人の女性と大勢のむさ苦しい男が写った写真を取り出した。
「シーマ様、貴方と皆の仇は私が取ってみせます。ガンダムタイプに遭えるとは思えませんが、一隻でも多くの艦を、一機でも多くのMSを沈めてみせます」
 決意を写真の中にしか存在しない仲間たちに打ち明け、カーラも隊長室を出、格納庫に向かった。

 ヘアレスの胸の中でカーラは歌を歌っていた。彼女が得意の歌を披露するのは決まってヘアレスの胸の中だ。
 まだ完成していない歌を歌いながらシステムを起動させ、機体のチェックを進める。サブモニターに映っている機体のシルエットは一面緑色。各部正常を示している。
 一通りの事を終えて、手を止める。歌も一旦やめて、深く息を吸う。ヘアレスを宇宙に出すのは、これが初めてだった。それが多少心配というのもあったが、彼女が普段見せない緊張の色を出しているのは、乗っている機体のせいである。
 ガーベラ・ヘアレスはシーマ・ガラハウが搭乗していたガーベラ・テトラをモデルに作られている。彼女の要望とその性能の高さが評価されて造られたMSだ。正式な後継機ではないが、特に気にせずガーベラの名を継いでいる。ヘアレス、というのはカーラが名付け親で、<後継者>という意味がある。ヘアレスがテトラの、自分がシーマの後継者であるという意味だ。
 しばらく目を閉じて精神集中を行っていると、サブモニターの一つに見慣れた青年仕官が映った。
『アディリス隊長、時間です』
「了解。ガザC各機、準備はいい?」
『もちろんでさあ、カーラ様』
『ばっちりですぜ、カーラの姉御』
 上官に対する口調とは思えない――それ以前に軍人とは思えぬ野太い声が二つ、ヘアレスのコックピットに入り込む。
 残っているサブモニターにどちらも古臭い海賊のような強面の男が映った。カーラを様付けで呼んでいる方は禿頭の男で、カーラと共に拾われたシーマ艦隊の生き残り、アーバン・ノッド少尉。姉御と呼んでいる方は口の周りがヒゲで覆われている大男で、同じくシーマ艦隊の生き残り、ネスバーグ・マクエル少尉。二人とも、シーマと同じようにカーラのことを慕っている。
「様でも姉御でもない、少佐か隊長と呼べと言っているでしょ?」
『へへへ、すいません。それがまたシーマ様みたいでさあ』
『俺たちゃにゃ階級なんて意味がねえ。必要なのは信頼ですぜ、姉御』
『すいません、少佐。何度言っても聞かないもので』
 下品な笑い声を上げている二人の間に割り込んで、カリウスが入ってきた。これはもう、毎度のことである意味では恒例行事だ。
 何よりカーラはこのやり取りが好きだった。シーマがやっていたやり取りと同じ。アーバンもシーマみたいと言っている。それがカーラには嬉しくて仕方がない。
「まあいい。さ、そろそろ行くわよ」
 へい、と威勢の良い言葉を最後に声が途切れ、サブモニターから各々の姿が消える。最後まで残っていたのがディアだ。
『全く、下品な連中ですね』
「本人の前で言ってみる?」
 ディアの小言にカーラが素早く反応する。お決まりの意地の悪い笑顔付きだ。
 本人の前で言ったら、病院送りになるのは間違いないので、ディアは大人しく引き下がる。
「もう出るわ。ハッチ開いて」
『了解。お気をつけて』
「気をつけることなんて起きないわよ。カーラ・アディリス、ヘアレス、出る!」
 笑みを残してカーラはヘアレスと共に宇宙に飛び出した。
 今暗黒の世界に一輪の赤い花が咲く。

 宇宙に飛び出したヘアレスは体の調子を確かめるように右に左に、上に下に、縦横無尽に飛び回る。その手には念のためにとビームマシンガンが握られている。
「中々良い感じね。この運動性、機動性はさすがだわ」
 感嘆の思いを込めながらカーラはヘアレスを加速させる。背中に取り付けられた大型ブースターが唸りを上げると、機体は一気の加速し、後方のガザCと<サイネリア>を引き離していく。
 そのまま突っ走るとかと思うと、両肩のバーニアを巧みに使って急上昇し、反転すると後を追ってきたガザC三機の上を通り過ぎる。
『は、はえぇ……』
『このガザCってやつだって、たいしたもんだぜ? なのに、ありゃ反則だな』
 アーバンとネスバーグはモニター越しに顔を見合わせ、ヘアレスの行き過ぎたようにも思える性能に驚嘆した。彼らが乗るガザCもMA形態への変形機構を有し、今までのジオン製MSの中ではトップの機動性、運動性を誇る機体だ。
 二人と違ってカリウスは黙って驚いていた。彼が一つ心配に思うのは、あれだけの加速力を生み出すということは、それだけの加速Gがカーラにかかるのだ。その負担は激しく、戦闘中では厳しいリスクとなる。
 そんなカリウスの心配など知る由もなく、カーラは加速Gに顔を引き攣らせながらも無邪気な子供のような表情でヘアレスを操った。加速しては上昇し、急降下、続いて反転、加速してまた上昇する。かなり無理な動きを繰り返し繰り返し挑戦している。
 カーラとヘアレスの類稀なる能力に触発されたのか、荒くれ者の血が滾ったのか、またはその両者か、アーバンとネスバーグは何も言わず同じ行動に走った。
 ガザCをMS形態からMA形態に移行させ、そのままヘアレスを後を追って加速する。
『お前達、無理をするな!』
『このまま退いたら、男じゃねえ』
『その通りだぜ』
 カリウスの檄を弾き返して、二人は徐々に加速してヘアレスの横につける。
「へえ、あんた達やるじゃない。私とヘアレスに、ついてこれるかしら?」
 もはや大の大人であり、軍人である三人は子供であった。ただ誰が一番凄いのか、それだけが彼女らの関心だ。
 まずヘアレスが速度を緩めもせず無理な上昇を始める。二人の男もそれに喰らいついて上昇した。それを見たカーラはヘアレスをバレルロールの如く回転させる。もちろん、二人はそれに倣う。
 中々退き離れないガザCと二人に敬意を表したカーラは、危険を省みずヘアレスを最大加速させる。それは発射される弾丸の様であった。一瞬にしてガザCとの距離が広がり、ヘアレスは巨大な弾丸となって宙を貫く。
 ガザCも最大まで加速するが距離は縮まらず、パイロットの根性が先に尽きてしまった。二機のガザCは加速をやめ、ゆるやかにただ流れ出す。
『はあはあ……桁がちげえ』
『全くだ。あんなの、連邦のガンダムでもなきゃ敵いっこないぜ』
 アーバンもネスバーグも息絶え絶えで満足気な下品な顔を見合わせた。
「何言ってんのよ。あんた達も相当の根性の持ち主よ。さすが、シーマ様の部下だわ」
 いつのまにか戻ってきたヘアレスから二機に通信が入り、息が乱れているままのカーラがサブモニターに映った。
 三人はある種三人にしか分からない思いを共有し、笑い声を上げた。傍から見たらおかしな人たちでしかない。
 そこへ常識人のカリウスが割ってはいる。
『少佐も、二人も無茶をしないでください。大分艦から離れています。これ以上進むと、戻れなくなります』
「それもそうね」
 息を整え、冷静さを取り戻したカーラは帰還命令を出そうとした。その時、視界に入ったレーダーにほんの一瞬、反応があったことに気づく。
「敵がいるわ。八時の方角、一瞬だけしか反応しなかったけど、確実にいる」
『ならやりましょうぜ、カーラの姉御』
『やらなきゃシーマ様が泣くでさあ』
『馬鹿を言うな! これ以上行ったら戻れなくなると言っているだろ!』
 二対一で男たちが言い争っている間に、カーラはあっさり決断を下した。
「あんた達は<サイネリア>に戻りなさい。それで<サイネリア>を連れてきてちょうだい。そうすれば帰れるでしょう?」
『姉御! 俺たちも連れて行ってくだせえ!』
『そうでさあ! 俺たちゃいつだって、カーラ様についていきます!』
「これは命令よ、二人とも。万が一離れすぎても、ヘアレスなら帰還できる可能性があるわ。ガザCじゃそれが無理なの。それともあんた達は、これがシーマ様の命令でも背く?」
 シーマの名前を出されると二人は叱られた子供のように萎縮する。まだ文句があるようだが、モニター越しに伝わるカーラの気配に圧されて、あっさり黙ってしまった。
 カリウスは元々反論する気がなかった。正確に言えば、それが無駄だとモニター越しだろうと、鉄板越しだろうと肌で感じられるからだ。
「そういうことでカリウス大尉、二人をお願いね。じゃぁ、行ってくるわ」
『ご武運を』
 敬礼を添えて一言言うと、カリウスはヘアレスに背を向けて二機のガザCを連れて<サイネリア>へ向かった。
「さあ、見せてやるわ。<後継者>の実力を、ね」
 唇を一回舐めて、狂気じみた笑みを引き金にヘアレスをまだ見えぬ敵へと走らせる。

 ヘアレスのモノアイに連邦のサラミス級の巡洋艦が二隻見えたのは僅か数十秒後のことだった。
 ヘアレスの存在に気づいたのか、二隻の巡洋艦から計六機のジムUが次々と飛び出してくる。だが、それはあまりにも遅く、鈍い反応である。
 初めに飛び出した二機がビームライフルを乱射しながらヘアレスに近づいてくる。カーラは物怖じすることなく、ヘアレスを高速で移動させて閃光を避けながら距離を一瞬にして詰めた。
 先行していたジムUの前に機体を寄せると、左腕に内臓された機関砲をコックピットに突きつけ、容赦なく撃った。爆発する前にはヘアレスは次のジムUの前に移動していた。ヘアレスの動きに付いていけず、前の機と同じ運命を辿る。
 いとも簡単に二機のジムUが撃破されて焦ったのか、残りの四機が猛烈な攻撃をしかけてきた。連続で襲い来る光を容易く回避しながら、ヘアレスはジムUの中に突っ込んでいく。
 右手に持ったビームマシンガンを構え、高速移動でビームを避けながら反撃に出た。今の時代に動くMSが所有する武器で、ビームを連射できる武器はこれしかないだろう。最新の冷却システムの技が為せる、優れた兵器だ。一発一発の出力は低いが、手数でヘアレスは持ち前の火力不足を補っている。
 ヘアレスの右手から放たれた無数の光弾はヘアレスに比べれば遥かに鈍いジムUを撃ち抜いていく。機体の性能さもあるが、パイロットの腕の差も大きい。幾ら性能で勝っているとはいえ相手は元々六機だ。その状況下で物怖じせず、大胆にも加速し続け、尚且つ的確な攻撃を繰り出すカーラの腕前は流石と言えるだろう。
 ビームの連射によって新たに二機が撃破され、残りは二機となった。勝ち目がないと悟ったのか、ジムUは攻撃を繰り返しながらも後退していく。その背後にいるサラミス級も逃げようとしているのが分かる。
「一機も逃がしはしない」
 容赦のない一言を放ち、ヘアレスをさらに加速させる。最大限まで加速したヘアレスの速度についてこれるのは、ガンダムタイプのMSくらいのものだろう。あっと言う間にジムUを通り抜け、近い方のサラミス級に肉薄する。
 ミサイルや機関砲の弾幕が貼られるが無意味だった。ミサイルは避けられるか打ち落とされ、機関砲は影を捉えることも叶わない。
 サラミス級の艦長が退避を言い放った時にはもう襲い。ビームマシンガンの銃口がブリッジに突きつけられ、艦長らは名誉とは程遠い戦死を受け取った。
 カーラは手を休めることなく、次のサラミス級に向かった。今の間にそれなりに距離が離れているが、ヘアレスの加速力の前には無駄な距離だ。強烈な加速Gを物ともせず、ヘアレスは暗闇の世界を突き進む。
 背後からジムUが母艦を救おうと試みるが、間に合う距離ではない。二機のジムUの目の前で、残ったサラミス級も破壊された。
 帰る場所を失くした二機のジムUはせめて一打でも、という気持ちがあったのかがむしゃらにヘアレスに向かっていく。
 怒りに任せて撃ったビームなどがカーラを、ヘアレスを捉えられるはずもなく、一発たりとも当たることはなかった。最後の二機に引導を渡してあげようと、ビームマシンガンの照準を二機に定め、引き金を引く。
 しかしビームが撃ち出されることはなかった。マシンガンというだけあってビームを連射する。それだけ消費も早く、まだ完全とは言い難いビームマシンガンは数分の間に弾切れになっていた。
 それでも戦う手段は他にもある。空いた左手で右の腰に備え付けられているビームサーベルを引き抜くと、光の刃を伸ばしジムUに向かう。
 相手も斬り合いを望んでいるようで、ライフルを捨ててサーベルを引き抜いた。だが如何せん行動が遅い、二機がさあ斬り合おうと思った頃にはヘアレスの一刀で胴を斬られていた。二機はまともに斬り合う前に、鉄くずと化した。
 鬼神の如き、とでも言うべき強さである。機体性能の差があったとはいえ、六倍の敵と二隻の巡洋艦を十分もしない間に全て一機で撃破してしまった。生き残りがいれば、この恐怖を伝えることが出来ただろう――誰が見ても、生き残りがいるという希望は抱けない惨状であるが。
「この程度の奴らにシーマ様やみんなが殺されたんじゃない。もっと、もっと強い相手じゃなきゃ、意味がないわ」
 さすがに楽勝というわけでもないらしい。カーラの体は度重なる加速Gで確実にダメージを負っている。独り言を言うにも、息が切れ切れでやっとのことであった。
 どうにか荒れる呼吸を整えていると、そこへ<サイネリア>の古ぼけた艦体が姿を見せた。

 ヘアレスが格納庫に入っている間に、ディアは早歩きで格納庫に向かっていた。
「全く無茶苦茶な人だ! もしこっちが見失ったら帰還できなくなるっていうのに!」
 いつもは温和、というか周りが濃いので静かになりがちなディアは怒鳴り声をあげながら移動していた。そのため、他のクルーは呆気に取られてディアを視線で追う。
「あの二人は戻ってきたかと思ったら暴れだすし、カリウス大尉は止めてもくれないし。たまには副官らしいことが出来ると思ったのに」
 あの二人とはアーバンとネスバーグのことだ。性格の違いから食い違うことは多いが、決して仲が悪いわけではない。ただ、どうしても折り合いが悪いことはある。
 アーバンとネスバーグは戻ってくる最中こそ大人しかったが、戻ってくるなり置いていかれたことに腹を立てて、八つ当たりで整備士を殴り倒してしまった。また整備士は整備士で隊の雰囲気のせいか気性が激しく、殴り返してしまった。気づけば二対整備士数人という大勢の喧嘩になっていた。
 その場にいたカリウスは一応止めようとしたが、それが無駄なことも重々承知ですぐに放置して傍から静観していた。ここは副官として止めなくては、とディアが勇ましく向かおうとしているところでカーラを発見したのである。
 顔を真っ赤にして格納庫に入ると、既にヘアレスの整備が始まっていた。頬を腫らしたり、唇が切れていたりする整備士たちが忙しく走り回っている。
 ヘアレスのコックピットに目を向けると、丁度カーラが出てくるところだった。ディアは手すりから身を乗り出して手すりを蹴ってカーラの元へ向かった。無重力というのは慣れるまでが大変だが、慣れると案外便利なものである。特に宙を簡単に移動できるのは無重力の良い点の一つだろう。
 怒った様子で近づいてくるディアに気づいたカーラは脱いだヘルメットを脇に抱えて、床を足につけ、ディアが来るのを待った。
「お迎えご苦労様、中尉」
 満面の笑顔で出迎えれば、ディアは大抵頬を紅潮させて恥ずかしそうにする、とカーラは今までの経験から分かっていた。
 だがいつも早々カーラの笑顔に見惚れるディアでもなく、少し嬉しそうにしながらもやはり顔は怒った形相を崩さない。
「隊長、幾らなんでも無茶し過ぎです」
 いつになく堂々とした態度にカーラは少し心が動いた。今までとは違う一面を見ると、人はそうなるものだ。
「いいじゃない、無事帰ってきたんだから。ジムU六機にサラミス級二隻、たいしたものでしょう?」
 カーラは着替えをするために更衣室目指して歩き始めた。話を説教から遠ざけようと自分の功績を自慢してみせる。
「映像で見ましたよ、ジムUの残骸。さすがですね。ヘアレスの調子はどうですか?」
 カーラの思惑通りディアは話を説教から変更させた。心内でしめしめと思いながら、話を続ける。
「最高の出来よ。ビームマシンガンの方は完全じゃないようだけど、十分な威力がある。火力不足は手数で補えば大丈夫だし。私の思い通りの機体になっているわ」
「それは良かったですね。武装のほうは、後で補給があるそうですが……あてになりますかね」
「ま、過度な期待はしないようにしましょう。で、いつまでついてくるつもり?」
 格納庫を出てすぐのところに更衣室はあった。カーラはその前まで話を伸ばして、逃れる算段であり、見事に成功した。
 これ以上ついていけば、ディアは堂々とした変態となってしまう。お決まりの反応で頬を赤くして焦り出す。
「し、失礼しました!」
「じゃぁ、また後で」
 そう言い残してカーラは更衣室の中に消えた。それか十秒ほど過ぎて、ディアは話をはぐらかされたことに気づく。
「あっ……怒るつもりだったのにな。……仕方がない、ブリッジに戻ろう」
 やるせない思いを胸に、ディアは寂しさを背にブリッジに戻っていった。



――4――
 コウ・ウラキは宇宙に上がるとすぐにモンシア、キースらと共にサラミス改級巡洋艦<クフェア>に搭乗することになった。<クフェア>には既に<ガンダムmk−V>や<ジム・クゥエル>が搬入されている。
 艦に乗り込み、艦長に挨拶をするとモンシアの提案により、無理やりコウとキースは格納庫に連れて行かれた。格納庫に入るとすぐに、灰色のガンダムタイプのMSが目に入った。
「<ガンダムmk−V>、あれがお前の乗る機体だ。全く羨ましい奴だぜ。俺とキースはあっちの<ジム・クゥエル>って奴だ」
 モンシアが歩きながら指差した方向には紫色をしたMSが六機立っている。
「見た目はジム・カスタムと然程変わりませんね、大尉」
「ああ、そうだな。中身もそう違わねえらしい」
 キースが口にした<ジム・カスタム>はモンシアが以前搭乗していた機体の名前だ。ジム・カスタムのデータを基にしているので似ているのは当然だ。
 コウは押し黙って視線をガンダムmk−Vに釘付けにしている。初めてガンダムタイプを見た時の憧れや、嬉しさといった感情は込められていない。代わりに込められているのは悔しさや悲しさである。
 三人がガンダムmk−Vの近くまで歩いていくと、大柄な女性が声をあげながら近づいてきた。
「キースじゃないか! それにモンシア大尉に、コウ、あんたもいるのかい」
「モーラ! 君もこの艦に配属されたの?」
 大柄な女性モーラ・バシットは昔のコウたちの仲間である腕の良いメカニックだ。今ではキースの恋人でもある。
 キースは偶然を喜び恥ずかしげもなくモーラに抱きついた。その姿は恋人同士というよりも、親子に近いものがある。それをモンシアは下品な声で笑い飛ばした。
「なんだよ、そりゃあ。まるで親子じゃねえか。ママ、ママってか? 恥ずかしいねえ」
「何か文句あるのかい?」
 モーラが睨みを利かせながら言い放つと、モンシアは言葉を飲み込んで視線を逸らした。彼にとってモーラは天敵に近い。
 恥ずかしそうにモーラから離れたキースを押しやって、モンシアの前に立ち、凄みのある顔で迫る。
「文句があるなら言ってみなよ?」
 彼女は階級を気にする方ではない。相手がモンシアであるなら尚更階級など意味を持たない。
 モンシアは上の者としても、男としても立つ瀬がなく、縮こまりながら呟く。
「べ、別に文句なんかねえよ」
 すると逃げ出すように早足でジム・クゥエルの方に向かっていってしまった。モーラは腰に手をやり、得意気な顔でキースにウインクする。これはいじめっ子を叱る母親を連想させる。
 どこか懐かしいやり取りを見て、コウは一息ついた。ガンダムを見て渦巻いていたもやもやが吹き飛んだような気がして、顔が自然と明るくなった。
「久しぶりだね、コウ」
「ああ。キースとは仲よくやってるの?」
「まあ、ね。少し頼りないけど、良い男だよ。あんたこそ、ニナとはどうなの?」
 ニナの一言でコウの表情は暗くなった。分かりやすい男だね、とモーラはひっそりと呟いた。
「最近忙しいみたいで、連絡が取れないんだ」
 口から出る言葉にも哀愁が漂う。キースとモーラは顔を見合わせ、どうしようもないな、という表情を作る。
「まっ、宇宙に上がって来たんだ。月にでも行けばいつでも会える。そう落ち込むんじゃないよ」
 モーラは笑顔を見せながらコウの肩を豪快に叩いた。
「そうだよ、コウ。この任務が終われば、いつだって月に行けるさ。だから元気だせよ」
 キースも同じように肩を叩く。コウは二人の優しさに久しぶりに触れて嬉しく思った。尽きかけていた元気が体に蘇る。
 それから十分ほど懐かしい話や、新鮮な話に会話を弾ませる。整備は順調なようで、モーラが喋っていても誰一人文句を言う者はいない。
 会話が落ち着いてきた頃、機を見計らっていたのかモンシアが元気を取り戻した様子で戻ってきた。
「二人ともそろそろ出港の時間だ。持ち場に戻るぞ」
 モーラと目を合わせないようにしてそそくさと格納庫から出て行こうとする。
 コウとキースはモーラに別れを告げて、先を歩くモンシアを追った。
「大尉、あんまり二人をいじめるんじゃないよ!」
「うるせい!」
 モーラの言葉を耳にするやいなや、振り返ると顔を真っ赤にして怒鳴り、格納庫から出て行った。
 その後に二人が続く。その姿を見て、モーラも懐かしさを感じずにはいられなかった。
「ニナ、あんたもいればねえ」
 ぽつりと零れた言葉はそのまま音もなく消えた。

「全く、どうもあの大女だけは苦手だ。よくあんなのと付き合えるな、お前は」
 まだ顔が赤いままのモンシアがキースに向けて言う。キースはへへへ、と照れる。
「あれでも優しいところがあるんですよ。大尉には分からないでしょうけど」
「へっ、分かりたくもねえよ。あ、そうだ、ウラキ」
 唾を吐くように言葉を吐き出すと、素早く振り向いて二人の会話に耳を傾けていたコウを指差した。
「艦長からは許可を貰っている。出港して三十分くらい経ったら模擬戦だ。ガンダムmk−Vの慣らしを兼ねて、前の借りを返してやるぜ」
「了解しました。よろしくお願いします」
 モンシアは以前、GP01というガンダムタイプのパイロットの座を賭けてコウと模擬戦を行なったことがある。コウはGP01、モンシアはジム・カスタムと機体の性能さこそあったが、腕前や経験ではモンシアの方が上であった。結果はモンシアの負け。その時のことを彼は今だ根に持っている。
 コウは威勢良く返事を返した。新米だった彼はもうおらず、その堂々たる自信溢れる返事にモンシアはむっとなった。
 それを察したキースが二人の間に割り込み、先を急がせる。
「もう出港の時間ですから早く行きましょう、大尉」
「そうだな。行くとしよう。ウラキ、前のようにはならねえぞ?」
「負けないように頑張ります、大尉」
 コウの冗談めいた返事にモンシアはよりむっとなるが昇進したこともあり、少しは大人になって気持ちを抑え、持ち場に向かった。
 三人が定位置につくと<クフェル>は出港した。
 出港してから三十五分後、モンシアの宣言通りに模擬戦が行なわれることになった。
 モンシアは一足先にジム・クゥエルに乗って宇宙に飛び出している。コウは初めての機体、新品の機体ということもあって何度もチェックを行なって、時間がかかっていた。
 久しぶり戦闘を行なう。そう思うと体の奥が熱くなっていくのをコウは感じていた。全てのチェックを終え、目を閉じて深呼吸をし、出撃の合図を待つ。
『ウラキ中尉、ガンダムmk−V、どうぞ』
 オペレーターの声がコックピットに入る。
 目を開き、コウは一人のパイロットとして蘇った。
「コウ・ウラキ、ガンダムmk−V、出ます!」
 カタパルトによって灰色のガンダムは暗黒の世界に撃ち出された。

 宇宙に出ると、それを懐かしむ間もなく、先に出て待っていたモンシアから通信が入る。
『おせえぞ、ウラキィ! 早速始めるぞ、いいな?』
「いつでもどうぞ!」
『今度は負けねえぞ。んじゃ、スタートだっ』
 モンシアは合図を言うと同時にガンダムmk−Vから離れる。彼の性格なら突っ込んでくるだろう、と考えていたコウは驚きさえ感じた。
 コウは機体の調子を確かめるようにゆっくりと始動する。モンシア機は距離を置いて見ているだけで攻撃してこない。
「誘っているなら、乗るしかない」
 フットペダルを押し込む。背中のバーニアが点火し、灰色の巨体をジム・クゥエル向けて動かす。まずは小手調べ、とばかりに右手のペイント弾が入ったライフルを放つ。
 モンシアは性格こそ軽いお調子者であるが、腕は悪くない。無造作に放たれたペイント弾に当たるようなヘマはせず、次々と弾丸を避けながら尚ガンダムmk−Vと距離を置く。
 コウはモンシアが自分を試している、ということに気がつく。確かにデラーズ紛争の時はガンダムのパイロットとして活躍して見せたが、実戦を離れていたことで腕が鈍っている可能性がある。モンシアは鈍った相手に勝っても嬉しくないのだろう。コウに勘を取り戻させようとしていた。
「でも大丈夫です、大尉。訓練だけは欠かしませんでしたから!」
 先にいるモンシアに向けて言い放つと、さらにガンダムmk−Vを加速させ、一気に間合いを詰め、今度は出来るだけ狙ってライフルを撃つ。
「へっ、さすがに良い腕してやがる。鈍ってないようで、嬉しいぜ」
 一瞬前とは違う研ぎ澄まされた動きにコウの腕の程を改めて知り、モンシアは嬉々とした表情を浮かべ、これを迎え撃つ。
 機体性能ではガンダムmk−Vの方が上であるが、ジム・クゥエルにはシールドがあった。シールドを機体の前に出し、ペイント弾を受け止めながら反撃に移る。コウも焦ることなく一つ一つ弾を避ける。
 両者一歩も退かぬ攻防を繰り返す。それでも少しモンシアが不利になりはじめた。ガンダムmk−Vは一発掠っただけだが、ジム・クゥエルは所々赤い色がついている。どれも決定打ではないが、押され始めている。シールドもペイント弾を受けすぎ、破壊と見なされて使用不可能になっていた。
 焦り始めたモンシアは賭けに出た。反撃をやめて、ただ攻撃を避けながらガンダムmk−Vに接近していく。
 モンシアの意図に気づいたコウは同じように攻撃をやめて、ジム・クゥエルに接近した。最初に動きを見せたモンシアが先制攻撃を仕掛ける。
 ジム・クゥエルは素早くバックパックからビームサーベルを引き抜き、そのまま振り下ろす。出力が調整されているので、余程のことがない限り相手を撃破することはない。
 モンシアの行動も早かったが、コウの反応は尚早い。同じように左手でサーベルを抜くと受け止め、右手のライフルをコックピットに突きつける。
 終わりか、と思われたがモンシアも馬鹿ではない。受け止められると同時に急上昇すると、右手のライフルをガンダムmk−Vに向けて放つ。
 さすがに避けきれずガンダムmk−Vは腕に被弾するが、それだけであった。ガンダムmk−Vの加速力が相手を勝り、ジム・クゥエルが動き出すまえに距離を縮めた。
「僕の勝ちですね、大尉」
 ジム・クゥエルのライフルが標的を見失った一瞬の間にコウは機体を眼前に迫らせ、コックピットに小さい光の刃を突きつけた。
『ちっくしょぉぉぉ……また俺の負けか。へっ、恐れ入ったよ、お前には。腕は鈍ってねえようだし、たいした奴だよ』
 以前のモンシアなら逆上したところであろう。これも彼が大人になった一つの証だ。潔く、コウの実力を認めた。
 コウはその評価を素直に受け止め、喜んだ。
「でも機体の性能差がありますし、同じ機体なら勝敗は分かりません」
『そうか? なら今度はジム・クゥエル同士でやるか?』
 モンシアは半ば本気で、半ば冗談で言ったが、艦長が割って入ってそれを止めた。
『二人とも、それくらいにして艦に戻れ。ガンダムmk−Vのデータも十分取ったことだしな』
『了解』
 モンシアとコウは声を揃え、足並みを揃えて<クフェル>の腹の中に戻った。



――5――
 <サイネリア>はMSのテスト中に連邦のサラミス級二隻と交戦してからまた一度、連邦のサラミス級一隻と遭遇、交戦しこれを撃破した。その時、カーラは出撃しなかった。前回手柄を独り占めした手前、出撃を控えて部下に戦果を譲ったのだ。
 カーラが安心して戦闘を任せた通り、カリウス、アーバン、ネスバーグの三人は無傷でサラミス級一隻を沈め、迎撃に出てきたジムU四機を撃破した。この時の撃墜王はカリウスであった。彼がサラミス級を沈めている。
 それからというもの、<サイネリア>は連邦と遭遇していない。ただただ暇な航海が続いている。
 艦内の時間は地球時間で言うところの真夜中、十二時過ぎである。カーラは自室にいて床に紙をばらまいていた。というのも、中々巧く歌詞が思い浮かばず、紙に書いては捨て、書いては捨てを繰り返していたのだ。
 それを知っているディアなどは、紙が勿体ないのでコンピュータを使えばいいと文句をつけている。だがカーラは紙でないと浮かばない、とディアの意見を突っぱねて貴重な資源を無駄にしている。
 あまりにも進展がなく、ついにカーラは筆を投げ、艦長兼隊長の特権とも言うべき、自室のシャワールームに入った。冷たい水に打たれて気分を改め、さあ再び書き出そう、と出てきたところにブリッジから通信が入った。
 バスタオル一枚で体を覆ったまま、通信モニターの前に出ると、慌てた様子のディアが映っている。
『隊長、至急ブリッジに……うわっ!』
「どうしたの?」
 急いで用件を伝えようとしたディアはカーラの姿に瞬時に顔を真っ赤にし、通信の画面から姿を消した。
『ど、どうしたって、隊長、その格好は……』
「今シャワーを終えたところなの。それより、どうしたの?」
『え、あ、は、はい。至急ブリッジに来てください、連邦の物と思われる艦影を察知、しました』
「分かったわ、すぐに行く。それと中尉?」
『な、なんでしょうか?』
 ディアは視線のやり場に困って明後日の方角を見ている。時々、カーラの姿を横目で見たりもしている。
 林檎に似た赤みを帯びたディアの顔をまじまじと見ながら、カーラは微笑みながら言った。
「もしかして、私に惚れてる?」
『そ、そ、そんなわけありません! は、はやく来てくださいね!』
 カーラの冗談を聞くなりディアは真っ赤を通り越して青ざめながら早口でまくしたて、形崩れの敬礼を見せるとモニターから消えてしまった。
「分かりやすいわね。まあ、悪い気はしないけど……。っと、早く行かないと」
 自分で口にしながら、自分の頬を僅かに紅く染め、それを否定するように頭を振ると大急ぎで軍服を着、ブリッジに向かった。

 カーラがブリッジに入ると、今だ少し青ざめた顔をしているディアがどうにか平静を保ちながら状況を説明し始めた。
「僅か数分でしたが、確かに連邦の物と思われる艦影を察知しました。恐らく、相手は気づいていないでしょう。この艦は古い割に、レーダーやセンサーは一級品ですからね」
 初めこそ使い古しの<サイネリア>を嫌っていたディアも、今ではすっかり気にっているようで、やけに自慢げであった。
 カーラは自室に居た時とは打って変わり、一軍人としての態度と表情をしている。顎先に軽く手をあて、少し考えに耽る。
「どうしますか?」
 ディアが先を急ぐように問う。
「そうね、やはり……追いかけましょう。今なら間に合うのでしょう?」
「もちろんです。方角も分かっています。相手がこちらに気づいていないのなら、十分間に合います」
「なら、ただちに連邦の艦を追撃。パイロットには機体で待機するように伝えて。私も出る」
「了解しました」
 カーラは言い終わるなりブリッジを飛び出す。後に残されたディアは迅速に各員に指示を出す。
 今まで眠っていた<サイネリア>がその名が示す通り、元気に始動した。

 ガーベラ・ヘアレスのコックピットの中、澄んだ歌声が充満する。カーラはいつも通り、歌を歌って待っていた。
 だが前回の出撃とは違い、彼女の胸は騒いでいた。それが何なのかは、本人も分からないだろう。パイロット特有の勘、とでも言うべきことだ。
 その勘を、彼女は信じていた。ミノフスキー粒子のせいでセンサーやレーダーは思う以上に役立たない。そのためMSパイロットは機械よりも自分の勘を信じる場合が多い。
 早く飛び出したい気持ちを抑えて、出撃の時を待っていると、アーバンとネスバーグから通信が入った。
『カーラ様、今度は独り占めしないでくだせえ』
『そうですぜ、姉御。俺らだって、溜まってるんですぜ?』
 自然と緊張していたカーラの体が二人の下品な笑い声で解けていく。
 カーラも下品ではない、むしろ気品さえ感じる笑い声で答える。
「分かってるよ、二人とも。ただし無茶はするんじゃないよ。それに、ガンダムが出たら私に譲るんだよ?」
『もちろんでさあ。ガンダムの野郎はカーラ様のもんです』
『その通り。姉御じゃなきゃ、ガンダムの野郎をやることは無理ですぜ』
「楽しそうなところすいませんけど、敵艦を捕捉しましたよ。出撃してください」
 パイロット同士にしか分からない会話に入れず、カーラの楽しそうな声を聞いてるだけのディアが不貞腐れながら割り込んできた。
 その声に覇気はなく、とてもこれから戦いに行くような声ではない。それをカーラが叱りつける。
「出撃前にそんななよなよした声出さないでくれる? こっちは、死ぬ覚悟で戦うのよ?」
『……すいません。では、思い切って、各員、第一種戦闘配備! MSパイロットは出撃してください!』
 ディアも多少は冗談を覚えたようだ。艦長の真似事をして声を張り上げる。この声を聞いた各クルーはそれぞれの笑い方で笑い、程よく緊張をほぐした。
 カーラも満足げに頷き、笑顔を見せた。
「それでよし。じゃぁ、行ってくるわね、中尉。留守は任せたわ」
『ご武運を!』
 カーラとディアが言葉を交わしている間に、カリウス、アーバン、ネスバーグの順でガザCが出撃した。
 カタパルトに乗せられたヘアレスは腰を低くして、出撃の体勢に入る。
「カーラ・アディリス、ヘアレス、出る!」
 カーラの勢いのある言葉と共にヘアレスは戦場へと放たれた。



 <クフェア>は<サイネリア>よりも数分遅く、敵の存在に気づいた。慌しく出撃の準備が整えられる。
 やっとのことで三機のジム・クゥエルの出撃体勢が整い、次々と飛び出していく。
 相手もMSを出したことが分かり、さらにスピードアップで準備が進む。モンシア、キースはコウよりも一足先に、第二陣としてもう一人と一緒に戦場に出て行った。
 コウも急いでガンダムmk−Vのコックピットに入ったが、不具合があったらしく、まだ出撃できないと知る。
「相手はジオンか。静観しているって聞いたんだけどな」
 自分が焦っても仕方がないと、コウは敵に思いを馳せた。ジオンと改めて思うと、コウは緊張を増した。以前戦ったアナベル・ガトーもジオンの兵であった。彼のようなパイロットが多くいるとは思えないが、実際ジオンには名の知れたエースが多い。
 それにどこかでコウは抑えきれない戦意を抱えていた。コロニー落としを阻止できなかった悔しさが、戦意となって蘇ったのだ。モンシアとの実戦に近い模擬戦で腕が鈍ってないことを知り、自信が戻ってきた。それが、戦意に繋がっている。
「もう、二度と負けたくない」
 彼が悔しさを込めた言葉を吐き出した頃、外ではついに戦闘が開始された。



 三機のガザCはMA形態で一気に敵艦との距離を詰めていく。敵も間抜けではなく、すぐに三機のジム・クゥエルが出撃し、さらにその後三機のジム・クゥエルが姿を見せた。
 三機のガザCは付かず離れずの距離を保ち、それぞれの敵を見定めた。先制攻撃を仕掛けたのはアーバン機だ。
 アーバンは機体を加速させると、一機分前に出ているジム・クゥエルに向けてナックル・バスターを放つ。もちろん、それが当たるとは思っていない。何発か続けざまにナックル・バスターを放つと、固まっていた三機のジム・クゥエルは仕方なしに散開する。
 まさにそれがアーバンの狙いであった。散開すると一機分前に出ていたジム・クゥエルは都合よく射線上に移動する。ここぞとばかりにアーバンは接近しながらナックル・バスターを連射した。
 数本の破壊を伴った光のほとんどは彼方へと消え去る。だがそのうちの一本が、ジム・クゥエルの左腕をシールドごと貫く。思わず、ジム・クゥエルの巨躯が揺らぐ。
「もらったでさあ!」
 独特の言葉を発しながら、右のクローを敵機にぶつけようとする。だがアーバンの思った以上の好反応でジム・クゥエルは態勢を立て直すと、右手に持ったジム・ライフルで反撃してきた。
 危うく直撃を受けるところだったが、アーバンの腕前も結構なもので、機体を横向きにして迫り来る弾丸を避けるとそのままジム・クゥエルの横を通り過ぎた。
 振り返って次の攻撃に移ろうとするが、 その前にジム・クゥエルの猛攻を受ける。片腕こそ失ったが、動きには全く支障がない。
 MA形態は加速力、機動性こそ優れるが小回りが利かず、接近し過ぎると不利になりやすい。逆を言えば、加速力や機動性でジム・クゥエルがMA形態のガザCに敵うことはない。そのことを利用してアーバンは一度加速して敵機から離れて攻撃を凌ぐと、反転して一気に突撃する。
 ジム・クゥエルは必死に撃ち落そうとするがガザCのスピードの前に反応がついてけず、標準を合わせることすら出来ない。
「一機いただきでさあ」
 気の抜けた言葉とは裏腹に、アーバンは強気の行動に出た。加速したままジム・クゥエルを通過すると、半ば無理やりMS形態に移行して、敵機が振り向くまえにビームサーベルで胴を薙ぎ払った。上下に分かれたジム・クゥエルは数秒後に爆発した。
 アーバンが一機落としている間に、カリウス、ネスバーグは五機のジム・クゥエルに襲われ防戦一方になっていた。
 二人はMA形態のまま、その速さを活かしてどうにか直撃を避けるが、数が数だけあって反撃に移れない。そこへ、ヘアレスが無謀な速さで割り込む。
「二人とも、大丈夫?」
 二機のガザCに集中していたため、突如として出現した次の機体への対応が間に合わず、一機が呆気なくヘアレスの餌食になる。
 その近くに居た二機が挟み込むようにしてヘアレスに近づく。だがヘアレスから見ると鈍重過ぎた。挟み込まれる前にヘアレスは上昇し、そのまま一機の背後に回りこみ、ビームマシンガンを叩き込む。
 振り返ってシールドで構える暇もなく、また一機が落とされた。そのまさしく目にも止まらぬ速さに、モンシアとキースの二人は慄いた。
『なんだよありゃぁ!? あんなの、クゥエルで相手できるわけがねえよ!』
『モ、モンシア大尉、どうするんですかあ!?』
 少しは成長したと思われたキースも一度強敵を見ると昔の弱虫に戻ってしまった。
 ヘアレスに恐怖を覚えた二人だが、二機のガザC相手に良い勝負をしていた。MA形態の速さに先読みで対抗し、拮抗した戦いを繰り広げる。そのせいでお互い援護には行けなかったが、その必要もない。
 二対二で勝負をしている間に、ヘアレスによってさらに一機のジム・クゥエルが無残な骸と成り果てる。
 しかし、そのカーラをも驚かせる出来事が起きた。
 ジム・クゥエルを一機落として活気づいたアーバンが単機で<クフェル>に向かっていく。モンシアとキースはそれぞれカリウス、ネスバーグの相手をするので精一杯で、退くことも攻めることも出来ずにいる。
 ただカリウス、ネスバーグも同じ状況であり、アーバンの援護に迎えるのはヘアレス一機のみである。もちろん、カーラは全速力でアーバンの後を追う。
「深追いするな、アーバン少尉!」
 カーラは自分の行いを胸の中にしまったまま、無駄な叫びを上げる。その時だった、彼女の、いや、彼女らの宿敵が敵艦から出てきたのは。

『ウラキィ、おせえんだよ、この馬鹿野郎っ。そいつをどうにかしろよ!』
『コウ、コウ。よかった、よかった!』
 <クフェル>から飛び出したガンダムmk−Vを見て、二人にヘアレスによって失われかけていた勢いが戻る。二機のガザCに押されつつあった勝負を、再び五分と五分に巻き返す。
『ガンダムの野郎……。仲間をやられた怨み、忘れちゃいねえぜ!』
『……少佐、無理はしないでくださいよ』
 カリウス、ネスバーグもそれぞれの思いを胸にガンダムの出現によって勢いを得た。性能差こそあるが、パイロットの腕は同程度。中々ガザCとジム・クゥエルの戦いは終わらない。

 先行していたアーバンはガンダムの姿を見て、忘れかけていた怒りを取り戻した。
『野郎は、確かにカーラ様の獲物でさあ。でも、それでも、ここで退くわけにはいかないんでさあ。カーラ様、悪いですが野郎の首は貰います』
 アーバンは静かに、控えめにだが揺ぎ無い決意を言葉に出し、ガンダムmk−V目掛けて最大限のスピードで向かっていく。
「これは、そんな馬鹿な……」
 コウはメインモニター越しの光景を見て唖然とした。先に出ていたはずの六機のジム・クゥエルがたった数分間の戦いで二機に減っている。
 その生きている二人がモンシアとキースであることを、コウはそれとなく感じていたが、残りの四名を思うと心が痛んだ。たいして仲が良いわけでもなく、数多く話したわけでもないが、仲間は仲間だ、辛くないはずがない。
 数秒ほど呆然としているコックピット内に警告音が鳴り響く。センサーに目をやると猛スピードで接近してくる機体が点で映っている。その一機が、自分を狙っていることは明らかであった。
 コウは気持ちを落ち着かせ、素早く<クフェア>から離れる。艦を巻き込まないためのことだが、敵機が艦を目指していたら意味がない。しかし、コウの狙い通り敵機はガンダムを追ってくる。
 出来るだけ<クフェア>から離れると、敵機からの攻撃を受けた。コウは三発のビームを三発とも避けきったが、相手の正確な射撃に只者ではないことに気づく。
 数秒でも足を止めたら狙い撃ちされる。そう感じたコウは俊敏に動き回りながら敵機のビームを避け、反撃に移る。敵機はMA形態であるだけある速さで動き回るので、コウは中々狙いを定められない。
「それなら、これでどうだっ」
 少しばかり怒りを含んだ叫び声を上げ、コウは大胆にもビームを避けながら接近していく。MA形態の特徴と弱点をコウは知っている。似たような趣向の機体に乗り、またそれと戦ったことがあるからだ。
 確かにMAは素早いが接近戦に持ち込めば、小回りの効くMSが有利になる。敵機は前進しながら攻撃を仕掛けてきていたので、こちらから近づけば逃げる間もなく距離を詰めることが出来る。コウの思い通り、敵機の距離を縮めた。
 ガンダムmk−Vの手がビームサーベルへと伸び、引き抜くと同時に縦に振り下ろす。それで終わりかと思われたが、敵機のパイロット、アーバンは反射的にMS形態に移行させていた。
 しかし避けきれたわけではない。変形直後に右腕を斬り捨てられた。それを気にせず、ガザCもビームサーベルを抜き斬りかかる。
 二刀の光の刃は交じり合ったが、それで終わりだった。
「すいませんでさあ、カーラ様」
 死を悟ってアーバンは笑顔で呟いた。その直後、ガンダムmk−Vが反対側の手に持つビームライフルでガザCを撃った。

「アーバン少尉……」
 カーラがガンダムmk−Vを攻撃可能範囲に捉えた時には遅かった。ガザCは爆発、四散した。
 爆発は戦場に咲いた赤い花のようにも見えた。その花の中から、灰色の憎き仇が向かってくる。
「ガンダム、ガンダムゥゥゥ!」
 カーラは鬼の形相で吼え、全速力でガンダムmk−Vに向け、宇宙を駆ける。
「あの機体、確か僕が……」
 爆発の向こうに飛び出ると見覚えのある淡い紅色の機体がMAを越す速さで向かってくるのが分かった。
 頭が記憶を探している間に死んでは意味がない。ガンダムmk−Vはビームライフルを乱射しながら急上昇する。
 ヘアレスは光を造作もなく避けると、上昇したガンダムmk−Vの後を追う。右脇に抱えたビームマシンガンを敵(かたき)に向け、続けざまに殺意を込めた光弾を放つ。
 強烈な速さで迫る敵からの攻撃を紙一重で避けながら、ガンダムmk−Vもビームライフルを放ち、応戦する。二機ともその性能は飛びぬけ、二人ともその腕前は人並みではない。
 猛烈な加速Gに耐えながら敵を見失うことなく的確な射撃を繰り返すカーラも、強烈な速さを機敏な動きでどうにか惑わし、その猛攻を凌ぎつつ反撃するコウも、エースとしか言い様のないパイロットだ。
 それを横目で見ながら、こちらも非凡ではない二人と二人はぶつかり合う。同じ相手とここまで長く戦うのも珍しい。それだけ両者の能力は拮抗している。

 しかし勝負はまもなくついた。
『各機撤退だ。今なら敵から逃げられる。早く戻らんと、帰還できなくなるぞ!』
『隊長、もう戻ってください。これ以上は、回収できなくなります!』
 逃げ行く<クフェア>と追いすがる<サイネリア>から不明瞭な通信がコウ、カーラそれぞれに入る。
 二機は気づくと大分母艦から遠いところで戦っていた。コウは素早く通信に反応した。
「了解!」
 どうにか返事を返したが、それが誤りであった。自分の身を省みず、ガンダムだけを倒す気持ちでいたカーラが勝ったのは、必然なのかもしれない。
「落ちろぉぉぉぉぉ!」
 野獣さえ怯えるであろう雄たけびをあげ、カーラはヘアレスを限界まで加速させガンダムmk−Vとの距離を瞬時に零に近づけた。
 ヘアレスは左手でビームサーベルを抜き、間もなく殺意の刃を繰り出す。それに反射的に反応できたコウは運がよかったと言うしかない。
 ガンダムmk−Vはビームライフルを盾にして刃の一撃目を防ぐ。素早く繰り出された二撃目は右腕を犠牲にすることで回避する。
 これ以上は危険だと感じたコウは両肩のビームキャノンを狙いも定めず乱射した。まだ整備が完全ではなく、エネルギー効率の悪いキャノンを控えていたが、今はそれどころではない。乱射された光を避けるためにヘアレスが一旦下がった隙を見て、ガンダムmk−Vは全力で離脱した。
 いつの間にかモンシア、キースも相手を跳ね除け<クフェア>に向かっていた。三機は途中で合流し、そのまま<クフェア>に収まると、<クフェア>はその場から逃げ出すように去っていく。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
 狂気じみた表情でカーラは去り行く<クフェア>を睨みながら、機器に何度も両拳を叩きつけた。敬愛する上官の仇であり、ついさっき大事な仲間を殺した仇が逃げていくのを、大人しく見ていられるカーラではない。
 すぐに後を追おうとするが、やっとのことでヘアレスに落ち着いたカリウスがそれを静止する。
『おやめください、カーラ少佐。これ以上は無理です、今は帰還しましょう。早く戻らないと、帰れなくなります』
「止めるな、大尉。私は行く」
『俺もついてきますぜ、姉御。俺ぁ、シーマ様や仲間、アーバンを殺したあいつを見逃すなんてできねえ』
『いい加減にしてください、少佐。あなたは貴方だけのためにいるんではないんです。あなたには守るべき部下がいるはずです。それを見捨てるというのですか!』
 カリウスが見せたことのない表情で怒鳴り声をあげた。熱くなっていたカーラは、普段みせないカリウスの態度で、自分の愚かな行動に気づき、気持ちを抑えようと必死になった。
「……私が間違っていたわ、カリウス大尉。止めてくれてありがとう。<サイネリア>に、戻りましょう」
『姉御!』
「これは命令よ、少尉」
『……分かりやした』
 ネスバーグもカーラの気持ちを理解して、やりきれない気持ちを抑える。
『隊長……』
 ようやく追いついた<サイネリア>から弱弱しいディアの声がヘアレスのコックピットに零れ落ちる。
「今戻るわ、ディア中尉」
 三機のMSは疲労しきった三人のパイロットを抱えて、<サイネリア>の下へと帰った。




後編