Interlude――Ⅲ






「たまに思うんだけど――ううん、時々――いや、もうしょっちゅうでも良いかしら――セロニアス、貴方本当に人間?」
「そりゃ勿論」

 人間ですよ、と言おうとして、僕は口篭った。はて僕は本当に人間と言ってしまって良いのだろうか。実は僕の身体は機械で出来ている、という僕自身もびっくりなサプライズ(後で気付いた事だけど、これ意味が重複している)が用意されて無い限り僕は人間である筈なのだけれど、そして僕は僕が知る限り有機物100%のナマモノである筈なのだけれど、姉様の口調と表情を見れば、何となくそれを言うのは憚られた。
 ため息を一つついて、姉様は僕の隣に座った。視線は前方に固定されたまま、けれど何処か虚ろな瞳。それは思考行動に没頭している人間のものでは無く、ただ単に、目の前の現実、視界に映りこむ光景から意識を逸らそうとして、それに成功していない人間の瞳だろうと、僕は判断する。
 目の前の光景。
 合計二十三人分の解体ばらばら死体がごろごろと転がる、この光景。
 たかだか・・・・二十三人が人間の形を留めないほどに殺され尽くしているというだけなのに・・・・・、姉様は青褪めて、吐き気を堪える様な顔で中空を睨みつけている。

「正直、正気を疑うわ。なんでこんなモノ見て、平気な顔していられるのかしら」

 イカレてるわね、と姉様は吐き捨てた。
 そんな事言われても、というのが正直な感想だ。と言うか、単に新鮮さが薄れているというのが正解なのだが。どんな面白い映画でも本でも、何度も読んでいれば初見の感動とか衝撃とかは薄れてしまう。死体を見慣れて殺人を見飽きて、その挙句のこのリアクションなのだから、初観賞の姉様とはどうやってもテンションが違う。……いや、そう言えばと思い出してみれば、最初に死体とか殺人とかを見た時に、僕は姉様の様に驚いたり衝撃を受けたりしていただろうか。
 まあ、僕だって目の前に転がる死体には思うところが無いでも無いが、しかしそんなもの、一々大騒ぎするほどの事だろうかとまず思ってしまう。実際、殺されたのは僕じゃ無いし、姉様でも無い。目の前で散らばっている二十三人もまあ知らない人間じゃ無いが、親でも無いし兄弟でも無いし友達でも無い。親や兄弟や友達ならもう少し別のリアクションを取るのかと訊かれれば分からないけれど、とにかく現状、僕が取るリアクションはこんなものだ。
 ああ、一応、僕自身の名誉の為に言っておくけれど、ここで死んでいる二十三人を手にかけたのは、無論僕じゃ無い。姉様でも無いし、多分、この二十三人の中にも居ないだろう。明らかに魔法による殺人と思しき死に方の人間ばかりだけれど(つまり常識的な死に方じゃないという事だけれど)、僕にとって魔力は命より大事……いや、これだと少し違う、命と同じくらい大事なものだ。そんな大事な魔力を殺人行為に費やすほど、僕は浪費家では無い。自己弁護と言われれば返す言葉は無いんだけど。
 ついでに言っておくと、今回のネタはあくまで幕間、要は余談オマケだ。別に本編と赴きを変えて何かをやるつもりは作者には無いらしい。二十三人死んでいるとか言っても、そこにややこしいトリックとか意外な犯人とかが出てくる事は無いし、この二十三人が生き返って他の人間を襲う様な展開にもならない。筈だ。
 死体こんなものはあくまで状況を彩るガジェットの一つ。何故死んだのか、誰が殺したのか、そんな事に意味は無い。理由だって無い。事実は事実としてそこにある、それ以上の何を求める?

「……はあ。本当、傍観者ってのは始末に終えないわね」

 深々とため息をついて、姉様が言った。
 傍観者――ふむ、良い響きだ。少なくとも言い訳としては悪くない、そう思う。不感症な人間へのレッテル張りみたいな側面もあるのだろうけれど、まあそれを差し引いたとしても、中々素敵な言葉だ。
 傍から眺め、観察する者。
 徹底的に自分と他者を区別して、事象の中へと踏み入らない者。
 そう言えば、暫く前にもそう言われたのだったか。貴方は傍観者ね、とか何とか。その時はいまいち意味が理解出来なかったが、成程、今にしてみれば良く分かる。考えてみれば僕はそうある事を望んでいる節があるし、そうある様に生きてきた。――生きている、と現在形では無いのは、既に僕が傍観者たる資格を失っている・・・・・からなのだろうけれど。失ったのか奪われたのか、そこは微妙だったが。
 自己分析をそこで打ち切って、僕は一つ、息を吐いた。落胆した様な安堵した様な、何だか良く分からない吐息だった。
 そんな僕を冷ややかに見て、姉様は口を開く。

「しかし何て言うのかしらね。人間こうなっちゃうと、色気とかセックスアピールとか、台無しよね」

 また随分な方向に舵を切るなあ。
 まあでも、姉様の言いたい事も分からないでは無い。と言うか解体された人体部品を個別に見て欲情する人間は例外無く変態と言って良いんじゃないかと思う。この肩関節最高だなとか、いやいやこの小腸こそ素敵だわとか。乳も尻もふとももも、人間の形をしている物体の一部分だから良いのだ。
 あーあ、と姉様は嘆息した。

「巨乳とか美尻とか、必死になって追い求めるのが馬鹿らしくなるわ。そう思わない?」

 何を言っても地雷になる気がしたので、僕は黙った。
 まあ、弟の僕が言うのも何だけれど、巨乳で美尻の姉様――つまり巨乳も美尻も追い求めた事なんか無い――がそれを言うのはどうかと思う。傲慢極まりない、“持つ者”の発言だよなあ、それ。世の中必死になってそれを求める人間も居る訳だし。
 普段一緒に暮らしていると、なんて言うか、うん、色々辛い事が多かったりするのだけれど。あまり大っぴらに言えない意味で。
 
「大体、乳なんて大きいと肩がこって仕方ないだけよね。欲しいってヒトが居るなら、くれてやりたいものよ」
「恐ろしく上から目線の発言ですね……」
「尻の美しさの基準って何なのかしら。そりゃ、汚いって言われるよりはマシだと思うけれど、あまり持ち上げられるのも不安だわ」
「それもまた上から目線な気がしますが……より多数の美的感覚に合うデザインとか光沢とかでしょう。絵画と同じですよ」
 
 二十三人分の解体死体を前にして、乳と尻の話をする姉弟。文章ならともかく、絵にするとコレ、酷くシュールな光景じゃ無いだろうか。
 ちらと横目で姉様を窺う。与太話をして多少気が紛れたのか、姉様の顔色はほんの少しだけ良くなっていた。少し視線を落とせばまた青褪めるのだろうけれど。
 こと外見上に関しては非の打ち所の無い姉様だけれど、中身まではその限りでは無い。寧ろ外と内とが反比例している。その被害(と恩恵)を最も多く受けている僕としては、ちょっと意地悪してやりたい気がしないでも無いが。
 まあ、そんな生産性の無い事をするほど、僕も酔狂な人間では無い。いや、ここは『そんな命知らずな事をするほど、僕はスリルに餓えていない』とするべきだろうか。酷く些細でどうでも良い事だったが、その時の僕には結局、どちらかを選ぶ事は出来なかった。




 
 ただ。
 それから数百年経ってから――同じ事に悩むとは、思ってなかったけれど。





「やっぱりさ、揉まれるとおっぱいって大きくなるんだよ。男の浪漫が乳に注入されるんだよ」
【生物学上疑うところなく女性のマスターがそれを言っても、何の説得力もありませんが】
「だからさ。最初からある程度揉み応えのあるサイズのおっぱいじゃないと、巨乳にはなれないんじゃないかな」
【収穫逓増というやつですね。しかしマスター、それはある意味敗北宣言ではありませんか?】

 ちっちとメイさんは指を振って、机の上に置かれたアウロラの発言に応える。
 何日か前の様に酔っ払ってはいないものの、アルコール無しでこのテンションというのもどうなんだろうなあ、と僕はぼんやり二人(一人と一体か)の会話を眺めていた。
 しかし何だろう、個人的に『男の浪漫』なる言葉をそんな使い方してほしくないと思うのは、僕の我儘なんだろうか。

「そう考えるのが素人の浅はかさよ。まず目指すべきは巨乳じゃなくて美乳なんだよ。揉みたくなる様なキレイなおっぱいであれば男が群がってくるんだよ!」
【乳目当ての男がお望みだったのですか】

 最底辺の男だと思うなあ、それ。アウロラの冷ややかな台詞にも納得だ。
 いや、まあ、男って生き物は大概そんなものなのかもしれないけれど。ちなみにそんなフォローを入れる口は、僕は持ち合わせが無い。
 うーん、と先程の態度はどこへやら、メイさんは頭を抱えて唸ってしまった。自分では結構自信のある論だったのだろう。ある意味真実の一側面を突いている様な気がしないでも無かったが、けどやっぱりあれは暴論だ。
 けど何だな、考えてみればメイさんとの雑談って、殆どこの手の猥談で占められている気がするな……。

「ねー。セロはどう思う?」
「はイ?」

 突然矛先が僕へと向かってきた。
 
「巨乳と美乳と、人類はどっちを先に保護対象に定めるべきだと思う?」
「えト……そんナ話でしたカ?」

 なんか違う気がするけれど。て言うか乳を自然遺産みたいに扱うのもどうかと思ったり。
 あとそもそも、巨乳はともかく美乳ってのはどちらかと言えば概念的な存在だから、対比出来るものでも無い様な。
 ちらとアウロラを見れば、申し訳ありませんとでも言うかの様に、一度ブレスレットの宝玉が瞬いた。
 メイさんはじっと僕を見詰めてくる。その視線には憶えがあった。確か何日か前、初めて此処に来た日の夜、性癖を無理矢理カミングアウトさせられた時のあの視線だ。
 という事は、だ。
 ここで選択を間違えれば、あの時と同じ結果になるという事か。

「えっト……じゃア、美乳デ」

 どちらかと言えばという選択の結果で、強いて言うならそんなものどうでも良かったし、そもそも保護出来る様なものなら聡明なる人類はとうの昔にそうしていると思うのだけれど、とりあえずのその場凌ぎ、巨乳と答えるよりかはマシだろうという消去法的な判断で、僕はそう答えた。
 が。
 がくりとメイさんは肩を落し、世界の終わりを眼にした様な顔を――いや、実際に世界の終わりを一度眼にした僕からすれば、可愛らしいものだけれど――見せたかと思うと、そのままテーブルに突っ伏してしまった。
 失敗したか?
 間違えたか?
 何だかとんでもないミスを犯した様な気がして、メイさんに声をかけようとしたその瞬間――がばっと彼女は身を起こして、傍らに置かれていたブレスレットを取り上げた。

「アウロラ! 検索検索! 『美乳になる方法』でググって!」
【『美乳になる方法』の検索結果 約 9,870 件中 1 - 10 件目 (0.22 秒)。どれからご覧になりますか?】

 ……………………。
 いや、いいけどね。
 しかし何だ、うん、ここで「美乳になって保護されたいんですか?」なんて生産性の無い質問をするほど、僕は酔狂な人間じゃ無い。いや、ここは『そんな命知らずな質問をするほど、僕はスリルに餓えていない』とするべきだろうか。


 何にせよ、地雷は望んで踏むものじゃ無いという事だ。
 だから僕は、傍観者でありたい。
 





Interlude――Out







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