目が覚めたとき、初めに目に入ったのは見知らぬ天井だった









 (……ここ、は?)



 視線をめぐらせると、最近見慣れ始めた無機質な白い壁。

 部屋全体が薄暗く感じるのは、まだ夜が明けきっていないからだろう。



 「………ぐっ!?」



 静かに状態を起こすと、身体のあちこちが軋むような痛みを訴える。

 思考に、靄が懸かった様にハッキリとしない。

 恭也には直ぐにそれが麻酔によるものだと分かった。



 (己は……一体、何故ここに?)



 匂いと、雰囲気から此処が病院であることは理解できた。

 しかし、何故此処に自分が居るのかが理解できない。

 混乱する思考を無理に抑え付け、現状を把握しようと周りを見回し―――


 ―― ドックン!!



 「な!?があぁぁがぁっぁぁぁぁあ!!!??」



 瞬間、脳髄を抉られるような頭痛に襲われた。

 いや、それは正しくは頭痛ではなかった。

 恭也が自分の周りを見回し、部屋の中の様子を視認・・した瞬間。

 恭也の脳には視認した物の映像と共に、それ以外の情報が脳内を蹂躙した。


 それは、正に【情報】だった。


 物体の構造、構成、素材、使い方から、さらにはそれを創るための制作の技術。

 果ては、使われてきた間に蓄積されてきた“物の記憶”の記憶とでも言うもの。

 一切の全てが、何の容赦も無く【情報】として激流のような勢いで流れ込んできた。



 「ア、が、グ、ア、――――――――−ッ――ー―!!!!」



 ぎしぎしと、歯を噛み潰さんばかりに喰い締める。

 身体中から、嫌な汗が滲み出る。

 あまりの【情報】量に、過負荷で脳が悲鳴を上げる。



 (落ち、………付け。――― 捌ききれっ)



 しかし、恭也はそれを裁ききる。

 痛みを持ち前の精神力で捻じ伏せ、投げれ込んでくる【情報】を統制する。

 普通の人間ならば一生使われるはずの無い脳の部分までが、無意識下で稼動していく。

 誰に教えられた訳でもない。

 ただ、恭也の生存本能とでもいうべきものが、この異常に適応しようと反応しているだけだ。

 ミシミシと頭が軋むような音がする。

 実際に音がしている訳ではない。

 脳が酷使されている痛みが、そんな幻聴を聞かせたのだった。
















 「――――― ぐっ、うう………」



 ――― やがて痛みが落ち着き、恭也の意識はテレビの電源を切ったように闇に包まれた。









とらいあんぐるハート    〜 天の空座 〜 










  

<第零章 / 第五夜> Good morning 目覚め 













 再び目を覚ましたときには、すでに日が昇っていた。

 カーテン越しの窓から、光が差し込んでいる。

 【情報】が流れ込んで来るが、すぐさま制御をかけ必要なものだけに振るいにかける。


 天候、湿度、陽光の強さから現在時刻を割り出す。


 ――― 現在、午前八時 十五分


 特に意識するまでも無く、欲しい【情報】が一瞬で意識の中に浮かんだ。


 自分の周りを見回す。

 そこにあったのは、恭也のベットを取囲む機材の数々。

 途端、【情報】量が跳ね上がる。

 置かれた数々の機材の用途、構造が一瞬のうちに理解できた。

 本来電子機器に弱い恭也だが、今ならこれらの機器を誰より上手く扱えるだろう。


 だからこそ、同時にこの機材を使用される人間の状態も把握できた。



 (かなり危険な状態の人間。

  ……いや、これはもう植物状態の人間に使うようなモノだな)



 我が身の事と理解していながら、冷静と言うには過ぎる思考で恭也はそう判断した。

 まるで他人事のようで、全く感情を動かさない。


 最後に、自分の状態の【情報】を得ようとして、



 「きょ、恭也、……君?」



 突然の呼びかけに、動きを止めた。

 声の方へと顔を動かす。

 腰まである銀髪の、中学生くらいの体型をした少女が、呆けたように見つめていた。

 恭也と目が合うと、途端に泣き出しそうになる。



 「………フィリス先生?」



 表情を動かす事無く、彼女の名を呼ぶ。

 彼女が何故そんな顔をするのか、まるで理解できずに。

 しかしフィリスには、そんな恭也を気に掛ける余裕も無い。

 スミレ色の瞳から涙を溢れさせ、恭也に抱きついた。



 「フィ、フィリス先生!?」



 突然の行為に、恭也は今度は慌てたような声を上げたが、感じた小さな震えに動きを止める。

 恭也の胸に顔を押し付けて泣きじゃくるその姿は、本当に子供のようだった。



 「キョ、ヤッ、くん……ヒック、ぐす。

  し、心ぱ、い……ッした、ですよ…

  皆、ほっ、ホント、に……ッんグ、心配した、んです、から。

  恭也、くッが、し、……ッ死んじゃうんじゃないかって」



 どもりながら、詰まりながら、それでも必死に言葉を紡いでいく。

 恭也は自分の胸元で震えている、小さな銀の髪を出来る限り優しく撫でた。



 「――― ご心配、おかけしました」










 やがて泣き止んだフィリスに、恭也は訊いた。



 「……先生。己はあの後、一体どうなったんですか?」



 恭也には、あの爆発の瞬間に間違いなく『死』を予感した。

 この一年の間に、自分の身の回りで起きた様々な事件。

 その中には自分の直ぐ間近に『死』を感じた経験も幾つか有った。


 だからこそ、あの時感じた『死』には最早確信に近いものがあった。

 だが、自分は今生きている。

 それも全く有り得ないことに、完全に五体満足なまま。


 あれほどの威力の有る爆発を、至近距離で受けたのだ。

 たとえ助かっていたとしても、これは有り得ないことだった。


 恭也の問いに、フィリスは涙の跡の残る顔を一瞬強張らせた。

 躊躇うようなそぶりを見せるが、それも一瞬だけ。

 深呼吸をするように深く息を吸い、ゆっくりと吐く。

 顔を上げた時の彼女の表情は、何かの覚悟を決めた医師の物だった。



 「そう、……ですね。

  では先ず、恭也君がここに運び込まれてきた時の事から話しましょうか」



 そう言うと、彼女はベットの傍にあった椅子を持って来て座った。



 「恭也君が病院に運び込まれたとき、恭也君には既に右半身が殆んど有りませんでした。

  左半身も下から胸元に架けて、重度の火傷。

  或いは炭化していて、わたしたちにも手の施しようが有りませんでした。

  わたし達に出来た事といえば、何とか血を止めて、機械で血の流れを滞らせない事だけでしたから」



 そう言うフィリスの声は、淡々としていながら、己の力不足を嘆いているようだった。



 「でも、それでもそれが精一杯で、本当なら恭也君はここで目を覚まさない筈だったんですよ」



 そう言いながら、フィリスは黒い手袋を嵌めた手で恭也のベットに触れる。

 その動作に、恭也は自分の身体を見下ろす。

 しかしそれも一瞬。

 すぐに顔を上げると、フィリスに続きを促す。



 「ご家族に恭也君の容態と、その事を伝えた後、恭也君を一度この病室に運びました。

  その時はまだ、恭也君に異常は見られませんでした。」



 フィリスは一度、そこで話を切った。



 「………恭也君、私が此処から話すことは、今のところわたししか知りません。

  この事を他の人に話すかどうかは、恭也君が決めて下さい」



 そう前置きすると、恭也を真っ直ぐに見つめ言った。



 「フィリス達が帰った後、わたしは恭也君の様子を見るためにここに来たんです。

  そして、その時にはもう、恭也君は『完治』していました」


 「それは、………どういう?」



 『完治』した、とだけ言われても意味が分からなかった。

 さすがに声に困惑した響きが混じる。



 「言葉通りの意味です。

  わたしが病室を訪ねてきたとき、恭也君には傷一つ残っていませんでした。

  ………今回の事故で負ったものから、全身に有った傷痕まで、全部です」


 「…………」



 恭也は絶句すると、自分の身体を見下ろした。

 物体を見たときより、さらに複雑な【情報】が流れ込む。

 恭也はそこから必要な情報だけを計算、計測し自分の状態を知る。

 答えは、一瞬で理解できた。



 (……手足、胴体の約七割に『完治』したと思われる箇所有り。

  僅かに筋肉と皮膚に張りによる違和感が見られるが、何ら問題なく運動可能。

  ………膝も、治ってる!?)



 恭也は理解できた自身の状態に、半ば唖然とする。

 フィリスが嘘を吐く筈がない。

 だから恭也が植物人間になりかけたと言うのは本当だろう。

 手足を失ったというのも。

 だが何より、多くの医者が匙を投げた自分の膝まで完治していた事には驚いた。

 この膝のため、恭也は自分が剣士として完成出来ない事を知っていたから。



 (これはもう、『完治』なんてレベルじゃないな。

  完全に『再生』している)



 ふと自分の妹分達が、口を揃えて「恭ちゃん((お)師匠)は絶対、人間やめてる(ますって)」と言っていた事を思い出した。

 その時は、何を戯けた事を言うかと気にもしなかったが。



 (あながち、間違いでもなかったかも知れんな……)



 知らず、自嘲じみた笑みが浮かぶ。

 だが、何故突然こんな事になったのか。

 死に掛けるような体験など、この一年に限らず過去にも何度かあった。

 それが何故、今―――?



 「恭也君?あの、大丈夫ですか?」



 フィリスの声に、没頭しかけた意識を戻される。

 見ると、恭也の事をひどく心配気に見つめていた。

 恭也が、この事実にショックを受けたと思ったのだろう。


 そんなフィリスに小さく笑いかけた。



 「大丈夫です、フィリス先生」



 そう、大丈夫。

 何故か恭也は、突然の身体の異常完治、否『再生』にショックを受けてはいなかった。

 同時に、この脳に流れ込んでくる【情報】の流れにも。

 むしろこの【情報】が流れ込む感覚には、何処か懐かしさすら感じる。


 そういう恭也の事を、フィリスは呆けたように見つめていた。

 すぐにハッとなって立ち上がる。



 「そ、そそ、そうですか!?そ、そそそれじゃ、もう大丈夫ですね?!」


 「は、?あ、あのフィリス先生?」



 顔を首まで朱に染めたフィリスが、上ずった声を上げる。

 フィリスの突然の変貌に、恭也はかなり戸惑っていた。

 が、フィリスはそれに気付く余裕も無い。

 そのまま後ろも見ず、後ろ向きに歩き出した。



 「あ!!そうだ、恭也君が目を覚ました事を皆に知らせなきゃ!!

  と、いうわけで恭也君、わたしはこれで失礼します。

  また後で――ワキャ!?」



 やっぱりと言うか、背後にあった椅子に気付かず、フィリスはそのまま派手に転んだ。



 「だ、大丈夫ですか?フィリス先生」



 さすがに慌てた恭也が、ベットから立ち上がろうとする。

 しかしその前に、フィリスは一瞬で立ち上がる。



 「あ、あはは、あははははは……だ、ダイジョウブ、ダイジョウブ。

  こんな事しょっちゅうですから」



 そう言って笑いながら部屋から出て行く。

 やがて遠くのほうから「恭也君、不意打ちです〜」とか、「やっぱカッコ良すぎですよ〜」とかの声が聞こえた。

 乙女である。



 「………しょっちゅう転ぶ事があるとは。

  案外、フィリス先生は那美さんと気が合うかもしれんな」



 ………この朴念仁には、意味を成さないらしいが。

 恭也は、ベットの上でそんな的外れな感想を漏らしていた。

 そこでふと、思い出したように自分の身体を見下ろした。

 傷一つ無くなった自分の身体を。



 「……これは家族にどう説明するかな?」





















 その日の高町家は、暗く沈んでいた。

 普段の高町家の活気を知るものが居れば、目を疑うほどに。


 朝食の時間、皆がダイニングで朝食を取っていた。



 「………」


 「…………」


 誰も、一言もしゃべらない。

 ただ、カチャカチャと、時折聞こえる食器の鳴る音と、テレビから流れるニュースの声。

 それだけが、今の食卓で発せられている音だった。


 普段は、騒がしいほどに明るい高町家の食卓。

 レンと晶のケンカが無ければ、なのはが二人を嗜める声もない。

 桃子とフィアッセの会話が無ければ、それに突っ込む美由希の声も聞こえない。

 誰もが機械の作業のように、ただ黙々と箸で食事を口に運んでいた。


 その中に、美沙斗の姿も在った。

 彼女は、昨夜結局何処へも行く事も出来ず高町家の預かりとなった。

 本来なら実行犯である彼女は、問答無用であるはずなのだが、リスティの計らいでこうなったのだ。



 (……どうして、こんな事になったのだろう)



 美沙斗は考える。

 何度も何度も考える。

 何故、こんな事になってしまったのかを。

 高町家に住む人々の、余りにも痛々しい姿を見て。


 恭也と始めて再会した後、美沙斗は偵察も兼ねて高町家を見たことがあった。

 誰もが笑っていた。

 まるで日向に居るような雰囲気の中、彼女たちは誰もが幸せそうに。

 本当は、誰にも血の繋がりなんて無いはずなのに。

 本当の家族のように、温かで幸せそうな家庭がそこには有った。

 思わず嫉妬し、目を背けたくなるほどに。


 だが、今この場にはそんな面影など何処にも無い。

 たった一人居ないだけで。

 その笑顔の中心が居ないだけで。



 (……どうして、こんな事に)



 本当は理由が分かっている。

 分かりきっているのだ。

 自分のせいである事など。


 あの小柄な医師から、恭也がもう目を覚まさないであろう事を告げられた後、リスティと呼ばれていた刑事に聞いた。

 美沙斗に【龍】の情報を渡す事と引き換えに、美沙斗に様々な犯罪を手掛けさせた男。

 自分たちに爆弾を放ったその男の手の甲に、“龍”の刺青が彫られていたらしい。


 手の甲に、“龍”の刺青。


 それは、美沙斗が手に入れる事ができた数少ない情報の一つ。

 自分たちの一族を滅ぼした組織、【龍】の構成員である証。

 なんと滑稽な事であろうか。

 家族の復讐のために、家族を捨て。

 修羅になると嘯いて、その実態はただの道化。

 復讐すべき組織の片棒を担ぎ、そのために人を殺し続けた。


 その果てに、娘との和解させてくれた人を。

 もう一人の家族を。

 こんな愚かな自分のために、永遠に失いかけた。


 周りの皆を見回す。

 誰も彼もが酷い顔をしていた。

 泣いた為に目は赤く腫れ上がり、中にはまだ涙の跡を残している者も居た。

 食卓に居るのは全部で五人。

 フィアッセは恭也の状態を聞くなり、倒れてしまった。

 ショックと、『フィン』を開放した事が原因らしい。

 今はティオレと共に別のホテルに泊まっている。



 「……ごちそうさま」



 美由希が箸を置いて立ち上がる。

 食器に盛られた食事は、半分しか無くなっていなかった。

 だが、誰もその事に何も言わない。

 それほどの余裕を、誰も持ていないのだ。



 「ごちそうさま」


 「うちも」



 どころか、この家の料理番であるはずの二人まで半分残して立ち上がる。

 それに続くように、皆席を立っていく。


 誰も何も言わない。

 そのことが、美沙斗にはどうしようもなく心を抉った。


 ――― リリリリリリリィ、リリリリリリリリィ……

 と、ダイニングに据え置かれていた電話が鳴った。

 誰も気付いていないのか、何の反応も示さない。


 他所の家の電話を勝手に取って良いものか、一瞬悩んだ。

 しかし、何時までも鳴り続ける電話に、美沙斗は受話器を取った。



 「………はい、もしもし」


 『あ、高町さんのお宅ですか?って、……え〜とどちら様でしょう?』



 声には聞き覚えがあった。

 昨夜話した、恭也の担当医の女性のものだった。



 「あ、はい、昨夜そのお会いしました美沙斗です。

  あ、あの、何か?」


 『あ、はい。あのそちらに皆さんまだ揃っていらっしゃいますか?

  もし揃っていらっしゃるんでしたら、直ぐに病院に来てください』


 「は?あ、あのどういう事でしょうか?」



 いまいち意味が分からず、声を出す。



 『あ、すいません。先走ってしまいましたね』



 そう言って、電話の向こうで少し照れたような笑い声が聞こえた。



 『実は、恭也君が―――』


 「ほ、ほんとうですか!!??」



 それを聞いたとき聞とき、美沙斗は家中に響くような大声を上げていた。

 やがてニ、三相槌を打つと電話を切った。

 振り向くと、美沙斗の事を驚いたように見つめる顔が有った。

 らしくない突然の美沙斗の大声に、目を丸くしている。



 「あ、あの、美沙斗さん。どうしたんですか?」



 桃子の声にしかし、美沙斗にはそんな事を気にしている余裕は無かった。


 美沙斗は皆を呆然とした顔で見詰めて、言った。







 「恭也が、目を覚ましたそうだ」








 意味を理解できなかった面々が、その言葉の意味を理解した瞬間。

 高町家が、文字通り揺れるほどの絶叫が響いた。






 

...... to be continue 





あとがき


 はい、というわけで国広です。

 今回の副題名、「Good morning〜目覚め〜」は、恭也君が目を覚ました事と、能力に目覚めたこととを掛けています

 ここから先の展開を作る為に、恭也君にあの能力を持ってもらいました。

 次の、次の次ぐらいに恭也君の【情報】の正体を明かしたいと思います。

 あと、恭也君が突然回復した事もやっぱり次の次ぐらいです。

 そして一応、次の次で第零章は終わりです。

 つまり、恭也の能力の正体は第一章が始まったときという事ですね。

 『黒猫と戦神』を楽しみにしている人(もしも居るのなら)、もう少し待っていて下さい。

 せめて第一章の中頃まではこれ一本で行きたいと思っているので。

 それでは、また次回。


 ついでにすいません、前回のあとがきで大嘘ぶっこいてしまいました。

 クロスに入るのは、まだ先のことになりそうです。


 









感想代理人プロフィール

戻る

 

 

 

 

代理人の感想

うーむ、短い・・・・っつーか内容がない(爆)。

感想書くときはこういう話が動かない話ってのは非常にきついんですよね。

それはともかくなんか怪しげな能力に目覚めてますけど、これがどう言う風に話にかかわってくるやら。

情報というのは最弱にして最強の能力ですからねー。

一つ間違えば話のバランスがあっさり崩壊します。

まあそこらへんは腕の見せ所。