「しかし、ボスは一体どういうおつもりなのだろうなあ――ヴェイニィ?」

 朝の静謐な空気を掻き乱す、軽薄な声音。それに応えるのは沈黙と、かちゃかちゃと食器が触れ合う硬質な音。話しかけられた側の男は相槌一つ打たず、黙々と皿の上の料理を口に運んでいく。無視という言葉すら生温い黙殺だったが、そも、問い自体が言葉の足りない、問いとして成立していない様なものだったのだから、その反応も有る意味無理からぬ事。
 相棒のつれない態度に軽く肩を竦め、キース=ウィタリィはコーヒーカップを口元に運んだ。ミルクと砂糖をこれでもかと入れ、黒ならぬ褐色に濁った液体を口に含めば、脳髄が蕩けそうな甘さが舌と喉を撫でて、臓腑に落ちていく。その余韻をたっぷりと楽しんでから、キースは再び、真向かいの席で朝食を摂るヴェイニィ=ユキーデに話しかけた。

「管理局の連中に見つかったというのに、『撤収は二日後まで待て』だぞ? 幾ら管理局が蛞蝓以下の速さでしか仕事の出来ない愚図揃いとは言え、あまりにも悠長に過ぎると思わないか? ボスの指示が意味不明というのは今に始まった事じゃ無いが、今回は特に理解に苦しむ。そう思わないか、ヴェイニィ?」
「……………………」

 ヴェイニィは応えない。朝っぱらだと言うのに、血の滴る様なステーキを黙々と切り分けては口に運び、咀嚼している。キースの方も反応を求めてはいないのだろう、ヴェイニィに話しかけてこそいるが、それは実際、道端の石ころに話しかけている様な口調でもあった。
 二人が居るのは古城の大広間――先日、忍び込んできた管理局の人間とヴェイニィが戦った場所。その痕跡は今も色濃く残っている、と言うより、まったく消えていない。壁の一方は完全に崩れ落ちて空間的には隣の部屋と繋がっているし、家具調度の類は軒並み破壊され、残る三方の壁や天井は真っ黒焦げだ。キース達がついているテーブルは傷一つ無いが、それは昨日の夜に部下達に運び込ませたからに過ぎない。
 一見すれば廃墟の様な有様であったが、キースもヴェイニィも、それを気にしている様子は無い。実際、まるで気にしていないのだろう。寧ろこの方が落ち着く、そう言わんばかりのくつろぎようだった。

「いやしかし、可愛らしい侵入者さんだったよなあ――また来てくれないものか。今度はもう少したっぷりねっとりともてなしてあげるのに」
「……………………」

 このロリコンが、とでも言いたげな視線を向けられて、しかしキースはまったく平然としている。どころか、「銀髪の娘も良いが、金髪の娘の方がより剥き甲斐がありそうだなあ。イイ感じに恥らってくれそうじゃないか」などと、どこか恍惚とした表情で宣っている。
 紛う事無く変態。キース=ウィタリィが聖王教会騎士団を放逐(・・)されたのも、無理からぬ事と言えよう。己の意思で騎士団を裏切ったヴェイニィ=ユキーデとは、その根本から違うのだ。
 ――と。

「キース様」
「うん?」

 不意に大広間の扉が開き、部下が姿を現す。撤収を明日に控え、この世界に散っていたトライアッズ構成員が集まってきているので、古城の中は俄かに騒がしくなっているが、それでもキースとヴェイニィに近づいてくる人間は殆ど居ない。立場的に近づき難いと思われているのか、それとも近づきたくないと思われているのかは定かでは無いが。
 ともあれ、珍しくキースに声をかけたその部下は、出来る限りさっさと用件を済ませようというのがすぐに判る事務的な口調で、報告を口にする。

「此方に近づいてくる人間を捉えました。結界を潜り抜けてきているので、恐らく魔導師と思われますが――いかがなさいますか」
「ほう」

 部下の報告を聞いたキースが驚いた様に、且つ嬉しそうに声を上げる。
 現在、古城の周囲には簡易的な結界が敷かれている。封時結界などの空間を切り離す大規模なものでは無い、道に迷わせるといった、感覚阻害の結界。魔法を知らない一般人ならばこれで充分、滅多な事が無い限り、この城には辿り着けない。
 
「この前のお嬢さん達かな?」
「は、恐らくそうだと思われますが、……その」

 微妙に口篭る部下に、キースは首を傾げる。

「映像は出せるかな?」
「は、はっ。只今」

 キースの前にウィンドウが展開、古城周辺の森林が映し出された。結界内に飛ばしているサーチャーによって送られてくる、リアルタイムの映像。その中に、こそこそと木々の陰に隠れる様にしながら古城の方へと進んでいく少女達の姿があった。
 
「……何だ、あれは」

 思わず、キースもそう呟いてしまった。
 人影は五人。先日、キースと戦った金髪の少女と、それを邪魔してきた犬耳の女。ヴェイニィが遭遇したという栗色の髪の少女と、それよりもう少し幼い、白髪の少女。  そして――

「――緑色・・?」






魔法少女? アブサード◇フラット偽典/Hey, Pachuco!
――ChapterⅣ






 時間はやや遡る。
 
「……朝か」

 カーテンの隙間から差し込んでくる陽光に瞼を直撃されるという、あまり愉快では無い起こされ方でフラットの睡眠は終わりを告げた。
 むくりと上体を起こす。寝心地の良いベッドのおかげだろう、爽快とは言わないまでも、眠気は完全に消え去っている。周りを見回せば部屋にはもう誰も居ない、四つ並べられたベッドの上にはきちんと折り畳まれた布団が置いてあるのみ。フェイト達は既に起床しているらしい。
 ベッドから降りて、自分の服を手に取る。白無地の長襦袢にやや惜しい気持ちを抱きつつ(ハラオウン家では可愛いパジャマしか着せてもらえない)、それを脱ぎ捨て、自分の服に着替えた。

「よう、おはよう」
「あ。おはよう、フラット」
「おはよう、フラットちゃん」

 居間に這入ると、フェイトとなのはが振り向いて挨拶してきた。アルフと杏露シンルゥもひらひらと手を振ってくる。それに軽く手を挙げる事で応えて、フラットはソファーに座った。
 シャロンの姿が見えなかったが、台所から聞こえてくる何かを刻む音が、彼女がそこに居る事を教えている。漂ってくる良い匂いは味噌汁のものだろうか。昨日は洋風にパン食だったが、どうやら今日は和風朝食であるらしい。
 ――で。

「――出来たのか?」
「ええ。完成したわ」
 
 朝食を終え、片付けを済ませて、再び全員が居間に揃う。端的に問うフラットに、シャロンもまた、端的に答えた。
 ことり、とシャロンがポケットから取り出した“何か”をテーブルの上に置く。小さな、金色の笛。見た目は何の変哲も無い笛だ、手に取ってみても、特に変わったところは見受けられない。だがシャロンがこのタイミングで出した以上、“普通では無い”機能がついていると見て間違いは無いだろう。

「笛……だよな?」
「ええ。一回吹くとヘルメット被った子供が、二回吹くと銀色の服着た女が、三回吹くと金ぴかのおっさんが助けに来るわ」
「色々言いたい事はあるんだが、まず最初に、今時マグマ大使ネタなんて何人の読者に通じるんだよ!」

 ネタが古すぎる!
 あと曲がりなりにもヒーローをおっさん言うな!

「冗談よ。それはね、水晶髑髏の始動機スターター。水晶髑髏に百メートルまで近づいたら吹きなさい。それで水晶髑髏が起動して、パスワード入力が可能になるわ」
「じゃあ、それでセキュリティも解除されるんですか?」
「いいえ」

 なのはの質問を、シャロンはばっさりと切り捨てる。

「それはそれ、これはこれ――よ。アレの記憶収奪機能セキュリティ予め登録した(・・・・・・)人間以外に作用するものだから。私は登録されてるけど、ちょっと事情・・があって取りに行けないし。杏露に行ってもらうつもりだったんだけど、ま、貴方達の方が向いてそうね」
「はあ」
「杏露、アレ持ってきて」

 こくりと頷き、杏露が隣の部屋に入っていく。そういや昨日もこんな事あったな、と思いながら彼女が入った部屋に視線を向ける。昨日出てきたのはスク水とブルマだったが。
 ……昨日と違って、杏露はなかなか出て来ない。何してんだ、とフラットが腰を浮かせたその時、扉が開いて杏露が出てきた。重たそうに、自分の身体よりも大きな何かをずるずると引き摺っている。顔を真っ赤にしながら引っ張ってきたそれは、どこか人の形をしていて、それでいて人の形からはかけ離れていて。

「…………おい、何だそれ」

 着ぐるみ。
 人体着用ぬいぐるみの略で、人間が着用可能な大型のぬいぐるみを指す。友好親善イベントや遊園地のエンターテイメントショー、テレビ番組などで用いられる特殊衣類で、中に人間が入り、全身を覆い姿を変える演出で使用される――以上、ウィキペディアより抜粋。
 一口に着ぐるみといっても色々な種類がある。動物だったりアニメキャラだったり、特撮番組における怪人なんかも着ぐるみの一種だろう。それこそ千差万別、全身を覆うぬいぐるみに対する総称なのだから、それも当然。ただ杏露が引きずってきた着ぐるみ、それに見覚えがあったのは、果たしてフラットの気のせいだっただろうか。
 色は緑。丸太の様に太い四肢。両前腕にはイボの様な丸い物体が幾つかついている。腹にはピンクと黄色のストライプ。とろんと垂れた三白眼に、口元(?)から飛び出た白い歯。
 見覚えがあるというか、どう考えても間違い様が無い造形である。――額に当たる部分から飛び出た、一角獣の様な角以外は。

「……これは……!」
「そう、これぞ私が夜も寝ないで昼寝して作り上げた試作戦術兵器、武装内蔵型耐熱防弾防毒鎧・甲壱式魔導強化外骨格<ガチョビンスーツ>よ!」
「バッタもんじゃねえか!」
 
 ただ、まあ――成程、これなら全身をくまなくガード出来る。本物の着ぐるみと違い覗き穴の類は見当たらない、シャロンも『魔導強化外骨格』と言っているあたり、視界の確保には何がしかの魔法を使うのだろう。水晶髑髏のセキュリティ、記憶を奪う光を遮断する為の仕掛けがあると見て良い。個人的には動力とか縫製とか色々と気になるが、とりあえず今はその類の興味を棚に上げる。
 ――だが。

「これ、一着しか無いのか?」
「無茶言わないでよ、これ作るのにどれだけ苦労したと思ってるの? 本当だったらもう少しのんびり作るつもりだったんだから。一着あるだけでも感謝してほしいわ」
「いや、そりゃ感謝はするけどよ――これ、誰が着るんだよ?」

 はっ、とシャロンが鼻で笑った。何を分かりきった事を、とでも言いたげな笑みだった。
 なのはを見る。にっこりと微笑まれた。
 フェイトを見る。にっこりと微笑まれた。
 アルフを見る。我関せず、と欠伸していた。

「やっぱ俺か!」

 分かってたけどな!
 渋々、フラットは着ぐるみを着込む。サイズはぴったり。子供用の着ぐるみなんて滅多に無いだろうから、既製品に手を加えたものでは無く、シャロンが一から作ったものだろう。夜なべをして着ぐるみを作るシャロンを想像して、ちょっと気分が悪くなる。
 加えて不愉快な事に、このガチャピ――もとい、ガチョビンスーツとやら、えらく着心地が良い。着ぐるみって普通暑くて重くて息苦しいもんじゃなかったか? と内心首を傾げつつ、軽く身体を動かして着心地を堪能する。歩く度にぽよんぽよんと不思議な足音がするのがシャロンクオリティ。いらんところに手間がかかっている……この機能が無ければ、もう少し早く出来上がったのでは無いだろうか。

「まさか。そんな足音ものはただのおまけよ。手間がかかったのはそれ以外」
「全身に『二十六の秘密』とか?」
「いや、『四つの死の弱点』の方」
「意図的に弱点つけんな!」

 本当、無駄なこだわりである。

「じゃ、行ってらっしゃい。私は寝るわ。お休み」
「そういや、徹夜してたんだっけな」

 良く見れば、シャロンの目元にはそう濃くは無いものの、はっきりと隈が刻まれている。顔色も心なし悪い気がする、結構無理をした様だ。
 ひらひらと手を振りながら、シャロンが寝室に入る――と、ドアを閉める寸前、何かを思い出した様な顔で、彼女は振り向いた。

「あ、そのスーツ機密性が高いから、中で屁ぇすると地獄だからね」
「若い女が屁とか言うなや!」









 という訳で。
 なのは、フェイト、アルフ、杏露、そしてガチョビン(を被ったフラット)は、当初の予定通りに先日侵入に失敗した古城へと再度侵入を試み――鬱蒼と生い茂る植生に紛れ、あえて夜では無く昼間に、ただし杏露の簡単な幻術魔法を行使しつつ――古城内部へと突入するその直前、当初の予定とは裏腹に、古城周辺を警備していたトライアッズの人間に見つかった。
 
「……いやまあ、お約束と言えばお約束だけどよ」
【単にベタなだけっス】
「べた? フラットちゃん、その服べたべたするの?」
「何でもねえよ。それより、もうちっと縮こまった方が良いぜ、なのは。その位置だとぎりぎり見えちまうかもだ」

 フラットの助言に、なのはは素直に身体を縮こませる。
 古城をぐるりと取り囲む森林。楢の木に似た広葉樹の樹上に、少女達は身を潜めていた。枝葉が上手く彼女達の姿を覆い隠している、かなり近距離で無ければまず見つからないだろう。ただしそれも『ここから動かなければ』の話であり、眼下にトライアッズの構成員達がうろついている現状では、いつまで隠れていられるかも甚だ怪しいと言える。

「くそ! あの不思議生物、どっちへ行った!?」
「おい、三班は向こうへ回れ! 目印は緑色の不思議生物だ!」
「不思議生物だと!? おい、どれくらい不思議なんだ!」
「思わずときめいてしまいそうなくらいの不思議だ!」

 ………………。
 完全にフラット、というかガチョビンスーツが目印になっていた。
 考えてみれば、と言うか考えるまでも無く、当たり前だ。不審者でございと宣伝しながら歩いている様なもの。隠密行動に向いていない事この上ない。かと言って脱ぐ訳にもいかない、これは結構重くて荷物になる――それ以上に。

『一度来たら脱げないわよ』

 と、あのむかつく青髪女がそう宣ったせいである。
 何でもこの着ぐるみ、インテリジェントデバイスの様に着用者の体格に合わせてアジャストする機能が付いているらしく、しかし一度着てしまえばチョバムアーマーよろしく外装排除パージする事でしか脱げないのだとか。着る前に言え、というツッコミを青髪の女は見事に黙殺、かくて武装内蔵型耐熱防弾防毒鎧・甲壱式魔導強化外骨格<ガチョビンスーツ>は何よりも判り易い“目印”としてトライアッズ構成員の皆様に追い回される羽目になっている。
 本末転倒とはこの事だ。

「さて、どうしたもんかねえ」

 苦笑しつつ、アルフがぽつりとそう零す――その言葉に反応したのはフラットとフェイト、どちらが先だったか。彼女はその台詞、その口調とは裏腹に、既に己がやるべき事を見定めている。そしてそれをフラット、或いはフェイトが指摘するよりも早く、彼女は行動に移っていた。
 ひょい、と杏露を脇に抱え、アルフが樹木の上から飛び降り、駆け出していく。止める間などあろう筈も無い。だからフラットに出来たのは、慌ててアルフを追おうとするフェイトとなのはを掴んで止める事だけ。

「フラット!」
「フラットちゃん!」

 声を荒げる少女達が一瞬、ほんの一瞬だけ非難めいた眼差しをフラットに向ける。だが聡い少女達は、アルフの行動の意味を理解していたのだろう、その眼差しは一瞬以上の時間も保たずに霧散した。
 美味しいところ持ってかれたぜ、と口の端に笑み――微妙に引き攣った感じの――を刻みながら、フラットが呟いた。無論、着ぐるみのせいでその笑みが他者の目に触れる事は無い。それはそれで幸いだった、痩せ我慢を見て取られる事はあまり愉快では無い。
 無事に戻れたら高いドッグフードでも奢ってやろう。そう心に決め、人気が無くなるのを見計って、フラット達も行動を開始する。と同時に響き始める轟音。囮役の二人が派手に騒ぎ始めた様だ。
 不安そうにアルフ(と杏露)の消えて行った方を見詰めるフェイトとなのはだったが、やがて互いに顔を見合わせ一つ頷き合うと、フラットの後に続いて駆け出した。









 侵入経路は前回と同じ。フラットの割った窓はガラスが貼り替えられる事も無く、と言うより前回の戦闘における古城の損壊はまるで修復されている様子が見られなかったのだが、ともあれその窓を入口に、少女達は古城の中へと侵入を開始する。

「え……っと。腕をぴんと伸ばして、深呼吸の要領で上へと向ける……」

 フラットが着用しているガチョビンスーツには覗き穴に類するものが無い。通信用のものに良く似た魔法陣で視界を確保しているのだが、この魔法陣の下部に字幕の様な感じで“スーツの使い方チュートリアル”が表示されている。これを見る限りスーツには色々と訳の解らない仕掛けが組みこまれている様だ。先にフラット自身が言い、シャロンが否定した『二十六の秘密』もあながち嘘では無いらしい。ただしこちらは元ネタのそれと違い、製作者の趣味が露骨に反映された代物であるが。
 字幕で指示される通りの挙動を行なう。伸ばした手を上へと向け、身体を硬直させて拳を握りこんだ。それがトリガー。一定の動きをスイッチとして、スーツ内に仕込まれた各種装備が起動する。
 がちょんがちょんがちょん、とメカっぽい音が背中から聞こえる――人体構造上、フラットが直接目にする事は出来ないものの、それはスーツの背中から飛行用ロケットが飛び出してくる音。デザインは28番目の鉄人が背負うロケットとほぼ同じ。どう考えてもスーツの中に仕込める様なサイズでは無いのだが、その辺はツッコんではいけない。
 ぼぼぼぼぼぼ、とくぐもった音が響いたかと思えば、しゅごー、とロケットの噴射口から炎が噴き出る。その炎を推進力に、重たげなスーツは少しずつ重力の軛を振り切っていく。

「フェイト、なのは! 掴まれ!」

 フラットの指示に従い、フェイトとなのはがスーツの上にしがみついた。少女三人分+スーツの重量を、ロケットはあっさりと空中へと運んでいく。侵入口の窓に辿り着くまでおおよそ十秒。フェイトとなのはが入る分には問題無かったのだが、スーツを着た状態のフラットが通り抜けるには窓はやや狭く、途中で腹のあたりがつっかえた。
 ………………抜けない。
 ああ確か『くまのプーさん』にこんな話があったなあ、と一瞬だけ現実逃避。無論意味は無い。
 ふんぬっ! と気合を入れて身体を押し出せば、思ったよりも簡単に身体は抜けた。ばきっ、という不吉な音と、ひん曲がった窓枠を引き連れてであるが。

「ああっ! こ、壊れちゃったの!」
「どうしよう。弁償かな……?」
「知らねえよ。トライアッズの連中が勝手に直すだろ。……いや、連中、直す気あんのか……? この前壊れたものとか、修理してる様子がまるで無えし」

 この古城がトライアッズのアジトであるのは明日一杯で、故に破損箇所の修理修繕を行なう事は無駄と判断された為に放置されているのだが、そこまでの事情をフラット達が知る由も無い。

「よし。……なのは、やってくれ」
「うん」

 なのはが懐から笛を取り出す。シャロンが作り上げた、水晶髑髏の始動機スターター。それを口に咥え、すうと一つ大きく息を吸ってから、なのははその息を一気に笛へと送り込む――作り自体は、犬笛と似た様なものなのだろうか。盛大に吹き鳴らした筈が、まるで何の音もしない。しかしその音は確かに水晶髑髏に届いたらしく、ごぅん、と重たげな音がどこかで響くのが聞こえた。
 ぴぴぴっ、スーツの中に音が響く。視界を確保する魔法陣の横にもう一枚の魔法陣が展開され、そこに古城の城内図と思しき地図が映し出された。その中でちかちかと瞬く光点。それが水晶髑髏の在処を示すものだと理解するまでに時間は要らない。

【この通路を真っ直ぐっス、ご主人!】
「ああ!」

 城内図はデバイスにもダウンロードされたらしい、アルギュロスのナビゲートに従い、少女達は古城の中を駆ける。
 外から断続的に聞こえる爆発音はアルフ達の健在を伝えると同時に、内心の焦りを掻き立てる。焦るな、と後ろを走るフェイトに言い聞かせるも、それは半ば、自分にも向けられた言葉でもあった。
 通路の突き当たりに見える、蝶番がイカレて半ば外れかけた扉。妙に既視感を覚えるその扉の向こう側がゴール地点。丸太の様な足で扉を蹴り破って中に這入る――壁も床も天井も真っ黒に焦げた部屋の中央に置かれている高価そうなテーブル。つい先程まで誰かがこの部屋に居たのだろう、テーブルの上にはコーヒーが六分がた残ったカップと、最後の一切れにフォークが刺さったままのステーキが載った皿。
 そして――

「――あった!」
「水晶髑髏!」

 フェイトとなのはが声を上げる。それに反応したか、水晶髑髏の眼窩の奥に、ぼんやりと光が灯った。

「フェイト! なのは! 俺の後ろに隠れろ!」

 咄嗟にフラットは二人の前に出る。なのはとフェイトがその背に隠れ、フラットもまた、両腕で顔を覆った。覗き穴で視界を確保している訳では無い、その動きに大した意味は無い。あくまで気分的な問題である。
 ――正直不愉快極まりねえけど、今だけは信用してやるぜ、シャロン……!
 ここまでやって、こんなものまで着込んで、やっぱり役に立ちませんでしたはあんまりだ。しかし彼に“信じる”以外の選択肢がある訳でも無く。ぐ、と奥歯を噛み締め、目を瞑り身体を硬直させる事だけが、フラットに出来る精一杯。
 直後。視界を、光が満たした。
 太陽よりも尚強い光が、瞼の上からでも眼球を焼く。スーツの内側が煌々と照らし出される。文字通りの光速で通り過ぎる略奪者。人間の記憶という、個人差はあれどかけがえの無いものを奪い取る筈のそれは、しかしその本懐を果たす事無く消失する。

「…………はっ。口先だけの女じゃ無くて良かったぜ、シャロン?」

 何も忘れていない。
 何も奪われていない。
 瞼を開ける。視界に映るのは眼を閉じる寸前と何も変わらない光景。見覚えの無い・・・・・・ものは何一つ無い。後ろを振り向けば、不安そうな顔で自分を見詰めるフェイトとなのはの姿。――そう、フェイト、と、なのは、だ。忘れていない。

「おい。フェイト、なのは。俺が誰だか判るか?」
「愚問だね、フラット」
「忘れてないよ、フラットちゃん」
「上等。そんじゃ、さくっとあの悪趣味なインテリアを回収して――」

 戻ろうか、とフラットが口にするより、一瞬早く。
 ふわり、と。水晶髑髏がガスの詰まった風船の様に、宙に浮いた。
 それだけなら別に驚くには値しない。最初にあれを見つけた時(フラットは憶えていないのだが)、あの水晶髑髏はぷかぷかと空中を漂っていたのだから。どんな原理で空を飛んでいるのかは不明だが、宙に浮く、空を飛ぶというだけなら、まだ既知の内、驚くべき事では無い。
 驚いたのは、そこからだ――水晶髑髏の顎、下顎骨に当たる部分がかこんと動き、かたかたと歯を噛み鳴らした。
 かたかたかたかた。
 しゃれこうべが、哄笑わらっている。

「うにゃああっ!?」
「わあっ!?」
「………………ッ!」

 なのはとフェイトが声を上げて驚き、フラットもまた、声こそ上げないものの、思わず息を呑んだ。
 お化け屋敷では定番と言える、笑う骸骨。最近では定番過ぎて逆に見なくなった。最近の子供がそんなものでは怖がらなくなったという事もあるだろうが、それよりも、『お化け屋敷』という限定空間でしか見られないものだから、逆に見る側が“ここで来る”と身構えてしまう様になったせいだろう。
 来ると判っていれば驚かない。
 在ると解っていれば怖がらない。
 だからこそ。
 何の変哲も無い、常識空間で見る分には――その意外に驚くし、その異常を、怖いと認識する。
 かたかたかたかた。
 かたかたかたかた。
 水晶の歯を打ち慣らし、髑髏は笑う。
 不気味などという言葉では追い付かない、奇妙などという言葉では物足りない、埒外で既知外で常識圏外の事象。
 ただしそれも、

「ふん」

 それ以上に常識外れの人間を前にしては、あっさりと霞んでしまったのだが。
 べしっ、と着ぐるみの掌がかたかたと馬鹿笑いしていた水晶髑髏を叩き落とす。ごん、と間抜けな、それでもまともな音を立てて床に衝突する水晶髑髏。相手が悪い、としか言い様が無いだろう。髑髏が笑うくらいで驚き慄き、逃げ出してくれる様な可愛げがある人間では、少なくともフラット=テスタロッサは無かった。

「ったく、やっぱシャロンの作ったもんだな。本ッ当に性格が悪い……っと、お」

 愚痴っぽい言葉を呟きながら、床に転がった水晶髑髏に手を伸ばす。だがその手を逃れる様に、ごろん、と水晶髑髏が床を転がった。欠陥住宅の様に床が斜めになっている訳では無い、にも関わらず、ごろごろと水晶髑髏は床を転がってフラットから離れていき、部屋の壁にぶつかって、動きを止めた。
 フラットは追わない。追おうとしたなのはも制止した。彼の嗅覚が感じ取っていたのだ。――罠だと。
 ただしその判断が正解だったかどうかは、微妙なところだと言える。
 がぱ、と水晶髑髏が口を開く。もう笑わない。歯を打ち鳴らす事はしない。威嚇の通じない相手であると認識したのだろう。故に、それは実力行使によって、奪還者の排除にかかった。

「あ……あぁ?」

 ざぁっ――と、水晶髑髏が光の粒子を吐き出す。構造的に人間の頭蓋骨と同じなので、口を開けば向こう側が覗ける筈なのだが、水晶髑髏の口の中には真っ暗な、それこそ奈落の入口かと思わせる空間が広がっている。その空間から噴出してくる光の粒子。
 瞬時に室内を埋め尽くした粒子の動きは確かに指向性を持たされている。舐め回す様に室内を駆け抜けた粒子は、やがて水晶髑髏の前へと戻って寄り集まり塊となる。それが人型を為していると気付けば、微妙に人から外れたその形状に見覚えがあるとも気付けた。
 妙にごつい、というか、玩具っぽいシルエット。それも一体や二体では無い。部屋中を埋め尽くすほどの数。しかも現在進行形で増え続けている。
 粒子の塊が、足元から少しずつ、皮を貼り付ける様に質量を得ていく。鈍く光る真鍮色の装甲を得て、それは完成した。
 
「――あ!」

 なのはの素っ頓狂な声に、思わずフラットは振り向いた。隣のフェイトも目を丸くしている。

「ほら、フラットちゃん! あれあれ、えっと、ほら、『時の庭園』で――」

 ぽんと思わず手を打ってしまった。それだ。現在では『PT事件』と称されるあの事件、最後の舞台となった『時の庭園』においてフラットが手段として使用し、なのはが障害として接敵した、傀儡兵と呼ばれる魔導人形。
 頑丈な盾を装備したタイプと斧槍ハルバードを装備したタイプ。盾を前列、槍を後列として二列横隊。まるっきりあの時のままの蹂躙陣形ファランクス
 不愉快にフラットは口元を歪める。目の前でがしゃがしゃと金属音を上げて得物を構える甲冑が、自分の記憶から複製されたものだと理解したからだ。

「他人のフンドシで相撲とろうってか、ンの野郎……ッ!」
 
 こんな事が出来るというのは、正直予想外だったが――その一方で、妙に納得している自分も居る。あの性格の悪い根性腐った女が精魂込めて作ったもんならこれっくらいはやって当然、いやそうで無ければむしろ物足りないと。それがまた、フラットを不愉快にさせる。
 がしゃり。傀儡兵が陣形を保ったまま、一歩前に出る。反してフラット達は一歩下がった。原型よりも幾分かサイズが小さいとは言え、天井に頭がつく程度のサイズはある。その場に居たら轢き殺される踏み潰されるというのが直感的に理解出来るほど、その質量は圧倒的だった。
 
【大ピンチっス】









 ずどんっ! と、アルフの正拳突きが男の鳩尾に突き刺さり、炸裂する砲弾の様な轟音を響かせて、男の身体をぶっ飛ばす。あわれ被害者は木っ端微塵――というのはさすがにスプラッターに過ぎるのでそんな事は無いが、それでも木の葉の様にくるくると空中で回転しながら、最終的に愉快なポーズで地面に落着した。
 背後から別の男が奇声を上げつつ斧を振り上げて襲いかかってくる。空気を引き裂いて振り下ろされる斧、しかしその刃がアルフの脳天に届くよりも更に早く、アルフの後ろ回し蹴りが斧の柄に叩きこまれた。木製の柄が真っ二つにへし折れ、男が顔色を失った次の瞬間、男の鼻面に蹴りが突き刺さる。
 
「ひゃっ!? ――ンの!」

 後ろから組み付いてきた男に容赦無い肘鉄を打ち込んで、一本背負い的に投げ飛ばした。さすがに頭から落とせば命が危ない、鳩尾に前蹴りヤクザキックを食らわせて弾き飛ばし、背中から落とす。悶絶しているあたり息と意識はある様だ。ただし盛大に胃の中身をぶち撒けるのはいただけないが。
 殴りかかってくる男の拳を打ち払い、続く蹴り足をこちらも蹴りで叩き落とし、返す刀で顎を蹴り抜く。脳を揺らされた男が腰から崩れ落ちるが、膝が地面に着くよりも早く胸を直撃した蹴撃が、彼の身体を吹っ飛ばした。

「ちっ! 次から次へと、鬱陶しいね!」

 ぐるりと周囲を取り囲むトライアッズ構成員に、自然、アルフの口から愚痴が漏れる。一体何人居るんだ、と言いたくなるのはまったく当然、黒服にサングラスのいかにもマフィアといった風情の面々はどれだけ倒してもまるで減った様子が無い。
 既にアルフの足元には二桁に昇る数の構成員が転がっている。が、彼等はまるでそれに頓着する様子が無い。俺の屍を越えていけ、とばかりに次から次へと襲いかかってくる。たださすがにいい加減、相手が普通の女で無い事を理解したのだろう。ぐるりと周囲を取り囲み、隙を窺う様に付かず離れずの距離を保っている。
 周囲を取り囲む黒服達に魔導師が居ないのは幸いだった。ただの人間なら、多少鍛えていたところで、暴力に慣れていたところで、アルフの敵では無い。また銃火器の類で武装していないという事も、幸運と数えていいだろう。さすがに碌な魔法も使えない今、銃火器を相手にするのは厳しすぎる。
 ただしそれでも、数の暴力というものは如何ともし難い。いつぞや、フラットが言っていた事でもあるのだが、戦いは結局質より量。アルフもまた、例外では無い。
 そう。質より、量。
 数を揃えた方が勝つ――それは人間という頭数であったり、あるいは魔法という弾数であったり、様々だ。
 同じ単位で計らなければいけない理由は、何処にも無い。

「杏露ッ! 出番だよ!」

 はいな、と暢気な声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、アルフを取り囲む黒服達の頭上に、爆撃の様な魔力弾の雨が降り注いだ。非殺傷設定ではあるものの、大口径デバイスから撃ち出される魔力弾は直撃すれば滅茶苦茶痛い。また意図的に術式構成を甘く作っているのか、人間では無く地面に着弾した魔力弾は爆発を引き起こし、直撃を免れた男達を吹き飛ばす。
 訳も解らず逃げ惑う男達。少し余裕があれば彼等の頭上から遠慮容赦の無い制圧射撃を行なっているのが背中に白い羽を生やした一人の少女と気付けるだろうが、生憎とこの場においてそんな余裕のある人間は(アルフを除き)皆無であったし、もし余裕があったとしても、魔導師ならぬ一般人な彼等では、銃手の姿を捉える事に大した意味は無かった。

「あー……もういいんじゃないかい、杏露」
「はいな?」

 がしゃっ、と弾倉を取り外す音が響く。辺りは惨憺たる光景になっていた。もうもうと立ち込める粉塵の合間に、土砂と瓦礫に埋もれたトライアッズ構成員の姿。最初の目的――フェイト達が城内に忍び込む為の陽動――をすっかり忘れたその有様に、さすがにやり過ぎたか、とアルフは苦笑する。
 その表情が、ぞくりと背筋を舐めた戦慄によって凍りついたのが、次の瞬間。
 爆音が響き、杏露の矮躯が地面に叩き落とされたのが、もう一つ次の瞬間。
 薄れかけた粉塵の向こう側に現れた二人の人影をアルフが視認したのが、更にもう一つ次の瞬間。
 都合三瞬。
 それだけで、一帯の空気が変わった。
 爆ぜる寸前の火薬の様な――剣呑な空気に。

「ふむ? 誰かと思えば、先日いいところで邪魔をしてくれた女性では無いか。今日はあの金髪の少女は居ないのかね? 居ない? それは残念だ。色々と面白いネタを仕込んできたというのに、いや残念だな」

 べらべらと捲くし立てる長身の男。後ろに佇む筋肉質な男とお揃いの、白いスーツに白い帽子、黒いマフラーという出で立ち――それは先日、アルフが見た時と変わり無く。
 キース=ウィタリィ。
 ヴェイニィ=ユキーデ。
 名を知ったのは昨日の事。だがその実力を知ったのは一昨日の事。二日という時間は、その脅威をまるで薄れさせてはくれない。
 正直な話。
 先日、ごく僅かな間だけとは言え、この男と相対して、アルフは酷い嫌悪感を覚えたのだ。全身の肌を舐め回される様な怖気に耐えられたのは、ひとえにその時のアルフが、フェイトを助けだすという一点にのみ思考を向けていたからだろう。余計な事を考えない、頭に入れない。そうで無ければ嫌悪感に押し潰されていた筈だ。

「しかし困ったな。正直、私は君には興味が無いんだがね。年増の女をいたぶっても面白くもなんとも無い。やはり嬲るのは少女で無ければ。あの発育途上の身体を一枚一枚剥いていくのが楽しいというのに、そんな脂肪まみれの身体では悦びも半減だ。いや、それ以下だよ」

 実際のところ、アルフはフラットよりも年下――使い魔に生まれ変わってから、という意味でだが――であるのだが、その見た目は十代後半から二十代の女性に近い。だが少なくとも“年増”と言われるほどに老けた見た目はしていない筈であり、この自慢のバストを脂肪呼ばわりされるいわれも無い。
 嫌悪の正体はつまるところこの男の趣味嗜好。それを理解すれば、嫌悪はあっさりと怒りに変わる。ぴきぴきぴき、とこめかみに青筋が浮き立つのが自分でも分かった。やろうと思えばキース好みの幼女の姿(つまり子犬フォームの人間態)も取れるのだが、ぶっちゃけそんな事してキースを喜ばせる気も無い。
 アルフが拳を構える。この男。この男を、フェイトに会わせる訳にはいかない。このど変態と愛する主が接触する事すら許容出来ない。ならばどうする、という問いにアルフの出した答えは、ここでこの男をぶっ倒せばその心配も無い、という、至極単純なものだった。
 ふう、とキースはいかにもつまらなさげにため息をつく。

「まあ、いいだろう。とりあえず君を叩きのめせば、あの娘も出てくるかな?」

 という訳で死んでもらうよ前座くん、とキースが懐から得物――分厚いフリスビーの様な、待機形態のデバイス――を取り出す。
 目的の方向性はともあれ、これでアルフとキースの取るべき手段は一致した。
 ただしその実力に、絶望的なまでの差がある事を棚上げすればの話であるが。









 ファランクス。
 古くは紀元前七世紀、古代ギリシアの都市国家において生まれた重装歩兵による密集陣形。ただし他の次元世界においても似た様な陣形は時代を前後して生み出され、その世界や戦場に合わせて改良が加えられている。故に、フラット達の前に展開しているこれはあくまで、フラット=テスタロッサの知識から再現されたもの。
 つまり、大型の傀儡兵による前進蹂躙。本来のファランクスが同様の陣形と正面から激突する事を主眼に置いているのに対し、これはあくまで大質量によって目標を粉砕ないし踏み潰す事を目的としている。盾の隙間から飛び出す槍も実際にはさして役に立つものでは無い。的が小さすぎるのだ。そも、この陣形を使用した時のフラットの目的は単なる時間稼ぎにあったのだから、槍で突き刺す事までは考慮していなかった(加えて、なるべく殺さない様にとも考えていた)。
 もう一度傀儡兵を率いて戦えと言われれば、その時その状況、達成するべき目的に合わせ、フラットは柔軟に対応し陣形に変化を加えるだろう。それが出来ないのがデジタルの哀しさ、再現は出来ても応用は出来ない。
 フラットが衝くのは、まさにそこだった。
 ――ただ、まあ、現状の彼等は向かってくるファランクスに背を向けて逃げ出すしか出来ないのだが。

「さ、作戦だ作戦! 戦術的撤退だ!」
【ご主人、誰に言い訳してるっスか?】

 ずしんずしんと重低音を響かせて追ってくる傀儡兵の群れ。普段のフラットなら幾らでも攻略する術はある。傀儡兵の頭上を跳び越す、戦列の中央をぶち抜いて突破する。数の暴力を引っ繰り返すだけの戦力を持っているのが魔導師という生き物だ。ただし今のフラットは魔導師と言うよりは一般人寄りの“魔力があるけど使えない”人間でしか無いし、隣を走るフェイトやなのはもそれと大して変わるものでは無い。
 大広間を飛び出し、来た道を逆走する。城内に侵入した時の窓を通り過ぎ、廊下の突き当たりまで走りぬける。T字路になっているその突き当たりまで走って、そこで彼等は足を止めた。
 止めざるを得なかった、というのが正しい。
 後ろからは変わらず追ってくる傀儡兵。それに加え、左右からも同様に、蹂躙陣形を敷いたままで迫ってくる傀儡兵の群れを見れば、足を止めざるを得なかったのだ。

「ど、どうしよう……!」
「大ぴんちなの……」

 微妙に引き攣った顔で呟くフェイトとなのは。一秒ごとに着実に迫ってくる傀儡兵の群れ。がりがりと兜の頭頂部が天井を削り、ずしんずしんと震動が古城を揺らす。

「あー……なのは、ちょっと来い」
「ふぇ? なに、フラットちゃん」
「フェイトは大丈夫だな。飛べるだろ?」
「え? う、うん、飛べるけど……」
「合図したら飛べ。なのはは俺に掴まる事。いいな?」

 何がなんだかわからないという顔のまま、それでも少女達は素直に頷いた。
 後方及び左右から迫ってくる傀儡兵の距離を測る――概ね同距離、二十メートル弱というところか。じりじりと詰め寄ってくる傀儡兵に、しかしフラットは何の行動も見せない。このままでは数分後に三人分の轢死体が出来上がるこの状況で、まるで取り乱した様子が無い。別にそれはフラットの胆力を表している訳では無く、取り乱す必要が無いと理解しているが故の事なのだが。
 十五メートル。フラットは動かない。
 十メートル。まだ動かない。さすがに二人が不安そうな顔でフラットを見詰めるが、フラットは動かない。
 九メートル。じわりとフラットの首筋に汗が涌く。
 八メートル。
 七メートル――

「フェイト、なのは!」

 ――べきっ。

 フラットが声を上げると同時に、厭な音が響き渡る。
 なのはがフラット(の着込んでいるスーツ)にしがみつく。
 フェイトが跳躍、そのまま浮遊魔法を展開して中空で静止する。
 びきびきべきべき。ばきばきぼきぼき。凄惨な音が鳴り響き、傀儡兵の足元の床に亀裂が穿たれていく。傀儡兵が逃げ出すよりも更に早く――そもそもがっしりと組んだ隊列スクラムのせいで動く事もままならず――亀裂の走った床が崩落。瓦礫と化した床と共に、傀儡兵の巨体は軒並み階下へと落下していった。
 考えてみれば、ごく当たり前の事である。本家より多少小さいとは言え、傀儡兵の巨体はそれに見合って相応の重量がある。一体数百キロ、もしかしたらトン単位。そんな代物が群れを為して行進する事など、普通の建物はまず考慮していない。
 
「よっしゃ、戻って水晶髑髏を――どぁっ!」

 この場合、油断していた、とフラットを責めるよりは、意識が切り替わるその瞬間を狙った相手をこそ褒めるべきかもしれない。
 あの時、『PT事件』の終盤、『時の庭園』においてフラットが使用した傀儡兵は一種類では無い。盾と槍を持った騎士型、巨大な斧を持つ重騎士型、そして飛行能力を持った騎兵型。
 忘れていた訳では無いが、意識の外に置いていたのは確かだった。騎士の後ろに隠れて、フラット達から見えない位置に居たというのも災いしたのだろう。
 結果。
 死角から飛び出してきた一体の騎兵の体当たりを食らい、フラットは派手に弾き飛ばされてしまう。拍子になのはがフラットから手を離してしまったが、素早くフェイトが受け止めて落下を防いだ。ただし不幸中の幸いというには、やや物足りなかったが。
 ちっ、とフラットが舌打ちを漏らす。ぶんぶんと蝿の様に飛びまわる八体の騎兵はフラットを囲み、逃がしてくれる気配は無い。その分、フェイトとなのはに対しては警戒を緩めているのだが(このまま逃げ出しても気付かないかもしれない)、状況を打開するだけの手札を今のところ彼女達は持ち合わせていないのだから、迂闊というほどのものでも無い。

「…………! あれは……」

 飛び回る騎兵達の向こう側に、浮遊する水晶髑髏が見えた。フラット達が倒される瞬間を見届けようとでも思ったか。戦場にのこのこ現れた間抜けの姿を見て取ったフラットが、スーツの下でにやりと笑んだ。

《フェイト、あれ出来るか?》

 フェイトに念話を繋ぐ。水晶髑髏も騎兵もこちらの言葉を理解しているとは思わないが、それでも念の為だ。
 脳内で組み上げた策を伝える。フェイトはフラットの問いにあっさりと答え、条件がクリアされる。後はタイミングだけ。これに関しては、まあフラット次第である。
 なのはを背負ったフェイトがじりじりとフラットから離れていく。巻き込まれるからだ。同時に彼女はバルディッシュを握っていない方の手に小さな魔法陣を展開。口の中だけで呪文詠唱を行い、構成を補強していく。
 
「さて、こっからはタイミングが命だな」
【タイミングを外したら命が無いっス】

 周囲を旋回する騎兵の群れ。恐らくはこちらの隙をついて、一斉に飛び掛ってくるだろう。そこまで分かっているのだから、あえて隙を作り、相手の動きを誘う事に、決心というほど大したものはいらなかった。
 ぼぼぼぼぼ、と噴射していたロケットの片方が、ぷすん、と間抜けな音を立てて停止する。無論罠だ。だがデジタルの哀しさ、それに気付かぬ騎兵達はフラットに向けて殺到する。

「かかった!」

 フラットが纏うガチョビンスーツの額には、本家と異なり一角獣の様な角がついている。まあ正直これが無ければオリジナルとまるで見分けがつかない(というか同一)のだが、とにかく、フラットはその角を掴み、ぐりっ、と捻った。
 それがスイッチ。スーツに内蔵された『二十六の秘密』だか『四つの死の弱点』だか判らない機能の内、最も危険で最も過激(フラットの印象では)なものが、これによって起動する。
 変化は劇的だった。ぴぴぴぴぴっ――とスーツの表面に亀裂が入る。いや、それは亀裂というより、継ぎ目が浮かび上がったと言うべきか。がしゃがしゃがしゃがしゃっ、とその継ぎ目がずれていく。一着の着ぐるみが、ブロックを組み合わせたかの様に変形する。
 最後のトリガーは音声入力。腹の底から声を出しなさい、とあの女は言っていた。癪だがそれに従い、フラットは叫ぶ。

「きゃすと・おーーーーーーーふ!!」
【cast off!】

 轟声一発、ガチョビンスーツが弾丸の如く四散して、迫る騎兵達を直撃する。
 スーツに使われているのは柔らかい軟質樹脂であるものの、この速度――しかも騎兵の側も突っ込んでくるので更に相対速度は上がる――が激突すれば、暴徒鎮圧用のゴム弾など比べ物にならない破壊力を発揮する。現に八体の騎兵は例外無く頭部や胸部を粉砕され、原型を留めない姿となって墜落した。
 
【――change! Ponkikki!】
「……アルギュロス。そこまで凝る必要は無えぞ」

 律儀に変身完了をコールする相棒に軽くツッコミを入れて、フラットは前を向く。怯んだ様にびくりと動く水晶髑髏を肉眼で確認、一気に距離を詰めた。しかし今のフラットは碌な魔法が使えない、飛行魔法の速度も酷くのろい。本来の二割の速度も出ていないだろう。水晶髑髏が離脱すれば、追い縋る事は難しい。
 だから。

「バインドっ!」

 フェイトが叫ぶ。瞬間、逃げ出そうとその場を離れた水晶髑髏の周囲に魔法陣が展開、そこから伸びた光鎖が水晶髑髏を絡めとる。設置型捕縛魔法ディレイドバインド。特定空間に侵入した対象を捕縛する魔法であり、先のフラットの指示はつまりこれの事。

「残念だったな、ポンコツ髑髏! イイ気になってのこのこ出てきやがったのが運の尽きだッ!」

 がしっ、と。
 フラットの手が水晶髑髏を鷲掴みにし、握り潰さんとばかりに力が篭もる。
 無論壊すつもりは無い。だが腫れ物を扱う様な丁寧さで接するつもりもまた、欠片も無かった。

「――×××××ッ!」

 高らかに響き渡る接続呪文パスワード
 残響すら伴ったその言葉が空気に溶けるよりも、ほんの少しだけ早く。
 がちゃんと歯車の噛み合う様な音がして、フラットの意識は暗転した。









「――あ?」

 気付いた時、風景は一変していた。
 脳裏を過ぎったのは昨日の夜、露天風呂に拉致された時の事――咄嗟に後頭部に手をやった。たんこぶの類は無い。服も着ている。また気絶させられて風呂に連れ込まれた(字面だけだとかなりレベルの高い性犯罪では無いだろうか)訳では無い様だ。
 と言うより、まず第一に屋外では無い。床も壁も天井も銀色の鉄板で覆われた空間。壁にはびっしりと鍵穴と取っ手が並び、細長い長方形に区切られている。イメージとしては銀行の貸し金庫の中に近いだろうか、それが回廊の様に延々と続いていた。
 一瞬前までの記憶がレトロチックな古城の中だったのだから、そのギャップに少し混乱する。

「おい、アルギュロス。此処は何処だ――アルギュロス?」

 相棒からの返事は無かった。首元から提げているペンダントからして無い。ついさっきまであった筈なのに。
 と。思考が混乱で濁り始めた瞬間、唐突にフラットはそれに思い至った。

 ――夢か、これ。

 微妙に意識を侵食する非現実感。それは、そう、闇の書に取り込まれたあの時に良く似ていて。
 だから、いつの間にか・・・・・・背後にフェイトとなのはが居る事も、彼女達も数秒前までのフラットと同様のリアクションを取っている事も、驚くには値しなかった。

「え? え? あれ、フラットちゃん?」
「フラット? え、じゃあ、此処は――」
「あー、まあ、何だ。落ち着け」

 見れば、フェイトもなのはもデバイスを持っていない。服装こそさっきまでと変わらないが、汚れや破れといったものがまるで見られない。そこまで再現する必要も無いと考えたのだろう。それが逆説、これが非現実である事の証明だった。
 とりあえず、これは夢だと二人に説明する。なのはは微妙に解っていない様だったが、対してフェイトはすぐに理解した。フェイトもまた、闇の書に取り込まれた経験があるから、それは順当なところだっただろう。

「何にしろ、こうしていても仕方無えし……行くか」

 辺りを見回しても扉の類は見当たらない。上を見上げてみたが、高い天井にはのっぺりとした鉄板が張り付いているだけ。先へ進むしか、フラット達の取るべき選択肢は無かった。
 高い天井と狭い横幅。どちらを向いても先が見えない。通路のど真ん中に放り出されている様なものなので、前と後ろ、どちらに進むべきか、一瞬迷う。結局前方へと歩き出す事にした。勘という以上の意味は無い、“常に前を向いていたいから前へと歩いた”的な格好良い台詞も、ここでは出番が無い。

「フラット。これ、この壁の扉、金庫だよね?」
「見た感じはな。中に何入ってんのか、考えたくもねえけどよ」
 
 どうせ碌なものは入っているまい。
 フェイトとなのはは微妙に金庫の中が気になる様子だったが、さすがに今はそんな事に費やす時間は無いと理解しているのだろう、すたすたと先を行くフラットの後を着いて来る。
 三分ほど、歩いただろうか。
 やがて通路の突き当たりが見えてくる。両横の壁と同じく、金庫と思しき扉が並んだ壁が、進路を塞いでいた。人間の通れる扉は無い、行き止まりである事は一目で判る。それでもフラット達が足を止めなかったのは、その壁の前に、一人の人間が居るのが見えたからだ。
 女性だろうか、フラット達に背を向けているが、長い髪と細い体つきが見て取れる。小さなテレビを床に直接置き、座布団を枕に寝転んで煎餅か何かを齧っていた(おばさん臭い)。近づくフラット達に気付いた様子も無い。
 その青い髪・・・を見てつい蹴りの一つも入れてやりたくなったが、自重する。
 テレビに映っているのは古いドラマか映画。画質が悪いのはテレビが古いからかもしれない。画面の中では柄の悪い男達が手にした銃の銃爪を引き、銃声と共に一体が土煙に覆われる。煙が晴れた後、そこには誰も居ない。蜂の巣になっている筈の被害者の姿が無いのだ。うろたえる男達の上に降る高笑い。不意に男達の一人が、自分達を見下ろせる高所に佇む姿を見つける。

な、何者だ、貴様!

 そのあまりにベタベタな、古典の域にしか存在していない台詞に対し、高所から彼等を見下ろす赤いスーツの男はびしっと決めポーズをとって――

ズバっと参上、ズバっと解決。人呼んで、さすらいのヒーロー! 快傑――
「おい!」
「ひゃんっ!?」
 
 決め台詞をぶった切る様に声をかければ、女が奇妙な声を上げて飛びあがった。寝転がった姿勢のまま30cmは浮いた。驚きに引き攣った顔のまま女が振り向く。薄々予想はしていたが、振り返ったその顔は、その予想通りのもの。

「何してんだ、シャロン」
「………………?」

 “シャロン”が首を傾げる。その表情をあえて台詞に訳せば、『あれなんでこの娘わたしの名前知ってるの?』というところだろうか。現実で見るそれと違い、この“シャロン”は底意地の悪そうな笑みを浮かべていない。だからだろう、妙に若く、幼く見える。
 暫くそんな顔でフラットとフェイト、なのはの顔を交互に見ていた“シャロン”だったが、やがてぽんと手を叩いた。

「ああ。貴方達、“外”の私の知り合いね?」
「……“外”?」
「初めまして。私は“内側”のシャロン=ブルーブラッド=グレアム――水晶髑髏シャナ・ラー・スカル管制人格マスタープログラムよ」
「管制人格……リインフォースと同じ、か」

 フラットの呟いた名前に、“シャロン”は首を傾げる。ただそれ以上のリアクションは無かった。
 “シャロン”の話では、魔導書やそれに類するものの管制人格は一から作り上げられるのが普通なのだが、水晶髑髏の製作者はそれを面倒臭がり(元々暇潰しで作ったものと、本人も言っていた)、自己の人格をコピーしたものを管制人格として水晶髑髏の中に放り込んだらしい。

「あの……えっと、シャロンさん?」
「ええ。その名前で良いわ。“外”の私は、元気だった?」
「あ、はい。とっても元気です」
「そう。それは重畳。……と、こんな話をしに来たんじゃないわよね。記憶を取りに来たんでしょう?」

 ちょっと待ってて、と言って、“シャロン”はテレビの電源を消し、座布団を畳んで、煎餅の乗った盆を片付けた。
 妙に話が早い。まあ、ここにこうして現れる人間の用件など、記憶を取り戻す事ぐらいしか無いのだろうから、別に不自然な事では無いが。シャロンと同じ顔の人間だから違和感を覚えるのだろう。あの女なら意地悪と嫌がらせで延々と時間稼ぎをする筈だ。

「えーっと……貴方達、お名前は?」
「フラットだ。フラット=テスタロッサ」
「あ、フェイト=テスタロッサ……です」
「高町なのはです。にゃはは、なんか同じ人に二回自己紹介するみたいで、変な感じですね」

 そうねえ、とくすくす笑って、“シャロン”が壁に近づく。壁一面に備え付けられた金庫の中の一つに、懐から取り出した鍵を差し込んで扉を開け、そこからCDかDVDの様なディスクを三枚取り出した。

「えーっと。フラット、フェイト、なのは……うん、間違ってないわね」

 水晶髑髏に奪われた記憶が、目の前にある――知らず、フラットは一歩前に出た。と、“シャロン”が片手を挙げて、それを制止する。

「ちょっと待って。一応、最後にもう一度、パスワードを確認させてもらうわ」
「あぁ? さっき言ったろ――って、あんたは聞いてないのか」
「“外”の事は分からないのよ。管制人格って言っても、別にロボットの操縦者ってワケじゃないから。私の仕事は此処に来る人間の相手だけ」

 だから念の為、パスワードを確認させてほしいのよ。“シャロン”は、そう言った。
 別に言い渋る理由は無い。ごく自然に、フラットはそれを口にする。先程、鷲掴みにした水晶髑髏に向けて言い放ったものと、まったく同一の言葉を。

「――『友よ、元気かいコモ・エスタイス・アミーゴス』」
「……はい、確認しました。じゃ、これ」

 すい、とCDが空中を滑る様にして、フラット達の元へと移動する。これをどうするのか、とフラットが疑問を発するよりも早く、CDは吸い込まれる様に彼の胸の中に消えていった。同時に視界が一気に白濁していく。白く霞んでいく視界の中で、青色の髪が鮮やかに翻る。

「Hasta la vista, baby.」

 最後に“シャロン”の言ったその言葉だけが、妙に耳に焼きついた。









 考えてみれば――勝負になる筈は無かったのだ。
 今のアルフは殆どの魔法が使えない。使える魔法を列挙すれば、本来の姿である狼への変身、ごく簡単な飛行魔法、多少の身体強化。彼女の得意技である障壁破壊バリアブレイク拘束魔法バインドの類は見る影も無く、そんな状態でキース=ウィタリィとやり合ったところで、一蹴されるだろう事は目に見えていた。
 それが曲がりなりにも戦闘の様に見えたのは、戦闘が始まって十数分経って尚アルフが生きていられるのは、単にキースが手を抜いていたからだ。のんびりと時間をかけて殺せばそのうち目当ての相手が出てくるだろうと、そう踏んでの事なのだろう。
 だがアルフにとってそれは絶対に許容出来る事では無い。全ての判断基準を『フェイトの為になるかどうか』に置いている彼女が、この変態と己の主が顔を合わせる事を許せる筈も無い。だがその為には彼女自身がキースを倒す必要があり、それが不可能である事は、誰よりもアルフが理解している。
 ――悔しい。
 ぎり、と歯軋りの音が、頭蓋の内側に響いた。

「まだ来ないか。もう少し痛めつけなければ顔を見せる気にならないのかな? ああ早く出てきてくれないものか。捕まえたらどうやって弄んであげようか。まずは顔の皮を剥ぐところから始めようか。いやいやそれともあの綺麗な金髪を一本残らず引き抜いて――」

 うっとりとした顔で妄想を口から垂れ流しているキースに向け、アルフは突貫する。もう一秒たりと、この男の声を聞いていたくは無かった。
 獣の如きフットワークで敵へと飛び掛り、拳を繰り出す。だが鋼鉄に鎧われたその拳がキースの顔に叩きこまれるよりも更に早く、キースの得物がアルフの腹へと捻じ込まれた。内臓の中にある空気を吐き出しながら、アルフの身体は飛び掛ったその勢いに倍する速度で宙を舞い、地面に叩き付けられた。
 キース=ウィタリィの得物デバイス。それは一見何の変哲も無い、ただの棒である。長さは1.8メートル前後。縦に細長い六角柱といった感じか。中心にデバイス・コアと思しき宝玉がある以外は、ただの棒切れとしか見えない。棍を模したアームドデバイスと、説明しなければ解らないだろう。
 彼はこの棍を自在に操る。縦横無尽の打突薙撃は防御と攻撃を同時に行い、アルフの攻撃を阻みアルフの防御をすり抜けて、彼女を打ち据える。

「ぐ……っの……」
「ふむ。いい根性をしているねお嬢さん。だが申し訳ない、いい加減君を殴るのも飽きてきたんだ。肉付きが良すぎて殴り心地が悪いからね」

 それはある意味褒められているのだろうか。
 さておき、キースが一歩、アルフに向けて踏み込んでくる。足音をわざとらしく響かせて、彼はアルフとの距離を詰める。アルフは動けない。先の一撃のダメージが抜けていない、膝をついたまま、立ち上がる事すら出来ない。視界の端に倒れ伏す杏露の姿が見える、援護も期待出来ない。
 振り上げられた棍がアルフの脳天を目掛けて振り下ろされる。一秒と経たず彼女の頭蓋はかち割られ、脳漿と脳髄を等しく地面にぶち撒けるだろう。
 だが――

「!」

 がんっ――と、鉄塊を殴りつけたかの様な音が響く。
 振り下ろされた棍が、横合いから放たれた魔力弾の衝突によって逸らされた。更に二発、三発と続けて放たれる魔力弾を、大きく飛び退いてキースは躱す。くるりと空中で一回転して降り立った彼の顔には、嬉しそうな笑みが貼り付いていた。

「アルフ!」
「……フェイト……!」
 
 駆け寄ってきたフェイトをアルフが一瞥する。身体を動かす事もままならないのだ、彼女にはそれが精一杯。

「酷い怪我……ごめんね、アルフ……!」
「は、はは……こんなん、かすり傷さね……それに、フェイトが謝る事じゃないよ……」
「アルフさん……っ!」
「なのはも……無事で、良かったよ……フラットが無事なのは、余計だけどサ」
「はん。軽口が叩けるんなら、心配は要らねえな」

 そう言って。
 フラットが、眼前の敵を睨み据える――フェイトとなのはもまた、同様に。
 三人の少女達の三様の視線を受けて、キース=ウィタリィはしかし怯みもせず、にやりと嫌悪感を催させる笑みで少女達に応えた。

「よう、ど変態。また会ったな」
「ああ、会いたかったよ銀髪のお嬢さん。今日は逃げずに付き合ってくれるのかな?」
「応よ。愉快なランダバ踊らせてやる――」

 と。
 フラットの前にフェイトとなのはが歩み出て、キースの前にヴェイニィが歩み出る。
 
「フェイト? ――なのは?」
「ごめん、フラット。あの人は、私が」
「フェイトちゃん、わたしも一緒に。――あの人は、強いの」

 なのはの言葉に、うん、とフェイトは口の端に笑みを刻みながら頷く。
 
「ああ、そうだな、そうだったな、ヴェイニィ。あの銀髪のお嬢さんは、君の獲物だったな」
「………………」

 キースの言葉に、こくりとヴェイニィが無表情に頷く。
 かくて対戦カードは決定され、魔法少女と外法魔導師が向かい合う。

「――それじゃ、お楽しみの時間ショウタイムだ」 

 少女達が、懐から相棒を取り出した。
 フラット=テスタロッサの相棒、アルギュロス。
 フェイト=テスタロッサの相棒、バルディッシュ・アサルト。
 高町なのはの相棒、レイジングハート・エクセリオン。
 主の戦意に応えるかの如く、デバイス達が陽光を受けてぎらりと輝く。

「やるぞ、アルギュロス!」
了解ラジャーっス!】
「いこう、バルディッシュ!」
【Yes,sir!】
「レイジングハート、お願い!」
【All right!】


「「「せーっと・あーっぷ!!」」」

【【【Drive Ignition!!】】】






Turn to the Next.






後書き:

 水晶髑髏の中で“シャロン”が見ていた番組。作中では某さすらいのヒーローでしたが、初期案では『怪奇大作戦』の第24話か『ウルトラセブン』の第12話にしようと考えてました。
 失われた古代文明の遺産という事で、その中には今では見る事の出来ない映像も収められている……という感じの構想だったのですが、あまりにも解り辛いネタなのであえなく没に。

 まあそんな裏話はともかく、第四話でした。お付き合いありがとうございました。

 とりあえず、今回でフラット君たちはほぼ元通り、原作準拠の戦力に戻ります。
 TVシリーズの劇場版と言えば『映画限定のパワーアップ』か『一時的なパワーダウン』のどちらかがお約束なのですが、さすがに借り物の三次創作で勝手にパワーアップさせるのもどうかと思ったので、本作では後者のパワーダウンにしてみました。
 ここまで読んでいてフラストレーションが溜まったかと思いますが、その分、次回はフラット大暴れ(?)の予定です。

 それでは次回で。


 







感想代理人プロフィール

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代理人の感想
要するにボン太君ですね、分かります。
ぶっちゃけ額の角は某ガン○ム一角獣かとばかり思ってましt(ry
それはさておき、ついにフルパワーを取り戻したフラット君たち。
次回は倒れて動けなくなった敵へのヤクザキックが乱舞し、「ゲハハハハハ!」というフラットの哄笑が響き渡る展開を期待しています。
・・・・ん? フラットってそう言うキャラですよね?(ぉ


>笛……だよな?
ネタが古すぎて分かりません、誰か助けて下さい、カシン、カシン、カシン。

>四つの死の弱点
あれって逆ダブルタイフーンで三時間変身できなくなる以外は弱点と言うほどの弱点じゃないですよねー(ぉ
砂の中が苦手とか、100万ボルトまでしか吸収できないとか言われても、十分凄いよw

>キャストオフ
瞬脱装甲弾ですね、分かります(違)。

>「Hasta la vista, baby.」
・・・・えー?(爆)


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