「ふぅ〜……」

肺に溜まった空気を全て出すかの様に、深く深く息を吐く。
午前中はずっと寝込んでいた為、身体が鉛の様に気だるい。

久し振りのオフだと言うのに、何をする気にもならない。
倦怠感、それがアスランを支配していた。

 「今頃どうしているかなぁ……? キラは」

 両手の中にある3頭身キラ人形に話しかけながら、アスランは窓の外に広がる『作られた空』を見上げる。

 「オーブ出身だから、戦渦には巻き込まれていないだろうけど……」

自分を宥める様に言ってから、ふと表情を苦々しく歪める。
そのオーブが所有するコロニー『ヘリオポリス』を、ザフト軍が強襲したのを思い出したのだ。

 「連合との密約があったとは言え、いきなり中立コロニー内部で大規模な戦闘を起こすだなんて」

しかもヘリオポリス自体を崩壊させてしまった為、一時的にせよオーブとの関係が険悪化。
シーゲル=クラインがオーブへの懐柔交渉を必死に行った事と、密約の件を不問に伏す事でようやく矛が納まったばかりなのだ。

 「父上は、まるで戦争をより泥沼化させたがっているみたいだ」

最近のプラントの方策には、後先考えない箇所が見え隠れしている。
過剰ともいえる地上への戦力投入を行ったり。プラント内で兵役に付ける人間を総動員に近い状態で徴兵したり。
幾らこの戦争が総力戦とはいえ、今の国策はプラント全体を戦争システムそのものへと変貌させている様なものだ。

無論、この方策をごり押ししているのは彼の父親、パトリック=ザラ国防委員長。
今ではシーゲル=クライン議長を凌ぐ程の政治力を持つプラント議会のタカ派だ。

 「本当に、嫌な時代だな」

部屋の片隅にさげてある制服、ザフト軍のトップガンである事を示すレッドの服を見詰めながら呟く。
昔が懐かしいとアスランは思う。本来、繊細で優しい気性の彼にとって過去の時代は穏やかだった。

農学者である母親と暮らしていたユニウス=セブン。
本当の意味での親友と共に過ごした月面の幼年学校。
プラントに戻って来てから体験した事の数々。

 「そして……」

そして、突然決められた自身の婚約。
ラクス=クライン。プラントの妖精と呼ばれるアイドル。

 「そう言えば」

 そう言えば、ラクス=クラインが初めてアスランの屋敷を訪れたのも、こんな風に爽やかに晴れた日の事だった。

































ゼンダム応援SS

  武神装攻ゼンダム 其伍の外 最終兵器的許婚

























 「2人水入らずで、ゆっくりと話し合え……か」

モニター越しの父親の言葉を反復するアスラン。
今日は日曜日で私用も公用も特に無く、彼は久し振りに自宅の自室で寛いでいた。

だが、その表情は憂鬱で苦々しい。
当然と言えば当然だろう。
彼にとっては苦行に等しい一日を、これから過ごさねばならないのだから。


彼を憂鬱にしている事案。
それは先週の月曜日に突然決まったアスランと”プラントの妖精”ラクス=クラインの婚約である。

無論、アスランにとっては寝耳に水の出来事であり、事前にそういう話等は一切聞かされていない。
父親は『婚約だから嫌なら嫌だと言え』とアスランに伝えてはいたが、無言の圧力と視線で反論の一切を許さなかった。
然もありなん。これはプラントの結束を強固にし、あわよくば国家宣伝にする為の婚約なのだから。

何時も父、パトリック=ザラはそうだった。
常に圧力をかけ、常に監視し、常に叱責を加え目標の踏破を命じる。
そしてアスランが目標を達成しても決して褒めはしない。
褒めるどころか、更により高い目標だけを与えるのだ。

プラントに戻ってから、アスランは文武両道共に主席の座を独占していたが、それは彼が望んでの事ではない。
父に『プラントの次世代を担うに相応しい息子』を演じる様に求められていたからだ。

 「アスラン=ザラ……パトリック=ザラの息子」

 先週に行われた婚約お披露目会見・政財界の重鎮を集めたパーティーもはっきりいって地獄だった。

居並ぶ報道陣に愛想を振りまきながら、初めて顔を合わせたばかりの婚約者……ラクスと並んで記者達の質問に答える。
質問に対する返事は、父の秘書から手渡されていたマニュアルを頭に叩き込んでおいたので困らなかった。
が、ずっと愛想笑いを浮かべていたので、翌日頬が引き攣りっぱなしになり医務室のお世話になる始末。

パーティーもパーティーでラクスの手を引いてエスコートしながら、ゲストの相手をさせられた。
中には父親に対する露骨な擦り寄りをして来る財界の連中も居て、それが一層アスランの気力を磨り減らしてくれたものだ。

 「フン、どうせ皆……俺を『パトリック=ザラの息子』としてしか見てないくせに」

プラントの何処に行っても付いてくる呪縛。
誰も彼も、自分を”国防委員長の息子”というフィルターを通してしか接しない。
学校の教官達ですら、何処か腫れ物でも触れる様な態度だ。
純粋に、彼を彼として見てくれる人物は極稀な人数しか居ない。

 自分に対して普通に接してくれたのは、月面都市に留学していた頃に出会ったキラ=ヤマトともう1人。

 「ククル……」

幼馴染のククル。母親の居る農業用コロニー『ユニウス=セブン』に住んでいた女の子だ。
自分に対しても、飾る事無く接してくる彼女がアスランにとってどれ程救いであるか。

 「会いたいよ、ククル……」

自室にある等身大ククルロボット。
白と緑を基調とした和服に身を包んだそれを眺めながらアスランは溜息を付く。

流れる様な艶やかな銀色の髪と、快活な光を帯びた琥珀の瞳。
差し出された手を取れば、彼女はいろんな場所へと連れて行ってくれる。

ククルの一族が所有していた農園は神秘に満ちていた。
様々な野菜畑や果実の木が植えられている広大な農園、その中を2人で走り回るのがアスランは1番好きだった。

どんどん先に走っていく銀色の髪、何とかそれを捕まえたくて必死に走った。
そして疲れ果てるまで走った後、農園の丘の上にある岩戸神社の境内で寝っ転がる。

荒い息を吐きながら見上げる夕空。
ユニウス=セブンのそれも作られた空だったが、何故かプラントのどの”空”よりも美しく見えたものだ。

 「なんで、俺はプラントに居て君はユニウス=セブンに居るんだろう……」

口から嘆息が漏れる。
会いに行きたい。今直ぐにでも彼女に会いたい。
その気持ちが『逃避』なのは頭で理解していた。
しかし、だからと言って簡単に押さえられる訳が無い。

最近は年に数回しか逢えない。
その状況がよりアスランの心を焦燥させた。

 「ククル……」

顔を枕に押し付け、再び溜息を吐く。
丁度その時、玄関のチャイムが鳴った。

 「来たか」

3回目の嘆息と共にベットから身を起こす。
今現在ザラ邸にはアスランしか居ない。
邪魔が入っては無粋だと言う事で、使用人その他には休暇が出されていた。
これも父親の描いたシナリオかと思うとムカムカと腹が立ってくる。

だが、ある意味感謝もしていた。
これから数回しか会った事の無い婚約者に、必死になって愛想を浮かべる自分を部外者に見られる事が無いのだから。






 「実に、父上らしい念の入れようだな」

これまた用意されていたバラの花束を持って玄関先へと出る。
玄関の扉を開けて外へ出ると、其処には数日前に顔を合わせたばかりの婚約者、ラクス=クラインが居た。

 (取り敢えず、挨拶をしてきっかけを作らないと)

 表情をやや強引に整え、出来るだけ爽やかな『余所行き』の笑顔を作ってラクスに話しかける。

「おはようございますラクスさん」
「………」

返事は無い。
只のラクスの様だ。
否、表情も無ければ動きも無い。
静かに、じっと無言で玄関先に佇んでいる。

「………あの? 」
「………」

重ねて声をかけるが返事は無く。
様子がおかしい。そう思ってアスランがラクスに近付こうとすると。

「アスラン=ザラを確認。出力モードをノーマルからキリングへ移行。これより敵目標を殲滅しますわ」
「………は?」

 何気に呟いたラクスの言葉にアスランが首を傾げた瞬間。

 「うわっ!?」

ラクスの両目から2条のビームが放射され、ザラ邸の正面玄関の扉を横薙ぎに裂いていく。
裂けた扉がガコンと音を立てて蝶番から外れた音を聞き、アスランはようやくわれに返った。

「い、今一体何を」
「抹殺しますわ」

無表情のまま口をグァっと開けたラクスに恐怖を感じ、アスランが思わず身を引くと。
口の中に内蔵してあった複列位相転移砲が発射され、玄関から裏口までの間20mを撃ち抜いて大爆発。

 「……! ……!! ………!!」

 悲鳴にならない悲鳴を上げながら後退さるアスランの前で、ラクスは着ていた上着の前を開いた。

 「抹殺しますわ」

ウィィィィンという機械動作音と共に。
開いた腹部から6本の銃身を束ねたモノ   バルカン砲が迫り出して来た。

 「う、わ、わわわっ!!」

ターンバレルの音に生命の危険を感じ、慌てて大破した玄関へと飛び込み更に横っ飛びに跳ねる。
次の瞬間、左から右へと7.62mバルカン砲が掃射され、伏せたアスランの頭上を蜂の巣にしていく。

 「い、一体何がどうなっているだぁー!!?」

階段を必死になって駆け上がるアスランの背面すれすれを、ロケットパンチが掠め飛んでいく。
こんな己の命に関わる状況になっても花束を手放さない辺り、アスランの律儀な性格が垣間見える。

 「ひぃぃぃぃ!!」

必死になって2階の廊下を駆け抜けて、自室へと入り鍵をかけた。
部屋の壁に背中を押し付けると同時に、盛んに聞こえていた銃声がぱったりと止まる。

 「あ、あれは本当にラクス=クラインなのか!?」

な訳が無い。
少なくともプラントの妖精は口から相転移砲を発射したり、眼からビームを飛ばしたりする筈が無い。

 「はぁはぁ……はぁ〜……」

 取り留めの無い考えを止め、押し付けていた壁を背中でこする様にして床に尻を付けた瞬間。

 ぼこっ。

壁を打ち抜いたラクスの二の腕が、数瞬前までアスランの頭があった場所を貫いていた。
急いで振り向くと、割れた壁の間から無機質なラクスの瞳がアスランを睨んでいる。

 「目標発見。抹殺しますわ」

壁をぶち抜かれ、再び廊下へと逃げ出したアスランの背後で彼の私室が崩れ落ちていく。
右手首からは超振動ブレードを、左手首からは巨大なドリルを出したラクスがその後を追う。

 「殺される! ……俺、殺される!」

心の中で、崩れ落ちる部屋の中に置き去りにしてしまったククルロボットに謝りながら、アスランは必死に逃げ続ける。
すると突然、廊下の角からひょっこりと顔を見せた人物が居た。

「あらあら、アスラン様御機嫌よう」
「ら、ラクスっぅぅ!!」

 背後から追ってきている筈のラクス=クラインである。

「玄関のチャイムを何度か鳴らしたのですけど、お返事が無かったので……あら?」
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」

ラクスが何かを喋っているが、極度の混乱状態にあったアスランには関係ない。
思わず、側に落ちていたモップで思いっきり殴りかかった。

「って、どうしましたの? お顔の色が真っ青ですわよ」
「なっ……!」

あっさりと真剣白刃取りされたモップの柄を見て、アスランは愕然とする。
力一杯、全力で打ち込んだ筈である。武術訓練の教官でさえ見切るのが難しいスピードなのにだ。

「それよりも、この騒ぎは一体なんですの……暴漢とは思えませんが?」
「いや、それは貴女が暴れたから……」
「私が?」

 アスランの答えにラクスが首を傾げたその時。

「目標発見。抹殺しますわ」
「ひぃっ!?」

後ろから抑揚の無い声が聞こえた。
無論、アスランを追いかけて来た『ラクス』である。

「あらあら、こんな処に居たのですね」
「え……な、何故2人も居るんだ?」

どちらもラクス=クラインだった。
服装も一緒、姿寸法も全く一緒。
違う点と言えば、ブレードとドリルが在るか無いか位。

「ラクスさん、これは一体どういう事で……」
「このリボン、お借りしますわね」

有無を言わさぬ口調にアスランが頷き、花束を差し出すと。
ラクスは彼が死守していたバラの花束を束ねていたリボンをするりと取り外す。

「いきますわよっ」
「抹殺しますわ」

振り回されるドリルと、バルカン砲の乱射をかわしながら、ラクスは素早く壁を蹴って飛ぶ。
その動きは尋常ではないほどのスピードで、アスランには残像すら捕らえる事が出来なかった。

 「やー!」

一連射分の銃弾を、拳圧だけで弾道を逸らしてからハイキック。
超振動ブレードをへし折り、蹴りの一撃で屋根を突き破り上空に舞い上がったラクスが叫びながらリボンを持った手を突き出す。
シュルシュルと有り得ない長さまで伸びたリボンが偽ラクス(仮称)の首に巻きついたかと思った瞬間。


 ゴキン。



偽ラクスの首が高々と宙を舞う。
巻きついたリボンをラクスが引き、偽者の首を捻じ切ったのだ。

 「セントウフノウ、セントウフノウ。シンタイヘノダメージガ70%ヲコエマシタワ」

 ねじ切られた首の唇が、宙を飛びながらも淡々とした口調で続ける。

「テキモクヒョウノセンメツノタメジバクイタシマスワ」
「アスラン様、伏せて下さいましっ!!」

相手の意図を察したラクスが再び動く。
今度は胴体をリボンで瞬時にぐるぐる巻きにしたかと思うと、

 「うりゃー!」

 砲丸投げの要領で廊下の壁を破壊しながら2・3回大きく振り回し、コロニーの空目掛けて放り投げた。

壁をぶち破り、クルクルと回転しながら空の彼方へと飛んでいく偽ラクス。
そして5秒後に閃光が奔り      

 「ぶぁくはぁつ!!」

偽ラクスに積んであった自爆用の超小型燃料気化爆弾が爆発。
幸いにもザラ邸からかなり飛ばされていた為、植えてあった樹木が何本か薙ぎ倒されただけだった。

 「お怪我はございませんかアスラン様?」

可憐な笑顔を浮かべながら振り返り、細くて柔らかな手をそっと差し伸べるラクス。
何気に髪がアフロになっているアスランは、恐々とその手をとる……何故か、逆らえない様な気がしたから。

 (何故、彼女は埃1つ付いていないんだろう……?)

そのドレスには埃どころか文字通り皺1つ浮いていない。
と言うか何時の間に此処に来ていたのだろう。
そして、あの爆発したラクスの事も知っている様だ。

「あの……ラクスさん? それは一体何なんですか?」
「これは〜私の影武者なんですのよ」

 もう1人の自分の生首をお手玉しながら、ラクスはあっけらかんと答える。

「影武者ぁ!?」
「ええ、ファンの方には気性の荒い人も居ると言って、お父様のお知り合いの科学者さん達が作って下さったんですの」
「………」
「今朝から姿が見えないと思っていたのですが……此方へ向かっていたとは」

これではファンを確実に『滅殺』してしまう戦闘力と破壊力だ。
その科学者集団はとんでもない連中だとアスランは思ったという。
そして事実、彼の指摘は正しく図星であった。

 『お父様のお知り合いの科学者さん達』

即ち、趣味という名の『思想と技術』を躊躇無く実行するトチ狂った科学ヲタクどもマッドサイエンティスト集団の事である。
その後もクライン家絡みで強制的に彼らと関わってしまい、散々酷い目に遭う運命をアスランはまだ知らない……。





 「それと、お約束の時間に遅れてしまい大変申し訳ございませんでした」

何とかアスランの応急処置も終わり。
正門に向かって歩きながら、ペコリと頭を下げるラクスにアスランは慌てて応じる。

「いえ……それは構いませんが……どうしたんですか?」
「実は、私の乗って来た乗り物が故障してしまって……」
「乗り物……車ですか?」
「いえ、『水滸演舞』の調子が悪くなってしまって難儀しておりましたの」

 ラクスの指差す方を見ると、白馬のロボ・ホースが十字路の角で首を項垂れている。

「………馬、ですか?」
「はい、馬ですのよ」

 全く取り合わない態度でラクスは返事を返す。

「ラクスさんは、乗馬がご趣味でしたか?」
「ええ、父は乗馬が好きでして。私も付き合う内に自然と乗りこなせる様になりました」
「あ、じゃあ俺が見てみます。機械、強いので」
「あらあら、それは凄いですわ」





アスラン=ザラとラクス=クライン。
二人の馴れ初めはこんな感じだった。

















 「……頭、痛くなって来た」

思い出した記憶の所為で、頭に鈍い頭痛が走った。
そう言えば出会ってからずっと、ラクスには振り回されている様な気がする。

 ラクス=クラインという少女はまさしく複雑怪奇だった。

容姿端麗頭脳明晰。
声は妖精の呼称を得るほど美しく、その仕草は気品に満ち溢れている。
血筋もプラントの運営に深く関わっている名家クライン家の嫡女と申し分ない。
まさしくプラントの姫君と呼ばわれるに相応しい少女だ。

だが、何かがおかしい。何かがずれているとアスランは感じている。
そしてその『ずれ』に散々振り回されているのが彼の置かれている現状であり惨状なのだ。

 「本当、付き合えば付き合う程彼女の謎が増えていくな……」

掴み所のない婚約者の事で頭を悩ませているアスランの耳に、ブザー音が入ってくる。
顔を上げると自室の通信用モニターの端末が点滅し、呼び出し音が鳴っていた。

 「誰だ……? ザフトからの呼び出しか?」

それとも父上か?
一瞬だけ苦い感情が胸中を過ぎるも、アスランは構わず端末のスイッチを入れた。

「久しいなアスラン」
「ククルっ!!」

モニターの向こう側には、アスランの幼馴染の姿があった。
彼女の姿を見た途端、彼の表情が一気に明るくなる。

「プラントに戻って来ていたのか。だったら言ってくれれば出迎えに行ったのに」
「気を使わんでもいい。それよりもだ」

 目線を緩めながら、ククルはアスランに用件を伝える。

「これからラクスの元へ行こうと思っている。3人で茶会でもどうかと思ってな」
「ああ、行くよ。絶対に行く! で、ククルは今何処に……」
「それではラクスの所でな」
「えっ……ちょっとま」

モニターの通話は一方的に切られてしまった。
せっかくククルを迎えにいこうと思ったのにと、アスランは肩を落す。

 「相変わらず、せっかちだな」

”死人”である彼女にはプラント内での身分は無きに等しい。
だからこそ。もう少し、自分の事を頼ってくれてもいいのに。
彼女に頼って貰えれば、自分は物凄く嬉しいのに。
アスランはそう思いながら、クローゼットから外套を引っ張り出した。








 数十分後







「ああ、そう言えば初めて逢った時、そなたは泣いていたな」
「そ、それは!」

ラクス邸に集ったククルとアスランは、ラクスと共に茶会を楽しんでいた。
気の置ける友人達とのティータイムに、3人の表情は穏やかだ。

 「アスランは人見知りが激しい部分があったのだよ。上から眺めておったのだが見ていられなくてな」

当時のアスランを思い起こしながら、クスリと人の悪い笑みを浮かべるククル。
そんな彼女にラクスが更に質問をし、慌ててアスランがそれを遮るというパターンを何度も繰り返していた。

 途中、ゼンガーと戦時の話題に話が及んで場が沈んだものの、ラクスの気回しで何とか和んでいる。

こんな時間が何時までも続けば楽しいだろうにとアスランは思った。
例え、それが叶わぬ願望だと言う事をよく理解していても、彼はそう思わずにいられない。
こうした時間ならば、ククルは『黄泉の巫女』ではなく、彼が良く知るかつての幼馴染へと戻れるのだから……。

 「それでは、新しいお茶を淹れてまいりますわね」

静かに談話室から出て行くラクスの後姿を見て、ククルはアスランをちらりと見た。
やおら立ち上がるとアスランの側へ行き、腰を屈めて声をかける。

「アスランよ」
「ん、何ククル?」

 物思いに耽っていたらしい幼馴染は、はっとした様子で彼女の方を見た。

「告白せよ」
「…………え?」
「鈍いな……」

ククルは苦笑しつつ、アスランの耳元に顔を近づける。
ハラリとかかった銀髪が彼の頬をくすぐり、思わず頬が熱くなった。

「ここで己の過去話をしてラクスとの話題を作らんか。相変わらずそなたという男は不器用だな」
「ぶ、不器用だなんて……それに、そんな昔の事なんか恥ずかしくて言えないよ……」

尚もからかう様な口調で、ククルはアスランに囁く。
ふっと耳元に息がかかり、アスランは何故か少しだけ腰を奥に引いた。

「そら、告白せよ」
「お、脅かさないでよ。そんな風に無理やり言わすなんて」

 冗談めかした口調でアスランはククルに言う。

 「それじゃあまるで弾劾裁判みたいだよ」




 直後。

 ばば〜ん!!


派手で騒々しいファンファーレと共に、テラスの入り口のドアが蹴り破られる。
同時に紅い法衣を纏った3人の人物がドカドカと雪崩れ込んで来た。

 「まさかの時に大天使弾劾裁判!!」

 先頭に立つ魔乳……もといマリュー=ラミアス卿が2人の側まで来て叫ぶ。


「我等の武器は2つ! ゴットフリート! 地球連合への忠誠! ゼンガー依存症候群!!」
「ラミアス卿、3つです」
「あ……3つか」

一瞬ぼけたものの、彼女らの勢いは止まらない。
突っ込んで来た勢いを借りたまま、ラミアス卿が指を突きつけながら叫ぶ。

「アスラン=ザラ!我々は貴様を告発する!!」
「え……な、何で!?」
「「「告発せよ! 告発せよ!」」」

アスランの当惑を他所に、3人の枢機卿は声を合わせて唱和する。
だが、何故か1人だけ妙に浮いている人物が居た。

「ラ、ラクス……その姿は?」
「違いますわアスラン、今の私はラクス=クライン卿です」

紅い法衣を来たラクスは、何故か麦わら帽子を被っている。
そして、律儀にも台所から運んで来たティーセットをテーブルの上へと置いた。

「ち、ちょっと待ちなさいよ。何でアンタがその服着ているの!?」
「おかしいわね、フラガ卿は何処行ったのかしら……?」

 本来、紅い法衣を着ていなければならない男の名を上げると、彼女は饒舌な口調で答えた。

 「フラガ様でしたら、急用が出来たので今回は参加出来ないと私に託けておりましたの」

ポンポンと両手を叩くラクス。
何やら凄く楽しそうだ。

「ですので、私が急遽枢機卿代理として参加させて頂く事にしました」
「また!? 全くもう……何やっているのよあの甲斐性なしは!」

 つい先程まで一緒に居た男のいい加減な行動に憤るラミアス卿。















 丁度その頃。

 (お、俺の出番が……ごぼぼ……)

 フラガ卿はラクス邸の裏にあるプールの底に、簀巻きにされ足にコンクリートを履かされて沈められていた。













 「私、一度でいいから弾劾裁判の枢機卿をやってみたかったですのよ♪」

 紅い法衣の裾をフリフリと振りながら、ラクスは楽しそうにしている。

 「な、何でアンタ楽しそうなのよ?」

本来、コーディネーターを弾劾する事に乗り気な枢機卿ですら引くほどラクスはノリに乗っている。
だが、アスランにはそれに構っている余裕は無い。
ラミアス卿が指を突きつけながら、再び叫んだからだ。

「もういい! さっさと裁判を進めるわよ……アルスター卿、告発状を読め!!」
「はっ!」

 後ろに居たゴーグル付きの飛行帽を被った枢機卿……フレイ=アルスター卿が前に出て告発状を広げる。

「アスラン=ザラは、幼年学校時代に親しかった同級生(仮称K)に猥褻な行為を働き、心身に多大な悪影響を与えた容疑がある」
「さぁ、告白するのよ。自分は真性ホモだと!」

包囲する様にじりじりと詰め寄る異端審問団。
そして、先頭に居たラミアス卿がアスランの耳元で囁く。

「告白せよ」
「ち、違う。俺はホモなんかじゃない!!」
「HA!HAHAHA!!」

 アスランの必死の否定を悪魔的嘲笑で跳ね飛ばすと、ラミアス卿はこれまた悪魔的な笑みをもって言い放つ。

「そう、あくまでもしらばっくれるつもりなのね……仕方が無いわ」
「では、どの様な拷問を……?」

 やはり悪魔的微笑を持って問いかけて来るアルスター卿に、ラミアス卿も審問官らしい冷酷な笑顔を持って答えた。

 「肉布団の刑よ」

 そうラミアス卿が宣言した直後。

 「「了解じゃ〜艦長〜!!」」

 叫び声と共に、ラクス邸のバラ園から地球連合軍制服姿のマッチョが2名飛び出して来る。

 「げっ……保安部の変態コンビ」

 アルスター卿の呻き声を無視した勢いで、ガラス戸を突き破ったマッチョ2名は声を揃えて叫ぶ。

 「「呼ばれて飛び出す筋肉ブラザーズ!!」」

瞬時に制服を脱ぎ捨ててピチピチビキニパンツ一丁でポージング。
ラットスプレッドとサイドチェスト、まさしく筋肉の園だ。

「アドォンと!」
「サムソゥン!!」

変態筋肉コンビは名乗りを上げてから、アスランにビシリと指を突きつける。
無論、ポージング自体は1mmたりとも崩さぬままで。

「アスラン=ザラ。ラミアス卿の命により、貴様に肉布団の刑を執行するぅ〜」
「大人しく、我等が耽美なる肉体に挟まれるがよいぞぉ〜」
「ま、またか〜!!」

後退るアスランに対し、じりじりとにじり寄る変態マッチョコンビ。
妖艶な腰使いと迸る汗にアスランは吐き気と眩暈がしたが、何とか耐えながら必死に逃げようと辺りを見渡す。

 だが、その直後。

「レッドちゃんぱ〜んち♪」
「「おふぅ!!」」

 神速のスピードで放たれた鉄拳2発をワン・ツーで喰らい、アドゥンとサムソゥンが残像を残しながら吹っ飛んでいく。

「ぐ、ぐおぉ〜……あ、相変わらず美少女とは思えぬこのパワー……」
「ラ、ラクスの姐御はやっぱり最高じゃ〜……」

テラスからかなり距離がある屋敷の壁に、人形の陥没を形成しながら呻いている変態マッチョコンビ。
一撃でアドォンとサムソゥンを瀕死状態へと追いやったラクスは、鈍器代わりのレッド・ハロを抱きしめながら宣言した。

 「アスランに肉布団をするだなんて……許せませんわ」

登場後、40行にも満たない内に殴り飛ばされた変態マッチョコンビには眼もくれず。
頬を膨らませ、プンスカ怒りながらも一言。
あ、可愛いなと何気に思うアスランであった。

「ここは1つ、婚約者である私が刑の執行を」
「暫し待て。アスランは断じて同性愛好者などではない」

法衣を脱ごうとしたラクスを、ククルの声が引きとめる。
この常軌を逸脱した状況にも、彼女は平然としていた。

「へぇ、証拠はあるって言うの!?」
「ふむ、確認済みだ」

挑戦的なアルスター卿の言葉にも動じず、ククルはカップに残っていた紅茶を飲み干す。
そして不意にアスランの方を向くと、悪戯っぽく微笑みながら問いかける。

「憶えているかアスラン?」
「え、何をだい?」
「ほら、以前私の実家の露天風呂に一緒に入った時。うっかり私がタオルを落して」
「わ、わ、わ        !!」

 顔面から火が出るほど真っ赤になったアスランが奇声をあげ、ククルの声を遮る。

「あの時、布越しとはいえいきなり大きくなって……むぐ」
「わわわわわ             !!」

 尚も続けようとするククルの口を必死の形相でアスランは塞ぐ。

「あ、アフゥラン。これではひゃべれ……うぐ」
「わわわわわ           !!」

ククルの口元を抑えながらもその時の情景を思い出し、何気に鼻血が出てきた。
例え、頻繁におかずとして使用していても、慣れないものは慣れないのだ。

 「この……」

アスランの気が緩んだ隙を突き。
ククルの両腕がするりとアスランの手に巻き付いたかと思った瞬間。

「いい加減に……せぃ!」
「う、うわぁー!!」

 投げ飛ばされたアスランの身体が、テラスのガラスを突き破って庭園へと飛び出していく。

 「全く……何を興奮しとるんだ、そなたは」

呆れた口調で乱れた着衣を整えるククル。
自分の言っている事に自覚があるのか無いのか、全く以って疑問である。

「ま、それはそれとして。だ」
「いえ、是非とも続きを聞かせてくださいませ」

 クライン卿の催促の言葉を無視し、ククルはやおら枢機卿達を睨み付けた。

「そなたらの本来の出番は其弐の外ぞ、間違えるでない……」
「「「え?」」」

 3人の枢機卿の動きがはたと止まる。

 「あ、あれ……そうだったかしら?」

 焦った表情のラミアス卿が懐から手帳を取り出して開き、サーっと顔色を青褪めさせる。

「あ〜ごめんなさい。弐と伍を間違えたわ」
「また間違えたのラミアス卿!?」

 ラミアス卿は管理職のくせに、数字に弱いらしい。

「くっ、しょうがないわ。出直しよっ!!」
「あらあら、せっかくアスランを弾劾しようと思いましたのに」

 勝手な事を言いながら部屋から飛び出していく枢機卿達。

 「覚えていなさいコーディネーター! 例え私達が潰えようとも、第二第三の弾劾裁判が貴方達を狙っているんだからねっ!!」

最後にアルスター卿がキンキン声で捨て台詞を吐きながら飛び出していく。
紅い法衣を翻してドアの向こうへと走り去っていく3人の枢機卿。

ククルは新しくカップへ注いだ紅茶を啜りながら彼女達を見送る。
淹れたてで香りが芳醇な紅茶を1杯飲み干した後、ふと気が付いた様に首を捻った。

 「ん、そう言えばアスランは何処へ行った?」




















 「い、痛いよククル……」

 頭からバラ園に突っ込んだアスランは、茨の中で身動きが取れなくなっていた。










 (お、俺は不可能を可能に……する……おと、こ……だ。がぼっ)

 フラガ卿はまだプールの底に沈んだままだった。










 「「わ、ワシ等は一体どうなるんじゃあ……?」」

 ちなみに、変態マッチョコンビはそのままプラントへ捨て置かれたという。




















 「今日は散々だったなぁ……」

 ベットの上で、疼く傷に顔を顰めながらアスランは天井を見上げていた。

 「まぁ、ククルに逢えたからいいか」

久し振りに出会えた幼馴染の顔を思い出し、思わず口元が緩む。
彼女は相変わらずであった。だが、それがアスランにとっては嬉しい事。

彼は、今居る位置が居心地の良い場所であるならば、それを崩してまで何かを求めるタイプではない。
その意味では、アスランは父親とは対極の考えの存在でもある。

だからこそ、ククルの事を大事に思っているのだ。
自分の幸せであった時代を共有した幼馴染、そして”大切な人”として。

 「だけど、彼女はまだ死に場所を求めている」

彼女が失ったものも、受けた傷も多過ぎて。
彼女が元の冒険心に満ちた快活な少女に戻る筈が無いのも解っていて。

それでも、アスランはククルを止めたいと思っている。
そして彼女自身が元に戻らなくても、穏やかな生活だけでも取り戻して欲しいと願っている。
例え、そのククルの隣に自分の姿が居なくてもだ。

 「今は無理でも、必ず君を止めてみせる」

物思いに耽りながら、そっと目蓋を閉じる。
昼間の疲れが出たのだろうか、意識がすっと落ちていった。
















「アスラン……起きろ、アスラン……」
「う、う〜ん?」

真夜中。
アスランは誰かに身体を揺すられていた。

 「早く起きないと……」

 何者かの声が耳元で囁かれた瞬間。

 「痛っ!?」

どうやら、耳たぶを軽く噛まれたらしい。
その痛みにアスランの意識が一気に覚醒し、慌ててベットの上に飛び起きる。

「夜分すまんなアスラン」
「く、ククル!?」

何故か、ククルがアスランのベットの脇に腰掛けている。
しかも何時の間に入ってきたのだろう。扉のセンサーはロックがかかったままなのに。

「い、一体どうしたんだククル。まさかザフトの呼び出しでは」
「違うぞアスラン」
「えっ……?」

一番先に思いついた理由を即座に否定され、彼は戸惑った。
だが、彼女はその戸惑いをまるで愉しむかの様に微笑む。
この時点でアスランは気付いた。ククルが薄化粧をし、唇に紅を引いている事に。
普段なら絶対に有り得ない。『女』を捨てている彼女が化粧をする事など。

「お前が望んだから、私は此処に来たのだぞ?」
「俺が……望んだ……? 何を、何を言っているんだククル!」

クスクスと笑う幼馴染を見て、ますます混乱するアスラン。
ククルの夜着は無垢の白袴姿。
彼女が着ると、何とも艶っぽい様な気がするのは気の所為だろうか?

「そうだよ。此処に私が居るのは、お前が望んだ事だからこそなんだ」
「そ、そうなのか?」
「そうだ。内気なお前が心の奥に隠した願望だよ」

ククルの答えは全く答えになっていないし、逆に勝手な理由付けすらしている。
だが、繰り返しそう言い聞かされると、何だかそれが真実の様な気がしてきた。
この異常事態。その最中でアスランの判断力は、急速に鈍り始めていった。
正が否に、否が正になってもその間違いに気付かない程に。

 「それとも呼んで置いてアスラン……お前は、私を拒むのか?」

ククルの綺麗な琥珀色の瞳がトロリと潤む。
その淫靡な輝きに見詰められただけでたちまちの内に顔が火照り、思考が一気に纏まらなくなる。

 (これって、夢……夢だよな?)

こんな事が有り得る筈が無いとアスランの脳がパニックを起こす。
だが、一方でこの状況を望んでいる自分がいるのを、アスランは気付いていなかった。

「いや、えと、あの、その……お、俺は」
「俺は、何だ?」

ベットサイドまで身を引く少年の頬を、細かい傷が所々に見えるククルの手がふわりと撫でた。
柔らかく、優しくアスランを抱き寄せながら、彼女がうっとりとした表情で顔を近付けて来る。

昔と現在、どちらでも見た事の無いククルの『女』の一面。
大部分が色香に酔っている中、理性を留めている心の一部が激しく警告を出し、アスランの口を動かした。

「で、でも俺にはラクスが……あの、その」
「何だ、そうだったのか」

突然、身体を離されアスランはシーツの上に転がった。
身体を急いで起こすと、ククルがじっと彼の顔を覗き込んでいる。

 「私よりも、ラクスの方が良いと言うのだな」 俯き、悲しそうな眼でアスランの方を見る。
ドクンと心臓が鳴り、急速に心拍数が上がっていく。

「こんな、傷だらけの肌など触りたくもないか」
「そ、そんな事はないよ! そんな事、ある訳が無いじゃないか!!」

心の底からの、本心から出た否定。
思わず、ククルの両肩を掴んでしまう。
すると、

 「あっ……」

ぴくりと肩を動かし、恥らう仕草をククルが見せる。
両手に伝わる彼女の体温に、アスランの動揺は最高潮に達した。

「なら私を……アスラン」
「ク、ククル……!」

理性がガラガラと音を立てて崩れ始め、アスランの隠された本心が剥き出しになっていく。
ラクス、婚約、そして父親という絶対的な存在によって枷を填められていた本心が。

アスランの、押し殺されていた感情が命じる。
何を躊躇うのかと。目の前に望んだモノがあると言うのに何を躊躇うのかと。

「さぁ」
「あ、ああ……」

琥珀色の瞳が静かに目蓋で閉ざされ、顎が少しだけ上向きになる。
まるで誘うかの様に彼女の紅い唇はアスランを待っている。

女が男を引き寄せる魔力。
そして、今のアスランにそれを振り払う理性も、拒む気持ちも無かった。

やがて、2人の唇が重なり合う。
ゆっくりと互いの頬が艶かしく動き、濃厚な舌同士の戯れが続く。

弾けたのは種では無く理性。
激情と愛欲に囚われたまま、アスランはククルの躰を押し倒した……。














 が、その直後。

 「そうはいきませんわククル〜」

 白馬のウォー・ホースロボ『水滸演武』に跨ったラクスが、いきなり寝室の窓と壁を突き破って荒々しく乱入。

 「ら、ラクスゥ!!?」

 自分と婚約者の馴れ初めの切っ掛けである『水滸演武』が、嘶きながらこちらを見ている。

 「ククル。私の婚約者を寝取ろうなどとは、非常にいい根性してやがりますわね〜」

吹き込んでくる夜風。
ピンクの髪をなびかせながらにっこりと微笑む馬上のラクスに対し、白袴姿のククルは僅かに口の端を歪めた。

「ちっ……流石に勘が良いな」
「お庭番から貴女がアスランの家の側に居るとの報告を受けまして。慌てて来て見ればこの始末」

にっこりと微笑んだ状態から、僅かに目を開くラクス。
だが、その眼光は全く笑っていなかった。

「油断も隙もありゃしませんわね」
「それはお互い様と言う奴であろう」

ゆっくりと立ち上がり、腰を引いた構えを見せながらククルは笑う。
だが、ラクスも負けていられない。

 「アスランの貞操は渡しはしませんわ〜」

『水滸演舞』の鞍を蹴ってベットの上に着地。
マスター・クロスの如くリボンを縦横無尽に駆使し、アスランのパジャマをバラバラに切り裂く。
無論、アスランの程よく引き締まった肌には傷一筋付いていない。
そして瞬時に彼の体をリボンがふん縛り、一切の自由を奪った。
縛り方は無論、亀甲だ。

「う、うわ〜!!」
「何を恥じらいますのアスラン? もう知らない仲でも無いのに……」

歳と外見に似合わない妖艶な微笑を浮かべながら、巻きつけたマスター・クロスリボンを操りズルズルとアスランを引き摺る。
引き摺られた時にベットの角に頭をぶつけたが、その程度の事はラクスもククルも気にはしない。

 「流石はラクスだ。既に先手を打っているとは……だが、ここまで来て簡単にこやつを手渡す訳にはいかん!」

縛られているアスランを強引に奪い返し、ククルは後ろからきつく抱き締めた。
背中に押し付けられる肉というにはあまりにも柔らか過ぎる感触に、アスランの理性が再び跳びかける。

 「そんな事言わないでくださいククル。私はそんな了見の狭い女ではありませんわ」

じゃあさっきの遣り取りは一体何なのかとアスランは思った。
しかしそれを口にすると、物凄くドキドキするほど大ピンチになりそうなので口を噤む。

「アスランを私と貴女の共有所有物って事にすればいいんです」
「おいっ!!」
「もちろん、婚約者の私が正妻ですけどよろしいですか?」
「いや、それは公平ではない……先にデキた者が勝ちだ」
「ちょ、ちょっと待て二人ともー!!」

黙っていても、どの道大ピンチだった。
尤も身動きが取れない以上、アスランには選択肢と言うものがない。
否、自由でも選択肢など存在し無かっただろう。

「しかしどちらにしろ……2対1では少し不便かもしれんな」
「大丈夫。いざとなったら、お父様にお願いして2本にしていただきますから」
「おいっ!」
「それなら大丈夫だな、2本なら我等2人の需要を同時に満たせる」
「ク、ククルー!!」

二人が合意に至り、いそいそと着衣を脱ぎだしたのを見てアスランは心の中で叫ぶ。
その叫びを一行で示すと。
『前略、母上! 俺は今、ドキドキするほど大ピンチです!!』
だが、アスランが幾ら心中で叫んだところで動じる彼女達でもなく。




































 「あぁ…………アスラン=ザラ、出るっ!!」


















 めくるめく恍惚と絶頂の中。

 アスランは昇天した。






















 翌朝、アスラン=ザラは自室のバス・ユニットでトランクスを洗っていた。

 「はぁ……夢だったか」

何とも卑猥な淫夢であったが、所詮夢は夢であって現実では無い。
無論、部屋には何の損壊も無かったし、ベットも主の寝相が良い所為か全く崩れていなかった。

何故か身体がふらふらするが、その程度なら我慢出来る。
この辺は流石はベスト1を勝ち取ったエリートと言うべきか。

 「そうだよな、あんな事が現実にある筈が無いよ」

ククルがあんな風に自分に対して迫ってくる訳が無い。
最近のククルはラクスとアスランをくっつけ様とはしても、自分自身が積極的に関わる事は無い。

 「……ラクスは、どうだろ?」

彼女なら、ニコニコと笑いながら平然とやりかねないだろう。
しとやかな様で、意外な部分で非常に、そして無駄に行動派なのだ。

 「はぁ……」

 婚約者の事に想いを馳せた所為で朝っぱらから頭が痛くなる。

結局残ったのは、自分で汚してしまったトランクスだけ。
湯煙がたちこめる浴室に、アスランの溜息が静かに響いた。























 その頃、クライン邸では。


 「本当に、今日もいい天気ですわ〜」

 何時の間にか完全修復されているテラスで、ラクスは優雅なモーニング・ティーを楽しんでいた。

 「しかし、夜更かしをするものではありませんわね」

ふわっと可愛らしい欠伸をするラクス。
何故かそのお肌は艶々だった。





















 その頃ザフトの宿舎では。


 「うむ、やはり朝食は納豆定食とキャベツのお新香に限る」

失われた故郷、ユニウス・セブンに想いを馳せながら、ククルが朝食を摂っていた。
ちなみに、彼女は納豆に芥子と葱をたっぷり入れるのが好みである。

 「ふぁ……しかし、夜更かしというものはするものではないな」

クァッと猫科の欠伸をするククル。
何故かそのお肌は艶々だった。





















それが、一夜の淫夢か現実なのかは解らない。
アスランの汚したトランクスは何も語らない。

 ただ、1つだけ言える事がある。

 それは、アスランが童貞紳士であるかどうかは、本人ですら解らないと言う事だ。





























終る
























 言い訳後書き




まぁあれです。応援SS内では、ラクスは最強天然腹黒確信犯って事でw
個人的にはラクスがラスボスの予定です。

尚、この話内でのククルのアスランへ対する感情は、原作とは違い微妙なモノへと変更させて貰っています。
具体的に言えば、近所の懐いてくる親戚の子供に甘酸っぱい気持ちで付き合っているおねーさんですな。

それと感想掲示板でノバさんが大学のゼミの一環で摸擬裁判を体験なさった様で。
裁判か……実際傍聴した事もねぇし、あの手のお役所書類は見ただけで眩暈がしそうですしねぇ……。

裁判なんて、面倒くさいから無罪か死刑のどちらかにすればいいんですよ。
いや、寧ろ詮議なんかしないで皆死刑にしてしまえばいい!
何? それじゃあまるで大昔の弾劾さいば

 ばば〜ん!!

「まさかの時に大天使弾劾裁判!!」
「あらあら、もう誰も居ませんわ」
「くっ、間に合わなかった!!」


 

 

 

代理人の感想

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、イロイロツッコミどころはありますが。

 

>自室にある等身大ククルロボット。

そこ待てい。

 

・・・・・この人、キラとの○モ疑惑がなくてもじゅーぶん駄目な人だったのですね〜(爆)

被害者面してるけど、結局のところ加害者と同類と(爆死)。

冒頭ではキラ人形にも頬ずりしてるし・・・・・・・・・・つか、にと(ZAPZAPZAP)