PHASE−11『揺らぐ想い』



 地球連合の護衛艦三隻のうち、既に二隻は行動不能に陥っていた。残りの一隻、<モントゴメリ>を守るためにキラの乗るストライクが宙を突き進む。

 ザフトのジンは数の多いメビウスやフラガのゼロ、ニキとマークのMSを相手にしていてストライクまで手が回らない。順調に進めれば、キラは無事にモントゴメリに近づくことができた。

 しかし、その思いはいとも簡単に阻止される。キラの記憶にない新しい型のジンが行く手を塞ぐ。

 ストライクの進路に割り込んで来たジンは通常のジンよりも大型のスラスターを装備し、また脚部には高機動スラスター付きの増加装甲がついている。その他通常のジンとの違いを挙げるならば、カラーリングがオレンジで統一されている点だ。

 キラはこの、オレンジ色のジンを知っていた。ヘリオポリスの戦闘で自分が撃退したジンの中に目の前のジン――ジン・ハイマニューバと同様のカラーリングのジンがいた。キラはマークから得た知識で、それが<黄昏の魔弾>と呼ばれるザフトのエースの機体であることもまた、記憶している。

 今のパイロットは<黄昏の魔弾>ではないが、キラがそれを知る術はない。どのみち、目の前のジンは並みのジンの動きではないのだ。機体性能もそうであるが、パイロットの腕が立つこともまた、事実である。

 キラは焦りを覚えながらストライクを駆使してどうにかハイマニューバを抜けて、モントゴメリの守りにつこうとした。時間が経つにすれてメビウスの数は減り、モントゴメリへの攻撃が厚くなっている。ゼロ、ガンブラスター、ハーディガンが善戦しているとはいえ、全てのジンを相手には出来ない。モントゴメリへのダメージは刻一刻と増えていた。

「くそっ、どいてくれっ! どいてくれってばっ!」

 無駄とは知りながら叫ばずにはいられなかった。敵の動きは明らかにストライクの足止めをするものだった。自分の装備でストライクのPS装甲を貫けないことを知っているからなのか、ハイマニューバはストライクに直撃させることよりも足を止めるように巧みに攻撃を仕掛けてくる。

 キラはPS装甲に頼って回避行動を取らずに突っ切ろうとするが、ハイマニューバは自慢の機動性・運動性とパイロットの腕で進路妨害をするために眼前に踊り出る。そして機銃の先についた銃剣で攻撃を仕掛け、ストライクを後退させる。PS装甲といっても衝撃そのものを全て打ち消すことはできない。連続で攻撃を仕掛けられれば、避けずにはいられないのだ。加えて無防備なメインカメラや関節を狙われては、逃げるしか術がない。

 冷静さがあれば、今のキラなら十分に対処でき、ハイマニューバを抜くことが出来たかもしれない。しかし、今のキラは刻一刻と撃沈に近づいているモントゴメリを前に、焦燥に駆られていた。初恋の人と友達の約束が頭に蘇り、キラの動きを鈍らせる。

「頼むから、行かせてくれっ!」

 キラの叫びと同時にビームライフルが光を放つ。冷静さを失った攻撃に当たるほど、ハイマニューバは甘くない。ごく当たり前のようにビームを避けると急接近しながら機銃を連射する。キラは避けようともせず装甲で全て受け止め、そのままハイマニューバの横を抜け――れなかった。ハイマニューバはすれ違い様に銃剣をストライクの横っ腹に叩きつけ、体勢を崩させたのだ。その隙にまたストライクの進路に立ちはだかる。

 そんな攻防の繰り返しも、間も無く終った。後方のヴェサリウスとハーティからの砲撃が容赦無くモントゴメリを貫く。


「この子を殺すわ! パパの船を攻撃したら、この子を殺すって伝えて!」

 ラクスを伴って再びブリッジに入って来たフレイは女の子とは思えない形相で叫んだ。腕を捕まえられていたラクスもさすがに驚きに目を大きくした。

 ブリッジクルー各員も反応が出来なかった。フレイの表情は真剣そのものだ。今にでもラクスを殺してしまいそうな、殺意の篭もった瞳をしている。

 だがフレイの願いは叶えられることなく打ち砕かれた。フレイの言葉に合わせたかのように、ザフト艦二隻の砲撃によって船体を貫かれたモントゴメリは、僅かな間を置いて爆発した。

「あ……い……いやあぁぁぁぁぁ!」

 絶叫がブリッジに響く。鼓膜を劈くような鋭い悲鳴。

 フレイは両手で顔を覆い、全身を震わせながら叫びつづけた。サイは素早くフレイの体を抑え、自分のほうに抱き寄せる。

「フレイッ! しっかりするんだ、フレイッ!」

「いや、いや、いやあっ! 離して、離してよっ! パパは、パパはどうしたの!?」

 サイの腕の中でフレイは力の限り暴れる。両の瞳からは止めどなく涙が流れていく。

 さすがのサイも今のフレイを抑えきることは出来なかった。多少乱暴にブリッジが引き出す。

 唖然としていたブリッジクルーが我に返ったのは警告音が響いたからであった。

「ジ、ジンが二機接近中!」

 この時キラは相変わらずハイマニューバの相手を、フラガはジンの相手を、ニキとマークはジンの後を追ってきているが間に合うか微妙な距離である。

 迎撃もろくに出来ず、どうすることも出来ない状態の中、ナタルは自分の席から飛び上がり、カズイのマイクを乱暴に引っ手繰ると全周波放送を流す。

『こちら地球連合軍第八艦隊所属アークエンジェル。現在当艦はシーゲル・クライン最高評議会議長の令嬢、ラクス・クラインを保護している。偶発的に救命ポッドを回収、人道的見地からこれを保護しているが、これ以上当艦に攻撃が加えられた場合、そちらのラクス嬢に対する責任放棄と見なし、当方はこの件を自由意志で処理するものとする!』

 ナタルの言葉が、敵だけでなく味方も唖然とさせた。


「汚いぞ、連合! 民間人を盾にするというのか! ……キラ、キラ・ヤマト!」

 ハイマニューバのコックピットで放送を聞いたアスランは怒りのあまり、態々隠していた正体をキラに伝えてしまう。

 キラは突然の放送と通信に素早い反応が取れなかった。しばらく通信の声に耳を傾けていると、それがアスランだと分かった。なぜイージスではない機体に、という疑問が浮かぶ余裕はない。

「アスラン、アスラン・ザラなのか?」

『そうだ、キラ。お前は、お前はこんな連合を守っているのか? これが正しいと、お前は思うのか!?』

 アスランの問いにキラは答えることが出来ない。この行動が正しいのか否か。キラの立場では言えない事柄であった。

 キラの心内とはしてはもちろん正しくないと思っている。だが、そうしなければアークエンジェルがやられていた。そうなると話は別だ。しかたがない、と思わずにはいられない。

 キラが返答に窮している間にアスランは機体の背をこちらに向け、一言残して去って行く。

『ラクスは必ず取り戻す』

 去り行くオレンジ色の背を見つけながら、キラは帰艦命令を耳にした。

 ヴェサリウス、ハーティのブリッジにも驚愕が拡がった。後一歩で足つきを落とせたのが、思わぬ事態で諦めざるをえないのだ。驚きもそうだがショックも隠しようがない。

 全周波放送を苦い顔で聞いていたクルーゼはアデスの問いに怒りを含めながら答える。

「隊長、ここはやはり?」

「ああ、戦闘中止だ。自ら援護に来ておいて、民間人を盾にするとは、な」

 ヴェサリウス、ハーティから各機MSに戦闘中止命令が伝わる。もちろん足つきのブリッジに迫っていた二機のジンも撤退せざるを得なかった。

 忌々しい思いを抱くクルーゼとは別に、ハーティの艦長ゼノンはあまり表情を変えないまま指示を出していた。ただシートの腕に肘を置き、掌に顎を乗せて呆れた様子でモニターを眺めている。

「恥ずかしい艦だな、アークエンジェルとやらは。逃げる機会を振ってまで援護に来て、この有様」

 奇しくも嫌い合っている二人の意見は一致していた。違うのはゼノンがこの先を続けたことだ。

「しかし、艦を守る為には仕方のない判断だろうな。命と恥、天秤にかけるには差がありすぎる」

 くくく、と自嘲気味に笑い、その後は喋らずに各機の帰艦を待った。


 悲しいかな、ナタルの行動に批判的なのは敵ばかりではない。仲間もまた、彼女の行動に嫌悪感を覚えていた。特に艦長であるマリューはさっと立ち上がり、鋭い眼でナタルを睨みつける。

 ナタルはマリューの睨みに臆せず、その眼を見つめ返しながら言う。

「アークエンジェルとストライクをやらせるわけには行きません」

「そうね、ナタル」

 マリューの声には明らかな嫌悪の気持ちが込められていた。戦闘中や職務中は『バジルール中尉』と呼ぶのが、呼び捨てになっているのもそうである。

 各ブリッジクルー、特に子供たちは半ば睨むように、半ば蔑むようにナタルを見やった。ただ一人、ノイマンだけは哀れみに近い目で見ている。ナタルは様々な視線を浴びながら自分の席に戻る。決して、その心を表には出さない。

 しばらくすると出撃していた各機が帰艦した。ゼロは本体に被弾しており、すぐに再出撃は不可能。ニキのガンブラスターも直撃こそないが、そこここに弾丸の後があり今すぐにとはいかない。ほとんど無事なのはマークのハーディガンとキラのストライクである。ハーディガンは掠り傷と盾を失っただけ、ストライクはPS装甲のおかげもあって無傷といっていい。

 だが機体の損傷とは反対に、パイロットの気持ちは沈んでいる。フラガはゼロのコックピットから抜け出しながらぽつりと呟く。

「なんだかなあ」

 ニキはガンブラスターのコックピットから降り、無言のままロッカールームに向かう。

「ふざけんなよ。民間人を盾にするなんて、軍人のやっていいことかっ!」

 マークはハーディガンの装甲を怒りに任せて蹴りつけ、ニキの後に次いでロッカールームに入った。

 キラは一番最後にロッカールームに入り、着替えを済ませる。先に入った三人はゆっくりと着替えていたのか、三人とも揃っている。

 キラが着替え終わるころ、三人も着替え終えた。四人で揃ってロッカールームを出て、自分の部屋に足を向ける。

「俺は艦長に抗議するぜ。こんなやり方、いいわけがない」

「そう、ですよね。僕もそう思います」

 口調の激しさは正反対だが二人の意見は一致している。その意見にフラガはやんわりと反対した。

「けど俺らに艦長や副長を責める権利はない。艦をやられそうになった責任は俺らになる」

「私は大尉の意見に賛成です。不甲斐ないことですが……我々に責める権利はありませんよ」

「だからって民間人を盾にするのを許せってのか?」

 四人の意見は綺麗に半々になった。廊下の途中で立ち止まり、マークは上官であるフラガにもニキにも半ば睨むような視線を送る。

 キラは何も言えなくなっていた。彼は確かに民間人を盾にするのはおかしいと思っている。だが、フラガの言う通りそうさせてしまった原因は自分たちもある。そして、キラの場合、二人の約束を破ったこともある。素直にナタルのやり方を批判出来ない。

「マーク、俺を睨むのは構わないがな、艦長や副長に文句を言うのはやめろよ。この状況を判れ」

 いつになく真面目な表情で言い残し、フラガは自室に向かった。マークはフラガの背中を数秒睨みつけ、気分を落ち着かせて同じく自室に向かう。

 二人の男を見送るニキは、傍で誰よりも落ち込んでいるキラの顔を見た。出来るだけ微笑んで見せて、優しく声をかける。

「どうかしましたか?」

 ニキの声にびくっと反応してキラはニキの顔を見た。瞳に映る微笑みが、今は苦しく思えた。頭を左右に振って、「大丈夫です、すいません」と言うと走って行ってしまう。

 唯一人の女性パイロットは三人の男のそれぞれの気持ちを汲むことが出来た。だがそれのどれ一つにも、上手く言葉をかけることが出来ない。

 ニキは三人の姿が消えてもなお、廊下に突っ立ったままで数秒を過ごした。
 

 逃げ出すようにニキの元から去ったキラは、途中で走るのを止めて、心をどこかに置いたまま歩いていた。

 どこの部屋からも悲しみに暮れる言葉が聞こえてくる。もう少しで安全になると思っていたのに。誰もがそう思っていた。キラはその気持ちが痛いほど分かって、逃げ出したくなる。

 しかし所詮広いとはいっても戦艦の中。誰からも逃げれる場所などはない。沈んだ気持ちのままで歩いていると、一つの部屋から聞き慣れた声が聞こえてくる。フレイの、泣き声であった。

 キラは部屋の前で足を止め、中に入るか戸惑う。フレイの泣き声が耳に届く。意を決して扉を開ける。二段ベッドと二段ベッドに挟まれた僅かなスペースでフレイが座り込んで泣いている。その前にサイがしゃがみ込んでフレイを慰めていて、扉の近くにミリアリアが困惑気味に立っていた。

「キラ……」

 部屋に入って来たキラを見てミリアリアが呟く。その声に気付いてサイが、続いてフレイがキラを見た。サイの瞳には悲しみが、フレイの瞳には真っ赤に燃える怒りが映し出されている。

「なんでよ……」

 フレイが消え入りそうな声で呟く。

「なんで、守ってくれなかったのよ!」

 次の言葉は烈火の如き激しさを見せた。キラは「ごめん」と呟くのが精一杯だ。

 だがフレイの烈火は収まることを知らない。サイが危険と判断したのか、立ち上がろうとするフレイの体を抑える。

「なんで、パパを助けてくれなかったのよ! 守るって約束したじゃない、この、嘘つき!」

「フレイッ!」

「フレイ、いい加減にしろ! キラだって、一生懸命戦ってるんだよ!」

 嘘つき、この一言は研ぎ澄まされた刃となってキラの無防備な心を容赦無く切り裂いた。もう「ごめん」と謝ることも出来ず、キラはその場に崩れ落ちてしまいそうである。

 ミリアリアもサイも言い過ぎだと判断したようだが、フレイはお構いなしに続けた。

「あなた本気で戦ってないんでしょう……。相手が自分と同じコーディネイターだからって、本気で戦ってないんでしょう!」

 鋭い刃は威力を増してキラに止めを刺した。フレイの形相は鬼と見紛うほど激しく、赤い。心の底から叫んでいるのが誰にでも分かる。

 キラは全身を震わせながら両拳を強く握り締め、小さく呟く。顔は下を向いているため、この言葉は近くにいたミリアリアにしか届かない。

「僕だって……必死なんだ……、必死で、戦ってるんだ……」

 それ以上言わず、キラは皆に背を向けて部屋を飛び出す。せめて人目につかないところへ、と全速力で走る。

 フレイは扉のほうを睨み続ける。サイとミリアリアはもうどうしようも出来なかった。フレイに怒ることも、キラを慰めることも、今の二人には到底出来ないことであった。


 キラが辿り着いたのは展望室とでも言うべき場所であった。壁の一面がガラス張りで無限に続く漆黒の海を見渡せる。幾つかソファーが置いてあり、気軽に談話することも出来る。本来なら休憩時間のクルーなどの憩いの場になるはずであったが、予想外のことでクルーの数は激減し、わざわざここまで足を運ぶものはいない。

 誰もこない場所だからこそキラはここを選んだ。ここなら気兼ねなく泣くことができる。

 ふらふらっと宙に浮いてガラスにぶつかり、抑えていたものが爆発した。キラは声を、大声をあげて泣く。二人との約束を果たせなかった悔しさ、ラクスを巻き込んでしまった責任感、守るべき相手からの心を潰すような発言、戦闘でのストレス。何もかもがキラを押し潰した。

 ここには誰もいない。キラは溜まっていた涙を、叫び声を一気に外に出す。自分の必死な戦いも、一度の敗北で全てが無に帰ったような気持ちがキラの心を揺さぶる。初恋の相手からの言葉がその恋心を打ち砕く。

 いっそアスランの元にラクスを連れて逃げてしまおうか。そうとさえ考えるほどキラは追い込まれていた。泣けば解決するわけではない。こう言うときこそキラは友達を必要とした。だけど、サイもミリアリアも自分を追ってきてはくれない。トールがいれば違ったかもしれないが、ブリッジにいる人間にはわかりようのないことだ。

 そこへ予期せぬ人物が登場した。機械的な音声と共にピンク色の球体がガラスにぶつかる。はっとなって振り返ると微笑みを携えたラクスが立っていた。

「泣いて、いらしたのですね。お散歩をしておりましたら、大きなお声が聞こえたので、こちらに来たのですが……」

 微笑みもどこか悲しみを含んでいる。ラクスは床を蹴ってキラの傍に移った。キラは恥ずかしさのあまり頬を真っ赤にしながら涙を拭う。

「こ、こんなところにいちゃ、駄目じゃないですか」

 キラの口から出た必死な言葉もラクスの微笑みに弾かれてしまった。

「戦闘は終わりましたの?」

 ラクスはブリッジに居たにも関わらず全く状況を知らない様であった。キラはまだ目の端に残っていた涙を拭うと、声を震わせながら答える。

「貴女のおかげで、終わりました」

「そう、それは良かったですわ」

 キラは驚いた。目の前の少女はいかに自分の存在が大きいのか分かっていないらしい。分かっていればこんなところにはいないか、とキラは瞬時に考えた。

 それからしばらく二人は黙って宇宙を眺めた。どう話をしていいのか分からず、また逃げ出すことも出来ず、キラは戸惑いを隠せないでいる。横目でラクスの横顔を覗くと、やはり微笑んでいるように見える。

「貴方のお名前は何と申しますの?」

「えっ、僕ですか。僕は、キラ・ヤマトです」

「キラ様ですね。キラ様は、なぜ戦っているのですか?」

 ラクスの質問はあまりにも突然過ぎた。今では微笑みも失せている。

 キラは考えた、自分が戦う理由を。それはすぐに友達を守るため、と思いついたが、今ではその想いも怪しいものであった。友達の彼女であり、初恋の人であるフレイにあんなことを言われれば、それを守る意味があるのかどうか不思議に思えても仕方がない。なにせキラは軍人ではないのだ。コーディネイターの民間人なのだ。戦う理由が、簡単に崩れてしまうのも無理はない。

 それでもやはり友達のために戦っていた。それは変わりようがない。そうでなければ戦ってきた意味がなくなってしまう。

 今回の戦闘がなければキラは考えずに『友達のため』と答えただろうが、今回は悩んだあげく答えようとした。しかし、それよりも早くラクスが言葉を続けた。

「キラ様はあまり、戦いたいと思っているようには見えませんわ。それなのになぜ、戦うのです?」

「当たり前じゃないですか! 誰が戦いたいと思って、戦うもんか! 友達を守るために、戦っているんです。それでも、敵にも、ザフトにも友達が、アスランがいるんだ。だから本当は、戦いたくなんかないんだ……」

 キラの声が跳ね上がる。ラクスは大声に驚いたようであったが、それ以上に<アスラン>という言葉に反応した。

「キラ様はアスランを知っているのですか?」

 そう問われてキラは同じ質問を投げかけた。

「貴女はアスランを知っているんですか?」

「ええ、知っていますわ。アスランは私の婚約者ですもの」

 失せていた微笑みを浮かべ、さも当然のごとくラクスは言う。キラは当然驚きを露にした。自分と同じ年なのにもう婚約している、それもアスランと。キラは以前にもあった気持ちがしていた。サイとフレイが付き合っていると知った時と同じ気分だ。

 キラは心の中で泣いた。どうして自分が一目惚れした女の子は自分の友達と付き合っていたり、婚約しているのだろう、と。

 もちろん、それは心の内に止めて、キラもアスランと自分の関係を述べる。声も幾分か冷静さを取り戻していた。

「僕とアスランは月の幼少学校が同じで、友達だったんです。月で別れてから一度も会っていなかったんですが、こんな形で再会するなんて……」

「そうでしたの。分かりますわ。貴方もアスランもとっても優しい方ですもの。そんな二人が戦わないといけないなんて、嫌ですね」

 キラもラクスも意外な接点に驚きつつ、それ以上に深く悲しんだ。親友が戦場で銃火を交える。それは実に辛い事実であり、戦争の悲劇と言ってもいいだろう。

 また二人は黙って宇宙を眺めるようになるが、キラは泣いていた時よりも気持ちが落ち着いていた。ラクスと話すことで気が紛れたし、意外な接点があって少し嬉しかった。

 だからこそ、キラはラクスを人質にするのが許せなくなり、ある決意を胸に秘める。

「もう行きましょう。誰かに見つかったら拙いですから」

 そう言いながらラクスの手を優しく握り、一緒に床を蹴って展望室を出、ラクスの部屋に向かった。

 この時キラは自分と同じ考えを持つ人物がいたことと、思わぬ覗き見があったことを知らない。

 キラが悩んでいるのと時を同じくして、マークもまた悩んでいた。悩みの種もまたキラと同じことだ。

 自室の椅子に腰を沈め、顔を床に向けている。どれだけ考えても副長の判断が正しいのか、自分の考えが正しいのか、どちらが正しいのか分からない。苛々は積もり、急に立ち上がると椅子を思いっきり蹴飛ばす。

 自分でも大人気ないと分かっていながら、八つ当たりせずにはいられなかった。硬い壁に拳を思いっきり打ち込む。もちろん壁は少しも凹むことはない。そのかわりマークの拳が痛みを負うが、何も感じてないように何度も拳を打ち込む。

「くそっ、くそっ!」

「それくらいにしてはどうですか? あまりやると、自分の手が使い物にならなくなりますよ」

 扉が気の抜けた音と共に開き、ニキが入って来た。マークはニキを一瞥すると血の滴る拳を見下ろす。

「人の部屋に勝手に入るなんて、いい度胸だな」

「ノックしましたが、返事がなかったので」

 抑揚のない声で答えるとニキは倒された椅子を元通りにし、ポケットから包帯を出すとマークの腕を引っ張って、血だらけの拳に包帯を巻いていく。

 マークは振りほどこうとするが、思った以上にニキの力は強く、また拳が痛むので素直に巻いてもらった。

「なんで包帯なんか持ち歩いているんだよ」

「あなたとの付き合いは長いですからね。どうするかくらい、分かります」

 言い終えるとの同時に包帯を巻き終え、余った分をポケットに戻す。マークは聞こえるか聞こえないかのところで「ありがとよ」と言った。

「これからどうするつもりなのですか?」

 ニキは冷たい瞳でマークと視線を交える。何もかも見透かされているな、とマークはニキの瞳から悟った。ニキがマークのことを分かるように、マークもまたニキのことを良く分かっている。

 掌を上に向けて、頭を振ってみせる。このわざとらしい行動が無意味なのを知っていても、マークはやってみせた。

「さあ、なんのことだか」

「今さら恍ける必要がありますか? あの女の子を逃がそう、と思っているのでしょう」

 マークの心の中心を的確に射抜いた。見抜かれていると分かっていても、あまり良い気分ではない。マークは副長と自分、どちらが正しいのか、という問いの答えは見つけられなかった。それなら自分は自分に従うまで、思ったように行動してやる。そういう考えを思いついて、ラクスを逃がすことを思い浮かべていたのだ。もちろん、その結果がどうなるのかは明白である。

 全てが分かっているからこそ顔を苦々しく歪め、吐き捨てる。

「だったら何だっていうんだ?」

 マークが強がっていることが手に取るように分かり、ニキは表情を改めた。無表情から憂いを帯びた表情へ変わる。

 声色にも抑揚が微かにだが出て来た。

「そんなことをしたら、どうなるか分かっているでしょう。愚かな行動を取らないでください」

「はんっ、愚かな行動ね。副長が自分の考えに従って行動したように、俺もそうするまでさ。幾ら理由があろうとも、民間人を盾にするなんて、俺はそれこそ愚かだと思うぜ」

「だからそれは、この艦を守るためでしょう。あなたは、この艦が沈んでもよかったというのですか? この艦には大勢の民間人も乗っているのですよ? それを見殺しにしろ、と? 我々が力不足だったために、犠牲になれと?」

 ニキの声に熱が篭もる。マークもそのことは百も承知だ。だからこそ副長を直接責めるのではなく、自ら罪を被ってラクスを救い出そうと考えたのだ。あの場合、副長が行動を起こさねばアークエンジェルは沈み、多くの民間人の命も宇宙に散っていた。不運な偶然から戦いに巻き込まれたキラの友達たちもまた、死んでいたのだ。

 それが分かっていても納得できるほどマークは素直ではない。ニキもそれを分かった上で止めようとしている。

「確かに副長の判断は、あの場合良かっただろう。副長のおかげでこの艦は無事なんだからな。それでも俺は納得できない。だから逃がすまでだ。二度と同じ手を使われないようにな」

「あなたは、敵の子供を逃がして死んで、それでいいのですか? 彼女を逃がせば、あなたは確実に銃殺刑になるでしょう。それでいいのですか? それで、ロイの意志を受け継いだと言えるのですか?」

 ニキは使いたくは無かった切り札を使った。今は亡き二人の親友、ロイ・フォードの意志<大事なモノを守り抜く>は二人の意志でもあった。亡き親友の気持ちを、二人はまっとうしようとした。ロイが自らの命を賭して自分らを守ってくれたように、二人は自分の命を賭して大事なモノを守り抜く覚悟があった。

 ロイの名前を出されるとマークは反論できなかった。民間人を盾にするやり方が気に入らず、それに反抗して命を落とす。それは大事なモノを守り抜いたことにはならない。むしろ、守ることを放棄したようなものだ。このこともまた、マークの実行を後一歩のところで止めさせている。

「私はロイがしてくれたように、命を賭してあなたを守ります。あなたも、命を賭して私を守ってくれるのでしょう? キラ君たちを守り抜くのでしょう? ここで死んで、それで満足なのですか?」

 ニキの瞳が珍しく潤んでいることにマークは歯痒い思いをする。ニキは本気でマークに死んで欲しくないと思っている。だからこそ、普段は見せない涙が浮かんでくるのだ。

 ニキは流れ出す前に涙を拭い去り、マークに背を向ける。

「あなたが本当にあの子を逃がそうというのなら、私は何をしてでもあなたを止めます。もう一度、よく考えて下さい」

 包帯を巻いた拳を強く握り、血が滲む。マークは何も言えず、ニキが去るのを待った。

 一人きりの部屋に震えた声が零れ落ちる。

「なあ、ロイ……。お前ならどうする? お前は、子供が好きだったよな。今のこの状況を、お前なら許せるか? なあ、答えてくれよ、ロイ……」

 死者から返事が返って来るはずもなく、マークはその場に崩れ落ちた。

 フラガもまた、悩める者の一人だ。この艦では一番経験豊富で、唯一のMA乗りだ。それ故に苦悩する部分は戦闘にある。フラガのゼロは他のメビウスよりも性能はいいし、ガンバレルと呼ばれる宇宙世紀時代の<ファンネル>に近い特殊武装もある。それにフラガの技量を加えても、ジン一機落とすのは大変なのだ。

 今までに十機近いジンを一人で落としているが、敵も馬鹿ではない。連合を侮るザフトもフラガを<エンデュミオンの鷹>として知り、警戒している。一般兵もガンバレルを脅威に思い、それについて調べ、ある程度知識を得て、素直に落とされるようなことはなくなった。相手はMSでコーディネイター、加えてこちらを警戒しているとなれば、幾らフラガと言えど簡単にはいかない。

 いつも明るく振舞っているフラガであったが、今回のことはやはりショックであった。副長や艦長を責めるつもりはないし、そうするのが得策だったと認識している。それでも民間人を盾にしたという事実は気が退ける。自分が、自分たちが早くジンを撃破、あるいは撤退させるまで追い込めていればこう言う事態にもならなかったという考えがフラガを悩ます。

 ジン相手に精一杯では、これからまた戦うであろうガンダムタイプとキラやマーク、ニキを援護することなど出来ない。それ故、フラガは初めてこの艦にあるシミュレーターを使った。仮想敵はジンが二機。開始五分で決着はついた。フラガの勝利という形で。だがフラガは納得しない。幾ら性能が良くても所詮はシミュレーター、実際人間と戦えば結果は違う。何度も何度もジンと戦う。時には数を増やしてみたり、色々な行動を取ってみたり、試行錯誤で自分の技量を磨く。

 何十回と続けてシミュレーターをし、フラガは汗だくになって擬似コックピットから出た。するとそこには、ぼんやりとモニターを見上げているキラがいた。

「よう、坊ず」

「あっ、大尉……」

 キラはもちろん中に居るのがフラガだと分かっていた。この艦でゼロを操れるのはフラガだけだ、それはシミュレーターでも変わらない。驚いたのは呆けてたところに声がかかったからだ。

 フラガは壁際に置いてある椅子の上からタオルを取り、体中の汗を拭き取る。キラは真っ暗になった画面を見上げている。

 キラが心ここにあらず、だったのはこれからのことを思ってだった。ラクスを部屋に送り届けた後、キラはラクスを逃がす決意を固めた。決行するのは人が寝静まる深夜――宇宙では夜も昼も関係ないが、生活のリズムを崩さないため地球時間で艦内は朝、昼、夜が存在する――にした。それまでは時間がたっぷりとあり、眠くもないし、やることもないのでここに来ていたのだ。時間潰しに訓練をしに来たら先客が居た、というわけである。

 放心状態のキラを見て、フラガは勘付いた。元々勘のいいフラガは人がその時何を思っているのか、分かることがある。今もまたキラの心の中が読めた。

「なあ、少し相手をしてくれよ。コンピュータ相手じゃあんまり訓練にならない。お前、ジン使えるか?」

 シミュレーターでは一定以上のデータが入っていれば敵軍の機体でもとりあえず使うことは出来る。ジンは何機も鹵獲されていてデータも豊富にあるので、実に忠実に再現されている。連合のシミュレーターなので流石にOSまで再現は出来ないので、実際の性能より落ちているのは確かだが、訓練できないよりはましというわけだ。

 キラは考えもせずに頷いて対になる擬似コックピットの左側に入った。フラガは右側に入り、少しして準備が整う。

 両者のモニターと外のモニターに擬似宇宙が表示され、二機がその中に出現する。互いの距離は程ほどにあり、障害物も程ほどにある。訓練に使う最もポピュラーな状態だ。

「容赦はしないぜ。お前も、本気でかかって来い。お前が勝てたら、坊ずって呼ぶのやめるよ」

「分かりました」

 キラは気持ちを込めないで簡単に返事をし、模擬戦をスタートさせるボタンを押した。二機のメインモニターに<GAME START>が表示され、同時に機体を加速させる。

 キラのジンはオーソドックスな武装で重斬刀に機銃を装備しているだけだ。フラガのゼロはいつもとかわりない。

 互いは最大限に加速していたのであっという間に視界に入った。先制攻撃を仕掛けたのはフラガだ。四基のガンバレルを四方に射出し、ワイヤーの有効距離を考えて本体をジンに接近させる。

 キラは分かれたガンバレルに目をやってから、それを無視して本体に機銃を向ける。距離が縮まったところで機銃を撃つ。連続で弾き出された弾丸は細いゼロの機体を掠めることなく飛んでいく。ゼロはそのままジンの横を通り過ぎて背後に出る。その間にガンバレルがジンの四方を囲み、一斉に攻撃する。

 四基のガンバレルからの攻撃をキラは避けつづけた。それだけのことでも今までのキラなら出来なかっただろう。しかし今のキラは何度も激闘を生き残った戦士である。避けることに意識を集中すればガンバレルの攻撃を凌ぐことは出来る。だが敵はガンバレルだけではなく本体もある。ガンバレルの攻撃を回避するのに手一杯でゼロの機体に取り付けられたレールガンから放たれた高速の弾丸が臀部を掠めた。

 キラは今まで心がどこかへ行っていたが、この時の衝撃で我を取り戻した。ガンバレルの弾丸よりもレールガンの弾丸のほうが脅威と知り、キラはレールガンを避けることを意識しながら、一基のガンバレルに迫る。ガンバレルはワイヤーで本体と繋がれているため、動きに制限がある。伸びきったガンバレルはただの的でしかない。

 キラは多少の損傷を恐れず一基のガンバレルに接近、機銃を撃ち込んでこれを破壊した。他の三基は既にガンバレルに戻っていて、本体と一緒に接近してくる。キラもまたジンを接近させた。MAの弱点の一つは細かい動きが苦手で、接近戦に弱いところだ。逆にMSは人間に近い動きが出来、接近戦が得意。機銃を左手に持ち替え、右手で重斬刀を抜く。

 フラガも伊達に経験を積んではない。MAでMSと接近戦をやるのは自殺行為だ。MAにもMS、ジンに勝る点があり、それは加速力だ。全力で加速させればジンを振り切ることが出来る。そこでフラガは全速力でジンに接近した。

 一旦距離を置くだろう、と考えたキラには意外な行動で咄嗟に機銃を向けるが間に合わない。ゼロはすれ違う瞬間にガンバレルの一基を射出、ジンにぶつけると機体を無理やり反転させて、さっきと逆の側からまた加速して通り過ぎる。今度は横に周り込むようにしてジンに近づく。

 ジンはぶつけられた衝撃で体勢を崩し、その間にゼロがガンバレルのワイヤーを機体に巻きつけてきたので身動きが取れない。ワイヤーは腕や足を封じるように巻きついていて、無理やり引きちぎろうとしても中々上手く行かない。その間に残った二基のガンバレルと本体のレールガンでジンに止めを刺した。

 ジンのメインモニターに<GAME OVER>が赤文字で表示され、擬似コックピットが解放される。フラガの技量による勝利だ。

 実はこのガンバレルのワイヤーで相手の動きを抑える、というのはキラが見ている間にも行われていたのだ。だが心ここにあらずのキラは見ているようで見ておらず、覚えていなかった。これが敗因の言えよう。

 擬似コックピットから出て来た二人は共に汗だくであった。短時間とはいえ、意識を集中させて戦闘を行えば汗は自然と流れ出る。コンピューター相手にはない緊張感のせいだ。

「さすが大尉ですね。あんな方法、思っても見ませんでした」

 訓練で心を取り戻したキラは笑顔であった。単純に自分よりも何倍も経験のあるフラガと戦えて嬉しかったのだ。自分の訓練にもなり、時間潰しにもなり、キラには良いこと尽くめのように思えた。

 だがフラガは妙に真剣な顔つきでキラの名前を呼んだ。

「キラ」

「はい? 僕は負けたんですから、今まで通りでいいですよ」

 キラはそう言ったがフラガの顔つきを見て気持ちを引き締めた。フラガの本気の瞳を見ると、心の奥を覗かれているように感じて、キラは右手を胸に当てた。

「お前は軍人じゃない。軍人には出来ないことが出来るってことを覚えておけ。ま、だからといって何をしていいわけでもないが、な」

 最後のほうにはフラガの顔に普段の明るさが戻っていた。それでもキラは落ち着かない気持ちになる。キラはフラガが自分のやろうとしていることを見抜いているのが分かった。

 でもフラガの言葉からは『やめろ』と言っているように感じられない。むしろ『お前にしか出来ないことだ』と言っているように思えると、気持ちを落ち着かせる。

 そして明るい声で一言答えた。

「はいっ」

 軍人ではないとはいえ、尊敬している相手ということもあってキラは敬礼を見せ、軽い足取りで部屋に戻った。

 去っていくキラの後ろ姿を見てフラガは自嘲の笑みを浮かべて、呆れながらに呟いた。

「俺って甘いのかな」



 この後、誰もが思う。この時フラガがキラを止めていたら、マークが死んでいただろう、ということを。











 あとがき
  どうも、陸です。
  今さらですけど、この小説見にくいと思う方はいらっしゃるでしょうか?
  自分で読んでいると少し微妙な気がしてきまして、もし読んでいる方のなかに見にくいと思う方がいるのなら、是非申し出てください。改善したいと思います。
  次に本編のことですが、進行が遅いですかね(苦笑)内面を書こうとすると、どうも量が多くなってしまって。このままだとアニメより話数多くなるのではと心配です。
  これから削れるところは削っていこうと思ってますが、それでも進行が遅い時は言ってください。なんとか考えて見ます。
  ということで(どういうことで?)次回はラクスを逃がす話ですね。これは短く出来そうなので短くして、再びミゲル隊襲撃につなげていきたいと思います。
  それではまた次回。

 

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代理人の感想

今回は話がちゃんと切れてましたね。

マークやニキ、フラガもしっかり見せ場があっていいんですが、展開そのものは同じというあたりはちと微妙ですか。

それよりも次回になるかどうかわかりませんが、

キラが無断出撃及び捕虜逃亡幇助のかどで簡易裁判にかけられるシーンがありましたよね?

あれがいかにも「キラは理不尽に責められている」という演出でしたが、

悪くも悪くも、あれが本編のカラーを決定付けてましたよね。

そこらへんをどう書くのか、楽しみにしてます。