第一章〜新しい世界へ〜
(七)

 僕はいつもより早く目が覚めた。体の方も早く次の町か、村かに行きたいと思っているに違いない。

 体を起こし、何気なく横のベッドを見るとデニーはまだ寝ていた。知り合って以来始めてみるデニーの寝顔だ。
目はしっかりと閉じられているが、口はだらしなく半開きになっていて、端の方から少しだけ涎が垂れている。

 誰にも見られる事無く僕は微笑み、ベッドから降りる。何気なく自分の体を見てみると、
服は汚れていて、体そのものも汚れていた。

 汚れているなら洗えばいい。デニーが使っているレイと呼ばれる物を使う事にした。
もちろん、使い方は知らないけれど、デニーの睡眠を邪魔するわけにはいかない。

 なるべく音を立てないようにして、自分の荷物から着替えを取ってからレイのある部屋に入る。
中は脱衣所と長方形の箱みたいなものがある。長方形の箱の天井には小さな穴がたくさん開いた蛇口のようなものがあった。

 脱衣所で衣類を脱ぎ、木の皮を編んで造られた籠に入れて、長方形の箱に入る。
蛇口のような物から、蛇にも似た管が下に続いている。視線で追いかけると、円形の栓が二つあった。
一つは中央が赤く塗られ、もう一方は青い。

 僕は迷わず青い方を捻った。

「わっ、ちょ、つめ、冷たい!」

 小さな穴を通って、冷水が雨のように降りかかる。その場で飛び跳ね、小さくは無い叫び声を上げて慌てる。
強く捻り過ぎたんだ、と気付き反対側に捻って、冷水の雨をなんとか止める。

 間を置くことなく、僕は背中に視線を感じた。

「ふわぁ〜……。なぁ〜にやってんだ、エリウス?」

 ゆっくり、ゆっくりと振り向く。

 ボサボサになった特徴的な青い髪を掻きながら、気だるそうな目でデニーが僕を見ていた。

「あ、あの、結構体が汚くなっていたので、洗おうかなと思って……。起こしちゃってすいません」

「んあ? 別にいいよ、よく寝れたから。起こしてくれれば教えてやったのに」

 デニーは手馴れた手つきで赤い栓を半分、青い栓を半分回す。すると、丁度いい温度の水か優しく僕の肌を打った。

 一通りの説明を、簡単に言ってデニーは戻っていった。僕は手早く汚れた体を洗い、脱衣所で家から持ってきた服に着替える。
汚れた服は、レイを使って洗う。乾かす事は出来ないので念入りに絞る。

 全ての作業を終え、さっぱりした気分になって部屋に戻ると、デニーはトレーニングを始めていた。
起きる時間に関わりなく、必ずやるらしい。

 デニーのトレーニングが終るまでの間、僕はデニーが買ってきた物を僕とデニーの荷物に振り分け、どんな物を買ったのか確かめた。
とにかく保存食が多く、他には何に役立つかは分からないが、魔導具の一種であった。ファイア・ボトルの他にも幾つかのものがある。

 整理をし終わったころ、トレーニングも終わり、デニーと僕はやっと顔を見合わせて挨拶を交わした。

「おはようございます、デニーさん」

「おはよう、エリウス。荷物ありがとな。やっぱお前と一緒に行くこと選んでよかったわ。俺、整理とか苦手なんだよ」

 子供のような笑みを浮かべてそう言った。少しでも役に立つことが分かって嬉しかったが、
このために一緒に行く様にも聞こえて多少複雑だった。

 デニーがレイを浴びて出てから数分して、僕らは各々の荷物を持って部屋に別れを告げた。
僕は短い付き合いだったが、それでも外の部屋ということで名残はあった。
デニーはもっと長いこと使っていたであろうが、なんとも感じないようだ。
おそらく、いや、きっとそれが普通なのだろう。

 荷物はほとんどデニーが持ってくれた。斧の先端に一番重たい荷物を括り付け、それを右手で持ち、
腰に幾つかの小さな袋を吊るしている。対して僕が持った荷物は軽く、主に自分の物と食料だ。
背負えるようになっている自分の袋に詰め込んだので、僕はそれを背中に背負っている。

 廊下を過ぎ、階段を降りて一階に着く。宿屋のカウンターに座っているマスターを見るのは久しぶりかもしれない。
いつもとは違い、今日は鋭い眼つきではない。それどころか、温かみさえ感じる。

「行くのか」

「ああ。世話になった。またいつか来る」

「待っている。気をつけて行け」

 数瞬の間に交わされた会話は、僕にとっては信じられないものだった。デニーもマスターも表情は無かったが、
言葉には親しみと温もりとがあった。

 デニーが酒場に通ずる扉を開き、先に酒場に入る。僕もその後をすぐさま追おうとした。が、足止めをくらう。

「アイツは強い。お前を守ってくれる。安心して旅をしろ」

 びくっと体が震えたが、それは失礼であった。睨まれると思ったが、そんなことは無い。
背の低い僕は背伸びして、反対側に座るマスターの顔を見る。やはり、無表情ではあった。
ただ、その両眼には確かな思いやりがある。

「はい。必ず、また来ます」

「待っている」

 一礼をして、僕は先に外に出ていたデニーの下に走った。背中に二つの温かみを感じながら。


 
 大通りに出ると、デニーは西に向かって歩き出した。

「デニーさん、次は何処に行くのですか?」

 と、当たり前な質問を投げかけると、即答が返ってきた。

「一番近いところだ。確か、チェルクっていう名の村だ。ブリュンガルドの方角だからちょうどいいんだが森の中にあって、
 そこまで行くのに徒歩だと辛い。そこで馬車を借りる」

 僕のことを見下ろして、デニーが笑った。僕も笑った。もうお決まりだ。

 馬車、と言われて頭の中を精神体が駆け回り、記憶の引き出しから一つの絵を引き出す。
それは、人を乗せたり、物を乗せたりするに車輪付きの台を二頭の馬が引くものだった
確か、絵本に載っていて、馬車という名前だった。

 僕の記憶が正しかったことはあっさりと証明された。西側の出口が見える辺りに、二頭ではなくても馬が先頭に、
後ろに車輪付きの台が幾つもあった。それらは大きな囲いの中にあって、近くにある小さな小屋の看板に『馬車屋』と描かれている。

 デニーは迷う事無く、三軒ほどあった馬車屋の中から一つを選び、僕を外に待たせて中に入ると、小太りなおじさんと共に出てきた。

 囲いの中から二頭の馬が台を引く、記憶通りの馬車が外に出され、デニーの手招きに従い、初めて馬車に乗った。

 荷台はそこそこ大きく、僕とデニーが座って荷物を降ろしても、後六人ぐらいは余裕で入るスペースがある。

 間も無く馬車はゆっくりと走り出し、色々な体験をした町トゥガッタを後にする。



「平和だなぁ……」

 そう思わず呟きたくなるほど、馬車の旅は順調であり、退屈とも言える。

 僕は馬車が動き出してからずっと、風を入れる為の窓から顔を出し、外の風景を一心に見ていた。

初めは草や花も少なく、土と雑草だけの道が続いていた。どれくらい進んだか分からなくなると、草や花の数が徐々に増え、
長閑な風景が目に入る。進めば進むほど緑の濃さは増し、所々に木々が生える。

 デニーはというと、ぐっすりと眠っていた。あまりにも気持ちよさそうに眠っていたので、
起こしていろいろ質問する気にはなれなかった。

 同じような風景が長いこと続くと、デニーの欠伸が耳に入る。

「あ〜……よく寝た。そろそろ昼だろ? 何か食おうぜ」

 寝起きの一言がそれだった。さすがに苦笑したが、僕もお腹が空いていたので、
デニーが買ってきた色々な料理が入った――後から聞かされた事だが、弁当と言うらしい――を食べた。

 ずっと馬を操っている人に悪いと思って、僕は袋の中から林檎を取り出して渡した。
小太りなおじさんは、豊かな顎を揺らしながら喜んで受け取ってくれた。

 僕は今しかない、そう思いデニーに尋ねた。

「デニーさん。昨日の話、続きを聞かせてもらえませんか?」

「昨日の話? ……ああ、騎士団や他の国のことね」

 僕の二倍早く弁当を食べ尽くしたデニーは、足りないようで林檎を二つ、森トカゲの燻製を三つほど食べている。

「そうだな。まずはブリュンガルドの騎士団『グロイエ』について話すか」

 やっと退屈な時間を終えられそうだ。そう思いながら耳を傾け、話に聞き入る。

「グロイエは昨日言った通り、七つの騎士団によって成り立っている。それぞれ隊長がいて、騎士の憧れとも言える存在だ。
 まあ、皆が皆剣を使うわけじゃないがな。特に一番隊の隊長カレイド・マレーゼなんて、聖騎士とまで呼ばれ、
 騎士だけじゃなく男の憧れになっている。ああ、もちろん容姿もよく、女も憧れている」

 一旦話を止め、デニーは水筒から勢いよく水を飲んだ。

 大事に飲んだほうがいいのでは、とはいえなかった。早く話を聞きたいからである。

「後は、そうだな、七人の隊長全てが魔導武具の持ち主だ。勘違いしないで欲しいのは、魔導武具の力があるから隊長なんじゃない。
 隊長だから魔導武具が与えられるんだ。それともう一つ。七つの騎士団によって成り立っているって言ったが、
 その七つの騎士団を束ねる、大隊長がいる」

 ふむふむ、としきりに頷きながら話に聞き入るが、デニーはにやにや笑いながらもったいぶって話を先に進めない。

「その大隊長って人はどんな人なんですか?」

「よぉくぞ訊いてくれた」

 やっぱり、と思っていると、デニーが立ち上がり、両手を広げて誇らしげに言う。

 頭は既に天井に突き当たりそうだったが、気にしない。

「大隊長の名はガードン・ライゼル。騎士の中の騎士、剣聖と呼ばれ、慕われ、皆が憧れる世界最強の騎士だ。
 俺はガードン卿の強さに憧れて、こうやって旅をして修行と積み、大会に出るんだ! 
 んで、優勝者は願いごとを叶えられるから、ガードン卿との試合を願う! ただ、もう結構な歳で、確かもう六十歳になる。
 それでも、最強の名に傷がつかないような人なんだ。どうだ、凄いだろう!」

 デニーのあまりに白熱した喋りに、僅か数シントだけ退く。それでも、デニーの白熱さとデニー自身の強さからいっても、
ガードン・ライゼルという人はよほどに強く、多くの人の憧れだということがよく分かる。

 白熱した体を冷ますため、と言えば聞こえはいいがまたデニーは貴重な水を大量に流し込む。
もしも次の村になんらかの理由でつけなかったら、と思うが口に出すことはない。

 それから僕は少しの間一人考え、聞いたことを整理して記憶の引き出しに大事にしまう。

「それで他の国、リヴァ―ルとウェシクルの騎士団はどうなのですか?」

 僕は当たり前のように問い掛けたが、デニーは戸惑いの色を隠せないでいた。

「あ〜……実はな、俺、あんまり他の国のこと知らないんだ。小さい頃から勉強が嫌いで、よく勉強の時間になると逃げ出していたから」

 ははは、と乾いた声で笑うデニ―に、僕は冷たい視線を送る。こう言うことが出来るのも、これから長く付き合う仲間であるからだ。

 そしてデニーは焦りながら訂正した。

「あ、あ、全く知らないわけじゃないぞ? リヴァ―ルは昨日言った通り中規模の島をまるまる国としている。
 海軍は無類の強さを誇り、海戦で負けた事は無いらしい。もちろん、騎士団もあって、確か『アオスレーゼ』って言う。
 大体魔導騎士団って呼ばれているけどな。あ、魔導騎士団ってのは魔導も剣も、同等に扱える魔導騎士で構成されているからだ。
 隊長の名はメイルディ・マルーサ。女性騎士で、結構美人らしい」

 額にうっすらと汗をかきながらデニーは捲し立てる。僕としてはそれだけで十分だったのだが、
面白かったのでまた冷たい視線を送ってみた。

 すると、引きつった顔をして、今度はウェシクルについて捲し立てる。

「ウェシクルは言ったけど、タイランドの西側にあって、一年中雪が降っている。吹雪にでもならなければ、他二国よりも幻想的で、
 美しい国と言われている。騎士団は無くて、代わりに魔導士団がある。
 なんでもウェシクルの近くには多くのエルフ族が住んでいるとかで、あ、そうそう、王様じゃなくて女王が統治しているんだ。
 で、その女王はエルフではないかとも言われている。それに魔導士団長バスカーク・ロンデもエルフじゃないかと言われているな。
 忘れてた。魔導士団はラインツって言う」

 焦りすぎていて何を言っているかよく聞き取れないところが幾つかあった。それに今だ知らない単語も出てきてしまった。
だが、わざと焦らせて、面白がって言わせたのだから今は聞かないことにする。

「ありがとうございました、デニーさん」

 僕がにっこり笑うと、安心したようでデニーは壁に腰掛けて笑った。

 しかし、焦りと早口で何を言っているか分からなかったのは本当だ。仕方無いので自分の頭の中で整理して、とりあえず落ち着く。

 デニーは疲れきったのか、また眠っているように見えた。僕は今だ同じであろう風景に目を移す。

 と、周りの風景は変わっていた。草や花は姿を消し、多くの木々が目に入る。何時の間にか森の入り口に入ってしまったようだ。
顔を半分ほど窓から出して後ろを振り返る。そこにはやはり草を刈り取っただけの簡素な道と、遠くに草原が見えた。

 森の入り口といっても、木々の間隔は狭く、人に飼い慣らされた森と言える。僕が毎日のように見ていた森とは大分雰囲気が違う。

 森に入ってから日が落ち始めたころ、馬車の動きが止まり、デニーが目を覚ました。

「お客さん。悪いがここまでだよ。夜になるとこの辺りはゴブリンが多く出るから、気をつけて」

 荷物を背負い、馬車を降りると小太りおじさんが険しい表情で言った。デニーは余裕の表情で頷き、料金を渡した。
僕はいつも通り蚊帳の外であった。

 僕は軽く礼をして、手を振った。馬車と小太りおじさんが視界に消えた後、僕とデニーは向き直り薄暗い森の道に足を踏み入れる。



 歩き出して少しの間は何事も無かった。ゆっくりと、確実に道は暗くなり、肌寒い風が木々の間から吹くぐらいだ。

 いつまでも平和な旅は続かない。そう言うものなのだろう。僕は恐ろしい光景を目にした。

 道は進むに連れて狭くなったり、広くなったりを繰り返していた。ある程度進んでいくと円形の小さな広場みたいな場所があった。
それは幾つもあり、四つ目の広場のような場所で僕は見た。

……薄黒い血溜り、二十数を越す醜い異形の者達の死体。

僕は危うく血溜りに倒れこみそうになり、デニーが真剣で、殺気立った表情で僕を支えた。

「全部ゴブリンの死体だ……。いくらなんでもこりゃひでぇな。コレだけの数を一人でってこともないだろう。ゴブリンは非力じゃない」

 何かに向かって喋っているのか、自分に対して言っているのか、曖昧な口調でデニーは淡淡と言う。

 体が小刻みに震える。寒気もする。右を見ても、左を見てもゴブリンの死体。昼に食べた物を出してしまいそうだ。

「長居は無用だな。もし、これが人間の仕業じゃなく、もっと凶暴な奴だったら危ない。いったん戻って今日は野宿だ」

 恐怖と寒気と、とにかく不快なもの全てに包まれた僕は歩くこともままならなかった。
戻る途中、何度か倒れそうになってはデニーが助けてくれた。

 こうして、僕とデニーは早々嫌な気分を味わい、緊張の下二人での初野宿を体験した。



〜あとがきみたいなもの〜
 これから一話一話が少し短くなると思います。
 ご了承のほどを、お願いします。
 それでは(これだけです 笑)

 

鋼の城の感想

さて、陸さんが今回の投稿時のメールで

「感想をつけたくなるような作品でなかったら感想をつけないで下さい!」と宣言されました。

その意気や良し。

と、言うわけで陸さんの作品に関してのみは代理人としてではなく一読者として感想をつけさせていただきます。

 

ただ、短いとどうしてもその中で盛り上がりとオチをつけることは難しくなりますし、

それだと感想の書きようがありません。

この形式で毎回感想を書きたくなるような作品をお書きになりたいのであれば、

例えば新聞連載のように無理矢理にでも毎回盛り上がりとまとめを作って、

それ自体を一個の完成した短編とする他は無いかと思われます。

 

※ちなみに、陸さんの真似をして投稿する場合、感想を書きたくなるような作品でなかったら

 問答無用で感想無しになりますのでその点につきましては御覚悟を。

 

で、今回については・・・・感想はなし!

シーン一つ一つはいいものがあってもそれを並べただけで話としてまとまってないんじゃ感想は書けないです。

 

まぁ、ツッコミはいくらでも出てくるんですが(爆死)。

 

ツッコミ1、この世界のゴブリンってどれくらいの強さ?

よくあるRPGだと、ゴブリンちゅーのは基本的に雑魚です。

それもキング・オブ・ザコと言っていいくらいの雑魚。

そこ等の農民と戦力的には同レベル、と明言されてるゲームもあるくらい(爆)。

まぁ「指輪物語」とかだとゴブリン=オークなので並の戦士かそれ以上には強いんですが。

また、民間伝承では家事を手伝ってくれる気のいい妖精だったりもします。

かように一口にゴブリンといっても色々あるんで

「非力じゃない」以外にももう一、二行くらいは説明が欲しかったなと。

 

ツッコミ2、「人間の仕業じゃなかったら〜〜」というセリフ

ゴブリンの死に方、端的に言うと傷の描写が皆無だったのが謎。

切り傷打撲引っかき傷噛み傷矢傷。

デニーほどの手練れなら、傷口を見てある程度は判断をつけられそうなものですが。

 

 

では、次回の「感想をつけたくなるような作品」に期待します。