町を出てから3日が過ぎ、俺たちは森の中を歩いていた。

馬車はおろか、馬も持っていない俺たちの移動は、当然、徒歩ということになる。しかし、歩いてすぐに着くほど、町から町への間隔は狭くない。特に、田舎などは村や町への移動に一ヶ月かかることもある。その上、夜は視界が全くなく、動くことが出来ないので、野宿も当然必要になってくる。

とはいえ、次の目的地まではそう距離も遠くないし、大体、後一日ぐらいで次の町には着くだろう。

「ここらで、休憩するか?」

ラドの言葉に俺は黙って頷いた。

別に疲れているわけではない。近くで水の流れている音が聞こえたからだ。水というのは、いつの時代も、どこの場所でも貴重なものだ。

特にこんな旅をしている人間には、補給をこまめにやっておかねばならない。

「ちょっと、ここらへんを散策してくる」

俺はラドにそう言うと、リュックサックの中からガラス瓶を取り出して、木々の生い茂る方へ向かった。

ふと周りを見渡すと、木々の葉が目に入った。少し色褪せた感じのものもあれば、逆に深い色合いを放っているものもある。だが、そのどれもが綺麗な緑で、幹の色との対比が美しかった。

緑という色は人の心に、落ち着きをもたらすものらしい。まあ、確かに血の色を見るよりかは落ち着くが、どこか物足りない感じもする。

そんなことを思っているうちに、穏やかに緩やかに流れる小川が俺の目の前に出てきた。川の底を隠すことなく見せる透明な水は少しだけ陽の光に輝き、俺の顔を鏡のように映し出す。

しゃがみ込んだ俺は、左手の皮手袋を外した。

その手をポチャリと入れると、その冷たさが妙に気持ちよく、何となく心が和らいだ。その手を水から離し、水をすくって飲んでみた。

―――美味しい。

冷たいせいかもしれないが、俺の味覚はそう感じた。

俺は手に持っていた瓶の蓋を開けると、再び水の中に手を突っ込んだ。

退屈な数秒だったが、こうしてる間は不思議と自分のことを考えずにすむ。瓶の口を上にして手を持ち上げると、瓶の中は水でいっぱいになった。

瓶の蓋を閉める。

ポチャンと瓶の中の水が飛び跳ねる音を立てた。

俺は左手を手袋で包み直し、立ち上がると、水面に反射する光が、先程とは違う色に見えた。

数秒、俺がその色に見取れて、その場に立ち尽くしたが、すぐに先程と同じ色に戻った。

恐らく、俺の目の錯覚だろう。

だが、俺はその色にユニトを連想してしまった。

あの人たちのように、俺を護ってくれた訳ではない。ラドのように俺を支えてくれる訳でもない。

罪悪感とたった一つの恩だけが、あいつを守ってやりたいと思わせた。

もしかしたら同情もあるかもしれない。人として認められていないという仲間意識もあるかもしれない。

だけど、それだけだ。

そして、自分と同じ人間に出会っても、俺は無視し、顔すら覚えずに生きてきた。他人が苦しんでようが、不幸を背負っていようが、俺は自分に降りかかった不幸にしか興味がない。

―――――なんだけどな………。

あれから、3日も過ぎたのに、まだこだわっている。

やっぱり、異常なんだろうな、“神の人形”というのは。存在感の大きさというか、そこにいる不自然さが目立つんだろう。だから、こんなに心に引っ掛かる。

じゃなきゃ、とっくのとうにあいつのことなんて忘れている。

だったら、あいつのことも忘れりゃいいだろうに………。会わなかったことにして、いつも通りやっていけばいいんだ。

それとも、こういう考えだから、ユニトは付いて来なかったのかな.........?

ま、考えたって仕方がないか。あいつが何を考えて、何を思って、俺を拒んだかなんて分かるはずもないのだから。

ユニトにしてみれば、俺が何を思って、何を考えて、あいつを誘ったかなんて思わなかっただろうな。

あいつ、俺のこと、思い出せないみたいだったし。

記憶の奥底に封印して、嫌なことから逃げ出したんだろうな………。俺は忘れることも、逃げ出すことも出来ないのに。少しだけ、羨ましい。

せいぜい目を背けられるだけだ。それでも、後ろから俺を責める声が聞こえてくる。俺には、耳を閉じることは出来なかった。

でも、ユニトはその分、苦労してると思う。忘れることも、逃げることも、目を背けることも、耳を閉じることも出来ない過去がきっと多いのだろう。

それくらいの推測はつく。

俺はラドの持っている場所に戻った。

ラドは俺を見るなり、開口一番こう言った。

「お、水汲んできたのか?」

ラド、どうでもいいが、人が何を持っていったのか、見てなかったのか?

俺は心の中で、嘆息した。

「もう行くか?」

ここで休んでてもいいが、時間を消費するのは性に合わない。

「そうだな、行くか」

ラドもそのつもりだったらしい。

もともと、男二人の旅なのだ。足を止めることもなく、歩き疲れることもない。

もし、これにユニトが来ていたとしたら、あいつは付いてこれたかな………?

忘れようとしたいものほど、なかなか、覚えているものらしい。再度、陥りそうになった袋小路から、逃げ出すように俺は苦笑した。

俺たちは前へ一歩踏み出した。

俺はそっと空を見上げた。

青く白い。

ユニトに、いつでもいいから、また会えるといい。無事なあいつの姿を再び見ることが出来れば、少しは罪悪感も紛れるだろうから。

そう思うことが出来る自分に、俺は何故か苛付きを覚えた。



あれから三日………。

私は少しだけ…………後悔していた。

本当は、付いて行けば良かったかもしれない。

自分が一人じゃ何も出来ない存在だって前から知ってたのに。

一人じゃ自分を守ることすら、ままならないって気付いてたのに。

後悔したって遅いことなのにな………。

私は六日前に、流れ着いた川原の岸辺で、座り込んでいた。わざと人気が少ないところを自ら選んだはずなのに、こうも誰も来ないと、より孤独感が増した。

―――ジウさんとは一緒にいられません

嬉しいことのはずなのに、断ってしまった言葉。

何で、あんなこと言っちゃったんだろ?

私を強引な方法で連れて行こうとしなかったんだから、信用できる人間だったんだ。だから、それが分かった瞬間にジウさんを引き止めて、言えばよかったんだ。

でも、また同じように、ジウさんがそう言っても、私はきっと同じような答えを返すだろう。

結局、私は怖がりなだけなんだ………。

「馬鹿だな………私」

小さくブツブツ言ってみる。

一通り、自分に愚痴を言い終わると、息が少しだけあがった。

それはそうと、不思議なことが一つだけあった。、

自分で言うのもなんだが、私は他に類を見ない世界で唯一無二の貴重な“道具”で、しかも今まではどんな大富豪でも手に入れるのが困難な場所にいたのだ。

そんな私が外へと出て、未だにこうして無事でいられるのは、どう考えてもおかしかった。

しかも今の私には、誰も守ってくれる人などいない。

特に、“あの人”たちの行動の迅速さと抜け目の無さを考えると、こんな平穏な状況がずっと続いているのは、むしろ不気味だった。

ここが、ウィスアだからだろうか?

なかなか、この国に手が出せないのかもしれない。

この国は治安の行き届いた国だというから。

だけど、それじゃ、“あの人”たちが来れない理由として貧弱すぎる。

ともかく、私なんかじゃ、分からないことばかりだ。

一体、今、何がどうなっているのか、これからどうなってしまうのか、まるで分からないし、予想もつかない。

せめて、何らかの情報が一つでもあれば………。

でも、それは高望みしすぎだよね、やっぱり............。大体、そんな情報が手に入るって、危険な状況に晒されている場合だけだと思うし………。

私の周りって、何かはっきりしないことばかりで、やだな。

「はぁ.........」

でも、本当に、これからどうしよう?

私はジウさんから貰った、袋を取り出した。

確かに食事などには、この中身のお金は役に立ったけど、かといってこんなお金で何かがどう変わるわけでもない。

私を追う人間に金をいくら出そうと、わざわざ見逃してくれる訳がない。“私”の使い方次第によっては金などいくらでも手に入るのだから。

それに………私を助けてくれる人なんて、誰一人としていないんだ。こんな、気持ち悪い髪の毛の色をした人間を、誰が助けてくれるだろう?

少しだけ、肩が震えた。その反応に自分の事ながら、呆れてしまう。

私って、本当に怖がりだ。

まだ、誰も私の目の前に来てないのに、その時の事を予想して不安になってる。

そんな自分が嫌で嫌で、泣きたくなってくる。

ようやく陽の光の当たる場所で自由を手に入れたのに、暗いことばかり考えて………滅入って、迷って、疲れ果てて、結局、何も出来ないでいる。

ジウさんみたいに仕事をしようとも、この町から移動しようともしない。そろそろ、自ら何かをすべきなのに、何もしない。

今の私は、本当の意味で“人形”なのかもしれない。

と暗いことを思ってたら、急に視界まで暗くなった。

後ろから人影が私を乗り越え、私の目線の先まで伸びていた。

何となく、嫌な予感がした。

“あの人”たちが来たかもしれないと、巨大な不安が一瞬で芽生えた。

私は恐る恐る、後ろを振り返った。

もし、“あの人”だとしたら、また私はあの地獄に戻ることになる。私は、がたがたと体を震わしながら、視線を影の原因に向ける。

どこかで見たことのあるおじさんが、その視線の先にいた。

怖い視線を私に向けているけど、何なのだろうか?

“あの人”の部下?にしては、少々貧弱な印象を受ける。なんていうか、暴力を使わないで、人を従わせるような凄みがない。

その貧弱な印象のおじさんの前に萎縮しちゃってる私は、もっと貧弱な訳なんだけど………。

「………あの……どなたですか?」

私は、小さくな声でおじさんに問いかけた。

おじさんが“あの人”の部下じゃないことは分かっているけど、それでも嫌な予感が私の背筋を走っていた。

もしかしたら、あそこと同じような地獄への招待係かもしれない。

「どなたですかぁ?ふざけてんじゃねぇぞ、テメェ」

その言葉に、私は喉まででかかった悲鳴を必死に抑えた。

―――泣いたら、余計にぶたれる………!!

鞭でぶたれ、必死に自分の意思を捻じ曲げられた私の過去が、私にそうさせた。

だけど、それでも私は、これから大変な目に会うということは、自然と分かっていた。分かっていながら、抗う気にもなれない。開き直りとも、諦めともつかない気持ちが胸に広がる。

ただ、恐怖だけが私の胸を埋め尽くす。

だけど………どうして?

「テメェのせいで、俺の仲間はなぁっ!!」

そうだ。思い出した。

この人は6日前、私を殴っていた――――。

「俺の仲間は、精神的におかしくなっちまったんだよっ!!」

―――でも、あれは私が………。

言えない。口答えしたら、より酷い目にあう。

私はカタカタと震えて、何も出来ないでいた。

男の拳が振り上げられる。避けようと思う暇さえなかった。

ただ頭を抱えて、黒い髪のカツラが外れないようにすることだけは辛うじて出来た。

「ツッ!!」

おじさんの拳が私の肩を直撃した。激しい痛みが私を襲った。

それでも、頭に当てた手を外し、肩に当てるような真似はしない。

そんなことをして、カツラが外れたら、これ以上に大変な目に会うことは間違いない。

だけど、暴力は降り止まない。

「ぐふっ!!」

腹にも拳が入る。

「かはっ!!」

背中にも蹴りが入った。

「きゃうっ!!」

頭部を思い切り殴られた。

「あうっっっ!」

自分が女だからとか関係ない。顔面まで殴られる。

「オイ。立てよ………」

服の襟を掴まれ、そのまま立たされると、また腹を殴られた。

そのまま、強引に引っ張られたり押されたりして、うつ伏せに倒された。

おじさんは、うつ伏せになった私を、まるで椅子代わりとでも言うようにその腰を下ろした。

「へへヘ」

おじさんの嫌な笑い声が、私の耳元で聞こえた。

奇妙な不安に襲われたその瞬間――――

「ぐああぁぁっっぁっううぅぅっっ!!!!!!!」

激しい痛みが私の右肩を襲った。

“泣かない”と決めたのに、涙がボロボロと零れる。

何が起きたのか、まるで分からなかった。痛くて、熱くて、息苦しくて、辛くて、もはや、それどころではなかった。

本当は、大声を出して、助けを求めたかっただけど、これ以上悲鳴を出したら、この人の暴力が加速するかもしれなかった。

本当は違うかもしれないけど、でも、昔の経験はそうは思わせてくれなかった。

それでも、痛みが引くわけではない。

涙は止まることを知らず溢れ続け、肩は焼けるように熱い苦痛を私に与え続けた。こうして、気を失わないことが不思議なくらいだった。

ふと視線を横に向けると、視界の端に、紅いドロリとした水が、地面を流れていた。

――――血.........。

おじさんが刃物でも使ったのだろう。

そう、思ったら、体の震えが更に大きくなった。

自分に暴力を与えていた人間が、刃物を持っているというだけのことが、私の弱い心を強くなる恐怖で締め付ける。

私はぎゅっと瞳を閉じて、恐怖に耐えようとした。うつ伏せになって倒れているこの体勢なら刃物は直接見えないだろうけど、それでもこれ以上の恐怖には耐えられそうにない。

だけど、おじさんはまだ、私に暴力の手を緩めようとはしなかった。

「んっ!」

私の首の襟を掴み、そのまま絞め殺す気なのか、引っ張り続ける。

喉に押し付けられる圧迫感は、そのまま私の呼吸を困難にし、気を遠くさせる。

―――助けて………ジウさん………。

私は自ら払いのけた好意に無意識の内にすがっていた。

それも、もう遅い。

私は、一人っきりでここに残り、ジウさんは今や、私の知らないところにいる。

こうしてる間にも、私の意識は遠のいていく。

このまま死んでいくのか―――と失望に近い感情が、私の胸のどこかで芽生える。

もう助からないか―――と諦めに近い感情が、どうしようもない響きを持って私の目の前に現われる。

―――何でだろう?私は何も逆らっていないのに、何で死ななきゃなんないんだろう?

人を殺したから?

“人形”だから?

それとも、あそこから逃げ出したから?

―――これが私の寿命だから?

私には分からなかった。

「―――――!?」

突然、私の宙に浮いていた頭が地面に落ちた。

「かはっ、ごほっ、ごほっ………」

喉の圧迫感もいつの間にか、拭い去られていた。久方ぶりに感じる空気が、私の肺を満たしていく。

―――私を助けてくれた?

いや、でもなんで?

私は思わず私の上に乗っているおじさんに振り返った。

おじさんはニヤついた笑みを浮かべ、右手に薄く赤に染まったナイフのような刃物を持ち、左手に何かの袋を握り締めている。

袋…………?

ぱっと見ただけでは、よく分からなかったが、その袋は確かにどこか見覚えのあるものだった。

―――あれ………もしかして…………。

私は動きを制限された手を必死にじたばたさせ、周りや腰に手をやった。

やっぱり――――ない。

ジウさんから貰ったお金の入った袋が………。

「それ………ジウさんの…………」

私の貰ったものだが、ジウさんの名前がつい出てしまう。

だが、おじさんはそんなことを歯牙にも止めず、こう言った。

「あ?ああ、あの時ジャマしに来たクソガキか………?残念だったな、あいつも」

“残念だったな”?どういうこと?私は疑問の視線を、おじさんに向けた。

その視線に気付いたのか、おじさんは狂気の混じった笑みを浮かべる。

私は今まで何度も見たことがある、その種の笑みが何故か一番心に響いた。

「あのガキ、ここから北へ向かったんだろ?」

私は、早く先が聞きたくて、自分に暴力を与えている人間の言葉にもかかわらず、頷いた。

「丁度、あの道にな、魔物の群れが出たんだとよ。あのガキがいくら強かろうと、これで終わりだな」

―――魔物の群れ………。

私は愕然とした。

一体でさえ、人間を遥かに凌駕する力を持つ魔物が、群れを成している………。その事実は、人間にとってとても危険なものとなることは、恐らく子供でも分かるだろう。

その上、魔物の食べる物は、何故か決まって人間の肉で、他の動物の肉や、植物などは食べたりしないというのが通説だ。つまり、魔物は人間を好んで襲う。他の肉食獣のように、無視したりはしてくれない。たとえ逃げようと試みても、人間との脚力と体力の差を考えれば、かなり望み薄である。

私は魔物について、そう教わった。

だから、ジウさんが無事に助かってくれるという可能性は全くないのだ。

ジウさんは魔物の群れのことを知っていたのだろうか?

いや、絶対に知らなかっただろう。ジウさんがどんなに強くとも、魔物の恐怖というものは明らかに知っているはずだ。それに、自信過剰な性格には思えない。

………しかし、そんなこと、私には関係ないはずだ。現に、今、私は命の危険に晒され、それどころじゃない。

それにこうなったのも、もしかしたらジウさんのせいじゃないの?

ジウさんが修羅場もくぐっているわけでもない、武術を修めているわけでもない、ただのおじさん達にあんな殺気なんかを放つから―――今こうなってるんじゃないの?

―――苛々したんでね、お前は殴ってた奴等が。

………やっぱり、違う。

いけないのは、私だ。今も、あの時も、いわれのない暴力に、本当だったら抵抗できた。本当だったら、今もこんな人に殴られてなんかいない。

そうだ。きっと、こうやって人に甘えてるから、人に怯えてるから、自分の理性も感情も関係なく、他人の言われた通りに、人を殺してきたんだ。それがいけない事だって分かっていても、殺してしまったのはそういうことなんだ。

なのに、何で、ジウさんのせいにしたんだろう?そんなの甘えすぎだよ………逃げすぎだよ!!

―――何かあった時、お前の“力”で守ってもらえるかもしれないって言う保険………かな?

おじさんに対する恐怖が消え、残ったのは―――蘇ったのは、悔しさと活力。

「さてと………。しかし、殴ってばっかじゃ、つまらないな」

おじさんは私を上手く動かし、仰向けにさせた。その瞳は欲望と、暴力と、狂気を宿している。私の………一番、嫌いな目だ。

太陽の光に照らされ輝くナイフも、また私の嫌いなものの部類だった。

だけど―――――。

私は拳を握り締め、歯を食いしばり、目の前のおじさんを睨みつけた。

「ほう。随分と反抗的な眼だな。ま、いい。きちんと愉しませてもらうからよ」

おじさんは嘲るようにそう言うと、また嘲るように大声を立てて笑った。

だけど、そんなことは関係ない。今、こんな人の目に、武器に怯えてる場合じゃない。

有名な伝説の英雄や、どこかの童話の主人公のように、恐怖を完全に拭い去れるわけではないけど、今この人を殴れる勇気があるわけじゃないけど、小刻みに震える体や溢れ出る涙を止められるわけじゃないけど………!

――――世界彩る――――

「あん?」

私の服の袖を掴んだおじさんが、素っ頓狂な声を上げる。

でも、遅い。

ごめんなさい、そして――――吹き飛んで!!

「ごふっ!!」

おじさんは短い呻き声を立てると、そのまま勢いよく吹き飛んだ。

周りから見てる人がいれば、なにか見えないものに引っ張られた風に見えるだろう。おじさんにしてみれば、何が起きたか分からなかっただろう。

そういう“力”であり、そういう“技”だ。

これが、私を苦しめてきた“力”だと思うと、忌々しいものを感じた。けど、今はこれでいい。非力で、不器用で、馬鹿で、何のとりえもない私が生きていくためには、この“力”が必要なんだ。

私は肩の痛みを堪えて立ち上がり、おじさんのところに近寄った。

どう見ても気絶しているようにしか見えなかったが、私はそれでもビクビクしていた。

―――――袋………え…と………袋は?

私はジウさんから貰い、おじさんに奪われたお金の入った袋を探した。

落としてればいいが、おじさんの服にしまわれてたら少々きつい。さすがにおじさんの服を探るのは気が引ける。っていうか、そんな勇気……………ない。

…………って、あれ?

「あった!」

私は叫んだ。

慌てたぎこちない動作で、おじさんを見る。

――――起きてない………よね?

こんなところまで、臆病なんだよね………私。

おじさんは、死んだように動かなかった。死んではないとは思うけど………。お腹、上下してるし………。

本当は毛布を掛けて、風邪でも引かないようにしてあげたかったが、ここにはそんなものないし、そんな余裕もなかった。

私はおじさんに“ごめんなさい”の意で、頭を下げ、その場を後にした。

気絶させちゃったし、あんな格好で寝かせっぱなしにもしたし、とにかくごめんなさい、おじさん。

私は大急ぎで走った。

肩から血を流している私を見て、何人かが振り向く。私はそれを無視しながら、走り続けた。

息が上がり、鼓動も速くなっていく。

それでも走った。

私は数十分を掛けて、ようやく北へ抜ける道の入り口まで来た。だけど、目的地はここじゃない。私の目的地は………。

少しの間、止まった私の足は、再び前へ動いた。半ば引きずるような動きだ。

―――行かなきゃ………

そのとき、何か、動物の鳴き声がした。

ブフッ

馬?

鳴き声の方を私は向いた。

確かに馬が止められている。純白の毛の大きな馬だ。

その持ち主だろうか?一人の優しそうな若いおじさんが、笑みを浮かべて、馬を撫でていた。

どこか、心の温まる光景。

それを見てふと気付いた。

私なんかの足で、三日前にここを出たあの人達に追いつくはずもないと。

ならば――――。

「あの、すみません」

私はそのおじさんに、声を掛けた。

おじさんはその声に、笑みを浮かべた顔を、振り向かせた。

「ん?何だい?」

そのおじさんは、声まで優しかった。

どこか安心する。

私はさっき取り戻したあの袋を取り出すと、その優しそうなおじさんに差し向けた。

「すみません!このお金、全部差し上げますから、その馬を譲ってください!!」

私は上ずった声で、我が侭を頼んだ。

もし、断られたらどうしよう………?そしたら、どこか馬を売っている所へ出向かなければならない。

「お嬢さん………」

おじさんの声は少し困ったような感じだった。

やはり、ダメなのか………。

私の心の中に諦めが芽生えた。

だったら、一旦、町に戻って、馬を譲ってくれるところを探そう。時間は惜しいけど、それしかない。

ところが、続いた言葉は私の想像と違ったものだった。

「お金は要らないよ。ただし、この馬を大切にしてやって欲しい。世話も忘れずにね」

不思議な口調だった。

まるで、翼の生えたかのようなフワリとした言葉が、温かみを持って私の胸に届く。

だけど、私はそれどころじゃなかった。

「分かりましたっ!本当に有難うございます!!」

焦り、どこか礼を欠いた私の言葉に、そのおじさんは気分を害した様子も見せず、優しく語りかけた。

「さ、行きたまえ。急いでいるのだろう?」

「はいっ!!」

私の返事を聞くと、おじさんは馬の顔にすっと手を当て、まるで馬と話せるのかと思うほど、ゆっくりと語りかける。

「ここで僕とはお別れだ。今まで、有難う。今度はこのお嬢さんを助けてやってくれ」

その言葉は私にわずかな罪悪感をもたらすものだった。

このおじさんが、どれだけこの馬を大切にしていたのか、そして、その大切にしていた馬を私が奪うのかと、思うと私は胸が痛んだ。

「うわっ!」

あっという間に、おじさんは私を抱え上げ、その白い馬に乗せた。いきなりのことで、私は少しだけ驚いた。

それから、おじさんは私にこう言った。

「この子の名はトルというんだ。手綱を持ったら、名前を呼んであげて」

私は、曖昧ながら、頷いた。

私は言われた通りに手綱を持つと、馬と話すように語り掛けた。

「これから、よろしくね、トル………って、うわぁぁあっ!!」

いきなり走り出したトルに私は少し体勢を崩しそうになったけど、とにかくしがみつことで事なきを得た。

あの優しそうなおじさんに別れの挨拶をすることが出来なかったけど、いつの間にか私達はあの町からもう遠くを走っていた。少し残念だった。

でも、私はあの人達を助けるんだ。

もう、食べられてるかもしれない。魔物に出会わないまま、次の町に着けたかもしれない。おじさんの嘘かもしれない。あの人達が………私を利用しようとするかもしれない。

それでも、私は良かった。

魔物に対抗できる、強大な“力”が私にはある。

だから、私はこの白い馬トルを走らせた。ジウさん達を助けるために。





行ってしまったか。

しかし、まさかこんな所で出会えるとは思ってはいなかったな。嬉しく思うべきか、心配してあげるべきか………。

だが、“先生”も詰めが甘くなったものだ。わざわざ、あの子に逃げ出されるなどと、昔の“先生”ならありえないことだ。

まあ、いい。これで、あそこまで行く必要がなくなったんだ。素直に喜ぼう。

後は、トルが守ってくれることを祈るだけだ。

「“先生”、私の娘はあなたに渡しませんよ」

“ユニト”と名付けられ、“神の人形”と呼ばれる私の娘はね………。

あなたの弟子であるこのルク・フリーワードが………必ずあの子を守ってみせます。





後書き



こんにちは、あなたの知らない人です。

フィクションって、ありえないことを、いかに自然に見せるかがポイントなんだと、この話を通して実感。まあ、どれくらい自然に見えたか、皆様の批判(出来れば、お褒めの言葉がいいんですけど、それは高望みってことで)にお任せします。

ちなみに、本編でどうしても語れなかったことを一つ。ユニトがあそこまで殴られた原因は20代のチンピラに“おじさん”って言ったことなんです。チンピラ相手にそれは挑発にしか聞こえないだろうということで、勘弁してください。

えっと、先に断らせてもらいますが、次回から出てくる魔物の外観(魔物全般にいえることですが)某シリーズに出てくる兵器に似てます。っていうか、モデルにしてます。だから、次回は、そのことで、石投げないで下さい。

それでは、ここまでお読みくださった方、ありがとうございました。次回もお付き合いいただければ、幸いです。





 

 

 

 

感想代理人プロフィール



戻る

 

 

 

 

代理人の感想

うーん。盛り上がりに欠けますねぇ。

今まで秘密にしてきた「神の人形」ユニト・ラストマジックの神の人形たる由縁の一端が

ようやく明かされる話なんですから、もっと盛り上がりが欲しいし、盛り上がってしかるべきはずです。

これはやっぱり文章力かなぁ。「精進せいよっ!」って事になっちゃいますかね。

それに、白い馬のおじさんこと父親の反応が不自然ですね。

縁もゆかりもない他人を装っていたとは言え、肩から血を流してる少女がいるんですから、

それに対する「優しいおじさん」としてのリアクションはないと不自然かと思います。

ついでに、ユニトをほっとくと間違いなく出血で倒れそうなので

応急処置をさっさとしてあげたとか、そういう描写もあればよかったかなと。w

後、細かいですがちょっと気になった点。

>「俺の仲間は、精神的におかしくなっちまったんだよっ!!」

チンピラだったらこんな言い回しはしないんじゃないかと。しちゃいけないって法律はありませんが、

いわゆる「チンピラ」は頭の悪い言い回しをするものという、一般的なイメージはあるかと思います。

そう考えると「精神的に」なんて熟語のフレーズは使わせない、

例えば「てめぇのせいで俺のダチゃあ、頭がイカレちまったんだよっ!!」とかが

チンピラらしい台詞回しなんじゃないかと思うんですね。