一 春樹 真人
   
 人は、何故生きるのか。

 俺の知る限り、その答えに辿り着く事の出来る人はほとんど居ない。
 一人の少女を導く立場にあったあの人ですら、果たしてその答えに辿り着けていたのかどうか――――。

 朝のニュースで初めて知ったけど、昨夜、この町で殺人事件があったそうだ。
 被害者の名前は間宮塔子さん、二十七歳。その名前と、テレビ画面の端っこに映し出された顔写真は、間違いなく、自分が知っている人のものだった。
 テレビの中では、そんな俺の事情など関係なく、いつもの調子でキャスターが原稿を読み上げていく。
 その事件についてマスコミが最も注目していたのは、その奇妙な死因。体を腰から真っ二つに切断されたという無残な姿となったその遺体には、それ以外の傷跡は全く無かったそうだ。ニュースではその点がクローズアップされ、「彼女の身に一体何が起こったのでしょうか」などと、現場に駆けつけたレポーターが、ブラウン管の中で大袈裟に騒ぎ立てている。
 確かに、普通に考えれば、それは奇妙だとしか言い様がないだろう。体を切断されようとしているのに、被害者がじっとしているワケはない。抵抗したのならそれらしき痕跡が残る筈だし、気を失わせていたのだとしても、殴られた痕や薬物の反応など、何らかの痕跡は残るはずなのだから。
 しかし、俺には、どうしてそんな事になったのか、簡単に想像がついた。
 簡単な事だ。彼女は恐らく、巨大な刃物か何かで、一撃の下に両断されたのだと思う。
 そんバカな、と普通は言うだろう。しかし、自分は知っている。それを出来る人種が、この世界には居る。しかもそれは、驚くほど、人々の身近に存在しているのだ。
「守護者」。それについて自分が知ることになったのは、他でもない。秀晃が――自分の父親が、そう呼ばれる存在だったからだ。それは、その名前の通り、人々を守護する者。常識で言えばそれは警察の仕事なのだが、それはあくまで常識の範囲に過ぎない。
 常識を超えたもの、つまり人々が有り得ないと思っているものは、しかし確実にこの世に存在している。そして、それはもちろん、必ずしも良い者ばかりではない。人を超えた力を手に入れた者が、その力を試してみたいと考えたり、他者を征服したいと考えたりするのは、当然と言えば当然と言える。
 当たり前だが、それを放っておくわけにはいかない。しかし、現行の警察だけではそれに対処するのは不可能だ。「イレギュラー」と呼ばれるそれに対処するには、やはりこちらも、有り得ない存在を用意するしかない。
 そうして政府は、秘密裏に「協会」と呼ばれる組織を作り上げた。比較的良い者と言える側の、有り得ない力を持つ者たちを集めて作られた組織。その幹部達によって考え出されたのが、その「守護者」というシステムだった。そこに属する力を持つ者たちを全国各地に派遣して、「イレギュラー」発生の報告があれば直ちにそれを向かわせて排除する、という、まあ要するに有ってはいけない者を片付ける、掃除屋のようなものだ。
「魔力」を扱うことによって、人々の常識を超えた力を持つに至ったそれらの存在は、普段は決して表舞台に立つことはない。今回殺されたこの女性もそういう存在であり、だから、こうしてこんなニュースがテレビで流れているというのは、本来ならばあってはいけない事だろう。この事件はきっと、政府の対応が遅れるほどに、予想外の出来事だったに違いない。
 ……まあ、それは、俺にとってそれはどうでもいい事だ。そういう裏の事情は、所詮は一般人に過ぎない自分にはあまり関係ない。自分にとって大事なのは、知り合いの女性が突然亡くなった、いや、何者かに殺されたのだという事だ。
 間宮塔子さん。父親の弟子であったという、自分とも浅からず縁のあるはずの彼女と直接顔を合わせたのは、その実、数える程しかなかった。
 どうやら父親は、彼女と自分が顔を合わせる事を出来るだけ避けていたようだった。きっと父は、息子である自分を、裏の世界の住人である彼女と会わせたくなかったのだと思う。父は、その仕事について、殆ど何も語ろうとしなかった。訊いても、何も答えてくれなかった。彼女と父が師弟の間柄にあるというのも、三回目に会った時、彼女に直接訊いて、初めて知ったぐらいだ。
 どうやら、父としては、自分が「守護者」という常識を外れた仕事に就いている事そのものを隠しておきたかったようだ。しかし、何か些細な、よく覚えていない様な事がきっかけで、自分はそれを知ることになった。そうして父は、諦めた様な表情で、「守護者」というのが何なのか、という事だけを教えてくれた。記憶にある限りでは、父が仕事について自分に語ったのは、それが最初で最後だったと思う。
 ―――話を戻そう。そういうわけで、彼女とは数回しか顔を合わせることがなかった。しかし、まだ幼かった自分は、それでも彼女の事が大好きだったと思う。
 彼女はいつも、優しくて穏やかだった。優しい笑顔で、心が安らぐような声を自分に掛けてくれた。父親の手前、彼女とはゆっくり話をする機会をあまり持てなかったが、恐らく自分は、彼女の姿に、物心つく前に亡くした母親を感じていたのだと思う。
 考えてみれば、初めて会った当時、彼女はまだ二十歳にもなっていなかったわけで、きっと、お母さんというよりはお姉さんという印象だっただろう。しかし彼女は、何となく、それを感じさせるものを持っていたと思う。言うなれば、包容力。そういうものを持った、温かみのある女性だった。
 その人が、亡くなったのだ。それはもちろん自分にとっても哀しい事だけど、今はそんな事よりも、もっと気になる事が他にあった。
 最後に塔子さんと会った、五年前の日。時が止まったあの霊安室で見た、彼女に縋って弱々しく佇んでいた少女。天野さつき、というその名前を知っていた。内容までは覚えていないけど、その時、一言二言、言葉を交わしたのを覚えている。
 記憶にあるのは、それだけ。たったそれだけなのに、その少女の姿は、目に焼き付いたまま離れようとせず、五年経った今でもはっきりと思い出す事が出来る。
 その日の、少し前。塔子さんが弟子を取った、という話を聞いたのも、やはり父親からではなく塔子さん本人からだった。
「あの子も今年で十二歳だから、真人くんと同い年よね。今度来る時に連れてくるから、楽しみにしておいて」
 やはり優しい笑顔で、塔子さんがそう言ったのを覚えている。少し興味を持って訊いてみた。どこから来た子なのか、どうして塔子さんが預かる事になったのか。けど、塔子さんは教えてくれなかった。「ごめんね、ワケありなの」と、言葉通りの申し訳無さそうな顔で言った後、彼女には身寄りがない、という事だけを教えてくれた。だから仲良くしてあげてね、と。
 その少女、天野さつきと言葉を交わしたのが、あの霊安室でのやり取りだけ、というのは何とも皮肉な話だが、ともかく、彼女にとっては塔子さんこそが唯一の拠り所であり、身を寄せられる存在だったはずだ。
 そんな彼女と再会したのは、それから約三年が経った日の事だった。高校の入学式でその姿を見た時、三年もの年月を経ていたにも関わらず、自分は一瞬でそれが彼女だと分かった。
 彼女が自分と同じ高校に入学するのだ、というのにも驚いたけど、それ以上に驚いたのは、その変貌振り。見違えるほど綺麗になったその外見、そして何より変わったのは、自信に満ち溢れたその佇まい。いかにも気の強そうな感じのするそれは、あの時見た姿とはまるで別人で、よくあれが彼女だと分かったな、と自分で自分に感心してしまった程だ。
 で、そこで「わ〜、久しぶり〜!」とか、そういう再会のシーンがあったかと言うと、もちろんそんな事はなかった。それどころか、彼女があの時の事を覚えているのかどうかすら怪しい。なにしろ、再会してから今まで、ろくに話をした事すらないのだから。
 だけど、あの時の事を忘れられない俺としては、やっぱり気になるわけで。すれ違う度に彼女を目で追ったり、集会の時などに遠目からその姿を盗み見たりとか、ある意味怪しいふうに見られても文句を言えない様な事をしてしまっている。その甲斐あって、という言い方はおかしいかも知れないが、とにかくそういう訳で、ろくに話しもしないのに、普段の彼女がどういう人なのか、何となく知っていたりする。
 遠くから見る彼女は、やはりあの時の弱々しい少女とは百八十度変わっていて、何だかいつも無意味に偉そうで、不機嫌そうだった。でも、それは別に嫌な感じではなく、事実彼女は嫌われてなどいない。
 綺麗に纏まったセミロングの髪に、くっきりとした顔立ちという、どう見ても美人にしか見えない彼女に男が寄り付くのは当たり前だが、それを別にしても、彼女はみんなから好かれている存在の様だった。きっと、彼女の取っ付きにくそうなあの表情の裏には、塔子さん譲りの優しさや思いやりが隠されているのだと思う。何の間違いでああなってしまったのか、塔子さんがどういう教育をしたのかは知る由もないが、まあきっと、あの時に比べれば、いい方向に進んだと言えるのだろう。
 ―――しかし。いくら彼女が強くなったとは言え、それはあくまで塔子さんが在ってのものだろう。突然、自分の拠り所を失くした彼女が、果たして今まで通りで居られるかどうか。
 つまり、気掛かりな事というのはそれだ。彼女は、これから一体どうなるのか。どうするつもりなのか。別に仲が良いというワケでもない、いやそれどころか、すれ違っても挨拶すらしない様な間柄だが、それでも一応、長い付き合いの好というやつもあるのだろう。今の俺の中では、自分自身の哀しむ気持ちより、彼女の事を心配する気持ちの方が強いらしかった。
「―――とにかく、行くか」
 こうして考えていても、何も始まらない。彼女が今日、学校に来るとは思えないが、かと言って他に何か思いつくわけでもない。立ち上がって仕度を済ませ、部屋を後にした。

 外に出てみれば、いつもと同じ、爽やかな朝の日差しが降り注いでいた。
 この町で殺人事件があったとは思えない程、その様子はいつもと何も変わらない。静かな住宅街を抜け、そのまま何事もなく学校に到着した。
 やはり、学校にも何の異常もない。いつも通りに生徒たちを出迎えるそこは、一様に穏やかさの中に憂鬱の色を落とした様な表情で登校してくる生徒たちであふれかえっている。
 その中に居て、自分はあるはずのない人影を探していた。来るはずはないというのは分かっているのだが、どうしても気になってしまう。……ったく、親しい間柄でもないのに、なんでこんなに心配してんだろうな、俺―――
「って……え?」
 しかし。自分の目は、あっさりとその姿を見つけたらしかった。
 見間違いかと、目を疑った。まだ寝惚けているのかと、目を擦った。しかし、そうではないらしい。自分の視線の先、登校してくる生徒たちの中に彼女は確かに居て、何食わぬ顔で雑踏に紛れているではないか。
「―――なんで……」
 友人であるらしい女生徒に笑顔で声を掛けるその姿は、彼女にしては何だか上機嫌すぎる気がするが、それでも間違いなく、天野さつき本人だ。いつもと何も変わらず、まるで何事も無かったかのように振舞う彼女からは、周囲の生徒と同じく、何の異常も感じられない。
「なんで、だよ……」
 今すぐ掴みかかって、問いただしたかった。一体なにをしているんだ、と。なんでそんなに平気な顔してるんだ、と。
 しかし、生徒たちの雑踏に邪魔されて、彼女との距離は開くばかり。何も声を掛けることが出来ないまま、彼女の姿は校舎へと消えて行った。
「―――……」
 しばらくそれを呆然と見ていたが、後から後からやって来る雑踏に背中を押され、仕方なく自分も校舎へと入って行った。
 やはり、校舎の中も、嫌味な程にいつも通りだった。今日も、朝の学校は平和そのもの。廊下でも、教室でも、穏やかな表情でお喋りをする生徒達だけしか目に映らない。
 いつもと何一つ変わらない光景だが、敢えて違うところを挙げるとすれば、どのグループも、この町で起こった事件の話題でもちきりであるという事か。怖いね、だとか、テレビに映ったらどうしよう、だとか。中には、これは怨恨からの犯行に違いない、なんて勝手に推理を始めてるやつも居たりする。
 意味も無く、腹が立った。
 ―――塔子さんの死を、そんな軽々しく話すんじゃねえ。
 そう思った時、やっぱり自分も哀しいんだな、とようやく実感する事が出来た。
 彼女の教室に行ってみようかとも思ったが、呼び出せるような仲でも無いし、何より、事情を知らない生徒たちの前でそんな話をするワケにはいかない。とりあえず、放課後まで待つ事にした。
 その日の授業は、いつもにも増して、やたらと長く感じられた。時間の経つのが異様に遅い。じりじりと、焦るような気持ちで、授業終了のチャイムが鳴るのを待った。
 そうして、放課後。ホームルームが終わると同時に、彼女の教室へと駆け出した。二つ隣の、ニ―B。彼女の教室であるはずのそこに飛び込んで、彼女の姿を探した。しかし、その姿はすでにそこには無かった。
 どうしたんだ、と声を掛けてきた顔見知りに訊けば、彼女は、昼休み中に、気分が悪いと言い出して、そのまま早退してしまったのだと言う。
 ……何と間抜けな事か。言われてみれば、確かにそうだ。少し考えれば分かっていた事。彼女が放課後まで学校に居るとは限らない、いや、そもそも学校に来ている事自体がおかしかったのだ。最後まで授業を受けていたら、それこそ彼女の神経を疑いたくなっていたかも知れない。
 とにかく、追いかけなくては。彼女が何を思って学校に来ていたのかは分からないが、すでに帰ったというのなら、次に彼女がとる行動は一つしかない。
「守護者」の使命。かつて塔子さんが父の後を継いだように、彼女も塔子さんの後を継いで戦うつもりなのだろう。しかし、それは余りにもムチャだ。彼女が相手にしようとしているのは、塔子さんを殺した奴に違いないのだから。
 一度、父が塔子さんに言っていたのを盗み聞いた事がある。お前は天才だ、と。今に、「協会」トップレベルの「守護者」になるだろう、と。「そんなことないですよ」と、彼女は謙遜していたが、父の口ぶりからして、それは紛れもない事実だったのだと思う。だからきっと、あれから多くの年月が流れた今、彼女はその言葉通り、トップレベルの「守護者」となっていたに違いない。
 そんな彼女を、一撃の下に両断した相手。彼女の遺体には他に傷が無かったと言うのなら、それは初撃であったのだろう。つまりその相手とは、トップレベルの「守護者」となった塔子さんでも、全くかわす事が出来ない程の一撃を放つ存在、という事になる。
 あまり人を褒める事をしない父をして、天才だと言わしめた塔子さん。類は友を呼ぶ、というし、その人に見込まれた彼女にも、きっと才能があるのだろう。しかし、まだ若すぎる。彼女はまだ十七歳。あくまで、まだ修行中の身なのだ。その師を殺したという相手に、敵うわけがない。
 だから、止めなければ。むざむざ死にに行くようなマネを、見過ごせるワケがない。
 気が付いた時には、もう教室を飛び出していた。飛ぶ様に階段を降り、乱暴に靴を履き替えて、そのまま町に出た。
 
 商店街。公園。住宅街。何も考えず、ただ彼女の姿だけを追い求めて、町中を駆けた。何事かと周りから視線を向けられたが、構わず足を動かした。
 おかしな事をやってるのは分かっている。しかし、今この瞬間にも、彼女はその師と同じ運命を辿っているかも知れない。そう思うと、居ても立ってもいられなかった。
 
「ゼェ、ゼ、ハ―――」
 ―――そのまま、どのくらい走ったか。
 体力の限界なんてのは、とおに超えた。肺は、半ば呼吸困難に陥っている。足はガクガク震えている。体中がおかしい。
 それでも走った。人間ってここまで走り続けられるものなのか、と自分でも呆れる程に、とにかく走り続けた。

 しかし、彼女の姿は見つからない。然して大きくもない、この町。もう、ほぼ全ての箇所を巡ったのではないだろうか。
「……くそっ。何やってるんだ、俺」
 そうして、いい加減自分の馬鹿らしさに愛想が尽きた頃、ようやく俺の足は止まった。
 もはや自分の体も支えられない程に疲弊しきった体を、よろよろと、壁にもたれ掛ける。
「ハァ、ハァ、ハァ―――」
 しばらく、そのまま息を整える。全く見えていなかった周囲に目を遣ると、いつの間にか日が暮れて、辺りはすっかり闇に落ちていた。
「―――マジで、馬鹿だ、俺……」
 いつまでも落ち着かない呼吸に紛れて、途切れ途切れに、自分を罵った。
 この様子からして、もう時刻は午後七時を回っているのではないだろうか。自分は、学校が終わってから今まで、つまりは三時間以上も走り続けていたという事になる。いくら父親に追いつこうと日々体を鍛えているとはいえ、さすがにこんなムチャは想定していない。体がおかしくなるのは、当たり前だ。
 酸欠状態の頭に、少しづつ酸素が満たされてくる。ここは、自宅のアパート近くの、住宅街。そんな事も、今ようやく思い出した。
「ホント、何やってるんだろうな……」
 同じ様な科白を繰り返した。少し冷静になってみると、自分がどれだけ馬鹿らしい事をしていたのかが分かる。
 彼女を死なせたくないという気持ちは、まあいいとしよう。しかし、それは自分の勝手な思い込みだ。彼女がそんな無謀な事をしているという確信があったわけでもないし、そもそも彼女がそんな事をする必要があるのだろうか。「守護者」を派遣している「協会」とやらがどんな組織なのかはよく知らないが、人々を守るための組織だというのなら、その方法は最善のものを執るはずだ。それが、彼女に戦わせることだとは、とても思えない。新しい「守護者」を派遣して、彼女には待機を命じる。妥当なところで言えば、きっとそんな感じだろう。
「……帰る、か」
 随分と時間を要したが、ようやく、自分の行動は無駄だと理解できた。呼吸が落ち着いてきたところで、体を起こす。そのまま、ふら付く足で家路についた。
 その途中で気が付いたけど、今日は満月だったらしい。青白く輝くそれが、夜の闇をうっすらと照らしている。
 ―――それは、運命だったのか。きっと、その日が満月でなければ、気が付いていなかったに違いない。川辺の道を歩いている途中。人気の無い、向こう岸の公園に置かれたベンチの人影が、自分の捜し求めたものである事に。
「―――マジかよ。なんでこんな所に居るんだよ……」
 どうやら間違いないらしかった。
 何とも皮肉な事だ。あれだけ探しても見つからなかったというのに、探す気をなくした今になって、こうもあっさり出くわすとは。
 彼女は、ただ一人、ベンチに座って夜空を見上げている。その姿からは、今朝学校で見かけた時は感じられなかった、哀しさが滲み出ている気がした。
 なら、余計に放っておけない。すぐにでも駆け寄って、話を聞かなければ。もう、なぜ学校に来たのか、とか、そんな事はどうでもいい。彼女が、これからどうするつもりなのか。ただ、それだけが気掛かりだった。
 ……しかし。それとは別のところにある感情が、それを制止していた。
 ―――お前は、何様のつもりなのか。お前は、春樹真人は、彼女に立ち入った話を出来る様な立場でもないだろう。そもそも、何と声を掛けるつもりなんだ。偶然を装って、「やあ」とでも言うのか? ろくに話も出来ないくせに、何故こんな時だけ声を掛けようとする。止めておけ。お前はただ、彼女に同情しているだけだ。そんな気持ちで接したところで、彼女を余計に傷つけるだけなのだから。
 それは、きっと理性というやつだったと思う。どうせ働くなら、もっと早く働いてくれよな、と、ここでも自嘲的な気分になった。
 とにかく、それの言う事は正しい。俺では、彼女の力にはなれない。彼女を慰める言葉も見つからない。
 もしかしたら、今彼女があんな所に居るのは、自分の危惧した通り、塔子さんを殺した奴と戦うためなのかも知れない。……だとして、俺に何が出来る? 何と言って止めたらいい? 自分の師が敗れた相手に、自分が敵うワケがない。そんなの、彼女自身が一番よく分かってるに決まってるじゃないか。それを承知の上で戦うと言うのなら、何と言って止める事ができようか。いや、そもそも、それは止めてはいけないのではないだろうか。
 本当に、今更。けど、気付いてしまったものはしょうがない。力なく視線を落として、その場を後にした。―――いや。しようと、した。
 再び歩き出した、ちょうどその時。静寂に満ちていた川辺に、金属と金属がぶつかるような音が鳴り響いて、思わず足を止めた。
 
 これが、全ての始まりだった。そうして振り返ったその時から、それは始まったのだ。
 ―――いや、違うか。春樹秀晃という「守護者」の子として生まれた時点で、それは逃れられぬ運命だったのかも知れない。
 だが、それを恨んだ事は、後にも先にも、一度もなかった。むしろ感謝してもいい位だ。そのおかげで、自分は何より大切なものを、手に入れる事が出来たのだから。





  代理人の感想
オチてねぇぇぇぇぇっ!?
 
途中まではよかったのに、なんか微妙にブツ切り。
分けて投稿するならもうちょっと区切りのいいところで切るか、多少無理にでも区切りをつけてほしいと思ったり。
例えば今回のラストに
「そう、これが自分の平穏な生活を崩した、非現実の始まりだったのだ」
という一文を入れるとか。
 
言い換えると一応区切ってはいるんですけど、ちょっとその区切りとしては弱いかなと。