まとわりつくような、蒸し暑い空気。それに混じって漂う土や草、木々の匂いが、発汗作用を促進する。

 見上げれば、空を覆いつくさんばかりに広がった木々の緑。日の光が遮られて、地面は薄暗い。

 遠くで、獣の声がした。人間が居なくなっても、いや、居なくなったからこそ、自然というものは以前と変わらず息づいているのだ。この世界は人間の世界だ、とか思っていたけど、こういうところに居ると、それは所詮、人間側から見た傲慢というものだったのだと気付かされる。

「本当に、こんなところに人が?」

 額の汗を拭いながら、ルーリアは不安そうな声を出す。二人が歩を進めるたびに、踏み潰された小枝がぱきぱきと音を立てた。見えるのは、うっそうと広がった樹林と、その陰に見え隠れする獣の姿のみ。ルーリアが不安がるのも無理はない。

「ああ。それも、一人じゃない。複数―――ここから感じられるだけでも、十を超える数の人が、この先に居るようだ」

「それは、もう何度も聞きましたけど……やっぱり、何かの間違いでは? 何だか、これ以上進んだらもう戻れなくなりそうで―――私、少し怖いです」

「心配はいらない。この先に生きた人が居るというのは、間違いないと思う。もちろん、俺の感覚が狂っていなければ、だけど」

 言ってから、最後の一言は余計だったか、と内心でトモヤは少し悔いた。彼女がはっきりと「怖い」という言い方をするのは、わりと珍しい。それだけ彼女は不安がっているのだろうから、わざわざそれを煽るような言い方をする必要はないのだ。

「なに、そんなに不思議なことじゃないさ。ここなら、食い物には困らない。自然と共存さえ出来れば、人が生き残るのにこれほど都合のいい場所はないだろう」

「……確かに、それはそうですね」

 言いながらも、なお不安げな顔を崩さないルーリア。トモヤは自然に、本当にそれが当たり前のことであるかのように、彼女の手をそっと引いた。残り一本となった、彼の腕で。

「あ……」

「さあ、急ごう。日が暮れると、少しやっかいだ」

 手のひらから伝わる、トモヤの温もり。なんだか人以外の何かに成り果ててしまったような感のあるトモヤだけど、その手には間違いなく、暖かい人の血が流れている。ルーリアは少し安心すると同時に、この状況をくれたまだ見ぬ誰かに、心の中で感謝した。

 二人が目的の場所にたどり着いたのは、もう日が少し暮れかけたころのことだ。ずいぶんと歩いて、やはり間違いだったのではとトモヤも思い始めたころになってそれを見つけたのは、意外にもルーリアの方が先だった。

「見てください、あれ」

 言われて、トモヤもそちらを見ると、木々の陰に火らしきものが見え隠れしているのに気がついた。人の気配がする方向とも一致しているので、間違いはない。

 念のために少し警戒しながら、二人はそちらへ歩く。考えてみれば、この先にある複数の気配というのはみんな異端者≠フものであるはずだ。それが、十人以上も同じ箇所に集って、一体何をしているというのか。トモヤには想像もつかなかったが、用心するに越したことはない。

 近づいてみると、二人が見た火というのは明らかに人工的なものであると分かった。単に木が燃えているのではなく、高く積み上げられた焚き木が、もくもくと煙を上げながら燃えさかっているのだ。

 その隣に、一人の女の姿がある。長く、艶やかな黒髪。顔を見れば、どうやらルーリアよりは少し年上のようだが、それでもまだ十分に年若い。とても異端者≠ナあるようには思えない外見である。

 女がこちらを向いたので、トモヤは繋いでいた手を離した。ルーリアが少し名残惜しそうな顔をしたことに、トモヤは気がつかない。

 女は、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。さも嬉しい発見をしたと言わんばかりの、踊るような足取り。女が歩くたびに、艶やかな黒髪がさらさらと揺れた。手縫いなのだろうか、茶色くてごわごわした布の服を着ているので、体のラインは分からない。

女が近づくにつれて、だんだんと彼女の顔がはっきりと見え始めた。さほど大きくはない、黒々とした目。高くはないが低くもない、標準的な鼻。ルーリアに見慣れているせいだろうか、顔の造形そのものはそれほど整ったほうではないように思える。ただ、その顔にうっすらと浮かべた笑顔が、女に清楚なものを印象付けている。

「あの……」

 何も言わずに近づいてくる女に不安を感じたのか、先にルーリアが声をかけた。

「お一人、なんですか? 他には―――」

「ミナトラキ」

「……へ?」

 いきなり聞き慣れない言葉が飛び出したので、思わずトモヤは驚いてしまう。聞き間違いとかそういうのではなく、女は確かに、意味の分からない言葉を発したようだった。

「ワエミヒ、ホテハテトリハワニセマヌ。ンナムズステハノカホ」

「あ、あの、ええっと……」

 女が何を言っているのかさっぱり分からないので、ルーリアはしどろもどろになるしかなかった。助けを請うような目で、トモヤを見る。

「……トモヤ様、分かります?」

「いや、さっぱり。そもそもこの世界の言語は、共通語に統一されているはずなんだけど―――」

「私たちの世界もですよ。共通語以外の言葉なんて、初めてです」

 戸惑う二人を前にして、女はにっこりとした表情を崩さない。後ろのほうを指差して、

「ミトセイガ。ミウナニズステハノカ」

 やはり意味の分からないことを言うと、くるりと後ろを向いて、今度は逆の方向へと歩き出した。

「……ついて来い、ってことでしょうか?」

「多分、そうだろうな。他の気配はあの先にあるようだし、彼女たちが住んでいるところへ案内するつもりなのかも知れない」

「どうします? ついて行ったところで、もし他の人もあの言葉しか喋れなかったら、どうしようもありませんよ」

「かと言って、このまま突っ立っているわけにもいかないだろう。戻るにしても、夜が明けてからじゃないと無理だ。とりあえずは、ついて行くしかないさ」

 それだけ言うと、トモヤは女について歩き出した。仕方なく、ルーリアもそれに従う。トモヤの歩くペースは、いつも通りに速い。気付けばあたりはもうすっかり暗くなっていて、気を抜いたらはぐれてしまいそうだ。もう一度手を繋いでもらいたかったけど、やはり自分からは言い出せず、そのまま黙ってトモヤの背中についていった。

 しばらく歩くと、やがて建物らしきものが見えた。初めは一つしか見えなかったが、近づくにつれてそれは二つになり、三つ、四つと増えてゆき、最後には五つになった。見れば茶色くて、簡素な佇まい。木や枯れ草だけで造られた、原始時代を思わせる建造物だ。一つだけ、明らかに大きくて立派な造りになっているものがあって、それを挟むような形で左右に二つずつ、並んで建っている。

 その前には広場のようなものが広がっていて、そこの中央のあたりにさっき見たものよりもさらに大きな焚き木があった。燃え上がる炎が、あたりを明々と照らし出している。それを取り囲むようにして立っているのは、明らかに、人の集団。

「本当に、村が……」

 信じられない、というような口ぶりでルーリアが言う。二人が立っている場所から見る限りでも、人影の数は十を下らないようだった。

「モナニラ、ヤアテレリミシヤキニハイクノカ。ミミイ、ノッイズイマデソイ」

 女はまた何かを言って、さきに歩いていく。止まれ、というような仕草を彼女がしたので、来いという意味ではないのだと二人にも分かった。

「ここで待っていろ、ということでしょうか」

「どうやら、そうみたいだな」

 言って、トモヤはため息をついた。

視線の先には、十余人の男女。二人を連れてきた女と、なにやら話し合っている。本当に、あの全員が異端者≠ネのだろうか、と思うと、トモヤは気が重くなった。

「それにしても、さっきの人……どうして、あんなわけの分からないことばかり言うんでしょう。私たちがあの言葉をわかっていると思っているんですかね」

「いや、そうでもないだろう。……もしかすると、わざとやってるのかも知れないな」

「わざと? どういうことです」

「……さあ。それは、訊いてみないとわからないけど」

 そんなことを話しているうちに、女が戻ってきた。彼女の表情は、さっきからずっと、にこにこしたままだ。顔の筋肉が疲れないのだろうか、と内心トモヤは少し呆れていた。

「クワエヒソノリ、ヤヨメハンイノバデ。ジエビ、ミトセオ」

 手で道をしめして、二人を案内するような仕草を女はしている。二人はそれに従って、人々の輪の中へと入っていった。

「ワエミヒ」

「ユウ、ミナニランホススミングイマケメニナイ、エケハスニウ」

 さっきの女と同じく、にこにこした表情を浮かべた人々に、二人は迎え入れられた。炎に赤く照らされているせいだろうか、人々の笑顔は、どこか高揚したものであるかのようにも見受けられる。

 そのまま二人は、中央付近の、丸太を削ったものが置いてあるところまで案内された。

「ソウ、ミミオ」

「……ここへ座れ、ってことか」

 隣に立っている男が丸太を指差していたので、なんとなくトモヤは分かった。さっきから状況に流されっぱなしなのが少し気に食わなかったが、言葉が分からないのではどうしようもない。仕方なく、二人はそこに腰掛けた。

「クモ、ンホススヨルオ」

「ヒリヤシミシキ、ネエユッテリ?」

 とたんに、男たちがルーリアに群がってきた。さっきの女と同じ、茶色くてごわごわした服を着ているその男たちはみな、まだ若い。いかにも精力のありあまった、血色のいい顔色。彼らが何を言っているのか分からないので、ルーリアは「え、え」と戸惑うばかりで、何も答えられない。

彼女を取り囲む、数人の男たち。にたにたした顔で話しかけてくる彼らの視線に、なにかいやらしいものが含まれているような気がして、ルーリアは少し気分が悪くなった。

「トモヤ様、この人たち……」

「ああ。どうやら異端者≠ニは違うみたいだな」

 ルーリアとは対照的に、トモヤは冷ややかな目つき。冷めきった、感情のない顔で人々を見返している。

(一体こいつらは、どういう……)

 内心いぶかしく思っていたが、それを表に出すことはしない。遠巻きに女たちの視線を感じてもいたけど、そちらには一瞥もくれず、ただぼうっと目の前で揺れる炎に視線を向けている。

 火は、人の心を和ませる。暖かくする。よくそういうふうに言われるけど、本当にそうだろうか。トモヤは何となく疑問に思った。赤々と揺れるそれを目に映してみても、ちっとも心が休まるような感じはしない。むしろ、何か心の奥に、熱い、疼きにも似たものが芽生えてくる。

 火は、人の心を高揚させる。そして、狂わせる。少なくともこの場では、そう言ったほうが的を射ているような気がした。

「クワエヒソノ」

「クワエヒソノリ、ヤイノバデビ」

 ふいに、大きな声が聞こえた。人々は、いっせいにそちらを向く。ルーリアに群がっていた男たちも、いったん彼女から離れて、声のしたほうに視線を向けた。

あんなに饒舌だった人々が、いきなり無言になって、一様に同じ方を向いている。何か、急に厳粛な空気が漂いはじめるのを、トモヤは感じていた。

「何が、始まるんでしょう」

「……さあな。まあ、黙って見ているしかないさ」

 不安がるルーリアをよそに、トモヤは冷めきった表情をくずさない。その目はまわりの人々と同じほうを向いているのに、どこか遠いところを見ているような、そんなふうにすら思われる。彼は一体なにを思っているのか、ルーリアにはさっぱり分からなくて、また少し不安を感じた。

 やがて、火のかげから、一人の男が現れた。まわりの人々とは明らかに違った、真っ黒な服装。背中にはフードがついており、手には木で出来た杖のようなもの。なにか、大昔の指導者を思わせるような格好だ。

「ネリジネワ、ホテハホヒリアテレヤ、チンオスケメミミラクロテ」

 黒服の男が何かを言うと、おお、と人々から歓声があがった。手に持った杖を高くかかげて、黒服の男は言葉を続ける。

「ンナムズリグヤ、シレヤミニエ。ネリジネワ、ビョナゴヤ」

 何かの号令だったのか、その言葉を皮切りに、人々が動き出した。どうやらそれぞれに決められた場所があるらしく、均整のとれた動きで、人々は集まっていく。やがて彼らは、トモヤたちをぐるっと取り囲むようにして、円形に並んだ。なんだか晒し者になっているみたいで、ルーリアは落ち着かない気分になる。

「な、なんでしょう。まるで、何かの儀式みたい……」

「いちいち、そんなに怖がるな。まさか、いきなり殺されたりはしないだろうしさ」

 トモヤの声は、いつも通りに平坦だ。相変わらずの冷めた顔で、成り行きを見守っている。

 やがて、人々の輪から一人が前に進み出て、二人の前に立った。さっき、二人を案内してきた女だ。さっきと同じ、にこにこした顔のまま、小さなガラスの器を二人に差し出している。その中には、なにか透明な液体が注がれているようだ。

「ジスビ、ミケヤ」

「飲め、ということだろうな」

 器を受け取りながら、つまらなさそうにトモヤは言う。一つ受け取ると、女がさらにもう一つ差し出したので、受け取ってルーリアに渡した。もちろん、彼女はいやな顔をしたが。

「何でしょう、これ。ただの水……ってことはないですよね。この状況で」

 いぶかしそうにその液体を眺めながら、不安そうな声を出す。鼻を近づけてみたが、何の匂いも感じ取れなかった。

「いや……成分からすると、ただの水らしい。毒とかも入っていないようだ」

 トモヤが言ったそれは、もちろんただ眺めていて分かるものではない。「知識」のおかげで得られた情報である。

 もう一度、ルーリアは器の中身を眺めてみた。透明な液体の向こうに透けて見える、人々の屈折した顔。さっきの男たちのいやらしい目つきが思い出されて、彼女はまた気分が悪くなった。

「眺めていても仕方がない。俺が、さきに飲んでみよう」

「でも……」

「大丈夫。死にはしないって」

 言うが早いか、トモヤは器を傾けて、一気に中身をあおった。ごくごくと、喉がなる。一口で飲み終えて、すぐに口を離した。うかがいを立てるように覗き込んだルーリアを見返してくる彼の顔は、相も変わらず、無表情。

「どうですか……?」

「味は、ないな。飲んだ感じでは、ただの水と変わらない」

 彼にとっての「感じ」というのは、味覚とかそういうのではなく、例の「情報」としての感覚だ。そんな彼が言うのだから、この液体はただの水に間違いはないのだろう、とルーリアは思った。

「……」

 両手で抱え込むように器を持って、おそるおそる口に近づけてみる。そろっと傾けると、少しだけ、液体が彼女の口に流れ込んできた。口の中に広がる、ひんやりとした感触。やはり味はなく、確かにトモヤの言うとおり、ただの水だとしか思えない。一思いに、彼女はそのまま一気に飲み干した。口を離して、もう一度トモヤに視線を戻すと―――

「……え?」

 トモヤは、うつむいて目を閉じていた。考え事をしている、とかそういうのではない。手足を力なく、だらりと伸ばして、眠りこくっているのだ。

「そんな、どうして―――」

 彼女が自分の置かれた状況に考えを巡らせる前に、視界がぐらりとゆれた。頭が、ぼうっとする。急激にまぶたが重くなって、ルーリアは必死に逆らった。もうろうとする視界の中、いやらしい男たちの笑みが思い出されて、彼女はこれから自分がたどろうとしている運命に身震いした。

(いやだ……トモヤ様……)

 隣で意識を失っている彼の身体にすがり付こうとして―――彼女の意識はそのまま、闇へと落ちていった。





 目を覚ますと、まず視界に入ったのは枯れ草の天井だった。

どうやら自分は、さっきの建物の中に運び込まれて、ベッドの上に寝かされているようだ―――

一瞬にして置かれた状況を理解している自分に、トモヤはルーリアと初めて会ったときのことを思い出した。あの時も、こうして、目を覚ましたら見慣れない天井が視界に飛び込んできたのだった。

「ア。ロンソロテ、モテツ」

 幾人かの、女の声がする。その中に、ルーリアの声はない。顔を上げて、声のしたほうを向いたトモヤは、少し驚いた。

 女たちは、みんな裸だったのだ。ルーリアよりは少し年上の、それでもまだ十分に若い、年頃の女たち。その熟れた身体を、惜しげもなくトモヤの目に晒している。

「ホンメワル、ニランギバノメン」

 さっき、この場所までトモヤたちを案内した女が、擦り寄ってくる。一糸纏わぬその体を、隠そうともしない。さっきまでの清楚な印象がまるで嘘のような、いかにも女を感じさせる妖艶な笑顔。

「ンマバワリミシン、クラニメ?」

「ジスイネススイバワエ、ウナニネススイハワエ」

「カニヤラニッイ。テリハモノハワエ」

(彼女のことが気になるか。そんなのどうでもいいから、私たちと楽しみましょう……か)

 どうやら「知識」がここの言語を理解し始めたらしく、トモヤは女たちが言っていることをあらかた理解できた。

(あんなものを飲ませて、どうするつもりかと思えば……)

 ここの者たちはこういう集団なのだ、とトモヤは思った。「楽しみましょう」というのがどういうことなのか、この状況では一目瞭然である。

 言うなれば、歓迎の儀式、といったところだろうか。こうやって、ここの人々は仲間を集めてきたのだろう。確かにこの状況ならば、大抵の男は逃げ出すことなど考えもするまい。まるで自分が天国にでも迷い込んだような、そんな感覚すら覚えるかもしれない。

 その証拠に、今のトモヤはさっきの薬で体が痺れているのでも、手足を固定されているのでもなかった。動こうと思えば、いつでも動ける状態である。今までの経験から、女たちはそんなことをする必要がないと知っているのだ。

 それで、この者たちの目的は何なのだろう、とトモヤは考えた。男はともかくとして、女というのはこんなことだけをしていて喜びを感じられるほど、単純な生き物ではないのを、トモヤはよく知っている。大金がもらえる、というのならば話は別だが、さっきの人々の身なりを見る限りでは、そういうふうにも見えなかった。

「ジエハテリ? ソウ、テリハモノハワエ」

 甘い声で、なにかを囁く若い女。どうして、ここの人々はこんなわかりにくい異言語などを使っているのだろう。そのことを考えたとき、ああそうか、とトモヤは何となく分かってしまった。

 意図的に異言語を使うことの、意義。それは、外世界との交流を断つことである。

つまり、この者たちは、外世界からの脱却を計っているのだ。人々の目の届かないところに集まって、ただ欲望のおもむくままに生きる。そうすることで、ここの者たちは社会というものから逃れたつもりでいるのだろう。

トモヤの欲情を誘うかのように擦り寄ってくる、女たち。何にも縛られない、単純な生のかたち―――

「……下らないな」

 中空に向かって、吐き捨てるように呟いた。

 

 

 ルーリアが目を覚ましたのは、トモヤが連れ込まれたのとは別の、中央に立っていた一番大きな建物の中だった。

トモヤとは違って、彼女はすぐに状況を理解できるわけではない。とりあえず、まだ何もされていないらしい自身の様子に安堵しながら、まだ少しだるさの残る体を起こしてキョロキョロとあたりを見回すと、一人の男の姿が目に入った。

「気が、ついたかね」

「えっ」

 いきなり彼女の理解できる言葉が飛び出したので、ルーリアは少し驚いてしまった。

警戒しながら、ルーリアは男の顔を注視する。真っ黒な服を着た、中年の男。さっき、指導者らしい振る舞いを見せていた男である。

「意外そうな顔だな。だが、それはそうだろう。我々もこの世界に生きているのだから、この言葉を使えないはずがない」

「なら、どうしてあんな言葉を……」

「それが、我々の総意だからだ。複雑化した社会から脱却し、一段階上の生へと昇華するのが我々の理想」

 どこか(エヴァ)≠ノ似たものを感じさせる、芝居がかった口調。男は、ゆっくりと近づいてくる。いつでも逃げ出せるように、ルーリアはベッドの上で少し身構えた。

「トモヤ様は……私と一緒に来た男の人は、どうしたんです」

「うん? ああ、あの男か。あれなら、女たちが相手をしている。お前のことなど忘れて、今は女たちとお楽しみの真っ最中だろう」

「お楽しみ……」

 男の言ったそれがどういう意味なのか分からぬほど、ルーリアも無知ではない。だが、その言い方には彼女にとってかなり抵抗があった。

 お楽しみ、とは何事か。この男は、女がただその行為だけで幸福を感じると本気で思っているのだろうか。ルーリアは、トモヤのことを心配すると同時に、会ったばかりの男の相手をさせられる女たちに少し同情した。

(でも……トモヤ様ならば、きっとそんなことはしないはず)

 彼女が内心そういうふうに思ったのには、何の根拠もない。男がどれだけ女の誘惑というものに弱いのか、ということを彼女は知らないし、ましてやトモヤがそういうことにどういう反応をするのかということなどは、彼女にとって全くの未知数である。どちらかと言うと彼女が思ったのは、事実に基づいた予想ではなく、そうであって欲しいという願望に近かった。

「そんなことをするのと、さっき言ったあなた方の理想と、どういう関係があるのです」

「うん? 何を言い出すかと思えば。これぞ、まさに生ではないか。食って、寝て、セックスする。それこそが、純粋な生の有り方だとは思わないか」

「そんな―――でも……」

 言葉が、出てこない。うまく言い返せない自分が、ルーリアはもどかしかった。相手の言っていることが間違っていると思うのに、それをどう指摘していいのか分からない。今は、なんでもいいから話をして、時間を稼がないといけないのに―――

「今はまだ、実感はできまい。我々の仲間になれ。そうすれば、それがいかにすばらしいことか、すぐに分かるだろう」

 言うが早いか、男はすばやくルーリアの手首を掴んだ。細くてしなやかな手首が、ごわついた男の手に締め上げられて、きりきりと鳴る。すごい力だ。

 逃げるひまなど、ありはしなかった。この男は、こういうことに慣れているのだ。そう思うと、ルーリアの体に身震いが走った。

 しかし、どこに逃げるチャンスなどがあったのか。いや、そもそも逃げてどうなったというのだろう。建物の外には、他の男たちが控えているに違いないのだ。この男一人が相手ならばなんとか逃げられないこともないかも知れないが、たとえそれが出来たとして、他の男たちをも振り切って無事に逃げおおせるなどということが、果たして可能なのかどうか。どしらにせよ、今の自分には、おとなしく助けを待つしか道はなかったのだと彼女は思った。

 男のうでが、ぐい、と彼女を引き寄せる。

いやだ、と叫ぼうとして―――だがそれは、外から突如聞こえてきた爆発音にかき消された。

「な、なに……?!

 どおん、という大きな音。地面を揺るがす大音響。簡素なつくりの建物が揺さぶられて、カタカタと音を立てた。

「なんだ?! 何があった」

 男にとっても予想外の出来事であったらしく、その声は明らかに狼狽している。―――好機。手首を締め付ける力が弱まった隙に、彼女は男の腕を振り切って、外へと走った。

「しまっ……く、待て!」

 男は慌てて後を追ってきたが、その足どりは奇妙なほどに遅い。なにか頭痛にでも襲われているような仕草で、頭を押さえている。それが不思議ではあったけど、そんなことを気にしている場合ではない。外で何があったのかは分からないが、たぶんさっきの音はここの男たちの仕業でもないのだろう。だったら彼らも混乱しているに違いないから、今なら逃げられるかも知れない。

 そうして、そのまま外に走り出た彼女の目に映ったのは―――あまりにも、予想外の光景で、彼女は言葉を失った。

「これ、は……」

 炎に赤く照らされた、男たちの体。それらはみな、地面に倒れ伏していたのだ。

 彼らの身体に、外傷らしきものは見られない。傷一つない、まるで眠っているかのような様子で、しかしそこに倒れたまま少しも動こうとしない。ルーリアにとっては、もう何度も見せられた光景である。

「でも、どうして今さら……」

 どうやら異端者≠ナはないようだ、と言ったトモヤの言葉を思い出す。ならば、ここの人々はなぜ今まで生きてこられたのだろう。そして、どうして今になって、魂を失ってしまったのだろう。そのことを思案していると、

「な、なんだこれは!」

 ルーリアを追って出てきた男が、背後で叫んだ。ルーリアが振り返ると、男は彼女のすぐ後ろで立ち尽くしていた。いかにも状況が理解できていない様子なので、ルーリアは少し腹が立った。

「『なんだ』って……まさか、この世界がいまどうなっているか、あなたは知らないのですか」

「いや、それは知っている―――が、我らの聖地には、あれの影響はいままで出ていなかったはずだ。それが、どうして今になって……」

 わなわなと唇を震わせながら、男は弱々しい声を出す。なんという、情けない男だろう。ここの指導者であるならば、生き残った者を探そうとかそういうことは考えないのだろうか―――ルーリアは呆れると同時に、こんな男に汚されようとしていた自分に嫌気がさした。

「生きている奴が居るのか―――?」

 聞きなれた声が聞こえたのは、その時だ。ルーリアが顔を上げると、炎をはさんだ向こう側に、すっかり見慣れてしまった彼の顔が見えた。

「トモヤ様、ご無事でしたか」

 安堵の表情を浮かべながら、ルーリアは言う。安堵、と言っても、それはどちらかというと、彼が無事だったことに対して、ではない。というか、彼の安否など気遣う必要すらないのを彼女は知っているので、そんなことはもともとあまり心配していない。ここでいう安堵というのは、彼が指導者の男が言う「お楽しみ」とやらなどに興じてはいなかった、ということに対してのものである。

「そいつ―――さっきの男だな。……そうか、やっぱりそいつが『教祖さま』って奴か」

 何かを言いながら、トモヤは歩いてくる。炎に照らされた彼の顔は、やっぱり無表情。このところ、彼はルーリアに対していろいろ表情を見せるようになっていた。笑顔こそ無いものの、少しは彼も感情を取り戻してくれたのかと、ルーリアは期待していたのだが―――今日の彼は、なんだか彼女と出会ったばかりの頃に戻ってしまったかのようだ。

 つかつかと、歩いてくるトモヤ。そのまま黒服の男の前まで来ると、彼はいきなり黒服の男に掴みかかった。

「え―――ちょっと、トモヤ様?」

「答えろ。お前の目には、今、何が見えている」

 一本しかない腕で男の胸ぐらを絞り上げながら、珍しく声を荒げた様子でトモヤは男に詰め寄る。ルーリアの止めようとする声には、耳を貸そうともしない。

「わ、分からない……何も、何も見えないんだ。ただ、真っ暗で……」

 おぼろげに答えながらも、男の目はあきらかにトモヤを見ていない。惚けたような表情で、なにか、違うものを見ているようだった。

「聞け。お前は、この世にある全てのものが、快楽だと言ったらしいな。本気で、そう思っているのか」

「……そう。生きることは、快楽だ。悲しみも、苦しみも、死すらも、快楽。私の言いたかったことは、それだけ。生を畏れる必要はないのだと、それだけ言いたかったんだ。社会からの脱却だとか、そんな難しげなことを最初から考えていたのではない。私は、何もこんな、ハーレムまがいのものを作りたかったんじゃないんだよ」

「だけどお前は自分の考えに共鳴してくれる人が居ることを知り、そういう人々を集めるために、自分の考えをもっと人々の分かりやすい形に変えようと考えた。……分かるぞ、その気持ち。嬉しかったんだろう? 自分の考えを、理解してくれる人の存在が」

「嬉しかった……そうか、そうだな。私は、私の信者に出会うまでは、一度も理解されたことはなかった。家族も、友人たちも―――誰一人として、私を理解しようとはしなかった。だから私は、自分の考えを、ずっと私の内側にしまっておいたんだ。そうすれば、周囲に変態呼ばわりされることもない」

「だけど、そこへたまたま、お前の考えを理解してくれる人が現れた。それで、理解されることの喜びを知り、人々を集めようと思った。そういうことだな?」

「……たまたま? 違う。あれは、運命だった。私の考えを『素晴らしい』と言ってくれ、私と共に生きることを決意してくれたあの人が居たから、私はここまで来れた。あれは、私の人生にとって偶然ではなく、必然だった」

「……いいだろう。そういうことにしといてやる。だけど、その人も、お前が集めた『信者』とやらもみんな、もう居なくなってしまったぞ。これからは、どうするんだ?」

「居ない……? 私の考えを理解してくれる人は、もう誰も居ないというのか……?」

「いいか、よく聞け。お前の考えは間違ってる。矛盾してるんだ。もし本当にこの世の全てが快楽だと思っているのなら、何よりも死を恐れなくちゃいけない。死すらも快楽、とか、そういう風に考えられるわけがないんだ。だって、そうだろう? 死んだら、その快楽だとかも、みんな終わりなんだぞ」

「ああ……」

 虚ろだった男の目が、さらに光を失っていく。中空を見上げながら、おぼろげに

「そうか。私が、真に求めていたものは―――」

 そう呟いたが最後、男の体は完全に力を失った。

それを見届けたトモヤは、ゆっくりと腰を下ろして、男を地面に横たえた。

「あの、トモヤ様、今のは一体―――?」

 口をはさめず、ずっと黙って聞いていたルーリアが、そこでようやく口を開いた。

「俺たちの、本来の役目。異端者≠異端者≠ナなくすというやつさ。こいつ相手にならやれそうな気がしたんでやってみたんだけど、まさかこんなにうまくいくなんてな」

 そう言って答えるトモヤの声には、少し感情が戻っている。少しほっとしたら、そういえば今の自分には分からないことがたくさんあるのだとルーリアは思い出した。

「……じゃあ、この周りの人たちにも、一人一人、今みたいなことをしたんですか」

「いや、さすがにそれは。……そういえば、それに関して、見せたいものがある。こっちへ来てくれ」

 それだけ言うと、トモヤはくるりと後ろを向いて、どこかへと歩き出した。感情が戻ったと言っても、こういう自分勝手なところはちっとも直る気配がない。もしかしたら、もともと彼はこういう性格なんじゃないだろうか、と、黙って彼の背中についていきながら、ルーリアは思った。

 トモヤは、建物の向こう側へと広場を渡っていく。広場から少し離れて、火の明かりが届くか届かないかの場所まできたところで、トモヤはふいに足を止めた。一見何もなさそうな、ただ草の生い茂っているだけの場所である。

「これ、なんだけど。こっちへ来て、見てくれないか」

「『これ』ってどれです―――って、ああ!」

 それを見たとき、ルーリアは思わず驚きの声をあげた。なにせそれは、彼女の住んでいた形成(イェ)(ツィ)世界(ラー)≠ナすら、めったに見かけない代物。こんなところにそれがあるなんてこと、思いもしなかった。

「これって、『賢者の石』の原石じゃないですか。しかも、こんなに大きいなんて―――」

 最初、トモヤの陰になっていてよく分からなかったが、近くで見てみるとすぐに分かった。実際に見るのはルーリアもこれが初めてだったが、「賢者の石」の原石は割られた時に独特の光を放つというのは、彼女も人から聞かされて知っていた。割ってみなければ、普通の岩と見分けがつかないのだ、と。今目の前にあるのも、何か大きな力で粉々に砕かれているからこそ、たまたまそうだと分かったに過ぎない。

「やっぱりそうか。……いや、まあ思ったとおりのことが起こったんだから、訊かなくても分かってたようなもんだけど」

「さっきの音、もしかして、これを砕いたときの……?」

「ん? ああ、あの爆発音のことか? 驚かせちまったのなら、すまない。俺も、まさかあんな大きな音がするなんて思ってなかったんだ」

「いえ、それはいいんですけど―――どうして、砕いたりしたんです。これのおかげで、ここの人たちはアラボト天球の影響をうけずにすんでいたのでしょう?」

 ルーリアが言うと、トモヤは一度、大きくため息をついた。疲れたような、どこか憂いの混った、ため息。

「……訊いたんだよ、あの人たちに。このまま、こうやってハーレムみたいな生活を送ってるのがいいか、それとも望むものが何でも手に入る世界に行くのがいいか」

「それで、後者がいいとみんなが答えたからこれを砕いた、とか? それは、トモヤ様の言い方が悪いですよ。そんなふうに言ったら、みんな後者がいいって言うに決まってるじゃないですか」

「いや、あの人たちもそんなに馬鹿じゃないよ。それがどういう意味なのか、ちゃんと分かってたさ。……それに、今こうなったところで、俺が世界を復活させればどうせみんな生き返るんだし、いいじゃないか」

「そういう問題では―――って、トモヤ様、それじゃあ命≠ニ戦う気になって下さったのですか」

「……ああ、まあな」

 抑えた声でトモヤがそう言った瞬間、ルーリアの顔がぱあっと華やいだ。トモヤがその決断をした理由の一つに、ルーリアにこういう顔をしていてほしいから、というのがあることを、彼女は知らない。

「やった。『命の実』があればトモヤ様の腕も治るはずですし―――これからもずっと、一緒に居られるんですね」

「それは―――」

 トモヤが小声で何かを言いかけて途中で止めたのを、ルーリアは見逃さなかった。

「それは、なんです?」

 彼女の顔から一瞬にして笑顔が消えて、今度は悲しそうな目でトモヤを見つめている。本当に、トモヤの言葉一つ一つに、彼女は過敏といっていいほどの反応を示す。

「私のこと、嫌いですか。今は、世界がこうなっちゃったから、仕方なく私と一緒にいるだけなんですか……?」

「いや、そういうんじゃないんだ。そういうんじゃ―――」

「じゃあ、何なんです。理由も知らないまま、トモヤ様と離れるなんて、私、嫌ですよ」

「……すまない。今は、言えないんだ。だけど、これだけは分かってくれ。俺は、君のことが嫌いで、こんなことを言ってるんじゃない」

 苦々しい表情で、視線を落とす。言えないというよりは、言いたくない。なんとなく、そんな雰囲気がルーリアにも伝わった。

「トモヤ様、あの、私―――」

「そうだ。火を、消してみよう」

「……へ?」

 いきなりトモヤが意味の分からないことを言うので、ルーリアは間抜けな声を出してしまう。火、というのは、広場のものを言っているのだろうというのは分かるが、今それを消すことに一体何の意味があるのか。ルーリアには、さっぱり分からない。

「面白いものが見られるかも知れない」

 言うが早いか、トモヤはくるりと後ろを向いて、何かを呟いた。ルーリアにはよく聞こえなかったが、きっと「消えろ」だとか「静まれ」だとか、そういうことを言ったのだろう。炎は見る見るうちに小さくなっていき、やがて辺りは真っ暗になった。

「……で。何を見せてもらえるんです?」

「馬鹿。後ろを向いてみろ」

 トモヤのつっけんどんな言い草に内心むっとしたルーリアだったが、彼女がトモヤの言ったことに逆らったことは一度もない。トモヤの言葉に従って、後ろに振り向いて―――

「わあ―――」

 思わず、歓声を上げた。

 地面が、木々が、輝いている。きらきら、きらきら。まるで、夜空の星が降りてきたかのよう。あちこちに散りばめられた青白い光が、二人を祝福している。

「原石の、かけら―――」

 割られた『賢者の石』の原石は、独特の光を放つ―――もう一度、彼女はそのことを思い出した。さっきの爆発音がこの石が砕かれた音だったとすれば、それはかなりの力だったはず。原石のかけらは、あちこちに散らばっていて当然であり、結果としてこんな光景が生み出されることとなったのだ。

「すごい。なんて、幻想的なんだろう」

 トモヤがこんな機微のある人間だったなんて、とルーリアは少し意外な気分だったけど、そんなのどうだっていい。彼はきっと、自分を喜ばせるためにやってくれているのだから、ここは素直に喜ぶべきだ。

「気に入ってもらえて、なによりだ」

 感情を感じさせない、平坦な声。ルーリアは思わず、ふふ、と笑いをこぼした。だって、あからさまなのだ。それを、彼がわざとやっているということが。格好を付けているつもりなのか、それとも単に照れ隠しなのか。それは分からないが、もうトモヤが彼自身が言っているほど冷たい人間ではないことをルーリアは十分に知っているので、

(もう。素直じゃないんだから)

 そういう風に思ってしまう。むろん、口に出すことはしないが。

(本当に、素直じゃない。自分の感情に対して、自分の欲求に対して―――)

 欲求。その言葉が自分の頭の中に出てきて、ルーリアは少しどきりとした。そういえば、さっき、トモヤは女たちに誘惑をうけていたはずなのだ。その時に、トモヤはどういう反応をしたのか。自分は、そのことを心配していたのを、今さらながらに思い出した。

 きらきら、きらきら。二人を祝福する、原石の光。今なら、何でも言えてしまえそうな気がした。

「あの、トモヤ様。訊きたいことがあるんですけど、いいですか」

「……なんだ。さっきのことなら―――」

「いえ、それはいいんです。ああいや、よくはないんですけど、今はもう訊きません。それであの、訊きたいことというのは―――トモヤ様、女の人に興味がないんですか?」

「―――は?」

 今度は、トモヤが変な声を出す番だった。無理もないことだ。何の流れもなく、いきなりそんなことを言われたのだから。

「なんだ、そりゃ。こんな時に、どんな風情のある話題かと思ったら―――なんでいきなり、そんなことを訊く?」

「いえ、あの……さっき、トモヤ様は、ここの女の人と居たんですよね。でも、その様子じゃあ何かがあったようには見えないし、というか、そもそもそんな時間なんてなかったし―――」

「ああ、なんだ、あのことか。あれは、女に興味があるとか、そういう問題じゃない。単に、ここの人々に根ざしてる思想が下らないと思ったから、ってだけ。それに、君のこともあったし、とてもじゃないけどそんな気分にはならなかったな」

「私のこと、心配して下さったんですか。嬉しいです―――って、なんか、ごまかしてません? 男の人って、無理やりにでも女の人とそういうことをしたいって、どこかでは思ってるものなんでしょう? トモヤ様は、そういう風には思わないんですか」

「……なんだよ。君は、一体俺に何を言わせたいんだ」

「いいじゃないですか。ちゃんと、答えてください。答えてもらえなければ、私、これからトモヤ様のことをむっつりスケベと呼ぶことにします」

「いや……まあ、答えろというなら、答えるけどさ。……でも、どうだろう。別に、無理やりにとか、そういうことを考えたことはないかな。好きな子と二人きりで居たらそういう気分にもなるけど、相手に嫌だと言われれば我慢できた。これは俺の場合の話だけど―――多分、他の男も、大体こんな感じじゃないかな」

「じゃあ、相手がイヤと言わなければ?」

「それってつまり、同意の上ってことじゃないか。それなら、別に問題はないだろう」

「でも、好きな人に嫌われたくなくて、本当はイヤなのに、言えないだけかも知れませんよ?」

「それは―――そっか、そういう風に考えたことはなかったな。……って、一体何の話をしてるんだ。まだ続くのか、これ」

「……いえ、もう十分です。ごめんなさい、変なこと訊いて」

 原石の光が保たれるのは、割られてからせいぜい一時間程度。二人を取り巻くまるで夢のような光景も、やがて光を失っていく。照らすものが何もなくなって、お互いの表情がよく見えない。それもあってか、トモヤには最後まで、ルーリアがどういう意図でこんな話をするのか、さっぱり読めなかった。もっとも読めたところで、それをトモヤに理解できたかどうか、怪しいものではあるが。

それから二人は、転がったままだった人々の遺体を埋葬し、彼らの宿を借りた。トモヤの力を使えばすぐにでもシェキーナに戻ることは出来たのだが、せっかくベッドがあるので、どうせなら使わせてもらおうとルーリアが言い出したのだ。

その日、二人は別々の建物で就寝した。これも、ルーリアが言い出したこと。いつもはシェキーナで寝食を共にしているというのに、何故今日に限ってそんなことをいうのか。トモヤはずっと、不思議で仕方がなかった。






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代理人の感想

・・・・・なんなんだ(笑)。

なんつーか非常に青臭いというか、今までの鉄面皮ぶりは単に自分や世界の変化に戸惑ってただけなんじゃないかと思うくらい歳相応で笑ってしまいました。

「異端者を元に戻す」というのはよく分かりませんが(というか、異端者を異端者で無くすというのは殺すと同義じゃ?)・・・・駄目だ、訳がわかんなくなってきた(爆)。