四  元靖 聖司

「ちっ……!」
 思わず舌打ちした。
 何と迂闊な事か。夜になればこうなってしまうことぐらい、予測出来ていたではないか。あのニュースを見た時点で、協力者の内の一人は彼女の弟子なのだろう、と何となく分かっていたのだから。
「知識」が指し示す事に失敗した事は、今まで一度もない。あるいは、今回もきっと何とかなる、という気の緩みがあったかも知れない。
「間に合ってくれ―――」
 とにかく急げ。今ならまだ間に合うかも知れない。屋根から屋根へ、全速力で闇を駆けた。  距離にすれば、恐らくそれほどはなかっただろう。やたらと長く感じられたその闇を抜け、ようやくそこに辿り着いた。すぐさま「ユートピア」に力を籠め、そのまま、少女に迫るモノを斬り伏せた。
「え――?」と戸惑いの色を見せる少女は、傷ついてはいるものの、命に別状は無さそうだ。問題は、アスファルトに倒れ伏す、この少年。
 祈るような思いで、脈をとった。
「―――ふう」と、安堵が漏れた。幸い、まだ息はある。何とか、間に合った様だ。
 左手のそれを彼に押し当てながら、恐らく状況が掴めていないであろう、傍らの少女に声を掛けた。
「落ち着いてくれ。オレは敵じゃない。彼は助かるから、心配しなくいい」



   五  春樹 真人
 
 ―――遠くに、光が見える。
 綺麗だ。とても綺麗だ。あそこには、幸せが満ち溢れているに違いない。
 だから行こう。きっと、あそこまで行けば、自分も幸せになれる。
 ゆっくりと、歩いていく。遠くに見えていた光が、段々と近くなっていく。
 もうすぐという所まで来て、手を伸ばそうとした時、不意に。どこからか、声が響いた。
「来るな。お前はまだ、来てはいけない」
 懐かしい感じがした。誰の声だかは思い出せない。でも、なんでそんな事を言うんだろう。だって、この声はあそこから聞こえてくる。あの、幸せの蓄積した様な場所から。
 そうか。この声の主は、きっとそれを独占したいんだ。だからあんな事を言って、俺を遠ざけようとしているんだ。
 ……でも、本当にそうだろうか。あの声が誰のものかは分からないけど、何となく、あれに逆らってはいけないんだったような気がする。
「忘れたのか、真人。俺は、生きなさい、と言ったはずだぞ」
 その言葉に、はっと思い出した。
 ―――そうだ。あの声は、春樹秀晃の。自分の父親の声ではないのか。
「親父―――」と、声を掛けようとした、その時。ぐい、と、何かに背中を引かれて、俺の体は引き戻された。

「―――ん……」
 目を覚ました。何やら変な夢を見ていた気がするが、よく思い出せない。何となく父親の声が耳に残っている気がするが、それはよくある事。父親の事を夢にみるなんてのは日常茶飯事だから、気にすることはないだろう。
「……って、え? どこだよ、ここ」
 頭がハッキリしてきて、ようやく気が付いた。自分は見た事もない部屋に居て、明らかに自分の物ではない布団に寝かされているではないか。
「………」
 体を起こして、きょろきょろと視線を動かしてみたが、誰も居ない。分かったのは、ここは四方を土壁と障子に囲まれた和室で、そこに敷かれた布団に自分が寝かされていたのだという事だけ。
……そういえば、そもそも俺はいつ寝たんだっけ? 何やら記憶がハッキリしない。……ええっと、昨日は……確か俺は、朝のニュースを見て、そこで、何か大変な事を―――
「―――あ! 春樹くん、気が付いた?」
 その時、がらり、と正面の障子が開けられ、そこから知った顔が現れた。
「よかった。どう? 体、なんともない?」
 言って、彼女はこちらに近付いてくる。……それを見て、ようやく思い出した。
 そうだ。昨日、俺は一日中、彼女の心配ばかりしていた筈だ。
 そっと、目の前に居る少女の様子を伺う。何故か俺に心配そうな目を向けてくるその姿は、とりあえず天野さつきに間違いない。どういう経緯でこのような状況になっているのかはさっぱり分からないが、とりあえず、確かめなくてはいけない。
「―――大丈夫なのか、えっと……天野」
 そういえば、彼女の名前すら呼んだ事が無かったので、何と呼んでいいのか一瞬迷ってしまった。とりあえず、他の女子と同じ様に苗字で呼ぶ事にしてそう言うと、「え?」と、彼女は不思議そうな顔をした。目が合って、何だかどきりとしてしまう。自分は布団の中に居て、目の前には同級生の女の子。さっぱり自分の置かれた状況は理解できていないくせに、そんな事にだけ、この体は敏感に反応してやがる。
 ……いや、そうじゃなくて。そんな事より、訊かなきゃいけない事があるだろう。
「「え?」じゃなくてさ。その……これからどうするのかな、って思って。だって、天野って、塔子さんと二人で暮らしてただろ? その塔子さんが居なくなっちゃって、大丈夫なのかな、って……」
 言葉を選びながら、慎重に口にする。流石に、昨日一日中考えていただけあって、寝起きの頭にしては割とうまく言えた方だと思う。
 ―――と。なんだろう。俺、まずい事言ったのかな。それを言った途端、彼女の顔は急に不機嫌になった。
「……何それ。もしかして、私の心配してるワケ? そんな事より、自分の心配したらどうなの? あなた、半分死んでたんだから」
 呆れたように、彼女はよく分からない事を言う。……半分死んでた? 一体、何を言って―――
「―――って、ああぁ! そうじゃねえか!」
 何てバカなんだ、俺。今まで忘れていた。そうだ。俺は、天野が戦っている場面に偶然出くわして、見ていられなくて助けに入って、それで―――
「――――」
「な、なに、どうしたの? いきなり変な声出して」
「いや……忘れてた。そうだ、何で俺……」
「え、「忘れてた」って――もしかして、恐怖のあまり、ってやつ?」
「う……そう、かもな」
「……はあ、ウソでしょ。情けない。なんか幻滅。私の期待、見事に打ち砕かれたって感じ」
 彼女が何故落ち込んでるのかはよく分からないが、まあ確かに情けない事だ。なんでそんな、とんでもない事を忘れていたのか。
 ……いや、待て。よく考えたら、無茶苦茶おかしい。あんな、もう死ぬんだと受け入れざるを得なかった傷を負ったというのに、俺の体はどこも痛くない。助かったのは、まあ、現代の医療の事だし、百歩譲って有り得なくはないとしよう。でも、これはあまりにもおかしすぎる。そもそも、ここは明らかに病院ではない。この体にも手当てしたような痕すら見受けられないし―――これではまるで、あの時負った傷が、無かった事になってしまったみたいじゃないか。
「……なあ、天野。ものすごく変な質問で申し訳ないんだけど―――」
「分かってるわよ。どうしてあなたが助かったか、でしょ? 詳しくは私も分からないけど、とりあえずその左手のおかげよ。私の怪我も、それですぐに治ったわ」
「え、左手がどうかした――って、なんだこりゃ」
 言われて気が付いた。今まで気が付かなかったけど、俺の左手は、銀色に光っている。……いや、違うか。これは、俺の左手に、銀色の籠手の様な物が着けられているのだ。
 何となく、左拳に力を入れてみる。するとそれは、まるで何も着けていないかのように何の抵抗もなく動いて、驚くほど自分の手にフィットしているのだと分かった。
「―――何なんだ、これ。これのおかげって、どういう意味なんだ?」
「だから、私にも詳しくは分からないのっ。とりあえず私に分かるのは、それを着けた途端に、あなたの傷が一瞬で塞がって行って、跡形もなく治っちゃったって事だけよ」
「………」
 さっぱり分からないけど、まあそれに関しては後で考える事にしよう。だって、あまりにも分からない事だらけだ。ここはどこなのかとか、あの敵はどうしたのかとか、そもそも俺たちはあの状況からどうやって抜け出したのか、とか。
 何から訊いていいものか、などと考えていると、そこへ、どたどたと誰かが部屋の外を歩いてくるが聞こえてきた。―――で、
「お、気が付いたか! 思ったより早かったな」
 キーン、と耳が痛んだ。開いたままになっていた障子から見知らぬ顔が覗いたのと同時に、聞いたことのない、どうやら少年のものらしい声が部屋に響き渡ったのだ。
「悪かったな。予定としては、危ないところに颯爽と現れて、二人のピンチを救うつもりだったんだけど――ちょっと遅れちまった」
 その声は、やたらとでかい。寝起き、というか、さっきまで気を失っていた頭にがんがんと響いて、ずきずきと痛む。
「……誰だよ、あんた」
 で、抗議も兼ねて、そう言った。
 見た限りでは、歳は俺とそう変わらない感じだ。茶色がかったショートレイヤーの髪に、無邪気な笑顔を浮かべた、そこそこ整っていると言える顔立ち。服装は、グレーのスウェットにブラックデニムのジーパンという、まあ要するに、どこにでも居そうな、何の変哲もない少年だと言って差し支えないと思う。
 そいつは、俺が言うと、大げさに肩を竦めてみせた。
「なんだよ。さつき、まだ話してなかったのか」
「馴れ馴れしく呼ばないでって言ってるでしょ。私は、あんたみたいな得体の知れない奴に気を許すほど、甘い人間じゃないの」
「だから、こいつが目ぇ覚ましたら話すって言っただろ。―――まあ、いいや。えっと――真人、だったな。初めまして、オレは元靖聖司。聖司、と呼んでくれ。何となく分かってると思うけど、オレは一応、お前ら二人の命の恩人ってわけだ」
 覗きこむように話しかけてくる、元靖聖司と名乗ったそいつの顔には、相変わらず無邪気な笑顔が浮かんでいる。確かに状況から言って、こいつが俺たちを助けてくれたに違いないっぽいんだけど――どうも、胡散臭い。一体こいつは、どうやって俺たちを助けたんだろう――などと考えている間に、
「とりあえず、オレは居間に居るから。訊きたい事もいろいろあるだろうし、落ち着いたら来てくれ。オレからも、話さないといけない事があるし。んじゃ、後は任せたぞ、さつき」
 とか言い残して、そいつはさっさと部屋を出て行ってしまった。馴れ馴れしく呼ぶな、という抗議はもう諦めたのか、彼女は何も言わず、ただ不機嫌そうな顔をするだけだった。
 二人で残された後、しばらく気まずい沈黙が続いた。彼女は不機嫌そうな顔を崩さないし、いや、彼女は普段からこんな顔をしているていうのは知っているけど、それでもやっぱりなんだか話し掛けづらい。で、彼女も何も言ってこないし、そういうわけで、二人の間には会話が生まれなかったというわけだ。
 まあ、だからといって、いつまでもそうしている訳にもいかない。その沈黙を破ったのは、彼女の方からだった。
「……とりあえず、その様子を見る限りでは、もう大丈夫なんでしょ? なら、さっさと行くわよ。とりあえず、私は早くあいつの話を聞きたいの。いつまでもワケわかんないままってのは、我慢できない」
 その声は、その表情と同じく、やっぱりイライラしている様に聞こえる。何となく逆らわない方がいい様な気がするし、それにまあ、確かに体は何ともない。分かった、と返事をして、布団を出て部屋を後にした。
 彼女に続いて廊下を歩いて、居間に入る。そこには、あいつ――言われた通り、聖司と呼ぶ事にしようか――が、テレビを見ながら、みかんを頬張りつつコタツでくつろいでいた。
「…………」
 その様子に二人して言葉をなくしていると、彼は、まあ座れよ、と言ってコタツの両側に用意してある座布団を指した。なんだか妙にまったりとした雰囲気に戸惑いを感じてしまうけど……話を聞くというのなら、確かにそうせざるを得ない。二人はその言葉通り向かい合わせに座って、結果として三人でコタツを囲むこととなった。
 ……何やら、おかしな事になっていると思う。目の前には、いつも遠くから眺めるだけだった相手、天野さつきが居て。その右側、下座と言われる位置に座っているのは、命の恩人だという正体不明の少年、元靖聖司が居る。その二人に自分を加えたそんな奇妙な三人組で、こんなにまったりとコタツを囲んでいるのは、とんでもなく違和感があるとしか言い様がない。
 ―――で。何と切り出したらいいのか分からず言葉に詰まっていると、ふと、左手にあの籠手の様なものが着けられたままになっているのに気が付いた。
「ああ、そうだ。これ、返さないとな。よく分からないけど、何か凄い物なんだろ?」
「いや、いい。それ、お前にやるぞ」
 テレビから目を動かさず、さも何でもない事のようにそいつは答えた。
「……へ?」
と、一瞬意味がよく分からず、思わず固まってしまう俺。
「―――は? 何言ってんの、あんた。そんな、医者が見たら間違いなくひっくり返るような代物、こんな情けない奴にプレゼントして何の意味があるのよ」
 ……どうやら、先程の一件で、彼女の中での俺の位置付けは、「情けない奴」に決定されたようで。彼女の言い様は何だか気に入らないが、まあ確かにその通りではある。こんなものをプレゼントされたって使い道がよく分からないし、むしろ困る、と言いたいぐらいの勢いだ。
 彼女が言うと、彼はようやくテレビを消して、こちらに向き直した。
「いいんだよ、オレが怪我する事なんて殆どないし。てゆーかお前ら、そんな事を言いに来たんじゃないだろ。そろそろ本題に入るとしよう」
 みかんの皮をゴミ箱に投げつつ、彼は少しマジメな顔つきになる。で、
「―――分かった。じゃあ訊くけど、えっと――セイジ、だったわね。あんたは一体何者なの」
 ぶしつけにそんな質問を投げかけた彼女の言葉で、話しは本題に入った。彼は最初「オレは見ての通り、こういう者なんだけど」と皮肉っぽく笑ったが、天野はむっっとして「ふざけないで、ちゃんと答えて」と重ねて訊くので、彼は肩を竦めて話し始めた。
 しかし、彼は実際その言葉通りの人物だった。「協会」に属しているのでもないし、他の怪しげな組織(そういうのがあるらしいと塔子さんから聞いたことがある)に属しているのでもないので、自分の事を何と言っていいのか分からないそうだ。どうやら歳は自分と同い年らしいが、高校生でもない。敢えて言うとすれば、フリーターだ。
 しかし、なら余計に「あんたは何者なんだ」と訊きたくなる。それは彼自身も分かっていたのか、「まあどっちにしろ、話さないといけないだろうしな」などと言って、彼は自身の過去について話し始めた。
 話しは彼の出生についてから始まったのだが、それはいきなり不思議な話だった。
 彼には父親がおらず、母親のみで生まれてきたのだという。これだけ言うと分かりにくいだろうから説明すると、それは単に彼の母がシングルマザーだったとか、そういう話ではない。彼の母親が二十二歳になった時、付き合っている人もいなかった彼女の身に、彼は突然身篭られたそうだ。なら付き合っていない人と「そういうコト」をしたんじゃないのかと思うだろうけど、それも無かったのだという。つまり、彼の母親は、誰との性交もなしに、自動的に子を身篭ったというのだ。ワケが分からないが、今はあまり関係のない話だから、とそれについてはさて置かれた。
 で、何とも気丈な事に、彼女はその意味の分からない赤子の出産を決意し、そうして生まれたのがこの聖司だったというわけだ。きっと周囲からは変な目で見られただろうけど、とりあえずそうして生まれて「聖司」と名付けられた赤ん坊は、普通に、よくある母子家庭の子供として育てられる事になった。
 しかし、心労が嵩んだのか、その母親も彼が小学校に入学する少し前に病床に就き、そのまま亡くなった。そうして一人になってしまった彼だが、そんな正体不明の子供に引き取り手などつく筈が無い。結局、彼はそのまま施設に預けられる事になったんだそうだ。
 ……聖司はさらっと言ったが、これはかなり辛い幼少時代だと思う。まあでも、こうして淡々と話しているあたり、そこにはあまり触れるな、という意思表示なのかもしれない。俺も彼女もその意図を汲んで、話の腰を折る事はせず、そのまま話は続いた。
 施設では大した出来事はなかったらしく、話は一気に六年進み、彼が小学を卒業した頃の事。そこで彼に人生の転機が訪れる。ある日突然、目の前に「光」が現れた、と彼は言う。「光」ってなんだろうと思っていると、何と、彼が言うにはそれは一般的に「神」と呼ばれるものだったのだという。もちろんそんなの信じられないが、まあこの際あえて横やりを入れる事はせず、黙って話を聞く事にした。  で、そうして彼は「神」だったというそれから三つのものを授かった。一つは、俺は見てないけど、大剣の男を一撃の下に斬り捨てたのだという、剣のようなもの。一つは、どうや俺にプレゼントされたらしい、この銀色の籠手。あともう一つは秘密兵器だから、まだ秘密にしておくという事だ。
 当然それは意味もなく与えられたものではなく、それと一緒に、彼はある使命を与えられた。それは、「悪」の力を得ようとする者を阻むために戦え、というものだったそうだ。
 もちろん「「悪」ってなんだ」と訊いた。でも説明を聞いてもよく分からなかった。
 それは、「神」と相反する存在である。「神」が創造と秩序を司るものなら、「悪」は破壊と混沌を司るもの。聖司は確かそんな事を言ってた気がするけど、そんなキリスト教の聖典でも読んでるみたいなことを言われても正直さっぱり分からない。
 それが余程分かりやすく顔に出ていたらしく、彼は訂正する様に「まあとりあえずは、思ったように世界を破壊できる危険な力、というふうに思っておいてくれ」と言った。なら最初からそう言ってくれよと思ったけど、口にするのは止めておいた。
 なぜ聖司がそれを決心したのか、その動悸の部分については触れられなかったが、とにかく彼はその話を受け入れることにしたらしい。でも、彼は当時まだ十二歳。いきなりそんな事を言われても、何をすればいいのか分からなかった。
 その問題を解決するために、彼は、三つのものとは別にある特殊な能力を授かった。それは「知識」。次に何をすればいいのかという事が自動的に頭の中にインプットされるという、何とも便利な能力なんだそうだ。しかも、それに従っていれば、最終的に「悪」が人の手に渡るのを防いでいる、というふうに出来ていると言うのだから凄い。
 で、彼は今までそれに従って戦ってきた。いや、戦ってきた、と言うと語弊があるかも知れない。その「知識」が指し示す事は様々で、何も戦えということばかりではなかったそうだから。自分を鍛えたり、探し物をしたとか、今まで彼は色々やってきたらしい。
 そうして、やっと話しは現在まで辿り付いた。今も彼はその「知識」とやらに従って動いている。今、彼がやるべき事は、「男と女、一人ずつ協力者を探す」という事なんだそうだ。……そうなんだが、「ま、それはもう達成されたんだけどな」と聖司は何やら意味ありげな視線を俺と天野に向けてくる。そこで、「まさか」と気がついて訊いてみた。それで「その通りだ」と返って来た時は、さすがに参った。つまりは、彼がこんなに長い話をして結局俺たちに言いたかった事とは、「自分と一緒に世界を守ってくれ」という事だったのだ。
 そんなの意味が分からない。なぜ俺なのか。この春樹真人は、たまたま「守護者」を父に持っただけの、何の力も持たない普通の男だ。そんな俺を協力者にして、一体彼に何の得があると言うのか。
 混乱しつつその疑問を口にすると、しかし彼は「今は話せない」と言ってますますこちらを混乱させた。そうして「協力するかはどうかはお前らの意志に任せる」と、そこで話を締めようとする。
 全く、ムチャを言う奴だ。何故自分が選ばれたのか分からずに、何をさせられるのかも分からずに、それで協力するかどうか考えろと言うのだ。そんなの無理に決まっている。
「いや、何をするかってのは言っただろ。「悪」が人の手に渡るのを防ぐんだって」
 ……いや、それが何なのか分からないと言ってるんだって、と言い返したかったけど、なんだかもうそんな気力もなかった。
 とりあえず話しにならない。断ろう、と口を開きかけた時、先に彼女の方が口を開いた。
「何となく話しは分かったわ。結局、肝心なところは何も話さないのね。塔子を殺したあいつが何者だったのかも、やっぱりまだ秘密ってわけ?」
「悪いけど、そういうことだ。それを話してしまえば、きっともうこの戦いに無関係ではいられなくなる」
「やっぱりね。―――いいわ。気に入らないけど、協力してあげる」
「えっ―――?」と漏れたその驚きは、果たしてどちらのものだったか。いともあっさり、さも何でもないことの様に返答した彼女に、俺はおろか、提案者である聖司でさえ一瞬耳を疑ったに違いなかった。
「なっ……いいのか、そんなにあっさり答えを出して。最後に言うつもりだったんだが、この話しを請ける事にした場合、しばらくはここで暮らしてもらう。つまり、今までの日常からは離れる事になるんだぞ。それに、これは戦いだ。相手を殺さなきゃいけない事も当然あるし、ヘタをすれば自分が死ぬ事だってある。別に答えを急ぐ必要はないんだ。もう少し考えてからでも―――」
「ブツクサうるさいわね。あんたが協力しろって言ったんでしょ。今までの日常? そんなもの、塔子が死んだ時点でとっくになくなっちゃったわよ。私にはもう、何も無いの。そんな私が世界を守るために役立てるってんなら、断る理由もないでしょ?」
 苛立ちを含んだような口調で話す彼女の目に、迷いは無い。どうやら彼女は本気で言っているらしかった。
 ―――私にはもう、何もない。確かに分かっていた事だけど、実際に彼女の口からその言葉を聞かされた時、ずきりと胸が痛んだ。いつも偉そうに振舞っているから余計に、だろうか。彼女の口からは、そんな言葉は聞きたくない、いや、聞いてはいけない気がした。
「―――間宮塔子の敵討ち、か?」
「……何よ。協力してあげるってんだから、理由なんてどうでもいいでしょ? それとも何? ホントは私なんてただのオマケで、春樹くんさえ協力してくれればそれでいいってワケ?」
「……いや、そんな事はない。ありがとう、助かるよ。これから宜しく頼む」
 そう言って聖司は、すっと右手を天野に差し出した。ふん、と気に入らない顔のまま、天野も右手を差し出し、握り返す。
 ここに、二人の協力関係が成立した。つまりは、彼女はこれからも戦っていくという事だ。自分には何もないと言い放った彼女は、あの時の様に、これからも命を賭して戦っていくのだろう。それを見過ごして、いいのだろうか?
「で、どうだ真人? さすがにお前は、もう少し考える時間が欲しいだろ?」
 そもそも、今自分がここに居るのは、彼女が心配でならなかったから。ならばもう、自分にはあまり選択肢が残されていない様な気がしたが、それでも何とか冷静に「ああ」と頷いた。―――ここで答えを出すのは、あまりにも、早計すぎる。
「ま、そうだろうな。さて、もうこんな時間だし、二人とも今日は泊まっていけ。幸い部屋はいっぱい余ってるし。えっと、じゃあさつきにはしばらくここで暮らしてもらう事になるけど――あ、心配しなくていいぞ。ちゃんと鍵付きの部屋を用意するからな」
 言われて、今更ながら全く時間の事を気にしていなかった事に気が付いた。時計を見ると、時針は二時ちょうど辺りを指している。外の様子からして、午後二時ではない事は明らかだ。日付を見れば、一日しか変わっていない。なんか随分と時間が経っているような気がしていたけど、実はあの時からまだ五、六時間ほどしか経っていなかったらしい。
 二人が何も言わないのを了承と取ったのか、聖司は「ちょっと待っててくれ」と言って、居間を出て行った。おそらく、寝室を用意してくれるのだろう。
 ―――さて。そうして、部屋には俺と天野だけが残された。……けどまあ、二人っきりという状況は、今はそれほど気にならない。だって、今の俺には、そんな事を気にしている余裕はないのだから。
「ふう―――」と、ため息をついて、ごろんと畳に寝転んだ。
 天井を見上げながら、考えた。ようやく、落ち着いて考える時間が与えられた感じだ。考えてみれば、一体なぜ、俺はこんなおかしな事に巻き込まれてしまったのだろうか。
 そもそもの発端は、あのニュースを見た事だった。あの時、塔子さんとは五年も会っていなかった自分の哀しみより、彼女の心配を優先したのは、きっと自然な事だったと思う。学校で彼女の姿を見た時の反応も、事情を知る俺としては、別に変じゃなかっただろう。
 おかしくなったのは、学校が終わった後。何で俺は、あんな、異常とも言える事をやっていたのか。よく考えてみれば、彼女の事は、詳しくは何も知らない。身寄りがないと言ったって、本当に塔子さん以外に頼れる人が居ないのかどうかも分からないし、もしそうだとしても、それは俺が心配することじゃないだろう。だというのに、なんで俺は―――
「―――ねえ、春樹くん」
「ん?」と、不意に掛けられたその声に、体を起こした。
「そういえば、どうしてあの時、あんな所にいきなり出てきたの? あれって、私を助けてくれたのよね?」
「え、まあ、そうなるのかな……」
 ……いや、紛れも無くそうなのだが。実際助けられなかったのだから、ハッキリと「そうだ」と口にするのは憚られたし、何よりなんとなく気恥ずかしかった。
「……実を言うとね。草むらに誰かが隠れてるってのは、分かってたの。「守護者」としては、逃げて、って言わなきゃいけなかったんだろうけど、私にはそんな余裕はなかった。だからせめて、そこでじっとしてて、って思ってたんだけど。それがいきなり飛び出してきて、しかもそれが春樹くんだったなんて、本当に驚いちゃった」
 懺悔するような口調で、彼女は言う。まるで、この俺、春樹真人という一般人を巻き込んでしまったのは自分のせいだ、と言うように、その声には後悔と自責の念が含まれているような気がした。そんな事ない、とハッキリと言いたかったけど、何となく口に出来ず、
「そう言えばさ。天野、よく俺の事覚えてたな。高校になってから、ろくに話もしたことなかったのに」
 と言って、話題を逸らした。―――と。
「え――だ、だって同級生だし、塔子の師匠の息子だし、そりゃあ忘れたりはしないわよ」
 どうしたんだろう。その途端、彼女の口調はなぜか慌て始めた。
「―――? まあ言われてみればそうだけど、何でそこで慌てるんだ、天野」
「う……も、もう、そんな話、してるんじゃないでしょ! 私が言いたいのは、あそこで飛び出してきたら、ああなっちゃうのは分かってたじゃない、って事。何にも知らない一般人ならまだしも、あなたは「守護者」の息子でしょ? あれがどれだけ危険な事か、分かってたハズじゃない」
 なにか、都合の悪いことを誤魔化すように、彼女の口調はまた不機嫌になる。そんな話題だったっけ? と思わず言いたくなったけど、まあそこは不問に付す事にした。
「いや、本当はもうちょっとスマートにやるつもりだったんだけど……まあ、いいじゃんか。結局、天野も俺も、こうして無事だったんだしさ」
「え……って、そういう問題じゃないでしょ! もしあの時―――」
「おう、お待たせ。部屋、用意できたぞ」
 彼女が身を乗り出して抗議を始めたちょうどそこへ、寝室の用意を済ませたらしい聖司が戻ってきた。
「ついでに風呂も沸かしたから、適当に入って――――って、なんだ、どうかしたのか?」
「―――いや、何でもない。天野、話は終わりだ。先に風呂、行ってきていいぞ」
「ちょっと、まだ終わってないでしょ。私は―――」
「いいから。俺、しばらく一人で考えたいんだ」
 彼女が俺に何を言わせたいのかは何となく分かるが、それは自分でもよく分からないのだから、答えようがない。マジメな顔を作って言った俺に、彼女は言い返す言葉が見つからなかったらしく、何も言わないまま、むすっとしたまま立ち上がって、部屋を出て行った。
「―――って、そういえば着替えが無いじゃない」
「心配するなって。パジャマぐらいなら女性物の備えはある。さすがに下着までは用意できないけど、それは我慢してくれ」
 廊下から、そんなやり取りが聞こえてくる。
……何と言うか、聖司もデリカシーのないやつだ。廊下からは、案の定、何やら彼女が怒っているような声が響いている。
「はは―――やっぱ、天野っていつでも怒ってるんだな」
 思わず可笑しくなった。まあ、今のは女の子なら誰でも怒るところかもしれないが、考えてみれば、俺が気がついてからというもの、彼女はずっと不機嫌な顔のままのような気がする。きっと、それでいいんだと思う。それが今の彼女らしさである事は知っているし、確かに嫌な感じはあまりしない。何となく、彼女が周りに人気があるってのも、頷けなくもない。
「―――春樹くん」
「げっ」
 そこへ、ひょこっと、天野の顔が覗いた。思わず慌てる俺。―――やばい。今の、聞かれたか?
「な、なんだよ。なんで戻ってきたんだ?」
「うん、一つ言い忘れてた。遅くなっちゃったけど……助けてくれてありがとう」
「ああ、何だ、そんな事か」
 てっきり怒られると思って身構えていた心に、安堵が広がった。というか、なんだかむしろ申し訳ない気持ちになった。
「いいんだよ、お礼なんて。俺が勝手にした事なんだし」
「そっか。でも、ちゃんとお礼が言いたかったの。……正直、あの時春樹くんが来てくれなかったら、危なかった」
「…………」
「それじゃ。しっかり考えてね。私の事なんて気にせずに、春樹くんがしたいようにすればいいと思う」
 そう言って、その照れたような顔を隠すように、彼女は障子の向こうに姿を消した。
「……危なかったっていうか、あれは―――」
 消えた彼女に向かって言うような呟きは、途中で途切れた。誰も聞いていないとはいえ、流石にその先を口にするのは憚られたから。

 彼女に続いて風呂を頂いた後、聖司が用意してくれた布団に潜りこんで考える。何とか、明朝までには答えを出さないといけないだろう。
 とりあえず、自分がワケの分からない事態に入り込んでしまったという事実は、もう受け入れられたと思う。問題は、これからどうするかということ。見なかったことにして今までの日常に戻るのか。全てを受け入れ、この奇妙な世界に身を置くのか。
 学校の事とか、将来の事とか。今までの日常を捨てろと言われて一番に心配しなくてはいけないはずのそれらは、今の自分の中ではどうでもいい事とされ、頭の片隅に追いやられてしまっている。
 頭に浮かぶのは、あの少女の姿。彼女は「春樹くんのしたいようにすればいい」なんて言ってくれた。しかし実際はどうなのか。いや、もし俺が断ったとしても、きっと二人は気にも留めずに戦うのだろう、というのは何となく分かっているのだが。
 ―――助けてくれてありがとう。
 お礼なんていい。結局、俺は助けられなかったんだから。
 ―――正直、あの時春樹くんが来てくれなかったら、危なかった。
 危なかったなんてモンじゃない。あれは、確実に、死んでいた。
「―――っ」
 あの時の光景が、頭に蘇ってくる。
 憎しみに歪んだ横顔で、何度も何度も男に斬り掛かるあの姿。あれは、命を捨てる行為に他ならなかった。それはきっと、彼女自身もよく分かっていた筈だ。それでも、彼女は恐れてなどいなかったのだ。
 私にはもう何もない、と言い放った彼女。その横顔には、何の迷いも哀しみも浮かんではいなかった。それが今の自分が置かれた状況なのだ、と冷静に受け止めているのだと思う。……だけど、それはきっと寂しい。きっと哀しい。心のどこかでは、彼女はきっと泣いているに違いないのだ。
 そんなの、放っておけない。俺がこんなに心配してるってのに、勝手にそんな事を言うなよ。―――俺が、居るじゃないか。
「………バカか、俺」
 思わず、勝手に一人で恥ずかしくなった。そんなの、面と向かって言えるワケがない。なら、せめて、俺に出来る事を、やってみるべきではないだろうか。

 ―――強く、優しく生きなさい。
 あの時、引き金となったのは、その父の言葉だった。
 早くに亡くなった母の代わりに自分を育ててくれた彼の、自分に向けられた最後の言葉がそれだったのだ。
 大量の出血ですっかり青白くなった、自分が知っている父とはまるで別人の様なその姿。しかし、そこから発された彼の声は、今まで聞いたそれの中でどれよりも強く自分の心に響いた。だから、父親とはふざけ合ってばかりだった自分だが、それだけには真剣に応えようと心に決めた。
 ―――うん。俺、がんばるよ。
 よく分からないままに頷いた俺を見て、そうか、と父は満足そうに微笑んだ。
 それが、彼が見せた最後の笑顔。そのまま、彼は手術室に運び込まれ、バタン、と無機質なドアが閉められた。
 一人、「手術中」の赤いランプが灯るのを見つめて。中から聞こえてくる、慌てふためくような医者や看護婦の声を耳にして。―――ああ、もう、父親とは話が出来ないんだな、と、子供心に悟っていた。

 ―――この仕事が終わったら、どこかに遊びに行こうな。
 その約束を、何より楽しみにしていた。仕事ばかりでほとんど遊んでなどくれなかった父親が、自分から遊びに行こうと言い出したのだ。楽しみにしない方がおかしい。
 それがもう守られないのだと思うと、どうしようもなく哀しかった。哀しかったけど、自分は決してそれを外に見せることはしなかった。よく分からないままに、医者からその事を聞かされた時も。父を失った実感に打ちひしがれた、あの霊安室でも。ただの一度も、涙は流さなかった。だって、従うと決めたのだから。もしかしたら遺言と呼べるのかも知れない、あの父の言葉に。
 優しいというのがどういうことなのかは、自分にはまだよく分からない。けど、強いというのは何となく知っていた。それはきっと、父親の様な人間の事を指す言葉だ。だから自分は、彼のような人間になればいいという事。涙を流さないのは、その第一歩。だって、あの人が泣いているのなんて見た事なかったから―――

 それが、十二歳の時。あれから随分と時が流れたが、自分はちゃんと、父親の言葉を守れているのだろうか?

 気付けば、外は既に明るい。小鳥たちの囀りが聞こえてくる。
 ―――朝が、来たようだ。



   五  元靖 聖司
  
「…………ん?」
 何かの物音に気付いて、目が覚めた。こんな事は久しぶりだ。
「……ああ、そうか。今日から一人じゃないんだな」
 目覚ましは使わないし、寝るときは携帯の電源も切っている。つまり、いつもはひとりでに目が覚めるまで眠っているという事だ。間接的にとはいえ、人に起こされるのはこの家に来て初めてではないだろうか。―――何というか、意外と悪い気分ではなかった。
「ん………七時半、か」
 布団の中で伸びをしながら、時計を確認する。いつもより少し遅い起床。しかしまあ、昨日の就寝時間を考えれば上出来であると言えるだろう。
「……さむ。やっぱ、まだ朝は冷えるな」
 布団から出た途端、冷え切った空気が身を刺した。暦の上では三月に入ったばかり。もう春と言える季節とは言え、やはりまだ冬の気配はあちこちに残っている。
 着替えをして部屋のドアを開けると、何やらうまそうな匂いが漂ってきた。この匂いからして、恐らくベーコンエッグでも作っているだろうか。
 少し意外な気分だった。まさか真人だとは思えない。かと言って、もう一人の人物も、わざわざ早起きして朝食を作ってくれるタイプだとはとても思えないのだが―――
「あ、そうか。真人のため、か」
 思わずにやりとした。一応隠しているつもりらしいが、オレから言わせて貰うと、彼女が彼の事を意識しているのはバレバレだ。せっかくそんないい材料があるのだから、それがいい結果を生み出せる様に、これからは手を尽くしてやろう。
 
「よっ、おはようさん。悪いな、朝飯はオレが作るつもりだったんだけど。ちょっと寝過ごしちまったみたいだ」
 キッチンに入りつつ、当たり障りのない挨拶をする。自分が買い込んだ食材を勝手に使っているという点には、この際あえて触れないでおいた。
「思ったよりだらしがないのね、孤独な英雄さん。てっきり、とっくに起きて鍛錬でもしてるのかと思ってたんだけど」
「そんなめんどくさいことするかよ。早朝ってのはな、寝るための時間なんだぞ」
「……あんた、そんなのでよく今までやってこれたわね」
 孤独な英雄、というのは気になる響きではあったが、とりあえず気にしない事にした。。朝の一発目から嫌味を言ってくる彼女を受け流しながら冷蔵庫を開けて、牛乳をマイカップに注ぐ。グビグビとそれを飲み干しながら、少しずつ目の覚めてきた頭で今日の事を考えてみた。まあ、考えると言っても、現時点で自分が優先すべき事柄は一つしかないわけだが。
「あいつのことだから、もう答えを出してる頃かな」
 彼とはまだ少ししか話していないが、何となくそんな気がした。あの少年なら、自分の期待に応えてくれるに違いない。そんな確信が、自分の胸には既に生まれつつあった。
「そんなに急がせない方がいいと思うけど。彼、一応は一般人なんだし」
「心配すんなって。分かってるさ」
 ―――しかし。きっと、答えはもう分かっているようなものだ。彼には、ここまで関わっておいて今更見なかったフリをするなんてことは、恐らく出来はしまい。
 正直、罪の意識が無いわけではない。もし自分が、もっと早くあの町に来ていれば。もし、間宮塔子すら助けることが出来ていたなら、状況は、随分と変わっていたに違いないのだから。
 自分の町を徘徊していた、人の様でありながら決してそうではないモノ。この少女が、重傷を負ってまでそれと戦っているあの姿。それらを目の当たりにしなければ、もう少し、彼にも選択肢が残されていたことだろう。
 だか、それはもう済んだこと。今さら悔やんでもすでに遅い。
 だから、せめてもの償いとして。もし彼が予想通りの答えを出したのなら、自分はその責務を何としてでも果たすつもりだ。―――たとえ、この命に代えてでも。

 コツコツと、部屋の外から足音が近付いてくる。がらり、と障子を開けたその少年と目が合った時、自分の進む道は決まったのだと分かった。
「―――聖司。一つだけ、訊かせてくれ」
「なんだ」
「俺が選ばれた理由は、もう訊かない。けど、それは俺じゃないと駄目なのか?」
「ああ、そうだ。この役目は、お前でなければ出来ない」
「そうか……分かった。俺に何が出来るか分からないけど、やってみるよ」

 廊下の窓から、眩しい日差しが差し込んでくる。一面に広がる澄み切った青空が、新しい季節の到来を告げていた。

代理人の感想
HTMLでは読みにくかったのでスタイルシートで修正させてもらいました。
作者の方がご不満でしたら取り下げさせていただきます。

さて、作品のほうですが今回でプロローグ終了という感じですね。
現時点では王道とワンパターンの中間くらいかと思います。
正直良くある展開ですが、読んでてそれなりに面白いです。
もっと面白くしてください。期待しています。