『第四ブロック火災発生!』
『第一・第二エンジン、出力低下!』
『次元航行システム、停止します!』
「まだだ! まだ保たせろ!」

 悲鳴の様な報告が送られてくるブリッジに、怒号の様な命令が響き渡る。
 直後、時空管理局所属次元航行艦<バルサザール>の艦橋が、ハンマーで殴られた様に振動した。
 アラートが絶え間なく鳴り響き、非常灯レッドランプの光によって真っ赤に染め上げられたそこで――怒声とも蛮声ともつかぬ大声で命令を下す艦長の横で、ダイゴ=ナカジマ捜査官はただ前方を、艦橋の窓から見える次元空間を睨みつけていた。
 状況は最悪の一歩、否、半歩手前だった。とある世界で見つかったロストロギアを運搬中、突如としてそのロストロギアが暴走。膨大なエネルギーが荒れ狂い、艦内各所で爆発と火災が発生、バルサザールを内側から食い破った。
 まだ沈んでいないのは奇跡的とさえ言える――とは言え、その奇跡は一秒後に終わってもおかしくない類のものであったが。
 ……やべえな、俺も年貢の納め時か……?
 頭の隅に湧き出た諦めを振り払い、ダイゴは改めて、目の前の光景を睨みつける。
 彼女の一人も作るまでは、絶ッ対に死ねねぇ、と。

「艦長!」
「何だ!」

 怒鳴りつける様に大声を上げた――そうでもしないと気付いてくれない――ダイゴに対して、バルサザールの艦長は即座に、ダイゴに倍する声量を以って応えた。

「このまま本局に戻るのは無理っすよ! 近くの世界に一度不時着して、救助を待った方が――」
「ぐ……だが!」
「このままじゃ、バルサザールこいつと心中っすよ!」

 ぎ、と艦長は一度大きく歯軋りして、オペレーターに「近くの管理及び観測指定世界は!」と怒鳴りつけた。
 本来、一介の捜査官であるダイゴに、この場で意見を述べる権利も権限も無い。ブリッジに居る事すら有り得ないくらいだ。通信による報告を嫌う艦長に合わせ、報告の為にブリッジに上がっていたところにロストロギアの暴走が起こった為、そのままこの場に居ただけに過ぎない。意見具申など以ての外の筈だった。
 幸運なのは、艦長にまだ、ほんの僅かと言えども冷静さが残っていた事か。とかく上昇志向の強い、出世第一主義者である男であるが、命有っての物種だという事くらいは分かっていた様だ。
 程なく、オペレーターが検索結果を伝えてくる。何処かの世界に不時着するにしても、管理世界か観測指定世界――つまりは魔法技術の存在が公表されている世界でなければならない。管理外世界はその殆どにおいて魔法技術は秘匿されている、或いは未公表であり、観測指定世界であっても場所によっては問題となる。
 『無知なる者に知を与える』行為に関して、時空管理局は非常に厳しい。管理局という組織そのものが、無知なる者からの収奪によって成り立っている様な組織だからだ。さすがに組織設立の黎明期と比べて大分緩やかになってはいるが、それでも無知者に対する啓蒙が禁じられている事に違いは無い。
 幸いというべきか、オペレーターが告げた世界は観測指定世界。魔法技術が公開されてはいないが、文明レベルそのものがまだそれ程高い訳では無く、不時着する場所にさえ気を使えばさしたる問題は無い世界だった。

「何処だ!」
「第191観測指定世界――<アジャンタ>です!」

 怒号の様な艦長の声に対し、まだ年若いオペレーターの声は泣いている様で――いや、実際に泣いてもいた。
 
「空間接続、急げ! 本艦はこれより、アジャンタに不時着する!」

 さて。
 上手い事不時着出来るかどうか、俺に出来るのは祈るだけか。
 ダイゴの頬を一筋の汗が伝うと同時に、再び艦橋を衝撃が襲った。






魔法少女リリカルなのは偽典/Beginning heart
――EpisodeⅡ【発端】






 セロことセロニアス=ゲイトマウス=チェズナットがスクライア一族の集落に現れてから、一週間が過ぎた。
 出自や経歴、この遺跡に居た理由、それら殆どについてセロは完全に口を閉ざしている――にも関わらず、スクライア一族は驚くほどあっさりと、まるでそれが当然であるかの様な自然さで、彼を受け入れた。
 これは別に、スクライア一族は警戒感が薄いという意味では無い。寧ろ初対面や、身元不明の人間に対しては過剰なまでに警戒し、接触を恐れる。今では客人として厚い待遇を受けている園崎玄十郎とて、最初に一族と接触した時にはまともに目を合わせてすら貰えなかったものだ。
 また逆に、セロという少年が対人交渉術に長けているという訳でも無かった。寧ろコミュニケーションという点において、セロは技術も技能も何一つ持ちあわせていないと言って良い。言葉が不自由という事のあるのだろうが、どうにも受動的な人間であり、自分から他者と接触しようとしない。話しかけられれば応えるし、いつもにこにこと笑みを浮かべている。だがそれだけだ。必要な会話である場合を除き、彼が自分から誰かに話しかけたところを、一族の誰も見た事が無い。
 しかしそれでも、セロはスクライア一族に馴染んでいた。遺跡発掘という一族の目的にセロが有用であった事――彼の持つ情報により、ビラドーラ古代遺跡は地下部分も含め一気に発掘作業が加速した――がその始まりだったのかもしれないが、いつの間にやらそれを通り越し、灰髪の少年は完全に一族の一人として存在していた。この辺、二ヶ月を過ごして尚、未だ客人という扱いから脱していない玄十郎とはまるで異なっている。
 自然の様に当然の様に、そこに在る。才能と言えば聞こえは良い。ただはっきりと、容赦の無い形で言うのなら、それは『他者の警戒を解いてしまう才能』と言えるだろう。魔法より何より、遥かに危険で恐ろしい才能だ。極言するならそれは、正面から相手の喉笛を裂く事にすら役立つ才能であるのだから。
 ただ、一つだけそれに付言するならば。
 例えどれだけ暴力的な才能を持っていたとしても――それを扱うのがあの少年、セロニアス=ゲイトマウス=チェズナットであるのなら、宝の持ち腐れではあるまいか。
 それが、この一週間、セロを見ていた園崎玄十郎の結論である。

「おーいセロー、A13とC27の箱、こっちに持ってきてくれー!」
「はーイ」

 大型の段ボール箱を抱え、えっちらおっちらと発掘現場に向かう少年の姿を見て、そこに危険性を感じる人間が居るのなら、それは余程人を見る目に優れているか単に少年を毛嫌いしているかのどちらかだろう。
 何をするでも無く、発掘現場を眺めて葉巻を噴かしていた玄十郎は、そこで見事にパシリ扱いとなっているセロの姿を認め、低く笑った。
 ――スクライア一族がセロを受け入れたのは、単に雑用係として役に立つからじゃねえか?
 荷物運びに始まり、炊事洗濯掃除に育児、その他諸々。彼の仕事は山の様にある。
 この手の家事というのは往々にして女性の仕事になるものだ。スクライア一族もその例外では無い。フェミニズムという考え方からは大分遠いところにあるが、それに文句を言う者もいない、役割分担システムとして何ら問題無く回っている。ただ家事というのはかなり重労働、それも五十人からが同居する超大家族だ。膨大な洗濯物に食事の仕度、その他発掘作業のお手伝い。力仕事も少なくない、家事手伝いをしてくれる男性は諸手を上げて歓迎された。
 女子と間違えられる様な矮躯とは言え、それでもセロはれっきとした男。一族の集落にやってきてからこっち、彼は一族のおばさま方に色々と便利に扱き使われている……まあ、それに文句の一つも言っていないのだから、別に嫌がってる訳では無いのだろうが。
 どんな雑用を押し付けられても顔色一つ変えず、黙々と仕事をこなす。逆に仕事が多いほど生き生きと働いている様に見える。デフォルトで浮かべている、感情を読み難い微笑の中にも、機嫌の良い時とそうでない時がある事に、玄十郎は気付いていた。そして彼が見る限り、働いている時の彼は概して機嫌の良い時の笑みを浮かべている。
 勤勉さは美徳である。それについては玄十郎も大いに賛同するところである。今でこそ玄十郎は暇そうにしているが、それは彼が一族内で担当しているデバイス関連の仕事が無いからであり、デバイスに調整や修理の必要がある時は数日間徹夜で働く事になるので、有難い事に怠け者の称号を頂くには至っていない。
 で。
 怠け者だの穀潰しだのという称号は、目下一人の少女の独占状態となっているのだ。

「……うー」
「まあ、今更言うのもなんだがな。若い娘が昼間っからだらけてんのはどうかと思うんだが」
【ニートまっしぐらです】

 自室に戻ると、床でごろごろと寝転がっている少女の姿が目に入った。
 言うまでも無く、メイリィ=スクライアである。
 玄十郎が呆れ顔で呟き、メイリィの腕に嵌められたブレスレットからも声が上がる。

「うー。だって仕事が無いんですよーう。就職氷河期なんですよーう」

 セロがこの集落へ来てからというもの、メイリィの仕事はがくんと減った。いや、もう皆無になったと言っても良い。
 メイリィの仕事は遺跡発掘中の一族の人間の護衛である。他の一族と異なり、遺跡の発掘にまるで関心の無いメイリィに出来る仕事はそれくらいしか無かった。セロの様に雑用が出来るほど器用では無く(掃除をすれば更に汚れ、洗濯をすれば衣類が引き千切れ、炊事をすればその日の食事は炭の塊となる、といった具合だ)、そして何より、メイリィ自身が望んだ為に、僅か十四歳の少女は鉄火場に立つ事になった。
 ビラドーラ古代遺跡周辺に出没する原生生物、砂蟲ワムズに対する備え。それが今の、もとい、一週間前までのメイリィの仕事であり、役職だった。 
 それが何故に今、こうして玄十郎の部屋でぐうたらしているのか。
 簡単に言えば、砂蟲が一族にとって脅威では無くなったからだ。
 セロが集落に来てからも、砂蟲が襲ってくる事は何度かあった。だがその度、意気揚々とメイリィが迎撃に出るその寸前に、セロが砂蟲を追い払ってしまうのだ。
 戦う訳では無い。玄十郎の見立てではセロにも魔導師としての資質があるが、彼は魔法を使うでも武器を手にするでも無く、砂蟲をただ見詰めるだけ。意思の疎通が出来ない筈の砂蟲は、灰髪の少年に見詰められるだけで、何かを諦めた様に帰ってしまう。
 少年曰く、砂蟲は「縄張りに這入って来た連中に怒っただけ」らしく、事情を説明したからもう来ないだろう、と付け加えた。事実、四日前を最後に砂蟲は現れていない。
 そんな訳で、メイリィは暫定的ながらも無職に転落。一応、建前として玄十郎のアシスタントをしているのだが、その実こうしてだらだらと無為に時間を浪費しているだけだ。玄十郎もそれほど忙しい訳では無いので、助手が干されるのも当然と言えば当然だが。
 まあそれでも勤労意欲自体はあるらしく、「働きたくないでござる」などとふざけた事を言わないのが、救いと言えば救いか。
 やれやれ、と玄十郎は頭を掻き、椅子に腰かけた。

「仕方ないな。どら、アウロラを寄越せ、メイ。暇潰しに調整してやる」

 うー、と返事と言うよりは単なる唸り声を上げ、メイリィはブレスレットを外して玄十郎に放り投げた。年頃の娘らしからぬそのぞんざいさに苦笑しながら、玄十郎は調整用の機材にアウロラをセット。本来の魔導杖形態に展開させ、コードを繋いでいく。
 かたかたと手元の端末を操作しながら、アウロラの調子を見る。十日ほど前に調整したきりだが、その間にこれを使う様な事態は一週間前の件しか無かったので、調整にそれほど大した手間はかからないだろう。
 玄十郎のその予想は、ある意味予想通りに裏切られる。

「おいメイ。何だこりゃ、コンバーターとディスク周りが歪んでるじゃねえか。何しやがった?」
【砂蟲をがっつり殴りました】
「なにぃ!?」
「えー? デバイスは敵の頭をかち割る為のものでしょ?」
「銃の台尻と一緒にすんな、馬鹿たれ。デバイスってのはそれほど頑丈じゃ無いんだ」

 それこそ、接近戦を目的とした強化が施されているもので無い限り、棍棒の様に使うなど以ての外である。園崎玄十郎特製デバイス<アウロラ>であっても、それは例外では無い。
 そう言えば、と玄十郎は思い出す。
 数年前、どこだかで目にした文献――古代ベルカにおける魔法技術に関するものだった気がする――に、そういった“直接攻撃用”のデバイスが存在したと載っていたか。アームドデバイス、確かそんな名だった気がする。既に失われて久しい技術、再現は難しいだろうが、だからこそ興味を惹かれた。
 ちらとメイリィを見て、玄十郎は思考からその文献の記憶を排除した。もしアームドデバイスを再現出来たとしても、だからこそこの娘には使わせられない。何とかに刃物というやつだ。

「失礼……しマス」

 不意にテントの幕が開き、淡いクリーム色のローブを羽織った少年が顔を出した。
 
「おう、セロ。遅かったな」
「え、セロ?」

 むくりとメイリィが身体を起こす。
 相変わらずの、感情が読み取れない微笑。壮年男性の様に白髪が混じって灰色になった髪。泥炭の様に光が無いダークグレーの瞳、陶磁器の様な白い肌。右耳に付けられた、小さな鈴。
 セロニアス=ゲイトマウス=チェズナットが、そこに居た。

「どしたの、セロ? お掃除?」
「えっと……違いマス。呼ばれマシタ」

 メイリィの質問に素っ気無く答え、セロは勝手に椅子を引っ張り出して座った。
 セロに向けられていたメイリィの視線が、玄十郎へと移動する。玄十郎とセロ。この二人の接点がすぐに思いつかないのだろう。
 だが考えればすぐに分かる事だ。園崎玄十郎はデバイス・マイスターである。そんな彼が人を呼びつける事があるのなら、それはデバイスに関係する事でしかあり得ない。
 
「悪いな、忙しいのに」
「大丈夫……デス。洗濯、終わってマス」

 一言ずつ発音を確かめる様な、片言の言葉。今はそうでも無いが、忙しい時、焦っている時などには苛立つ事もある。事実、セロが一族の人間を怒らせてしまった事も皆無では無い。……大概、メイリィが割って入り、喧嘩両成敗といって双方をどつき倒して終わるのだが。どちらかと言えばセロの方が被害が大きかった気もするが。
 セロの人物評価――最大公約数的な、という注意書きは付くが――は人付き合いの苦手な、言葉が不自由な少年というところに落ち着いている。そう判断されてから、彼が一族の雑用係として受け入れられるまでに時間はかからなかった。……ついでに言えば、メイリィの我儘や憂さ晴らしの捌け口というポジションも、彼は同時に手に入れていたのだが。
 だが玄十郎にとっては、それらは本当にどうでも良い、些細で瑣末な事。彼の興味はセロという少年に対する外部の反応には欠片も無い。
 セロは右耳の鈴を外し、玄十郎に差し出した。

「ふむ。これが、お前さんのデバイスか」
「え? セロ、デバイスなんて持ってたの?」

 はイ、とセロが頷いた瞬間、何で黙ってたー! とメイリィのラリアットが彼を直撃した。
 倒れこんだセロにそのままキャメルクラッチをかけるメイリィを苦笑しながら眺めつつ、玄十郎は機材に鈴型のイヤリングを設置する。端末を操作し、解析を始めた――が、すぐに『解析不能』という文字がウィンドウに表示された。

「む?」

 解析出来ない……?
 何度か設定を変えて試してみるものの、結果は変わらない。妙だな、と玄十郎は首を傾げる。管理局で使っている様な調整機器と違い、玄十郎のそれはハンドメイドの一品物だ。一般の魔導師が使う廉価型デバイスからカスタムされた専用のものまで、大概のデバイスは解析出来るし、調整出来る。
 五分ほど努力して、玄十郎は手を止めた。多分現行のデバイスとはまるっきり構造が違うのだろう、考えてみれば当然だ。セロは何を訊かれても口を閉ざしているが、彼が文字通りの意味で“現代人”で無い事は間違いない。彼が地下遺跡でどれだけの時を過ごしたのかは不明だが、遺跡が外界と隔絶されたのは数百年以上前の事だ。こっそり入り込んで寝てましたは有り得ない。恐らく言葉が不自由なのも、当時と今では言語体系がやや違うのだろう。
 生憎と玄十郎は生物学者では無い、現代人とセロがどの様に――何処が違うのかは分からないし、興味も無い。だがデバイスとなれば話は別だ。卑しくもデバイス・マイスターを名乗っている以上、『分からない』は沽券に関わる。とは言え解析が出来ない、玄十郎にしてみれば手も足も出ないという状況は変わりなく。
 仕方ない。一度デバイスを手動で展開してもらい、そっちの方からデータ解析を行なう事にした。

「セロ、悪いが一度――」

 口にしかけた言葉を途中で止めて、玄十郎は盛大にため息をついた。
 締め落とされたか、セロは完全に気絶していた。ぐったりと動かない彼の横で犯人メイリィがおろおろと、それはもう滑稽なくらいにうろたえている。
 何やってんだ、思わずそんな呟きが漏れる。
 傍らでアウロラが【まだ生きています】と教えてくれたが、正直要らないフォローだった。
 

 瞬間。
 ずん、とテントが揺れた。

 
 揺れた、という言葉では追いつかない程の衝撃。
 地の底で巨人が拳を突き上げた、そんな縦方向・・・の衝撃に襲われたテントの中で、機材が次々と転げ落ち不気味で不快な金属音を立てる。
 地震かと思ったが――衝撃は続かない。突き上げる様な衝撃が一度きり、それだけで揺れはあっさりと収まった。

「な……何? 何!?」
「何か――墜ちたか」

 混乱しているメイリィと対照的に、玄十郎は冷静に分析する。正直機材のダメージが気になって冷静になりきれてはいなかったが、一時的にそれを思考から切り離す。この衝撃、何かが墜落した為のものと判断するのが正解か。
 メイリィに「セロを起こせ」と言い置いて、玄十郎はテントを出た。
 外は大騒ぎになっていた。発掘現場が先程の衝撃で大きく崩落し、何人か生き埋めになっているらしい。ただこの手の事故は遺跡発掘には付き物なのだろう、パニックに陥る事も無く、既に救助作業が始まっている。
 発掘現場を挟んで更に向こうで、黒煙が上がっている。どうやらあれが衝撃の原因らしい。ふと空を見上げると、立ち昇る黒煙が薄れて消える辺りに不自然な歪みがあった。余程無理矢理転移してきたのだろう、次元空間に繋がる痕跡が歪に残っている。
 玄十郎は黒煙の上がる方へと歩いていく。足取りが憤然としていたのは、決して気のせいでは無いだろう。

「……管理局、か」

 発掘現場から一キロほどのところに――それは在った。
 大型の次元航行船。船体の至るところが食い破られた様に穴だらけで、よく転移出来たものだと感心する。
 船体の中央、焼け焦げて半ば消失しているエンブレムから、それが時空管理局本局所属の船である事が見て取れた。
 一つ舌打ちして、玄十郎は船に近づく。時空管理局とは関わり合いになりたくなかったが、今はそうも言っていられない。
 動力部は停止している様だ。近づいた途端大爆発、というのは心配しなくて良いだろう。

「おい! 誰か居ないか! おい!」

 ハッチを無理矢理引き剥がし、声の限りに玄十郎は叫ぶ。年齢を感じさせない、張りのある大声。艦内の隅々まで響き渡る様な声に、おうい、と誰かの上げた声が応えた。
 生存者が居る。躊躇無く玄十郎は艦の中へと足を進めた。









「く……っ痛ぅ……ああくそ、生きてるじゃねえか」

 暗転した艦橋で、ダイゴ=ナカジマは目を覚ました。
 全身がずきずきと痛む。この痛みこそが生きている証、そう分かってはいるのだが、愚痴が口をつく事まではどうしようも無い。
 手探りでオペレーター席まで移動し、気絶しているオペレーターを押し退けて、端末を操作する。程なく艦橋に光が戻り、モニターに外の様子が映し出された。
 一面砂だらけの、荒涼とした風景。砂漠のど真ん中に落ちたらしい。この世界の文明と接触しない、その条件はクリアされているが――救助が来るまで耐えるのが大変そうだ。
 まあ、生きているだけで御の字か。
 額に触れるとぬるりとした感触があった。どうやら額を切っているらしい。出血は殆ど止まっていたので、乱暴に袖口で血を拭い、ダイゴは未だ気絶しているブリッジクルーを起こし始めた。

「艦長、無事っすか?」
「ぬ……」

 ぺしぺしと頬を叩かれ、目を覚ました艦長が顔を顰める。何かと思えば左上腕が歪に折れ曲がっていた。応急処置を施し、医務室に連絡を取る。……返事が無い。船医が一人常駐している筈だが、まだ目を覚ましていないのだろう。或いは、通信に出られないほどの怪我を負っているかだ。
 ブリッジクルーは皆、多かれ少なかれ負傷している。幸い一刻を争うほどの重傷を負っている者はいないが、手当ては早い方が良いだろう。
 ちょっと医務室を見てきます、とダイゴは艦橋を飛び出した。ブリッジに居た人間のなかでダイゴが一番軽傷であった為にごく自然な流れであり、魔導師では無いダイゴには念話などの手段で医務室の状況を探る事も出来ない。ダイゴとて無傷では無かったが、文句を言ってられる状況でも無い事は分かっている。
 
「ちっ……酷ぇな、こりゃ……」

 ざっと艦内を見回ってみたが、何処も彼処も酷い有様だった。艦そのものが自壊寸前、クルーも無傷の者はほぼ皆無。死者も一人や二人では無かった。ロストロギアを積んでいた格納庫周りがどれだけ無惨な事になっているか、想像するだけで気が滅入ってくる。
 医務室の扉を蹴り破って、中に這入る。例に漏れず、此処も酷い有様。船医が引っ繰り返ったベッドの下敷きになっている。船医の身体を引っ張り出し、ベッドを元の位置に戻して、未だ意識を失ったままの船医をそこに横たえた。
 くそ、何で俺がこんな事してんだ? 知らず、ダイゴの顔には憮然とした表情が浮かんでいた。
 元々、ダイゴはこの艦の所属では無い。彼は広域次元犯罪者を追う捜査官であって、この部隊――古代遺物管理部、機動二課の人員では無いのだ。今回彼がこの艦、<バルサザール>に乗り込んでいたのは、全くの偶然から。指名手配中の次元犯罪者を追ってとある世界に赴き、ぎりぎりまで追い詰めたものの、取り逃がしてしまった。その際に“足”を失ってしまったので、近くを通り掛かったこの艦に乗せてもらったというだけだ。
 まったく、ついてねえ。愚痴りながら医務室を片付け、とりあえず死んでない連中を片っ端から医務室ココに放り込んでやろうと、ダイゴは医務室を出た。

「……あん?」

 遠くの方から声が聞こえてくる。
 ――誰か居ないか、おい!
 自分以外にも、動ける人間が居た様だ。おうい、とダイゴも声を張り上げ、呼びかける声へと向かっていく。
 相手もダイゴに気付いたらしい、声が近づいてくる。通路の角を曲がったところで、声の主と出くわした。
 ……心臓が止まるかと思った。
 つるりと剃り上げた禿頭、口髭。見た感じは初老の男性だが、筋肉質という言葉では追いつかないくらいに体格が良い。その上、滅茶苦茶目付きが悪い。睨まれただけで失禁しそうだ。現に目を合わせただけで、ダイゴは金縛りにあったかの様に動けなくなっている。
 管理局の制服を着ていないところから艦の人間では無い様だが、じゃあ何故此処に居るのか、という問いに、ダイゴは答えを出せなかった。

「……生きているのは、お前一人か?」
「え、あ、いや――まだ何人か生きてる」

 そうか、と禿頭の老人はダイゴの横を通り過ぎて、艦の奥へと歩いて行く。呆気に取られたダイゴが呆然とその背を目で追っていると、老人は立ち止まり、くるりと振り向いてダイゴを見た。目付きの悪さのせいか、『見た』と言うより『睨まれた』と言った方が、感覚としては近かったが。
 
「どうした。案内してくれんと、何処に怪我人が居るかわからんのだが」
「あ……ああ。今行く。……あんた、医者か?」
「いいや。流れの技術者だ」

 流れの技術者。
 ……何故だろう、酷く胡散臭く感じる肩書きだった。
 て言うか、何で技術者がこんなところに居るんだよ――ダイゴが思わず口にしたその疑問を耳聡く聞きつけ、老人は「ふん」と鼻で笑った。

「技術者が砂漠にいたらおかしいか?」
「い、いや、そういう訳じゃねえけどよ……」
「俺は医者じゃあ無いが、それでも怪我人を運び出すくらいの事は出来る。おっつけ他の連中も来るだろう。医者ならその中に居るさ」
「他の連中……?」

 老人の台詞からは、近くに彼の仲間が居る様に感じられる。

「ああ。スクライア一族――知ってるか?」
「……盗掘屋かよ」

 吐き捨てる様に、ダイゴは言った。
 実際、スクライア一族に対してそういったイメージを持っている者は少なくない。時空管理局など『信用出来る』相手とのみ取引しているとは言え、一族がロストロギアの売買で生計を立てているのは歴然とした事実である。またそれに対して、控えめに言っても好意的では無いイメージが流布している事も。時空管理局の一員であるダイゴも、そんなイメージをもってスクライア一族を見ていた。
 ふん、と老人が再び鼻で笑う。まるでダイゴを責めるかの様に。

「何だよ」
「いや、何でも無い。無知というのは罪では無くて、罰という事だな」

 何を言いたいのかは分からないが、自分を馬鹿にしているのは直感的に理解した。

「どういう事だよ」
「誰かの受け売りで知った様な事を言うと、恥をかく――まあ、そういう事だ」
「……アンタ、スクライアの人間か?」
「いいや。まあ、一族に世話になっている者だ」

 ああ、とダイゴは理解する。意図しての事では無いが、自分はこの老人の仲間を侮辱してしまった。老人が怒った様に見えないのは、単に彼がそれだけ人生経験を積んでいるという事だろう。一々腹を立てて突っかかる程若くない、という事か。

「あー……その、悪かったよ」
「うん?」
「一族の事、盗掘屋なんて言ってさ」

 ふん、と老人は三度鼻で笑った。ただ前の二回と異なって、今度は何処か柔らかさを感じるものだったが。

「何、気にするな。俺もちとキツかった。……お前、名前は?」
「ダイゴ。ダイゴ=ナカジマ捜査官だ」
「ナカジマ……? お前さん、地球出身か?」
「地球? いや、俺はミッドチルダ育ちだよ。ああ……そう言えば、俺の祖父ちゃんがその世界、地球だっけか? ――の出身っつってた。次元漂流者らしいんだけど、そのままミッドチルダに居付いちまったらしくて。……で、えっと……」
「玄十郎だ。園崎玄十郎。名字が先に来る、間違えるなよ。ああ、俺は地球出身だ。ちょいと鬼隠しにあってな、色々な世界をふらついている」
「鬼隠し?」
「む……気にするな。俺の故郷の伝承さ。で、怪我人は何処だ?」

 妙に不自然な話題転換に、しかしダイゴは不自然さを感じる事無く、「こっちだ」と艦橋へ向けて歩き出した。









 メイリィがセロを連れて発掘現場に来た時、既に救助作業は殆ど終わっていた。
 生き埋めになった人間達はすぐに引っ張り出され、怪我を負った者も殆どいない。休憩時間で、発掘現場にそれほど人が居なかった事も幸いした。
 なんだ、やる事無いじゃん――そう思い、玄十郎が向かった方へと足を向けた瞬間、メイリィを呼ぶ声がした。
 砂塗れ、埃塗れになった若い男。一族の中で最も力自慢の体格の良い男が、円筒状に掘られた発掘現場の底からメイリィを呼んでいる。
 ひょいと現場を覗き込んで、メイリィは男の声に応えた。

「どうしたの?」
「地下遺跡の入口が塞がれた! まだ何人か中に居るんだ、魔法で何とかならねえか!?」

 直径数十メートルの円筒状に掘られた発掘現場は、思ったほど崩れてはいなかった。元よりこういう事故に備え、安全面では充分に気を使っている。ただそれでもあれだけの衝撃に端の一部が滑落し、相当量の土砂が中へと落ちている。円筒の側面から伸びる、つい先日見つかった地下遺跡へと繋がる通路――セロが眠っていた遺跡への入口である――は滑落部分の真下にあったせいか、完全に塞がれていた。
 メイリィは発掘現場へと降りていく。その後にセロが無言で続いた。
 
「げ。こりゃ凄いね。……アウロラ、何とかなる?」
【難しいかと思われます。カロリック・バスターで土砂を吹き飛ばすにしても、二次災害が発生する危険性があります】

 下手をすれば、今度こそ現場が崩れ落ちるかもしれない。残念ながら、メイリィ=スクライア、そして彼女のデバイス<アウロラ>の手持ちに、こういった状況に役立つ魔法は無かった。
 
「バスターで吹っ飛ばすと同時に、シールドかフィールド張って天井を支えるってのは?」
【残念ながら、シールド、フィールド共に、強度及び持続時間が保たないと思われます。同時にバスターを撃つ都合上、マスターの魔力も保ちません】
「……じゃあ、この前あたしが落ちた穴から助けに行くってのは?」
「無理だな。アルトの奴がさっき見に行ったけど、そっちも埋まってたってよ」

 アウロラの、そして一族の男の答えに、メイリィの眉が寄る。
 他の連中には使えない魔法が使えても、高性能なデバイスを持っていたとしても、いざという時に役立たないのなら、意味が無い。今は戦闘中では無いが、それでも『いざという時』に変わりは無いと言うのに。
 幾つかの案を出すが、アウロラ、そして一族の男がすぐにそれを否定する。逆に彼等の出した案もメイリィが却下した。結局は人力で土砂を掻き出すしか無い、そんな結論が出かけた時だった。

「えっト……ごめんなサイ。少し、通しテ下サイ」

 メイリィの横を通り抜けて、セロが積みあがった土砂の前に立った。
 そっと土砂の壁に掌を添わせ、何事か呟く。次の瞬間、ぼうと掌が光ったかと思うと、セロの目の前に魔法陣が展開された。
 赤褐色の光――光、と呼ぶにはやや重すぎる色合いだったが――で編まれた魔法陣。円の中で六芒星がゆっくりと回転している。今までメイリィが見た事の無い構成の魔法陣に向け、セロが一歩踏み出す。
 セロの身体が触れた瞬間、魔法陣が一度明滅し、セロの姿は赤褐色の光に呑まれる様に消え去った。

「!?」

 隣の男と顔を見合わせて、メイリィは未だその場に残る魔法陣に近づいた。おそるおそる魔法陣に手を伸ばす。その指先が陣に触れたか触れないかというところで魔法陣が光を放ち、メイリィの身体を――セロと同じ様に――呑み込んだ。

「わ、わ、わぁあああっ!?」

 視界が赤褐色の光で埋め尽くされ、しかしそれも僅かに一瞬、駆け抜ける様に消え失せた光の後には、黒々とした暗闇が広がっていた。
 は? と間抜けな声が漏れる。つい先程まで、自分は真っ昼間、太陽が燦々と輝く屋外に居た筈だ。円筒状の発掘現場の底に居たから日当たりは良くなかったが、こんな真っ暗闇では無い。
 ひやりとした空気が頬を撫でる。湿気の少ないこの空気に、メイリィは覚えがあった。
 そう、あれは、一週間前に――

「あレ。来ちゃったデスか」

 妙に間の抜けた台詞の後、ぱん、と風船が割れる様な音が響き、目の前が少し明るくなる。小さなオレンジ色の光球が、メイリィの目の前にあった。付け加えれば、つい先程姿を消したセロの姿も。
 光球はランプの如く、セロの掌に乗っている。その光に照らし出されるセロの顔は、いつもの微笑の上に少しの驚きが混じっていた。メイリィが追ってくるとは思って無かったのだろうか――僅か一週間の付き合いとは言え、予想して然るべきであろうに。
 メイリィは後ろを振り向いた。赤褐色の魔法陣が展開されている事以外、ついさっきまでの風景と重なるところは無い。オレンジ色の光に照らし出されたそこは、一週間前に落ちた場所と同じ様な、通路の様な空間だった。ただメイリィの背後は土砂で埋まり、道は目の前にしか続いていないのだが。
 ふ、と魔法陣が消える。そうして漸く、メイリィはあの魔法陣の意味を悟った。

「転移魔法……?」

 或いは、転送魔法か。その辺の区別はメイリィには出来ないが、そのどちらかであろう事くらいは見当がついた。恐らく、背後で道を塞いでいる土砂の向こうが、先程まで自分の居たところなのだろう。
 目の前の少年が魔導師だったという事実。つい先程、デバイスを持っていたという事で予想出来るだろうその事実を実際に見せつけられ、メイリィは知らず、睨む様な視線をセロに向けた。その視線には自分に使えない魔法を使える事への嫉妬が混じっていたかもしれないし、教えてくれなかった事に対する怒りも混じっていたかもしれない。メイリィ本人ですら、それは分からなかった。
 
「ん……こっちカ」

 しかしセロはと言えば、メイリィの視線にまるで気付かず、すたすたと通路の先へと歩き出す。すぐ傍に居るというのに、メイリィの事など頭から消え失せている様だ。悔しいまでに“いつも通り”な反応に、メイリィは憤然とした足取りでセロの背を追った。
 そう――いつも通り、だ。
 セロニアス=ゲイトマウス=チェズナット。彼をこの地下遺跡から引っ張りだして一週間、メイリィは彼が感情を顕わにしたところを見た事が無い。いつも何を考えているんだか分からない、内心の感情を塗り潰す様な微笑を浮かべ、黙々と諾々と日々を過ごしている――無論、単なる食客とは口が裂けても言えない程に働いてはいるし、そもそも彼は一族のエンゲル係数に何の影響も与えていない・・・・・・のだが。
 まるでロボットの様だ。それも、入力した命令コマンドをこなすだけの、家電の様に原始的な。
 別に、不満がある訳では無い。ただ物足りないだけだ。もう少し我儘とか自己主張とかがあっても良いのに、と。

「ねえ、セロ――」
「止まっテ下サイ」

 不意にセロが足を止め、目を細めて前方を眺め遣る。泥炭の様な暗い瞳に一瞬だけ光が宿り、霧散する。メイリィも釣られて前を見て、そこで気付いた。
 かしゃんかしゃんと、何か物音が近づいてくる。足音の様な金属音。いや、足音と金属音が混じりあった音か。足音と思しき音が縺れ合う様に不揃いであるのに対し、金属音は小気味良い程に統率されている。
 何の音だろう――メイリィが音の正体に気づく前に、薄闇の向こうから“正解”が姿を現した。

「ヒルデ、レオ、フォルサ――!」

 崩落によって取り残されていた、地下遺跡の調査班。
 無事だった事に安堵するも、こちらへと向かって必死に駆けてくる彼等の表情は、無事という言葉の前に『今のところは』という注意書きが付いている事を宣伝していた。

「あ、め、メイリィ……!?」
「大丈夫、ヒルデ!?」

 酷い過呼吸状態になりながら、それでも調査班の一人である女性がメイリィに気付いた。それで緊張の糸が切れたか、がくりと彼女は膝を折る。残る二人も同じ様なもので、ぜいぜいと荒い息をしながら座りこんだ。
 かしゃんかしゃんという金属音は尚も近づいてくる。調査班の人間達が、恐怖に顔を引き攣らせ後ずさった。
 何だ、何が来ている――セロが掌の光球を放ると、ぼんやりとした光球の光量が一気に増え、辺りを照らし出した。

「な――なに、あれ……?」

 呆然とメイリィが呟き、調査班が悲鳴を上げて更に後ずさる。
 かしゃん、という音が止まった。光に照らし出されたそこには、奇妙な、メイリィの語彙力では奇妙という以上に的確な表現が出来ないモノが存在していた。
 端的に表すのならば、マネキン人形。しかし他の次元世界、例えばミッドチルダの市街地にある百貨店に置いてある様なそれと違い、目の前に在るそれはどう見ても衣服の展示に使う物とは思えない。
 目や鼻を表す凹凸が無い、つるりとした白塗りの顔。しかし唇に当たる部分だけが紅をひいた様に赤く、周囲が薄暗い事も合わせて酷く不気味に見える。加えて、何のお洒落かマネキン人形はタキシードを纏っており、首から上の無機質さと重ねて、一種倒錯したコミカルな印象を見る者に与えていた。
 マネキン人形は一体では無い。ざっと見る限り、二十体は超えているだろう。どの人形も手に魔導杖を構えている。メイリィのデバイス<アウロラ>とは違う、無骨なデザインの魔導杖。デザインに気を使わない廉価品である事は確かだが、それ故に動作の信頼性や安定性は高い――以前、玄十郎から聞かされた事だった。

「……<コットポトロ>……」

 ぽつりと、セロが呟いた。コットポトロ。その単語が目の前のマネキン人形を指すものだと、メイリィは直感的に理解した。
 
「知ってるの、セロ?」
「傀儡兵の一種デス。……変だナ、なんデ動いテル……」

 台詞とは裏腹に、まるで関心の無さそうな顔でセロが呟く。と、コットポトロ達が一斉に、デバイスの先端をメイリィ達へと向けた。
 
「!」
「そのまま。動かないデ下サイ」

 セロの言葉の直後、メイリィ達の前に魔法陣が展開された。先ほどの転移魔法と同様の構成、そして魔力光。セロが張ったものである事に間違いは無さそうだ。
 魔法陣の展開が合図の様に、コットポトロ達が魔力弾を放ってくる。個性を感じさせない白い魔力光で編まれた弾丸は、赤褐色の魔法陣に衝突してあっさりと弾けた。
 セロが何かを呟いた。目の前の魔法陣はそのままに、足元にも魔法陣が展開される。大型のものでは無い、一人一人の足元に個別に展開されている。こちらは転移魔法か、メイリィは直感的にそれに気付いた。
 防御魔法と転移魔法。全く違う系統の魔法を同時に、しかも多重起動させている――本来ならば驚くべき事であるのだが、それを直に目にしたメイリィの感想としては、単に器用だな、という程度のものでしかない。
 ふと、メイリィはセロの足元に視線を落とす。自分達と違って、彼の足元には魔法陣が展開されていない。さすがに自分の分まで手が回らないのか? ……いや違う、と気付いた時にはメイリィは足元の魔法陣から外に出ており、次の瞬間、魔法陣の上に居た調査班の三人が光に呑まれて消え去った。

「あレ。何デ?」

 首だけで振り向いて、意外そうにセロが言う。
 多分、自分一人を囮に残し、転移魔法で他の人間を脱出させるつもりだったのだろう。
 ヒーロー気取り――いや違う。この少年はそんなものに価値を見ていない。だから単純に、足手纏いを余所に移動させたという程度の認識で良い。

「残念でしたー。ヒロインはこのあたし。見せ場の独り占めはずるいよ」
【観客はいませんが】
「うっさい。……アウロラ、セットアップ」
【Roger. Stand by ready,set up.】

 ブレスレットの宝玉が輝き、蒼色のバリアジャケットが展開される。ひゅん、と魔導杖形態となったアウロラを槍の如くに振り回し、肩に担ぐ様に構えを取った。
 コットポトロからの攻撃は間断無く続いている。一発当たりの魔力弾にシールドを貫く威力は無いが、それでも何発も束ねて放たれればそれだけダメージが蓄積する。現に魔力弾が爆ぜる瞬間、シールドからはぎしりという音が聞こえ始めていた。
 魔力を上乗せする事でシールドの強度を回復する事は可能だろう。セロの実力がどれほどのものかは分からないが、その程度の事が出来ない筈は無い。しかしセロがそうする様子は無かった。
 ――シールドが破られる瞬間に、何か仕掛ける気ね。
 意識を戦闘用に切り替えたメイリィは普段からは考えられないほど冷静に、そう当たりを付けた。

「……メイさん。一つ、お願いがありマス」
「お願い? ――うん、何?」

 思いもかけぬセロの言葉に、知らず、メイリィの語調は明るいものになる。
 
「忘れテ。見なかっタ事にしテ下サイ。――よろしク」

 は? と訳の分からない言葉にそう返そうとした時、セロの指が右耳の鈴を弾いた。
 りぃぃいん……と、妙に残響を伴って、涼やかな音が鳴る。
 す、とセロが目を閉じた。何かに耳を澄ませている様な、或いは祈りを捧げている様な、感情が乗らず、しかしいつもの没個性な微笑でも無い、不思議な表情を浮かべて。
 目を見開いた時――彼の瞳は、泥炭の様に光が無い筈の瞳は、抜き身の刃物の如き剣呑な光を帯びていた。
 
「起きロ、<ククルカン>」
【Comprensión,<Kukulcan>El comenzar.】

 ざぁっ――と、セロを赤褐色の魔力光が包む。淡いクリーム色のローブが粒子となって霧散し、間を置かず精製されたバリアジャケットが彼の身体を包んでいく。
 魔力光は人それぞれに違う。ある程度似通った色になる事はあるが、しかし全く同じ色の魔力光は在り得ない。
 そしてまた、魔力光はその魔導師を表すと言われる。裡に苛烈を秘める者は赤く、他者に安らぎを齎す者は淡い緑と言った具合にだ。血液型占いと一緒で信憑性は無いが、広く伝わっている事でもある。
 ならば、赤褐色の魔力光はセロニアス=ゲイトマウス=チェズナットの何を表すのか。
 デバイスの展開が終わる。彼を包んでいた赤褐色の光が弾け、その向こうに戦闘態勢となったセロが姿を現した。
 白い、学生か軍人の様な詰襟の服。夜闇の様に漆黒のストールが肩に巻かれていて、詰襟の白とコントラストを描いている。
 全体的にほっそりとしたシルエットである上半身に対し、下半身は酷く歪だった。膝から下が装甲靴で覆われているが、サイズが極端に大きい。人間に羆の足を移植した様なアンバランスさがあり、頑丈ではある事は分かるが、同時に鈍重な印象も与える。
 両腕の前腕にはそれぞれ赤褐色の環状魔法陣。掌に填められた黒いハーフフィンガーグローブには、甲の部分に群青色の宝玉が存在していた。
 Terminación――起動完了を示す文字が宝玉に映し出され、そして消える。このグローブがデバイスの本体なのだろうが、現行のデバイスとはまるで異なるデザイン。設計思想からして、現在主流のものとは一線を画している事が見て取れる。
 ブーストデバイス。これより数十年の後に実用化される――故に今は、そうと呼ばれる存在は概念すら無く――補助魔法行使用・・・・・・・のデバイスに、そのグローブは酷似していた。

「……ふう」

 セロが軽く息をつく。
 黒と白に塗り分けられたバリアジャケット。それを纏うは灰髪の少年。
 妙に――皮肉に感じた。

「それが……セロの」
「先、行きマス」

 ぱぁんっ――とガラスが割れる様な音が響き、砕けたシールドの破片が四散して、すぐに無色の魔力へと戻って霧散した。
 同時にセロが飛び出していく。鈍重な下半身、重厚過ぎる脚甲を装備しているにも関わらず、その速度は疾風の如く。
 恐らくは、魔法による強化ソニックムーブを使ったか。濃密な弾幕を前にして尚、速度は落ちない。
 セロが右腕を掲げる。掌を突き出して、コットポトロへと距離を詰めていく。グローブの宝玉が一度瞬き、彼の眼の前に三度魔法陣が展開された。
 シールドを頼みに、敵との間合いを詰め、近接戦闘に持ち込む。それがセロの狙いだろう。メイリィのその予想はある程度まで正しく、ある程度からは外れる。
 魔力弾が魔法陣に接触し――瞬間、しゅん、と気の抜ける音を立てて消え去った。障壁に当たって弾けた訳では無い、撥ね返された訳でも無い。まるで吸い込まれる様に、弾体が消失した。
 それとほぼ同時、一秒未満の時差で、後方のコットポトロが突如吹っ飛ぶ。セロも、勿論メイリィもまだ何もしていない。
 いや――何か、した……?
 援護を忘れ、メイリィは呆然とその光景を眺めていた。その間にも魔力弾がまた一発魔法陣に吸い込まれ、更に一体、集団後方コットポトロが吹き飛ぶ。他のコットポトロが慌てて振り向き、その妙に人間臭い仕草の間に、セロは完全に敵の懐へと飛び込んでいた。
 
「よっこい――」

 ぐ、とセロが左腕を振りかぶる。今度は宝玉では無く、前腕の環状魔法陣が明滅、纏わりつく様に赤褐色の光が掌を覆った。

「――ショ」

 腰を支点に、左腕を思いっきり振り薙ぐ。言ってしまえば単なる張り手、その原始的な攻撃が目の前のコットポトロの頭に叩き込まれ――哀れな人形の首から上を、収穫時の果実が如くにもぎ取った・・・・・
 じゃかっ、と背後で一体がデバイスを構える。魔力弾が精製され、撃ち出される――寸前、再び魔法陣がセロの前に展開された。ほぼ零距離で撃ち出された魔力弾はあっさりと魔法陣に吸い込まれ、直後、その一発を放ったコットポトロの足元に魔法陣が出現。そこから飛び出してきた魔力弾がコットポトロの股間を直撃した。
 うぇ、とメイリィが思わず声を漏らす。コットポトロは(人形の癖に)股間を押さえて屈みこみ、瞬間、過剰なまでの装甲に鎧われた脚に顎を蹴り抜かれていた。
 ぐしゃり。おぞましい音を立てて、陶器の様な質感の顔面は見た目の印象通り、粉々に粉砕される。
 じゃかじゃかっ、と左右から同時に、敵がデバイスを構えた。つい数秒前の焼き直しの様に、しかし今度は単純に二倍の手数で、魔力弾が撃ち放たれる。だがセロもまた、こちらも焼き直しの様に二枚の魔法陣を同時に展開、結果も全く同じに魔法陣が魔力弾を飲み込んだ。
 一体の背後、そしてもう一体の腹部に魔法陣が現れる。やはりこちらも先程と同じく、そこから飛び出した魔力弾が一体の後頭部と、一体の腹を撃ち抜いた。
 ――転移魔法……!?
 【間違いありません】と、アウロラがメイリィの想像を保証する。
 セロが展開している魔法陣、あれは決して障壁シールドでは無い。転移魔法の為の魔法陣。だがそんな事が有り得るのか――否、出来得るのか。
 転移魔法トランスポーターは展開から効果の発現までに多少の時差を伴う。また魔法陣自体にある程度の強度はあるものの、シールドと違い魔力弾の一発も当たれば破壊されてしまう程度のものだ。今の様に、発射された魔力弾を敵の死角へと転移させる事など、出来る筈が無い。ましてそれを同時に複数行なうなど。
 出来るとすれば、予め敵の攻撃を予測し、効果発生までの時差を折り込んだ上で魔法陣を展開する――或いは、魔法陣を効果が発現する寸前で待機状態にしておき、着弾の寸前に発現させるか。どちらにしろそれは人外の領域だ。転移魔法が補助魔法という位置付けにあるのは相応の理由がある。セロの転移魔法の使い方は、それに真っ向から喧嘩を売っていた。
 前衛型転移魔導師――およそ聞いた事の無い、そしてこれから先に現れる事も無いであろうそんな肩書きが、彼の魔導師としての特性を表していた。
 敵も学習したか、デバイスを棍棒の様に振り上げて――デバイスはそんな使い方をするものでは無いと、メイリィは学習している――四方八方からセロへと襲い掛かる。
 だが、それが彼等の望む結果を引き寄せる事は無く。
 それこそ、灰髪の少年が狙っていた事だから。

「よ」

 セロの足元に現れる魔法陣。予想通り、そして前例通り、魔法陣が明滅したかと思った次の瞬間には、セロの姿はその場から消えている。がしゃがしゃがしゃっ、と振り降ろされたデバイスが床を叩き、敵の姿を見失ったコットポトロは餌を取り上げられた犬の様にうろたえて、辺りを見回した。
 ぼう、と天井に現れる魔法陣。天地逆のそれから現れるのは、当然の様に天地逆となって天井に立っているセロの姿。
 眼下の敵に向け、少年が掌を翳す。両前腕の環状魔法陣が光り、赤褐色の光が掌を覆う。

「撃テ、ククルカン」
【Lluvia de la sangre.】

 ぼっ、と魔力光が一瞬で拡散、コットポトロ達の頭上に降り注ぐ。『血の雨』をその名に持つ魔力放射魔法が、鑢の様にコットポトロの身体を削り取っていく。
 破片となってがらがらと崩れ落ちる人形達。二十体はいたコットポトロは、既に残り三体にまで数を減らしていた。
 
「……はっ! ま、まずい、このままじゃあたしの出番が無くなる!」
【お任せした方が安全かと思いますが】
「そんな訳にいかない! このSSのヒロインとして、ただぼーっと見てましたはプライドが許さない!」
【自己顕示欲の塊ですね】

 アウロラの先端を前方へ、戦闘中のセロとコットポトロ達へと向けて、メイリィは魔力弾の精製を開始する。
 
「カロリック・バスター、発射用ー意!」
【反対します。この狭さで撃てば、セロも巻き込まれます】
「う……じゃ、スラップショット!」
【了解。Slapshot,ready.】

 水色の魔力光がアウロラの先端で収束する。数は三つ。誘導制御型射撃魔法スラップショット。対物用に設定され、弾体の硬度を限界まで上げたそれは、鉄板すら撃ち抜く威力を持つ。
 狙いは正確に。その性格はともかく、資質として彼女は間違い無く射撃魔導師。冷静に確実に、狙った獲物を撃ち貫く事こそ、その本領。
 ぶん、とコットポトロがデバイスを振り回す。先程の一撃が棍棒だとしたら、その一撃は金属バット。横方向に振り抜かれる一撃を、セロは身を屈める事で躱した。
 ――チャンス!
 
「発射ぁ!」
【Fire.】

 放たれる魔力弾。
 一発が一体の頭を、一発が一体の胸部をそれぞれ撃ち抜き、そして最後の一発が残る一体の頭を――

「あ」

 ――撃ち抜く、その寸前。
 屈んでいたセロが立ち上がる。セロの目の前には最後のコットポトロ。それはつまり、メイリィとコットポトロとの間に――狙撃者と標的との間に、セロが割り込んだという事で。
 がつんっ、と厭な音がした。
 ごぎんっ、と酷い音がした。
 前者はセロの後頭部に、スラップショットの魔力弾が直撃した音で。
 後者はそれによって前につんのめったセロの額が、コットポトロの顔面を直撃した音で。
 どんな石頭か、コットポトロの顔面が落とした茶碗の如く粉々に割れて、後ろ向きにぶっ倒れる。それに覆い被さる様に、セロもまた、倒れ伏した。
 そのまま、動かない。

「……………………」
【……………………】

 沈黙が降りる。
 痛い、痛過ぎる沈黙が。
 動く者は最早居ない。
 ただ一人残った少女も、身動き一つせずに固まっていた。

「……えっ、と」

 ひゅん、とアウロラを回転させ、柄の端、石突の部分で床を叩く。
 かんっ! と乾いた音が通路に反響するも、累々と転がる屍に反応は無い。
 すうっ、と少女は大きく息を吸い込んで、


「事故!」


 そう、高らかに宣言した。

【……実に残念極まりないです、マスター】
 
 電子音である筈のアウロラの声が泣きそうになっていたのは、決して錯覚では無かった。






Turn to the Next.






後書き:

 という訳で、第二話でした。お付き合いありがとうございました。
 今回でメインキャラクターは全員登場です。メイリィ、セロ、玄十郎、ダイゴの四人が本作の主な登場人物となります。あまりキャラが多いと(私が)把握しきれないので、この四人に絞りました。
 前回はメイリィ、今回はセロの紹介という感じの内容になっております。メイリィがオーソドックスな杖型デバイスなので、セロはちょっと変化球で、ブーストデバイス(っぽいもの)にしてみました。まあセロは召喚士では無いので、原作の様な使い方はしないでしょうけれど。原作でもブーストデバイスは二種類しか出てないので、結構自己解釈の脳内設定が多いです。
 魔導師としての特色ですが、なのはの砲撃魔導師、ユーノの結界魔導師の様に、転移魔導師なるものをでっち上げてみました。戦闘以外の場面でも役に立つ魔法が欲しかっただけなんですが。
 ちなみに、最後のアレは事故です。どっかの誰かみたいにオーバーワークの結果では無いです。あまり責めないでやってください。
 
 それでは今回はこの辺で。宜しければ、またお付き合いください。



おまけ:元ネタ暴露コーナー
 では今回も、突っ込まれる前に暴露していきます。

・バルサザール……シェイクスピアの喜劇『空騒ぎ』に出てくる登場人物から。他にアースラという名前の登場人物がいるので、そこからのネタです。

・コットポトロ……1993年の特撮『五星戦隊ダイレンジャー』に出てくる戦闘員です。全体的に中華テイストの番組だったのに、戦闘員だけタキシード姿ってのに放映当時凄く衝撃を受けまして(笑)。今でも一番好きな戦隊モノですね。本作でも見た目はそのまんまです。

・ダイゴ=ナカジマ……名字はもう、StS“主役”の彼女の関係者って事で。名前の方は上記の『ダイレンジャー』から、一番好きなシシレンジャー(緑)に変身する人の名前です。

・ククルカン……マヤ神話における神の名前です。ちなみにこの名前の関係で、ククルカンの言語は中南米で使われるタイプのスペイン語をベースとしています。

 今回はこんな感じで。それでは、また。








感想代理人プロフィール

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代理人の感想
なんつーか、ドタ靴はいたチャップリンを連想してしまったのは色々ダメかもしれない。w
これでジャケットが黒系統でデバイスが杖型だったら完璧だった(何が)。
しかし転移魔法使いか・・・渋いなあ。
もう一人が火力馬鹿っぽいし、ダイゴが平均的な魔道士だったりするなら丁度バランス取れてるんですが、にしても反則くさい。w
まぁ彼自身がロストテクノロジーの塊なわけですが。

>このSSのヒロインとして、ただぼーっと見てましたはプライドが許さない
ザブングルじゃ在るまいに、なんだこのメタっぷりはw
取りあえず現時点をもって「残念な人」と認定呼称してあげませう。多分ヒロインの人。
これで迂闊なら完璧だ(だから何が)。

>ダイゴ
えーと、50年前だから・・・もし直系だとしたら割とすぐに彼女なり嫁さんなりができることになるのかな?w
まぁがんばれ、彼女いない歴=年齢の人よ(爆)。


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