PHASE−外伝『友よ』





 ラグランジュ4にある廃コロニー群の一つに連合が秘密裏に作った基地が存在する。表向きには存在しない、まさに秘密基地というヤツだ。

 ここのコロニー群が廃墟になったのは最近のことだ。近くで何度も連合とザフトの小競り合いがあい、それに巻き込まれたらしい。コロニーの被害はそれほど大きなものではなかったようだが、住民が戦闘に怯えて逃げ出したらしく、そのせいで廃墟となっている。

 その廃墟を連合は巧く利用したわけだ。ザフトも何の利用価値もないコロニー群には興味を示さず、今まで問題は何一つ起きていない。

 そんなわけで、俺は任務のために何の面白みもないコロニーにいる。正確に言えば連合が急ごしらえで作った簡素な建物の中だ。住民がいないせいで町に行っても楽しめることがない。だから俺や俺の同僚は暇があっても建物から出ることはあまりない。

 俺はMSの戦闘訓練を終えたばかりで、体を休める以外する気になれなかった。休むだけなら自室で仮眠でも取ればいいんだが、それはそれで虚しい気がして談話室のソファに体を預けている。ソファと俺の身長が噛み合っていて昼寝をするのうってつけだ。

 ソファに横になって五分もしない内に、談話室の自動ドアが開いた。いつ聞いても同じ音がしてガラスドアが左右に割れる。視線を上に向けてみると、見慣れた顔がそこにあった。特に言うこともない普通の黒い髪に黒い瞳、適度な身長と体重。普通という言葉がよく似合う男、ロイ・フォードだ。

「なんか用か?」

 澄んだ靴音を携えてロイが近づいてくる。全体的に普通な印象しかないが、それが女性兵士にウケて、ロイはこの基地で一番モテている。そのせいで男に睨まれているのは、言うまでもないだろう。

 気の抜けた声を投げかけてもロイは反応しないで俺を見下ろすように立った。目を上げてみると、呆れているロイの顔が見える。

「なんか用か、じゃないだろう。ここはお前の部屋じゃないんだぞ、マーク」

 呆れ顔の親友を前に寝ているのも悪いので体を起こして座りな直した。ロイは近くのテーブルにある椅子を引き寄せて座った。まだ呆れているようだ。

「嬉しそうな顔をしているな。何かあったのか?」

 俺が適当なことを言うと、ロイは少し照れくさそうに言った。

「エリーに電話をしていたんだ。マイクが学校のテストで百点を取ったらしいんだ。父親として嬉しいだろ? あ、いや、そうじゃなくてだなあ」

 まだ青年にしか見えない笑顔を見せるが、すぐに俺が話しを逸らそうとしているの気づき、真面目な顔つきになった。

 今俺に説教をしているロイはモテるのに女の話がない。それはこういうことだ。それにこいつは誰にでも――特に俺やニキに――結婚生活や子供のことをロイは自慢げに話す。それはどれもこれも、普通な家庭のことだ。

 俺はロイのことを『普通』だと言っているが、それはあくまで外見上――性格や家庭もかな――のことで、ロイには誰よりも抜きん出た能力が一つある。目の前の呆れ顔をした普通の男は、ナチュラルにして優れたMSパイロットなのだ。

 ロイは俺の親友であり、MSの扱いを教えてくれた教官でもある。年の差は二つで俺が二十三、ロイが二十五なので、本当なら敬語を使うべきなのだがロイも俺も堅苦しいのが嫌いなのでそういうのは抜きにしている。ロイは訓練校時代の教官で、今はMS実験部隊の隊長だが、昔から堅苦しいのが苦手で大概の兵士と普通に話をしている。

 唯一、ロイや俺に堅苦しい丁寧な言葉を使う奴がいる。訓練校時代の同期で同じくロイの元で学び、ロイの部下となった数少ない女性パイロット、ニキ・テイラーだ。

 俺が腑抜けながらロイの説教を聞き流していると、そのお堅いニキが入ってきた。濃い蒼色の長い髪、冷静さを絶やさない黒い瞳、引き締まった体。悔しいがニキは美人といって差し支えない。男どもの一番人気でもある。

 しかし付き合いが長い俺やロイは知っている。ニキは決して馴れ合わず、常に人と距離を置いている。故に男どもはニキに手を出さない。出しても無視されるだけだからだ。ただ、俺やロイは付き合いが長いのでそれなりの交流はあるが、それでも時々近寄りにくい雰囲気を感じる。

「ニキ、聞いてくれよ。こいつってば俺の言ってること何にも聞かないんだ。どうにかしてくれ」

 俺が聞き流していたことはバレていたらしく、ロイが両手をぶらぶらさせながら音もなく近づいてくるニキに言う。

「聞いてるって。要するに休むなら自分の部屋で、だろ?」

 適当な答えを返したところでニキが俺とロイの間に立った。相変わらずの無表情だ。笑顔でも作ればそれこそどんな男でも仕留められるのに、と思うともったいない。

「これから戦闘訓練を再開するそうです」

 抑揚のない声でニキが言う。

 戦闘訓練。午前中何度もやったのでもう飽き飽きしていたが、反面ロイに勝てるチャンスが生まれたという喜びもある。

 ロイは教官であり隊長であり親友であるが、今では何よりもライバルだ。今まで模擬戦で俺はロイに一度も勝ったことがない。機体性能は同じなので、明らかに腕の差だ。それが何より悔しい。

「おかしいな。後一時間は休憩のはずだが」

 ロイが眉をちょっと上げる。ロイの癖で疑問があると出てくる。確かにロイの言う通りで休憩はまだ一時間ある。体力を大きく消費する戦闘訓練を行うには、それなりの休憩時間が必要なのだ。

「より多くの戦闘データを収集するため、と言っていましたが、確かに何かありそうですね」

 ニキがロイに同調する。二人とも険しい表情で何か考えているようだ。この二人が揃って考え出すと、必ず何か起きる。宇宙世紀時代に存在したという<NT>じゃないかと俺は疑ったりする。実際のところは偶然なのだろう。NTは宇宙世紀時代に滅んだと俺は訓練校で習った。

 しばらく二人が考えているのを傍観していたが、何も話さないので俺が声を上げた。

「何だっていいだろ。俺らは命令に従うだけだ。早く行こう。俺は一刻も早くお前に勝ちたいんだ」

 にやっと笑って見せ立ち上がる。俺の笑った顔を見てロイは「そうだな。考えるのは後にしよう」と小さく呟いた。ニキも考えるのをやめて、俺らは揃って格納庫に向かった。



 格納庫には三機のMSが仲良く横一列に並んでいる。機体はどれも同じ<ガンブラスター>と呼ばれる、宇宙世紀最後の大規模な戦争<ザンスカール戦争>で使われたMSだ。ザフトのジンに比べると小さい小型MSだが、本来の性能はジンを凌駕している。だがそれはミノフスキー粒子を有効に使えた時代だからこそ、核融合炉が使えたからこその性能だ。ニュートロンジャマーがあっても核融合炉は使用可能だが、二度とMSに使用されないようにと製造方法を封印し、使用を全面的に禁止した。それを破ろうとする者も多々いたが、そのたびに阻止されている。唯一例外的に認められているのはエネルギー源としての大型融合炉のみだ。これも厳重に管理されていて小型化するのは難しい。それ故に今では外見こそ当時のままだが、性能は大分落ちている。もちろん、性能ではジンに劣っている。さらに言えば数が絶対的に少なく、訓練用に三機回されているのは奇跡としか言えない。なんでも数を増やすためにデータが必要だそうだ。パイロットを育成する時間が少ないので、それを補うためらしい。

 唯一勝っているのは武装面だろう。ザフトには過去のデータがないために、今だMS用のビーム兵器を完成させてはいない(データなしでMSを作っただけで十分恐ろしい連中だがな)。対して連合は豊富なデータと、宇宙世紀時代にMS生産で名を馳せたアナハイムの後ろ盾がある。そのおかげでビーム兵器を作るのにはさしたる苦労はなかったと言える。とはいえ、それもザフトに比べればの話だ。ちなみに公式的に言えばアナハイムは潰れているが、元社員たちが各地でひっそりと続けているのが実際だ。大型ドックラビアンローズを拠点にしているらしい。今は昔のデータなどを売って資金を得ているようだ。

 ともかく俺ら三人の乗機は立派な機体だ。本体の性能こそ劣るかもしれないが、それでも十分やっている自信がある。いや、やらなきゃいけない。そのために俺らは訓練を積み、データを得ているのだ。

 俺らはそれぞれ自分の機体に向かう。右肩に01、左肩にキザな黒豹のマークが描かれているのがロイ機、右肩に02と描かれているのが俺の機体、同じく03と描かれているのがニキ機だ。それぞれコックピットに入る。

 まずは手馴れた手つきでシステムを起こす。オールグリーン、問題なし。後は命令通りに動いて、その後模擬戦が始まる。

 いつになく命令が来るのが遅れ、結局五分も待たされた。やっとのことで指示が出され、ロイ機を先頭に格納庫からリフトを使って外に出る。

 三機は仲良く飛んで宇宙に出た。指定された宙域模擬戦を行う。今回は午前の時よりも範囲が狭く、障害物が多い。こういう時での戦いでこそ、MSは真価を発揮する、と誰かが言っていた。

 組み合わせはいつも通りロイ一機に対してこちらは俺とニキの二機。それでも今まで勝利したことはない。しかし、こう障害物が多ければ案外勝てるかもしれない。いいや、勝つ。でないと俺の気が済まない。十二連敗勘弁だ。

 三機が別々の場所に移動してから一分後、戦闘開始の合図が入る。仲間と入ってもニキとの通信は許されない。あくまでも単独での実力で戦う。同時に行うのは、単に時間が惜しいことと、一機ずつだとあっけなさすぎるからだろう。

「今日こそ勝たせてもらうぜ」

 俺は意気揚々と機体を加速させた。



 捨てられた廃材や大小の岩の間を縫うように進んでいく。宇宙世紀時代に発見されたミノフスキー粒子とザフトが撒いたニュートロンジャマーのせいでレーダーやセンサーはあまり当てにならない。それでも無いより有ったほうがいいわけで、とりあえず気を配る。まだ反応はない。

 有視界にあるのはゴミばかりで機影は見当たらない。もしかしたら相手に発見されている可能性があるので速度を落とし、岩や廃材に身を隠しながらゆっくり進む。これだけの巨体を隠しながら動くのは難しいが、今更だった。何度も同じ訓練を積んだんだ、これくらいは鼻歌を歌いながらでも出来る。

 ある程度隠れながら進んだとき、視線の先に機体を見つけた。レーダー、センサーに反応はない。どうにか機体だと分かるくらいで肩の番号までは見えない。ロイかニキか、判断材料はないが、俺の勘がロイだと告げた。一つ深呼吸をして、意識を目先の機体に集中させる。恐らくレーダー、センサーに引っ掛からないギリギリのところにいるはずだ。少しでも踏み込めば気づかれる可能性があった。一撃を入れるには、全速で接近する必要がある。

 機体が俺に背を向けた。チャンスだ、そう思って機体を加速させる。すぐに敵を捉える。ビンゴ!ロイ機だ。

 ロイ機が射程に入るなり俺はペイント弾を乱射した。狙うよりこっちのほうが命中率がいい。ロイはすぐこっちに気づいたようで上昇しながら振り返った。放ったペイント弾は全て避けられ、お返しとばかりにロイ機が攻撃を仕掛けてくる。

 俺は機体を止めることなく岩や廃材の合間を猛スピードで突き進む。何発か肩や足に当たったがそれくらいの被弾は仕方がない。ロイ機は接近していく俺から逃げるように後退しながら攻撃してくる。ロイの操縦技術はさすがだ。後ろ向きで小さな隙間を躊躇い無く進んでいく。一々廃材や岩を盾にしているのでこちらの攻撃は全く届かない。

 俺の悪い癖ですぐに乱射してしまい呆気なくペイント弾が尽きてしまった。ちっと舌打ちを一つしてライフルを投げ捨て、左手に持ったシールドを前に出してロイの攻撃を防ぎ、右手でビームサーベルを引き抜き最大限に加速する。ビームサーベルと言っても出力を大分落としているので装甲を貫くことはない。安心して攻撃できるってもんだ。

 少しでもミスれば岩や廃材にぶつかる状況下で全速力を出すってことは、ロイの頭の中に無かったらしい。俺の機体の加速から逃げ切れずあっという間に距離を詰めた。その間の攻撃はほとんどシールドが受けたのでこっちの損傷はない。

 ロイ機の目の前で急上昇し、ビームサーベルを振り下ろす。咄嗟のことだ、対処できまい。そう思ったがロイの反応は予想以上だ。振り下ろしたサーベルはライフルで止められ、切断されるほんの数秒の間にサーベルを抜き、こっちの胴を狙ってきた。

 寸でのところで機体を後退させ難を逃れる。後僅かでも遅かったら俺は負けていた。だがこれで危機が去ったわけではない。一撃で仕留められなかった以上、俺のほうが不利だ。

 二撃目を与えようとロイ機を探すがいつの間にかに消えている。レーダーが捉えた時には遅かった。ロイは俺が背にしていた廃材から飛び上がり斬りつけて来た。俺は振り向くことなく機体を前進させてサーベルを避ける――が切っ先が背中のバックパックを断ち切った。コックピット内にアラームが鳴り響く。後一撃でも喰らえば俺の負けだ、くそっ!

 ロイの追撃が迫る。機体を急反転させてシールドでサーベルを受け止める。出力が落ちているとはいえ、シールドも鉄板のような安物なので断ち切られるのは目に見えている。一瞬だけ受け止めるとシールドから手を離し、シールドごとロイ機を蹴っ飛ばす。MSの質量を持ってすれば蹴りも十分な攻撃になる。

 蹴りを喰らったロイ機が体勢を崩す。チャンス到来!

 右手のサーベルを振り上げ、シールドごとロイ機を斬る。やったと思った。初めて勝ったと思った。しかし、そう世の中甘くはない。

 俺が斬り捨てたのは俺のシールドとロイ機のシールドだった。ロイも俺と同じようにシールドで受け止め、それを手放すことでサーベルから逃れたのだ。そう理解した時には、モニターに<GAME OVER>の赤い二文字が表示されていた。

 シールドを囮にしたロイは、それを斬って隙が出来た俺を二つのシールドごと貫いたのだ。正確無比な攻撃だ。切っ先はコックピットを捉えている。

「くそっ、これで十二連敗だ」

 吐き捨てるように言うと驚くことが起きた。ロイ機が撃墜されたのだ。頭上から降ってきた無数のペイント弾を避けれずに赤色塗れになっている。

『私の勝ちですね』

 それまで姿が見えなかったニキ機からの通信だ。ペイント弾の先に、ニキ機が佇んでいる。あの女、俺らがやりあってるのを見て隙を狙っていたのか。いけ好かないぜ、くそっ。

 サブモニターに映るニキは滅多に見ない笑顔を浮かべている。確かに綺麗だが、今は腹が立つ。

『ははは、やられたな、これは。漁夫の利っていうのは、こういうことを言うんだな』

 もう一つのサブモニターに笑い声を上げてるロイが映った。負けたくせに笑ってやがる。ちくしょう、余計腹立つ。

「お前、俺がやられてるの見てただろ?」

 棘のある言葉を投げてみる。

『ええ、そうです。二機でかかっても返り討ちにあいますからね。確実な方法を選びました』

 笑顔がいっそう輝く。いつか、必ず、この恨み晴らしてやる。そうでないと、気が済まない。

 笑っている二人やそれを尻目に機嫌の悪い俺のところに帰還命令が出る。意外と短いようで結構な時間が経っていた。戦闘が終了すると疲れが全身を取り込んだ。全神経を集中させて戦うと、その疲労は並じゃない。

 先に帰還する二機の後ろにくっついて俺も帰還した。この機嫌は当分直りそうにない。



 格納庫に入って、コックピットから降りると先に着いていた二人が待っていた。二人とも考え事をしているようだ。何かあったな、そう思った。

「何かあったのか?」

 不機嫌な声で問うと、ロイが真剣な表情でこっちを見た。雰囲気で、冗談が許されないと悟り、俺は機嫌を正す。不機嫌のままいられるようなことでなさそうだ。

「司令が呼んでいる。すぐに行くぞ」

「ああ、分かった。けど何の用だろうな。俺らはちゃんと任務してるはずだが」

「行ってみれば分かります。行きましょう」

 ニキは元々冗談が通じない冷めた奴だが、今は冷めたというよりも冷静という印象を受ける。やはりただ事ではないな。

 格納庫から出て長い渡り廊下を行くと三階建ての本館に入る。白塗りの小奇麗な建物の中には司令部や休憩室、食堂、娯楽室、シミュレータールームなどあらゆる設備が詰まっている。それだけに横幅は結構なものだ。

 俺らは渡り廊下から入ってすぐのところにあるエレベーターで三階に昇り、丁度中央にある扉の前で敬礼と挨拶をする。

「ロイ・フォード中尉以下二名、失礼します」

 ロイの挨拶に合わせて俺とニキも失礼します、と言って敬礼をする。見えない相手に敬礼して意味があるのか、と常々思っているが口には出さない。

 重々しい声で「入れ」と返ってきたのでロイを先頭にして入室する。三階全部を使ってるだけあって司令部は横に長い。色々な計器が設置されていて、それを扱う者が何人かいる。俺たちの目の前には縦長のテーブルが置かれていて、奥の端っこにマッケン・ロトリー司令が座っている。

 ロトリー司令は戦艦の艦長も兼任している。年は確か五十二、頭部はすっかり老け込んで真っ白だ。顔も堀が深く、肌は浅黒く、実年齢上に見えかねない。ただ、体のほうは鍛え抜かれていてごつごつとしていて、俺らが束になっても敵わない強さを秘めている。俺らを含めたほとんど全ての兵士に慕われている好人物だ。

 そのロトリー司令が視線で座れと合図したので、俺らは司令の左側に一列で座った。司令と会うといつも重苦しい雰囲気を感じるが、今日はそれに緊迫感が加わった。二人の感じ方は正しいみたいだな。

「訓練終了後早々で悪い。疲れていると思うが、少し付き合ってくれ」

 司令はそう言いながら傍らに立つ補佐官に命令して資料を配らせた。たった一枚の紙切れだったが、その真ん中には見たくないものが写っていた。

「ザフトのローラシア級、ですね」

 写真に写っている艦の名称を無感情にロイが呟いた。それに司令が頷く。

 ロイが言った通り、紙切れの真ん中の写真に写っているのはザフトの主力艦ローラシア級だった。艦そのものの攻撃力は連合の艦とそれほど違わないが、MS搭載艦として恐れられている。艦よりもその搭載機が恐ろしいわけだ。

 俺もニキも黙って次の発言を待つ。この場合、俺らは――いや、俺は一介の軍人としていないといけない。普段のような態度を取れるわけもなく、ただ黙って成り行きを見守る。

「これは補給艦が撮った写真だ。ここに来る途中遭遇したらしい。民間船に偽装こそしていたが、恐らく疑われているだろう。何せ、ここには本来誰もいないはずだからな」

 司令の声はいつにも増して重く、苦々しい。下手をすればこの基地が見つかってしまうのだ、重くも苦くもなる。

「もちろん尾行を考えて補給艦は一旦退かせた。その後偵察機を飛ばしてみたのだが……」

 語尾を濁らせて補佐官を見る。補佐官は機械人形のように素早く的確に二枚目の写真を配った。これもまたローラシア級だが、一緒に強行偵察型のジンが写っている。

「やはり敵はこちらに気づきつつあるようだ。偵察機は発見されていないので、ここが気づかれた可能性は低い。だが、万が一ということもある」

「司令、一つよろしいでしょうか?」

 司令が喋り終わるなりロイが声を上げた。少し間を置いて司令は頷く。

「なぜザフトは突然この辺りを警戒しだしたのでしょうか? 今までは偶然でもザフトがこの辺りに姿を見せるようなことはなかったはずですが」

 ロイの言うことは俺にも分かる。かれこれ俺たちは二ヶ月近くこの廃コロニーにいるが、それまでザフトが近寄ってきたことはない。ここに利用価値がないから、近づく必要がないのだ。だからこそここに秘密基地に選んだはずだ。それなのに、なぜ今日に限ってザフトはこの辺りにいたのか。それは俺も、恐らくニキも気になるところだ。

「各地で連合のMSが戦闘訓練を行っているのは、知っているな?」

 三人とも頷く。そんなことは当たり前だ。俺たちがやっているのだから、他でだってやっているだろう。

「その内何回かザフトと交戦したらしい。そのせいで、ザフトは隠れ蓑になりそうな場所を探しているのかもしれん」

 ロイの表情は頑なに変わらないが、表情を変えないニキもさすがに驚きを隠せないようだ。俺ももちろん、驚いて顔が変わってるだろう。極秘裏にしなければ行けない連合のMS所有の件、それがザフトに見つかってしまったのだ。相手は連合にMSがないと調子に乗っている。だからこそ、こちらにも付け入る隙があった。だがもし、このことでザフトが連合のMSに警戒を示したら隙がなくなる。なんせザフトは、いやコーディネイターは遺伝子操作で連合の俺ら――ナチュラル――を楽に上回る能力を持っている。対等に戦って、勝てるかどうか怪しいところだ。

 司令もやはり深刻そうな顔をしている。事態は俺が考えられるような範囲じゃないみたいだ。

「交戦の結果はどうだったのですか?」

「痛み分けと言ったところだ。ザフトはこちらにMSが存在することを知らず、またMS戦を経験していない。経験では我らの方が上であり、過去の優れたデータもある。そういうこともあって五分五分だそうだ」

 どうせなら完膚なきまでに負けるべきだったな、と俺は思う。そうすればザフトは連合のMSを警戒しないだろう。五分五分ということは、ザフトにとって脅威になる。MS戦の差が五分五分なら、物量に勝る連合が勝つのは必然だろう。

 もちろんそう毎回都合よく五分五分とは行かないだろう。これでザフトが連合のMSを警戒すればMS戦の訓練をするだろうし、何か他の改善策を生むかもしれない。ともかく生身の、パイロットの部分では大きく劣っているんだ、連合は。そのためのデータ収集、そのための戦闘訓練。

「ここにも近々ザフトが来るだろう。何せこの辺りでは最高の隠れ蓑だからな」

「では……」

 ロイが真剣そのものの表情で司令を見つめる。司令は一度頷き、俺やニキにも視線を向けた。

「ここから撤退する。既に準備は始まっている。君たちにはそれまでに十分な休憩を取ってもらいたい。最悪の場合……実戦になる」

 その言葉に俺は内心怯えた。ペイント弾の訓練ではなく、実弾の戦闘。それに相手は能力で上回るコーディネイター。万が一にも勝ち目がなさそうに思える。ニキも同じ気持ちなのか、表情に影がある。

 唯一ロイは表情を変えてない。聞いた話では、ロイは俺らの隊長になる前、一度実戦を経験しているらしい。ロイはそのことを一切話さないし、聞いても答えない。だが、俺やニキの反応と違って動じないところを見ると、話は本当のようだ。

「出発時間は1700。今から三時間後だ。急なことで済まない。実戦になるようなことは極力避けるつもりだが、可能性は0ではないということを覚えておいてくれ」

 司令の言葉には俺らを心配している気持ちが表れていた。ロトリー司令が兵士に慕われる理由の一つだ。司令は階級に関係なく、兵士一人一人のことを考えてくれている。

 不安げな俺やニキを横目にロイは平常時と変わらない落ち着いた声で答える。

「了解しました。それでは、失礼します」

 ロイが立ち上がって敬礼するのに倣って、俺もニキも弱弱しい声で挨拶をし、敬礼を見せてロイの後を追って扉を出る。無垢な廊下に出ると、今までの話が空言に思えてきた。

「二人とも、疲れているか?」

 落ち着いた声だ。この状況下で落ち着けるんだ、俺やニキが一対一で戦って敵わないはずだ。

「大丈夫です」

「平気だ」

 俺もニキも本当に疲れてはない。ただ、動揺していて普段通りに見えないだけだ。ロイもそれは分かっているのだろう、軽く頷いた。

「話がある。今からシミュレータールームに行くぞ」

 そう言ってエレベーターのボタンを押す。すぐに到着したエレベーターの扉が開き、無言のまま中に入る。機械的な音だけが聞こえる。

 ちんっ、という音と共に扉が開く。一階に着き、ロイの後を追ってシミュレータールームに向かう。シミュレータールームは一階の一番右端、格納庫に繋がる渡り廊下とは正反対のところだ。汚れ一つない真っ白な床に壁、天井が目に入る。いつもと同じ廊下だ。

 この建物は横幅があるために一番端に行くまで少しかかった。その間俺たちは一言も話さなかった。いつもなら、俺やロイは喋っているだろう。ニキは普段から聞き手で話し手になることは少ないが、今日は誰も話さない。やはり事態は深刻であり、現実のことだ。気を引き締める必要がある。

 建物と同じで真っ白の扉の前に立ちと自動ドアが開く。中には向かい合うように擬似コックピットが一基ずつ、それが二つある。つまり計四機の擬似コックピットがあり、その中央に中心となる装置が設置されている。天井からはパイロット以外にも状況が分かるようにモニターが吊り下がっている。

 扉が閉まるとロイが振り返り、真面目な上にいつになく強烈な気迫を感じる。普段は優しく、温和とさえ言える男がこうなるほど、俺らがコーディネイターと戦い勝ち残るのは厳しいのか。自然と恐怖が俺を飲み込んでいく。今まで一度たりとも死を恐れたことはない。それは、実戦を経験していなかったからだ。そうとしか思えない。

「お前たちは俺が実戦を経験したことがあるのは、知っているな?」

 今までロイが口を閉ざしてきたことを、ロイ自身から話し始めた。

 俺とニキは示し合わせたように顔を見合い、一緒に頷いた。

「これからそのときの話をする。俺にとってこれほど辛かったことはない。だから今まで俺自身は何も話さなかった。だが、実戦を経験する可能性があるなら、話した方が良いと思う。実戦の怖さを、今から教えてやる」

「待てよ、ロイ。わざわざ俺らを怖がらせて意味があるのか? どうせなら、大丈夫だ、とか言ってもらいたいもんだ」

 今の俺は普段の強気とは打って変わって弱気だ。恐怖を知りたくないから、くだらないことを言ってしまった。

「それは違うぞ、マーク。無知のままで戦うことのほうが恐怖に繋がる。予め知っていれば、少しは対処も出来るだろう」

 その通りだ。今のは俺が大人げなかった。今まで話すつもりがなかったことを話すというんだ、それだけ大事なことなのだろう。情けない、俺はなんて情けないんだ。

「聞きましょう、マーク。彼のほうが私たちよりも経験豊富です。実戦になって生き残る可能性が高くなるなら、聞きましょう」

 ニキの声は僅かに震えていた。ニキも実戦に対して怯えているみたいだ。それなのに男の俺がうじうじして女のニキが決意を固めている。いや、男や女は関係ないな。普段と違う状況になって慌ててる俺が可笑しいんだ。俺はいつもの俺らしくいればいい。

「そうだな、悪かった。俺らしくないよな、気弱になるなんてよ。ザフトでも何で倒してみせる」

「その意気だ。じゃぁ、話すぞ」

 ロイが何年ぶりかのように笑顔を見せたように思えた。ロイの温かみのある笑顔で、俺の気持ちを和らいだ。ニキも同じだろう。

 そして、いよいよロイの話が始まった。

「俺が実戦を経験したっていうのは本当だ。二人が訓練校を卒業する少し前、俺がMS実験部隊の隊員になったのは知っているな?

 その少し後だ。連合の宙域内で俺と仲間二人はいつも通り戦闘訓練をしていた。連合の宙域内でザフトとの戦闘はないと俺や仲間は思っていた。その思い通り、ザフトとの間で戦闘は起こらなかった。

 だが、実戦は経験した。前々から宙域内に悪質なジャンク屋が忍び込んでいて、運悪くそいつらと鉢合わせてしまったんだよ。その連中はいつもは訓練後に出る残骸を拾っていたみたいなんだが、欲を出して訓練中に待ち伏せていたんだ。

 案の定、ジャンク屋はMSで武装していた。ジンは比較的ジャンク屋や傭兵に流れているからな。その時は二機いたよ。俺らは軍人だったが、MSの扱いにおいては相手のほうが何枚も上手だった。

 自分で言うのも何だが、実験部隊の中で成績が一番良かったのは俺だった。だがいざ実戦になってみると怯えて何も出来なかった。逃げることも、戦うことも。

 そんな怯えて何も出来ない俺を敵は見逃さなかった。なんとか攻撃を避けていたが、それも時間の問題だった。そんな時、仲間の二人が俺を庇ったんだ。訓練用のペイントライフルと鉄板みたいなシールド、出力を落としたサーベルしかないっていうのに。

 気の合う、良い奴らだった。仲間は俺に言った『お前だけでも生き残れ』『うちのエースが無様な姿を見せるなよ』ってな。俺は逃げたよ。怖くて、その場に居るのが恐ろしくて逃げたんだ」

 一気に喋り終えると一息ついた。ロイの目には微かに涙が浮かんでいる。

「仲間の一人は、逃げる俺を追う敵の攻撃を受けて死んだ。もう一人は追ってきてない方の足止めをして、やられた。二人が命を賭けて俺を助けてくれんだ。

 そのすぐ後だった。後方の基地から援軍が来て、ジャンク屋は呆気なく投降したよ。幾らMSを所持していても連合の戦艦とやりあう度胸はなかったらしい。

 俺は泣いた。逃げ帰った艦の中で泣いたよ。仲間を失ったことに、己の未熟さ、無力さに。隊の中では一番の実力者だと自惚れていた自分が恥ずかしかったよ。

 その時の艦長がロトリー司令だ。泣け叫ぶ俺に司令は言った。『助けて貰った命、無駄にするな。彼らのためにも、今出来ることをすればいい』。

 そう言われて狂ったように訓練をした。模擬戦でも常に相手を殺す気で、相手もこちらを殺す気だと思って訓練を積んだ。それから一度、また実戦が起きた。その相手がまたジャンク屋だった。前触れもなく急に襲われたんだ。

 前のも今度もジャンク屋の振りをしている海賊だと俺は思ったよ。今度は俺が仲間を守る番だった。軍にはザフトとの戦闘データもあるし、それを用いたシミュレーターで訓練が出来た。それをしていたおかげで、二度目は恐怖を感じなかったし、それほど手ごわい相手じゃなかった。

 怯え惑う仲間を下げて、俺は戦った。相手が一機で助かったよ。訓練用の装備だったが、俺は互角に戦い、最後にはジンを撃破した。初めて人を殺したよ。その時は別の意味で怖かった。自分が人を殺したってことがな。

 その戦いの後、俺はロトリー司令の下、MS実験部隊の、お前らの隊長になったんだ」

 そこまで言い終えたロイは自嘲的な笑みを浮かべていたが、頬には涙の後が残っていた。

 一つ二つ呼吸をして息を整えると、ロイは顔を引き締めて言う。

「いいか、覚えておけ。相手に勝てると思うな。もし戦闘になっても、逃げることだけ考えろ。

 俺が戦ったのは一度目も二度目も軍人じゃない。しかし、次の相手は軍人だ。俺だって勝てるか、いや、対等に戦えるかも分からない。

 そんななかでお前らが戦っても勝ち目は0に近い。お前たちにやれることは、逃げ回ることだ。逃げ回れば時間が稼げる。それで十分だ。

 そのための訓練を今からするんだ。勝ち残るための訓練じゃなく、逃げ回るための訓練を、な」

 ロイが言葉を切った。驚きの連続だった。前々からロトリー司令とロイは前から知っているんじゃないか、とは思っていたが、こういう経緯があったことには驚きだ。それに、ロイが仲間を二人失っていること、また敵を倒したことがあること。どれをとっても驚かされる。

 しばらく驚きをかみ締め、少し間を置いて俺は思ってることをそのまま口にした。

「ロイ、確かにお前の言う通りかもしれない。だが逃げ回っているだけじゃ、時間を稼げても意味がないだろ? 戦って勝たなけりゃ、逃げ切ることは出来ないんじゃないか? それなら俺は戦うぜ」

「私もマークと同じ意見です。逃げることだけに集中すれば、逃げることも出来るかもしれません。ですがそれでは、艦を守ることはできません」

 珍しく俺とニキの意見が一致した。ロイは俺とニキを交互に見ている。

「うちの艦は武装こそ貧弱だが、その加速力は並の艦じゃない。一度加速すれば、逃げ切るのは容易さ。それまでの時間稼ぎだ。俺が戦った結果とデータによれば、全速力の場合ジンよりもガンブラスターの方が早い。巧くやれば生きて逃げれる。戦うよりは可能性が高いんだ」

 そう言われると反論できなかった。ロトリー司令はずっと同じ艦に乗っていると言っていた。ということはロイも同じように今の艦に乗っていたことになる。その速さを身で知っているロイが言うのなら、その速さを知らない俺やニキは反論できない。

 それにMSの性能差もデータ上でこそ知っているが、実際の違いは知らない。これもロイは知っている。経験者が言うのなら、その通りだろう。

 俺もニキも納得せざるを得ず、黙ってしまう。それを見てロイは普段の自然な笑みとは似て似つかぬ作り笑みを見せた。

「大丈夫さ。本当に戦闘なんか起こりはしないよ。ザフトは違う方に行っているさ。コロニーはいくつもあるんだからな。それでも念のために訓練だ。コックピットに入れよ」

 ぽんぽんとロイが二度手を叩いた。俺とニキは何も言わずに従い、左側の擬似コックピットに入る。ロイは右側の一つに入った。

 少ししてシミュレーターによる訓練が始まった。今はまだ実力不足と言われてシミュレーターでもジンと戦ったことはない。これが、初めての対ザフトMS戦だった。



 訓練は一時間もしない内に終わった。結果は惨敗。ロイの意見を無視して戦いを挑んでみたが、一撃与えるのがやっとですぐに落とされてしまった。ニキも同じことを試して同じ結果に終わっていた。

 それからは逃げの一手だった。どれだけ長い時間ジンから逃げれるか、それだけだ。俺の最長は八分四十七秒、ニキの最長が九分二十三秒。そこまで大きな違いはない。

 ロイは、といえば逃げる訓練ではなく戦う訓練をしていた。結果は三度やって二度敵機撃墜、一度は相打ちだ。さすがとしか言いようがない。俺やニキも訓練校の成績はトップクラスだし、幾らロイに劣っているとは言え、そこまで大きな差はないと思っていた。だが実際は、目に見えない大きな壁が立っているみたいだ。

 戦闘の結果を見てロイは自然な笑みを浮かべて「逃げるには十分だ。よくやってるよ」と俺らを一応褒めてくれた。俺とニキはその言葉に満足出来なかった。なぜ、こうも差があるのかと考えずにはいられない。

「訓練はここまでだ。出港まで後一時間ちょっとある。お前たちは体を休めておけよ。俺は司令のところに行って来る。じゃぁな」

 そう言ってロイは出て行った。

「くそっ! なんでこんなに差があるんだ! 何が違うってんだよ!」

 怒りのままに拳を壁に叩きつける。何度も、何度も叩きつける。

「やめてください、マーク。手が壊れてしまいます」

 沈んだ声でニキが言い、振り上げた俺の拳を握った。

「何が……違うんだ……」

「今は休みましょう。戦うにしても、逃げるにしても、今の私たちに出来ることは、休むことです」

「だけどよ! この結果で言いのか、俺たちは? 逃げるのも精一杯、敵に一撃を与えるのがやっと。それでいいのかよ……」

 俺は自分の力のなさを嘆く。ロイのあんな話を聞いた後では尚更だ。ロイは自分の無力のせいで仲間が死んだといった。それは、俺が無力だったらロイやニキを死なせるかもしれないってことだ。

 無力じゃいけない。逃げるにしてももっと力がいる。無傷で、どこまでも逃げていけるような実力が。

 ニキは俺の心を読んでいるかのように、悲しい顔をして言う。

「貴方だけじゃありません。私も、自分の無力が悔しい。自分のせいで貴方やロイが死んでしまうと思うと、耐え切れません。ですが、そならないために出来るのは訓練ではなく、休むっことだと私は思います」

「ニキ……」

 ニキは悲しい笑みを見せていた。今まで見たこともない、悲しい顔だ。

 俺はまた自分の馬鹿さ加減を知った。分かっているのに無理なことを言ってニキに助けられている。気づけば俺はいつもニキに助けられている。

「悪かったな、ニキ。俺が馬鹿だった。談話室にでも行って休むことにする。あそこが一番落ち着くからな」

「私も一緒に行きます。実は私も、あそこが落ち着くんです」

 俺とニキは笑みを見せ合った。少しでもお互いの慰めになるように。



 談話室のソファに横になって十数分、中々寝付けなくてようやく眠ろうしていた時だった。この基地で最初で最後の警報だ。

『ザフトのローラシア級一隻が接近中! 繰り返す、ローラシア級一隻が接近中!』

 眠りかけていた俺は飛び起きた。最悪の事態だ。ニキも眠りかけていたのか何度か瞬きをしながら放送に耳を傾けている。

 俺とニキは互いを見合い、頷くと談話室を飛び出す。この場合、機体に搭乗しておくのがベストだと考えたからだ。

「待て、二人とも!」

 渡り廊下を走り抜けている途中でロイの声に呼び止められた。本館のほうに振り向くと、ロイが近づいてくるのが見えた。

「何してるんだよ、早く行こうぜ」

 呼び止めるだけで何も言わないロイを急かす。いつ攻撃を受けるか分からないんだ、早く準備することにこしたことはない。

「焦る必要はない。接近中といっても距離はまだある。無人偵察機からの映像だからな。艦のほうも完了するまで後五分はかかる」

 そうか、と少し安心しかけたがそれは違う。距離があるなら余計に急ぐべきだ。敵がこっちを捉える前に逃げ出す必要がある。

 だが俺らが騒いでも準備が早くなるわけではない。俺は握り拳を作って逸る気持ちを押さえ込む。

「お前たちに話しておくことがある。敵艦、敵MSと戦闘になった場合、お前たちは出撃するな。分かったな?」

「なっ……。何言ってるんだよ、お前!」

 思わず怒鳴った。当たり前だ。なぜ出撃してはいけないんだ。出撃しなければ艦への注意を逸らす囮にもなれない。

 ニキも同じ気持ちのようだ。言葉にこそいてないが、雰囲気で分かる。

「さっきのシミュレーターの結果を見て俺と司令が話し合った結果だ。お前らを無駄死にさせられないからな」

「待ってください。逃げ回って時間を稼ぐくらいなら、私たちにだって」

 感情を前に出して喋るニキを俺は初めてみたかもしれない。それだけ、俺らにとって邪魔扱いされることは悔しいことだ。

「あれは初めてにしては良い出来だっただけだ。実戦じゃ、三分も持たない。これは命令だ、分かったな?」

「馬鹿言うなよ。俺は絶対に出撃するぜ。幾らロイでも、一人じゃ無理に決まってる」

「私もマークと同じです。貴方一人を行かせるなんて、仲間として認められません」

 俺とニキを見て、ロイは微笑んだ。優しい、ロイらしい微笑だ。

「ありがとう、二人とも。だけど、出撃は認められない。既に機体にロックをかけてもらっている。出たくても出れない。分かったな」

 ロイの言葉には悲しみが詰まっていた。俺にもニキにもわかる。ロイは死ぬ気だ。死ぬつもりで艦を、俺らを守るつもりだ。

「なんでだよ! 今まで共に訓練した仲間だろ! 確かに、足手まといになるかもしれない。だからってな、仲間を見捨てられるか!」

 最後まで言ったところで俺は後ろに吹っ飛んだ。ロイの拳が、俺の顔面を的確に打ったのだと分かったのは、倒れて頬を擦った後だ。

「それが結果として艦を沈め、お前の命を無駄にすることになる。二人が出るほうが、艦の危険も増え、俺が死ぬ可能性も高くなるんだ。話しただろ。今までの自信は戦場じゃ何の意味もない。その気持ちだけありがたくもらっておくよ」

 それ以上反論できなかった。死を決意してまで艦を、仲間を守ろうとしている男に刃向かえるほど俺は強くなかった。

「ニキ、マークをよろしくな。こいつは熱くなるとすぐに先走っちまう。お前が止めてくれ」

 俺の耳に届いたロイの声は優しかった。本当に俺を心配に思っていてくれている。いや、俺だけじゃない。ロトリー司令と同じで仲間のことを等しく思っている。そんな男を失いたくは、ない。

 けど俺にやれることはなかった。ロイの言うことを守るくらしか、俺には出来そうにない。

 ロイはニキの肩を軽く叩いて、そのまま格納庫に向かった。放送で準備が完了した、各員搭乗しろと言っている。

「行きましょう、マーク」

 俺はゆっくりと立ち上がり、ニキと一緒に格納庫に入った。そこには既に何もない。俺らの機体は艦に収容されてしまったようだ。

 艦は宇宙港にある。ここからエレカで五分のところだ。俺とニキは格納庫にあったエレカに乗って宇宙港に向けて走った。

 運転はニキがやっている。今の俺じゃぁ、運転しても事故っていたかもしれない。

 誰も住んでいない町を見下ろしながら宇宙港目指して坂を上っていく。

 しばらく進み、もう少しで宇宙港のゲートが見えるというところで警報が鳴る。

『ローラシア級急速接近! 熱源反応、ジンタイプ二! まだ搭乗していない各員は素早く搭乗してください!』

 ついに敵が来た。ニキは冷静にアクセルを踏み、エレカを加速させる。

 敵が来た。つまりロイは出撃するということだ。一機で二機のジンと戦う。無理だ。ロイの腕は確かだし、既に海賊相手とはいえ一機撃墜している。だが、それでも無理だ。発進していない艦を守りながら戦って勝てる、生き残れる相手じゃない。

「マーク、貴方は貴方らしくいてください。ロイがそうであったように」

 俺の顔は険しかったのかもしれない。ニキが前も向いたまま、呟くように言った。

 俺らしく。ふっ、そうか、俺らしくか。悩むなんてのは俺らしくない。そう、ロイが言ったように俺は熱しやすい。熱くなったら、何をするか分からない。それが俺なんだ。

 ここでロイ一人を残して生き残っても、俺は自分が許せないし、生きた心地がしない。一人生き残って虚しくなるくらいなら、共に死んだ方がすっきする。そう、俺はそういう男だった。ザフトが襲撃してきたくらいで、自分を忘れるなんて恥ずかしい話だ。

「ニキ、艦の格納庫に連れ行ってくれ。俺は、出る」

 ニキは俺の方を向いて、笑顔で言った。

「私も出ます。貴方一人じゃ、心もとないですからね」

 ニキが冗談を言うなんて珍しいにも程がある。冗談じゃないかもしれないが、まあそれはいい。

 俺が頷いた頃、エレカは宇宙港のドッグに入った。少し進むと艦があった。後部ハッチが開いていて、今まさに俺らのガンブラスターを収容しようとしている。

 そこへ無理やりエレカで割り込み、作業を邪魔し、立ち上がった大声で叫ぶ。

「俺とニキも出る! ロックを解除しろ!」

 返答を待たずに俺とニキはそれぞれ自分の機体に乗り込む。整備士たちは突然のことでうろたえている。

 そこへ整備班の班長が出てきてコックピットに入ろうとしている俺たちに叫んだ。

「司令の命令だ。お前たちを行かせるわけにはいかない!」

 無視してコックピットに入る。確かにロックされていて起動しない。

 色々試してみるがやっぱり動かせない。そうこうしているうちに、ロイがやられてしまうかもしれない。焦っていると、サブモニターの一つが勝手についた。ロトリー司令が映っている。

『命令無視はいかんな、マーク・ギルダー少尉。ニキ・テイラー少尉』

「司令、今すぐロックを解除してください!」

『それは出来ん。ロイから聞いただろう、お前たちを無駄死にさせるわけには……』

「ならロイは死んでいいんですか! ロイは死ぬ気です。司令だって分かっているでしょう!」

 この『死ぬ気』という一言は効いたみたいだ。司令の顔が苦渋に満ちる。

 時間がないというのに司令はたっぷり十秒かけてから喋り出した。

『分かっている。だが無理なものは無理だ』

「しかし!」

『お前たちはフォード中尉が私に何と言ったか知らないだろう。中尉は、自分はどうなってもいい、もう仲間を失うのはたくさんだ。だから自分一人で時間を稼ぐ。その間に脱出してくれ、そう私に言ったんだ。

 中尉が家族もちなのは知っているな。それなのに中尉は自分のことよりも、仲間のことを優先したんだ。そんな彼の気持ちを無駄には出来ない。もう発進する、おとなしく艦内に戻れ、二人とも』

 ロイは、やはり死ぬ気だったんだ。家族のことよりも、仲間を選んだっていうのか。あの、馬鹿野郎。

 それなら尚更、俺は退けない。ここでロイを見殺しにしたら、ロイの家族に合わせる顔がない。

「それでも私は行きます。三人でかかれば、あるいは助かるかもしれません。もしどうしてもロックを外してもらえないなら、生身でも行きます」

『私もそのつもりです、ロトリー司令。生きて帰れたのなら、どんな罰でも受けます。ですから、どうかロックを外してください』

 あの冷静で規律を守るニキまでそう言うのだ。俺らの決意は司令に伝わったに違いない。

 数秒が何時間にも感じられた。長いようで短い沈黙を破ったのは、司令の溜息だ。

『ふふふ、あの隊長にしてこの部下あり、か。分かったロックを外そう。だが、彼を見殺しにしたくないのは、この艦の誰もが思っている。

 この艦には戦闘力こそないが、逃げ足だけは十分すぎるほどある。君らの帰りを待たせてもらう。今更私たちだけ逃げろとは言わんだろ?』

 司令の声に合わせるように作業中の各員たちが叫び声をあげる。

「もちろんです。私たちの帰りを、待っていてください」

 俺がそう言うと、いつのまにかロックを解除していたらしく、班長が意気揚々に言った。

「必ず生きて帰って来いよ、小僧共!」

 班長の声に応えて、俺は外部スピーカーを通して『了解!』と答えた。

 すぐにシステムを起動し、武装を確認する。使えるのはビームサーベルとバルカン、訓練用のペイントライフルだ。盾は訓練用のを持って行く。

『ビームライフルが一基使えるようですが、どうしますか?』

 ニキからの通信だ。もしかしたらこうなることを予想して、整備士たちは頑張ってくれたのかもしれない。

「お前が持っていてくれ。訓練の時のように、俺を囮にして、お前が止めを刺せ。これならやれるかもしれない」

『分かりました。お互い生き残りましょう』

「ああ、必ず三人で生きて帰ってこよう」

 ニキとの通信を負え、俺はガンブラスターを宇宙港から出し、宇宙に出た。

 これが俺の初陣だ。必ず、三人で生きて帰ってみせる。そう胸に誓って、俺とニキはロイが戦っている方角に機体を飛ばす。



 俺とニキが見たのは壮絶な戦いだった。二機のジンの猛攻を避け、時折反撃するロイのガンブラスター。ロイ機もビームライフルを装備していた。

 とても割って入れる自信がなかった。だが、すぐ決心がついた。ロイのガンブラスターは所々被弾していて、またジンのマシンガンが火を噴き、ロイ機の左肩を掠めた。

 戸惑っていたらロイがやられる。そう思った俺は機体を加速させ、突撃する。既にニキ機の姿は見えない。きっと巧くやるはずだ。

 ロイたちは訓練で使う障害物が多い宙域で戦っていた。だからこそロイは生き残れたのかもしれない。そう思っていると、二機の連携に押されてロイ機が動きを鈍らせた。ジンのマシンガンがロイ機のコックピットに銃口を向ける。

「やらせねぇ!」

 聞こえるはずもない叫びを上げて突っ込む。相手のレーダーなりセンサーが反応したのか、ロイを狙っていたジンは咄嗟にこっちに銃口を向けた。俺はまだ色が落ちてない盾を前面に押し出し、そのまま突っ込む。

 マシンガンから放たれた無数の弾丸が鉄板のような盾を穴だらけにする。使い物にならなくなった盾をジンに投げつける。ジンはそれを避けるために上昇した、今だ!

 俺はジンの頭の上に出て、ビームサーベルを引き抜き一気に振り下ろす。相手がナチュラルなら決まっていただろう。さすがはコーディネイターといったところだ。機体を僅かに横に逸らせ、サーベルの直撃を免れる。それでも右腕を潰してやった。

 突然の救援に驚いたのか二機のジンはマシンガンを闇雲に撃ちながら障害物の合間を縫って後退していく。

『マーク、どういうつもりだ! 来るなといっただろう!』

 すぐにロイの怒鳴り声が飛び込んできた。良かった、元気みたいだ。

「来ちまったんだから仕方ないだろ。それに俺がいなきゃお前は、死んでいたんだぜ」

『覚悟の上だ! ニキも来てるのか?』

「ああ。司令たちも逃げずに待っている。みんな、お前が好きなんだよ。だから一人だけ死のうなんて、考えるな」

『……どいつもこいつも……お人よしだな』

「お前が言うな。俺は考えたんだ。確かに恐怖は感じる。死への恐怖は並じゃない。だが、お前を失う恐怖に比べればくそみたいなもんだ。ニキも、司令も、みんなそれは同じなんだよ、隊長」

『どうなっても知らないからな』

「覚悟の上、さ。必ず生きて帰ろう』

「ああ、こうなったら、そうするしかないな」

 俺らの会話を待ってくれた、わけじゃないだろうが攻撃を一旦中止していたジンが左右に分かれて飛び出た。

『マーク、お前はニキと損傷した一機をやれ。俺は無傷のをやる』

「分かった。死ぬなよ、ロイ!」

『お前たちもな!』

 そう言って俺たちはそれぞれの敵に向かった。損傷している方は右側に居て、岩の陰からこっちを狙い撃ちしている。

 そいつの頭上から光が走った。宙を裂いた光はジンを捉えることはなかったが、岩を貫いた。光の先を見てみると、ビームライフルを構えているニキ機が見えた。

 ジンは迫り来るビームを避けながら俺を無視して一直線にニキの方に向かう。俺は阻止するために残骸どもをすり抜けながらジンに急接近する。幾らコーディネイターでも大量の残骸と岩を避けながら全速力を出すのは無理らしい。それに比べて俺らは何十回もこの場所で訓練を積んでいる。臆することなく全力が出せるってもんだ。

 ロイの言う通り加速力はこっちの方が上だった。ニキを射程に捉える前に俺はジンの前に出た。コーディネイターはナチュラルより優れていると思っている分、驕りがある。俺に追いつかれ、前に出たことに驚いたのかジンの動きが止まる。これを逃すほど、俺は素人じゃない。

 すかさずビームサーベルで胴を凪ぐ。だがやはり避けられた。あいつらの反射神経はどうなってるんだ。サーべルは切っ先が胸部装甲を僅かに溶かしたばかりで、決定打になっていない。

 その場にいたら蜂の巣にされてしまうので俺はすぐに上昇し残骸の裏に回りこむ。ギリギリ間に合って、ジンの反撃は残骸が防いでくれた。辺りを見回すと、上のほうニキが見えた。ここは特にセンサー、レーダーが有効じゃないので気づかれていないのだろう。それがこっちの有利になる。

 俺は残骸から残骸へ移動しジンの攻撃を凌ぐ。一分もしないうちにジンは残弾がゼロになって、マシンガンを投げ捨て、鈍重な鉄の剣を左手に突進してくる。逃げてばかりでは勝てないし、生き残れない。接近戦ならまだやれる、そう思って機体をジンに向けて加速させる。

 ジンの剣じゃビームサーべルは防げない。これなら勝ち目はある。俺はギリギリまで接近して急上昇をする。ジンの剣は宙を凪ぐ。隙が出来き、そこへ目掛けサーベルを振り下ろす。が、二度も同じ手が通用するほど相手は愚かじゃなかった。

 ジンは剣を振り抜いたまま前進し、サーベルをやり過ごすと上昇して俺の背後に回る。俺は無意識にバーニアを吹かせた。それが目晦ましになって剣の直撃は避けれたが、バーニアが潰された。もう素早い動きは出来ない。

 ならせめて相打ちにでもしてやる。そういう気持ちで機体を反転させると同時にビームサーベルを突き出す。コックピットに当たれば万歳だったが、そう上手くいくはずもなく、背中の翼のようなバーニアを貫いた。

 今度のジンは怯むことなく反撃してきた。鉄の剣がメインカメラごと頭部を薙ぎ払う。モニターが一面砂嵐になりが気にせず、俺はサーベルから手を離し両腕でしっかりジンを抱きかかえる。

「今だ、ニキ! 撃てぇっ!」

 通信が通じたのか分からない。もしかしたら通じていなかったかもしれない。だが、俺とニキの心は繋がっていた。付き合いの長い親友として、仲間としての絆が、そうさせたのかもしれない。

 上の方から無数の光が迫ってくる。これで終わりか、と思いかけたが諦めるわけにはいかない。三人で生き残る、そう言ったのは自分だ。前言を撤回し、光がジンを貫く一瞬前、腕を離してジンに蹴りを入れその反動で離れる。

 二秒もなく光がジンを貫き、盛大に爆発した。俺は爆風に吹き飛ばされる。無理をさせたせいで各部が正常に動かず、姿勢制御が出来ない。そんな中、サブカメラが背後の巨大な岩を移した。ぶつかれば、終わりだ。

 岩に激突する前に、他の何かが当たった。鈍い音がして、機体が安定する。

『やっぱり無茶をしたな、お前は』

「ロイ、無事だったのか。やったな、三人とも無事生還だ」

『そうですね。早く戻りましょう。までローラシア級がいるはずです』

 ニキの言葉に安心が吹っ飛んだ。そう、まだ戦艦がいる早く逃げなければ戦闘力のないこっちの艦はやられてしまう。

 無傷のニキ機と傷だらけだが致命傷はないロイ機に支えられ、一人ボロボロの俺は連れて行かれる。

『無事で何よりだ。ギルダー中尉の判断は、正しかったようだな』

 なぜか宇宙港にいるはずの司令の声が聞こえた。なんだ、と思ってサブカメラの映像に目をやると、俺らの母艦がすぐ目の前にいた。

『司令! なぜ出てきたのですか! ローラシア級に発見されでもしたら……』

 ロイの司令への失礼を考えながら本音の言葉が聞こえる。

『君たちだけ危ない目に合わせるわけにはいかん。それにこれは乗員全ての決断だ』

 サブモニターに笑顔の司令が映る。帰れた、俺たちは生きて帰れた、やっと安心できた。

 だがそれも束の間。ロイが一応周りを警戒し、その間に俺とニキが後部ハッチから入っているところを、一筋の光が襲ってきた。

 運よく直撃はしなかったが、光は艦を掠めた。司令やオペレーターの声が聞こえる。

『強行偵察型のジンか! くそっ、俺としたことが忘れていた。偵察機の映像にあったじゃないか!』

 俺らが慌てている間にも光は迫り来る。だが直撃はしない。相手も焦っているのか、それともこの宙域のせいか、ともかく命拾いをしているが、いつ直撃するか分からない。

『……ロトリー司令、行って下さい。俺が、足止めをします』

「おい、ロイ! ここまできてお前だけ死なせるわけには……」

『マーク、ニキ、助けに来てくれて本当に嬉しかった。エリーとマイクに、俺は立派に戦った、と伝えてくれ。じゃぁな』

 止めるまもなくロイは左腕のビームシールドを展開して光の方へ突き進む。光は艦ではなくロイを狙いだした。サブカメラで分かるのはそこまでだった。

 その間に後部ハッチが閉まり。艦が発進する。

「なんで行くんだよ、司令! せっかくここまで来たっていうのに!」

『すまない……。だが、これ以上はもう留まれない。他の者の命もある……』

「ニキ、お前はどうしたんだよ! 二人でもいい、早く助けに……!」

『もう、手遅れです。……間に合いません』

「なんでだよ、くそっ! 俺だけでいい、出してくれ!」

 俺の叫びは虚しく艦は戦闘宙域から遠ざかっていく。そこへ、訃報が届いた。

『ロイ機……反応ロスト……』

「ここまで来たっていうのに。ふざけんじゃねぇ!」

 叫びながらコックピットを飛び出し、外の様子が映っているモニターに向かう。そこには、爆発が映っていた。一機ではない、それ以上の爆発。

 ロイは、死んだ。爆発や反応がロストしたからじゃない、そう感じた。



 結局俺はロイを助けられなかった。最後の最後で、ロイを止めることが出来なかった。

 ロイは初めから強行偵察型ジンに気づいていたのかもしれない。初めから傷ついた俺らを収容させた後、一人で向かうつもりだったのかもしれない。でなければ、あんなに早く行動できるものか。

 くそっ、くそっ、くそっ!

 俺は結局無力だ。何も出来やしない。ニキと二人でだが一機落としたことに浮かれた。俺は、馬鹿野郎だ。

 今はもう、泣くことしか出来ない。ただ泣き叫んだ。他の連中の鳴き声も所々聞こえるが、誰よりも俺が大声で泣いているのが分かる。






 ロイは言った。仲間をもう失うのはごめんだ、と。



 俺もその言葉の真意が分かった。仲間を失うことは、自分を失うことよりも遥かに辛い。



 自分は死ねばそれまでだが、仲間の死はいつまでも残る。



 だからロイは自分を犠牲にしてまで仲間を守ったのだろう。残される者の気持ちを知っていて、俺たちを残したんだな。



 それは結局自分のためじゃないか。そう思えたが、やはりそれは違う。あいつは、あいつは本当に俺らのために戦ったんだ。



 ロイ、俺は誓う。お前がそうだったように、俺も仲間を守れるくらいに強くなる。



 俺はお前の意思を継ぐ。自分を犠牲にしてでも仲間を守れるような、そんな強い男になってみせる。



 いつか俺が死んだら、再戦だ。俺は一度もお前に勝っていない。負けてばかり、守ってもらってばかりはしゃくだからな。



 お前の言葉は家族にちゃんと伝える、だから、だから……



 今は休んでくれ。もう戦わなくていい、守らなくていい。



 ただ……休んでくれ……


 







 その日、ロイ・フォード中尉の死を悼み、マーク・ギルダー、ニキ・テイラーらを乗せた艦は喪に服した。

 彼らはその後無事に月面基地にたどり着き、各々違った場所で任務を全うする。

 





















 あとがき
  お久しぶりな陸です。
  今回は不評だった外伝を改訂して、というかほぼ書き直してみました。
  本編再開はもう少し先になりそうですが、どうにか再開できそうです。
  また皆さんに楽しんでもらえたら、と思っています。
  それではまたいつか、この次は本編で再会いたしましょう。


 
 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

合掌。

 

さて、これを読むのは二回目ですが・・・。

どこがどう、とは言い切れないのですが勢いが出てきたと思います。

読ませるためのテクニックというかそういうもの、強いて言うなら文章のリズムかな?

復活をお待ちしております。