今回の事件をその全てが終わった後に俯瞰すれば、恐らくこの辺りがクライマックスにあたるのだろう。
 本編の主役たるフラット=テスタロッサは奪われた記憶と知識と経験を取り戻し、本来のカタチとなって敵と相対した。
 全ての枷を取り払われた彼が敵を見逃す理由は無く、逆に先日無様な敗北を喫した経験によって、頭の中の獣と同じ部分が唸り声を上げている。その爪牙は既に敵の喉笛を心臓を臓物ハラワタを引き裂き食い破らんと猛っている。されど相手もまた一匹の獣、フラットが敵を見据えるならば、敵もまた、彼の姿を見据えている。
 故に激突は必然。血飛沫舞い散る狂宴の開幕は秒読みに入っている。
 だがそれも、

「…………ぐ~…………」

 徹夜明けで泥の様に眠る彼女シャロンにしてみれば、別にどうでも良い事でしか無かったのだが。






魔法少女? アブサード◇フラット偽典/Hey, Pachuco!
――ChapterⅤ






 フェイト=テスタロッサにとって、キース=ウィタリィという魔導師はまったく異質な存在であった。
 ベルカ式と思しき魔法を使うのだから、魔導師では無く騎士と呼ぶべきなのかもしれないが、本当で本物の“騎士”を知っているフェイトにしてみれば、あの変態を騎士と呼ぶ事には抵抗がある。まあそれは余談だ。ここでの本題は、その男、キースの取る戦法が、フェイトという魔導師にとって最悪の相性だという事。
 フェイトの本領は超高速による一撃離脱。擦れ違い様に一撃を加え、反撃を受ける前にその間合いから離脱するヒット・アンド・アウェイ。
 だが、これが通じない。

「………………!」

 フェイト達が居るのは古城の一階、正門を潜ってすぐのロビーである。キースに誘い込まれたのだが、そこそこの広さがあり、フェイトにとっても別段不利な場所では無い。しかしそれ以上に、キースにとって有利な空間であるのだ。
 と言っても、彼に有利な仕掛けがあるという話では無い。
 周囲に遮蔽物が無ければ、それで良かったのだろう。

「バルディッシュ!」
【Blitz Rush.】

 バルディッシュのコアが明滅、フェイトの身体を標的に向けて一気に加速させる。加速魔法ブリッツラッシュによって奔るその姿は横に走る稲妻の如く。一瞬にしてキースの間合いに侵入、背後を取る――が、その刃が標的に届くよりも僅かに早く、キースの持つ棍の先端が、フェイトの腹部を強かに突いていた。

「――かっ!」

 風に舞う木の葉が如くに、フェイトの矮躯が軽々と吹き飛んだ。しかし壁に叩き付けられる直前、フェイトは空中で反転、壁を蹴って再度キースへと飛び掛る。その速度、既に人間の動体視力で捉えられるものでは無い。
 にも、関わらず。
 キースの間合いに入る。擦れ違い様に斬りつけようとバルディッシュを構える。だが刃が敵を切り裂くよりも尚早く、弧を描く動きで棍が迫り、咄嗟に防御したフェイトの肩を打ち据える。結果、フェイトの突進は方向を逸らされ、その勢いのままに壁と正面衝突。
 
「レイジングハート、お願いっ!」
【All right.Accel Shooter. 】

 軋む身体に鞭打って立ち上がる。と、《大丈夫、フェイトちゃん!?》という念話が頭の中に響いた。こくりと頷いて顔を上げれば、魔力弾発射用のスフィアを展開したなのはの姿が、視界に入った。

「シュートっ!」

 上方から制圧射撃の如くして放たれる、桜色の誘導操作弾アクセルシューター。その数二十七、そのどれもが弾丸に匹敵する速度でキースに迫る。非殺傷設定とは言え、一撃でも喰らえば昏倒は免れまい。十七発がキースを直接、残る十発が回りこんでその両側面から。

「――ふはは」

 変態キースが笑う。
 ぐるん、と棍が翻り、迫る魔力弾に向けて突き出された。飛来する魔力弾、その先頭を走る一発を、棍の先端が叩く。弾体の強度が高いせいか砕ける事は無いものの、魔力弾は弾かれて近くの床に着弾する。
 棍の動きは止まらない。引き戻された棍が再び突き出される。上下左右前後、棍の両端が次々と魔力弾を叩き落とし、彼の足元に弾痕を穿っていく。
 なのはが魔力弾を放つ速度を拳銃の連射に例えるなら、キースの棍が突き出される速度は機銃の掃射。一発当たりの弾速がいかに速くても、拳銃と機銃とでは弾丸の連射速度がまるで違う。キースは迫る魔力弾を近づいてくる順に撃ち落とせば良く、手数が多いだけ一発の狙いが甘くなった魔力弾では、彼の死角を衝く事も叶わない。

「――はははっ!」

 逆に一発の魔力弾がなのはへの打球ピッチャーライナーとなって返された。レーザーの如き軌跡を描く魔力弾が術者へと舞い戻っていく。なのはは身を捻って躱すものの、背後の壁に直撃した魔力弾は無惨に破裂して消えた。
 先程からこれの繰り返しだ。どれだけ高速で動き回っても、死角から狙い撃っても、それがヒットする前に相手が合わせてくる。人間であっても魔力弾であっても変わり無く。後の先カウンターに特化した魔導師――フェイト=テスタロッサが、そして恐らくは高町なのはも、初めて戦うタイプの魔導師と言えた。

「なのは。私が掻き回すから――大きいのを、お願い」
「うん。フェイトちゃんも、気をつけて」

 その言葉を合図に、フェイトが飛び出す。棍の間合いには入らない、彼女がすべきは撹乱だ。無論、隙あらば必殺の一撃を叩きこもうと視線は標的から外さないが、今の彼女には“隙”と“誘い”の区別がつかない。何処に打ち込んでも返される、という疑心がそうさせている。
 故に速度を上げる。床を蹴り壁を蹴り天井を蹴って、敵の反応速度を上回る一瞬を探している。高速で跳ね回るピンボール。屋内、つまり限定空間における高速戦魔導師の戦術として、その選択は間違っていなかった。

「ふむ。良く動くものだな、金髪のお嬢さん。良いぞ良いぞ、それくらい活きが良い獲物を釣り上げるのが醍醐味というものだ」

 反吐が出る様な言葉が背を追ってくる。そんな感覚がある。どれだけ速くても、どれだけ疾くても、あの男の舌なめずりが背中に這い寄ってくる気がする。
 奥歯を噛み締めて悪寒を堪え、フェイトは床を舐める様な低高度で旋回、背後から一気にキースとの間合いを詰める。カートリッジを一発ロード、バルディッシュがハーケンフォームへと変化し、魔力で編まれた光刃が下段から振り上げられる。

でやあああああっ!
「ふふん」

 しかし予想通り――魔力刃が触れるよりも早く、キースの棍がバルディッシュの横腹を叩き、フェイトの一撃を逸らす。ぐるりと棍が半周し、掬い上げる様な一撃が腹に叩きこまれる。少女の身体が空中で半回転し、背中から床に叩き付けられた。
 突進の勢いに引き摺られて床を滑り、近くの瓦礫に衝突して停止する。がっ、と内臓から息が搾り出された。
 構わない。目的は達したから。

「――なのはっ!」
「ディバイぃぃぃぃン――バスターぁあああああっ!

 迸る桜色の閃光。砲撃魔導師高町なのはの主砲、直射砲撃魔法ディバインバスターが、キースへと向けて放たれた。
 射撃魔法ならいざ知らず、砲撃魔法まで捌く事は出来まい。ましてなのはの砲撃だ、どれだけ防御技術が高かろうと、濁流の前に人間一人の小細工など無いに等しい。
 加えて、

「む……?」

 がくん、とキースの身体が傾く。先の突進の際、バルディッシュが床を抉っていた事に、キースはここで初めて気付く。足場を崩す事こそが突貫の目的。不安定な体勢ではいつも通りの防御は出来ない筈。
 策はほぼ完全な形で発動する。崩れた体勢。不安定な足場。必殺の砲撃。これだけの要素を揃えたのだ、引っ繰り返す隙は無い。

「――と、思っているだろう?」

 底冷えのする様な声音でそう口にして、キースが軽く棍を撫でる。次瞬、がきん、と金属音がして、棍が三つに分解された。節と節の間が魔力ワイヤーで繋がれている。その姿は俗に三節棍と呼ばれる類の武器であり、またデバイスである以上、この瞬間での変形に何か意味がある事は自明。
 分解された棍の両端を合わせる。楽器トライアングルの様な三角形となった棍をぐるりと回転させ、迫る砲撃の前に突き出した。ぶぅん、と蝿の羽音の様な音が鳴る。と、小石を投げ込まれた水面の様に、空間が波打った。

Tri Rippleトライリップル

 波打つ空間が、ディバインバスターを受け止める。空間に火花が散り、水飛沫の様に散った魔力が床を抉っていく。

「こ……ん、のぉっ!」

 裂帛の気合が少女の口から漏れれば、レイジングハートの先端から迸る光柱が更に一際太さを、勢いを増す。だが届かない。撃ち抜くべき敵に、吹き飛ばすべき敵に、届いていない。
 ディバインバスターを阻むデバイスが、ゆっくりと動く。バスターの光柱に対し直角だったそれが、斜め四十五度の角度へと。必然、濁流はその表面を滑る形で勢いを逸らされ、キースの斜め後方の壁を粉砕して消えた。

「残念だったな、お嬢さん!」

 デバイスを掴んだ右手を大きく引きこむ。三角形となっていたデバイスが棍へと戻され、砲撃を撃ち終わった直後のなのはへ向けて突き出された。
 なのはへと向けて突き出された棍。本来ならばそれは届かない。砲撃を以って到達する距離だ、棍では届かない。だが、どん、と炸薬が爆ぜる様な音と共に、棍が中ほどから射出される。もう一つ同じ音が響けば、射出された棍の更に半分が射出された。
 言葉で表せば簡単な事だ。三節棍の節を繋ぐワイヤーを一気に延ばして、目標を突いたというだけ。だがその速度はなのはが防御障壁を張るよりも遥かに速く、鳩尾を突かれたなのはの身体は後方の壁まで一直線に吹っ飛んで、壁を瓦礫と化さしめる。

「なのはっ!」
「お友達の心配かい? 余裕だね、金髪のお嬢さん」

 突き出した棍を横薙ぎに振る――フェイトは咄嗟にバルディッシュで防御、中央の節を受け止める。だが勢いが止まった訳では無く、中央の節を受け止めた事で旋回半径が狭まり、先端の節が背後からフェイトを強打した。
 
「……ッ!」

 声も無く、フェイトは倒れ伏す。
 ひゅるんと棍がキースの手元に返り、分かれた三節が元の形に戻った。
 フェイトのバリアジャケットはそれほど防御力が高くない。基本のライトニングフォームであっても、あくまでソニックフォームと比して防御力が高いという事であって、なのはやフラットのものと比べればその防御力の低さは致命的。
 リソースを“速度”に割り振った弊害であり、“受ける”より“躱す”に主眼を置く高速戦魔導師としては仕方ない面もあるのだが、故に、直撃は容易く、戦闘不能に直結する。

「う…………」
「…………っ、く」

 瓦礫の下から呻き声が聞こえる――まだ、なのはは生きている。意識があるかどうかは不明だが。しかし声をかけようと口を開くも、フェイトの喉から漏れるのは言葉では無く、内臓が酸素を求める音。

「さて、これでお終いの様だが――他に何か、策はあるかね?」

 一歩踏み出しながら、キースが訊いてくる。フェイトは答えない。答える余裕も無ければ、答える義理も無い。射殺す様な視線を、ただキースへと向けている。……それが、精一杯。
 怖い怖い、と肩を竦めるキース。その顔に貼りついている軽薄な笑みは、フェイトをして吐き気を催させるものだった。
 そうだな、まず最初はその目を抉るとしよう。変態が口にする身勝手な予定スケジュール。目を抉り耳を落とし鼻を削ぎ。おぞましさで身震いのする様な言葉の羅列、しかしそれを撤回させる事は出来そうに無い。
 だが続くキースの言葉だけは、聞き逃す事は出来なかった。

「どうせあの銀髪のお嬢さんはばらばらの肉片にされてしまうだろうからな。あいつは仕留めた獲物を大事にしないからなあ――私はこちらで楽しませて貰うとしよう」

 ばらばらの、肉片。その言葉が意味するところを認識すれば、フェイトの身体は確かに動いた。
 軋んで痺れてどうしようも無い身体なのに、それでも何故か、フェイトは立ち上がれる。がらりと背後で瓦礫が崩れる音。振り向くまでも無く、親友もまた立ち上がったのだと知れた。
 キースの顔が驚きと喜びに変わる。驚きは少女達がまだ立ち上がれた事。喜びは獲物を甚振る時間がまだ続く事。

「フラットは……」
「うん?」
「フラットは、負けません」
「それと――」

 隣に降り立つなのはが、フェイトの言葉を引き取って続ける。

「私達も、負けません。……フラットちゃんに、笑われちゃうから」
 
 親友の言葉に大きく頷き、フェイトはバルディッシュを構え直す。
 少女達が精一杯に取り繕った虚勢を、しかしキースは哄笑で一蹴する。
 
「ふ、ふふふ。ふははっ! 素晴らしいな! 素晴らしいよお嬢さん方、それは何かね? 信頼? いや妄信かな? いやいや素晴らしい、何とも美しい友情じゃあ無いか! 宜しい! ならば私は現実というものを教えてあげるとしよう!」

 足元の瓦礫を棍で砕き潰し、キースは高らかに、謳う様に言う。

「ふむ。そうだな――先に一つ、面白い事を伝えておこうか」
「……何ですか」
「ヴェイニィ=ユキーデは私より強い・・・・・。この意味が解るかな、お嬢さん?」

 絶望と戦慄が、等しく身体を駆け抜ける。フェイトとなのはが二人がかりで手も足も出ない敵よりも、更に強い相手。それがフラットと戦っている。フラットに襲いかかっている。フラットを、斃そうとしている。

「魔導師ランクS+。かつて聖王教会騎士団において五本の指に入ると謳われた男が、ただ一人を殺そうと魔法を行使する。その結果がどうなるか――まあ、常識的に考えれば、簡単な論理だと思うがね?」

 結論を導き出すのは酷く簡単。しかし、それをあえて口にしない事で、少女達自身ににそれを想像させ、より苦しませる。それがキースの目論見だろう。
 だが。
 彼は知る由も無い――その小賢しさが、まったくの逆効果となって発現する事など。

「……………………そう、ですか」
「ああ。そういう事だよ、金髪のお嬢さん。理解出来たかな?」
「はい。良く解りました・・・・・・・――キース=ウィタリィ」

 ひゅん、とバルディッシュを一回転させ、キースへと突き付ける。
 じゃきんっ! と重い金属音を立てて、レイジングハートもまた同様に、キースへと突き付けられた。
 明確に戦意を表すその動き。絶望的な未来を突き付けられて尚、少女二人の顔には不敵な笑みが浮かんでいる。見る者が見れば、その笑みが誰かに似ていると気付いただろう。
 まるで――フラット=テスタロッサの様だ、と。

「早々に貴方を倒して、フラットの加勢に行きます」

 私、お姉ちゃんですから。
 付け加えられたその一言のせいだろうか、キースは不快そうに、或いは不審そうに、口元を歪めた。









 16ビートで刻まれる爆音は、進路上にあるものを片っ端から木っ端微塵のごみくずへと変えていく。と言っても進路上には生い茂る樹木しか無いわけだから、出来上がるのは微細な木片だけ――奇しくも文字通り“木っ端”微塵な訳で――なのだが。

「おいおいおいおい、冗談じゃねぇぞ……この前は三味線弾いてやがったのか、あの野郎……!」

 ぱらぱらと小雨の様に降ってくるその木片を払い落としながら、フラットは毒づく。
 正直、予想外だった。魔法が使える様になればあっさり形勢逆転、鎧袖一触にトライアッズの連中を叩きのめせるだなんて虫の良い事を考えていたつもりは無いが、少なからず楽観的になっていた事は否定出来ない。常に物事をシビアに見るフラットには珍しいテンションであったと言えるが、奪われていた魔法技能を取り戻した直後という事を考えれば、無理も無い事と言えよう。
 しかしそれも、暴風の様に荒れ狂う爆撃の嵐に晒されれば、あえなく霧散していった。

【情けないっスよご主人! 『今の俺なら烈海王にも勝てる!』とか言ってたじゃないっスか!】
「そんな敗北フラグな台詞を吐いた憶えは無えよ。あ、でも、『ここを通りたければ俺を倒していけ!』的な台詞は言った事がある様な……」

 確か無印編の最後あたりで。
 爆心から十メートルほど離れた場所で、樹木の陰に隠れる様にして、フラットは敵の様子を窺う。
 木々が薙ぎ倒され、酷くさっぱりとしてしまった一角。古城の周辺に広がる森の一部が、ミサイルでも撃ちこまれたかの様に消失している。爆撃の痕跡という意味では、それは最早比喩でも無かった。
 もうもうと立ち昇る黒煙の向こう側に、一人の男が佇んでいる。トライアッズ所属の違法魔導師、ヴェイニィ=ユキーデ。
 フェイトとなのはがキースによって古城に誘い込まれた後、フラットはヴェイニィと森の中に移動した。会話を交わした訳では無い(という以前に、ヴェイニィは一切言葉を発していない)、悠然と歩いていく彼の後を追うという形で、フラットはヴェイニィの誘いに乗った。
 正々堂々の勝負がしたい訳では無い。そも、フラット=テスタロッサという魔導師のスタイルは、奇襲騙撃すら容赦無く敢行する“躊躇の無さ”に基づいている。にも関わらず不意打ち――この場合は、歩いて行くヴェイニィの背中を撃たなかったという意味で――を仕掛けなかったのは、それだけ先日の敗走が彼の中で尾を引いている事を示していた。
 あれをしたから勝てたとか、これが無かったから負けたとか、そんな言い訳や物言いを一切許さない、完膚無きまでの勝利。それこそが、この屈辱を晴らす唯一にして絶対の方法であると、フラットはそう考えている。
 ただ、まあ、それがどれほどの難易度であるかまでは、考えが及ばなかったのだが。

「ったく、景気良く爆破しやがって……自然は大切にしようって学校で教わらなかったのか、あの野郎」
【そこそこ育ちの良い人に見えるっスけどねえ】
「まああの変態と見比べりゃ、大抵の人間はいいとこのお坊ちゃまに見えるけどな」

 フェイトとなのはは大丈夫だろうか。ヴェイニィから指名され、またフェイトが自身で奴を指名したのだから、仕方ないと割り切ってはいるが――フラットとしては、キース=ウィタリィの様な人間と関わるのは、戦闘行為であろうとそれ以外であろうと、あまりお勧め出来ない。
 ――と。
 僅か数秒ではあったが、思考に没頭してしまったのは、迂闊だった。
 
【ご主人っ!】

 視界に影が落ちる。上を向けば、発破爆発を発生させる拳を構えて上方から仕掛けてくるヴェイニィの姿が目に入る。
 一瞬に思考が二分割。防ぐか躱すか、それぞれをシミュレート。結論はどちらも失敗に終わる、フラットの障壁では爆撃を防ぎきれず、回避したところでその余波に巻き込まれる。
 故に、フラットは――

「……っの!」

 落ちてくるヴェイニィに向けて、掌を突き出す。その先に魔法陣を展開、掌を拳へと握りこんで、魔法陣に叩きつける。

「サンダー・スマッシャー!」

 轟と噴き出す銀色の閃光。同時に繰り出される爆撃拳。ぶつかり合ったそれらは互いの威力によって術式の崩壊を引き起こし、中空で爆発を引き起こす。
 アルギュロスを構えたままの腕で顔を庇い、爆発の衝撃波に逆らわず、その勢いでフラットは後方へと飛び退く。受身は取ったものの、強か地面に叩き付けられた。柔らかい土であり、バリアジャケットの強度も本調子に戻っている為怪我は無かったが、ジャケットを抜いた衝撃が身体を軋ませている。
 とは言え、戦闘不能には程遠い。下手に防いだり躱したりするより遥かに軽症だ。素早く立ち上がり、アルギュロスの銃口を敵へと向ける。
 今のサンダー・スマッシャーは碌な術式も組まず、反射的に放ったものだ――体裁だけ繕った魔法で、あの男を止められる筈が無い。
 果たして黒煙の向こうから、まるで無傷、バリアジャケットと思しき白いスーツに焼け焦げ一つ無い姿のヴェイニィが姿を現した。

「……ま、分かっちゃいたけどな」

 かきこきとヴェイニィは首を鳴らしてみせる。何一つ言葉を発しない男の、だからこそと言うべきか、それは明確な挑発だった。
 その仕草に、フラットの頭に血が昇る。しかしそれは冷静さを失わせる事を意味しない。速い血流が脳細胞を活性化させると、それだけの意味しか持っていなかった。

「上ッ等だこの野郎。奥歯から手ェ突っ込んでケツガタガタ言わせてやるッ!」
【ご主人、それ逆っス!】

 アルギュロスのツッコミも、戦闘の当事者達の耳には入っていない。
 ヴェイニィが前に出る。それは泥流の様な緩やかさ。目を瞠る様な速度はそこには無い。しかし泥の質量は進路上にあるものを飲み込み、薙ぎ倒していく。ヴェイニィの突進はまさにその通りで、障害たる樹木はその拳に木っ端微塵とされ障害足り得ない。

「アルギュロス!」
【了解っス!】

 フラットの周囲に発生する魔弾発射台フォトンスフィア。その数優に三十を超える。術者の前面に展開したそれらが戦列を敷き、主の令が下る時を待つ。

「アルカス・クルタス・エイギアス……!」

 本来この魔法は、アルギュロスの補助が無くとも発動出来るもの。しかしそれはアルギュロスの介入する余地が無いという意味では無く、当然、デバイスの補助があればそれだけ速く、正確な術式構成を可能とする。
 数十秒から数分かかってしまう術式を、僅か数秒に短縮出来る。呪文詠唱の大半を省略して尚、威力も速度も衰えず。高性能なインテリジェントデバイスにとっては、雑作も無い事。

「フォトンランサー・ファランクスシフト!」
【――Fire!】

 横殴りの雨が、ヴェイニィ=ユキーデに向けて襲い掛かる。
 総計三十八のスフィアが秒間七発の速度で魔力弾を吐き出す。四秒間の斉射は数にして千と六十四の暴力を敵へと叩きつける。
 たった一人に向けて放たれた魔力弾の数としては恐らく記録的なものだっただろう。またそれを放ったのが一人の魔導師であったという事も、特筆されて然るべきである。
 しかしこの戦闘における当事者達にとって記録するという事は何の意味も持たず、またその行為に割く余裕も、互いに無かった。

「――っち!」

 驚くべき事に、或いは当然な事に、魔弾の雨は敵の足を鈍らせるにも至らなかった。
 フォトンランサーの弾体は槍の様に細長い。“砕く”では無く“貫く”を重視した形状となっている、フラットの使うそれもフェイトのものと変わらない。それが裏目に出た。槍状の魔弾はその大半がヴェイニィに弾かれ、残る数発も彼の身体に突き刺さって・・・・・・いるものの、彼の足を止めるに至っていない。
 ヴェイニィが、己の間合いの中にフラットを捉えた。体重を乗せ重力で加速する打ち下ろしの右チョッピングライト。体格の関係上、ヴェイニィが放つ攻撃は基本的に上方からの打ち下ろしだ。軌道を読むのはそう難しくない。

「!」

 半身をずらし、打ち下ろされた拳を躱す。地面に接触した拳が爆発を引き起こし、大量の土砂と爆風がフラットの身体を叩く。だがそれと引き換えに、フラットは絶好の位置ポジションを手に入れた。
 屈んだ姿勢となっているヴェイニィのこめかみにアルギュロスを突きつけ、

「ライトニング・バスターっ!」
【Lightning Buster.】

 躊躇無く、発砲。
 落雷を思わせる轟音が響き、銃口から撃ち出された魔力弾がヴェイニィの側頭部を直撃。ほぼ零距離で放たれた一撃はヴェイニィの身体――決して巨漢では無いが、纏った筋肉の鎧が相当の重量を予想させる――を軽々と吹き飛ばす。
 空中で何度も回転、碌に受身も取れない状態で何度も地面に叩き付けられ、十数メートル吹っ飛んで、ヴェイニィの身体が停止する。完璧なタイミングで叩きこんだ、防御も回避も出来なかった筈。
 非殺傷設定とは言え高い硬度の魔力弾だ、確実に脳震盪は引き起こしただろう。

【やったっス! さっすがご主人! ……ご主人?】
「…………アルギュロス、その台詞はもうちょい後で頼む」

 冷たい汗が背筋を流れていくのが、感じられた。
 タイミングは完璧だった筈だ。威力も申し分無かった筈だ。間違い無く急所に直撃した筈だ。
 筈、筈、筈。
 だから立ち上がって来ない筈なのに――平然と、ヴェイニィは立ち上がってきた。

「タフだな、おい」

 バリアジャケットの強度が桁外れなのか、肉体そのものの強度が桁外れなのか。恐らくはその両方だろう。相対する側にとっては厄介な事この上無い。
 重装甲と高火力。まるで戦車だ、とフラットは舌打ちする。
 規格外の破壊力を提供するアルギュロスをして、“扉叩きドア・ノッカー”としかならない事実。火力を身上とするフラット=テスタロッサにとって、それは決して許容出来る事では無かった。
 故に。

「ブチ抜くまで、撃ち続けてやらぁっ!」

 撃鉄が上がる。それはアルギュロスの撃鉄という外面の事であると同時に、フラットの思考という内面の事でもあり。
 そんな今のフラットにとって、銃爪は酷く軽い。空気を引き裂く轟音が鳴り響き、反動が腕を伝って全身を震わせる。二発目のライトニング・バスターを、しかしヴェイニィはあっさりと撃ち落とした。
 突き出した左拳に魔力弾が接触したかと思えば爆炎が噴き上がり、次いで膨れ上がった黒煙が彼の身体を隠す。その中から飛び出してくるヴェイニィの姿は容易に想像出来る――というか、先日の戦闘でも似た様な展開になった事を憶えている――、故にフラットは後方へと跳躍、十メートル弱の間合いを倍にまで広げる。
 ぱちん、と一つ指を鳴らした。乾いたスナップと共に魔力光が収束。薄い輪を形成し、回転を始める。――アークセイバーの変形、フリーホイール・バーニング。
 すい、とフリスビーを思わせる機動で、光輪は宙を滑る様に動き始める。なのはのアクセルシューターほど自在では無いが、ある程度の誘導制御は可能だ。黒煙に覆われた一角を回りこむ様にして、光輪は敵の死角へと移動する。

 ――出て来い。

 口元に薄く浮かぶ笑み。仕込みというほど大したものは無いが、罠は張った。後は奴が飛び出してくるタイミングを見計らって――

「!」

 ぞくりと全身が粟立つ。本能が脅威を察知する。一瞬の判断で、フラットは前へと跳んだ。先に広げた距離を詰め直し、それでも足りずと掌で地面を叩き、空中で一回転して着地する。体操競技を思わせる、一種芸術的な挙動だったが、当のフラットにしてみればそれどころでは無い。
 後ろを振り向き、一瞬前まで自分の居た場所に立つヴェイニィ=ユキーデの姿を視認する。一体いつの間に。不意に吹いた一陣の風が、フラットの背後で未だ燻る黒煙を吹き散らす。そこにヴェイニィの姿は無い。目の前に立っているのだから、当然と言える。
 気配を消して動く事も出来るらしい――あんなごつい身体をして、随分と芸達者な男だ。知らず漏れた歯軋りと裏腹に、フラットの思考は冷静に相手を賞賛する。
 
「………………」

 ヴェイニィは何も言わない。再び、フラットに向けて突っ込んでくる。突進からの近接戦闘、ベルカ式のスタンダードにとことん忠実。
 だが今度は、フラットは逆に相手へと向けて走りだした。アルギュロスの下部に銃剣フォトンブレイドを形成、得物を接近戦仕様に切り替えて、敵との間合いを自ら詰めていく。
 一瞬、ほんの一瞬だけ、ヴェイニィが意外そうな顔を見せた。だがそれだけだ。彼は足を止めなかったし、繰り出す拳の速度が鈍る事も無い。

「っらぁっ!」

 打ち下ろされる右拳に、フラットは左手を突き出す。無論受け止めるつもりは無い。そんな事をすれば肘から先が消えて無くなる、だから掌の先に展開されたのは障壁の魔法陣では無く、弾丸を撃ち出すスフィアだった。
 射出されたフォトンランサーがヴェイニィの右拳に着弾。爆撃拳が暴発、至近距離での爆圧が全身を叩き、黒煙が視界を塞ぐ。
 次が来る。左拳が黒煙を切り裂いて、フラットの顔面へと向けて突き出される。その一撃を、跳躍によってフラットは躱した。

「にや」

 と、フラットが浮かべた笑みに、ヴェイニィは気付いていたか。黒煙によって大半が塞がれた視界では恐らく視認は叶わなかっただろう。それにその時点でのヴェイニィの注意は、跳び上がったフラットの背後から飛び出してきた八つ裂き光輪フリーホイール・バーニングに集中していたのだから。
 フラットが突っ込んだのは、主にこの為に。自身の身体を障害として、光輪を隠す為だ。
 しかしそれも、無為に終わる。
 驚くべき事に、ヴェイニィは光輪を素手で掴んだ――掴んだ瞬間に握り砕いてしまったのだから、傷一つ負わせる事も出来なかったが。
 だが問題無い。その程度は予測済み。

「アルギュロス! 崩せ・・っ!」

 ぱんっ、と風船の割れる様な音が響く。次の瞬間、ヴェイニィの周囲にあった木々が、一斉に彼へと向けて倒れこんできた。
 説明すれば、何という事は無い。フラットがヴェイニィに向けて突撃した時点で、光輪は敵の周囲にある木々を切り倒しており、アルギュロスがバインドでそれを固定していただけの事。
 木々の重量を全て合わせれば一トンに及ぶだろう。それだけの質量物、そうそう簡単に捌ける筈が無い。
 加えて――

「ぶち抜くぞ、アルギュロス! ライトニング・バスター――
――OverDose!!
まとめて持ってけぇッ!!
 
 弾倉内に残る三発のカートリッジを、全弾魔力砲撃へと変換。無数の環状魔法陣が銃身を包み、銃口から先の空間へ砲身が如くに展開して、魔弾を更に加速させる。先のファランクスシフトが数の暴力を体現するのなら、この三発は威力としての暴力を体現していた。
 銀の閃光がヴェイニィへと襲い掛かる。彼を押し潰さんと降ってきた樹木の更に上から、彼を焼きつくさんとイカズチが天より落ちる。

「――あ……!?」

 そして――フラットは見た。
 圧倒的な質量、圧倒的な威力を前に、ヴェイニィ=ユキーデが笑みを浮かべた、その瞬間を。
 ぐぐぐ、と彼が身体を捻る。右拳を強く強く握りこみ、上半身と下半身を人体構造の限界まで捩じらせて、ただ一撃に力を収束する。
 直感的に理解する。あの男は降る樹木も落ちる雷も眼中に無い。その更に向こう、上空に位置する自分へと、これより繰り出す一撃は向けられている。だがその理解を常識が拒む。この距離では届かない。あの男の拳は届かない。
 だがその常識ですら――フラットの本能が駆逐する。
 

 ――この距離で・・・・・は届かない・・・・・
 ――誰が決めた・・・・・


 そして。
 拳が、突き出された。
 予想通り、或いはその予想すら超えて、拳は――いや、拳が発生させた衝撃波か、とにかくヴェイニィが繰り出した一撃は、直線上にある樹木も魔弾も等価に打ち砕き、そしてフラットへと到達する。
 ――爆発。
 ヴェイニィの使う魔法に例外無く、衝撃波はフラットへと辿り着いたその瞬間、炸裂する。咄嗟に張った障壁など無いに等しい。全身を粉々にされそうな衝撃が、骨を肉を内臓を容赦無く叩きのめし、フラットの意識を束の間失わせる。

【ご主人っ!?】

 ぐらり、フラットの身体が傾く。そのまま眼下の森へと真っ逆様。密集する様に生い茂る枝葉、そしてアルギュロスが張った障壁のおかげで頭から地面に激突という事態は避けられたが、それでもかなり洒落にならないレベルで地面に叩き付けられた。
 その衝撃で意識が戻った事だけが、唯一の救いか。

「~~~ッ……!」

 悶絶する声すら出ない。立ち上がれない。先日食らった一撃などとは桁が違う。生きているのが不思議なくらいだ、自慢のロングコートバリアジャケットがまるでぼろきれの様な有様。アルギュロスの機能に支障が無いのは不幸中の幸いと言えるが、あまりにもささやか過ぎる“幸い”である。
 悠然と、ヴェイニィが近づいてくる。いっそ優雅にとすら表現出来るその足取りは、勝者の余裕などというものとは程遠く、窮鼠の反撃を警戒するが故のものと知れた。

「……化物が……ッ!」

 そして。
 ヴェイニィが再び、右拳を引きこみ――溜めの姿勢に入った。









『……そりゃ“怖い”じゃねえよ、フェイト。“気持ち悪い”だ』

 そう言えば。
 昨日の夜、フラットはそんな事を言っていたのだったか。
 露天風呂から戻った後、床につくまでの少しの時間に交わされた会話。
 明日の決戦を前に、先日の敗北を見直していた時のフェイトの一言――キース=ウィタリィという魔導師を怖いと言った、その一言――に対するフラットの言葉が、それだった。

『恐怖と嫌悪は似ているけど違う―― 一緒くたにすんな。恐怖は乗り越えるもの、嫌悪は取り払うものだ。お前は解ってる筈だぜ。あの男は乗り越える・・・・・に値しない・・・・・

 キース=ウィタリィは強い。恐らくヴェイニィ=ユキーデは更に強い。けれどそれだけだ。気持ち悪くはあっても、怖くない。
 どれだけ強くても、そこに恐怖は無く、故に昂揚も無い。なるほどフラットの言は真実を衝いていた。あの男は強いだけだ。大きくも、怖くも無い。線路上に転がる石ころの様なものだ、排除しなければ前へ進めないと、ただそれだけの相手でしか無い。

「プラズマ――ランサー!」
【Plasma Lancer.】
「アクセル――シューターっ!」
【Accel Shooter.】

 金色と桜色の魔弾が、標的に向けて加速する。意図的に弾速や威力をずらした攻撃。敵よりも自軍側の数が多い場合におけるスタンダード、相手の処理能力を飽和させる。それが、この段階・・・・においてフェイト達が選択した戦術だった。
 
「ふふん! 学習しないお嬢さん方だな、これはあれかな、ゆとり教育の弊害というやつかな!?」

 誘導弾、直射弾、その全てが棍によって切り払われ、叩き落とされる。直撃は一発も無い。性格とかモラルとかに反比例した高い実力。不愉快ではあるが、キース=ウィタリィは確かに一流だった。
 キースの手元に魔力弾が発生する。大きさは野球のボールくらいだろうか、それが四つ。射撃魔法を不得意とするベルカ式、当然ながらキースも、それを直接射出はしない。ビリヤードの様に棍で魔力弾を次々と突いて打ち出してくる。空中で互いに衝突し、思いも寄らぬ方向から迫ってくる。フェイトはバルディッシュの魔力刃で切り払い、なのはは防御障壁で防いだ。

《なのは!》
《――うん!》

 念話で呼びかければ、親友は瞬間的にこちらの意を察してくれた。ちらりと彼女を見る。なのはもまたフェイトを見ていた――目が合った瞬間、互いが自身のやるべき事を理解する。
 意識のギアを一つ上げる。思考速度をトップスピードに、反して肉体はニュートラルに。視界に入る全ての空間に知覚が張り巡らされた様な感覚。それは或いは脳内麻薬の為せるワザか。

「バルディッシュ」
【……正直、賛同出来かねます、サー】

 なのはのレイジングハートと異なり、普段寡黙な相棒が珍しく、己の言葉で制止する。だが聞けない。ここで出し惜しみは出来ない。手を抜けば待つのは敗北。そうなった時、どの面提げてフラットと会えるというのか。
 今有る全力を以って、あの男を叩き潰す。

「大丈夫。全部躱す・・・・。だから、お願い」
【……Yes,sir.Barrier jacket."Sonic form".】

 フェイトのバリアジャケットが一度弾け、再度構成される。マントと腰回りの布が消失し、両の手足に装甲が装備される。装甲から発生する光の羽ソニックセイル。両手に各二枚、両足に各三枚のそれが羽鳴りの様にぶるんと一つ唸って、変身完了を告げる。
 ソニックフォーム。フェイト=テスタロッサの切り札が一枚。防御を捨て速度のみを追求したその姿は、高速戦魔導師の一つの到達点。
 そして――

「――いくよ、レイジングハート!」
【了解しました、マスター。見せつけてやりましょう】
 
 なのはもまた、己が切り札を場に出す。
 フェイトのソニックフォーム以上に身体へ負担をかけるそれの使用に、レイジングハートは躊躇う様子を見せない。これは決してレイジングハートが冷淡という意味では無い――寧ろ、その逆。なまじっかな事で主を翻意させる事は出来ない。ならば一分一秒でも早く戦闘を終了させ、負担を伴う時間を減らすべきと、そう判断したのだ。

「うん! わたしの全力全開で――あの人に、勝つの!」
【"Excellion mode."――Ignition.】

 がしゅん、とレイジングハートがカートリッジを吐き出し、物理法則から離れて姿を変えていく。音叉を思わせる形状のバスターモードから、最早杖というよりは槍と呼んだ方が近い、鋭角的な形状へと。
 身体が鉛の様に重くなる。蛇口全開で魔力が流れ出していく感覚と、反して身体の奥底からマグマが噴き上がる様な感覚。
 高町なのはの切り札、エクセリオンモード。魔力消費と引き換えに爆発的出力を生み出す、火力を突き詰めた砲撃魔導師の究極が一つ。

「――は! ふはは! 素敵だなお嬢さん方! それがお嬢さん方の切り札という訳か!」

 快哉を叫ぶキースに、最早少女達はかける言葉を持たなかった。
 フェイトがキースの間合いに入る。最早その動きは視認する術も無い。速度は音速にすら達しよう。一瞬にも満たぬ刹那で彼女は行動を開始し終了する。間合いの内側、つまり絶死圏内へと飛び込んだフェイトに向けて、迎え撃つ棍もまた、加速する。
 少女の頭蓋を叩き砕かんと振るわれるその一撃は、しかし空しく宙を薙ぐに留まった。はらりはらりと舞い散る金色の毛髪が、その一撃が紙一重であったと伝えている。しかし紙一重は紙一重、身を低く沈めたフェイトに、棍は掠りもしていない。

「はっ!」
「甘い!」

 掬い上げる様な下段からの一撃を、キースが事も無げに棍で捌く。バルディッシュの魔力刃と棍に纏わせた魔力光がぶつかり合って火花を散らす。燈色の火花に照り返された少女には不敵な笑みが刻まれ、反して変態の顔には驚きにも似た感情が刻まれていた。
 一撃を防がれたと悟った瞬間、フェイトは動く。反撃を再び紙一重で避け、一旦キースの間合いから離れた。それも僅かに一瞬、再度フェイトは棍の届く範囲へと侵入する。
 迎撃はまるで弾幕。突き出される棍は一瞬にして百を超える。ちゅいん、ちゅいんと、バリアジャケットの薄いフィールドを棍が裂いていく音が耳にこびりつく。一撃でも喰らえば風穴が開くだろう。フェイトは防御を捨てており、キースの棍はそれだけの威力を有している。

 ――見ろ、見ろ、見ろ。その一撃を見定めろ、滑りこむ隙間を見出せ、己の一撃を叩きこむべき瞬間を見極めろ。

 高速戦魔導師とは決して、“真っ直ぐ突っ込んで斬る”だけの魔導師では無い。常人の追いつけぬ速度域に“在り続ける”魔導師を指すのだ。
 速く飛ぶだけなら銃弾と変わり無い。銃弾と彼女を隔する最大の要因は、その軌道の柔軟性。一度放たれれば軌道を変える事は出来ない銃弾に対し、フェイトはそれに匹敵する速度を保ったまま、縦横無尽に動き回る事が出来る。針も通さぬ様な弾幕の隙間を縫い、敵へと迫っていくその動きこそ、フェイト=テスタロッサの本領。
 
「成程速いなお嬢さん! だがそれだけだ! ただ速いだけでこの私に届くと、本気で思って――」
「届く! 私はこれを磨き上げてきた! より速く、より疾くと! この土俵なら――私は届く!」
「は! 速いから何だというのかねお嬢さん! 私には情熱がある! 思想がある! 理念がある頭脳がある! 気品があるし優雅さも勤勉さもある! 速さが足りないくらいで覆るほど安くは無いぞお嬢さんっ!」
「覆してみせる! けれどそれは“速さ”だけでじゃない! ――私一人でじゃないっ!」

 一際高らかに、金属音が鳴り響く――突き出された棍にバルディッシュを強引に叩きつけ、軌道をずらす。鎌状に形成された魔力刃がその衝撃に罅割れ、砕け散って消滅する。
 瞬間、フェイトはバルディッシュをハーケンフォームからアサルトフォームへと変形させた。棍の先端が変形するバルディッシュに噛み込まれ、挟まれて固定される。いつぞや、フラットがなのはとの戦いで取った戦法、その模倣だった。

「ぬぅあっ!」

 だがそうなれば、後はただの力比べだ。膂力というステータスでフェイトがキースを圧倒出来る筈が無い。棍ごと、バルディッシュごとフェイトの身体がぶん回される。棍を固定していたバルディッシュが外れ、フェイトの身体が宙を舞う。

「――なのはっ!」
《うん!》

 キースがそれに気付くのと、なのはが飛び出すのとでは、どちらが早かったか。

【A.C.S.Stand by.】

 六枚の光翼を羽ばたかせ、先端に光杭ストライクフレームを煌めかせたレイジングハートを構え、なのはがキース目掛けて突貫する。
 瞬間突撃システム/Accelerate Charge System。零距離砲撃を主眼とした、砲撃魔導師の常識からおよそ逸脱したシステムである。零距離で炸裂する砲撃は直撃したとしてもその余波で術者を焼く。だが防御を貫きその内側で放つという特性上、真に一撃必殺を考えるならば、少なくとも一つの正解と言える。
 
「エクセリオぉぉぉぉぉン……」

 棍が三節に分かれ、トライアングルを形成して、防御魔法が展開される。波紋の様にさざめく空間へストライクフレームが叩き付けられ、耳を劈く軋音が鳴り響く。
 なのはは止まらない。もっと強く、もっと先へ。少しずつ少しずつ、光杭の先端が障壁に食い込んでいく。

「……バスターーーーっ!!

 そして放たれる桜色の奔流。障壁をぶち砕き、大気を灼き切る様な大威力砲撃が、ただ一人へと向けて襲い掛かる。

「外れだ、お嬢さん!」

 だが砕けた障壁の向こうに標的の姿は無い。キースの姿はなのはの頭上に在る。その周囲には二十発を超える魔力弾が浮遊していた。がら空きの脳天目掛け、次々と撃ち出される魔力弾はまるで流星の様。否、それは最早、絨毯爆撃とすら言えただろう。必死に躱し防御しても、到底耐えきれるものでは無い。

「撃ち抜け、雷神――」
「!」

 キースが振り向く。だがそれよりもフェイトが速い。一瞬にて最高速に達するその挙動は、敵の反応よりも速い行動を可能とする。

ジェット――ザンバーっ!

 暴風の如き衝撃波がキースの全身を叩き、体勢が崩れたところに、ザンバーフォームへと変形したバルディッシュが振り抜かれる。金色の魔力光で編まれた刀身は術者の身の丈を遥かに超えている。城ごと真っ二つに断ち切らんと振り下ろされた一刀は、しかし標的を切り裂くには至らない。突き出された棍が三節に分かれ、射出された先端の節が得物を振るうフェイトの腕を強打。結果、渾身の一刀は床に深々と食い込むのみに終わった。

「くっ……!」
「残念だったな、お嬢さん!」

 距離を詰めたキースの膝蹴りが、フェイトの腹に叩きこまれる。キースの速度は特筆すべきものでも無かったが、しかしフェイトの方が加速していた、相対速度は凄まじい。必然、膝蹴りの威力も上昇し、フェイトの身体を天井にまで吹き飛ばし、叩きつける。

「~~~~っ! ………………っ!」

 声も出ない。内臓が全部口から飛び出していきそうだ。現にせり上がってきた胃液が喉を焼いている。
 だが、それでも。
 それでも――フェイトは、笑みを浮かべていた。
 蹴られた事が嬉しい訳では無い。フェイトはそこまで変態していない。だからその笑みは、仕掛けた罠に獲物がかかったが故のもの。

「! 貴様っ……!」

 その笑みの意味にキースも気付いたのだろう。びくりとまるで小動物の様な機敏さで振り向けば、そこにはレイジングハートを掲げたなのはの姿。

「フィールド形成! 発動準備完了! おっきいの、いきますっ!」

 ここで遂に、キース=ウィタリィの顔から余裕が消えた。顔が笑みの形に引き攣った。それは時間にしておよそ一秒の間、彼の動きを硬直させ――その一秒に、フェイトはなのはの横へと移動する。

「N&F、中距離殲滅コンビネーション――」
「――空間攻撃、ブラストカラミティ!」

 空間攻撃・ブラストカラミティ。
 その破壊力に比例し、発動までの準備に手間がかかる――なのはがバレルフィールドを展開、同時になのはの魔力をバルディッシュ・ザンバーの刀身へと集中させ、フェイトが自らの魔力も込めてそれを放射しておく――という欠点を持つこの攻撃の為、フェイトとなのはは気付かれぬ様に布石を打っていた。
 A.C.Sによる突貫直前にフィールドを待機状態で発動。エクセリオンバスターによって拡散した魔力をフェイトに集めさせ、フェイトはジェット・ザンバーの斬撃と同時に、その魔力を放射しておく。――布石は気付かれる事無く、罠となって標的をその内側に引き込んだ。
 既にキースはフィールドの中心に捉えられている。あの膝蹴りが無ければ、或いは躱せたかもしれないが――今となっては、後の祭りだ。

「全力全開!」
「疾風迅雷!」

「「ブラスト・シューーーーーーーーーートっ!!」」


 バルディッシュから放たれる金色の光。
 レイジングハートから放たれる桜色の光。
 檻の如く顕在化したフィールドの内部が、眩いばかりの光で満たされ――充満していた魔力と反応して、炸裂する。
 それはまるで密閉された瓶の中で爆ぜる花火の様。空間内の全てを焼き尽くし破壊し尽くして、光が弾ける。非殺傷設定であるから『死ぬほど痛い』で済むものの、そうでなければ塵も残るまい。中距離“殲滅”コンビネーションは伊達では無い。

ぎぃああああああああっ!? こ、この、こぉぉぉぉぉの、ガキ共がぁあああああっ!」

 しかしやはり非殺傷設定。死ぬほど痛くとも死にはしない。極端な話、我慢すればそれで良いのだ。まして魔導師相手だ、魔法への耐性は一般人を遥かに超える。故に、ブラストカラミティの殲滅空間内にあって尚、キース=ウィタリィは健在。
 ただしそれは、決して幸運では無かった――否、はっきりと不運と言えるだろう。

ごぅあああああっ!

 咆哮一発、キースの全身から魔力が放射され、フィールドが弾け飛ぶ。残留していた威力が余波となって空間に暴風を巻き起こす。
 見るも無惨な姿――と言っても、傷一つついてはいないのだが――となったキースが少女達の姿を探して周囲を見回す。もう嬲るだの何だのとは言わない。見つけ次第その頭を吹き飛ばしてやる。
 殺意にぎらついた目で、彼は辺りを睥睨して。
 そうして彼は、絶望的な光景を目の当たりにした。

「スターライト――」

 収束していく桜色の光。

「プラズマ・ザンバー――」

 増大していく金色の光。
 荒れ狂う魔力を強引に制御し、帯電する空気の只中で、フェイトは見た。蒼白となるキースの顔を。膨大な魔力に逃げ場無しと直感的に理解した男の表情を。
 それは一種、憐憫を誘う類のものであったが――残念ながら、いや自業自得と言えばその通りなのだが、キース=ウィタリィにかける憐れみも同情も、フェイト=テスタロッサは、恐らくは高町なのはも、持ち合わせてはいなかった。
 故に。


「「――ブレイカーーーーーーーっ!!!」」


 爆音を轟かせ、光は一片の容赦も微塵の躊躇も無く、直線上の全てを吹き飛ばしていく。
 罅の入った壁も崩れ落ちた瓦礫も、そして無論キース=ウィタリィも、そこに在る何もかもを等価に飲み込んで、螺旋を描く金色と桜色の光が世界を貫く。
 光が消えた時、そこには何も残っていない。射線は綺麗さっぱり片付けられている。ぽっかりと壁に開いた穴――いや、壁自体が無くなってしまっているから、それは正確では無い――からは、真っ青な空が見えている。

「……ふう」
「ぷはっ」

 同時に息をついて、掲げた得物を降ろす。同時にソニックフォームとエクセリオンモードが解除された。
 魔力と体力を使い果たし、肉体が疲労を訴える。だが休めない。休む訳にはいかない。まだ、フラットが戦っている。

「……行かなきゃ。フラットが、待ってる――」

 バルディッシュを杖代わりに、ずるずると身体を引き摺って、フェイトは前へと進む。
 さすがになのはが止めに入った――幾ら何でも無茶だよ、と。冷静に考えればその通りだ。こんなコンディションで駆けつけたところで、足手纏いになるのは目に見えている。
 構わない。フラットを見捨てる事は出来ない。“お姉ちゃん”は妹を見捨てない、それは絶対的なルールだ。
 ――と。

《よう、そっちは終わったみたいだな》

 不意に念話が繋がり、フラットの声が頭の中に響いた。

《フラット!?》
《フラットちゃん!? 大丈夫なの!?》
《あー……大丈夫かって訊かれりゃ、大丈夫じゃねえ・・・・・・・んだが――》









 視界をあかくろが塗り潰す。
 暴風は触れる全てを薙ぎ払い、吹き飛ばし、打ち砕く。
 フラット=テスタロッサの矮躯も、例外で無く。

「……っ痛ぅ……」

 一体何メートル吹っ飛ばされたのか、数秒の無重力体験の後、地面に叩き付けられる。ごろごろと無様に転がって、最終的に潰れた蛙の様な姿勢――要は手足を投げ出したうつ伏せの体勢で停止した。
 巻き上げられた土砂と、粉砕された木片が入り混じり、ばらばらと小雨の様にフラットの上に降り積もる。

「あー……くそ。強ぇなあ、あの野郎」

 顔だけを上げてそう呟けば、周囲の状況が目に入る。抉り取られた地面、根っこから掘り起こされた挙句に粉砕された木々。上空から見れば扇状に森が削り取られていると気付いただろう。
 撃ち出された衝撃波が爆撃そのものと化す、ヴェイニィの魔法。その威力が刻んだ痕跡だった。

「元ネタはあれかな……キラークイーンとストレイ・キャットの空気弾合わせたやつ……ああ、あと『握力×体重×スピード=破壊力』も混じってやがるな」

 ただし威力は桁違い。破壊力としては収束砲撃にも匹敵するだろう。モーションが大きすぎるし、それ故に連発は出来ないだろうとは推測出来る。加えてこれだけの威力、魔力消費も馬鹿になるまい。だが相手の魔力総量が判らないのだから、それについては考えるだけ無駄である。ならいっそ、無限に撃てるとでも考えておいた方が良い。

【ご、ご主人……!】
「ああ。まだ動くか、アルギュロス」
【当たり前っス! ちょっとやそっとでイカレる様な、ヤワなつくりにはなってないっスよ!】
「……へっ。そりゃ参った。そう言われちゃ、俺もヘタレる訳にゃいかねえよなァ」

 歯を食い縛り、がたつく脚に喝を入れて、フラットは立ち上がる。ゆっくりと歩み寄ってくるヴェイニィの姿を視界に捉えた。
 ベルトの弾入れポーチからスピードローダーを取り出し、アルギュロスのカートリッジを交換する。
 げほ、と一つ咳き込んで、迫る敵を睨みつけた。身体はがたがた、骨は軋むし内臓がぐるぐる回って気持ち悪い。膝は今にも笑い出しそうで腕は鉛でも括りつけたかの様に重い。魔力もいい加減心許ない。実のところ先の一撃で弾入れが壊れ、ローダーやカートリッジが半分以上零れ落ちている。残弾という意味では、そう長い事は戦えないだろう。

「……つまり、ベストコンディションってこった」
【こっから華麗に大逆転っス!】

 アルギュロスを敵へと向ける。
 同時に、ヴェイニィが走り出した。
 迎え撃つライトニングバスター。だがヴェイニィは最早、それを防ごうとすらしなかった。着弾するその直前、男は跳躍。空中でくるりと一回転、そこから一気に加速して、身体ごと蹴り込んでくる。
 先日、古城での戦闘の際にも繰り出した蹴撃ライダーキック。その威力は既に知っている。粉砕された床板の有様を、フラットはまだ憶えている。
 だが。

「舐めんな! 聖闘士に同じ技は二度通じねえんだよっ!」
【ご主人、ツッコんでる暇が無いっス!】

 どれだけ速度があろうと、真っ直ぐに落ちてくるのなら狙う事は容易い。
 だがヴェイニィも、それくらいの事は解っていたのだろう。己を撃ち落とさんと迫る銀の魔力光に対し、どん、と炸裂音が響いたかと思えば、彼は突如、中空で姿勢を変え、独楽の様に回転する。
 ライトニング・バスターが蹴り落とされる。それだけでは終わらない。独楽を通り過ぎ、まるで竜巻の様に、回転したままヴェイニィが落下してくる。
 猛速で迫る蹴撃。それを受け止めるつもりは、フラットには無い。

「っ、の!」

 驚くべき事に――フラットは敵の回し蹴りを足場として跳躍。見事な前方宙返りで、ヴェイニィの背後を取る事に成功する。

Lightning Buster Lethal Dose!
ぶっ飛べ! この世の果てまでなァッ!!
 
 天地逆の姿勢のまま、今まさに振り向かんとしたヴェイニィに向けて、銀の閃光を撃ち放つ。
 ライトニングバスター・リーサルドース。アルギュロスの基本形態ガンナーフォームで使用出来る魔法の中で、最大級の破壊力を誇る一撃。
 奔る閃光は光柱と化し、ヴェイニィの身体を飲み込んだ。先の意趣返しという訳では無かったが、光柱はヴェイニィを遥か彼方まで文字通りにぶっ飛ばし、森を切り裂き空気を引き裂いて、盛大な爆発を引き起こす。爆心から数百メートル離れた此処まで爆風が届くのだから、その威力は推して知るべしである。

「ぎゃんっ!」

 逆さまの姿勢のまま地面に落ちる――着地の事を一切考えていなかったのだから、当然だった。
 景気良く頭を打ち、涙目になって転げ回る。頭が割れるかと思った。冗談抜きで星が見えた。

「痛ぅ……」
【大丈夫っスか、ご主人? 頭打って性格変わったりしてないっスか?】
「してねえよ。つーかならねえ。ただでさえ長い番外編が更に長くなっちまうじゃねえか。そういうのは本編の作者TANK様に頼んでくれ」
【メタ発言は自重してほしいっス】
「今更かよ」

 頭を撫で擦り、消費した分のカートリッジを装填しながら、フラットは彼方を見遣る。砲撃に薙ぎ倒された木々の向こう、黒煙と粉塵が立ち篭める爆心地を。
 爆発の痕跡が扇状に広がるヴェイニィの衝撃波と異なり、フラットの放った砲撃は一直線に森を切り裂き、彼方にクレーターを穿っている。森が断ち割られて道が出来たその様は、どこかモーゼの十戒伝説を思わせた。
 ゆらりと蜃気楼の様に、割られた森の向こうに人影が見える。別に不思議とも意外とも思わない。寧ろそうあるべきと、どこか安堵した様な気分である。

「アルギュロス! 準備しろっ!」
【警告! ご主人のダメージが大きすぎるっス、負荷の大きいフルドライブの使用はオススメ出来ないっス!】
「いいからやれ! こっから先は意地の張り合いだ――先にイモ引く訳にゃいかねえんだよ!」
【……了解っス! FullDrive――Ready!】

 アルギュロスの銃身が展開、デバイス・コアが剥き出しになる。同時にずしりと重力の増す感覚が、フラットの身体に圧し掛かった。
 レイジングハート・エクセリオンやバルディッシュ・アサルトと異なり、アルギュロスはフルドライブモードへの変形にカートリッジを消費しない。カートリッジを攻撃魔法行使にのみ使用するという特異な構造の為だが、それ故に、変形に要する魔力はフラットが全て賄わなくてはならない。

【フルドライブ、展開開始!】

 ばんっ――と撥条仕掛けの様な勢いで、アルギュロスが分解した。
 同時に溢れる銀色の魔力光。右腕に収束したそれが形を為し、大型のガントレットとなって装着された。
 部品となって浮遊する銃身が物理法則を無視して伸長。その長さが一メートルを超える頃には銃身としてあるべき形状から乖離している。それは最早、撃ち“貫く”に特化した鉄塊――杭と呼ぶべき形状だった。
 手に握ったままの銃把とガントレットが接続される。最初に弾かれた諸々の部品がその形を変えてガントレットへと集い、組み合わさっていく。ピストンがパイプが歯車が、そして銃身が姿を変えた鉄杭が。
 最後に円柱状のデバイス・コアがセットされ、一度大きく明滅して、変形完了を示した。

【フルドライブモード、『パイルドライバー』! 展開完了っス!】

 アルギュロスのフルドライブモード、ストライクフォーム。右腕から先が丸ごと武器、『杭打ち機パイルドライバー』と化す、常識圏外の形態。
 常識の埒外は、しかし必然。使い手が規格外の存在であるのだから、そうでなければ切り札足り得ない。

「…………よう、待ちくたびれたぜ」

 ざり、と。
 ヴェイニィ=ユキーデが、ややわざとらしく音を立てて足を止めた。
 さすがに――無傷では無い。
 ぼろぼろになったフラットのロングコートと同じく、ヴェイニィの着ている白いスーツは最早雑巾にもならない様な有様。そこそこ似合っており、洒落た雰囲気を出していただけに、一層無惨に見える。
 まあ、非殺傷設定の魔力ダメージのみだから、バリアジャケットであるスーツはともかく、ヴェイニィ本人には大した怪我も無いのだが。

「………………」

 何も言わず、ヴェイニィはスーツの上着を脱ぎ捨てた。吹き抜ける風がそれを攫っていく。
 顔面の筋肉が固まっているのでは無いかとさえ思えた無表情も、既に無い。口元を歪め、眉間に皺を寄せて、露骨なまでに怒りを表している。

「はっ。その気になったかい、お兄さんよ。……悪ぃが、こっちはとっくにビンビンなんだよっ!」
【どこが? ってツッコミは禁止っス!】
「ブチ抜いてやるから――かかって来いや・・・・・・・!」

 フラットが吼える。
 その言葉に誘われるが如くに、ヴェイニィはフラットへ向けて駆け出した。
 同時にフラットも前に出る。右腕の杭が撃発位置へと下がり、銃爪が引かれるその瞬間に備える。
 互いの距離は二十メートルと少しか。同時に走り出した二人は、その中心点でぶつかり合った。
 ヴェイニィが右拳を引きこむ。爆発を生み出す打ち下ろしの右チョッピングライト。もう何度と無く躱したその拳を、防御は不可能と理解させられたその拳を、しかし事此処に至って、フラットは避けようとしない。

撃ち砕く! 真正面から! 俺と――俺の自慢の相棒がッ!!

 当たれば砕ける。破壊される、粉砕される。ヴェイニィ=ユキーデの一撃は、それだけの威力を秘めている。
 なればこそ。
 その威力を真正面から撃ち砕き、打ち破る事に、意味がある――!

「Ram it Domn――First Bullet!!」
【Impact!!】


 耳を劈く駆動音と共に、弾丸すら凌駕する速度で、鉄杭が前進する。
 障壁破砕攻撃、ラム・イット・ダウン。魔力を纏った杭による直接打撃で、障壁を破壊する大技。
 本来障壁、つまり対物として使う技を人間に向けて使う事を、フラットは過剰と思わない。そうでなければ倒せない。打倒し得ない。真正面から撃ち砕くと決めた時点で、フラット=テスタロッサの全てはそれを為す為の機巧と化している。
 杭の先端と拳がぶつかり合い、膨大なエネルギーが空間を歪ませる。杭に纏わせた魔力と拳に纏わせた魔力が共に前進を阻まれ、術者自身に反動となって襲い掛かった。
 爆発。
 溢れ出た魔力と言うより、空間そのものが爆ぜて、杭と拳が互いに弾き戻される。

まぁぁぁだまだあッ!
「………………!!」

 杭が再び撃発位置へ。
 左拳が次撃の体勢へ。
 
「Second Bullet!!」
【Impact!!】


 ヴェイニィの次撃は、打ち上げる様に低空から放たれる左アッパー。
 前進する杭が、その一撃を迎え撃つ。
 ぶつかり合う鉄杭と爆拳。
 響いた音はまるで断末魔。一点において際限無く高まっていくエネルギーに、世界が上げる悲鳴の様で。
 二度目の激突は、一度目と同じく互いが弾かれて終わる。だが一度目より更に高密度に圧縮された魔力は術者の元に戻る事無く行き場を失い、のたうつ蛇の如くに地表を走り、彼等の周囲で爆ぜた。
 一瞬で炎が彼等を取り囲む。炎壁はまるで土俵の様だ。その外へと踏み出した者が、敗者の屈辱に塗れる事になる――直感的に、フラットは認識した。恐らくは、ヴェイニィもそうだろう。
 故に続く一撃に、ヴェイニィは渾身を以って臨むと決めたらしい。右拳を大きく引きこみ、上半身と下半身を螺子が如くに捻らせる。繰り出したその直線上にあるもの全てを吹き飛ばす、ヴェイニィ=ユキーデの切り札。
 
「Third Bullet!!」
【Impact!!】


 ぎしり、と。
 全身の撥条を利用して放たれた拳に、鉄杭がぶち当たり――前二度の激突とは明らかに異なる軋音が響く。
 少しずつ、じりじりと、しかし確かに圧されている。ず、ずず、と、フラットの身体が後方へと押し出されていく。
 ばちっ、と空間に火花が散った。激突点において上昇し続けるエネルギーを、空間が許容出来なくなっている。臨界点に達するのは時間の問題だろう。そうなれば終わる。均衡を崩されたエネルギーは、より低い方――この場合はフラットを目掛けて殺到する。
 それを座して待つつもりなど欠片も無く、また見えた敗北に易々と従う素直さも、フラットは持ち合わせていない。

「Fourth Bullet!!」
【Impact!!】


 鉄杭が一瞬、後ろへと引き戻される。だがそれも僅かに一刹那、フラットの咆哮と共に杭が再び打ち出された。
 前弾によって撃ち出された魔力は未だ燻り、敵の拳を押し留めている。そこに叩き付けられる追加の一撃。上乗せされた魔力は累積では無く累乗となって威力を跳ね上げる。ヴェイニィの渾身をして尚、それを正面から撃ち砕く程に。
 鉄塊を粉砕する様な轟音が響き、ヴェイニィの右腕が弾かれた。否、右腕だけでは無い。その身体ごと、ヴェイニィ=ユキーデを吹き飛ばす。
 あまりにも明確なその勝機を、フラットが見過ごす道理も無かった。

おおおおおぁああああああっ!

 喉から迸るは獣の咆哮。
 跳躍したフラットが、身体を弓なりに撓らせて――最後の一撃を繰り出す。
 
「殲・滅・のッ! Last Bulletーーーーーッ!!!」 
【Impact!!】


 ここで、ヴェイニィが初めて防御と思しき行動を取った。ベルカ式特有の三角形の魔法陣。鉄杭の進路を阻む様に展開された障壁を、しかしラム・イット・ダウンはあっさりと粉砕。元よりその為の魔法なのだから、それは順当としか言い様が無い。
 ヴェイニィの鳩尾にめり込む鉄杭。中空を舞う彼の身体がそれによって地面に叩き付けられ、衝撃が大地にクレーターを穿っていく。
 舞い上がる土砂が水柱の様に天へと昇り、やがて重力に引かれて大地へ戻る。ばらばらと降る土くれの雨の後に動く物は無い。
 静寂が、辺りを満たした。
 
「………………俺の、勝ちだ」

 深さ五メートルはあるだろうクレーターの底で、静かにフラットは呟く。
 弾倉が展開し、カートリッジを排出。同時に魔力の残り滓である白煙が噴き出した。
 クレーターの底に半ば埋もれているヴェイニィは、完全に白目を剥いて気絶している。誰が何と言おうと、そしてフラットの言葉通りに、この戦いはフラット=テスタロッサの勝利だった。

「よっ、と……お」

 クレーターの底から這い出した瞬間、丁度視界の先に見えていた古城から、金色と桜色の混じりあった光柱が壁をぶち抜き地と並行に噴出する。恐らくは、フェイトのプラズマザンバーブレイカーと、なのはのスターライトブレイカーか。
 光の先端にぶっ飛ばされる人影が見えた気がする、多分キース=ウィタリィだろう。あの変態には似合いの最期だとは思いつつ、軽く合掌。

「……あー。来やがった……」

 ぼんやりと、身体が発光を始める。魔力が底を尽きかけているのだ、フラットの身体が残る魔力量に合わせ、消費を抑えるべく変異を始めている。
 ラム・イット・ダウンを全弾撃てば、大概こうなる。『闇の書事件』の時には三歳児前後にまで身体が縮んでしまった。さて今回は何歳相当にまで縮むのか……また三歳という事も無いだろうが。魔力残量からの予想としては、五歳から六歳。杏露と同じくらいか。

「そういや、アルフと杏露はちゃんと逃げ切れただろうな……」

 さておき、フラットは念話を繋いで、フェイトとなのはに呼びかけた。多分、無事で居る筈だが。

《よう、そっちは終わったみたいだな》

 向こう側でフェイトとなのはが驚くのが、気配として伝わった。

《フラット!?》
《フラットちゃん!? 大丈夫なの!?》
《あー……大丈夫かって訊かれりゃ、大丈夫じゃねえんだが――》
《大丈夫じゃない……!? 何があったの!? 怪我したの!? 待ってて、今行くから――!》
《落ち着けっつの。怪我は無えよ。この前のアレ・・だ》
《あー》

 アレ、と言うだけで伝わったのだろう。ぽん、となのはが手を叩く様子が脳裏に浮かんだ。

《魔力使いたくねえから、歩いてそっちに戻る。フェイトとなのははアルフ達を探して待っててくれ》
《……うん。気をつけてね、フラット》

 微妙に不満気な気配が(迎えに行きたいのだろう)伝わってくるが、フェイト達もフェイト達で魔力に余裕は無い筈。迎えは要らねえぞ、と念の為もう一度言って、念話を切った。
 少しずつ、視界が低くなっていく気がする。縮小が始まったらしい。歩幅も狭くなる、さっさと古城に戻ろう。
 歩き出したフラットだったが、ふと足を止め、彼は後ろを振り向いた。
 そう言えば――

「――結局あの男ヴェイニィ、一ッ言も喋らなかったな……」

 まあ、どうでも良い事なのだけれど。









「ぐっ……がはっ! あ、あの小娘ども……よ、よくも、よくもこの私にぃっ……!」

 古城から離れる事、およそ百五十メートルほどの地点。
 森の中に一人、キース=ウィタリィの姿はあった。
 その姿に、少なくとも外見上だけではあったものの、伊達男の風情は欠片も無い。髪は乱れ服は破け、地面に無様に這い蹲って毒づくその様は、ただでさえ極少数のファンを更に減らしてしまうだろうみすぼらしさだった。

「ゆ、許さん……もう許さん……あのメスガキども、生きたまま解剖してやる……! ハラワタ引きずり出して脳味噌抉り出してやるっ……!」

 ざり。
 過熱する思考に、不意の足音が冷水となって浴びせられる。
 顔を上げたキースの目に映ったのは、一人の少女の姿。
 年の頃は五、六歳――小学生に成りたての年頃だ。少女と言うより幼女と言った方が近い。雪の様に白い髪と、白磁の様に白い肌。葡萄色の瞳。薄いブルーのワンピース。つい先程、ヴェイニィによって撃ち落とされた少女であると気付くまでに、そう時間はかからなかった。
 確か――杏露と、呼ばれていたか。

「き、貴様……?」
『ああ。余計な事は言わなくて良いわ、下っ端・・・

 少女の口から紡がれた言葉は、少女の言葉では無かった。
 すうっ――と、少女の葡萄色の瞳が変色していく。はっきりは見えない。気のせいかもしれない。そも、普通に考えて、瞳の色が変わるなど、有り得ないだろう。
 だから少女の瞳がいつの間にか青色・・になっていたとしても、ただの見間違いとしか考える事は出来なかった。

『貴方達の仕事はもうお終い。思ったより有能で助かったわ、貴方達。こんなに早く、これを見つけてくれるとは思わなかった』
「…………!?」

 キースの眉が寄る。目の前に居るのは明らかに少女だ。だがこの口の利き方は一体何か。
 これでは、まるで――

『本当なら、貴方達に直接持ってきてもらうつもりだったんだけど……まあ、中身さえ手に入れば良い訳だし。うん、こうして手に入ったんだから、良しとしましょ』

 いつの間にか、少女の手には水晶髑髏が握られている。
 キース=ウィタリィとヴェイニィ=ユキーデを初めとするトライアッズ構成員がこの世界に赴いた理由。それが、この世界の美術品の収集である。だがキースとヴェイニィの二人にのみ伝えられていた指令。それが、この水晶髑髏の確保だった。つまるところ、美術品収集はこれのカモフラージュに過ぎなかったと言える。
 何故、トライアッズのボスは、この水晶髑髏を求めるのか。それは聞いていなかった。別に興味も無いと訊かなかった。
 その無関心の代償を、彼はこれより取り立てられる。

『それじゃ、ご苦労様。貴方、もう、いらないわ・・・・・
「な……!? 貴様、い、いや、貴方は、まさか……!」
 
 狼狽する男の目の前に、水晶髑髏が置かれる。キースが口にしようとした何事かを遮る様に、水晶髑髏から放たれた光が彼を包んだ。
 光が意識を漂白していく。キース=ウィタリィという人格を構成するモノが一つずつ消し去られていく。
 薄れていく意識の中、彼は最後に――

『しかし、予想以上だったわね……あの娘達』

 ――そんな言葉を、耳にした。









 なのはとフェイト、アルフと杏露の四人と合流し、フラットがシャロンの貸別荘に戻ってきた時には既に、日は西の空に傾いていた。
 水晶髑髏を受け取ったシャロンは「少し待ってて」と寝室に引っ込み、フラット達五人はログハウスのリビングでだらだらと時間を潰している。
 なのはは杏露とお喋り。
 フェイトは包帯塗れのアルフに、心配そうに話しかけていた。

「アルフ、本当に大丈夫……?」
「だーいじょうぶだって。こんなん掠り傷さ。フェイトは心配性なんだから」
「……ん。それは、アルフもだよ」

 アルフは気丈にそう言うものの、ミイラよろしくにぐるぐると包帯が巻かれたその様は、お世辞にも大丈夫とは言い難い。まあそれでも治癒魔法はかけているし、巻かれている包帯もシャロンが持っていた特製品(何でも、治癒魔法の一種を織り込んで作られた、使い捨てデバイスの様なもの)らしいから、明日には完治するらしいのだが。
 それでもまだ納得していない顔をしているフェイトと、困った様に苦笑するアルフから視線を切って、フラットはぼうっと窓の外を見遣った。薄く茜色が混じり始めた空を数羽の鳥が横切っていく。夕暮れの光景というのは、どこの世界でも大して変わらないらしい。

「暇だな……おいアルギュロス、なんか面白い話でもしろ」
【え、ええ? 面白い話っスか? え、えっと、えっと……】

 もう三十分以上、こうして待たされているのだ。いい加減暇潰しの種も無くなる。普段ならアルギュロスに仮想戦闘プログラムを送信してもらい、脳内でシミュレーションを行なうのだが、今の状態では不可能である。
 はあ、と一つため息をついて、自分の手を、小さくなってしまった掌を眺めた。
 フルドライブの代償。予想通り、五歳から六歳前後にまで縮小してしまった身体。じっとしていれば明日の朝には元の姿に戻れるだろう。なので、それまでに余計な魔力を使う訳にはいかない。シミュレーションも多少の魔力を消費するのだ。
 という訳で、ただ無為に時間を潰しているしか無いのが現状である。

【じゃ、じゃあ、本局の方で聞いた小噺なんぞ一つ。ある日、道を歩いていた男性がふと視線を感じて振り向いたっス。すると、近くのマンションから自分を見下ろしている女性と目が合ったっス。次の日も、また次の日も、男性はその道を通る度に視線を感じて振り向き、その度に自分を見下ろしている女性を見つけたっス。それが暫く続いて、男性はその女性にほのかな好意を寄せる様になったっス。そして遂にある日、男性は女性の住むマンションの部屋を訪ねたっス。けど何度ベルを鳴らしても女性は出て来ず、不思議に思って扉を開くと鍵がかかってなくて、そして男性が家の中に入ると――】

「お待たせ。随分かかっちゃったわ、ごめんなさいね」
「ああ、終わったか。待ちくたびれたぜ、シャロン」

【最後まで聞いてほしいっス!】

 何か後ろで相棒アルギュロスが喚いていたが、とりあえず無視。
 寝室から出てきたシャロンが水晶髑髏をフラットに渡す。それを無造作にポケットに突っ込んで、フラットは訊いた。

「探し物は、見つかったか?」
「ええ、滞りなくね」
「随分かかってたな。俺達はもう少し早く戻ってきたと思ったけどよ」
「うん? まあ、積もる話もあったのよ、“中”の私と。あと、色々と始末しておく事もあったから。セキュリティも止めたし、中の情報データもフォーマットしちゃったから、それはもうただのガラクタよ。どこへなりと持っていきなさいな」

 そりゃ重畳、とフラットが肩を竦める。ただのガラクタとまで言われたこれがまだロストロギアと言えるかどうかは別として、とりあえず、回収するという当初の目的はこれで達成された。

「よし。そんじゃ、帰ろうぜ」
【アースラが近くまで迎えに来てくれてるっスよー】

 本来は一昨日の段階で終わっていた仕事だ、帰投の遅れを不審に思い、丁度別件任務で近くまで来ていたアースラが、ついでだからと迎えに来てくれたとの事。武装隊の人間も連れているそうなので、トライアッズの連中も纏めて回収する予定らしい。
 ちなみにそのトライアッズだが、キースやヴェイニィも含めて全員が縛り上げられ、催眠魔法をかけられた上で、古城に放置されている。気付いた時には本局の留置場な筈だ。

「ああくそ、明日からまた学校かよ……結局、連休丸ごと使っちまった」

 愚痴っぽく呟くと、困った顔、というか泣きそうな顔で、フェイトが近づいてくる。

「フラット……学校、嫌なの?」
「え? あ、ああいや、そういう訳じゃなくてな。折角の休日が潰れちまったって話をしてる訳で……」

 とにかく行くぞ! と言って、フラットは逃げる様に玄関へと歩いていく。
 と。ふと、その足が止まる。振り向いて、もう我関せずと言った顔でロッキングチェアに腰掛けたシャロンを見た。

「おい、シャロン」
「何かしら」
「お前は――これから、どうするんだ?」
「明日か明後日にはここを引き払うわ。その後は、そうね、一度ミッドに戻るかも。まだ未定だけどね」

 まあ――当然だろう。
 彼女は彼女で探すものがあり、この世界で求めるものは既に手に入れたのだから、此処に留まる理由は無い。
 身支度を整え、杏露と最後に握手していたなのはが、「じゃあ――」と、口を開いた。

「シャロンさんには、もう、会えないんですか……?」
「さあ、どうかしらね。案外またどこかでひょっこり顔を合わせるかもしれないわよ。……その時は敵同士かもしれないけど」
「え、ええ?」
「はっ。そうなりゃ最高だな。思う存分気兼ね無く、徹底的にぶちのめしてやる」

 困惑した顔のなのはに対し、フラットの顔には奇妙に獰猛な笑みが浮かんでいる。犬歯を剥き出しにしたその笑みはまるで獣。敵の存在を喜び、闘争の来訪を悦ぶ、ある意味で人としてあってはいけない、そんな笑みだった。

「あら。それはそれは――」

 そして。
 シャロンが見せたのもまた、笑みと呼ばれる表情。
 ただしこちらは――とてもとても嬉しそうな、それこそ華の様な笑みだった。

「楽しみだわ」






Turn to the Epilogue.






後書き:

 という訳で、第五話でした。お付き合いありがとうございました。

 やっぱり『アブサード◇フラット』と言えば派手な戦闘だよな、という事で、丸々一話戦闘してみました。これまでまともな戦闘してこなかったので、その鬱憤晴らしにと力入れてみたのですが、いざ出来上がってみればちょっとくどくて胸焼けしそうな。何事もほどほどが一番です。

 とりあえずあと一話、エピローグというか今回の一件の後始末を描いて、本作はおしまいです。もう少しだけお付き合いください。
 それでは次回で。
 








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代理人の感想
取りあえずは一件落着・・・か?
シャロンだか杏露だかの正体がやたらヤバい人だったような気もしますが、世の中知らない方が良いこともあるって事で(ぉ

にしても杏露(仮)さん。
悪の組織だからといって失敗した人間をぽんぽん始末してたら組織が立ちゆきませんよ?
人材の育成にはコストと時間がかかるものでありますからして。(爆)

>『ここを通りたければ俺を倒していけ!』
言ってた言ってたw
まぁキャラ的に主人公じゃなくて、強いけど最終的には主人公サイドにボコられるタイプですから、彼はw

>「私には情熱がある! 思想がある! 理念がある頭脳がある! 気品があるし優雅さも勤勉さもある!」
だが何よりも・・・・速 さ が 足 り な い っ !
と言うか、ほかはまだしも気品と優雅さはあるか?(爆)



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