その日、アフリカからの洋上離脱を試み沿岸部を北上するアークエンジェルは、ザフト地上軍の追撃を受けていた。

















 『でぇいいいいぃぃぃ!!』


海岸近くの崖を猛然とダッシュしている1機のMS……X−105『ストライク』もとい伍式。
伍式は全力で走っていた。海岸線ぎりぎりの低空で航行するアークエンジェルと並ぶ様に。

その雄々しい機体を駆っている男の名はゼンガー・ゾンボルト。
”大天使の剣”と呼ばれ、戦場の武神として君臨する男である。

 『フラガ少佐、敵部隊の展開はどうなっている!?』

そしてそれらを追いかけて来る十数機の機影。
アフリカに駐留しているザフト軍の航空部隊だった。

『ヘリが10機にディンが5機で、波状に展開し追尾して来ます。今から俺等が陣形を掻き回しますんで、各個撃破してください』
『承知! そちらは敵機がアークエンジェルを補足しない様に頼むぞ』
『了解っす、任してつかぁさい!』
『少佐も気をつけてね!』
『うむ!!』

 複座仕様のスカイグラスパーが伍式とアークエンジェルの上空を飛び越していく。

『お嬢ちゃん、しっかり目を開いていろよ! これが戦場だ、感覚を目と躰で覚えていけ!』
『は……はい!』

 丁度向かいから進行して来る攻撃ヘリ”アジャイル”の編隊から一斉に銃撃がスカイグラスパー目掛けて飛んで来た。

 『そんなマニュアル攻撃なんざ当たるかってぇの!』

ある意味戦術教本通りの攻撃方法を行って来るザフト軍を罵りながら、急旋回。
相手がコーディネーターだけに反応が早く、火線が徐々にスカイグラスパーへと近付いて来る。

『だから、甘いってぇの!』
『はぅ!』

急な加速によって増加したGに、後部座席に居たフレイ=アルスターは息を詰まらせる。
パイロットであるムウ=ラ=フラガが、一部の攻撃用戦闘機に搭載されている突撃用ブースターを点火したのだ。
掴みかけていたタイミングを外され、慌てて射撃の修正を行おうとしているヘリ隊へ加速したスカイグラスパーは一気に迫る。

 『喰らえっ!』

 正面へと捉えていた1機へ照準を合わせトリガーを引く。

『うっし命中ぅ!』
『やったぁ!』

アジャイルの1機がスカイグラスパーのバルカン砲の掃射を受け爆発。
他のアジャイルの放った対空ミサイルを複雑な軌道を描く事で回避し、スカイグラスパーは勢い良く反転する。
アジャイルやディンが軌道を追う様にランチャーや機銃を撃つものの、バスターの砲撃に比べれば何てこと無い。

『もういっちょいくぞ。舌噛まない様に気合を入れとけ!』
『はい!』

 ミサイルポッドを展開しながら、再びスカイグラスパーは敵機の編隊へと突撃を開始した。




 「フラガ=フレイ機。アジャイルを1機撃墜!」

何時もとは違った雰囲気で、僅かにブリッジがどよめく。
ゼンガーが敵を撃破した場合、乗員達は感嘆の声をあげる。
しかし、その中には『彼ならそれ位当たり前』という意識が含まれている。
この場合のブリッジ=クルーの反応はそれとは別だ。
今回の戦闘で、サポートとはいえスカイグラスパーに搭乗したフレイが初戦果をあげたのだから。

 「フレイ……」

尤も、MS及びMAの戦闘管制を行っているミリアリア=ハウにとっては複雑な心境だろう。
ついこの間までヘリオポリスで学生として普通に生きていたフレイが、戦場の深みへとまた一歩踏み込んだ訳だ。
そしてそれは、もう1人のパイロット候補生である彼女の恋人、トール=ケーニヒにも当て嵌まるのだから。

「あっ……フラガ=フレイ機。アジャイルを撃破!」

新しく入ってきたスカイグラスパーの戦果を、自分の思考に耽りかけていたミリアリアは慌てて報告する。
今度は2=3人のクルーが小さな歓声を上げ、オペレーターのサイ=アーガイルが彼等を咎める様に睨みつけた。




 「初出撃なので、戦闘中に恐慌状態にでも陥らないかと危惧していましたが……」

上部ブリッジの真ん中、艦長席とその横では陣頭指揮を執るアークエンジェル艦長、マリュー=ラミアス大尉とその副官であるナタル=バジルール中尉が戦況を見守っていた。アークエンジェルに纏わり付こうとする航空部隊を相手に暴れるスカイグラスパーを見ながら、ナタルは制帽の下に隠されている目を細めて艦長に囁く。

「意外に、素質があったのかもしれませんね」
「ええ……そうね」

返事はするものの、対するマリューの表情は険しい。
本来、戦いの矢面に立って戦うのは自分たち軍人の役割だ。
年端もいかない少年少女を戦闘機やMSに乗せ、実戦に参加させる事等あってはならない筈。

しかし、戦局の激化はその正論すら捻じ曲げる。
正が否に、否が正に。誰もが間違っていると思うことすら正当化して、両陣営が戦いへと邁進していくこの戦争。

 (だからこそ、あの人は何時も先頭に立って戦っている)

戦に置ける全ての業を背負わんと、ゼンガーと伍式は常に戦場を駆けていた。
誰よりも責任という物を理解しているが故に。そして、為すべき事を為せなかった時の悔恨の念を知るが故に。

 伍式の歩みが止まるのは、戦争が終った時か伍式が撃破された時のどちらかだろう。




スカイグラスパーと同じく反転した伍式は、既に2機のディンと4機のヘリを撃破していた。
残りの空戦型MSディンがスカイグラスパーの銃撃を避け、逆V字体勢を取って伍式へと突進してくる。

『少佐。そっちにディンが3機行きました!』
『応!!』

 ブンと伍式対艦刀を打ち払い、伍式は攻め寄せて来るディンの編隊を真っ直ぐに迎え撃つ。

 『笑止! それしきの弾幕で、この伍式を撃ち滅ぼせると思うてか!!』

ディンの編隊からのランチャーによる一斉射撃を、露程も恐れる様子も無く伍式は突撃を開始。
背部スラスターを勢い良く吹かしながら、限界機動ぎりぎりの動きで弾幕に突っ込んでいく。

 『生半可な火力で、俺に戦いを挑むな!』

 腕や足に何発か命中するが展開した位相転移装甲に全て弾かれ、残りのランチャー弾は対艦刀によって文字通り『叩き落される』。

 『一刀! 両断!!』

 巨大な刃が唸りを上げて振るわれ、先頭に居た1機のディンが90mm対空散弾銃を構えたまま上下泣き別れになって爆散した。

 『相手にならん! 貴様等の実力はこの程度か!!』

爆発したディンの破片と焔を切っ先で払い、更に接近して来るディン2機に対してゼンガーは吠える。
しかし、相手も怯む事無く全火力を発射しながら突進して来た。

 『その意気や良し……だが、この伍式を相手にするには、貴様等はまだ未熟!!』

 叫びの勢いをそのまま借りたかの様な勢いで、ゼンガーはディンに対してその刃を振り上げる。

 『対艦刀ォォ……! 大! 車! りぃぃぃぃん!!』


収束ビーム刃を起動させた斬艦刀が神速の勢いで振り払われる。
横薙ぎに払われたビーム波がディンを引き裂く。
その背中の翼がずたずたにもがれ、頭部が吹き飛び、胴体は無残な形にまで切り裂かれた。

まさしく一方的な闘いだった。
通常のザフト軍のMSを歯牙にかけぬほど、その戦闘力は圧倒的であり強い。

だが、相手も流石はコーディーネーターか。
ほぼ零距離で発射された1発のランチャー弾が伍式目掛けて飛んで来る。

斬撃に吹き飛ばされる直前にディンが放った最後っ屁である。
尤も、伍式が装備している位相転移装甲を持ってすれば、容易く防げる程度。
……の筈だった。

 『む!』

位相転移装甲が一瞬、誤作動を起こし沈黙。たちまち伍式を覆っていたオレンジ色の光が消える。
コクピット内のモニターが警報マークで一斉に埋まり、警告音が鳴り響く。

 『システム=ダウンだと……不覚!』

度重なる激戦で酷使された伍式の機体に、僅かに綻びが生まれたのをゼンガーは悟る。
そして綻びが生まれたタイミングと状況は正しく最悪。
自機防御機構の誤作動という想定外のトラブルに舌打ちする間も無く、ランチャー弾は伍式に命中した。

それでも伍式の頑強な装甲は搭乗者を護り、弾は外部装甲を傷つけただけで致命傷を与えるまでには至らなかった。
しかし、事態は終った訳ではなく、寧ろそれからが問題だった。

 『ゴィン』

伍式のコクピットから聞こえて来た鈍い音と共に伍式の動きが鈍くなり、交戦区域から離れていく。
フラフラと砂浜に着陸し、数歩よろめく様に歩いた後に。

 「少佐……?」

 ズシンという地鳴りと共に、膝を着いて動かなくなった。

 「どうしました? ……伍式? 伍式応答して下さい! 応答願います少佐ぁっ!」

 ミリアリアが慌てた様に呼び掛けるが返答は無い。

「一体何が起きたと言うのかっ!」
「解りません……伍式、伍式応答願います!!」

 騒然となったブリッジの中で、思わず席から腰を浮かせたマリューは素早く声を張り上げた。

「落ち着いて! フラガ少佐はそのまま上空で待機。伍式の回収作業を始めますので制空任務をお願いします」
『了解! 急いでやってくれよ!』
「トール=ケーニヒ二等兵を降下艇へ。直接伍式へ彼を乗り込ませて、機体を回収させます」
「り、了解しました」

大慌てで指示を出すオペレーター達。
既に勝ち戦の雰囲気は吹き飛んでいる。

「大丈夫でしょうか……?」
「心配は後にしなさい。今は少佐と伍式の回収が最優先です。総員は第一種警戒態勢を保持。“ヘルダート”の発射用意!」

珍しくおろおろとするナタルを制する様に、マリューは事務的な口調で指示を出し続ける。
ただし、その視線はずっと動かない伍式を見詰め続けていた。

 (少佐。どうか……ご無事で)





 「よーし、ハッチが開くぞ! 救護班はストレッチャーを持って来い! 急げ!」

整備班長のマードック軍曹の声が、駆け回る整備員を駆り立てる。
既に伍式はトールの操縦によって、アークエンジェルの格納庫まで戻って来ていた。
脚部パーツを少々痛め、ランチャーを喰らった装甲部分がへこんではいるものの、伍式自体の状態は出撃前と変わっていない。

 「道を開けて下さい! 少佐が通ります!」

アークエンジェルの中まで伍式を操縦して来たトールが、自分より体の大きいゼンガーを何とか担ぎながら出てきた。
ゼンガーの方はぐったりとして動かない。珍しくマードックが息を呑んだ。

「ストレッチャーが通るぞ! 道を開けろ!」
「医務室の受け入れは完了したのか確認して来い!」

 喧騒と怒号の中、ゼンガーの躰を載せたストレッチャーが引かれ、医務室へと通じる通路を滑っていく。

「おら、何時までもぼさっと見送ってんじゃねぇ! フラガ少佐とお嬢ちゃんの機体が直に戻ってくるぞ!! スカイグラスパーのハンガーへの収納準備を急げ!」

マードックが不安げにゼンガーを見送っていた整備員達を一喝し、各々の作業へと戻らせる。
彼の身を案じるよりも、自分達の為すべき事を為した方が精神衛生上良い。そう判断したからだ。

「マードック軍曹!」
「お、副長。どうなさったので?」

 いきなり背後から声を掛けられ振り返ると、其処にはブリッジから降りて来たらしいナタルの姿があった。

「伍式が戻ったから、これから機体の検証を行いたい。付き合って貰えるかな?」
「了解です。此方も今から始めようと思っていたところなんで」

そう言い合いながら、2人は開いたままのコクピットのハッチを覗き込む。
上を見上げるナタルとは逆にマードックはコクピットの下を見詰め、ある物を発見した。

「一体、何が起こったというのだ?」
「多分……これですな……よっと」

マードックが気合を入れて取り出したのは、コクピット上部に設置してあるモニターだった。
タクティカル=スクリーンとしてはかなり大きく、これが上から降って来たとあればヘルメットを被っていても危ないだろう。

「ほら、こいつの角が少しへこんでやがる。これにぶつかったとあっちゃあ、少佐でも危ないでしょうなぁ」
「しかし、戦闘中で無くて何よりだった……もし、そうだったらと思うと……」

ナタルはその光景を想像してしまい、思わず怖気が走る。
如何にゼンガーと言えど、戦闘中に意識を失う事は即、死に繋がるからだ。

「伍式の修理の方は任せてください。こうなっちまったのは、俺達にも責任がありますし」
「いや、整備班はよくやっている。なによりの問題は……」

そう言うとナタルは目の前にある伍式の胸部装甲を軽く手で撫でる。
この装甲もヘリオポリスで起動してから、1度も変えていない。

 「この伍式が起動以来オーバーホールどころか、碌にパーツ交換すらしていないという事実なのだからな」

実際、伍式の駆動系を始めとする各パーツはかなり磨耗して来ており、今直ぐでも整備工場に入れてオーバーホールしたい位の状態なのである。マードックを始めとする整備班が、アークエンジェルに僅かに積まれていた予備部品を使って奮闘した結果、未だに高稼働率を誇っているのだ。しかし、あくまで『実戦に耐えられる』レベルであり、徐々にだが伍式全体のスペックダウンが表面化している。

位相転移装甲のシステム=ダウンも、それらが表に出てしまったと言う事。
そしてそれがコクピット内部を破損させ、運悪くゼンガーに当たってしまったのだ。

アークエンジェルは未だザフトの勢力圏に居て、伍式の完全修理を行えるのはオーブ諸島に入ってからという頭の痛い現状。
何よりも、大天使唯一のMSパイロットであるゼンガーが倒れた事、これ自体が状況の悪化に拍車をかけている。

「マードック軍曹、伍式の修理の方を宜しく頼むぞ。出来るだけ早急にな」
「副長はどちらに行かれるので?」
「医務室へ行く。艦長が事後処理中で手が離せんから代理で少佐の様子を見に行って来る」
「はぁ……」

マードックの手前であり毅然と振舞ったものの、ナタルの心中は不安で一杯だった。
本来ならブリッジで医療班の報告を待てば良いのを、わざわざ自分で確認しに行く辺りに心境が窺える。

 (ザフト地上軍に目を付けられているこの状況で、よりにもよって最悪の事態とは……!)

無意識の内に表情に出るほど唇を強く噛み締めているのに、はたと気付く。
慌ててマードックの方を見ると、もう既に彼は整備員達の陣頭指揮の方へと向かっている最中だった。

顔を見られていないのに安堵し、やや駆け足で医務室の方へと向かう。
その頃には、ナタルの表情は何時もの仏頂面へと戻っていた。






 「ありゃ……?」

 艦長に対する戦闘報告を終え、医務室の方へと歩いていたフラガは前の方からの喧騒に眉を顰めた。

「ちょっと通しなさいよ! 少佐に、少佐に逢うんだから!!」
「駄目ざます。今は緊急処置中で面会謝絶中ざますよ」

 看護婦長とパイロットスーツ姿のままのフレイが、医務室の入り口で押し問答をしていた。

「お、おいお嬢ちゃん待てよ!」
「フ、フラガ少佐離して!」

尚も婦長に喰ってかかるフレイを羽交い絞めにして引き離す。
宥める様に肩を叩きながら、フラガは静かな声でフレイを諭した。

「落ち着けお嬢ちゃん、今俺達が騒いでもしょうがねぇだろ?」
「でも……でも!!」

灰色の大きな瞳に涙を浮かべ、フレイは手に持ったままのヘルメットをだらりと下へ降ろした。
落ち込んだ面持ちの彼女にもう一度宥める様に肩を優しく叩くと。

「良いから一旦着替えてきな。俺は準待機だから暫くはこのままだけどよ」
「………はい」

がっくりと肩を落としながら、フレイはロッカールームの方へとぼとぼと歩いていく。
その姿を見て、フラガは頭をガシガシと掻きながら嘆息する。

 (未だに、この艦の人間の精神的支柱って訳か……あの人は)

大気圏突入時からアフリカでの再会までの間、アークエンジェルはゼンガー無しで乗り切って来た。
フラガ自身、これでゼンガーが居なくてもそれなりに状況を切り抜けれると思っていた。
否、思い込んでいた。だが、彼が意識を失っただけで艦内には動揺が走っている。

 (所詮、所詮希望的観測って奴だったかね?)

そういうフラガも一抹の不安を抱えているのだ。
ゼンガーの突出した戦闘力を直に知っているが故に。

「どうかしたのですか? フラガ少佐」
「いや、何でもないよ」

 医務室の扉を睨んでいた所を丁度やって来たナタルに見咎められ、フラガは苦笑いしながら肩を竦めた。









「キラ、キラ起きろよ! 大変なんだってば!!」
「何だよカガリ……?」

鬱だから『船酔い』を理由に自室に立て篭もり寝ていたキラ=ヤマト。
砂漠でのトラウマが未だに尾を引いているのか、カガリを見る目は陰鬱な輝きを秘めていた。

「少佐が、少佐が戦闘中に倒れちゃったんだよ! 今、医務室で治療を受けているみたいだけど……」
「あの人が……?」

 薄暗がりの中に浮かび上がるカガリの顔を『信じられない』と言わんばかりの表情で見るキラ。

 「嘘だろ? そんな事言って僕を部屋から出そうったってそうはいかないんだから」

 プイッと顔を背け、再び布団に包まる。

「こんな時に嘘なんかつくもんか! 良いから一緒に来いよ。せめてお見舞いだけでも……」
「しなくてもいいよ。大丈夫だよあの人は」

 布団を引っ張るカガリに対抗する様に、ますます丸く布団に包まりながらキラは尚も拗ねた口調で言う。

 「僕なんか足元にも及ばない程強いんだし」

プチン。
その瞬間、カガリの体内から馴染み深い音が聞こえた。

 (こ、このヘタレ男は……)

固く握り締めた拳も震わせながら、カガリはゆっくりと起き上がる。
引き攣った眉と口の端は、元々極めて細い彼女の堪忍袋の緒が切れているのを示すのには充分だった。


 「い、い い か げ ん に……しろぉ       !!」

 怒号と同時にカガリの右ストレートが唸り、キラの後頭部に炸裂した。










1時間後、医務室は大勢の人間で賑わっていた。
何故なら、今此処で治療を受けている人間が意識を回復すると聞いた人々が集まって来たからだ。

「で、少佐の意識はもう直ぐ覚めるのね?」
「はい、そろそろ意識が回復するものかと……」

寝台に横たえられているゼンガーの躰を見ながら、軍医とマリューは交互に言葉を重ねていた。
マリューの顔には焦りがあり、軍医の表情には気拙さがある。
もう既にこの五分間で、この問いは数十回繰り返されているからだ。

「ちょっと見えないじゃない」
「お、おいトール押すなよ……」
「こ、こらカズイ! 何処触っているのよっ!」
「ぐぇっ! ご、誤解だってば……!!」
「あんた達五月蝿いわよ!」
「貴女も五月蝿いざます」

関係者以外の出入りを禁止している筈なのに、医務室は大勢のクルーで溢れ返っている。
フレイ・アルスターの強行突入を切り口として、なし崩しに見物人が入り込んでしまったのだ。

とは言っても彼を心配して集まった連中の事。
勘違いをして暴れた馬鹿者が数人、婦長の鉄拳制裁で吹き飛ばされた以外はそれ程の混乱は無い。
人垣の後ろの方には何故か顔に痣を拵えたキラを引き摺る様にして、カガリがゼンガーの様子を窺っている。


 「う……」

微かに身震いした後、ゼンガーの目蓋がゆっくりと開き始めた。
アイス=ブルーの瞳が少しだけ揺れ、そして天井を真っ直ぐに見上げる。

 「良かった……無事に意識が戻って」

 安堵の息を吐くマリューを余所に、ゼンガーは目を細めて医務室を見渡している。

「おやぁ……此処は?」
「えっ……?」

その声に周りの人間が全て凍りついた。
ゼンガーの発した声。その声は普段聞き慣れた重々しく張りのある彼の声とは全く異なったからだ。

「いえ、此処は何処ですかと聞いているのですが……はい」
「えっあ……地球連合軍所属戦艦アークエンジェルですけど?」
「ほぅ、なるほど」

 忙しない動作で目元にある眼鏡を動かそう……として、眼鏡が無いのに困惑しながらゼンガーはマリューに言う。

「艦名は大天使アークエンジェルですか。僭越ですが、宗教絡みのネーミングは後々よろしくない結果を招く場合が多々ありますので、まぁ出来る事なら控えた方がよろしいかと思いますがどうでしょう?」

ポカンと口を空けるマリュー。
驚愕のあまり、声も出ないらしい。

 「あ、申し遅れました。私、こういう者で……おや?」

 着用しているパイロットスーツをペタペタと撫で回しながら、困惑したかの様に言う。

 「私の名刺がありませんねぇ。はてさて何処へ行ったのか……と言うよりも、私は何でこんな姿をしているんですかね?」

 その豹変振りに、その場に居た全員の目が点になる。

「少佐、どうしたと言うのですか!」
「ねぇ! もしかして私の事を忘れちゃった訳じゃないよね!!」
「はっはっは、艦長と同じ声の人が2人も居るとは、何とも世間は狭いものですなぁ」

フレイとナタルの顔を交互に見渡しながら、晴れ晴れと笑うゼンガー。
この手の笑顔は何時も仏頂面のゼンガーには、似合わない事この上ない。

 かんらかんらと笑うゼンガーに、皆は戸惑いの様子を隠せなかった。

「少佐! 悪ふざけが過ぎますよ!?」
「はぁ……そう申されましても……いやはや困りましたな〜」

 そう言いつつゼンガーは、何処からか取り出した算盤をピコピコ叩き続ける。

 「い、一体……何が一体どうしたと言うのよ……」

 艦長、もといナタル=バジルール中尉は頭を抱えた。

 「し、少佐が……私の少佐が!」

 フレイ=アルスターもショックを受けていた。

「僕は……認めないぞ……認めない……認めないったら認めないんだ」
「キラ! どうしたんだおい!」

 キラ=ヤマトもついでにショックを受けていた。




 大混乱に陥った医務室の様子を、ブリッジのモニターで見ていたミリアリアは呆然とした表情で呟く。

 「これってひょっとしたら……」


















 ゼンダム応援SS

 武神装攻ゼンダム 其六の外「ゼンガー少佐 ご乱心?」























 『はぁ……』

昼時の食堂で、1つのテーブルを囲む5人の男女の間から溜息が漏れた。
彼等は途中からアークエンジェルへと志願した元ヘリオポリス学生組の面々である。

彼等の表情も雰囲気も重い。
今回の戦闘は勝ち戦で負傷者も無く、フレイが初撃墜(フラガと共同)を記念したのにも関わらずにだ。
原因は語るまでも無い。ゼンガーの様子がおかしくなってしまった事による。

「まさか、少佐があんな風になっちゃうなんてなぁ」
「キラもショックを受けたみたいで……せっかく外に出たと思ったらまた部屋に引き篭もっちゃったし」
「あのカガリって子は?」
「キラにずっと付き添っている。さっき食事持っていってあげたけど、あんまり元気が無かった」

食欲の無い様子で、自分が注文したパエリアをスプーンの先っちょで掻き混ぜるミリアリア。
他のメンバーも同じだ。自分の料理に半分も手をつけていない。

 「どうしちゃったんだろうね……少佐」

こちらも食欲の無い様子で、ざる蕎麦に載っている山葵を割り下の中へと溶かしているカズイ。
5人の中で、1番動揺と困惑を表に出しているのは彼だろう。

 「ひょっとしたら、ショックで記憶を失ったのかもしれないな」

サイの静かな喋り声も、何時もより落ち着きが無い様に聞こえる。
多かれ少なかれ、彼ら少年兵はゼンガーという絶対的な守護者を精神の支柱としている。
だからこそ、そのゼンガーに異変が起きると無意識に不安や焦燥感に陥るのだ。彼を何よりも頼りにするが故に。

 「皆、外れているわ」

ぽつりと上がった声に、全員の視線が集まった。
そこには、席についてから一言も発さずにモソモソとサラダを食べていたフレイの姿があった。
ただ、静かにレモン・ドレッシングを振りかけたサニーレタスを口の中に放り込みながら再び口を開く。

「あの人は記憶を失った訳じゃないわ」
「どういう意味だよフレイ?」
「だから、少佐の豹変はそんなのが理由じゃないって事よ」

普段なら、こういう時こそ激情を周囲に迸らせる事が多いフレイが、何故か異様な程落ち着いている。
何時も、時間さえあればゼンガーと共に行動している彼女が、1番ショックを受けている筈なのにだ。

これは、今に始まった事ではない。
先に降下したゼンガーとアフリカで合流し、フレイが彼に師事してからずっとこの調子だ。

ある意味、元ヘリオポリス学生組の中で1番変化が激しいのはフレイである。
それは悪い意味でも良い意味でも示されているのだが、気付いているのはサイか彼女と一緒に訓練をしているトール位なものだ。
逆に言えば、最初から今まで怯えっぱなしのカズイは何の変化も進歩も無い人物とも言える。

 「でフレイ、何がどう外れているんだい?」

 ぺペロンチーノを巻きつけたフォークを向けるトールの質問に、フレイはサラダを置いて全員の顔を見渡す。

「つまり、問題に対する前提自体が間違っていると言う事よ。少佐の今回の症状は、単に頭部にショックを受けたから記憶を失ったとかそういう事じゃないの。さっきまで、私自身も思い違いしていたわ……」
「そ、そうなのか……?」

 フレイの答えに懐疑的なサイとは対照的に、ミリアリアは興味を引かれた様で食い掛けのパエリアを脇に退けて顔を寄せてくる。

 「で、フレイはどう考えているの?」

彼女の問いにフレイは一瞬目蓋を閉じ、数秒間沈黙した。
そして神妙な顔つきで、自分の推論を皆に打ち明ける。






「いい? 私達はとンでもない勘違いをしていたのよ……良く考えてみて、少佐の声優はオノケンよね? オノケンと言えばそう<城田>といい<草凪藤治郎>とかその殆どが『親父キャラ』。つまりショックによって性格や精神が反転した場合、一番何に変化し易いかと言えば属性が一番近い親父『キャラ』に移行したとしてもおかしくは無い。……そう、少佐の精神の根幹は『ナイス=ミドル』なのよ!!」

 『な、なんだって         !!!』

 フレイのキバヤシ式論理展開に、その場に居た全員が驚愕し硬直する。

 「あの落ち着いた声音、その如何にも中間管理職な動作、間違いないわ。今の少佐の『中の人』はナイス=ミドルよ!」

 バンと華奢な掌がテーブルに叩きつけられ、食べ掛けのサラダが宙を舞いながらカズイに降りかかった。

 「う、うわー!」

レモン・ドレッシングが目に入ってしまい、悶絶するカズイを余所にフレイは拳を振り上げる。
持論を全くもって疑わない、自信満々な態度で食堂の天井へと指を突き上げ叫ぶ。

 「謎は、解けたわ!」


 『おかしいですよフレイさン!』と突っ込める勇者は、生憎この場には居なかった。














「で……本当に貴女はそう考えているの? アルスター二等兵」
「はい、私はそう確信しています!」

呆れた様なマリューの問いにもフレイは自信満々の態度で答えた。
いきなりブリッジまでやって来て何を言い出すかと思えば、殆ど理解不能な推論だとは。
あまりの突拍子の無さに、笑い飛ばす事も出来ない。

「バジルール中尉はどう思いますか?」
「非現実的な妄想ですね、お話になりません」

案の定、ナタルはフレイの推論をずんばらりんした。
マニュアル主義者で官僚的な思考の持ち主であるナタルにとって、フレイの推論は箸にも棒にも引っ掛からないものだからだ。
そしてそれはマリュー=ラミアス大尉にとっても当て嵌まる。ナタル程硬直していなくても、彼女は充分常識的な判断力を持った人間なのだから。

「ま、それはそれとして一応参考とさせて貰いましょう……時にバジルール中尉」
「はい、艦長」
「アルスター二等兵の日程では、今の時間帯は何を予定していますか?」

抑揚の無いマリューとナタルのやり取り。
言葉にすらしていないが、フレイの言が全く相手にされていないのが解る。

「日程では、トール=ケーニヒ二等兵と合同でシュミレーションマシーンによる戦術教練を1時間半行う予定となっていますね」
「フレイ=アルスター二等兵。ならば貴女が今やるべき事は解っているでしょう?」
「う、うう……」

完全無欠な正論に、フレイは返すべき言葉も無い。
つまるところ、彼女の推論は妄言として処理された様だ。

 「では、訓練にお行きなさい。速やかに、迅速にね」

 マリューが指を鳴らすと同時に、ブリッジの入り口に控えていた巨漢2名がフレイの両脇をガッシリと固める。

「や、ちょっと何よ! 放しなさいってばこの変態!」
「幾ら美少女の言う事でもそれは聞けぬぅ」
「大人しく訓練に励むんじゃあ!」

連行されながらも暴れるがビクともしない。
ゼンガーの指導を受けて訓練に励んでいた結果、フレイの身体能力はかなり上がっていた。
だが、己が肉体を鍛えに鍛えた屈強な変態マッチョ2名の前では、ボディービルダーの前の江頭2:50分である。

 「触らないでよこの筋肉達磨! 私に触っていいのはしょ……だけなんだからぁ!」

扉が閉まると同時にブリッジは再び静かになった。
聞こえるのはオペレーターの発するアナウンスか、タクティカルスクリーンから聞こえる電子音だけになる。

 「全く……」

呆れた様に溜息を吐くナタル。
ブリッジ下部のCICに居たミリアリアが『言わんこっちゃ無い』とばかりに左手で顔を抑えている。

 (しかし、本当にどうしたものかしらね……)

 ナタルの溜息に頷く事で同意しながらも、マリューはフレイと同じ様にゼンガーの事を考えていた。

MRIスキャナーの結果、ゼンガーの脳及び頭部に出血や負傷は見られなかった。
となると、頭をぶつけた際のショックでゼンガーの記憶や人格が混乱しているのでは……と言うのが、医療班が出した結論である。


軍艦であるアークエンジェルでは負傷者への治療の為、外科と内科の施設は充実している。
だが、精神科や脳内科等に関する機材、医療知識は充実していない。前述の2つへと大きく用途を振り分けているからだ。
今現在は鎮静剤で眠って貰ってはいるものの、本格的な診断及び治療はオーブへ寄港しなければ無理との報告を受けている。

 (でも、そんな悠長な事はしてはいられない。今だってザフト軍はこの艦を沈めようと狙っているのだから)

エリート部隊であるクルーゼ隊をほぼ単機で退け、『砂漠の虎』アンドリュー=バルトフェルドを撃破した大天使アークエンジェルとそのゼンガーはザフト全軍に知れ渡っている。 同時にザフト地上軍が全力を挙げてアークエンジェルを撃沈させようとしているのもまた事実だった。
地球軍には『ナチュラルでもコーディネーターに勝てる』との認識を植え付け、ザフト軍には『単機で複数のコーディネーターを一方的に撃破出来るナチュラルの化け物』とのイメージを広げている大天使の守護者は、緒戦を破竹の勢いで勝利して来たザフト軍の雲行きに初めて暗雲をもたらしたのである。そしてその様な専横を許すほど、ザフト軍上層部……特に戦争継続に強硬的であるパトリック=ザラ委員長とその派閥は寛容ではない。

 『コーディネーターがナチュラルに敗北する様な事があってはならない』

ならばどうするか。答えはその存在を抹殺する事。
現にクルーゼ隊は『黄泉の巫女』ククルを始めとする精鋭隊員を地球へと降下させて、アークエンジェルの討伐に向かっている。
また、ボスゴロフ級潜水艦がMSを搭載してアークエンジェルの進路を遮ろうとしているのを、まだマリュー達は知らない。

だが、マリューとて無能ではない。
ゼンガーという大黒柱が抜けた場合の痛手を1番理解しているのは、彼女自身なのだから。

そして、彼が居ないこの現状でザフト軍に攻められた時の事を想定していた。
通常のMS部隊なら何とか対処出来るだろう……だが。

 (こんな時にマガルガに攻められたら、非常に拙い)

もし戦闘に持ち込まれたら迎え撃てる戦力はアークエンジェルの火力と、フラガが操るスカイグラスパーだけだ。
奴を相手にする場合、もう1機のスカイグラスパーを操縦するフレイかトールは計算外になる。
尚且つ、戦艦であるアークエンジェルや小回りの効き難い戦闘機のスカグラスパーは接近戦を想定したマガルガとは相性が悪い。
懐に潜り込まれ様ものなら、それでジ=エンドである。
ククルの舞いによってこの艦はズタズタに引き裂かれ、総員1人残らず黄泉路へと誘われるだろう。

 (何とかして少佐に元に戻って貰わないと、この艦全体が危ないわ)

事は既にゼンガー1人の問題ではないのだ。この艦に乗る全乗組員の死活に関わる問題へと発展している。
アークエンジェルの最高責任者として、マリュー=ラミアスは事態を打開すべく思案を巡らせていた。

 「そうだわ……あれならひょっとすると……」

妙案を思い付き、マリューはポンと手を打つ。
彼の頭の中は混乱している。ならば、ゼンガーにとって印象深いものを聞かせ、そのショックで思い出させるのが良いだろう。
そしてマリューは、それに適した物を所有していた。

 (よし、だったら善は急げね)

 彼女は意を決し、丁度自分の前を通りかかった人物に声を掛ける。

 「あ、ダリダ伍長。ちょっと良いかしら……?」







2時間後。
ブリッジの勤務をナタルに引き継いだマリューは、通信士のダリダ=ローラハ=チャンドラ二世伍長と一緒に会議室に居た。

「ごめんなさいね、つき合わせてしまって」
「いえいえ、少佐を元に戻す為なら幾らでも付き合いますよ……で、どんな方法を考え付いたんですか?」
「これよ、これなら少佐を元に戻せるかもしれない……」

彼女の持っている音声ファイル。
これこそがゼンガー=ゾンボルトを正気に戻す為の切り札だ。

その内容は、ソフィア=ネート博士がG計画を提案した時に行った演説を収録したものである。
当時プラント側からは『反コーディネーター派の詭弁』と叩かれ、肝心の地球連合政府からですらも『急先鋒的な兵器開発を主張するタカ派』と断じられた彼女の思想。だが彼女自身やゼンガー、今は亡きハルバートン提督等を博士の下に集わせた運命の演説……。

無論、ゼンガーにとっては非常に思い出深い演説であり、敬愛すべきネート博士の残された数少ない肉声なのだ。
つまりマリューの狙いは、以前のゼンガーにとって大事な者の声を聞かせ、本来の自分を思い出して貰う事なのである。

「なるほど、でこれを少佐に聞かせて元に戻すっていうんですか」
「そうなの。確実とは言えないかもしれないけど、今は打てる手は全部打っておく必要があるのよ」

ダリダに持ってこさせた編集用の機器に電源をいれ、まずはマリューの持っているファイルをスリットに差し込む。
そしてゼンガーに聞かす為のファイルをもう1つのスリットの差し込むと、ウィンドウに表示されているコピーのボタンを押す。

 「これで、何とか突破口が開ければ良いのだけど……」

音声ファイルをコピーしながら、マリューは眉を顰めた。
自分は、何と無力で未熟なのかと。死んだソフィアの助力を借りなければ、ゼンガーを支える事が出来ないのかと。

 (申し訳ありません博士、貴女の志を果たす為……今一度力をお貸し下さい……)

 在りし日のネート博士の姿を思い出しながら、彼女は転送率を示すモニターを見詰めていた。


ファイルのコピーとヘッドホンの用意に集中していたマリューとダリダは気付かなかった。
丁度ミリアリアの雑務を手伝っていた為会議室に居た1人の少女が、ゴミを集めながらその会話を聞いていた事を。






 1時間後



誰も居なくなった会議室に、1人の人影が侵入した。 忙しなく辺りを見渡して誰も居ない事を確認すると、素早く室内へと入り込んで行く。

 「確か、この機械よね……あった!」

その人物は机の上に置かれている音声ファイルを確認すると、そっと白いゴム手袋に包まれた手でファイルを取った。
直ぐに使うつもりなのか、編集機器もコピーしたファイルもそのまま置き去りにしてあったのだ。
そして、自分の携帯型プレイヤーにファイルを入れて試聴する。

 「えっ……あれって宇宙人と戦う為に作られたの?」

 本当は演説自体に関心は無かった様だが、しっかりと聞いているらしい。

 「そうよね! やっぱりコーディネーターはこの世界には居てはならない存在なんだわっ!!」

何やら演説の内容に感銘を受けた様だ。
しきりに首を縦に振って賛同の意を表している。

 「流石、少佐が信頼するだけの女性ひとだわ……良い事言うじゃない」

自分の中で演説の趣旨を都合の良い様に曲解している部分もある様だが。
どうやら、その人物もネート博士の主張を『一部』信奉する事にした様だ。

 「さてと……早い所、編集を終らせなきゃ」

謎の人物は自分の懐から1枚のファイルを取り出す。
ソフィア・ネート博士の音声ファイルと同じタイプのモノだ。
最後にもう1度自前のプレイヤーで再生し、中身を確認する。

 『少佐は………だけを護るの、少佐は………だけを護るの』

何度も呟きが繰り返されるそのボイスを聞いて中身が正しい事を確認すると、編集機器に記録。
そして、その音声ファイルを超低音に加工し、先程のソフィア・ネート博士の音声と重ね合わせる。
一見、この音声ファイルを普通に再生してもネート博士の声しか聞こえないだろう。
だが、その下地には超低音で謎の人物の音声が仕込まれていて、聞いている内に無意識にこの下地の音声も聞く事になる。
……どうやら、この人物は音声版サブリミナル効果を狙っている様だ。

 「フフフ、これで……これで少佐は私だけを……!」

その人物は満足げに頷きながらファイルと編集機器を元に戻し、会議室から出て行った。
何かを成し遂げたという、爽やかな笑みと共に。











 それから更に2時間後

 格納庫脇の整備員用トイレ


 「はてマリューさん。確かに私は起きたばっかりですが、まだトイレに行きたいとは一言も言ってませんよ?」

 鎮静剤の効果が切れ、意識を取り戻したゼンガーは何故かトイレへと連行されていた。

「今から、少佐にはこのトイレの中に入って貰います」
「はぁ……ですから私は少佐ではなく会計」
「いいから私の話を聞いて下さい!! ……トイレに入ったら、ヘッドホンを耳に当ててこのプレイヤーに録音されている音声を聞いてみてください。最初から最後までしっかりと聞いて下さいね。時間は取り敢えず1時間設けますので、その間はヘッドホンを絶対に耳から離してはいけません。解りましたか?」
「わ、解りました」

マリューは戸惑うゼンガーの掌に、大きなヘッドホンとプレイヤーを渡す。
先程の会議室で編集した音声ファイルの入った携帯型プレイヤーと、ダリダが調達して来たヘッドホンである。

「しかし、なんで私はトイレに入ってこんなモノを聞かなくてはならないのですかな?」
「お願いします。只、黙ってそれを聞いてください。それが貴方の為なんです!」
「はぁ……」

釈然としない様子のゼンガーを整備員用のトイレに押し込み、マスターキーで外から扉にロックする。
これで勝手に室外に出られたりする事は無くなった。
今の状態のゼンガーにあちこち出歩かれ、クルーに余分なショックを与えられては敵わない。


「取り敢えず、後は結果待ちと言う事ですか」
「ええ。これで、どうにか元に戻ってくれればいいんだけど……」

内心では自信が無い。
治る確証も保証もどこにも無いからだ。
しかし他に手が無い以上、マリューはこの方法に賭けていた。

「では、フラガ少佐。監視の方を宜しくお願いします。何か有ったら直ぐに連絡を」
「了解、任せてくれよ」

 不安と期待を残したまま、監視役のフラガと整備員数名を残してマリュー達は普段の勤務へと戻っていった。











 『艦長、緊急事態だ! 直ちに整備員用トイレまで来てくれ!!』

 監視役のフラガからブリッジへと緊急連絡が入ったのは、ゼンガーがトイレに入って丁度1時間後の事だった。



「少佐が、元に戻ったの!?」
「いや……それが……」

何はともあれ駆けつけたマリュー達に、何とも気拙い表情でフラガは答える。
勤務時にも関わらず、大勢のクルー達がトイレの出入り口を占拠して経過を見守っている。
その中には学生組の姿も見え、例によってフレイが1番前に出てトイレの方を心配げに見詰めていた。

 「少佐、少佐? 意識が元に戻ったんですか!?」

ヘッドホンが外れたのか、個室の中からネート博士の演説が僅かに聞こえる。
そして、内側から聞こえるゼンガーの雄叫びと、内側の壁を殴っているらしい打撃音が引っ切り無しに響いていた。

「少佐? 一体どうしたと言うのです!?」
「わ、解らない。途中からいきなりあんな風になってしまって……」

 何時も飄々としているフラガも動揺が隠せない様だ。

 「ゼンガー少佐、何があったんですか少佐!?」

激しくノックしてみるものの、反応は変わらない。
相変わらず激しく壁を打つ音が絶え間なく聞こえ、ゼンガーの叫び声も鳴り止まない。

 「少佐、今空けますからドアから離れて……」

 取り敢えず開けて中の様子を観てみない事には始まらないと判断し、マリューがマスターキーを取り出そうとしたその瞬間。

 「えっ……?」

 激しい金属音と共に金具が外れ、勢い良くドアが吹っ飛んだ。

「きゃあああぁぁ    !」
「艦長!」
「ラミアス大尉!!」

 吹き飛ばされたドアに押し潰され、床に伸びているマリューを助けようとフラガとナタルが駆け寄ろうとしたその時。

 ゴキン。

何かが圧し折れた音が聞こえた。
ヘッドホンが外れたのか、大音量で鳴り続けているネート博士の演説がトイレの狭い空間一杯に広がる最中。
ずぶ濡れで何故かボロボロになった制服を着たまま、トイレの個室からゼンガーが飛び出して来る。



 「ぅおおおああああああああぁぁぁ        !!」




 トイレから引っこ抜いた洋式便器を、頭上に高々と掲げて絶叫しながら。

「し、少佐……?」
「これは……一体?」
「え……どうして? どうしてなのよ……何で?」

絶句するフラガとナタル、そしてフレイ。
当然だろう。目の前に居るゼンガーは、以前のゼンガーや豹変後のゼンガーのどちらでもない。
ぶっちゃけて言えば、恐ろしい具合に狂戦士化バーサークしていた。
敵意と殺意に満ちたその視線は鬼神の如き恐ろしさを秘め、全身から殺気と闘気を縦横無尽に発散している。

 「少佐……じょ、冗談っすよね? 」

 何とか彼を宥めようとフラガが一歩進み出た次の瞬間。

「チェストー!!」
「おふぅ!」

 ゼンガーの振り下ろした便器がフラガの脳天に炸裂し、その長身がトイレの床へと崩れ落ちる。

便器内に汚物が無かった為、最悪の事態は避けられたかの様に見えた。
しかし、飛び散った陶器製の便器の破片や水と共に広がった嫌な香りが、狭い整備員用トイレ内に阿鼻叫喚の地獄を生み出した。

 『に、逃げろー!!!』

あまりに凄惨な光景を見て整備員や野次馬達が一斉に逃げ出す。
しかし、彼に絶対の信頼を寄せていた人々や責任者にとって、この状況は受け入れ辛かった様だ。

ナタル、フレイ、トール、そして恐怖で動けなくなっていたカズイがまだゼンガーの側に居た。
だが、今のゼンガーにとっては、視界に入る全ての者は敵と見なされる。

 「し、少佐! 正気に戻ってくださ」

 ナタルがそこまで言い掛けた瞬間、彼女の側頭部に便器が命中。

「チェッストォォォォォ!!!」
「はふぅ!」

 制帽と口から何かきらきらとした物を宙に飛ばしながら、ナタルは不自然なポーズで吹き飛んで行った。

「でいいいいぃぃぃぃ!!」
「おふぅ!」×2

 トールとついでに横で硬直していたカズイも便器で横殴りし、2人纏めて人垣の位置まで吹っ飛ばす。

 「フ、フレイ。逃げろ! 逃げるんだー!!」

逃げ出す連中に巻き込まれて、トイレの外へと押し出されていくサイの叫びにもフレイは動じず、只目の前に居る男に集中する。
既に4人のクルーがゼンガーの繰り出す示現流便器(洋式)殺法によって屠られた状況で、1人恐れる様子も無く彼に立ち向かうフレイの姿は、正に戦場を優雅に駆ける可憐な戦乙女を連想させた。

 「任せて! 私なら大丈夫だから……私の想いが、少佐を正気に戻すから……!


血走った目付きで、示現流の構えで便器を振り上げるゼンガー。
しかしフレイは怯える所か静かな笑みを浮かべて。

 すっと両手を前に差し出し   

 「絶技! 真剣便器取り  

 あっさりと殴り倒された。

 「はぁ、はぁ……!!」

フレイを倒した事で気が晴れたのか、ゼンガーの動きが止まる。
否、単純に自分の周りに居た人物が全滅したから落ち着いただけなのだろう。

 残されたのは、トイレの入り口まで退避し遠巻きに眺めるクルー達だけだった。

「お、おいどうする……?」
「ど、どうするったって……なぁ?」

流石にこれ以上、彼に近寄る命知らずは居ない。
近付いた瞬間に便器で殴り倒されるのがオチだからだ。
危険を冒してでも尚彼に近付こうとする度胸のある人物は、既に全員殴打され昏倒している。

ギロ。
殺気立ったゼンガーの視線が、入り口に集まっているクルー達の方へと突き刺さった。

 『ひ……!』

全員の身体が竦みあがり、硬直する。
気の弱い何人かが失禁したが、それに構うだけの余裕のある人間は誰一人居ない。

 『う、うわぁ〜!!』

ゼンガーが一歩トイレの入り口へと足を踏み出した瞬間。
クルー達はまさに蜘蛛の子を散らす勢いで通路や格納庫へと逃げ出して行く。

 「あ、あ……ああぁぁぁ!」

 腰を抜かしていた為取り残されたミリアリアは、便器を振り上げ迫るゼンガーを見上げながら必死に後退さる。

 「し、少佐……お願いだから正気に戻ってぇ……!!」

半泣きの声でゼンガーに声を掛けるが、未だにその眼は凶暴な光を湛えたまま。
便器は既に半分ほどまで砕けていたが、その破壊力はまだ健在だ。
ミリアリアを一撃で仕留める位、容易いだろう。

 「キャアアアアアア!!」

 振り上げた便器をゼンガーが彼女に叩き付けようとしたその瞬間。

 「うおっ!?」

倒れた姿勢からバネ仕掛けの人形の様に一気に飛び起きたフラガが、頭からの流血を物ともせずにゼンガーに組み付く。
そしてゼンガーが振りほどくよりも先に彼の体の重心を崩し、一瞬だけバランスを奪い取ると。

 「ダッシャァァァァ!!」

奇声と共に足腰のバネを限界まで跳ね上げ、全力でバックドロップを敢行し脳天から床へと叩き付けた。
脳天に突き刺さった強烈な衝撃には、超人的な身体能力を持ってしても耐えれなかったらしい。
僅かに躰を戦慄かせたかと思うと、ゼンガーは脱力し動かなくなった。

「ふぃ〜効いたぜ……もう少しで完全に意識を失う所だったよ」
「フラガ少佐! お、起きていたんですか!?」

 髪に付いていた便器の破片を払い除け、額に付いた血糊を拭いながらフラガは笑う。

 「あー何とかな、躰ずらすのが後半瞬でも遅かったらマジでヤバかったぜ」

早い話、最初に殴り飛ばされた時に彼はそのまま気絶した振りをしていたのだ。
そして、ゼンガーが隙を作る頃合を待っていたのである……そうでもしなければ、彼がゼンガーに勝てる確率は非常に低い。

 「取り敢えず軍医と衛生兵を呼んでくれ、少佐と怪我人の手当てをしなけれりゃな」

未だに床と扉に挟まれてピクピクと動いているマリューと、壁に激突し小刻みに痙攣しているナタル。
トイレの入り口付近で折り重なる様に倒れているトールとカズイ。そして額に大きな痣をこしらえ目を回しているフレイ。

 暴走したゼンガーの犠牲者達を見詰め、改めてミリアリアは恐怖に躰を振るわせた。




「でも……フラガ少佐」
「ん、何だ?」

 内線で医務室へと連絡を取ったミリアリアは、気絶中のゼンガーを見詰めながらフラガに問う。

「どうして、少佐はあんな風になってしまったんでしょうか……」
「いや、多分一気に元に戻そうとしたのが拙かったんじゃないかねぇ?」
「え……そんなんで大丈夫なんですかっ!?」
「まぁ、こんだけ暴れたんだから元に戻ったんじゃないの。今のは副作用みたいなもんかね?」

 気絶しているナタルやフレイ、そしてマリューを見渡しながらフラガは呻いた。

 「少佐……頼むから、次に起きて来る時は以前のアンタに戻っていてくれよ……2度も本気のアンタとは戦いたくねぇからな」






尚、例のネート博士の演説ファイル(細工済み)はゼンガーが暴走している最中に破損し、2度と使えなくなった。
そして、いち早く復活した少女(仮称F)によって証拠隠滅の為ダスト=シュートへと放り込まれ、粉々に粉砕された。
こうして事件の真相は、闇から闇へと葬り去られたのである。


















ゼンガー=ゾンボルトは、眠っていた。
戦技教導隊での厳しい訓練の賜物で、彼の眠りは何時も浅い。
だから例え眠っていても直ぐに飛び起きる事が出来、戦う為の体外の『準備』を速やかに行える。

そのゼンガーにしては珍しく、彼の意識は深い眠りの底にあった。
これだけ深く眠ったのは久し振りだろう。ゼンガーはゆっくりと大きな呼吸を繰り返しながら寝息を立てていた。

 「ゼンガー様、ゼンガー様……」

 (誰だ……誰が、俺を呼んでいる?)

 どこからともなく、自分を呼ぶ声がする。

「起きて……起きて下さいまし。ハリーアップですわ♪」
「貴方は!」

 勢いよく起き上がると、目の前にはザフトの歌姫が居た。

「ラクス=クライン!」
「はい、お久しゅう御座いますゼンガー様。ユニウス=セブン以来ですわね」

ほんわかとした笑顔。
最後に別れた時と全く変わらないラクスの姿が其処にあった。

「しかし……貴女は何故此処に? そして此処は一体何処なのだ……?」
「お気付きにならなくて? 此処は貴方自身の1番奥なのに……」

幾分楽しそうに、ラクスは微笑んでいる。
何が楽しくて微笑んでいるかは解らないが、大概彼女は笑っているので特に理由も意味も無いかもしれない。

 「あらあら、ゼンガー様の御心って寂しいですのね」

2人の他には、果てしなく続く石畳と石段が地の果てまで延々と続いている。
空には暗雲が立ち込め、何処まで見ても日の光は見えない。

 『ハロハロ親分!』

 ゼンガーの周りを無数のボール……ハロが耳をパタパタと動かしながら飛び回る。

 「でも起きられて重畳ですわ。このまま目を覚まされなかったら私どうしようかと思ってましたの」

そう言いながらラクスは、『10t』と書かれたスレッジハンマーを自分の背後に隠す。
何故そんなものを持っているのかと小1時間問い詰めたくなったのだが、取り敢えずゼンガーは起き上がる事にした。

「それで、先程の質問に対してですが……何故此処にいるかについては、ゼンガー様のお答えを聞かせて欲しかったからです」
「答え……か」
「はい、」

未だに答えは出ていない。
確かにネート博士の仇を討つ為の復讐をするつもりはない。
だが、今のゼンガーにとって闘いとは『生き残る為に』『護る為に』行うものであり、ラクスが問う意味には達していない。
武神の刃の振るべき方向は、未だに見定められていない。本人もそれを自覚している故、彼女に返答を返せないでいるのだ。

「………」
「そのご様子では、まだ出ていない様ですね」

言いながら、ラクスはすっと腰を宙に下ろした。
途端に虚空から小さな籠が現れ、彼女の腰を受け止める。

 「でも、次に逢う時には『お答え』の方を聞かせてくださいましね?」

ラクスの小柄な身体が浮かび上がっていく。
何時の間にか、彼女の腰掛けている籠は無数の糸によってぶら下がっていた。

 そして上でその籠を持ち上げているのは。

 『ハロハロ〜♪』

色とりどりのハロ達だった。
小さな耳を懸命に動かし、次第に高度を上げていく。

「ゲ、ゲ、ゲゲゲのゲ〜♪」
「ネタが違うぞラクス=クライン!」

 そのネタを地で行くならハロでは無く鴉の筈だったので、ゼンガーの指摘は正しい。

 「あらあら、間違えてしまいましたわ」

だが、ザフトの歌姫にとっては歌詞さえ間違えなければそれで良い様だ。
無数のハロによって吊り上げられ宙を飛ぶ籠に乗りながら、ラクスはコロコロと笑う。

「ではでは、ゼンガー様。ごきげんよう〜」
「……一体、何が言いたかったのだ?」

解らない。
否、彼女が相手の場合、あまり深く考えない方が勝ちかもしれない。
言うだけ言い暴れるだけ暴れて、ラクスとハロ軍団は何処かへと飛び去っていく。
流石のゼンガーも、只見送る事しか出来なかった……。


「いよいよ、彼女の事が解らなくなってきた……」
「ほう、自分の理解力の無さをラクスの所為にすると言うのか?」
「なっ!」

 背後を取られたのに気付き、慌てて振り返ってみると。

「ククル!」
「ふふふ、よもやこの様な場所で貴様と出会おうとはな」

 真紅の衣装   ザフトの制服を着たククルが立っていた。

「おのれ、今直ぐ此処で決着を……!」
「まぁ待て。非常に残念な事に、ここは黄泉路でも戦場でもない。故に貴様と戦う理由は無いのだ」
「何だと……では、此処は何処だと言うのだ!」
「ラクスの言った様に貴様の無意識下と言った所か」

 からかう様にすっと指を突きたて、ゼンガーの前で振る。

「故に我が身はククルであってククルに非ず。貴様自身が生み出したイメージだ」
「イメージだと……?」

となると、此処は夢の世界という訳か。
だとすると納得出来るだろう。先程の怪奇なラクスの様子も。
……尤も、意外に”あれ”が彼女の『地』かもしれないが。

「ところでククルよ」
「何だゼンガー?」

 直言をよしとするこの男にしては何か言い辛そうな表情で、ククルを見たゼンガーは言う。

 「何故、そんな踊りを舞っているのだ……?」

ククルは何故か、コサックダンスを踊っていた。
上半身の姿勢と表情を全く崩す事無く、両足の動きだけは異常に早く動かして彼女は踊っている。

「これがどうかしたか」
「……何か、含むものでもあるのかククルよ?」
「特に無い」

 きっぱりと言われ、ゼンガーも返答に困る。

「意味があるといえば、趣向を変えたのと貴様への嫌がらせだな」
「止めろ……俺の中の貴様のイメージが崩れる。この様な奴によってソフィアが死んだとあれば、彼女が死んでも死に切れん」
「む、そうか。ならば止めるとしよう」

 意外にもあっさりとダンスを止め、何時もの様にすっと腰を伸ばしてククルはゼンガーと対峙する。

「ところで……貴様はもう気付いているのか?」
「気付くだと……何の事を言っている?」

 やや小馬鹿にした表情でククルは忍び笑いを浮かべると、鷹揚な口調で語り始めた。

「我等が世界が今、変わりつつあると言う事だ」
「変わりつつある?」
「そうだ、この世界は今ある意志によって歪められようとしている」

言っている意味が解らない。
この女は何を言いたいのだとゼンガーは思った。

「まぁ大丈夫だ。我等2人が揃えば、如何に創造主とは言え無茶は出来ん」
「創造主?……貴様、何の事を言っている!?」
「それにこの話自体、他人の褌を借りているに過ぎぬしな。幾らかは恥と痛覚は残っているみたいだから、展開をシリアスに持ち込む事も出来ようぞ……あくまでも可能性としてはだが」
「何を言っているか訳が解らん! 貴様、俺を謀る気か!?」
「謀る気など無い、事実を言っているだけの事。ま、それよりもだ……」

 何時の間にか両手に握られていた扇子をパンと音を立てて開くと。

 「そろそろ正気に戻れ。現実と、我等の戦場が貴様を待っているぞ……」

ククルはパタパタと扇子を大きく扇ぎ出した。
それと同時にゼンガーの身体が宙に浮き、ゆっくりとククルから遠ざかり始めた。

「何……待てククル! まだ話は終ってはおらん!」
「続きは我がマガルガとの戦いで行おうぞ。さらばだ……」

空中で足掻くものの、ゼンガーは引っ張られる様に空高く飛んで行く。
やがて視界が真っ白に染まり、見渡す限りの石畳もククルの姿も白み始め消えていった        








 「ククル!」

 胸元まで掛けられていたシーツを跳ね除け、ゼンガーは叫んだ。

 「む………ここは医務室か?」

どうやらアークエンジェルの医務室の様だ。
ついさっきまで、自分は伍式を駆ってディンと戦っていた筈なのに……。

 「何時の間に、アークエンジェルに戻って来ていたのだ?」
おまけに、やけにおかしな悪夢を見ていた様な気がする。
先程の夢をゼンガーは忘れている様だ。否、己の精神衛生上のため敢えて忘れたのかもしれない。

「少佐……?」
「む?」
「少佐……ゼンガー=ゾンボルト少佐、ですよね?」

医務室の入り口に十数人の人だかりが出来ていた。
その先頭に居る左腕に包帯を巻いたマリューが、右手に大きな盾を持ったまま詰問して来る。

彼女を始めとするクルー達が、何故か機動隊用の盾を此方に向けながら様子を窺っている。
手にはライフルや拳銃が握られているが、それでも彼らの表情は怯えていた。

「何を言っているラミアス大尉……まさか俺の名前を忘れたとか言うのでは無いだろうな?」
「い、いえ……そんな事はありませんよ、少佐がゼンガー・ゾンボルト少佐ならそれでいいんですよ。ア……アハハハ……」
『あ、はは……ははぁ……はは』

 脱力した様にへたり込み、マリュー達は虚ろな笑い声を上げ始めた。

「むぅ?」

 何時もとは随分と違うマリュー達の様子に、ゼンガーは腕を組んで首を捻るばかりであった。






警報!アラート警報!アラート、ザフト軍の水中MS部隊が接近中。第一級戦闘配備を発令。戦闘要員は直ちに所定の配置について下さい。繰り返します……』
「敵か!」

 突如として鳴り響いた警報を聞き、ゼンガーは勢い良くベットから飛び降りる。

 「ぶ、ブリッジ! 状況報告を!!」

やや引き攣った声でマリューが叫ぶ。
と同時に、医務室のウィンドウがブリッジと繋がり。

『はい、水中型MS部隊が本艦に接近中です。伍式とスカイグラスパーの発進を要請しますがよろしいでしょうか〜』
「それで構いません。バジルール中尉、私がブリッジに行くまでの指揮は貴女に任せます」
『わっかりました〜!』

 ブリッジと直通のウィンドウの中で、やや大雑把に制帽を被ったナタルがニコニコと笑みを浮かべている。

 『大丈夫ですよ艦長、このナタル=バジルールにばぁーんとお任せです! ブィ!』

 何やら『天真爛漫』な笑みを浮かべたナタルが、『ブィ』なサインをウィンドウ一杯に写していた。

「……やけに陽気だな。何か良い事でも有ったのか?」
「え、えぇ……まぁ……」

頭を抱えながらも、何とかマリューは返事を返す。
まさか、『貴方に便器で殴り飛ばされたショックでああなりました』等とは言えない。

 そう、断じて言えない。言えるものか。







 直ぐ様パイロットスーツに着替えたゼンガーが格納庫へと急いでいると。

「少佐ー!!」
「む……フレイか?」

フルフェイスタイプのヘルメットを脇に抱え、パイロットスーツに身を包んだフレイが直ぐ横を歩いている。
おでこに何故か大きな絆創膏が張られているのだが、本人はあまり気にしていない。
普通なら彼女よりも比較的軽傷で済んだトールが出撃すべきなのだが、フレイが頑として嬢らなかったのである。

 全ての問題を意地と気力と根性論だけで解決した辺り、フレイの進化は更に進んでいると言えよう。


「あ、あの少佐……」
「どうしたのだ。今回もフラガと共にスカイグラスパーに乗るのだろう? 遅れるとマードックに怒鳴られるぞ」
「ご、ごめんなさい。でも少佐」
「何だ。話すなら手短に話せ」
「えっとね、私を見て……何か感じる事はない?」

 フレイの珍妙な問いに、ゼンガーは首を傾げた。

「感じる事?」
「うん、何か感じる事!」

 早足で格納庫へと向かいながら、ゼンガーは考え込む。

「うむ、そう言えば……」
「そ、そう言えば!!?」

 フレイの目が急に輝き、ゼンガーの方へとグイと迫る。

「その絆創膏……どうしたのだ? また訓練中に転倒でもしたのか」
「はうぁ!」

勢い余ってフレイはこけた。
まさか、『貴方に便器で殴打された時に作ったコブです』だなんて言えない……絶対に言えない。

 (うう……あれだけ頑張ったのに全然効果が無いなんて……少佐のばかぁ)

 シャイな乙女心を朴念仁なゼンガーに傷付けられ、涙するフレイ=アルスター15歳であった。

































 かくして、この事件はゼンガー本人の与り知らぬ所で幕を閉じ、歴史の闇へと葬り去られた。

 そして”大天使の剣”ゼンガー=ゾンボルトの存在は、更に深く人々の心に刻み込まれたのである。












 ……色んな意味で。
















終る




















 言い訳後書き


いや〜勢いだけで書いてみました。
メールで許可を申請した時に、快く快諾してくれたノバさんに感謝を……今頃は、後悔しているかもしれませんがw

このSSはノバさんからの感想板上、またはメールでの苦情=抗議文が届いた場合、速攻で削除されますので悪しからず。
尚、謝罪と反省と過去の清算はしませんのでこれも悪しからず。

……無論、補償金もでません。

 

 

 

 

代理人の感想

ぶはははははははははははははははははははははは!(爆笑)

 

takaさんグッジョブ!

 

 

 

 

ともあれこの作品の見どころは二つ!

 

一、実はナイスミドルだったゼンガー・ゾンボルト!

二、実は天真爛漫だったナタル・バジルール!

三、カガリにド突かれるヘタレ男!

 

・・・・・・あ、三つか。

 

 

それはさておきやっぱガンダムの主人公(一応)たるもの、殴られもせずに成長は出来ないということでw