ナデひな 〜黒猫と戦神のタンゴ〜 










<第V話> Black cat White dog Pretty kitten (黒い猫、白い犬、可愛い子猫)






 





 「……あの、どうしても駄目ですか?」

 白いスーツに真っ白なトレンチ帽を被り、右目を海賊のような眼帯で隠した男が呻くように訊いた。

 まるで何かに耐えるように、あるいは何かに疲れ切ったかのように。

 「はい、申し訳ありませんが……」

 対するのは女性、こちらもスーツ姿だが、男が着ているものよりずっと手入れがされており、

 上品な淡い青色を着こなしていた。

 その女性も、男の苦労は理解しているのだろう。

 恐らく、街中がそうなのだ。

 男の奇妙な風体に怯むことも無く、本心からすまなそうに男に告げた。

 「一つも?」

 「はい……御一つも御座いません」

 男も理解はしているのだろう、しかしあちらこちらを散々探し回り、ここが最後なのだ。

 それゆえ、解ってはいても未練たらしく訊かずにはいられない。

 だが、それも限界のようだ。

 これ以上粘ったとこで、どうにかなることではないし、

 何より、目の前の女性を困らせる事になる。

 それは男にとって望むところではない、どころか己のポリシーに反する。

 「……そうですか、ご迷惑をかけました」

 男は、一つ溜め息を吐くと軽く頭を下げると、踵を返した。

 「誠に申し訳ありませんでした」

 女性も深々と頭を下げ、男を見送った。

 男が潜った自動ドアにはこうプリントされていた。






                 『HOTEL HINATA』





















ブー、ブー、ブッ、ブー ・・・・・

 「お〜いスヴェン、どおだった、部屋とれたか?」

 車によりかかりながら、青年が一人窓から手を突っ込みクラクションを鳴らしている。

 胸元に大きなボタンのような飾りの付いたずいぶん個性的な格好をしていた。

 「ハァ〜、ダメだダメだ、ここも満室だと。

 あと、トレインそうゆうことは止めろ」

 スヴェンと呼ばれた、先ほどホテルのフロントで話をしていた男が疲れたように言う。

 「エーまたかよ、もうこれで何件目だ?

 ったく、なんだってこんな時期にこの街にはこんな人が多いんだよ」 

 トレインと呼ばれた青年が、苛立ったように言う。

 彼等は、四、五時間ほど前にこの日向市に入ってきたのだが、どうも他所からの旅行者が多いらしく

 どのホテルも満室状態なのだ。

 十数軒、軒並み全滅している。

 「ホントにな、まぁ時期としては仕方ないとはいえ、この辺はもう少し向こうが『アタミ』だからこんなに観光客が来るはず無いんだが。

 大体、今は温泉って季節でもないしな……」

 こちらも、何か困惑したように言う。

 ここ日向市は、昔は熱海の温泉街と競うほどの「秘湯の街」としてそこそこ栄えていたのだが、

 最近は、戦争の煽りもあってほとんどの観光客を熱海に取られている状態なのだ。

 まぁ、そのことに危機を感じた(前)市長が村興しならぬ市興しに「漆黒の戦神」を使って、酷い目に遭っているのだが…… (ナデひな第九話参照)
 
 そのことは、今は関係ない。

 「ダァー、クソ!このままだとマジで街の中、野宿するしかなくなるぞ!」

 「まぁそれもいいんじゃねぇか?別にそれほど困んねーし。

   別に野宿は初めてってワケでもないだろ?」

 スヴェンの悪態に、気軽にツッこむトレイン。

 事実、最近はしたことがないが、昔は旅費や、トレインの食事代を浮かすために車の中で夜を明すことも、そう珍しくは無かったのだ。

 ……しかし、

 「アホかー!俺とお前だけだったときならともかく、今はイヴもいるんだぞ!?

 俺は紳士として!この子の保護者として!!野宿なんてマネさせてたまるか〜〜〜!!!!」

 突然、トレインの胸座を掴み激しく前後に振り回すスヴェン。

 この男、己の掲げた信念……というか美学に『騎士道』ならぬ『紳士道』というモノを持っている。

 彼の言う『紳士道』とは、女、子供そして弱い者には優しく。

 困っているなら問答無用で助けるとゆうもので、

 例え差別だと批判されても変えない主義らしい。

 まぁ、この場合は紳士道云々よりも、過保護気味のお父さん精神の方が主らしいが。

 「スヴェン、トレインがなんだか危ないことになってる……」

 何か白いものが、口から空へ昇ろうとしているトレインを見て、

 今まで黙って見ていた少女が突っ込む。

 美しい金色のショートヘアをした、未だ幼い少女だ。

 表情は冷めた感じがあり人形めいているものの、十人が十人、美少女と評するだろう。

 はっきり言って、この二人の連れだとは思えない。

 そして、この少女がスヴェンの被保護者、イヴのようだ。

 「ん?おお、スマン」

 イヴに言われ正気に戻ったのか、トレインから手を離すスヴェン。

 あまり、悪気があるようには見えないが。

 「スマンじゃねーよ、ったく」

 開放されたトレインも苦しそうながら、すぐに復活する。

 向こう側(お花畑)から戻ってこれたようだ。

 「ふー、だがホントに何でこんなに人が多いんだか。

 拠点を作ろうにも、これじゃどうしようもないな……」

 タバコに火をつけ、サイドシートから取り出した日向市の地図をみやる。

 指で挟んだタバコから、ユラユラと白い煙が青空に昇っていく。

 「だよな〜、……ん?」

 ふと、トレインは先ほどからイヴがほとんど言葉を発していないことに気が付いた。

 元々無口な性質だが、傍でこれだけ騒いでもツッコミの一つも入れないのはおかしい。

 見てみると、なにやら一冊の本を真剣に読んでいる。

 「姫っち、何読んでるんだ?」

 基本的に、トレインは本を読まない。(読んだとしても、目次で厭きる)

 そのため、普段はイヴが読むような辞書のように厚い本には気にも留めないのだが、

 今、イヴが読んでいるのは、週刊誌サイズの雑誌だった。

 「・・・・・・」

 イヴは無言のままスゥ、と表紙のタイトルをトレインにも見えるようにした。

 「……『漆黒の戦神、その軌跡』?

 あぁ〜、知ってる知ってるあの『蜥蜴戦争』の地球の英雄の話だろ、

 あれ、でもこの本って確か人気がありすぎて、発売当日には売り切れるって聞いてたんだけど?

 こんな本、いつの間に買ったんだ?」

 「あぁ、しかも最近じゃ小、中学生の必読本になってるらしいぞ、

 反戦意識を高めるとか何とかで。

 ここに来る前の街で最新刊を買ったんだ、一応偉人の伝記物だしな」

 トレインと、スヴェンが感心したように言う。

 スヴェン、伝記は伝記だろうが、この本て結局は、

 好色一代男の暴露本のような伝記だぞ?

 良いのか、イヴにそんな本読まして?

 「なぁなぁ、それで?今回の本ってどんな事が書かれてるんだ」

 イヴの横から覗きこむようにしながら、訊くトレイン。

 「うん……ねぇ、スヴェン」

 「ん、どうしたイヴ?

 トレインの質問には答えず、スヴェンに話しを振るイヴ。

 「私たちが宿取れないの、多分これのせいだと思う」

 と言いながら、スヴェンにも『漆黒の戦神、その軌跡』の表紙が見えるように持ち上げる。

 「どういうことだイヴ?」

 スヴェンも、イヴの横から本を覗きこみながら訊ねる。

 トレインも首を傾げて、頭の上に疑問符を浮かべる。

 「ほら、今月のインタビューのところ。

 なんだか今回は、この街に『漆黒の戦神』が現れたらしいよ、

 それも、ごく最近」

 インタビュー欄の『瀬田 紀康』という人物を指しながら言うイヴ。

 「なに、なに……本当だ、そうかだからか」

 「……は、え?何がだからなんだスヴェン?」

 納得、とばかりに頷くスヴェンに対し、訳が分からない、とスヴェンを見るトレイン。

 宿が取れない事と、どう結びつくのか理解できないのだ。

 「あぁつまりだな、今この街に来ているのは、ほとんど戦神の追っかけだ」

 苦笑しながらのスヴェンの答えに、本気で目を丸くするトレイン。

 「お、追っかけぇ〜!?観光客全部が!!?」

 「まさか、流石に観光客全部って訳じゃないだろうが・・・

 この街に来てるその7,8割はそれだろ、多分」
            ・ ・ 
 「それでも、8割はそうなのかよ!?

 しかも、その本買ったのってつい最近のはずだろ、最新刊って言ってたぐらいだし?」

 当然と言えば当然の反応をするトレインに、更に苦笑を深めるスヴェン。

 彼もこの非常識さは理解しているのだろう。

 「まぁ普通はな、けどこの漆黒の戦神ってのは色んなところに人気があってな。

 普通の一般人だけじゃなくて、彼の存在を疑問視する学者とか、他にもマスコミや宗教団体とかも混ざってるらしいぞ?

 ……知ってるか?一昨年のバレンタインじゃな、戦神にチョコ渡そうとした人で交通規制がかかって、

 一時、ネルガルを中心とした流通が、完全にストップしたらしいぞ」

 「へ〜って、でもなんでバレンタインにチョコ?」

 「あぁ、ジパング(日本)じゃな、バレンタインには女の子が好きな人にチョコをプレゼントする風習があるらしいぜ?」

 は〜、と驚いたような、呆れたような顔で返すトレイン。

 軽く、カルチャーショックを受けたようだ。

 「ってことは、このままこの街で他に宿を探しても……」

 「絶望的だな」(かといって、イヴに野宿はさせられんし……どうしたもんか?)

 と一人、黙り込んで考えていると

 「なぁスヴェン、ここはどうだ?」

 イヴの横で本を読んでいた(眺めていた?)トレインがインタビューの一節を指した。

 「ん、どれだ?」

 指差すところを覗き込むスヴェンに、ほとんど聞き役に徹していたイヴが言う。

 「でもここに載ってるってことは、他の人たちも行ってるんじゃない?」

 「確かにそうかもな……」

 ありそうなイヴの意見に頷くスヴェン。

 「ダイジョーブだって、他にアテは無いんだろ?行ってみようぜ!」

 さっさと、助手席に乗り込み二人を急かすトレイン。

 それもそうだな、と思い車に乗り込むスヴェンと、

 スヴェンに続くようにして、乗るイヴ。

 トレインが示したところを見ながら車を走らせる。
                                   
 そこには、インタビューを受けた人物が自分の娘を預けたとある旅館の事が書かれていた。

 その旅館の名前は、






                        「日向荘、……か」





 スヴェンのくゆらせたタバコの煙が、夏の青空に昇っていく。











to be coninue…….





         《第W話に続く》




あとがき

 さて、お久しぶりです。国広です。

 ここ最近、色々忙しく労働の喜びに身を浸しております。

 皆様はどうお過ごしですか?

 さて、今回の作品はブラックキャットのキャラのみが出演いたしました。

 次のは日向荘と新キャラのお話しです。

 アキトの活躍も多分書きます。

未だにアキト達とクロス出来ない、自分の段取り能力と文才の無さに嘆く今日この頃。

 では、また。


  《P.S》

 イヴちゃん、存在感あるのにセリフ少なすぎ。

 ファンの皆様、ごめんなさい。

感想代理人プロフィール

戻る

 

 

 

 

代理人の感想

え、日向荘って旅館だったの?(爆)

それはともかく、黒猫は知らないのでそう言う人間にもある程度分かる様に書いてくれるとありがたいです。

本来「分かるやつだけ分かれ!」ってのが二次創作ではあるんですが、

そう言う気配りがあるとないとではやはり食いつきが違うわけでして。