PHASE−13『追う者・追われる者』



「お前達は危険って言葉すら知っちゃいねえのか!」

 MSデッキの隅の方からマードックの怒号が響いた。彼の前には必死に説教に耐えるサイとミリアリアが立っている。整備士たちは見て見ぬふりをして、各々の仕事に取り組んでいた。

 マードックの説教は始まってからもう十分を過ぎている。何度も何度も同じことを繰り返し、激しい口調で言い放つ。サイとミリアリアは反論できるはずもなく、ただ静かに説教の終りを待つ。

「すいませんでした」

「ごめんなさい」

 サイとミリアリアは何度目かの謝罪を同時に行う。マードックの真っ赤に染めあがっていた顔が次第に元の色を取り戻す。やっと興奮が鎮まったようだ。

 サイとミリアリアが説教されている理由は、二人が捕虜を逃がす手助けをしたからではない。マードックも口には出さないが、民間人を盾に取ることは反対なのだ。問題なのは、勝手にMSを動かしたこと、それを見逃したことにある。下手をすれば作業中の整備士が踏み潰されるなり何なりして命を落としたかもしれない。マードックがしつこく怒る理由はそれにあった。

 それでもずっと説教を続けるわけにもいかない。興奮が収まって、マードックは落ち着いた口調で言った。

「もう分かっただろうから、説教はこれまでだ。お前らは民間人だから軍法会議とかにゃかけられないが、罰は受けてもらう。トイレ掃除だ。嫌だとは言わせねえぞ?」

 二人共もっと辛い罰を覚悟していたので、嫌だということはなかった。なにより、マードックの迫力ある顔が二人に発言を許さない。

 説教から解放された二人は一通り整備士たちに頭を下げてからお決まりの食堂へ向かった。今ブリッジに戻るのは得策ではない気がしたのだ。

「キラ、大丈夫かな」

 いくらか歩いたところでミリアリアが心配げに口にした。直接MSを動かして、ラクスを連れて逃がしたキラが民間人だからといって何も無いとは思えない。それがミリアリアを心配にさせる。

 サイも心配ではあったが、ミリアリア程ではなかった。出来るだけ明るい声で励ます。

「大丈夫に決まってる。キラだって民間人なんだ。酷いことはされないよ」

「でも……」

 それ以上言葉は続かなかった。二人はそれから黙って食堂に入り、席についてキラの帰りを待つ。

 一言も話さないままゆっくりと時間だけが過ぎていく。次第に二人の心にキラはもう帰って来ないのでは、という気持ちが浮かんで来た。だがそんな心配はすぐに打ち砕かれた。食堂にあるモニターが鳴って、画面にマードックが映し出される。

「マードック曹長、どうかしたんですか?」

『どうかしたじゃねえよ。キラが戻って来たんだよ。来てやりな』

 ぶっきらぼうにそれだけ言ってマードックの姿が消える。サイもミリアリアも顔を明るくして、MSデッキへと駆け出す。

 二人はMSデッキに着く前にキラを見つけた。だが脇にマシンガンを抱えた兵士がいて、話し掛けられる雰囲気ではない。キラも兵士も気付いてないようで、そのまま何処かへ行ってしまう。二人は互いに顔を見やって、一度だけ頷くとキラたちの後をつけた。

 鋼鉄の扉を挟んで途切れ途切れに声が聞こえる。マリューの冷静な声だったり、ナタルの冷たい声であったり、フラガの慌てた声であったり。それでもキラの声は一時も聞こえることがなかった。

 しばらくするとマリューの声で「銃殺刑」という聞きたくない言葉が二人の耳に届いた。お互い顔を見合わせると、どちらの瞳も恐怖に取り込まれていた。飛び込んで許しを願う勇気もなく、二人はただキラが出てくるのを待つ。

 衝撃の発言から数分して中の緊張とは正反対の気の抜けた音がして扉が開く。まず少し微笑んでいるマリューが出てきて、何も言わずそのまま何処かへ行ってしまう。続いて出て来たのは、額に汗を浮かべているが、どこかほっとした表情のキラだった。

「キラ、大丈夫なのか?」

 サイとミリアリアが待っていたことにキラは驚きとそれ以上の喜びを感じた。キラの瞳に映る二人はとても心配そうに見えた。

「うん、大丈夫。罰としてMSの掃除をしなくちゃいけないけど」

 キラが明るいを声を出した時にフラガが気楽な声で「ま、しょうがないわな」と言って、キラの肩を叩いた。フラガはそのままどこかへ行き、続いてナタルが出て来た。ナタルは前の二人と違って明らかに怒っており、いつも以上に冷たい表情が出ている。

 三人は何も言うことが出来ず、ナタルが去るのを待った。

「二人は大丈夫なの?」

 ナタルの姿が見えなくなったところでキラが言った。サイとミリアリアは心配げだった顔を改めて答える。

「マードック軍曹にこっ酷く怒られたよ」

「それにトイレ掃除一週間だって。でも、キラも私たちも、これくらいで済んでよかった」

 ミリアリアの安心しきった声に男二人は頷いた。

「さてと、キラも無事だって分かったし、俺らはトイレ掃除しに行くよ。早くやらないと、また軍曹に怒られるから」

「じゃぁね、キラ。また後で」

「うん、また後で」

 サイとミリアリアは笑顔を携えてトイレ掃除へ向かった。普段なら嫌になるトイレ掃除も、今の気分なら苦にならない様子だ。

「戻って来て良かったんだ……」

 二人の後ろ姿を見送って、キラも自分の仕事へと向かう。


 ラクスを無事保護することが出来たヴェサリウスとハーティはラクスを引き渡すために足つきとは反対の方へ向かっていた。

 救助されたラクスはアスランに引き連れられて廊下を歩いていた。アスランは久しぶりに婚約者を目の前にして、頬を赤くしている。

「あれでよかったのですよね」

 横目で婚約者をちらちら見ていたアスランはラクスの出し抜けの発言に思わず「えっ?」と返した。すぐに恥ずかしい返事をしたと分かって、先ほどとは違う意味で頬を赤くした。

 ラクスは自分のつま先に向けられていた視線を隣のアスランに移す。

「私の飾りだけの力も、たまには役に立つものですね。私は、目の前で貴方とキラ様が戦うのを見てはいられませんわ」

 幾日、幾月ぶりに直視した婚約者の愛らしい瞳は悲しみに塗られていた。アスランは急に真面目ぶって、軍人らしく答えた。

「仕方がないことです。キラが連合の味方をする以上、キラは敵です」

「まあ、そんな悲しいことを言わないで下さい。本当は、そのようなこと思っておられないのでしょう?」

 自分の本心をあっさりと見抜かれてアスランは何も言い返せなかった。ラクスの言う通りで、本当はまだキラを敵だと思えないでいた。それでもキラが連合にいる以上、敵対するしか他はない。今回はラクスの配慮でどうにか戦うことを避けれたが、同じことはもう起こり得ない。

 アスランは他の部屋よりも一際大きい部屋の前で足を止めると、扉を開けてラクスを中に入れた。ラクスは部屋に入るなり、悲しげな表情を見せた。

「また、閉じ込められるのですね。あちらでもそうでしたわ。私は皆さんとお話がしたいだけなのに……」

「ここも、足つきも軍艦です。当然のことです、我慢して下さい」

 本当は少年らしい気持ちで婚約者に接したいのに、それが出来ないアスランの態度は突き放すようで冷たい。

 数秒無言でラクスはアスランの顔を見つめた。婚約者といってもあまり会うことの出来ない少女に見つめられ、アスランは恥ずかしくなって顔を背ける。

「貴方もキラ様も心優しい方なのに戦争しないといけない。嫌な時代ですね」

「戦争のない時代なんて、ありませんよ。優しくても、そうでなくても、戦う時は戦うしかないんです」

 アスランは自分の口調が冷たくなっていることに心を痛めた。本当は優しく接したいのに、状況がそうさせない。普通に接したいのに、必要以上に冷たくなってしまう。

 ラクスはヴェサリウスに入ってから一度も笑顔を見せなかった。アークエンジェルではよく見せていた笑顔も、母国の軍艦となると話は別だ。誰もが「プラント最高評議会議長の娘」として扱い、一人の人間として接してもらえない。アスランもそういう態度になっていることが、ラクスには良く分かった。

 アスランもラクスも両親が勝手に婚約を決めたことに反論はない。お互い嫌いではないからだ。だが、そうは言っても好きかどうかも分からない。何分会う機会が滅多にないのだ。片や軍関係のトップの子として戦場を駆け抜け、片や評議会議長の娘として日々アイドル的な活動に追われている。前に落ち着いて話した日が分からなくなるほど、二人は会っていないのだ。

 話す機会や触れ合う機会がなくてはお互いの仲を深めることは出来ない。互いに互いを好きになろうとしても、その機会がないのだからどうしようもない。

 久々に会っても軍艦の中で話すような話題はなく、二人は俯いて黙ってしまう。そろそろ出ようとアスランが礼をしようとした時、ラクスが下を向いたまま言った。

「私たちは久しぶりに会えたのに、お互い笑うことも出来ないのですね……」

 ラクスの悲しみに暮れる声に、アスランは自嘲の笑みと共に答えた。

「笑って戦争なんか出来ませんよ。……これで失礼します」

 アスランは形式ばって敬礼を見せ、それ以上何も言わず部屋を出た。背中にラクスの視線が突き刺さるのを感じながら。

 ブリッジに向かいながらアスランは自分の気持ちを考えていた。ラクスに言われた通り、建前はともかく本気でキラを敵とは思えない自分の気持ちが正しいのだろうか、考えずにはいられなかった。

 アスランは自分が軍人であり、プラントの為に連合と戦うことに疑問はなにもない。父親に言われたこともあるが、自分の意志も軍に入ることを認めていた。母親を奪った連合を許すことなど、アスランには出来ないことだった。

 だがそれはあくまで連合と戦う時の気持ちだ。これから避けることの出来ない、親友との戦いの気持ちはまた別だ。そもそもキラは連合の人間ではない。オーブに住んでいた、中立の人間だ。それがなぜ連合に協力するのか。キラは友達を守るためと言っていたが、アスランには分からない。

 当然アスランにも友はいる。だがそのほとんどは軍人であり、自分も軍人であり、戦場で互いが互いを守るのは当然とも言える。しかしキラは民間人なのだ。なぜわざわざ自分の命を失う危険性を冒してまで守ろうとするのだろうか。コーディネイターとはいえ訓練なしで戦えるものではない。連合の艦にいるなら、連合の人間に守ってもらえば済むはずだ。それなのにキラは自ら最新鋭のMSに乗り、前線で戦っている。

 アスランは自分をキラの立場に置き換えて考えてみた。自分は訓練を受けてない素人。乗るのは連合の最新の戦艦。戦艦には友達も乗っている。なら自分はMSに乗って友達を守ろうと戦うだろうか。いや、戦わない。というよりも戦えるはずがない。素人が出ても死ぬだけだ。守るのは軍人にやってもらえばいい。どれだけの仲かでも自分の命を捨てでも友達を守ろうと思えるほど自分は強くない。アスランはそう考えたのだ。

「やっぱりあいつは、お人よし過ぎるんだ」

 思わず口から言葉が零れ出た。アスランは結果として、キラは自分を顧みないほどのお人よしなんだと結論づけた。そうでなければ、訓練なしでMSに乗れはしない。それでもおかしすぎるくらいだ。

 結論づけたところで、余計にキラと戦うのがアスランには苦に思えてしまった。自分を捨ててでも友を守ろうとする親友を自分を撃てるのか。そう考えると、撃てそうになかった。アスランもまた、ラクスが言うようにキラに負けず劣らず優しい少年であったのだ。

 どうにもならない考えが終った時、ちょうどアスランはブリッジに通じる扉の前に立っていた。今は考えても仕方が無い、とりあえず自分を納得させてブリッジに入る。

「失礼します」

 ブリッジではクルーゼとアデスがテーブル型のディスプレイで次の行動について話し合っていた。アスランは敬礼を見せて素早くその傍に行った。

「ラクス嬢の様子はどうだね?」

 クルーゼが社交辞令といった感じでアスランに訊く。

「落ち着いている様です」

「そうか、それは良かった。早いところラコーニに受け渡さなければな。足つきを追うことも出来ん」

 アスランはそこでやっと一つ変なことに気付いた。ラクスを受け渡すならそのためについてきたゼノンの隊に渡せば済むことだ。その後でラコーニとポルトの隊に合流し、足つきを追撃する。こちらのほうが自然に思えた。

 アスランの疑問を感じ取ったのか、クルーゼが若干口調を渋らせて言った。

「悔しいがラコーニの隊よりもゼノンの隊のほうが腕が立つのでな。足つきを落とすために、ついてきてもらうのだよ」

 その説明でアスランは納得した。クルーゼ隊は数ある部隊の中でも最も腕の立つ隊の一つだ。それに次ぐくらいにゼノン隊は腕が立つといわれている。足つきほどの艦を落とすとなれば、互いの関係はともかく実力のある方を連れて行くのは当然と言える。

 アスランが納得したところにアデス艦長が言った。

「我々はラクス嬢をラコーニ隊長のところに受け渡した後、ゼノン隊と共に足つきを追う。途中でポルト隊、ガモフとも合流する予定だ」

「それまでしばらく時間がある。君は休んでいるといい。激しい戦いになるだろうかな」

「了解しました」

 アスランは敬礼をして早々とブリッジを出る。途中ラクスの部屋の前で足を止め、しばらく扉を凝視した後で自分の部屋に入り早々と眠りについた。


 ラクスを受け取ったら本国に戻れると踏んでいたゼノンは半ば苛立っていた。クルーゼから足つきを追撃するために同行して欲しいといわれた時には、目が飛び出しそうなほど驚いていた。

 部下たちは今にも爆発しそうな火山を抱えている気持ちで落ち着かない。そんな落ち着かない状況の上、ゼノンはよく愚痴をこぼす。

「全く、なぜわざわざ俺を連れて行くのかね。お互い嫌いなのは知っているだろう」

 ぶつぶつ言っても始まらないが、ゼノンはことクルーゼに関すると愚痴の数が増えるのだ。

「実力を評価されるのが嬉しいことだが、あいつに評価されてもな。これからどうなるんだか」

 それはこっちの台詞だ、と思った部下が多いのは言うまでもない。


 ヴェサリウス、ハーティとは反対に足つきに迫りつつあるガモフのブリッジでは毎度のように次の行動について話し合っていた。正確に言えば、言い合うだけで話し合いにはなっていない。

 テーブル型のディスプレイには第八艦隊を示す多くの赤い点と足つきを表す一つの赤い点、その間にガモフを示す青い点が表示されている。足つきが第八艦隊に合流するまでに後二十分強といったところで、ガモフが足つきを捉えるのは凡そ十分後。合流前に戦える時間は十分しかないことになる。

 この十分という時間が意見を分けさせた。

「足つきが本隊と合流するまで二十分、そのうち戦えるのが十分しかない。それは危険過ぎますよ」

 中々結論が出ないところにニコルがいつになくはっきりとした態度で発言した。それに応えるように、イザークもいつになくはっきりとニコルの意見を蹴り飛ばした。

「十分しかないのか、十分あるのか、要は捉え方だ。お前の考え方は臆病過ぎるんだよ。俺たちには十分ある、十分もあれば足つきを落としてみせるさ」

「そういうこと。奇襲成功の有無は実働時間で決まるわけじゃない」

 毎度毎度のことでディアッカがイザークの肩を持つ。ニコルは臆病から言っているわけではないので、臆病者と言われるとむっとした顔になる。イザークやディアッカはそれを楽しんでいる節があった。

 一体二のいつも通りの対立を無視して、一応の指揮権を与えられているミゲルは悩んでいた。ニコルの言うことも、イザーク、ディアッカが言うことも分かる。それ故にどちらを取るか悩めるところなのだ。

 自分たちでは最終決定を下せないので三人はそれぞれ違った様子でミゲルを見た。顎に指を当て、ディスプレイを凝視していたミゲルはゆっくりと顔を上げてそれぞれの顔を見やる。

「どちらの言い分も分かる。今回はイザークたちの意見を取り入れよう。十分で足つきを落とすのは難しいだろうが、合流をむざむざ見過ごすわけにも行かない。よって合流前の十分、攻撃を仕掛ける」

 ミゲルの決定にニコルは肩を落としながらも、素早く気持ちを切り替えた。

「分かりました、やりましょう」

「ではゼルマン艦長、進路を足つきの方へお願いします」

 定位置から少年たちを見守っていたゼルマンは静かに頷き、命令を出す。その間にイザークとディアッカは意気揚揚とブリッジを出て行った。

 ミゲル、ニコルも出撃準備のためにブリッジを後にする。二人と違うのはちゃんと敬礼を見せるところにある。

「ニコル、お前の気持ちも分かるが、今回は分かってくれ。目の前で合流するのを眺めているなど、クルーゼ隊長も許しはしないだろう」

 落ち込んでいるように見えるニコルを気遣ってミゲルが声をかけた。ニコルは弱々しい微笑みを見せて、分かっていますと答えた。

 ミゲルは今までもクルーゼ隊にいたが、自分が指揮を取るようなことは一度もなかった。今回初めて指揮を取ってみて、その難しさを肌で感じた。MSパイロットの多くは若い兵士で意見を取りまとめるのが難しい。特にエリート意識の高い赤服たちは素直に命令を聞かないところがある。この場合赤服というのはイザークとディアッカだけを指しているのだが。

 こんな時にアスランがいてくれればな、と遠く離れている友のことを思った。アスランはクルーゼ隊の四人の赤服の中で一番冷静さがあり、実力もあってリーダーに向いている。この場にいてくれればいい意見を提供してくれたはずだ。ミゲルも幾つもの戦場を駆け抜けてきた敏腕パイロットであるから、このようないない人間に頼ろうと思うことは少ない。それでも思ってしまうのは、それだけ取りまとめるのが難しく、アスランの腕を信用しているからと言える。

 居ない友のことを頭から追いやり、ミゲルはニコルと一緒にパイロットスーツに着替えた。イザークとディアッカは既に着替え終えてMSのコックピットに入っている。

 戦意が高いのはいいんだがな。と小声で呟くとニコルが「何か言いましたか?」と反応してきた。ミゲルは何でもない、と言ってニコルに続いて借り物のMS、イージスのコックピットに入った。

 シートに腰を落ち着けると計器のチェックに入る。素早く全ての計器をチェックし、次に機体の状態を見る。オールグリーン、どこにも異常はない。出撃までもう少し時間があるようで、ミゲルは目を瞑って気持ちを落ち着かせようとしていた。イザークらより年上といってもたったの二歳である。彼らと同じように気持ちが先走ることだってあるのだ。だが今自分は一応とはいえ指揮を取る身、そういうことがないようにと気持ちを落ち着かせるようにミゲルは心がけていた。

 しばらくするとモニターにゼルマンの顔が映し出された。

『足つきを捉えた。出撃してくれ』

「了解しました」

 ミゲルが答え終わると早々とイザークのデュエルが出撃し、ディアッカのバスターがそれに続く。少し間を置いてニコルのブリッツが飛び立った。

 最後に残ったミゲルはイージスをカタパルトまで移動させ、意識を戦闘に向けて集中させる。管制官からの指示が入った。

「ミゲル・アイマン、イージス、出る!」

 力強い掛け声と共にイージスは宇宙へと飛び出した。



 マークは尊敬する人物に会えると思うと興奮してじっとしていられなかった。それで偶然出会ったカズイを捕まえて、機体にカズイに描いてもらったマークを写していた。

 人間の何倍もあるMSの肩にマークをペイントするのは並大抵のことではない。マークはマードックに頼んで、ライル率いる元アルテミス整備班を借りて急いで作業をしていた。時間潰しにはいいが、こんな時に敵が来たら困るのでお早く終わらせる必要があった。

 十数人で仕事をすると意外と早く作業は終わった。作業後のハーディガンの右肩には黒豹が住み着いていた。マークはペンキ塗れになりながら、満足げに愛機を見上げる。

「うん、いいできだ。手伝ってくれてありがとよ、カズイ、ライル技術少尉」

 マークと並んで機体を見上げていたカズイとライルがマークのほうを向いた。

「役に立ててよかったです」

「気にしないでください。我々もたまにはこういう、息抜きみたいなこともしたいですから」

 カズイもライルも満足げに頷いた。三人は揃ってハーディガンの黒豹を見上げる。他の整備士たちも満足そうに見上げていた。それほど、黒豹の出来は素晴らしいものだった。

 しばらく見上げているとまずライルが先に仕事に戻った。

「それでは我々は元の仕事に戻ります」

「ああ、ほんと助かったぜ」

 敬礼を見せてライルは部下を引き連れて反対側の格納庫に向かって行った。

「お前ももう行っていいぜ。折角の休憩時間を取って悪かったな」

「そんなことないですよ。それじゃぁ、これで」

 カズイも覚えた敬礼を見せてMSデッキを出て食堂に向かった。本当なら食事を取るはずだったので、本来の目的を達成するためのことだ。

 残ったマークはもう一度愛機の黒豹を見上げて呟いた。

「ロイ、お前の意思はしっかりと受け継いだぜ。俺やニキのこと、見守ってくれよ」

 マークは服を着替えるためにロッカールームに向かった。すれ違った人々は誰もがマークの稀に見る満面の笑顔に驚いていた。


 アークエンジェルの艦内は少なからず期待を抱いた人々で賑わっていた。もうすぐ第八艦隊と合流が出来る。それはつまり、やっと軍艦から解放されるということだ。否応なく期待してしまう。

 だが中には安心しきってない者もいた。何せ少し前に先遣隊と合流する直前で襲撃され、結局合流できないで終わったのだ。幾ら艦隊といっても、MAとMSの差は大きく、何があってもおかしくない。それが幾人かの人を不安にさせた。

 そんな安心しきってない者の中にサイとカズイもいた。二人は食堂で食事を取っていたところだ。だが嬉しさ以上の不安で食べ物が喉に通らない。カズイなんかはフォークで突いているだけだ。

「俺たち……降ろしてもらえるのかな」

 陰を持った声でカズイが呟いた。付き合いの長いサイはそれだけでカズイの不安の大きさを感じとれた。

「大丈夫だろ。俺たち、民間人なんだからさ」

「そうだけど……。ラミアス大尉の言葉覚えているだろ?」

 そう言われるとサイは黙ってしまった。保護という名目で拘束された時、マリューは自分たちがしたことを第一級軍規に属すると言っていた。その上、極刑に科せられてもしかたがない、と。

 今までは戦うことに必死で降りるときのことを考える余裕がなかったが、振り返ってみれば確かに無事に降りられる保証はなさそうだ。

「それに俺たちはまだ大丈夫でもさ、キラは……」

「キラだって、俺たちと同じだよ」

 カズイの心配はキラの友達連中全員の心配であった。キラは最も高い機密である最新鋭のMSを操って戦い、さらに不利なことにコーディネイターである。オーブの人間なのだからコーディネイターでも不思議ではないが、場合が場合なので話は違う。アルテミスのような展開になる可能性も十分ある。

 二人はそれきり黙って食事に集中した。それでも悩みの種は尽きることはなく、食事はさほど進まない。

 黙って食事を続けていると渦中のキラが入って来た。

「二人とも、どうしたの?」

 二人が自分のことを心配しているとは知らずに、キラは明るい声で話し掛けた。二人が顔を向けると、キラの後ろにフレイが黙って立っているのが目に入った。

 サイとカズイの視線が自分の背後に行ってることに気付き、キラは振り返って後ろを見た。そこにはどこか生気に欠けているフレイが立っている。

「フレイ……」

 キラが居た堪れないといった感じでどうにか名前を口にした。フレイは視線をキラから外しながら、小さい声だがはっきりと聞こえるように言った。

「キラ、ごめんなさい。私、あんな酷いこと言っちゃって……。あの時は、気が動転していたの。本当に、ごめんなさい……」

 フレイが謝る様子を見て、三人とも目を疑った。いつものフレイなら謝る時でさえ高慢な態度を崩しはしない。謝っているのだが、どこか私が悪いんじゃない、という気持ちが現れている。

 しかしどうだろうか。今のフレイは心の底からキラに謝っているように見える。三人ともしばしばそのフレイの姿に見入ってしまった。

「ぼ、僕こそお父さんを守れなくて、ごめん」

「ううん、私がいけないのよ。キラは一生懸命戦ってくれているのに、あんなこと言って……。私、本当に悪いと思っているの、ごめんね、キラ……」

「う、うん。いいんだ、気にしないで」

 キラはフレイがそう言ってくれたことに嬉しさを覚える反面、なぜか恐ろしさを感じていた。何か含みがあるような、ともかく、素直に受け入れられそうにはなかった。

 サイもキラと同じでフレイがいつもと違うことに気付いていた。何処が違うのかといえば明確に答えられないが、それでもいつもと全く違う人間になっている。

 一瞬の沈黙の後、誰もが最も聴きたくなかった音が艦内に鳴り響く。

『第一級戦闘配備、各員は持ち場につけ。繰り返す……』

「戦闘配備!? また敵が来たのか!」

 真っ先にキラが叫び声をあげた。艦内が途端に慌しくなり、サイとカズイはブリッジに向かうために駆け出していた。それに続いてキラも駆け出す。

 丁度食堂を出たところでキラは小さな女の子とぶつかった。女の子は小さな悲鳴と共に弾かれて、尻餅をついた。キラが謝ろうとしたとき、フレイが割って入って来た。

「ごめんね。お兄ちゃんは急いでいたから、許して上げてね。このお兄ちゃんは今から敵と戦って、倒してくれるのよ」

「ほんとにー?」

「ええ、本当よ。みんな、みんな倒してくれるのよ……」

 キラは戦慄した。フレイの言葉には魔物が住んでいるように思えたのだ。子供を助けたのも優しさではないのが分かる。フレイの心の闇が、キラには少し感じられた。

「キラ、早く!」

 昇降機に乗って待っていたサイが大声を出した。キラはうん、と返事して昇降機に乗り、MSデッキを目指した。

 その場に残ったフレイは少女の手をひいてキラの去る姿を見つめていた。

「そうよ、みんな倒してもらわなきゃ……。そうじゃなきゃ、許さないんだから……」

「い、いたいっ!」

 少女の手を握る力が自然と強くなり、少女はフレイの手を振り払って走り去ってしまった。そしてそこには心の闇を前面に出したフレイだけが残された。


 先に出撃したマークのハーディガンとフラガのゼロは肉眼で確認出来る距離まで四機のGに近づいていた。四機のGは背を合わせてくるくる回りながら接近してくる。

「なんだってんだ……?」

 マークが思わず疑問を口にすると、その答えが返って来た。四機は瞬時に散開し、今まで四機がいた場所をガモフが撃ったビームが通り過ぎる。ハーディガンもゼロもビームに当たることはなかったが、守るべき艦は直撃を受けた。それでも対ビーム装甲のラミネート装甲のおかげで無傷である。

「機体で射線を隠すとは、やってくれるじゃないの」

 フラガはザフトの四機に連携が出来たことに少なからず恐怖を覚えた。今までの四機はろくな連携がなく、そのおかげで相手のスペックのほうが上でもどうにか対処できてきた。それが今では、四機揃って狂いのない動きを見せている。

 舌打ちを一つして、フラガはゼロをバスターの方へ向けた。バスターは砲撃戦専用なので近接装備がなく、重武装のせいで動きが鈍い。ゼロの武装で傷を負わすことは出来ないが、動きの遅いバスターの足を止めるくらいは出来ると踏んだのだ。

 バスターに向かっていくゼロを確認して、マークは狙いをイージスに絞った。マークらパイロットはGと戦うためにGのデータを見ることを許され、実際にデータを見ていた。それによるとイージスはストライクを含む五機のGの指揮官機に当たる。なら今の場合もイージスが指揮を担当しているだろう、とまずは頭を潰そうと考えた。残りの二機は、キラとニキがやってくれると信じてマークはイージスを目指す。

 ザフトの四人はいとも簡単に敵の意図が読めた。それもそのはず、MAとMSは迷うことなくそれぞれバスター、イージスに向かってくる。それを確認して、ミゲルが全機に通信を入れる。

「ここは相手の動きに合わせるぞ。俺がキャノン付きのMS、ディアッカはMAをやる。イザークとニコルは足つきに向かえ」

『ふんっ、言われないでもやってやる。行くぞ、ニコル』

『分かりました。落として見せますよ』

『ちぇっ、MAの相手かよ。ついてねぇの』

 三者三様の答えと同時に各機動き出す。既にハーディガンとゼロは迫ってきていた。ミゲルはビームライフルを狙いも定めずに向けて撃った。相手も馬鹿ではない。迫り来るビームを次々に避けて反撃してきた。ミゲルもまた冷静になってビームを避ける。

 時を同じくバスターとゼロも交戦を開始した。

「今時MAなんか、相手じゃねえんだよ!」

 ディアッカは余裕の笑みを浮かべて二つの火砲を向け、交互に撃ち放つ。的確な射撃であったがゼロは掠ることもなく勢いをつけて迫ってくる。何度撃ってもゼロを捉えることが出来ず、ディアッカは苛立ち始めた。

 フラガはバスターの執拗な攻撃を避けるだけで攻撃を加えなかった。どうせ当てても相手にダメージはない。足を止めるだけなら、攻撃を避けているだけでも十分だ。もし自分を無視しようとしたなら、その時は攻撃を仕掛けて足を止める。フラガの考えを無視してバスターはしつこく、砲撃を止めることはない。

「うざったいんだよ、お前!」


 ディアッカは叫び声を上げながら二つの砲身を繋げ一つにすると、大きいのを一発お見舞いした。二つでも捉えられなかったゼロを一つで捉えられるはずもなく、ディアッカの苛立ちは募る。

「一体一なら、なんてことはないな。でも、いつまで持つか……」

 フラガの心配は自分ではなくアークエンジェルに向けられていた。


 マークは次第に押され始めていた。性能の差は元より、今までのGパイロットと違って、イージスのパイロットにはナチュラルを侮るといった気持ちがないようだ。余裕を見せることなく、確実にこちらの息の根を止めようとしている。

 もしイージスのカラーがオレンジであったら、マークはパイロットが誰であるか分かっただろう。だがイージスは全身淡い紅色であって、中のパイロットが誰であるのか、予想も出来ない。

「ちくしょう、厄介だな、こいつは」

 肩に担がれたキャノンから撃ち出されたビームはイージスを捉えることなく宙に消える。続いて手持ちのビームライフルを放つがシールドで受け止められてしまった。

 今度は相手の攻撃で、こちらの動きを読んだ正確な射撃を見せる。マークはそれに必死に対応して、光を避け、盾で受け止め、どうにか凌ぐ。

 しばらく中距離での射撃戦が行われていたが、これでは埒があかないと、ミゲルはイージスをMA形態にすると一気に加速して距離を詰める。

 マークは舌打ちをして高速で突っ込んでくるイージス目掛けてキャノンとライフルのビームを放つ。イージスは臆することなく全てギリギリのところで避けて、構わず突っ込んだ。

 射撃の反動が仇となってハーディガンはイージスを避けきることが出来なかった。左手のシールドを前面に押し出し、イージスの機体の先に集まった爪を受け止める。音が聞こえるわけではないが、マークはシールドが凹んだことを感じ取る。

 イージスは集束していた爪を開き、そのままスキュラを放った。考えて行動していたなら、マークの命はなかっただろう。爪を開いた衝撃で弾かれたシールドを引き戻し、全身のスラスターを駆使して機体をイージスの口から少しでも遠ざける。と、同時に開かれた爪の奥にある口から強烈な閃光が放たれ、シールドごとハーディガンの左腕を奪い取った。

 後一秒でもマークの反応が遅かったなら、左腕だけでなく全身を破壊されたことだろう。マークは冷や汗をかきながらバーニアを全開にしてイージスの上に出、生き残ったキャノンとライフルを乱れ撃つ。

 これで決まった、と思っていたミゲルは一瞬反応が鈍り、危ういところでビームの直撃を受けるところだった。機体をMSに変形させることで、ビームをやり過ごすと、距離を開かせまいとハーディガンに再び迫る。

 ミゲルは相手が逃げるだろうと踏んで接近したのだが、意外にも相手は接近してきた。キャノンとライフルを乱れ撃ちしながら、同じようにして距離を狭めてくる。接近戦の距離に入ると、ハーディガンはライフルをイージスに向けて投げつけ、空いた手でビームサーベルを抜く。

 迫り来るライフルに対して、ミゲルもまたライフルを投げつけた。二つのライフルがぶつかりあい、ほんの一瞬互いの姿が見えなくなる。次の瞬間には両者ビームサーベルを抜いて相手に斬りかかっていた。

 二本の光剣が交じり合い、言わば鍔迫り合いになっていた。

 数秒は互角であったが、元のスペック差が物を言って状況はイージスに有利になった。ハーディガンは徐々に押され、いつ弾かれ、そのまま斬り付けられてもおかしくない。

 ここでマークは半ば無謀な行動に出た。右肩のキャノンの狙いをイージスのコックピットに定める。直撃したとしても、下手をすればイージスは爆発し、それに巻き込まれてハーディガンも無事では済まなくなる。

 しかし、マークに迷っている余裕も時間もなかった。死は覚悟の上でキャノンのトリガーに指をかけ、引き金を引く。放たれた光線の先には何もない。

 マークに相打ち覚悟があっても、ミゲルに死ぬ気はなかった。鍔迫り合いで勝っているのはイージスなのだから、退くことも容易い。一気に相手を後方に押すと、バーニアを吹かして急上昇する。直後、数秒前まで居たところをビームが貫く。

 一旦距離を置いたミゲルは珍しく焦燥と不安に駆られた。

――ここでこいつは落とさなければ、多くの同胞を失うことになる……

 僅かな戦いの間にミゲルは相手の実力を感じ取った。相手がナチュラルであることを考えると、相当腕が立つ。スペックに差があるなか、幾度も素晴らしい反撃を繰り出し、自分の命と引き換えにしてもこちらを倒す腹がある。ここで生かしておくと、後々多くの仲間が死ぬであろうことを感じたのだ。ミゲルには敵機の肩に住んでいる黒豹が死神に見えた。

 幸い状況はミゲルに有利がある。幾ら相手が実力者でも機体とパイロットのスペック差は覆せない。現にハーディガンはボロボロであるが、イージスに傷はない。相手は命を犠牲にしなければ、こちらを倒すことは出来ない。

 一気に勝負を決めようとミゲルはバーニアを全開に、ハーディガンに突っ込もうとした――が、思わぬ通信が入った。

『ミゲルさん、ミゲルさん! イザークが、イザークが!』

 この時ミゲルもマークも互いを倒すことに精一杯で、周りが見えていなかった。既にアークエンジェルは二機のGに襲われ、それをストライクとガンブラスターが撃退していたのだ。ゼロとバスターの戦いは長引くばかりで、終わりがこない。

 イザークが言うようにニコルには臆病な面があるが、戦場で冷静さを失うようなことはなかった。ミゲルはそれを重々承知していたかこそ、ニコルの焦りように驚いた。

「どうした、ニコル? イザークがどうしたんだ!」

『イザークが負傷したみたいなんです。さっきから痛い、痛いって……』

「くそっ。そろそろ十分か、これ以上は無理か……。撤退する!」

 ミゲルらが退くよりも早く、マークとフラガはアークエンジェルに向かっていた。









 あとがき
  お久しぶりな陸です。
  時間をかけたわりにはテレビを変化なし。というよりは、あんまりこれからもないかもしれません。
  地上からは変えられるんですが、降りる前では決まっているので、中々変えることが出来ませんで。そういう腕もないんですけどね(苦笑)
  終わりまで大分長くなりそうですが、どうぞ付き合ってください。よろしくおねがいします。
  では、また次回。

 

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代理人の感想

うーん、微妙。

原作にない面白さを出さないと、やっぱ二次創作って面白くないと思います。

展開とか、裏設定とか、思いもかけぬ(しかし納得できる)キャラクターの行動とか。

 

>幸い状況はミゲルに有利がある。

「ミゲルに利がある」ですね。あるいは「ミゲルに有利である」とか。