第112管理外世界<ボロブドゥル>は、その惑星の規模として概ね第97管理外世界<地球>と大差無い。重力や大気成分なども、地球とほぼ同一である。ただ文明レベルが地球と比してやや遅れており、管理局の見立てではおおよそ二十世紀半ば――1960年代前後――の地球と同等。現地を訪れたフラット達の感想も、そこから概ね外れるものでは無かった。
 ただ一つ特筆すべき事があるならば、現在のこの世界は色々な文化が入り混じって、奇妙な混沌の様相を呈している。まあ混沌とは言っても別段きな臭い意味では無い、強いて言うならば、明治初頭、文明開化直後の日本だろうか。それまで築き上げてきた文化と、新たに入り込んできた文化が溶け合い融合するその過渡期。二つ以上の文化がところどころで奇妙に共存している、或いは共存の道を探っている、そんな感じである。
 フラット達が訪れた町。そこはどこかスペインやポルトガルといった南欧を思わせる雰囲気の町並みであったのだが、しかし至るところで、妙にその雰囲気にそぐわないものが散見される。
 
【マスター、あれを】
「え? あ、フェイトちゃん。ほらほら」
「あ……えっと、何ていうんだっけ、あれ」
【人力車と呼ばれる乗り物です、サー・フェイト】

 例えば、通り過ぎる人々の隙間を縫う様に走る人力車とか。

「……凄いな。鎬造りに猪首切先、刃紋は三本杉……結構な業物に見えるぞ、コレ」
【強度も文句無しっス。一人二人斬っても、折れそうに無いっスよ】
「ちょいとフラット。ポン刀持ってにやついてると、変な人に見えるよ?」

 例えば、金物屋と思しき店の前に雑然と積まれている日本刀とか。
 南欧風の町並みのそこかしこに見られる、和風、日本風の品々。チャイナタウンの様に町の一部が丸ごと東洋というのでは無く、文明開化直後の日本の丁度逆、西洋文化の中に東洋の文化が浸透し始めている。
 この世界に来る前に管理局から伝えられた情報では、この世界は隔絶された二つの大陸に人々の生存圏が限られ、それぞれで独自の文化・文明が発展したらしい。それが数年前に起こったとある事件でファースト・コンタクトを果たし、それ以降、文化の混じり合いが始まったのだとか。ただしフラットはシャロンの貸別荘で目を覚ますまでの記憶が欠落しているので、これはフェイトやアルギュロスから再度教えてもらった事だが。

「……少し良いか? 訊きたい事があるんだが」

 勿論、フラット達は観光に来た訳では無い。
 欠落した記憶、失った魔法技能を取り戻す為の手掛かりを探して――元々の目的である、ロストロギア回収も含めて――この町に来ているのである。
 市場や繁華街の露店、或いは道行く人々に片っ端から訊いて回る。水晶で出来た髑髏を見なかったか、と。
 正直なところ、フラットとしてはあまり期待はしていなかった。そうそう都合良く目撃者が居る訳が無い、アニメや漫画じゃあるまいし。だが予想外だったのは、訊ねた相手の誰もが、こう訊き返してきた事だ。

「うーん。水晶髑髏ねえ……そりゃ何だい、美術品・・・かい?」

 話によると、先日から、町外れの古城に住み着いた連中がいるらしい。もう一つの大陸から流れてきたマフィアだかギャングだからしいのだが、その連中が、美術品の類を片っ端から集めているのだとか。絵画や工芸品などジャンルは問わず、無差別に買い漁って――奪い取って、では無いところがミソだ――いるらしい。
 水晶髑髏があるとしたら、その古城だろう。皆が皆、そう言った。

「で――どうしたもんかねえ」

 二時間ほど聞き込みを行なったところで、一旦休憩。
 町のほぼ中央にある広場で、噴水の縁に腰掛けつつ、屋台で売っていた骨付き肉スペアリブを齧りながら(フラット達は普通にホットドッグである)、アルフがそう切り出した。

「どうするもこうするも無えだろ。その古城とやらに忍びこんで、水晶髑髏を失敬すりゃ終わりだろうが」

 個人の所有物を勝手に持ち出す事に僅かばかりの罪悪感も無いとは言わないが、どうせマフィアにしろギャングにしろ、犯罪組織の金など非合法に稼いだものだ。それで買った品なのだから別に構わないだろうと、良心の呵責はまあ無視しても構わないレベルに留まっている。
 
「え、でも……やっぱり、黙って持っていくのは悪いよう」
「オハナシして譲ってもらうか? 話の通じる相手だといいがな。……つーか、いきなり見ず知らずの小娘に『私達魔法使いなんですけど、貴方の持ってる美術品譲ってください』って言われて、信じてくれる奴なんざいるのかよ」

 普通は頭の具合を疑われる。
 管理外世界において、魔法の存在を明かす事は基本的に禁じられている。なのはの様な現地協力者に対してなどはその例外であると言えるが、それも“止むを得ない措置”であると認められる場合においてだ。なのはの場合は『P・T事件』の解決に寄与したという結果があったからこそ認められた面も否定出来ない。
 当然ながら、ロストロギアの回収の為とは言え、それだけの理由で管理外世界の住民に管理局の名前を出す事は許可されない。それならば寧ろ、こっそり忍び込んで盗ってくる方が推奨され、現に管理局の遺失物管理部にはそれを専門とした部隊すらあるらしい。
 別に管理局の流儀に従うつもりも無いのだが、手間と面倒を省く為に、今回は手っ取り早い手段を取るだけだ。
 それでもまだなのはは不満そうな顔をしていたのだが、年齢不相応に聡明な彼女の事、それ以上は単なる我儘になると解っているのだろう、反対する事は無かった。
 まあ、なのはの言う『お話しようよ』は決裂した場合の口実作りみたいな面もあるので(本人がそう認識しているかは不明だが)、魔法の使えない現状でごり押し出来るものでも無い。若干ほっとしながら、フラットはホットドッグを齧った。
 ……しまった、マスタードかけすぎた。

「じゃあ、今からそのお城に……?」
「いや、日が暮れてからの方が良いだろ。泥棒が昼間っから忍び込んじゃサマにならねえよ」

 とりあえず今日の宿を確保するのが先だとフラットが腰を浮かしたところで、不意に、耳障りな音が辺りに響いた。どるんどるんという爆音。まるでバイクの排気音の様だと思えば、それは確かにその通りの音、ストリートタイプの中型バイクが発する排気音だった。
 今日は休日なのか、広場には結構人が多い。その人ごみの中で、非常識にも単車を乗り回し、騒音と排気ガスを撒き散らしている連中がいる。まだ若い、それこそ高校生かそこらの男達。何とも迷惑千万極まりない、擦れ違う人々は皆一様に眉を顰めているのだが、単車に乗ってる連中はそれにまるで気付いていない。いや、気付いていたとしても、それを気にする様な人間なら、そもそもこんな迷惑行為には出ないだろう。
 フラット達もまた顔を顰めながら、それでも触らぬ神に祟り無しと、その場を離れようとする。
 だが。

「邪魔だァ!」

 がしゃんがしゃんとけたたましい音が響き、そしてどん、とフラットは後ろから突き飛ばされ、否、蹴飛ばされて、路上に倒れ込む。拍子に手に持っていたホットドッグがすっぽ抜けて宙を舞い、フラットの頭の上に落下した。
 ケチャップとマスタードがたっぷりかかったホットドッグが、頭の上に。
 べちょっ、と嫌な音がして、べとっ、と嫌な感覚が髪に纏わりつく。ぽろりと頭の上から転がったソーセージが地面に落ちると同時に、フラットの目はげらげらと馬鹿笑いを響かせつつ広場を出て行くバイクの群れを捉えていた。

「大丈夫ですか!?」

 大丈夫じゃねえよ、この頭を見ろ――と声を荒げかけたフラットだったが、なのは達が駆け寄ったのはフラットでは無く、先程ホットドッグを買った屋台の店主。ソーセージやパン、その他扱っている品の諸々が路上に散らばっている。店主は腰を打ったのか、アルフの肩を借りて立ち上がるも、かなり辛そうに顔を歪めていた。

「あの連中……フザケた真似しやがって」

 ぎり、と歯軋りの音を響かせながら、フラットも露店の店主へと歩み寄る。
 ケチャップとマスタードでサイケデリックなペイントが施された(ついでにパンは未だ頭上に乗ったまま)フラットの顔はかなり滑稽であったが、なのはもフェイトもそれを笑う様な事はせず、怒りが混じった視線をバイクが去っていった方向へと向けている。

「フェイト、なのは。悪いが暫くここに居ろ」
「え――フラットちゃん?」
「フラット……何をする気なの?」

 決まってるだろ、とフラットは自分の頭を指差す。
 ケチャップとマスタードでサイケデリックなペイントの施された、ついでにホットドッグ用のパンが乗っかった、自慢の銀髪を。

「この髪の落とし前、つけさせてやるンだよ」






魔法少女? アブサード◇フラット偽典/Hey, Pachuco!
――ChapterⅡ






 若気の至りという言葉がある。
 若さに任せて無分別な行いをする事を言い、大概、それは失敗談や笑い話として、後々になってから使われる言葉である。
 つまり当事者にしてみれば“若気の至り”などという認識は欠片も無く、ただその場のノリに身を任せて好き放題しているだけ。そのツケを払うべき時は人それぞれであろうが、今回一つの事例として取り上げる彼等は、際立って運が無かったと言える――いや、それも自業自得である以上、同情の余地は無いが。
 
「おらぁ、どけどけェ!」

 休日の昼間という事で、町の市場は広場以上に人が犇いている。そこに無理矢理入り込んでくる五台の単車。そんな事をすればどうなるか分からない年齢では無かろうに、しかし調子に乗った彼等がそれを考慮する筈も無く、排気ガスを撒き散らして爆走する。人々が慌てて逃げていくのが面白いのか、排気音に混じって馬鹿笑いが響く。
 だが。

「げふぁっ!?」

 最前方を走っていた男が、突如奇声を上げてバイクから転げ落ちる。乗り手を失ったバイクも横転、後続の仲間達の進路を塞いだ。
 慌ててブレーキをかける――そして、彼等は見た。
 横転したまま路面を滑るバイクが、一人の少女の眼前で停止する様を。
 ケチャップとマスタードで首から上をサイケデリックにペイントし、頭の上にソーセージの挟まっていないホットドッグ(つまりただのパン)を乗っけた少女は、がん、と乱暴にタンクを踏みつけ、剣呑極まりない目付きで男達をねめつけた。

「んだコラ、ガキ!」

 男達の一人が、少女に向かってバイクを発進させる。どかなければ轢いちまうぜ、と怒鳴りながら、少女へと突っ込んでいく。
 だが少女は逃げる事無く、逆にバイクに向かって突進してきた。寧ろ驚いたのは男の方である。轢いちまうぜとは言うものの、彼に人を轢いた経験などある訳も無い。ちょっと脅かせば逃げていくと思っていたのだろう、だが残念ながら、彼等に知る術が無かったのだから当然でもあるが、――相手が・・・悪かった・・・・
 ひっ、と彼がブレーキパッドを握った瞬間、少女はバイクのフロントフェンダーに足をかけて駆け上がり、男の顔面を豪快に蹴り飛ばした。まるでカンフー映画の様なその動きに見蕩れる暇も無く、更に近くに居たもう一人が、少女の飛び蹴りによってバイクから叩き落とされる。
 
「こ――この野郎!」

 残る二人の内、一人が罵声を上げて突っ込んでいく。先に撃退された仲間と違い、今度は完璧に轢き殺すつもりで。
 着地した少女は近くにあった露店に積まれている林檎を手に取ると、野球選手顔負けのフォームで投げつけた。ごしゃっ、と鼻面に突き刺さった林檎が砕け、男は鼻血を噴いて反っくり返る。当然、彼はバイクから後ろ向きに転がり落ちて、凄惨な音を身体で奏でる事になった―― 一瞬後に響いた歓声に、掻き消されてしまったが。
 一人未だ無傷の男は、しかし考えようによっては一番運が無かったのかもしれない。気絶した仲間と、気絶すら出来ずに呻く仲間の姿を見せつけられてしまったのだから。彼は急いでバイクを降りる。轢き殺すつもりでつっかかった仲間が二人、あっさりと撃退されたところを目にしていれば、騎上の有利など無いに等しい。それならまだポケットに忍ばせているバタフライナイフの方が頼りになる。
 そう考えていた時期が、彼にもありました。
 そんな一文を挟むのがこれ以上なく良く似合うタイミングで――具体的にはポケットからナイフを取り出した直後(コンマ一秒の間も無かった)――飛来した林檎に、凶器が弾き飛ばされる。
 ずん、と少女が一歩踏み出してくる。合わせて彼も一歩下がる。自分の半分ほどの背丈の少女に、彼は完全に気圧されていた。

「ま……」
「ま?」

 彼が思わず呟いた言葉を、鸚鵡返しに少女は繰り返す。恐ろしくドスの効いた声。いや、声自体は齢相応の少女のものだが、そこに含まれる圧が半端では無い。
 
「ま、ママが『喧嘩はいけない』って言ってたの」
「ママは『バイクで遊んで良い』って言ってたのか?」
「お、憶えてないけど……その、ママに聞いてみるね」

 そう言って彼は踵を返し、その場を脱兎の如く逃げ出していく。
 止めを刺しに追ってくるかとも思ったが、しかし予想に反してそれは無く、代わりに歓声と拍手、そして嘲笑の視線が、彼の背中へと存分に浴びせられた。









「悪かったな、売り物を勝手に」
「なに、いいって事さね。まーあの連中にゃ皆迷惑してたからねえ、林檎の二つや三つ、安いものさ」

 そう言って、青果売りの中年女性は快活に笑った。
 そりゃ助かる、とフラットも笑う。まあ弁償しろと言われたところでぽんと払えるだけの金(現地の通貨だ)は管理局から支給されているのだが、気にしないで良いと言われればそちらの方が遥かに気が楽だ。食べ物を粗末にしてしまった事は反省すべきだろうが。
 
「それより、一つ訊きたいんだが」
「なんだい?」
「ここ数日で――昨日か今日だと特に良いんだが――水晶で出来た髑髏を見なかったか?」
「水晶? 透明な? ああ、それなら昨日の夕方――」
「見たのか!?」

 身を乗り出して訊いてくるフラットに、女性は目を丸くしながら答える。

「昨日の夕方、町外れの古城に住み着いた連中が持っていくのを見たんだよ。あんな悪趣味なもの誰が売ったんだろうと思ってねえ、ちょっと気になってたんだよ」

 白いスーツに白い帽子、黒いマフラー……何というか、疑問符がセットで付いてくる様なファッションセンスの男だったらしい。
 マフィアらしいと言えばらしいのだが、しかしそんなベタなマフィアなんて今時居るのだろうか――そう考えたところで、この世界が地球とは違う事を思い出す。自分の常識で計ってはいけない。
 ともあれ、女性に礼を言って、フラットはその場を後にする。先の騒ぎを見ていた人達から向けられる賞賛と感謝に、失礼にならない程度の愛想笑いを返しながら、彼は市場を出て、フェイト達の待つ広場へと足を向けた。

「しかし、何だな……意外にイケるもんだな、身体強化だけでも」
【そりゃ、相手が魔法も何も使えない、一般人っスからねえ】

 バイクを乗り回していた連中は、屈強とは言わずともそこそこ体格の良い男達だった。肉体的には九歳相当の少女、それなりに鍛えてはいるが飛び抜けて人間離れしている訳でも無く、場慣れしてはいるが格闘技の嗜みがある訳でも無いフラットが素手でどうにか出来る道理は無い。にも関わらず、まるで男達がまるで相手にもならずに蹴散らされたのは、偏に魔法による身体強化が故の事である。
 ブーストアップと呼ばれる、インクリースタイプの強化魔法。ただし補助系魔法がそれほど得意でも無いフラットが行使したのだから、効果は普通の人間より少し身体能力が上がるという程度だが、それでも非魔導師である一般人相手なら充分。まして暴力の使い方・・・も分からない馬鹿餓鬼を相手となれば、この半分の効果でもお釣りが来ただろう。

「ブリッツアクションと組みあわせれば、結構使えると思うんだがな……」
【うーん。難しいところっスね。ブーストアップは底上げで、ブリッツアクションは上乗せっスから。単純に足し算する訳じゃ無いっスから、逆に半端な効果しか出ないって事も有り得るっス】

 フラット=テスタロッサの基本スタイルは、近中距離での射撃戦。なのはの様に遠くからの制圧射撃では無く、フェイトの様に高速移動による一撃離脱でも無い。敵と間合いを重ねての戦闘というのはミッド式の魔法使い“魔導師”としてかなり異端、寧ろベルカ式の魔法使い“騎士”に近い。故に、速度に限らず、身体能力の強化は必須である。“敵の攻撃を受けない位置に移動し続ける”という動作が必要不可欠であるからだ。
 『闇の書事件』が終結してからも色々と試行錯誤を繰り返しているのだが、どうにもしっくりこない。インクリースタイプの補助魔法を覚えたのはつい最近だが、お世辞にも使いこなしているとは言えそうに無い。元より、あまり適性も無いのだろう。
 さてどうしたものかとつらつら考えつつ、フラットは広場に辿り着いた。先程と同じ様に噴水の縁に腰掛けたなのはが、フラットの姿を見つけて大きく手を振る。軽く手を上げてそれに応えながら、彼は足を速めた。

「悪ィな、待たせた」
「ううん。それよりフラットちゃん、あの人達は……?」
「ママの顔が恋しくなったとさ」

 不敵な、もしくは意地悪げな笑みを浮かべて、フラットはフェイトの横に腰掛ける。と、そこに濡れたタオルが差し出された。にやりと笑うアルフの手からそれを受け取って、半ば乾きかけたケチャップとマスタードを拭き取る。完全には拭き取れないし、臭いも残る。シャワーの一つも浴びたいところだ。

「まずは宿探しだな。……二泊する羽目になるとは、思ってなかったぜ……」
「早く終わらせて戻らないと、学校始まっちゃうね」

 まあな、と気の無い感じに返事するフラット。彼にしてみれば既に義務教育はおろか高校で学ぶ程度の知識は持っているのだから、フェイトほど積極的に学校に行きたい訳では無い。無論それを口に出すとフェイトが泣くから、口が裂けても言わない(ように心掛けている)が。

「と、そうだ。さっきの話なんだけどな。どうやら、水晶髑髏が町外れの古城にあるのは間違いない様だぜ。見た奴がいるってよ」
「じゃあ決定だね。今夜にでもその城に忍び込んで、そいつを頂いてこようじゃァないか」

 話を纏める様なアルフの言葉に、なのはとフェイトが同時に頷いた。









 古城への侵入は夜を待つ事になった。こっそり忍び込んでこっそり盗んでくるのだから、昼間に侵入するのは幾らなんでもまずいだろうという、至極当然の判断の結果である。当然の判断と言うのなら、侵入するのはフェイトとフラットの二人だけ、なのはとアルフは宿で待機という分担もその通りであったが。
 魔法が殆ど使えなくなっており、完全に足手纏いのなのはを連れていく訳にはいかず、なのはより多少はマシとは言え、それはアルフもまた同様。仕方なく二人は宿に残していく事になった。

(なのはとアルフ、大丈夫かなあ……)

 大丈夫か、というのは寧ろ犯罪組織が占有する古城に忍び込む自分にこそ向けるべき言葉であったのだが、それでも親友と使い魔の心配が先に立つあたり、フェイト=テスタロッサは掛け値なしに“善い人”であると言えるだろう。あの二人は別に仲が悪い訳では無いのだから、そもそも心配する事などまったく無いのだが。

「~♪ ~♫♪」

 一方のフラットはと言えば、この通り鼻唄混じり(『ルパン三世のテーマ'97/THEME FROM LUPIN Ⅲ '97』)にフェイトの隣を歩いている。泥棒するならこのテーマが似合いだろ、と。フェイトには良く分からないこだわりだった。
 それでも城に近づき、門番の姿を視認出来る距離になる頃には、鼻唄も聞こえなくなる。
 小高い丘の上に建てられた、石造りの古城。出入口は門番が立つ門の一つだけの様だ。或いはどこかに隠された入口があるのかもしれないが、それを探している余裕も無い。
 別に、真っ当に入口から這入る必要は無いのだ。彼女達は魔導師、魔法使い。普通の人間には出来ない事が出来る存在であるのだから。
 門番に見つからない様に、こっそりと裏に回る。

「……バルディッシュ、どう?」
【周囲に生物の反応はありません、サー】

 周囲を見回し、念の為にバルディッシュで広域スキャンをかけて、完全に人が居ない事を確認する。
 フラットと目配せを交わして、二人は音も無く飛び上がった。フェイトは魔力変換資質が、フラットは攻撃魔法がまるで使えなくなっている現状だが、飛行魔法は問題無く行使出来る。地上十メートルほどの高さにある窓に取り付いて、中を覗き込んだ。
 人の姿は無い。這入るなら今だがチャンスだが、窓には鍵がかかっている。……どうする?

「フェイト、ちょっと離れてろ」

 フラットの指示に従い、フェイトは少し退がる。
 フェイトもフラットも、今はバリアジャケットを展開している。フラットのそれはごつい軍用のロングコート。その裾を窓に押し付け、上から躊躇無く窓を殴りつけた。ばしゃん、とくぐもった音と共に、窓ガラスが砕け散る。呆気にとられるフェイトを置き去りに、フラットは城内に這入りこんだ。

「ちょ、ちょっと、フラット……」
「ん? なんだ、フェイト」

 何と言うべきか暫し迷ったフェイトだったが、結局、「何でもない」と彼を咎める事はしなかった。これ以外に方法は無かったと――少なくとも、窓の外から鍵を開ける方法は――、フェイトも気付いていたから。
 ただしそれを躊躇無く行なえるというのも、どうかとは思うが。

「ふん。つい最近まで無人だったって割には、小綺麗なもんだな」

 足音を立てない様、床面すれすれを浮遊して移動しつつ、フラットが呟いた。フェイトも頷く。床に敷かれた絨毯や、壁に付けられた照明(ランプでは無く電灯だった)も、そこそこ手入れが為されている。マフィアだかギャングだかが使っているという割には、荒れた感じが殆ど無い。
 
「まず、倉庫を探さなきゃ……」
「だな。アルギュロス、城内のスキャンは出来るか?」
【城の敷地内ぐらいなら、余裕っス】

 じゃあ頼む、とフラットが応えた次の瞬間、拳銃形態でフラットの手に握られたアルギュロスのデバイス・コアが銀色の光を放射する。放たれた光はフラットを中心軸として周囲の空間を舐め回し、逆回しの様にデバイス・コアへと戻っていく。

【スキャン終了っス】
「早いね。凄いな、アルギュロス」
【お褒めに与り光栄っス、フェイトさん!】

 フェイトの賛辞に、嬉しそうにデバイス・コアを明滅させて、アルギュロスが応える。

【………………】
「ん? どうしたの、バルディッシュ?」
【何でもありません、サー・フェイト】
「ははっ。フェイトがアルギュロスを褒めたのが気に食わないんだろうさ。バルディッシュだってスキャンなんざ朝飯前だろ?」
「そうなの、バルディッシュ?」
【前者は否定、後者は肯定です、サー】
「素直じゃねえなあ」

 そう言って、フラットはからからと笑った。
 素直じゃないのはフラットも一緒だよ――そう言おうとも思ったのだが、それを言ってむくれるフラットは容易に想像出来たので、結局フェイトはくすりと笑うだけに留めた。
 
【倉庫らしい部屋は地下みたいっス】
「地下か……なんつーか、いかにもだな」
「行こう、フラット」
「ああ」

 侵入者が行動を再開する。
 スキャンによって城内の間取りや、人の配置も把握している――警備の人間に見つかる事も無く、地下へと続く階段に辿り着くまでに、そう時間も手間もかからなかった。

「この階段か……」
「不気味だね。空気も――なんか、ひんやりしてるし」

 少ない照明はぎりぎり足元を照らし出す程度の光量しか無く、刺す様な冷気に満たされた石段は酷く不気味で、それこそ奈落か冥府へと繋がる階段の様にも思える。
 廊下と違い、この階段を含めて地下は大分音が反響する。ここから先は迂闊にお喋り出来ない。まあ念話を使えば会話は出来るので、問題も無いが。ともあれ一つ頷きあってから、フェイトとフラットは階段を降り始める。
 吐息が凍りつく様に肌寒く、耳が痛くなる様な静寂の中を、二人は進む。どれほど降りていっただろうか、やがて階段の突き当たりに扉が見えてくる。見るからに頑丈そうな鉄扉。鍵がかかっているかと思いきや、拍子抜けするほどあっさりと扉は開いた。
 
「……ん。なんだ――こりゃ?」

 ぐるりと室内を見回して、フラットが呟く――三十平米ほどの部屋には予想していた様なものは何も無かった。掻き集められたという美術品の類は絵画も壷も彫刻も何一つ無く、代わりに長い木箱だけが、四囲の壁際に積み上げられている。
 倉庫というイメージに変わりは無いのだが、これでは寧ろ、武器庫とでも呼ぶのが相応しく思えた。
 
「アルギュロス。ここで間違いないんだよな?」
【はいっス。倉庫みたいに使われてる部屋は、ここぐらいしか見当たらなかったっス】

 正確には“倉庫”ならもう一つあったのだが、そちらはどうも食料庫という感じらしく、すぐ近くに厨房らしき部屋があった事からまず間違いないと、アルギュロスは付け足した。
 首を傾げながら、フラットが木箱に近づく。フェイトもその後に続いた。美術品の類はこの箱の中だろうか。焼印の捺された木箱の蓋を開けると、中にはみっしりと大鋸屑おがくずが詰め込まれている。
 無造作にその中に手を突っ込んだフラットの表情が、固まった。

「……おいおい。何でこんなもんがここにあるんだ……」

 愚痴気味に呟くフラットの顔は、微妙に引き攣っていて。
 どうしたの、とフェイトが訊く前に、ずるりとフラットが大鋸屑の中から手を引き抜く。その手には長細い棒切れの様なものが握られていた――どこか既視感をもよおす形。それが何であるかフェイトが気付くまで、少しの時間を必要とした。
 決してフェイトが鈍いという訳では無い。手に取っただけで気付けたフラットが鋭いという訳でも無い。彼女達がそれぞれに理解するまでのタイムラグ、それは多分、フェイトは此処が管理外世界である事を憶えていて、フラットは忘れていた。そこから生じたものだろう。

「……デバイス・・・・……?」
「ああ。管理局で使われてるタイプの廉価量産品だな」

 フラットが掴み出したものは、一本の杖。管理局で一般的に使われている、廉価型ストレージデバイス。
 くるりと手の中でデバイスを回転させながら、矯めつ眇めつ、フラットはそのデバイスを眺める。

「……いや、そんな上等なもんでも無いか。二束三文の安物サタデーナイトスペシャルだな。こんな強度じゃ二、三回使っただけで壊れちまう。こんなもん、何に使おうってんだ……?」


「そりゃ勿論、悪い事・・・の為だよ――お嬢さんフロイライン


 背後からかけられた声は、まったくの不意打ちで。
 咄嗟にその場を飛び退いたフェイトとフラットだったが、しかしその挙動は自分達が致命的な隙を晒していたと暗に認める行為でもあった。跳躍と着地の間に生じた刹那、そこに攻撃を仕掛けてこなかったのは、果たして彼等・・の慈悲だったか。或いは、獲物を甚振って楽しむ猫の如き嗜虐であったのかもしれない。
 昼間、フラットが市場で聞いたという話では、水晶髑髏を持ち去った男は白いスーツに白い帽子、黒いマフラーという出で立ちであったらしい。今、フェイト達の目の前に居る、彼女達が這入ってきた入口に佇んでいる男もまた、その通りの服装だった――ただ、フラットの話と違っているのは、それが“男”では無く“男達”と、複数形で語られる点であるが。
 一人は、すらりと背の高い――190cm以上はあるだろう――痩躯の男。フェイト達に声をかけたのはこの男だろう、にやついた笑みを浮かべながら、細い眼の奥で二人の姿を捉えている。
 もう一人は然程背は高くない、しかし隣の男と比べて明らかに筋肉の付き具合が違う。スーツの上からでも見て取れるほどの筋肉質。こちらはフェイト達を見てはいないが――壁に凭れて俯いている――、発する殺気が彼女達の挙動を窺っている事は明らか。
 フェイトがバルディッシュを構える。フラットがアルギュロスを構える。構えたところで何が出来る訳でも無い、フェイトは魔力変換資質を失った事で攻撃魔法全般の威力が低下しているし、フラットは攻撃魔法がそもそも使えなくなっている。だからそれは威嚇以上の意味は無いのだが、長身の男はまるで怯む事無く「ふむん?」とわざとらしく首を傾げてみせた。

「魔導師、か。管理局の人間かな? やれやれ困ったものだ、これでは我々のビジネスが台無しではないか――なあ、ヴェイニィ?」
「………………」

 長身の男はそう仲間に話しかけるも、ヴェイニィと呼ばれた男はだんまりを決め込んでいる。そのつれない反応に軽く肩を竦め、彼は再び、フェイト達へと向き直った。

「さて、お嬢さん達。お名前を訊いても宜しいかな?」
「人に名前を訊く時は、まず自分から名乗るもんだぜ――お兄さんよ」
「それは確かに。では名乗ろう。私はキース=ウィタリィ。こっちの男が、ヴェイニィ=ユキーデだ」

 名乗られてしまえば、こちらも名乗らない訳にはいかない。フェイトは渋々ながら、フラットは傲岸に、己の名を名乗った。
 それを受けて、にぃい、と長身の男――キースは口の端を吊り上げる。生理的嫌悪をもよおす様な、気色の悪い笑い方。首筋を舐め回される様な怖気に、バルディッシュを持つ手に力が篭もる。

「いい名前だ。素敵な名前だ。素晴らしい名前だ。名前が素敵な人間は見た目もラブリーというのが私の持論で――」
「あ――貴方達は」

 うん? と口上を遮られたキースがやや不満気に聞き返す。
 何か不穏な発言(ラブリーとか何とか)も聞こえたので、その意味からしても、それは正解だった。

「貴方達は一体、此処で何を……?」
「言ったと思うがね。ビジネスだよ、金髪のお嬢さん。我々は此処で商売をしている」
「これが何だか、分かって言ってるのか?」
「無論だ、銀髪のお嬢さん。デバイスだろう? 魔導師が魔法を行使する際に使う補助機械。と言ってもそれはほぼ使い捨ての安物だがね。何か間違っているところがあるかな?」
「そ――そこまで知ってるなら!」

 思わず、声を荒げてしまう。
 管理外世界に対しては不干渉が原則だ。管理外世界、観測指定世界への魔導技術の漏洩は管理局法で固く禁じられている。管理局の人間でも無く、また許可も無しにデバイスを持ち込むなど、明らかに犯罪行為だ。
 許可が降りているのなら問題は無い。だが許可申請は結構厳しく、一人が持ち込めるデバイスの数も限られている。まして、こんな粗悪品の持ち込みが、認められる筈が無い。

「無駄だ、フェイト」
「フラット……」
「こいつらも言っていただろう。悪い事の為に使う――ってな。確信犯だよ、こいつら」
「聡明だね、銀髪のお嬢さん。その通り確信犯だよ。我等は無頼マフィア、自己認識の塊でなければ悪事など働けんよ」
「はっ。驚いたな、この世界のマフィアは随分と手広くやってるみたいじゃねえか……こんなもん、何処の誰に売りつけようってんだ?」

 デバイスが入った木箱を足で小突きながら言うフラットに、ああ、違う違うとキースは顔の前で手を振ってみせる。

「訂正が二つ。まず一つ。これは我々が売るものでは無く、買ったものだ」
「安物買いの銭失いってやつだな。もう少し目が効く人間を連れてきた方が良いぜ? ……で、もう一つは?」
「二つ目。我々はこの世界の・・・・・マフィアでは無い」
 
 それは驚くには値しない事。デバイスを扱っている以上、別の次元世界との繋がりがあると考えるのは自然だし、ならば別世界から入り込んだ連中と考えるのも、また自然。
 だが、続くキースの一言は――フェイトとフラットを驚愕させるには、充分過ぎるものだった。

「我々は次元間魔導組織体連合――ああ、<トライアッズ>と言えば、通りが良いかな?」

 時空管理局が次元世界の治安維持を謳い、担っている組織である事は、今更述べるまでも無い。だがどの世界、どの国、どの様な社会においてもそこに表と裏がある以上、マクロなレベル――即ち次元世界においてもまた、そこに裏がある。言ってしまえば、管理局が支配しているのはあくまで表側、社会の表層に過ぎないのだ。
 絶えぬ犯罪、横行する悪意。暴力と恫喝が咲かせる悪徳の華。それらを司るものの存在は、フェイト達も知らされている。――ただ純粋に、脅威として。
 次元世界の裏側を割拠する三大勢力・・・・。キースが口にした名前はその内の一つとして知れ渡っている。
 “組合ギルド”――魔導傭兵部隊イゼルティカ幻夢師団。
 “宗教カルト”――怪魔教団ゴルゴニオ・ガーデン。
 そして、“組織マフィア”――次元間魔導組織体連合トライアッズ。
 魔導組織体連合の名の通り、五十からなる犯罪組織の集合体であるそれは、数多くの次元犯罪者や違法魔導師を抱え、時空管理局でも迂闊に手が出せない規模と勢力を誇る広域次元犯罪組織として存在している。ミッドチルダのみならず、幾多の次元世界で摘発される次元犯罪者の七割が、何らかの形でトライアッズと関わっていると目される。
 フェイト達がその名を耳にした事も、一度や二度では無い。だがそこに属する人間を目の当たりにするのは、これが初めてだった。
 
「トライアッズ……!」
「随分べらべらと喋るな。口が軽い男は嫌われるぜ?」
「なに、ちょっとしたサービス精神というやつだよ、お嬢さん」

 そう言って。
 キースが懐から取り出したのは、一枚の円盤。円盤と言っても5cmほどの厚みがある、見た目は小さなタイヤと言った感じだ。中心部には宝石が填め込まれており、デバイス・コアであると見て取れる。
 恐らくこの円盤が、キース=ウィタリィの得物。フェイトのバルディッシュ、フラットのアルギュロスと同様に、彼が命を託す相棒なのだと、瞬時に理解した。

「誰に殺されたか・・・・・ぐらい知っておきたいだろうという、私なりの配慮だ」
「……上等だ」

 フラットの不敵な笑み。だがそれも、今は虚勢に過ぎず。
 そして――

「……………………」

 キースの後ろで事の成り行きをただ見ていたヴェイニィが、ゆっくりと、凭れていた壁から身体を離す。それだけ、ただそれだけの動作で、内臓を掴み出される様な、背骨に氷柱を詰め込まれる様な感覚を、フェイトは覚えていた。
 この男は――危険だ。
 無言のうちに発する殺意が、フェイトの体躯を竦ませる。肌が粟立ち、全身が総毛立つ。ここまでの殺意を向けられた事が今までにあったか。……否。『P・T事件』の時も『闇の書事件』の時も、彼女の前に立ち塞がる敵は確かに居たものの、殺気を纏ってはいたものの、それは『死んでも構わない』というだけの事であって、『殺してやる』という積極的な感情では無かった。
 目の前のこの男達の様に、それを叩きつけてはこなかった。

「…………でも」

 だからこそ、負けられない。
 バルディッシュを、強く、握り締める。
 恐怖を、押し殺す様に。









 なのは達が訪れたその町は、別段、観光に力を入れている訳では無い。町の主要産業がどんなものかは知る由も無いし、別段寂れている訳でも無いが、観光の目玉になる様な歴史的遺産やら建築物やらが無い事は一見しただけで理解出来る。精々がフラット達が忍びこんだ町外れの古城だが、それも観光客を呼ぶにはやや弱い。
 そんな訳で、町の宿泊施設はどれも規模が小さく、サービスの面でも大した事は無い(あくまで地球の、なのはが行った事のある宿と比べてであるが)。その日なのは達が泊まった宿もそれ程高級という訳では無い、寧ろ木賃宿一歩手前の宿屋だった。
 
「フェイトちゃん達、大丈夫かなあ……」

 ほぼ同じ頃、フェイトもまた同じ様な事を考えているとは露知らず――この少女達、本質的に似た者同士という事だろう――、建て付けの悪い窓から空をぼんやり眺めつつ、なのはは呟く。
 風に吹き散らされたか運ばれたか、空を覆っていた雲はその殆どが掻き消え、僅かな群雲が千切れ飛んでいるのみ。月明りと星灯りが夜空を煌々と照らし出していて、どこか幻想的な光景を作り出している。
 こんな夜に飛ぶと風が気持ち良いのだ。しかし今のなのはに、それは叶わない。浮く事は出来ても飛ぶ事は出来ず、狙う事は出来ても撃つ事は出来ない、今の高町なのはには。
 一年前の自分を考えれば、それほど深く考える必要は無い。元々魔法とは無縁の世界に生きていたのだから、飛べないのも撃てないのも当然だ。しかし一度その魅力を知ってしまった以上、欲求不満は確かに彼女の中に溜まっている。禁煙や禁酒と同種の欲求不満。同じ様な悩みをフラットもまた抱えていたが、フラットとなのはが決定的に違う点は、なのはにはそのストレスを余所で発散させるという発想が無かった事だろうか。
 
「 う~……」
【マスター。もうしばらくご辛抱を。きっとまた、飛べる時が来ます】

 ちかちかと瞬きながら、相棒が慰めとも励ましとも取れる言葉を向けてくる。
 水晶髑髏に接触した事で、フェイトもフラットも、アルフも皆が何らかの魔法技能を失っているが、なのはのそれは特に酷い。魔法はおろか、デバイスの展開すら出来ない有様だ。『P・T事件』以降、毎日の鍛錬によってデバイス無しでもそこそこ魔法が使える様にはなっていたが、それすらも使えなくなっている。戦力にならないどころかはっきりと足手纏い、フラット達がなのはを置いていったのも、無理からぬ事。
 仕方が無いと解ってはいるのだが、やはり凹む。本人が思っている以上に外から見ればそれは露骨なのだろう、レイジングハートが黙っていられない程に。

「うん。ありがとう、レイジングハート」
【いえ】

 礼の言葉と共に向けた微笑みは、どこか苦笑染みていた。
 と、ぎしぎしと床板の鳴る音が聞こえてくる。足音である事はすぐに気付いたし、それがアルフのものであると気付いたのは、彼女が扉を開いて顔を出すよりも何秒か早い。

「お帰りなさい、アルフさん」
「たっだいまぁ。良い子にしてたかい、なのは?」
「子供じゃないですよう」

 あはは、と笑いながら、アルフは抱えていた紙袋を降ろした。台風が来れば土台から吹っ飛んでいきそうなおんぼろ安宿、食堂だのルームサービスだのがついている筈も無い。夕食は自分達で用意しなければならず、アルフが買出し役を買って出る(微妙に訳の分からない言葉になった)のは、別段不自然な事でも無い。
 なのはとアルフという組み合わせは珍しい――いや、なのはが憶えている限り、アルフと二人で行動する事など今までに無かった。アルフはフェイトの使い魔であり、なのはがアルフと行動を共にする時は、そこにフェイト、もしくはフラットが必ず居た。
 最初に会った時なんかは、良い印象など欠片も無かったのに。世の中何がどうなるかわからない……まあ、なのはにしてみれば、アルフにしろフェイトにしろ、勿論フラットにしろ、仲良く出来る事がそれだけで嬉しいのだが。

「ここじゃ台所も無いからねえ。とりあえず、適当に色々と買ってきたけど……なのはは、どれが良いんだい?」

 紙袋の中身をばさばさとベッドの上にぶちまけて、アルフがそう訊いてくる。スナック菓子やらレトルト食品やら、どこかで見た様でいてどこか違う食料品。
 昼間食べたホットドッグもそうだが、ボロブドゥルの食文化はそれほど地球とかけ離れている訳では無いらしい。クロノから聞いた話では、管理局の地上部隊本部がある世界では日本食(もどき)がブームだと言うし、ある程度どこの世界も似通ってくるのかもしれない。
 うーん、と食品を見回していると、不意に階下で、そして窓の外で物音が聞こえた。階下から聞こえてきたのはかなり派手な、木製テーブルか椅子が壊れる様な音。いや、壊される、と言うべきか。鉄パイプとか金属バットとかで力一杯ぶん殴って粉砕した、そんな感じの破滅的な音だった。
 そして窓の外からは耳を劈く様な爆音。まるでバイクの排気音の様な、耳障りの悪い音がガラス越しに部屋へと飛び込んでくる。

「なんだい、騒がしいね」

 ぼやきながら、アルフが扉を開けて部屋を出ていく。
 なのはが居るこの部屋は二階の端だ、一階に降りる事の出来る階段からは最も遠い位置にある。扉を開け放したままだったのが幸いしたか災いしたか、その辺はなのはには判別がつかなかったが、とにかく階段のところまで歩いていき、階下を覗き込んでぴたりと動きを止め、そして一瞬後に駆け戻ってくるアルフのその一連の動きを余すところなく目にする事は出来た。
 ばん、と乱暴に扉が閉められる。気休め程度の防犯能力しか無いと知れる鍵をかけて、アルフは苦い顔で頭を掻いた。

「……あー……ちょいと、困った事になったねぇ」
「どうしたんですか、アルフさん?」
「一階のエントランスにガラの悪い連中が押しかけてるんだよ。昼間フラットがぶちのめした連中かねえ……お礼参りとは、思ったよか根性ある連中じゃァないか」

 アルフの声音には余裕があるものの、それが正直場違いである事は、彼女も解っているだろう。彼女一人ならこの場を切り抜ける事は容易いだろうが、しかしなのはを護りながらとなればその限りでは無い。否、はっきり言ってしまえば、足手纏いを連れた状態では非常に厳しい状況である。
 階下からは先程のものと似た様な破壊音と、加えて怒鳴り声が聞こえてくる。あの銀髪のガキは何処だ、この宿に入ったのを見た奴がいるんだよ――と、何とも分かり易い言葉が、何よりも端的に状況を説明していた。

「…………!」
「ちょ、ちょっと、どこ行くんだい、なのは!?」
【マスター、危険です】

 決然とした表情で部屋を出ようとしたなのはを、アルフが、レイジングハートが押し留める。
 
「フラットちゃんは居ないって、説明してくるんです。宿屋ここの人達に迷惑がかかるから――」

 例え相手が誰であろうと、言うべき時は言うし、言うべき事ははっきりと言う。それが高町なのはの性格パーソナル。魔法が使えようが使えまいが、そこだけは変わらない。元より魔法などついこの間手に入れたばかりの技能、彼女の本質に影響を及ぼすには至らない。寧ろ、その本質をより端的に外に出す為にしか役立ってないとすら言える。
 しかし――

「甘い、甘いよなのは。あの手の連中ってのはサ、お話して分かってくれる様な人格してないんだって」
「なら、分かってくれるまでお話します」

 これが普段のなのはなら、アルフも別に止めようとはしなかっただろう。彼女がなのはと初めて会った時、なのはは既に魔法使いであったのだから。だからこそ、今の“魔法を使えない”状態を、なのはが思っているよりも深刻に考えている。魔法があるからこその蛮勇を、魔法が無い今でも貫こうとしていると、そう見えているのだろう。それはまったくの誤解であり、なのはにしてみれば心外でもあったが、しかし実際のところ、アルフの方がより現実を見ている事は確かだった。
 と、こつこつという硬い音が背後から、つまり窓の方から聞こえた。振り向いてみれば、窓の外に広がる夜闇が一部白く切り取られている。窓のすぐ近くに何か白いものがいると気付くまでに二秒ほどの時間を要し、そしてそれが何なのかに気付くまでに、もう二秒。

「……杏露シンルゥ、ちゃん?」

 疑問符混じりに名を呼ばれた白鴉が、くぁと一つ小さく鳴いた。









 先手を取ったのは、フラットとフェイトの二人だった。
 フラットはブリッツアクションを、フェイトはソニックムーブをそれぞれ発動。ヴェイニィ=ユキーデとキース=ウィタリィが居る方向へと向かって突貫する。
 敵に向かってでは無い。敵の居る方向に、だ。その違いに敵が気付いたのは、フラットとフェイトが全速力で敵の横をすり抜けた、その瞬間。擦れ違い様に一撃を加える事も無い、男達の背後にある階段へと飛び込んだそれは最早単なる逃走行為。
 戦意剥き出しの顔で突っ込んでくる少女達が、その表情のままに逃げ出すなど、誰が思うだろう。フラットのその読みは、見事なまでに成功した。

「急げ、フェイト!」
「うん!」

 超高速で螺旋階段を駆け上がり、城の廊下へと飛び出す。今の状況では戦えない。町のチンピラを叩きのめす事は出来ても、魔導師、それも頗る付きに腕っこきと一見しただけで知れる様な奴を、今のコンディションで相手に出来る筈が無い。加えて挙動の限られる狭い地下空間。これだけマイナスの要因を揃えて、それでも尚真っ向から戦おうなどと考える様な阿呆では、フラットは無かった。
 少なくとも、あの狭い地下室で戦う愚は避けなければならない。そう考えての判断だったのだが、その“少なくとも”のレンジをもう少し広く取っておくべきだったと、もう少し欲張っても良かったと、フラットは舌打ちする。――廊下に出た瞬間に彼等を襲った、立っていられないほどの振動衝撃の中で。

「くっ……!」

 フェイトの腕を掴み、強化された身体能力に任せて、思い切りその矮躯を放り投げる。その反動で自分も後ろに跳び、次の瞬間、一瞬前まで自分が立っていた床が、火口に詰め物をされた活火山の様に吹っ飛んだ。
 猛烈な爆風と粉塵に絡め取られ、微細な破片に肌を小突かれながら、フラットはごろごろと床を転がった。フェイトは無事だろうか。念話で安否を確認しようと思ったその時、立ち籠める粉塵が、不意の強風に吹き散らされた。戻ってきた視界には床に穿たれた大穴と、そこからゆっくりと上がってくる二人の人影。デバイスの展開状態と思しき二メートル弱の棒、いや棍か、それを肩に担いだキースの姿と、傲然と腕組みをしたヴェイニィの姿を捉えている。

「ヴェイニィ。銀髪のお嬢さんは任せる。私は金髪のお嬢さんを頂こう」
「…………」

 単に無口キャラなのか、それとも喋れない理由があるのかは定かでは無いが、ヴェイニィは返事をせず、フラットへと一歩踏み出す。

「……アルギュロス。ブレードの形成は?」
【何とかイケるっス。けど、強度が常時の半分程度にまで落ち込んでるっスよ】
「無いよりマシだな。頼む」

 了解っス、とアルギュロスが応えるとほぼ同時、銃口下部に銃剣の如く光刃が展開される。碌な魔法が使えない今、これだけがフラットの使える攻撃魔法。敵が発する圧壊しそうなプレッシャーに抗するにはあまりに心許ない、しかしそれでも、これ以上に頼りになるものは無い。
 ばさり、とヴェイニィが上着を脱ぎ捨てた。白いベストと黒のワイシャツ、フォーマルな格好ではあるが、それ故にバリアジャケットには見えない。尤もこれは、バリアジャケットは大概エキセントリックなデザインをしているもの(地味な量産品のデバイスでも、バリアジャケットは身体各所に装甲が装備される)というフラットの偏見が入っているが。
 じりじりとヴェイニィが間合いを詰める。腕を胸の高さに掲げるその構えは、空手というよりはマーシャル・アーツを思わせる。武器の類は持っていない、恐らくはアルフやザフィーラと同種の、徒手空拳の近接戦闘型。飛び道具が使えない今のフラットには相性が悪すぎる相手だ。
 喧嘩の極意は先手必勝、常に先手を取る事で戦闘のイニシアチブを握る。今の様に本来の力が出せない時には尚更だ。ヴェイニィが一歩踏み出したその瞬間、フラットは一気に敵へと躍りかかった。非殺傷設定と言えども、急所に叩き込めば一撃で意識を刈り取る事も出来る。
 至極当然のその判断。だが今回に限り、それは最悪の悪手として機能する。

「……がっ……!?」

 仕掛けた瞬間、まるで狙い澄ましたかの様な足刀蹴りがフラットの腹部に突き刺さった。見本の様に綺麗なカウンター、飛び掛った時に倍する速度で、フラットの身体が宙を舞う。咄嗟に猫の様に四肢を駆動させ、床に着地する事には成功するものの、ダメージを刻み込まれた身体は再起動に数秒の時間を要する。だが追撃をかけてくるヴェイニィの姿を捉えれば、その場所に留まる事すら出来ぬと知れた。
 打ち降ろされる右拳。脚の代わりに両手で床を叩き、その場を飛び退く。高級そうな絨毯が敷かれた床に拳は一直線に突っ込んで、


 爆発を、引き起こした。


「がぁっ――!」

 爆風に弾かれ、フラットの身体は再び宙を舞う。しかし今度は着地点に魔法陣を展開、上手く衝撃を殺して着地する事に成功した。
 ――何だ、今の。
 内臓の中でぐるぐる回る鈍痛に顔を顰めながら、フラットは思考の一部で今の爆発を考察する。
 魔法において“爆発する”という現象は、魔法術式に綻びが生じる、或いは崩壊する事によって圧縮された魔力が漏れだし、周囲の空間に存在する気体と反応して発生する熱膨張であると説明出来る。砲撃魔法などで爆発が起こるのはこれが理由だ。この場合、爆発の規模は術式内の魔力量に比例する。だがヴェイニィの一撃が発生させた爆発は、フラットが感知していた魔力量からは想像も出来ない規模だった。
 魔法が爆発するのではなく、爆発の為の魔法と判断するのが正解だろう。なのはが使う魔法、バリアバーストなどにも見られる様に、それ専用に術式を組む事で、小魔力で大威力を実現する。魔法術式を意図的に崩壊させて爆発させるより、遥かに効率的だ。そんな魔法がある事には別に驚かない。ただしそれを攻撃に、しかも近接戦闘型の魔導師が行使するという事が、純粋に驚きだった。
 もうもうと噴き上がる黒煙、ちろちろと飛び散る火の粉。それを割って、ヴェイニィが姿を現す――爆心に居ながら、白を基調とした服に焼け焦げや煤がついていないあたり、やはりあの服はバリアジャケットだったらしい。
 
「っく、ごほっ……! ああくそ、さっきのはもろに入ったな……」
【ど、どーするっスか、ご主人!?】
「心配すんな、アルギュロス。一つだけ策がある」
【策っスか?】
「ああ。とっておきのやつだ――」

 そう言って。
 くるりとフラットは180°ターン、ヴェイニィに完全に背を向ける。

「――逃げるんだよ・・・・・・っ!」
【ご主人、波紋使いだったっスか!?】

 勿論、この城から逃げ出す訳では無い。向こうではフェイトが戦っている、彼女を見捨てて逃げ出すなど、フラット=テスタロッサの選択肢には存在しない。あくまで戦術的撤退だ。――明確な戦術に基づいた行動では無かったけれど。
 廊下の突き当たりにあった扉を蹴破って、中に飛び込む。食堂か大広間として使われている部屋なのだろう、結構な広さがある。部屋の中央に置かれた長机には純白のテーブルクロスがかけられ、その上にいかにも高級品といった風情の燭台が置かれている。その他、椅子や調度の類もセレブ御用達と言わんばかりのデザインをしていたが、生憎とフラットは筋金入りの庶民であったし、例えそうでなかったとしても、今この状況において家具の値段を気にする余裕は無かった。
 扉を閉め、机や椅子を積み上げてバリケードを作る。あの男の爆撃拳を前にしては障子紙程度の気休めにもならないだろうが、それでも無いよりはマシだ。

【ご、ご主人!】
「なんだ!」
【あれ、あれ!】

 アルギュロスの素っ頓狂な声に、フラットは振り向く。部屋の端、扉の丁度真向かいに、暖炉があった。季節柄さすがに火は入っていないが、そんな事はどうでも良い。どうでも良くないのはその暖炉の上に置かれたモノ。飾っていると言うには飾り気に欠け、置いていると言うには装飾が過ぎる、そんな微妙な配置が為された代物。

「す――水晶髑髏!」

 地下室でヴェイニィ達と遭遇してからこの瞬間まで、フラットは完璧に忘れ去っていた。思考の優先順位から滑り落ちていた。視界の中に入っていたにも関わらず、アルギュロスに言われるまで気付かなかったのは、つまりそれが理由。
 ご都合主義万歳だ、フラットが暖炉に向けて走り出したその瞬間。これで魔法が使える様になると、表層意識が希望と期待に占有されたその瞬間――それを待っていたかの様な絶妙のタイミングで、フラットの背後で大広間の扉が爆発、バリケードが根こそぎに吹っ飛んだ。

「ごぁっ!」

 必然、至近距離に居たフラットもそれに巻き込まれ、椅子や机の破片と共に吹っ飛ばされる。黒煙の向こう側に見える人影。急がず逸らず、足音を響かせながら、ヴェイニィ=ユキーデが大広間に姿を現す。
 椅子と机、その他諸々の破片に埋もれたフラットの姿を確認した後のヴェイニィは機敏だった。だん、と床を蹴って跳躍、空中で一回転すると、そこから何らかの推力を得て急降下。躱せない速度で無かったのは幸いだった、フラットは横っ飛びにその場を離れ、ヴェイニィの蹴撃は床へと落着する――そして予想通り、大爆発を引き起こした。

【――ご主人!】
「ああ――見たぜ」

 転がりながらも体勢を立て直し、フラットはヴェイニィを睨みつける。ライダーキックよろしくのあの蹴撃。回避行動に移るその直前、敵の靴の裏に展開された魔法陣を、フラットの目は捉えていた。
 三つの円をそれぞれ頂点とする、三角形の魔法陣。つい最近まで散々やりあってきた相手のものと酷似した形状のそれを、フラットが忘れる筈も無い。

「ベルカ式……!」
【多分、シグナムさん達の古代ベルカ式じゃなくて、近代の方っス】
「って事は、教会関係者か……騎士団崩れかよ」

 あれで聖職者か、とフラットは吐き捨てる。聖王教会が保有する戦力、教会騎士団の団員が聖職者と言って良いかどうかは、微妙なところだろうが。もしそうだとしても“元”がつく。
 以前、騎士団の名を知った時――確か、『闇の書事件』の最中だったか――、機会があればやり合ってみたいと思っていたのだが……こんなところでそれが叶うとは、思っていなかった。
 予想外ではあるが、嬉しくも無い。

「近接戦闘のエキスパート――くそ、ますます勝ち目ねぇな!」

 気を吐いた瞬間、ヴェイニィが動く。高速戦魔導師であるフェイトの動きを電光石火とするなら、ヴェイニィのそれは進路上の全てを薙ぎ倒す暴風だった。決して巨漢とは言えないその体躯が数字スペック以上に大きく見える、何処に逃げても圧し潰されると錯覚する程に。
 唸る拳はそのもの爆撃。身長差によって上方から打ち降ろされれば、最早空爆としか表現出来ない。爆発の衝撃波に嬲られ、爆炎に炙られ、しかしそれでも、フラットは逃げ回る。
 回避行動を、取り続ける。
 突き出される拳は腕を払って逸らし、弧を描いて迫る蹴撃はその場に這い蹲る事で躱す。
 無論、回避される度に爆発はあらぬところで発生し、大広間を破壊していく。衝撃が壁と言わず天井と言わず罅割れを生じさせ、古城そのものが崩壊しそうに軋む。今も、天井から吊られたシャンデリアが落下し、ガラスが盛大に割れ砕ける音が大広間に響いた。
 対人用、つまりフラットを砕くのに充分な程度にまで抑えられている爆発だからこそ、この程度の被害で済んでいるのだが――それでも、この惨状。しかもそれは現在進行形で、今もまた、フラットの眼前で爆発が起こった。

「くそったれ、ダイナマンのオープニングじゃあるまいし、ばかすか爆発させやがって……!」
【1983年放映、『科学戦隊ダイナマン』っスね!?】
「確認すんな! なんか恥ずかしいから!」

 シリーズ中でも最高の火薬量、とにかく爆発にこだわった作品――いや、解説してる場合では無いのだが。
 徹底的に回避行動を取り続けるフラットに、ヴェイニィは苛立った様子も見せない。焦れて大振りになったところにカウンターを叩きこんでやろうという目論みもあったのだが、それも見透かされているのか、ヴェイニィはまるで隙を見せない。
 ――強い。拳が掠めていく度に、蹴撃が寸前を通り過ぎていく度に、爆圧に弾き飛ばされる度に、フラットは敵戦力評価の上方修正を余儀なくされる。ベストコンディションの自分でも勝てるかどうか。シグナムやヴィータといったベルカの騎士と比してもまるで遜色無い実力。ハンデを課せられた今の自分に、対抗出来る道理は無い。
 だが構わない。力対力のパワーゲームでどうにかしようなどと、フラットは最初から考えてはいない。ペテンでもトリックでも構わない、フラット=テスタロッサがヴェイニィ=ユキーデに勝利したと、その事実だけがあれば良い。

「――ここだっ!」

 ヴェイニィの右拳が空を切る。この男の拳は何かに接触する事で爆発を引き起こす、髪一本であっても触れる訳にはいかない。故に多少なり大きなモーションにはなったものの、それでも敵の懐に飛び込む事には成功した。リーチの差は時にフラットの不利となるが、時にこうして懐へと飛び込む時間を提供する。
 アルギュロスのブレードを心臓に向け、突き出す。非殺傷設定と言えど、急所に一撃を貰った肉体は“自分は死んだ”と錯誤を起こす。端的に言えば気絶する。今のフラットに出来る最善手、しかしそれも、迎撃として繰り出された左拳に阻まれた。

「っ、の!」

 足を踏ん張り、突進の勢いを殺す――鼻先を掠めていく左アッパー。右の拳は既に引き戻されている、次の攻撃に移行するまで寸刻もかかるまい。つまりこれで、フラットが飛び込んだのは全くの無駄となった。
 それで良い。そうなる様に仕組んだのだから。にやりと笑みを浮かべるフラットに、果たしてヴェイニィは気付いていたか。
 ぐい、と思い切り、フラットが腕を引きこむ。その手から伸びる光の紐バインド。起動するまでは完全に不可視、だからこそヴェイニィは感知出来ない。光紐がヴェイニィの背後にある椅子、その脚に括りつけられている事にも、気付かない。
 ばがんっ! と派手な音が響き、ヴェイニィの後頭部を直撃した椅子が木っ端微塵に砕け散る。バリアジャケットの強度は意識が向く方向ほど高い。つまり予想外の方向からの攻撃に対しては、無防備とは言わずとも、脆いのだ。
 脳震盪を起こしたか、倒れ込むヴェイニィの拳が床に接触し、魔法が暴発した。

「はっ! ザマ見やがれ!」
【さすがご主人! セコい戦い方させたら天下一品っス!】
「自分で言うならともかく、他人に言われると微妙に腹立つな……!」

 言いながら、じり、と少しフラットは横にずれる。もう少し右か、ちらりと後ろを向いた瞬間、黒煙の中からヴェイニィが飛び出してきた。
 魔法障壁を四重に展開。かつてヴィータの鉄槌をも防いだ障壁、これで充分に押し留められる。そう考え、そして実際、一枚目の障壁によって拳は止まったのだが、しかし止まったのはあくまで拳だけ。爆発は一瞬にして四枚の障壁を破壊し、フラットの身体はその衝撃に吹き飛ばされる。
 だが。

「――にや」

 かかった・・・・
 これが――経路。
 フラットが吹っ飛ばされる先、そこにあるのは大きな暖炉。爆発の直撃を受けていないお陰か、未だ原型を留めているそれに向かって、狙い通りに、フラットの身体は吹っ飛んでいく。
 言うまでも無く、フラットの狙いは暖炉では無い。その上に載っているモノにこそ用がある。
 空中で体勢を立て直し、ヤモリの様な姿勢で壁に張り付く。身体が重力の縛りを思い出すその寸前に、フラットは暖炉の上に飾られていた水晶髑髏を手に取った。これで欠落した記憶を取り戻せる、これで魔法も取り戻せる――

「――って、どうやって使うんだ、これ!?」

 使い方が分からない!
 まずい、ヴェイニィが追撃をかけてくる――焦りを含んだ表情のまま顔を上げた瞬間、水晶髑髏が光を放った。
 視界を灼く白色の閃光。それは昨日、フラットの記憶を奪った時とまったく同じに。
 白光が空間を埋め尽くし、フラットの意識をも真っ白に染め上げる。時間と空間の感覚が消え失せたその状態は、しかし不意に終わりを告げた。弾ける様に霧散した白光の後には何の変化も無く、呆気に取られた表情のヴェイニィ――フラットもまた、同じ様な表情だった――が、佇んでいるのみ。
 いや。
 変化はあった。ただこの部屋に鏡が無いが為に、気付くのが遅れたというだけで。
 
「……あ?」

 からん、と乾いた音が響いたのと、右手から重量が抜けた事に気付いたのとでは、どちらが先だったか。
 驚いて右手に視線を落とせば、握っていた筈の大型拳銃はそこに無く、更に視線を足元へと移動させれば、弾頭が緑色の宝石となった銃弾がそこに転がっている。言うまでも無くアルギュロスの待機形態。だがこれも言うまでも無い事だが、フラットはアルギュロスの展開状態を解除していない。敵の目の前で武装解除など、有り得ない。

【ご、ご主人! 服、服!】
「服って……あぁっ!?」

 フラットのバリアジャケットは、アンダーシャツとスパッツ、白いベスト、編み上げのブーツにごつい軍用のロングコートといったデザインである。ズボンの類が無い事を常々不満に思っているのだが、フェイトやなのはが素敵だの可愛いだのと喜んでいるので、変えると言い出せないのが現状だ。
 ただそれでも、ロングコートは結構気に入っている。実用性から発する機能美と言うのか、飾り気が無いのが却ってフラットのツボを直撃である。
 が。
 今のフラットが纏っている衣服に――ロングコートの姿は無い。ついでに言うならベストも無い。
 ノースリーブのシャツとスパッツ、それに編み上げのブーツ。それだけである。
 
「なんだこりゃあっ!?」
【不明っス! あの光のせいだと――】

 そうだ、考えるまでも無い。同じミス・・・・を犯したのだとフラットは一瞬で理解する。いや、今度は更に酷い、バリアジャケットも半端にしか展開出来ず、デバイスに至っては起動すら出来ない。戦力激減どころの話では無い、しかも今の自分は眼前に敵を置いているのだ。危険という言葉では追いつかない、地雷の上でタップを踏んでいるよりも尚、それは致命的。
 そして、その好機を逃してくれる様な生温い相手では、ヴェイニィは無い――フラットが狼狽したその隙を衝き、爆発を生み出す拳を振りかぶって、突き出した。
 咄嗟にシールドを展開。止められる筈が無い、頭のどこかでそう考えたのが拙かったか、予想通りに障壁は破られ、爆発がフラットの身体を吹き飛ばす。拍子に水晶髑髏が手の中から零れ落ちて転がっていく。
 バリアジャケットの機能自体が落ちた訳では無いのだろう、シャツとスパッツはところどころ裂けてはいたが、その下の肉体に然程外傷は無い。ただし爆発の衝撃はジャケットを抜いて骨と筋肉を軋ませている。
 ぐぁ、と呻き声一つ漏らして、フラットは床に大の字に転がった。
 
「が、ごほっ……」

 内臓がやられたか、吐息に鉄錆の味が混じる。
 ヴェイニィはゆっくりと近づいてくる。それがフラットに対する警戒なのか、それとも絶望を引き伸ばそうとしているのかは定かでは無いが。
 まずい。
 動け、動け。
 立ち上がって敵と向かい合え、拳を握り抵抗しろ。――フラットの戦意に、しかし肉体は要求される挙動を行なえない。
 ただ、結果から言えば。一秒ほどの時間が過ぎ去った後から言えば。
 この時点で立ち上がれなかった事は、フラットにとって幸いだったのだ。

「!?」

 突如、ヴェイニィが両腕を交差させて防御の姿勢を取る。次瞬、フラットの右手側の壁から次々と魔法弾が吐き出された。いや、それは壁が放っている訳では無い、壁の向こうに居る何者かが壁越しに魔法弾を撃ち放っているのだ。
 連続して放たれるそれはまるで機銃掃射、弾丸同士の感覚は3cmと離れていないだろう。高密度の弾幕にヴェイニィの身体が押し出され、反対側の壁に貼り付けられる。スポンジの拡大画像が如くに穴だらけとなった壁が崩れ落ち、その向こうに二つ、小さな人影が見えた。

「なのは――杏露……!?」

 人影の片方がフラットへ駆け寄ってくる。その白いシルエットは確かに、高町なのはのもの。

「フラットちゃん!」
「なのは……なんで、此処に……」

 駆け寄ってくるなのはに、ヴェイニィが反応した――しかし迫る魔力弾に、その動きを抑えられる。ガードの上から叩き付けられる巨大な魔力弾は、ヴェイニィに壁から離れる事を許さない。
 縫いつける様な射撃を行うのは、軍服の如き意匠の服を纏った少女。身の丈すら超える対物狙撃銃を担ぎ、ずり落ちてくるヘルメットの位置を直しながら、その狙いをヴェイニィへと定めている。
 歯を食い縛り、フラットは立ち上がる。撤退するなら今しか無い。この好機は逃せない。希望を認識したせいか、一呼吸ごとに息苦しさは無くなっていく。一歩踏み出せば、がたつく脚も意識の制御下に戻ってきた。
 走り出す彼の目が、同時に二つの物品を捉える。銃弾を模したペンダントと、水晶で形作られた髑髏。位置と距離から、両方を回収する事は出来そうに無い。二者択一の選択を迫られたフラットだったが、寸毫の迷いも無く、彼は相棒の回収を選択する。

「フラットちゃん、大丈夫!?」
「かすり傷だ……ッ!」
「ううん、その格好! 寒くない!?」
「他に訊くべきところがあるだろうが! ……それより逃げるぞ、なのは、杏露!」
「うん!」
「はいな! 後ろは任せる良いよ!」
 
 部屋の扉から廊下に出るフラットとなのは。殿を務める杏露は断続的に魔力弾を放ちながら、ヴェイニィを壁に縫いつけている。
 杏露も部屋から出たところで、がしゃん、と杏露のデバイスが変形する。グリップ回りが分割され、デバイスらしく物理法則を無視して組み替えられていく。寸詰まりの樽に銃把を付けた様なその形状は、擲弾発射器グレネード・ランチャーを思わせた。
 しゅかん、しゅかん、と微妙に気の抜ける音と共に射出される魔力弾。通常の球体と違い、円筒形をしたそれを都合四発ヴェイニィへと撃ち放って、杏露は扉を閉じた。直後、轟音と衝撃が古城を揺らす。
 ぱらぱらと降ってくる粉塵を払いながら走っていると、向こうから走ってくる金と橙のシルエットが見えた。
 どうやら向こうも無事らしい――見る限りにおいて、フェイトとアルフに目立った怪我は無い。フラットが安堵に息を吐いたのとほぼ同時、フェイト達もフラットの姿を確認する。

「フラット!」
「フラット! 無事かい!?」
「フェイト、アルフ……! そっちも無事か! ――逃げるぞ!」

 是非も無い、一同は頷く。
 だが、何処に逃げれば良い? フェイト達が向こうから逃げてきたという事は、追っ手もまた向こうから来る。かと言って戻る訳にはいかない、そちらにはヴェイニィが居る。ここで迷っている時間すら惜しい。
 なら――

「杏露、壁を!」
「はいな!」

 じゃこん、と重たげな音を響かせて、杏露がグレネードの砲口を側面の壁へと向ける。吐き出されるのは魔力で形作られた炸裂榴弾。射撃魔法でありながら“撃つ”では無く“壊す”を目的とした魔法、その本領を遺憾無く発揮する。
 壁が粉砕され、更にその向こうの壁も破壊され、更にその向こうにある壁も吹っ飛ばされて。何枚の壁をぶち抜いただろう、不意に強い風が吹き抜ける。外と繋がったのだ、壁が破壊された事で一繋ぎになった部屋の向こうに、黒々とした夜空が見える。
 行くぞ! とフラットの合図に、少女達が走りだす。

「おやおや。どこへ行こうというのかな――まだ、おもてなしが済んでないというのに」

 ――やっぱり来やがった。
 不意に響いた澄まし声に、フラットは足を止める。思わずフラットの方を見たフェイトに「走れ!」と一喝して、彼は振り向いた。
 瞬間、天井が砕けて一人の男が落ちてくる。何処に行ったかと思っていたがここで再登場、キース=ウィタリィだった。デバイスと思しき棍を振り翳し、次元犯罪者にして違法魔導師である男が、少女の脳天をかち割らんと迫る。
 空気を引き裂いて迫る凶器。ヴェイニィの様に爆発する効果を付与してはいないだろうが、こと殺傷のみを目的とするのなら、そんな余分は必要無い。
 防御障壁を展開――しかし先程水晶髑髏と接触したせいか、術式が半端で強度は酷く心許ない。構わない、元より押し留めるつもりも無い。
 やや斜めに、角度をつけて展開した障壁で棍を逸らす。棍に引っ張られる様にしてキースが体勢を崩すが、しかしそれは隙では無く罠。攻撃を行なわず飛び退いたフラットの目が、キースの長躯の陰から飛び出してきたヴェイニィの姿を捉え、それを悟る。
 ヴェイニィの拳が迫る。最早慣例と言っても良いだろう、フラットの髪を掠めた拳が爆発を引き起こし、爆風がフラットの矮躯を弾き飛ばす。

《フラット!》
「ああ!」

 念話で聞こえる声に応え、くるくると木の葉の様に空中で回転しながら、フラットは右手を突き出す。掌の中に展開された魔法陣から射出される光の鎖チェーンバインド。それは古城の外壁に穿たれた横穴、フェイトやなのはが飛び降りていった壁の穴から外に飛び出して、そこに待機していた杏露のデバイスに絡みつく。
 じゃらり、実体無き光の鎖が音を鳴らす。物質としてそこにある訳では無い、その長さも思いのまま。ぎりぎりまで伸ばしたそれを一気に縮める事も、それに引っ張られる形でその場から離れる事も、さして難しくは無い。
 見る間に遠ざかっていくキースとヴェイニィを睨みつけ、びっ、と中指をおっ立てて、フラットは吐き捨てる。

今日はこれぐらいにしといてやるっ! てめーらのツラぁ憶えたからな、月の無い夜にゃ背中に気ぃ付けやがれッ!

 捨て台詞をあるだけ全部言い終えるのとほぼ同時、フラットの身体は古城の外へと飛び出して――待ち構えていたフェイトに、キャッチされた。









「……でさ、杏露がちょっとだけなら幻術魔法が使えるってんで、窓からこっそり脱け出したのサ」
「はあん。そっちもそっちで面倒な事になってたみたいだな」

 古城で再会するまでの経緯をアルフから説明されて、フラットは一つため息をつく。普段の彼女達なら一個大隊が襲ってきても切り抜けられるだろうが、魔法が殆ど使えない今はそこらにいる女の子と変わらない。無事に逃げ出せた事は間違い無く幸運と言えるだろう。
 まあ、そちらについては、半ばフラットに原因があると言えなくも無い。
 昼間叩きのめした連中がお礼参りに来るとは思っていなかった、そうであればもう少し徹底的にぶちのめしてやったものを。そう思ったところで後の祭り、結果として彼女達は、今夜の宿を失う事になっている。
 だからこそ、杏露の「ウチに来ると良いな」という申し出は、渡りに船だった。

「でも……いいの? お邪魔しちゃって……」

 フェイトの問いに、杏露はあっさりと頷く。

「はいな。シャロン、言ってたよ。『テキトーに協力しなさい』って」
「それが何だか信用出来ねえんだよな……」

 その命令に従い、杏露はなのはとアルフを連れてフラット達を助けに来たらしいのだが、どうにもすっきり納得出来ない。
 あの女の親切な言葉が、それを口にする場面が、そもそも想像出来ないのだ。実際、杏露は良い様に主の命を解釈していた(と言うか、前半分しか聞いていなかった)のだから、フラットの疑問は決して的外れでも無かった。
 まあ、考えても仕方が無い。それに見方を変えれば、あの木賃宿より貸別荘として使われているログハウスの方が幾らかベッドの寝心地も良いだろうから、別段悪い選択でも無いのだ。……シャロンと顔を合わせる事を除けば。
 古城から命からがら逃げ出した後、杏露の誘いに応じて、こうしてシャロンの貸別荘に向かっているのだが――何となく気が進まない。
 別にシャロンが嫌いという訳では無い。嫌いでは無いが、苦手ではある。友達の家に遊びに行く様なノリではいられなかった。

「あ。あれかな、杏露ちゃん?」
「はいな。あれが、シャロンの家だよぅ」
 
 飛行魔法も使えなくなっている為、アルフに抱えられながら飛んでいるなのはが、眼下に広がる黒々とした夜の森の中にぽつんと浮かぶ光点を見つける。シャロンの居る貸別荘、その窓から漏れる光。
 高度を落とし、ログハウスの近くに着地する。ここでフラットも漸くバリアジャケットを解除して、アンダーシャツとスパッツしか無い有様(公序良俗的にかなりよろしくない格好だ)から、普通の服に戻った。
 ノックも無くブザーも鳴らさず、杏露はいきなりドアを開け放って、家の中へと這入った。それに続いてフラット達も家の中に足を踏み入れる。フラットは二度目、なのはとフェイトはこれが初めて。

「うん? シャロンは――」
「多分、リビングに居る思うよ」

 果たして杏露の予想通り、シャロンはリビングに居た。這入ってきたフラット達に背を向け、ロッキングチェアに腰掛けて、何やらアニメと思しき映像が映し出されたTV画面を眺めている。
 ただいまー! という杏露の言葉にも、邪魔するぜ、というフラットの言葉にも、お邪魔します、というなのはとフェイトの言葉にも、まったく反応が無い。もしや寝ているのかと思いきや、その肩が微妙に震えているのが見え、そうでは無いと知れた。
 なにシカトしてんだ、と思いつつ、そう突っ込む前に、ふとフラットはリビングのTVへと視線を向けた。恐らくはCGなどの技術を使っていないのだろう、全てセル画で描かれた、ちょっと懐かしい感じのするアニメ。見たところ、シャロンはそれに釘付けになっている様だが――

『クララ! こん根性なしが! わしゃあもう知らんけえの! おどれなんぞもう知らんわい!』
『待って! 待ってつかあさいや、ハイジ!』
『…………………………クララ……?』
『ハイジ……わし、わし、立てた……!』
『クララが……クララが、立っとる……うぉおおおおお!』
『ハイジぃいいいい!』
『クララぁああああ!』


 ………………………………。
 何かが激しく間違っている気がしないでもないそのアニメを、しかしシャロンは大真面目に視聴しているらしい。リビングに這入ってきたフラット達を一瞥すらせず、どころかTV画面から全く視線を外そうとしない。しかもそれだけでは無く、

「うっ……くっ、ぐすっ……」

 と、何やら啜り上げる様な声まで聞こえてくる。
 足音を立てない様に、そろりそろりとフラットはシャロンの横に回る――期待と不安を篭めて見てみれば、そこには予想通り、涙と鼻水でぐしょぐしょになったシャロンの顔。
 何と言うか、ドン引きだった。






『ペーター! おどりゃ、腹ァ括った上でやっとるんか!』
『おじいさん……弾ァまだ残っとるがよぅ……』
――次回、<仁義無き戦い・アルプス死闘編>第二十七話、<ヨーゼフ最期の日>にご期待下さい。








Turn to the Next.






後書き:

 という訳で、第二話でした。お付き合いありがとうございました。

 前話の後書きでもちょっと触れましたが、本作の裏テーマに関して。
 もしかしたら勘の良い方は既にお気づきかもしれませんが、『アブサード◇フラット』で映画『スパルタンX』をやってみようというのが、本作における裏テーマになっております。
 と言ってもストレートに『スパルタンX』のキャストを『アブサード◇フラット』に置き換えたでは面白くないので、『スパルタンX』の要素を再構成して取り込んだという形なのですが。具体的には敵の名前(キース、ヴェイニィ)や物語の舞台などですね。あと直接は関係無いですが、トライアッズというのも香港の芸能マフィアの名前です。
 一応説明しておくと、『スパルタンX』は1984年のジャッキー・チェン主演のカンフーアクション映画です。テーマソングがつい先頃亡くなられた三沢光晴さんの入場テーマ曲に使われてた事でも有名ですね。ニコニコ動画に吹替版がUPされてたりするので、興味のある方はちょっと視てみても良いかも。
 本作ではこの手の映画ネタが(『スパルタンX』に限らず)色々と仕込まれてますので、もし暇で暇で仕方が無いという方は探してみてください(笑)。

 それでは次回で。
 








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代理人の感想
取りあえずベニーとキースの名前が出てきた瞬間に吹きました。
あれだったらまんまな名前で登場させたっていいじゃん!w
・・・しかし、フラットがジャッキーとして、フェイトがユン・ピョウ。
そうなると必然的になのはがサモ・ハン・キン・ポーになってしまうんですがそのへんどうなんでしょうか(爆)。

でもチンピラっぽい所を考えると、やっぱりフラットがサモなのかも(ぉ

>仁義なき戦い・アルプス死闘編
それ、姉妹作に「ベルサイユのオンドレ」とかありません?


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