第一章〜新しい世界へ〜
(一)
 
久しぶりに見た父さんの夢と、眩しい朝日の攻撃によって僕は目を覚ました。
 一言呟いた後に、手のひらで朝日を遮りながら木製のベッドから身を起こす。
 カーテンを閉めても十分過ぎる光を頼りに、素早く着替えを済ませ、前日用意した荷物を入れた袋を背負う。
 
今日は僕の十五歳の誕生日だ。村の子供、大人に関わらず誕生日となると村人全員でそれを祝うのが慣わしだ。村人全員で宴の準備をし、料理を作り、誕生日を迎えたものを祝う。この時だけ出る特別な料理が僕は好きだった。
 そんな、十五歳の誕生日に僕は村を出る事に決めていた。夢見たばかりの、昔の父さんの言葉を噛み締めながら。
 村の外は恐ろしい化け物がいて、外に出る時は村で強い男達が連れそう決まりになっていて、子供は絶対に出ることができ無い。
 未知の世界への興味、旅に出る理由の一つだ。でも、それ以上に僕を突き動かしたのは、忘れもしない父さんの言葉だ。
『自分だけの宝物があるか?』
 あの時は答えることが出来なかったけど、今ならできる気がする。その答えは『ない』。そしてこれからも村に居る限りは無いだろうと思う。父さんもそう思って旅に出たはずだ。
 だから僕は旅に出る。どんな危険があっても構わない、どんなに辛くても構わない。僕だけの宝物を見つける旅。期待と不安を一心し、部屋を出た。

 いつもなら台所にいるはずだが、今日は誕生日ということもあって朝早くから母さんは果物を取りに森か、畑に行っているはずだ。それでも十分に注意して、足音をできるだけ立てないようにして階段を降り、一階の台所に行く。
 どういった仕組みでできているのか分からないけど、食べ物を保存できる木箱――母さんは冷蔵庫と呼んでいた――の中からいつも食べている果物を二つ取って、一つは口に咥え、もう一つは荷物入れの袋に入れる。
 一階は大きな部屋が一つだけで、見渡しがとてもいい。誰かが居れば絶対気付くし、いなければ安心できる。それでも念に念をと思って一度部屋を見渡してから、人二人が通れそうなほどのドアの前に立つ。
「……」
 うつむきかけていた顔を上げ、僕は勢いよくドアを開いた。
 
 宴の準備の為に、ほとんどの大人は森や畑に行っていて、数少ない村の子供達はきっと、僕を喜ばせるために何かをやっている。僕もそうであったからよく分かっている。この日を選んだのは村人の姿が減ることにもあった。
 草を毟り取っただけの道から少し外れて、僕は果物や野生の動物もいない、子供達の遊び場になっている岩場に向かった。僕はそこで偶然、外に出れそうな抜け道を見つけた。大人はほとんど来ない場所だし、気付いているものもいないはず。はやる気持ちを抑えきれずに、僕は少しばかり走った。
 その抜け道が外に通ずるかはまだ分からない。何故かそんな気がしてならなかっただけで、もし通じていなければそれで終わりだ。期待よりも不安が上回り始めたとき、岩場が見えてきて、早く知りたくて思いっきり走る。
 岩場について、抜け道を隠していた石をどかす。子供がやっと通れるぐらいの小さな穴道を見て、僕は唾を飲む。
「へぇ〜、こういうことか。こりゃ見つからないわ」
 突然聞こえた声に僕は体を跳ね上がらせた。恐る恐る振り返ると、さっきまでは誰も居なかった一番高いところに見慣れた顔がにやにやしながら立っていた。
「バ、バドッ!」
 思わず大声をあげる。一番高い場所から僕を見下すように立つ薄い赤い色をした短い髪の少年、幼馴染であり大親友であるバドリール=フォッカはにやついたまま飛び跳ねるように岩場から降り、僕の間近に立つ。
「へへ〜ん。お前だけ抜けがけなんてさせないぜ。俺だって外の世界に行ってみたいんだからな」
 相変わらず口元と態度はにやついたものだが、真っ赤に燃える瞳は意思の強さを物語っているようだった。
「で、でも」
「でももモンスターも無い! 俺も一緒に行くからなっ! 旅は多い方が面白いし、色々いいだろ? それに嫌だってんならバラしてもいいんだぜ?」
 十年以上の付き合いだ。バドに悪気が無いのも、本気なのも分かる。出鼻を挫かれた僕は気付かれないように溜息をついて、バドの差し出された手を握る。
「分かった。一緒に行こう。バドがいると便利だしね」
「便利っていいかたはないだろ?」
 へへへ、声を揃えて二人で笑う。一人で行きたいという気持ちもあったが、やっぱり仲間はいたほうが面白いし、いいとこはいっぱいある。何より大親友のバドなら無理に断ることも出来なければ、そうする理由もなかった。
 一通り笑った後、先に僕が、続いてバドが小さな隙間に体をねじ込み、外の世界への一歩を踏み出した。

 五分か、それぐらいで穴道は終わり、村周辺の森と何も変わらない森に出た。外に出れない、という不安が僕にはあったが、バドは楽しそうにどんどん進んでいく。
 それを追って走っていると、バドが足を止めて手でこいよ、と合図した。足早にバドの隣に行くと、本でしか見たことの無い景色が見えた。
 一面に広がる草原。所々にしか生えていな無い木々に花々。
 毎日見てきた緑だらけの世界はなく、ただ広い草原が見えた。外の世界だ、僕とバドは同時に言うと顔を見合わせ早速喜んだ。が、はしゃいでいるうちに足を滑らせたバドが、僕を巻き込んで坂道を転がる。
『うわぁぁぁぁぁ!』
 腹の底からでた悲鳴はどんどん下に向かっていく。一度勢いがついたら止まらない。ひたすら転げ落ちてようやく止まった時には、山はもう後ろに来ていた。
 互いに怪我がないかを確かめた。運が良いのか、悪いのか、かすり傷以外に目立った傷はなく無事といえる。バドは何が面白いのか笑っていて、傍らで僕は溜息を吐く。
「これから先、大丈夫かなあ」
 雲一つない快晴の空を眺めて、呟いた。聞こえていたようで、バドは僕の肩を叩きながら「大丈夫、大丈夫」と笑いながら言う。
 ゆっくりと立ち上がり、僕は周りを見回した。前に母さんに外への行き方を訊いたときに『細くて背の高い木が左右に生えている道を進んでいくのよ』と言っていたのを覚えている。それらしきやたら背の高い木が遠くに見えている。
「バド、あの木のところに道があるはずだからそこまで行こう」
 さっきから右に行ったり左に行ったりして草原を喜々として見ているバドに声をかけた。僕の方を向いたバドの瞳は、炎のような真っ赤な色の中に輝かしい光を放っていた。バドの瞳が光を放つとき、大抵僕の意見と反対のことを言う。
「何言ってんだよ。道を歩いたってつまらないだろ。このまま真っ直ぐ行くんだ! 自由に何処でもいけるんだから、道なんてあるく必要はない、そうだろ?」
 嬉しそうに言うバドに反論する気が起きなかった。バドの言っている事も分かるし、何より僕も道を歩くのではなく自由に行きたいという気持ちがあった。
 黙って頷くと、バドはいきなり走り出した。早くこいよ、とだけ言って草原をただ真っ直ぐに走って行く。置いていかれないように僕も全力で走るが、村の子供で一番足が速く体力もあるバドに追いつくことは出来ない。
 僕があまりにも遅いものだからバドは止まって僕を見ていた。少し不機嫌そうな顔で僕を急かす。バドはほとんど息が荒れていなかったが、僕はぜえぜえと荒い息を吐いている。
「ちょ、ちょっとまって……」
 バドの目の前まで行くと、僕は膝に手をついて息を整える。
「早くしろよ。全く、緑術は凄いくせに体力は全くないんだな」
「か、関係ないよ……」
 ようやくのことで僕が息を整えたのを確認するとバドはまた走り出す。
 ただ、予期せぬ地響きで少しも行かないうちに足を止めることになった。
「な、なんだ?」
 二人して辺りをきょろきょろ見回す。ただの地震では無いこと知ったのは僕たちに近づいてくる土の盛り上がりだった。何かが僕たちに猛スピードで近づいてきていて、それが地響きになっている。
 唾を飲み込み、こっちに向かってくる土の盛り上がりを見つめる。後少しで激突する、それぐらい近づいた時に土の中の何かが正体を現した。
『……』
 二人で口をぱくぱくと動かして、唖然と土の中から出てきた巨大な"ワーム"を見上げる。
 体の半分程しか土の中から出してないようなのに、その大きさは一メートル半はある。先端には肉食獣のような大きな歯の生えた口。目も耳もなくて、いつも見ているワームと違うのはその大きさと、奇妙な鳴き声だ。
ギャァァァ、とまさに化け物といった鳴き声を上げて大きな口を僕に向けて突っ込んでくる。
「エリウス! 逃げるぞ!」
 バドの震えた声を耳にして、僕はようやっと動き出す。先に走り出したバドの背中を追って全力で走る。今さっき僕が立っていた場所は化け物ワームによってえぐられていた。
 逃げ出した僕らを見て――目がないので正確にはわからないが――化け物ワームは方向を変え、僕らを追ってくる。
土の中に入っていた半身を引きずり出し、ゆうに二メントール近くある巨体に似合わぬ早さだ。徐々に距離を詰められていく。
「駄目だ、追いつかれる! こうなったらやってみるしかない……!」
 前を行くバドの背中から視線を外し、僕は化け物ワームの方に向き直り対峙する。
「我は緑の民 緑の言葉を操りし者 我の言葉に応えよ その力を我に与えたまえ」
 伏せるようにして草原に両手をつき、緑の言葉で草たちに呼びかける。化け物ワームの口が目の前に迫った時、草たちは僕の言葉に応えてくれた。
 一瞬にして地面の草たちが成長し、化け物ワームの体に巻きつき、動きを止める。一本一本は非常に弱い草でも、束になれば巨大化け物でも止めれるだけの強靭さがある。化け物ワームが草を振り解こうと暴れているうちに僕はまた全力でバドの後を追う。
 
 気付けば森の前にいた。バドの姿が見えてくるとその後ろに森が見えた。僕らの住んでいたところの森に比べれば随分木の高さが低い。
 途中から僕がいない事に気付いていたバドはやたらと心配していた。
「おい、大丈夫か? 怪我ないか?」
 大丈夫だよ、と何度言ってもバドは心配して声をかけてくれる。村の中ではガキ大将で皆の良きリーダーだった。
 バドがやっと落ち着くと森の前で腰を下ろし、落ち着いてさっき見たものについて話した。
「さっきのが大人たちが言っていたモンスターだよね」
「ああ、そうだろうな。それにしても馬鹿デカかったな、あのワーム。何食べたらあんなに大きくなるんだよ。ん、そういえばもう追って来ないな」
 僕が背負っていた袋から朝冷蔵庫から取ってきた果物を取ってバドに手渡す。バドは腰に挟んでおいた小さなナイフを抜いて、果物を二つに割った。
 二人で果物を食べながら話を続ける。
「できるか不安だったけど、緑術で動きを止めたんだ。知らない土地の緑だから通用するのか心配だったけど」
「マジ? やっぱお前凄いよ。お前の緑術は大人だって上回るもんなぁ」
 誉められた事が嬉しくて僕はちょっとだけ笑った。それを見たバドも笑った。
 緑術、僕ら緑の民しか使えないと村長は言っていた。緑の言葉を使い、緑と会話し緑の力を借りる。
言うのは簡単だけど意外と難しくて、バドはこれが苦手だった。村長は外の世界の緑については教えてくれなかったが、村長の説明を思い出すと『緑と会話し』と言っているだけで外の世界の緑は駄目とは言っていない。これからも緑術が使えると思うと安心して欠伸が出た。
「さてと、そろそろ行くか」
「この森を通るしかなさそうだね」
 立ち上がって左右を見ると大分遠くまで森は続いていた。迂回するにも時間がかかりそうだったので森を突っ切ることで一致した。
 ここで背負ってきた荷物の半分をバドに持ってもらい、初めての外の森に期待と不安を一心に抱えて入っていく。

 なんの変哲も無い普通の森の中、自然と出来た木々の無い拓けた場所に一人の男が大の字になって木々の間から覗く空を見ていた。
 短いが逆立った青い髪が周りの緑のせいもあって良く目立つ。横には身長と同じか、それより少し長い三枚の薄い蒼色の刃をもった斧があった。これも主人と合間ってよく目立つ。
(あ〜……俺としたことが油断した。森に逃げるとはあのクソワーム。……腹減ったぁ)
 口に出す元気もない男は心の中で悪態をついた。それでどうなることもなく、虚しく腹の虫が鳴り響く。
 動きたくても腹がすいて動けない、と言わんばかりの鳴り具合だ。男は丸い一日何も食べておらず、ただ空を見ていた。
(このままここで餓死なんてのは勘弁だ。しかし、こんなところに人なんて来ないわな)
 男は半ば諦めながら唯一動かせる首を動かして森の様子を見る。何も変化はないな、そう心の中でいいそうになった時、複数の足音が近づいてくるのに気付いた。
 木々の陰から出てきたのは薄いが金色をした髪を持ち、深緑色のローブを羽織った少年と、真っ赤に燃える炎のような髪を持ち、同じく深緑色のローブを羽織った少年の奇妙二人組みだった。

 僕らは森に入って十分ほど進んでから足を止めた。僕がこの森と話したいと言ったからだ。森に聞けば出口も分かるし、モンスターや獣がいるかも分かる。
 バドの了解を得て、僕は近くにあった一本の太い木に手のひらを当てて、意識を集中させる。頭の中で木に呼びかける。声に出す必要はない。それが緑の言葉だ。
(はじめまして。僕はエリウスと言います。聞こえていたら応えてください)
 何度も何度も呼びかける。何も知らない人が見たら可笑しな人と思われるだろう。
 七度目くらいの呼びかけて、やっと応えが返ってきた。
(こんにちは、坊や。私と話せるということは、貴方も緑の民ね? 久しぶりだわ)
 声そのものは無くても頭に直接イメージとして言葉が入ってくる。女性のような口ぶりだった。
(はい、僕も隣の彼も緑の民です。一つお聞きしたいことがあるのですが、いいですか?)
(何かしら? 私に分かることなら何でも答えるわ)
 優しい返事に僕はほっとした。木に草にも花にも性格がある。それが分かるのは緑の民だけだが、たまに怒りやすい木や恐い木もある。今回は運が良かったかもしれない。
(この森の出口を教えてもらえませんか? 僕らが来た方向とは逆のところを知りたいのです)
 僕らが来た方向、この森に入った時点で森にある緑たちは僕らが入った事を自然と知るのだ。だから方角が分からなくても行きたい場所を聞く事ができる。
(いいわ。説明するのはちょっと難しいから皆で案内するわ。木々のざわめきについていって。あと、私たちからも一つお願いがあるの、聞いてくれるかしら?)
(もちろん、できることなら何でも協力します)

 僕ら木々のざわめきに従って進んでいた。緑の民にしか聞こえない音だ。
 木の頼みは意外なものだった。今僕らが向かっている場所に空腹で倒れている人間がいるという。放っておくと餓死するか、モンスターか獣に食べられてしまうので連れて行って欲しいと言うのだ。断る理由は無く、今その空腹の人の所へ向かっている。
 僕が先に歩き、バドはつまらなさそうに後を追ってくる。僕は自然が好きだから森の中を歩いているだけで楽しかった。歩いている最中にも木々と会話をした。一度意思が通じれば手を触れる必要は無いのだ。
 何分か森の中を歩いていると拓けた場所が見えてきた。中央に切り株があって、その隣に人が倒れている。長身で、逆立った青い髪をしていてその隣には三枚の刃を持った斧がおいてある。遠くから見てもよく分かるほど目立っている。
 僕らが近づいていくのに気付いたのか、首をこちらに向け、目を凝らしている。開けた場所に出ると青い髪の人が消え入りそうな声で言った。
「すまん。何か食べ物をくれ。あ、いや、ください」
 慣れてないのかわざわざ丁寧に言い直してそう言った。
 自己紹介も何まま、青い髪の人は僕らが持っていた食料のほぼ全てを一瞬で食べてしまった。一瞬といえば大げさに聞こえるかもしれないがそれほど早い。
 僕とバドは凄い、という気持ちもあったが呆れと食料の事が気になった。
「おい、お前! 俺たちの大事な食料ほとんど食べやがって! お礼の一言もなしに、名も名乗らず、どうしてくれんだよ!」
 握りこぶしを前に出しながら、バドが怒声を飛ばす。僕も同じ気持ちだったが怒る気にはなれなかった。なんというか、この人は良い人だ、という感じがした。
「ああ、まだ自己紹介しなかったな。俺の名はデニ―=サンダース、ハンターをやっている。死にそうなところ助けてくれてありがとよ」
 にかっと爽やかな笑みをデニ―という名の男は見せる。歳は二十ぐらいだろうか、何処かお兄さんみたいな雰囲気がある。
 バドはこれによって余計に頭に来たようで、目を吊り上げ、一歩一歩デニーに近づいていく。それをデニ―は手のひらを出して止めた。
「まあ待て。お礼はする。今金は無いが、宿に戻れば少しはある。だから一緒にこの森を出よう。実を言うと迷っていたんだ」
 爽やかにそう言い放つデニ―は少しかっこよかった。バドもその雰囲気に負けたのか、拳を退き一緒に出ることを決める。デニーがまたにかっと笑い、僕を先頭にして出口に向かって歩き出した。
 
 僕を先頭にして右にふて腐れたバド、左に大きな斧を持ったデニーが並んでついてきた。ある程度進んでいくと思い出したようにデニーが声をあげた。
「そういやお前らの名前を聞いていなかったな。なんていうんだ?」
「僕はエリウス・フォレストといいます。こっちはバドリール・フォッカ、僕の幼馴染で親友です」
 ふて腐れていて自己紹介などしそうにないバドの分も僕は紹介した。ふ〜ん、と頷いた後数秒経ってからまた思い出したように声を出す。
「なんでお前らこんな森の中にいるんだ?」
「僕たちは旅をしているんです。というよりは旅立ったばかりで」
 話しやすいように僕はデニーの隣に移動した。それと同時にバドは一歩前に出る。
 デニーの横顔を見ると首をかしげていた。何か変なことを言ったのかな、と思った直後だった。
「おかしいな。この向こうの森には大陸の最果てで、山しかないはずなんだが」
 そう言われて僕と、一応バドも気付いたようだ。僕らの住んでいた村には名前すら無く、外界との関わりがまるで無い。緑術の力で迷っても入れないようになっている上、外からでは絶対に見えない場所に村はあった。そう思われても不思議ではない。
「ま、いっか。今度はお前らの番だぜ。訊きたいことがあったらなんでも訊いてくれ」
 その言葉に反応したのはバドだった。ふて腐れていた顔に少しばかり活気が戻っている。外の世界の事を訊けるとあって嬉しいのだろう。
 僕も色々訊きたい事はあったが、良く知った親友に譲る。
「さっき言ってた"ハンター"ってなんだ?」
 バドの質問と僕の思っていたことの一つは一致していた。だがデニーにとっては当たり前のことなのか、「そんなことも知らないのか?」といった表情が出ている。それでも訊かれた以上、デニーは丁寧に説明してくれる。いや、簡潔にと言うべきかもしれない。
「色々な仕事をやる職業だ」
 しばし無言の流れが続いた。あまりにも分かりやすく、あまりにも簡単な答えに少なからず驚いた。呆れたともいえる。バドは満足できないようで、デニーを僕と挟むように横に移った。
「もっと詳しく教えろよ! 俺たちは外の事何にも知らないんだからなっ!」
「お前、少し言葉遣いに気をつけろよ。俺は年上だぞ?」
 デニーはバドの赤い瞳を覗き込むように首を下に向ける。バドはそれに気圧されることなく睨みつける。
「だから色々な仕事をするんだよ。ハンターズ・サローン〈狩人の酒場〉ってところで依頼を受けてそれをこなす。んで報酬を貰う。他には賞金首を狩ったりもする。とにかく色々やるんだよ」
 さっきと大して変わらない気もしたが、僕とバドはとりあえず納得した。バドは上からものを言われ、唾をかけられたことが気に入らないようだったが。
 新しい単語としてハンターズ・サローン、賞金首というのが出てきて僕が質問するか悩んでいるうちにバドが行動を起こす。
「賞金首ってなんだ?」
「……全く、呆れた奴だな。お前は親に何を教えてもらったんだ?」
「狩りと料理。そんなことはどうでもいいから教えろ!」
 デニーはバドの態度と教えてもらった事に呆れと驚きを感じ肩を上下させた。
「仕方無いな。賞金首ってのは……要は悪い事したお尋ねものだ。そいつを殺さないで捕まえることができれば懸けられた賞金、あ〜報酬みたいなもんだ、が貰える。殺したらその半分だ。分かったか?」
 一気に捲し立てられて反論は許されなかった。とは言え僕もバドも反論する事は無かった。バドはともかく、僕は『殺す』という単語が妙に気に障った。
 もう質問されるのが嫌なのかデニーは早歩きになる。それを止めるのに数分とかからなかった。
「そっちじゃありませんよ、デニーさん」
 良く見えなかったが、少し頬を赤くしたデニーは曲がり角を右に行こうとしていたのを左に帰る。
 そろそろ出口が近づいてきた、と全員が思っただろう。差し込む光がだんだんと強くなって行く。
 森の中央は特に木の背丈が高く光が入りにくい。それに対して出入り口付近は木の背が低く光が入りやすいのだ。さっきに比べれば大分明るくなってきた。
「あの、デニーさん。僕も一つ訊きたいことがあるんですが、いいですか?」
 先を行っていたデニーは足を止めて振り返る。表情は明るかった。
「ああ、いいぜ。お前は礼儀を知っているからなんでも教えてやる。別に丁寧なのが好きなわけじゃねぇが、バド、お前は駄目だ。後、デニーでいいぜ」
 日光に負けないばかりの明るい笑顔で答えてくれる。バドは思った通り顔を膨らませていた。
「その、デニーさんの斧……普通と違う気がするんですけど……。なんて言えばいいのか分からないんですが、こう蒼い輝きみたいなのが……」
 自分で言っていてよく分からなかった。質問というより自問自答に近いと気付いた時に謝ればよかったのかもしれない。デニーは目をきっとさせ、口をへの字に変えている。
「ああ、これは普通の斧とは違う。でも、そのことは宿に着いてからにしよう。歩きながら説明するのは疲れるからな」
 言い終わるまでには明るい顔に戻っていた。僕は「はい」と答えることしか出来ず、後は一切の会話も無く森を出た。
 
 これから本格的に違う世界を見る。期待と不安が一層強まり僕は体を震わせた。隣に立っていたバドも同じ様子だった。
 新たな人生への一歩を僕らは踏み出した。

 

 

代理人の感想

「僕の宝物」の改訂版・・・・というより設定その他は殆ど別物ですね(笑)。

冷蔵庫だの緑術だの父親の存在だの。

 

感想ですが・・・・改訂前に比べても非常に瑞々しい味を感じました。

もぎたての白桃のような読後感、といいますか。

たとえて言うなら果物の甘さにほろ酔いしたような、いい気分でした。