第一章〜新しい世界へ〜
(九)

 僕とアイラがデニーに遅れること数十分、部屋に戻ってみると、
デニーは黙々とトレーニングに励んでいた。

 声をかけるのも悪いと思って、窓に近いほうのベッドに座る。
デニーが扉に近いところでトレーニングをしているからだ。

 僕が座ると、少しもじもじしながらアイラが隣に座る。窓から、丁度いい光が差し込む。

 数秒は無言のままであったが、あまりに気まずかったので僕が口火を切る。

「アイラさんの故郷はどういうところなんですか?」

 急に話しかけられたからだろう、びくんと体を揺らしてから、僕と目を合わせた。

「あ、あの……。そ、その、ふ、夫婦になるんですから……その、さん付けは……」

「あ、そうか。そうだね。少し恥ずかしいけど、アイラって呼ぶよ。
 だから、アイラももっと楽に話してよ」

 言っている自分が恥ずかしく、顔が焼けていくのがよく分かる。
アイラも同じようで、しきりに頷きながら顔を焼く。

「それで、アイラの故郷はいいところ?」

「私たちは一時に留まらないの。
 大体季節ごとに住みやすい場所を探して移動して、それを繰り返しているの。
 だから、決まった故郷は無いよ。エリウスの故郷は?」

 まだ少し頬が赤かったが、それでも可愛らしい笑みを浮かべて、
さっきまでに比べて大分親近感がわく口調で言った。

「僕の故郷は、山の中にあるんだ。外からは見えない場所なんだけど、いいところだよ。
 自然に囲まれているし、多くの動物たちもいる。もちろん、村の人たちは良い人たちだよ」

「じゃあ、今度お互いの故郷に行こうね!」

「うん」

 まるで同年齢の、昔から知っていた友達と会話をしているようだった。
気兼ねなく話せる相手は、旅を始めてからではバドしかいなかった。その彼もいない。

 デニーとは年齢が離れすぎているし、僕の性格が友達と同じように喋るのを許さなかった。

 微笑と雑談を交わしていると、明らかに不機嫌な声が耳に入った。

「話の邪魔をして悪いが、出発は明日だ。今から明日の話をする」

 僕とアイラは同時に振り向き、薄っすらと汗を浮かべ、
それとは正反対に色濃い不機嫌を浮かべているデニーが立っていた。

 僕は何か悪い事をしたのかな、と思案するが分からない。
とりあえずベッドの反対側に座りなおし、扉に近いベッドに座っているデニーと向き合う。

 しばしの間デニーが僕とアイラを上は頭から、下はつま先まで眺め、一呼吸の後明日の話が始った。

「まあ話といってもこれといってないが、向かうのはチェルクだ。
 俺も行ったことないから、どんな町かは知らねぇ。
 それで、俺はこれからチェルクの事について色々訊いてくる。
 村の外まで行かなければ、後は好きに動いていい。分かったか?」

 一方的に喋り終えると、僕はただ頷くことしか出来ずに、なんども首を縦に振る。

「じゃあ、行ってくる」

 それだけ言い残して、自慢の斧を担いでデニーは消える。その直ぐ後だった。

「なんか嫌な感じね、デニーって」

 とアイラがデニーよりは薄くであったが、不機嫌を表に出して呟いた。
呟いたというにはいささか大きすぎたかもしれないが。

 デニーが部屋を後にしてから、僕らの間には静寂が流れていた。
沈黙というには爽やかで、それでいて喋る事を許されない雰囲気。

 どれくらいが経ったか分からないが、今度はアイラから話を始めた。

「そう言えば、訊いてなかったけど……。エリウスはなんで旅をしているの?
 妻になるんだから、それぐらいは知っていないとね」

 いくら楽になったとはいえ、妻という言葉を発せられると、
僕もアイラも紅潮せずにはいられなかった。

「僕が旅をしているのは、笑われちゃうかもしれないけど、自分だけの宝物を見つけるためなんだ」

 そういえば、僕はすっかり旅の目的を隅っこに追いやっていたようだ。
絶え間なく起きる騒動に、頭が無理やり隅っこに追いやってしまったようだ。

 心を休めることが出来て、ようやく僕の頭は僕の目的を思い出させた。

「自分だけの宝物?」

 オウム返しにアイラが訊き返す。その顔は、やはり不思議そうである。

「僕にも分からない。ただ、村の中で死ぬまで穏やかに暮らしていても見つからないと思ったんだ。
 それで村を飛び出して、外の世界を旅しているんだ」

「わ、私じゃ……駄目かな? そ、その……エリウスの宝物になるのは……」

 僕らは知りあってまだ数時間、結婚の約束を果してからわずか数十分。
随分話が進展しているが、アイラの性格故のことなのだろうか。

 僅か数時間の間でどれだけ赤くなったか分からない頬は、それでもやはり赤くなる。

「駄目とか、そういう事じゃないんだ。
 僕にも分からない、僕にも決められない、旅の先にあるはずの何かが、
 きっと僕の宝物なんだと思う」

 半分は自分に言い聞かせるような口調だ。ベッドの端から投げ出され、
ばたばたと揺れている足を見ながら言った。照れ隠しでもある。

「じゃあ、エリウスの宝物よりも大切なものになる。
 今はまだ知り合ったばっかりで、何も分からないけど、でも、私エリウスの事嫌いじゃない。
 偶然だって、思いようでは運命にもなるでしょう?
 私はきっと、運命の赤い糸で結ばれているんだよ。きっとそう!」

 もう頬が赤くなるのには慣れた。満面の笑みと共に、アイラが右手の小指を僕の目の前に突き出す。

 僕はその小指と自分の小指とを合わせて微笑んだ。

 全く、自分でも呆れてしまう。

 旅先で、色々な出来事に遭うのは分かっていた。
それでも、こうも早々二人の仲間が出来て、一人と婚約を結ぶとは思いも寄らなかった。

 これからどんな偶然に遭うのか、どれだけの運命の糸を手繰り寄せるのか。それが今から楽しみだ。



 今は夜。悠々と空に漂う雲も、無限に広がる空も、果てしなく続く大地も、等しく暗闇に飲み込まれる。

 僕とアイラは沢山の話をしたあと、村の中を少し散歩して宿に戻った。
先にデニーが帰っていて、僕らが部屋に入るなり『夕飯食いに行くぞ』と言った。

 夕飯も朝食に負けず劣らず美味しく、全てを食べ終わる頃にはデニーは部屋に戻っていて、
僕とアイラはそれを追った。

 部屋に入るなりデニーがぶっきらぼうに言う。

「俺は右のベッドで寝るから、お前ら二人は左のベッドで一緒に寝ろ。
 夫婦なんだから問題ないだろう? じゃ、俺は寝るわ」

 今日のデニーはやけに刺々しく、僕が目を合わせようとすれば視線を移し、
話かけようと思えば何処かへ行ってしまう。

 原因も分からぬまま、嫌な空気ではあったが僕は寝ることにした。

 とはいえ、気が付いてみれば知りあって間もない女の子と一緒に寝る、と。
夫婦と言われてもまだなったわけではなく、やはり恥ずかしい。

 僕は「床で寝るから、ベッド使いなよ」とアイラに言ったが、
アイラも負けじと「なら私も床で寝る」と言う。

 二人して床で寝るのならば、二人一緒にベッドで寝た方がいいに決まっている。
恥ずかしくはあったが、背中合わせで僕らは慌しい一日を終えた。


 この旅始まっての悪天候と言っていい。

 今日は窓から朝日が差し込むこともなく、窓から顔を出して空を見上げると、
一面灰色の雲が空を食べ尽くしていた。ところどころ欠片が覗けたが、それもすぐに食べられた。

 幸いな事と言えば雨が降っていないことだろう。
いつ降ってもおかしくない天気であったが、降ってないうちにと、僕ら三人は早々に宿を発つことになった。

 小奇麗な廊下を進み、茶色の階段を降りる。カウンターでお金を払い、扉を開けようとした時である。 

「あなた達は何処からチェルクに行くの?」

「そりゃ近いほうの道から」

 宿主の娘であった。顔を合わせたのは二度目で、昨日外に出る際に会ったのだ。
ほんの少しではあったが話もした。

「……そっちの道はやめたほうがいいです。出来れば遠回りしたほうが……。
 それでも危険にはかわりないですけど……」

「危険? 何か出るのか?」

 僕が口を半分ほど開いたところでデニーが言った。
同じことであったので、今だそうとした言葉を飲み込む。

「盗賊が出るんです……。道を塞いで人々からお金やお金になるものを奪ってるんです。
 だから、チェルクに行く人もここに来る人も減っちゃって……」

「なら、大丈夫。僕らがその盗賊を倒してあげる。忠告ありがとう。じゃあね」

 僕はいつの間にか得意になった微笑みを浮かべながら右手を振って外に出た。

「……ほんと、エリウスはお人好しだな。
 ま、道を塞ぐなら結局のところ戦うはめになるだろうから、いいがな」

 昨日と同じで僕と目を合わせようとしないデニーは、呟くように言った。
わざと聞き取れるぐらいの声量だった。

 僕とデニーが来た方向とは反対の出入り口から村を出る。

 相変わらず草を毟り取っただけの土道が蛇の様に曲がりくねりながら伸び、
その上をなぞるように歩いていく。

 天気がよくなる気配はなく、ただただ暗雲が空を覆っている。
天気がこうも暗いと、三人の間にも暗い空気が充満する。

 デニーが先頭を歩き、それにやや遅れて僕とアイラが並んで追う。
心なしかデニーの歩みは速く、時折駆け足にしないと置いていかれそうだった。

 暗い空気に包み込まれたまま、何事もなく、そう言えば快調に進んでいた。
それが、崩されるのは、暗い空気を吹き飛ばすこともあったが、出来れば避けたい道でもある。

 両側が上り坂のように盛り上がった道に入ると、
その道を塞ぐように四人の男が馬に乗った一人の男を囲むように立っていた。
言わずとも分かる盗賊の登場だ。

 馬に乗った男はデニーと同じぐらいの背丈で、左頬に深い斬り傷がある。
眼は鋭く、妖しく光っている。色に例えるならば紫。
歳は三十過ぎぐらいにも見えて、いかにも頭といった男である。

「この道を通りたければ金と、金目の物を全てよこせ」

 頭と思われる男が重く荒れた声で言った。

「嫌だっていったら?」

 デニーが不敵に笑いながら即答すると、頭風の男が指を鳴らす。

 ざわざわと草と草が擦れ合う音が左右から幾つも聴こえ、
幾人もの男たち――ざっと見たところ二十人はいる――が現れた。

「分かるな? さあ、早くよこせ」

「へっ! 道を塞いで金品巻き上げる三流盗賊なんかにやる物はねぇよ!
 ちょうど苛立ってたところだ、気晴らしさせてもらうぜ!」

 デニーの鬼気とした叫びに一瞬盗賊たちが怯んだ。
僕とアイラは互いに身を寄せ合い、黙ってデニーと盗賊とのやりとりを見る。

「エリウス、アイラ! 巻き添えくらいたくなきゃ、伏せてな!」

 僕は瞬時にデニーが何をするか分かった。
デニーは素早く蒼雷の斧の先につけた荷物を外し、僕の方に放り投げる。

 僕は不思議に思っているアイラの頭を抱え込み、地に伏せた。
なんとか目だけはデニーに向けることが出来た。

「おらぁぁぁぁぁぁ!」

 野獣の雄たけびと共に蒼雷の斧がデニーの頭上で回る。
盗賊たちが不思議と恐怖を覚えている間に、蒼雷の斧が轟く。

 斧から発せられた稲妻は宙を走り、地を跳ねて道の両側の上り坂にいる男達に向かって飛んでいく。
幾つもの絶叫と共にどさっという重い音が耳に入る。

 全ての絶叫が終ったのを確認して、僕とアイラは身を起こした。

 地に両足で立っているのは四人の男と、暴れた馬に振り落とされた頭風の男だけであった。
左右を確認しても立っているものはいない。見える限りでは痙攣していたり、気絶していたりしている。

 主人を振り落とした馬の馬蹄が遠くで聴こえる。無事に逃げ去ったようだ。

 次に隣のアイラの顔を見ると、口をあけたままデニーの背中を見ていた。

「あっという間に五人になったな。さあ、どうする? 俺としてはまだまだやりたいところなんだがな」

 にやっと笑う。四人の男たちは恐怖で震え、頭風の男は怒りに震えている。

「お、御頭……。む、無理ですよこんな奴……!」

「何いってんだ! あいつの持っているのは魔導具に違いねぇ。
 あれを売れば一生遊んでくらせるんだぞ! これはチャンスだ!」
 怒りに震えながら部下を怒鳴りつける頭の声は、先程よりも若く聞こえた気がした。

 デニーがにやにやとしている間に盗賊たちは何やら小声で相談を始め出した。
ほんの数十秒でこちらに向き直る。

「……!」

 デニーは相手がまだやる気だと悟ってご機嫌のようだ。にまにまとした笑みを浮かべている。
が、それも一瞬の間消えてしまう。

 頭は腰の後ろに下げた袋から小さなガラス球を三つ取り出すと、いきなり地面に叩きつける。

 ガラス球が割れる音と一緒に大量の煙があがる。視界は真っ白になり、何も見えない。

「あっ……逃げた! まてぇ〜!」

 突然横からした声に僕は驚く。
アイラは叫ぶのと同時に地を蹴り、上がり坂の方に飛び移ると森の奥に消えていく。

「ちょっ……アイラ!」

 僕もそれに続く。体力は普通の子供と同じぐらいしかない。
到底アイラに追いつくのは無理であったが、それでも反射的に走り出していた。

 走りながら後ろを見ると、デニーが笑っていた。


「アンタたちの御頭は、お前等を見捨てたようだぜ」

 煙が晴れ、唖然として頭が逃げていった方を見る四人の部下。

 それを楽しそうに笑いながら見るデニー。

「まだやんのか?」

「う、う、うぉぉぉ! やってやるぅ!」

「そうこなくっちゃ。気晴らしに素手でボッコボコにしてやるぜ!」

 どうする事も出来ない四人の男達は、頭を追うことなくそれぞれの武器を手にデニーに向かっていく。

 デニーは蒼雷の斧を地面に突き刺すと、右半身を前にして構える。

 こうして、四人の男たちはデニーの気晴らしの相手となった。


 僕は不規則に息を吐き、吸い、汗を滝のように流して必死に走っていた。
先を行くアイラの背中がやっと見えるぐらいで、気を抜けば置いていかれる。

 アイラの背中が止まった。どうやら追いついたらしい。

 僕が遅れて追いつくと、盗賊頭とアイラが睨み合っている。

「へっ……。追ってきたのはキーヤのガキと、ただのガキか。俺も甘くみられたものだな。
 が、まあいい。おかげでやりやすい」

 眼と口を歪めて得意そうに笑う。

 続いてアイラが鼻で笑う。余裕がたっぷりある笑いだ。

「子供だと思って甘くみないほうがいいよ……!」

 叫ぶと同時にアイラが駆ける。人間とは違った、野性的な俊敏さを有し、あっという間に間合いを詰める。

 さすがに意外だったのか、盗賊頭は眉をぴくりと動かす。
一応は盗賊の頭ということもあって、それだけすると腰に提げた長剣に手をかけ、抜くと同時に横に一閃。

「ちっ……。目障りだ!」

 アイラは盗賊頭の放った一閃を跳んで避けると、そのまま背後に着地して、
瞬時に放たれた二撃目を横っ飛びで避けた。

 腰を沈め、アイラが跳躍する――ように見せかけて盗賊頭の懐に滑り込む。
アイラの手が槍の如き鋭い突きを見せ、盗賊頭の左頬に新たな傷を刻む。

 アイラは見える限り、何も武器を持っていない。まさか手による突きだけで頬に傷はつけれまい。
その正体はすぐに明らかとなった。

「油断したね、子供だからって。私たちキーヤ族はある程度爪を伸び縮みできるんだよ」

 殺気に取り憑かれたような盗賊頭を前にしてもアイラは平然としている。
僕なんかは怖くて一歩も動けないというのに。

 確かにアイラの爪は伸びていた。指と同じぐらいの長さの爪が両手で十本。右手の爪には血が滴っている。

 一瞬の沈黙を切り裂いて盗賊頭がしかける。長剣による素早い連続攻撃。
上下左右から繰り出される剣技は、仲間を盾にして逃げるとはいえ盗賊の頭、かなりの腕前であった。

 とはいっても、僕はこれまでにまともに剣技を見たことがないからそう言えるのかもしれない。

 アイラは防戦となり、ひたすら斬撃を避けている。まだまだ余裕があるようで、時々は反撃に転ずる。

「くっ……!」

 盗賊頭の放った一撃は宙を斬り、地面に食い込む。
長剣を抜くことが出来ず、わずかに出来た隙をついてアイラの爪が盗賊頭を捉えた――かに見えた。

「きゃっ!」

 アイラの小さな悲鳴が盗賊頭の悲鳴の代わりを務めた。
盗賊頭は長剣から手を離し、腰の袋から小さな空瓶を取り出し、蓋を開けた。

 空瓶の口から炎が吹き出てアイラの眼前に迫り、アイラは悲鳴と共に飛びのいたのだ。

「人間とのハーフとはいえ、やはり炎には弱いようだな」

 勝ち誇った笑みと見下した視線で言う。

 僕も村にいたころ教わったことがある。
基本的に動物は炎が怖く、猛獣と出会ったら炎を突き出して逃げろ、と。

 アイラは半分人間、半分獣。完璧に怯む事はなくても、怖いことに違いはないようだ。
額に汗を浮かべて、小さな唸り声が聞こえる。

 僕の体は、僕が助けたいと思っても言うことをきかない。
恐怖を押しのけるだけの勇気も、力も僕には無かった……。

 盗賊頭は悠々と地に刺さった長剣を抜き、容赦することなくアイラを斬りつける。
右手で長剣を扱い、左手には空瓶を持っている。いざとなれば炎に頼るのだろう。

 眼前で炎を見せ付けられたせいか、アイラの動きは鈍くなっていた。
なんとか寸でのところで避けてはいるが、短い斬り傷が次第に増えていく。

 動け、動け。僕は唇を血が滲むまで強く噛みつけ、太ももを両腕で殴りつける。

「僕が助けなくちゃ、僕が……!」

 眼つきを変える。甘いことばかりを言ってはいられない。
仮にも、自分の奥さんになる予定のアイラを見捨てて、自分だけ逃げたのでは生きてはいられない。

 僕は身近な木に移動し、手をつける。頭の中で木々たちに呼びかける……。

「くぅ……。炎さえなければ……」

 木々がざわめく。声に応じてくれた。

「所詮はガキだな。……そろそろ死ねぇ!」

「緑よ、我に力を!」

 盗賊頭と僕の声が重なった、いや、ほんの少し僕の方が早かった。

 盗賊頭の立っている場所だけが揺れ、次いで幾本もの草が地面から生えると御頭の両腕、両足を縛りつける。

 振り上げられた長剣は動きを止め、とくに強く縛られた左手からは空瓶が落ちる。
盗賊頭の顔が苦痛に満ちた。

「今だ、アイラ!」
 僕ががらにもなく大きい声で叫ぶ。

 アイラは頷くこともせずに盗賊頭に飛び掛った。交差するように放たれた左右の爪が深深と胸を切り裂く。

 森に豪快といえる悲鳴が轟き、同時に盗賊頭を縛っていた草が引きちぎられ、
盗賊頭は苦痛に顔を歪めながら長剣に手を伸ばす。

「遅いよ!」

 アイラの突き出した爪は、バランスを崩して倒れた御頭の右目を……貫いた。

「があぁぁぁぁぁ!」

 悲鳴と絶叫を混ぜ合わせたと言える声があがる。
盗賊頭の右顔は流れ落ちる大量の血に赤く染まり、また地面に赤い点をつける。

 不運としか言い様がなかった。アイラも突然のことに驚いて自分の真っ赤に染まった爪を見ていた。
普通の女の子ならば、卒倒していただろう。

 アイラはなんとか耐えてはいたが、辛いというのは一目みてわかる。

「がぁっ!」

 盗賊頭は声にもならない叫びを上げて、呆然と突っ立っているアイラを左手の甲で殴り飛ばす。
右手で右目を押さえ、殴った左手で袋から逃げる時に使った煙玉を地面に叩きつける。

 もわっと一瞬のうちに煙が発し、辺りを白く包み込む。
遠く離れて行く足音が聞こえ、僕は急いでアイラの元に走った。

 幸い、アイラに致命傷となる傷はなかった。
傍に落ちていたはずの長剣の姿はなく、遠く離れたところに持ち主と共にあった。

「……」

 憎悪に満ち溢れた視線を僕らに突き刺す。
ほんの数秒ではあったが、人とは思えぬ形相を僕らの記憶に残して盗賊頭は消えた。


 それから少しして、盗賊頭の悲鳴と絶叫とを混ぜ合わせた声を聞いたデニーがやってきた。
斧に血がついていなかったから、子分たちは生きているだろう。

 一通りの経緯を話、足元がふらつくアイラを僕が支えながら、
チェルクへと続く道に戻り、重たい空気と天気の中を進んでいく。

 森の外に出るまでにたいして時間はかからなかった。
出口につくころにはアイラの足元もしっかりとして、一人で歩けるようになっていた。

 そして、ぽつぽつと雨が降り出し、やがてそれは雨粒の壁となって僕らの前に立ちはだかった。





〜あとがきかもしれない〜
 今回は自分の語彙の少なさを知りました。
 どうにも戦闘場面を書いていると同じ単語を多用してしまいます。
 まだまだ力不足、ということでしょうね。
 精進します。
 それではまた次回。

 

鋼の城の感想

ひがんでるひがんでる(笑)。

どうかすると初々しいことこの上ないエリウスとアイラの二人よりも、

ひがんでいじけて不機嫌になってるデニーの方がよほど可愛く見えますから不思議です(爆)。

 

 

後、ちょっと気になったことですけどキーヤ族の指先のメカニズムはどんな感じなんでしょう。

普通猫科の動物の爪というのは骨の延長で、指先の筋肉が伸び縮みすることによって出したり仕舞ったりします。

人間の爪のように皮膚が変化した柔らかいものではないわけなんですね。

だから、最初はアイラの爪も指先の肉から生えて来たのかなと思ったんですが、

よく読んでみるとどうも人間としての爪が伸びてますね。

動物のように出し入れしてるのではなく魔法的に伸びて、かつ伸びたときに硬質化するのかな?