「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れーーーーーー!!!!!」



 恭也の言葉に抉られた心の傷が、ジグジグと音をたてて血を流しす。

 気が付けば、無様なほどに取り乱し、“神速”を使って恭也を殴りつけていた。



 ―― 何だ、私は何をしている?



 小太刀の柄を掌が痛むほどに握り締めて、

 恭也を殴りつける拳を、皮を破って血が滲むほど撃ちつけて。

 “神速”世界の中動く事も出来ず、ただ木偶のように殴られ続ける恭也に美沙斗は咆え続けた。



 「お前に、お前みたいな餓鬼に何が分かると言うんだ!?

 私だって、いくらでも他の道を探したんだ!

 ……だけど奴らの情報はまるで掴めなくて、一人の力じゃ限界があって!!

 それでも、やっと見つけた道なんだ!

 それをお前みたいなヤツに説教される謂れは無い!!」



 それでも恭也は、美沙斗から目を逸らさない。

 美沙斗はついに自分を糾弾するような恭也の視線に耐え切れなくなり、

 渾身の力を籠めて、恭也を引き剥がすように殴り飛ばした。



 ――― ゴギィッン!!



 肋骨を砕いた、嫌な感触が拳を伝った。



 ―― 何だ、私は何故ここまで怯えている?



 恭也はそのまま壁まで転がり、背を打ち付けて止まった。

 呼吸を荒げ、美沙斗は笑う事に失敗したような、壊れた表情を貼り付けて恭也を見ていた。



 ―― 何だ、私のこの無残な姿は?



 それでも恭也は立ち上がる。

 まるで、この程度では倒れる理由にはならない、とでも言うように。


 美沙斗はその姿に、体中が震えた。


 あれだけ力の差を見せ付けた筈なのに。

 あれだけ身体中を血塗れにしているのに。

 何度も打ち倒されて、

 何度も身体中を傷だらけにされて、

 もう立ち上がれないほどの攻撃を受けたはずなのに。


 それでも歯を喰いしばり、

 小太刀を握り締め、

 何度も、何度でも立ち上がり、立ち向かって来る恭也のその姿に―――



 ――― 美沙斗の身体は、堪えようも無い程の恐怖に震えた。



 ――― 美沙斗の心は、涙を零しそうな程の羨望に震えた。



 ――― 美沙斗のその姿は、脅える迷子のように震えていた。




 「―――――――――――!!!!!!」




 カラカラに干上がった喉で声にならない絶叫を上げ、

 美沙斗は弓を引き絞るように、右の小太刀を一気に引き、左の小太刀を恭也へと向けた。


 ―― 止めろ、何をしている!?恭也を殺してしまうぞ!!


 心が絶叫をあげている。

 しかし、身体がまるで自分の意思を離れたように言う事を聞かない。

 勝手に構えを執っていく。


 美沙斗が最も得意とし、最も人を殺してきた技を放とうとしている。



 ―― 止めろ、……止めろ、止めろ、止めろ止めろ止めろ止めろやめろやめろヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ――――!!!!!



 心が狂ったように悲鳴を上げる。

 しかし、そんな自分の想いを嘲笑うように身体は溜めた力を解き放つ。




 ――― 御神流・奥義之参 ―――



 ――― 射 抜いぬき ―――





 ―― あぁ、そうか……やっと解かった





 技を放った一瞬に、美沙斗は悟った。


 ――― 自分が、とっくに狂っていたことを。


 人の血に、人の死に、人を殺す事に、


 恭也の言うとおり、復讐の言葉を免罪符に。








とらいあんぐるハート    〜 天の空座 〜 










  

<第零章 / 第一夜> Silver Moon/Crimson Tears銀の月/紅の涙











 ――― バリィーーン……


 月明かりだけが外灯の薄暗い闇の中、何かが砕けるような酷く澄んだ音が響いた。


 それは美沙斗の放った“射抜”が、恭也の小太刀を砕いた音。

 恭也と美沙斗との間に月の光を反射して、キラキラとダイヤモンドダストのように砕けた鋼が舞う。


 恭也は、美沙斗が小太刀を砕くのに要した一瞬の停滞の内に“射抜”の射線から身体を逸らす。

 しかし、最早肘まで伸ばしきり“死に体”そのままの腕を、美沙斗は肩を軸に鞭のようにしならせ、そのまま恭也に追の一閃を奔らせる。


 ――― これぞ奥義・“射抜”の真骨頂。

 万一、超速の刺突を避けられたとしても、そこから続く変化自在の一太刀が確実に敵を仕留める。


 …… 筈だった。



 「なぁ――ッ!?」



 美沙斗の放った必殺の追撃は、恭也が身体を反らせた事で服を翳ませながらも、

 文字通り、紙一枚分届かなかった。



 (ば、馬鹿な!!)



 心底からの驚愕に、美沙斗の思考が現実を一瞬拒絶する。


 今の“射抜”は間違いなく『必殺』だった。

 思考の制御すら離れた、手加減の一切無い―― 出来ない ――正しく全力の技。

 始めの刺突すら、神速に入れない恭也が本来防げるはずの無いタイミングでの不可避の“一閃ひっさつ”。

 砕けたとはいえ、あそこで小太刀が邪魔に入る事すら在り得ない。

 それを防ぎ、更に続くニ撃目はほぼ完璧に避けられ、空を切った。

 ―― それが意味するところはつまり……



 (私の“射抜”が……見切られた!?)



 それは自惚れでも何でもなく、美沙斗の扱う“射抜”は一族最強であった。

 戦闘そのものならばともかく、“射抜”を使った事ならば一族でも一、ニの使い手であった士郎静馬にも負けた事など無かった。

 そして、あれから九年。

 復讐の為に幾多の修羅場で磨き上げたこの技。

 渾身を込めて放った自分の“最強射抜”を見極められた。


 自失したのは一瞬。

 しかしその一瞬の間に、恭也が小さな呟きと共に美沙斗に迫る。



 「――――――」




 ――― 閃走 ・ 一風 ―――






 ――― そして、恭也の姿が消えた



 (そんな!あの体ではもう“神速”は使えないは……!!??)


ゾクゥッ!!



   ――― ガヂィッ!!



 「―― なッ、ああぁ?!!」



 突然、身体中を襲った悪寒に、美沙斗はとっさに其れ・・を小太刀を盾に防ごうとした。

 しかし、美沙斗を襲った其れ・・は彼女を防御ごと吹き飛ばし、

 さらに信じられない事に、その勢いで美沙斗の身体は地面と平行に宙を舞った。

 それでも美沙斗は倒れる事無く、床を滑りながらも着地する。



 (い、一体何が!?)



 とっさに顔を上げて、自分を吹き飛ばした原因を探す。

 …其れ・・はすぐに見つかった。

 そして見つけた瞬間、彼女は心の底から見なければよかったと思った。










 

―― そこには、一人の【死神】が立っていた ――












 否、其処に居たのは恭也だった。

 まるで水でも浴びるかのように窓から注ぐ月光を全身に受け、だらりと力なく両手を下げて軽く体を反らしている。

 壊れた小太刀は、いつの間にか足下に落としていた。

 その姿は、この状況にあってまるで平素と変わりが無い。


 ――― 変わりは無い、はずなのだ。


 だが、……違う。

 少なくとも美沙斗にはそう感じたし、他の人間が見たとしても同じように感じただろう。




 ―――余りにも禍々しかったのだ、その気配が。

 ―――それこそ、本物の死神が目の前に降臨したかと感じさせるほどに。




 彼の放つその気配は、周囲の空気を陽炎のように揺らしているようにも見えれば、

 逆に、凍り付かせたように一切の動きを禁じたようにも見えた。

 実際に空気を揺らめかせている訳ではない。

 しかし、その余りに生々しく感じるその感覚が、視覚にそんな錯覚を与えていた。

 そして、何より……



 「恭……也、何だ、その瞳……、は?」



 美沙斗は搾り出すように、それでも掠れたような声で尋ねる。

 月光に照らされた恭也のその瞳は、その光のように冷たい冷たい銀の輝きに染まっていた。

 その雰囲気と相まってその色は、まるでこの世の者ではないような、

 あるいは、《死沼へと誘う鬼火ウィル・オー・ウィプス》のような、

 そんな酷く禍々しい色彩いろだった。


 得体の知れない恐怖に身を震わせる美沙斗に答えるように、

 或いは、そんな外界の事など一切無視した独り言のように、恭也は言う。



 「さぁ、何なんでしょう?…でも何か、酷く気分が良いんですよ美沙斗さん」



 そう言って、目を細めて恭也は笑った。

 まるで、道化師アルルカンの仮面のような笑顔で。

 まるで、歪んで狂った三日月のような嗤顔えがおで。



 (――― くッ!)



 魂の底から湧き上がって来るような、そんな絶望的なまでの恐怖に背中を押され、

 美沙斗は駆け出した、―― 駆け出そうと構えた ―― 瞬間。

 まるで、ビデオのコマ落としの映像のように、何の脈絡もなく恭也が目の前に現れた。




 ――― 鞘走・凶蜘蛛 ――― 






 (そんな!?“神速”じゃ、無い!!??)



 驚愕に叫ぶ暇も有ればこそ、恭也は次の動作へと移っていた。



 「―――――」




 蹴り穿つ


 ――― 閃鞘・六兎 ―――






 そんな異常事態でも、僅かも曇らない極度の集中は恭也の動作を見ていた。

 小さな呟き、其れと共に自分の喉元を狙って放たれた、下半身全体のバネを使った上段蹴り。

 それが“射抜”さながらの速さで、美沙斗へと迫る。



 (くそ、間に合わない!!)




 ――― 御神流・歩法之奥義 ――― 



 ――― 神 速しんそく ―――






 咄嗟に“神速”の領域へと入り、知覚能力と行動能力とを無理やり引き上げる。

 スローになった世界の中で、それでも恭也の蹴りは鋭く美沙斗を捉えていた。

 体中を駆け巡る寒気と悪寒に耐え、必死で蹴りの軌道に小太刀を割り込ませる。


 ―― ガ、ッガッガッガガッガ!!!!!!



 (そ、んな……何故?)



 その蹴りを受けたとき脳裏に浮かんだのは、最早、現実味を一切欠落した疑問。

 “神速”の領域の知覚能力で確実にその蹴りの攻撃は見えていた。

 速さ、威力ともに当っていれば確実に首の骨を粉砕しかねない一撃。

 だが美沙斗が真に驚愕したのは、

 確かに一度しか放たれなかったはずなのに、その殺人的な衝撃が六度自分を襲った事だった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そして、その衝撃によって美沙斗の小太刀が弾き飛ばされる。

 恭也がその隙を逃すはずも無く、

 右手を手刀の形に揃え、まるで力を溜めるように後手に引いていた。



 (間に、……合わない、か)



 そして既に抵抗すら出来ない美沙斗へ向かって、“絶殺”の一撃は放たれる。



 「―――――」




 ――― 閃鞘・八点衝 ――― 






 美沙斗はその様を何故か恐怖ではなく、悲しみの感情で見つめそっと目を瞑った。


















 

―― ミロ ――



 ギシッと頭の中で、聞き覚えの無い声が響く。




 ―― 美沙斗が、何かを叫びながら“射抜”を放とうとしていた。


 

―― 見ロ、観ロ、視ロ ――

 ―― ソノ動キヲ見ロ、ソノ威力ヲ観ロ、ソノ速サヲ視ろ ――

 ―― 過去ヲ見ろ、現在ヲ観ロ、未来ヲ視ロ ――





 錆付いた歯車のようなその《声》が、恭也の思考を塗り替えていく。




 ―― “神速”の中でも見劣りする事の無いその速さ、本来なら目に止めることすら出来ないはずなのに、
 
 何故かその動きの全てが理解できた。


 

―― 見エルダロウ?観エルダロウ?視エルダロウ? ――

 ―― 魂ガ見エルダロウ? 心ガ観エルダロウ? ソノ在リ方ノ全テガ視エルダロウ? ――




 身体中に響き渡るその《声》が、恭也の在り方を壊しながら体を突き動かす。




 ―― ほんの少し、風に押されたように上体を反らす。

 それだけで、自分を裂こうとした追撃は意味をなくす。



 

―― ソシテ理解出来ルダロウ? ――



 《声》が優しく、諭すように語りかけてくる。




 ―― 体が勝手に動く。

 まるで知らない技なのに、体が何故か識っていた。



 

―― “死”ヲ理解出来ルダロウ? “死”ヲ見据エル事ガ出来ルダロウ? “死”ヲもたらス事ガ出来ルダロウ? ――

 ―― 聴クコトモ、触レルコトモ、嗅コトモ、味ワウコトモ出来ナクテモ、オ前ナラ理解出来ルダロウ? ―― 




 ゾッとするほど、可笑しそうに。




 ―― 美沙斗の喉元を蹴り穿つ。



 

 ―― ダカラ、オ前ハ“殺”ス事ダケヲ考エロ ――


 ―― 如何ニ無駄ヲ省キ ――

 ―― 如何ニ速ク ――

 ―― 如何ニ美シク ――

 ―― 如何ニ絶命サセルカヲ ―― 




 《声》は、囁く。




 ―― 防御すら無視し、強引に押し通す。

 美沙斗の手から、小太刀が飛んだ。



 ―― オ前ハ面影糸ヲ巣ト張ル蜘蛛 ―― 





 ―― 力を溜めて、美沙斗を視る。



 ―― サァ、疾ク獄彩ト散ラセヨウ ―― 





 ―― 瞳が写した十二の断線、其処を目掛け手刀を奔らせる。



 ―― 目ノ前ノ獲物ヲ ―― 





   ―― それは最早ただの作業、『御神 美沙斗』という存在を十二の断片パーツへと変える為の………。





 ―― コロセ!!! ――






































( 巫山戯るな!!!!)







 自分の中の『何か』に抗うように、恭也の絶叫が《声》を塗りつぶした。





















 美沙斗は目を瞑り、静かにその瞬間を待っていた。

 大きく成長した甥が、自分に断罪を下すそのときを。


 何故、彼が突然あれほどの強さを発揮したかは分からない。

 だが彼女は、これで終われると感じていた。

 長い、長い月日の果てに、自分は復讐以外に意味を持てなくなっていた。

 家族のための復讐と嘯いて、結局その復讐のために家族を傷付ける。

 目的も、理由も、そのための過程も、全てが滅茶苦茶になってしまっていて、

 剣を握る理由すら見失ってしまうほどに落ちぶれてしまった自分。

 そんな自分を最後に殺しとめてくれるのが彼ならば、自分はいくらか救われる気がした。

 だが、そんな彼に血縁者を殺す罪を背負わせる事がどうしても気懸りで悲しかった。

 そして――――――、




   そしてどれほど待ってもその瞬間ときは訪れようとはしなかった。





 「………?」



 そっと、目を開けた。

 一番初めに目に映ったのは、自分の首元数ミリの場所で止まっている恭也の手刀。

 それから俯くように顔を伏せた、恭也の姿だった。



 「…… な、…ぜ?」


 その状況が理解できない。

 先程の力なら、自分の喉など苦も無く突き破れるはずだ。

 何故、彼は寸止めなどしたのか―――?


 ――― ポトリ、と何かの雫が落ちた。


 驚いて、顔を上げる。

 見上げた先に有った恭也の顔は、静かに涙を流していた。

 歯を喰いしばり、溢れ出る何かを抑え付けるように、身体中を震わせながら、

 元に戻っていたその漆黒の瞳から、――― 真紅の涙を流していた。

 それでもその瞳は、一片の迷いも無く美沙斗の瞳を見つめていた。


 その余りにも凄惨な姿を、美沙斗は呆然と見ている事しか出来なかった。



 「―― ねぇ、…美沙斗さん」



 そんな美沙斗に、恭也が静かに語りかける。



 「俺は貴女の復讐を、―― 最後の想いを捨てろとは言いません、否定もしません」



 ふと、誰かが階段を上ってくるような音が聞こえた。



 「でも、……それでも」



 音はどんどん此方を目指して近付いてくる。



 「美由希まで、―― 最初に手に入れた家族おもいまで、捨てる事は無いでしょう?」



 そう言って、恭也は笑った。

 それは、美沙斗が思わず見惚れてしまうほどに、















 とても優しい微笑みだった。

















 そこで、恭也の意識は一度闇に沈んだ。

 意識を失う直前に、自分の馬鹿弟子義妹がドアを蹴り破って入ってくる姿が見えた。

















 どれくらいの時間が経っただろうか。

 恭也は、自分の意識がゆっくりと浮かび上がるのが解った。

 そっと瞼を上げる。

 周りの気配を感じてみると、人の気配が二つ感じられた。

 恐らく、美由希と美沙斗だろう。

 雰囲気からすると、もう争ってはいないようだ。

 ただ、時折すすり泣くような、そんな声が聞こえた。



 (ふぅ、そうか………)



 その声だけで、何となく察せられた。

 ―― きっと、あの二人はちゃんと解り合えたのだろうということに。


 安堵に力が抜けたが、何時までも寝たままという訳にもいかず、

 恭也は身体中から響くような痛みに顔を顰めながら立ち上がる。

 見ると体中、血塗れの埃まみれで、せっかくの一張羅がボロボロになっていた。

 特に右膝の調子が酷く、少し踏ん張るだけで体制を崩しそうになる。



 (やれやれ、……これはフィリス先生に大目玉を喰らうな)



 脳裏にシルバーブロンドの髪をした小さく、しかしこの世で一番信用の置ける自分の主治医が、

 般若の笑顔で手をワキワキさせながら『羽』フィンを全開にしている姿が思い浮かび、

 恭也は我知らず引きつるような苦笑を浮かべていた。


 取り合えず傷や怪我に簡単な応急処置を施し、声と気配のする方へと向かう。



 そして、向かいながら考えていた。

 それは ―――



 (……あの《声》は、それにあの体術は一体?)



 『御神流』は、千年近く以前から存在する超実戦用の剣術。

 言ってしまえば、暗殺術だ。

 当然その中には小太刀の剣術だけでなく、太刀の剣術、体術等も有る。


 しかし、恭也が使った体術はまるで覚えが無いものだった。

 そして、そんな古流の技を使うからこそ解ってしまう。

 自分の使った体術が、どれほど無駄なく、どれほど理にかなった動きで、どれほど美しく、


 人が人を殺すための“業”かを…… 


 
 半ば、あの《声》に突き動かされていた感はあるが、逆に言えばそれだけ、

 放った技の数々は、確かに自分の意思で技として使っていた・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 美沙斗との戦いの記憶もしっかりと残っているし、

 恐らく少し体力が戻れば、同じ事をやれと言われても出来るだろう。

 あの“至高の域の人殺しの業”を。


 まるで覚えが無いのに、当たり前のように使える技。

 そして、あの時の……

 あの時感じた、あのまるで熱い血潮に塗れるような『衝動』は―――



 ドックン…… 









 ―― コロセ ―― 












 「―― ック!」



 地面がグラリと傾いだ。

 足に力を籠めるが、まるで入らない。

 何とか壁にぶつかる感じで、自分の体を支える。



 「はぁー、はぁー、はぁー……何なんだ、一体?」



 自分の事だというのに、まるで理解が出来ない。

 しかし、あの《声》と『衝動』には覚えがあった。


 つい先日、神咲 那美自分の後輩神咲 薫その姉とで、

 狐の久遠その親友が人間への恨みと憎しみから【祟り狐】となってしまったのを祓った時に感じたモノと同じだった。

 あの時は、《声》も『衝動』も小さく、怒りのような悲しみのような、そんなグチャグチャの感情が先走っていて

 気にも留め無かったが、その時にも確かに感じていた。



 (……本当に、何なんだ?誰かに相談するわけにもいかんし)



 自分が誰彼構わずこんな『衝動』を感じるような、そんな人間では無いと思いたかった。

















 しばらく進んでいると、二人の姿が見えた。

 一つの大きな出来事が完全にその道を分かってしまった一組の母子が、

 涙で頬を濡らしながら抱き合っていた。


 ただお互いその姿が最後に見たときよりボロボロなのは、解り合うまでに壮絶な親子喧嘩があったからだろう。



 (まったく、命懸けの戦いで解り合うとは……らしいと言うか、なんと言うか)



 苦笑しそうになる。

 しかしそんな思いが無粋と感じるほど、二人のその姿は一枚の絵画のような、一種の厳粛さが感じられた。


 その様子を見ていると、ふと想ってしまう。

 自分の産みの母親とは、一体どういう人だったのだろうか?と。

 別段、今の母親高町 桃子に不満があるはずもない。

 今の自分は、間違いなく幸せだと感じられる。

 それでもこんな場面を見ると、どうしても想ってしまう。


 幼い頃、今は亡き自分の父が「あいつは、お前を俺に押し付けて出て行った」と聞かされていた。

 恐らくそれは嘘ではないだろう。

 ならば何故自分を置いていったのか?、それが知りたいと少し思った。



 ――― だから、気付かなかった。



 この場をかき乱す、薄汚い闖入者の気配を。


 そして気付いたときにはもう遅く、その闖入者は二人に向かって何かを投げていた。

 其れが何かを認識したとき、恭也はその場から走り出していた。

 ――― 其れは、爆弾。


 かつて、自分たちの一族を滅ぼした『組織』が使った常套手段。

 それが再び、自分たちに牙を剥こうとしている。



 「美由希!!美沙斗さん!!」


 恭也は、自分の義妹と叔母に必死の叫びを放つ。

 美由希も美沙斗も、その気配に気付くのが遅れた上、体の傷が負担になり動けない。

 二人と爆弾の距離が縮まる。

 それを見て、自分の心が必死に叫ぶ。



 嗚呼、頼む逃げてくれ、死なないでくれ。


 その親子は、今やっと手と手を取り合えたのだ、共に泣く事が出来たのだ。


 また俺は失うのか、また俺は護れないのか・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・!?もうたくさんだ。止めてくれ!!!



 万感の思いを乗せて走る。

 ここはいくら広いといっても、所詮ビルのフロアの一室。

 あの爆弾がどれほどの威力かは分からないが、それでも爆発すれば逃げ場は無いだろう。

 一歩、また一歩。

 大地を蹴るたびに、右膝が悲鳴を上げる。

 しかし、それでも止まるわけにはいかない。


 身体中のの神経が、自分の中の生存本能とでもいう部分が警鐘を鳴らしている。


 ―― 止まれ、止まれ、このままだと運良く助かったとしても二度と剣が振れなくなるぞ!?


 剣士としての本能が、告げる。


 ―― 本当に良いのか?そうなってしまえば、お前には最早何の価値など無いというのに……


 黙れ!!




 しかし、その全てを意志の力で捻じ伏せる。

 そして、全神経を集中させ、脳のリミッターを外す。




 ――― 御神流・奥義之歩法 ―――



 ――― 神 速しんそく ―――






 自分以外の全ての事象が遅くなる。

 同時に、身体中からギチギチと軋むような音が聞こえる。

 限界を超えた“神速”の使用に、身体中の筋肉繊維が少しずつ千切れていく音だった。

 しかし、その痛みすら無視して恭也は疾る。



 ――― 地面に落ちる寸前で、爆弾を手に取った。


 右膝がミシリと、音を立てた。


 ――― 爆弾を抱え、そのまま外への窓に向かって駆け抜ける、


 背後から、美沙斗と美由希が何かを叫んでいた。


 ――― そして、体を爆弾と共に夜空へと投げ出した。


 最後に床を踏み込んだ瞬間、右膝が脳裏を焼くような激痛と共に砕ける感触がした。


 体を宙に投げ出したまま夜空を見上げ、恭也はふと、自嘲気味な笑顔を浮かべた。



 (距離は取れた、このまま俺の体で包んでいれば爆発してもそれほど被害は出ない)



 体に感じる無重力が、何故かひどく心地いい。



 (美由希と美沙斗さんは大丈夫だろう……本当の親子としてやっていけるだろうし、

 美由希の鍛錬も、美沙斗さんが引き継いでくれる)



 自分の行いに後悔は無い。

 だが、自分が死んであの優しい家族たちを残して逝くことに悔いがあった。


 かーさん、美由希、なのは、フィアッセ、レン、晶、忍、ノエル、那美さん、久遠、フィリス先生、ティオレさん、………

 他にも、自分の人生に関わった、たくさんの人達の顔が浮かんでは消えた。

 自分は彼女たちを置いて逝く。

 そんな自分が、彼女たちに幸せになって欲しいと願う事は傲慢なのだろうか?



 (皆、……ごめん、約束守れそうに無い)


 もう二度と、会えなくなる人たちに向けての懺悔の言葉。

 確実に自分が終わると意識しているのに、自分の頭に浮かぶのはそんな事ばかりだな、と苦笑する。

 そして、もうそれすらも言葉にならない。

 悲しいほどの一方通行な思いは、紅蓮の炎に呑み込まれる。




 『――――――――――』



 その時、優しい誰かの声を聞いた気がした。

















...... to be continue 




あとがき

 はい、お久しぶりです。

 国広です。

 さて、今回のお話しいかがでしたか?

 個人的には、巧く描けたと……思っていません。

 無駄に長くてスンません。

 七夜が上手く描けなくてスンません……。

 デモ出来れば、見捨てないでくださいね。

 でわ、また次回。



 P、S

 次は、知ってる人は知っているアレが出てきます。

 作中ではまだはっきりとは明言しないけど。



 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

逆行? 憑依? うーん、わからん。

あるいはここからまた逆行するとか(笑)。