十六夜の零

 

 

 

第二章 「剣士とゼロ」

 

 

 

 

ランプの光に照らされた十二畳程の部屋で、ルイズと京也がテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
この部屋は学院から割り当てられたルイズの部屋で、高級そうなアンティークや天蓋付きのベットが配置されていた。

そんな部屋で、先ほどから二人の間でお互いの意見交換が行われていた。
ルイズにとっては一般常識にあたる事まで聞いてくる京也に、一抹の不安を感じていた。
最初は平民と貴族の間にある教養の壁と思っていたが、話がハルケギニアで使用されている通貨に及ぶにあたって遂に切れた。

「・・・なんでそんな事まで聞いてくるのよ?
 ドラゴンとかグリフォンを知らないなら分かるけど。
 通貨も知らないなんて、どんな田舎に住んでたのよあんた?」

「いや、多分聞いても全然分からないと思うぞ?
 さっき俺の住んでいる土地の地名を聞いたけど、何処も分からなかっただろ?」

「う〜〜〜〜ん、確かにその通りなんだけど・・・」

何処か納得のいかない顔をしながらも問い詰めるも、京也はのらりくらりと追求を避けるので、追求をする気が失せたのか矛を収めるルイズだった。
それよりも自分ばかり質問を受けているのがしゃくなので、逆に一番気にしている事を京也に質問をしてみる。

「で、あんたって何か凄い特技とかあるの?
 できれば戦闘系のやつ」

期待に満ちた目で京也を見つめるルイズだが、京也からの返答はそっけなかった。

「おいおい、さっき説明しただろう。
 俺もルイズと同じ学生の身の上だからな、せいぜい護身術位しか使えないぞ。
 それに俺のモットーは専守防御だからな」

「専守防衛って何?」

「こちらからは攻撃を行わずに守りに徹する、って意味だ。
 それと腕比べとか喧嘩程度なら受けて立つが、戦争なんかあった日には逃げ出すね」 

「うわっ、使えない奴・・・」

「だから、学生に何を求めてるんだよ?」

ルイズの酷評に苦笑をしつつ、京也は机の上に置かれていた本を手に取って開く。
やはりそこに記入されている文字は、一つとして京也には読めないものだった。

しかし、京也が注目をしたのはその文字や挿絵ではなく、何度もページを捲った事により擦り切れた本の端だった。
ちょっとやそっとの使い方では、ここまで痛まないだろうという痛み方をしていた。

自分が契約をした少女の努力の跡を見て、京也の顔に優しい笑みが浮かぶ。

「ああ、それって秘薬が書かれている辞典だけど、それを見ながらだったらあんたでも秘薬収集位出来るわよね?」

京也が感心した目で本を見ている事に気が付いたルイズが、意味を曲解してそんな確認をした。

「う〜ん、まあ挿絵があるからなぁ・・・多分大丈夫だと思うけど」

「何処まで使えないのよ、あんた・・・」

ルイズの冷たい視線に対して、今度は苦笑で応える京也だった。

「知識も無い、腕っ節も無い、特殊な技術も無い・・・無い無い尽くしで、あんた私の使い魔なんて務まるの?」

「ま、何とかなるだろうさ」

ルイズから放たれる疑惑の眼差しに、微妙に視線を逸らしながら自分の寝床を探す。
先ほどの会話の中で確認をした限りでは、使い魔と主人は同じ部屋に寝るらしい。
・・・色々と問題があると思うが、本人が納得しているならそれでいいか、と京也も自分に言い訳をしていた。

もっとも自分自身というより、心の中に居る彼女に向けての言い訳という色が強いのだが。

「あー、何だか一気に疲れた・・・私、もう寝る。
 あんたはさっき言ったとおり、適当にそこらへんで寝てなさい」

そう言いつつ京也に向けて毛布を投げる。
京也はルイズから視線を逸らしたまま、器用にも飛んできた毛布を受け取る。
ルイズの方を向かない理由は彼女が制服を脱ぎだしたからだ。

「おいおい、せめて俺を部屋の外に出してから着替えろよ」

「何よ使い魔に見られても何とも思わないわよ。
 それより、明日になったら下着とブラウスの洗濯をお願いね」

「それも使い魔の仕事か?」

「そうよ?
 何か不満でもあるの?
 あんたに出来る仕事ってそれくらいでしょ」

ご機嫌斜めなルイズからの辛辣な言葉に、ちょっとだけ腹が立った京也だったが何かを思い付いたのか、意地の悪そうな笑顔を浮かべて話し出す。

「じゃあ、洗濯の達人を目指して他の生徒の洗濯も受け持ってやるかな。
 きっとルイズの人気も上がるぞ」

「ばばばばばっ!! 馬鹿な事言わないでよ!!
 ヴァリエール家の三女の使い魔が、他の貴族の下着を洗濯するなんて、こんな屈辱は無いわよ!!
 と言うかお父様とお母様に知られたら、私の命が無いわよ!!」

顔を真っ赤にしてベットから飛び出し喚きだすルイズ。
そんなルイズを笑いながら見ていた京也が、突然真顔になってルイズに語りだす。

「さっき説明を聞いた限りだと、主人と使い魔は一心同体の扱いなんだろう?
 なら俺を軽んじる事は、自分を軽んじる事じゃないのか?
 ましてやお互いの間に信頼関係を築こうとするこの時に、無理な示威行為に何の意味があるんだよ」

「う・・・・・・・・何よ、無能の癖に生意気よ」

真っ直ぐな京也の視線に気圧されるルイズが言えたのは、そんな捨て台詞だけだった。

「確かに俺は無能かもしれない。
 だけど頑張っているルイズを手助けしたいと思ってる。
 ルイズが道を間違いそうならそれを正すし、迷っている時は一緒に道を探そう、それが正しい道ならば共に歩こう、どんな時も俺はルイズの味方だ」

「あ、あんたに私の何が分かるのよ!!」

その視線を真正面から見返す事が出来ずに、ルイズは横を向いたままそう呟く。

「負けず嫌いの努力家ってとこかな。
 俺は勉強は好きなほうじゃないけど、ここまで使い込まれたペンと、擦り切れた本を見ればその努力が並大抵じゃない事ぐらい分かるさ」

机の上にあった分厚い本の上に片手を載せて、京也は得意そうに笑う

この時の約束の意味をルイズはそれほど重く考えていなかった。
京也との約束の重さを知るのはまだ暫く先であり、この時は今までどれだけ努力をしようとも、家族も同級生からもお荷物扱いされていた自分を、初めて認めてくれた相手に動揺してしまい、咄嗟に何も言えない状態になってしまっていた。
正直に言ってしまえば、例え世辞でも京也の言葉がとても嬉しかったのだ。

その赤くなった顔を見られるのが嫌なのか、ルイズはベットに勢い良く飛び込んだ。

「で、結局この洗濯物は誰が洗うんだ?」

「朝にメイドが回収に来るからそこに置いといて!!
 それからこのベットに近づいたら許さないからね!!」

「はいはい、じゃあ、お休みルイズ」

「・・・おやすみ、京也」

京也に何か言おうとして、結局何も言えないままルイズは眠りに付いた。
その顔には京也からは見えないが、確かに笑顔を浮かべていた。

そして、ルイズが京也の名前を呼んだのは、この時が出逢って初めてであった。

そんなルイズを見守りながら、テーブルの上のランプを消す前に京也は天井の一部に鋭い視線を向ける。

「・・・ま、いきなり信用されるなんて事は無いよなぁ」

謎の言葉を呟いた後、ルイズの部屋は暗闇に閉ざされたのだった。

 

 

トリステイン学院長室に居る二人の人物は、驚き黙り込んでいた。

一人は白い口ひげと髪の魔法学院学院長オールド・オスマン
もう一人はルイズと京也の『コントラクト・サーヴァント』に立ち会ったコルベール
彼等は生徒を守る義務を全うする為に、ルイズの部屋を『遠見の鏡』という魔法で監視をしていたのだった。
生徒のプライバシーを無視する行為だが、相手がヴァリエール公爵家の三女となれば万が一などあってはならない。
京也が何か不審な動きをした場合、合図一つで直ぐに取り押さえる事が出来るように、ルイズの部屋の近くには衛兵を控えさせていた。

しかし、そんな彼等の思惑は最後に向けられた京也の視線により消し飛んだ。

そう、オールド・オスマンが使った『遠見の鏡』に京也は気付いていたのだ。
気付いた上で、無視をした・・・自分に何ら後ろ暗い事は無いと証明する為に。

「・・・何者でしょうか、あの少年は?」

何とも言い難い衝撃を受けたコルベールが、搾り出すように声を出す。

「只者ではない・・・それだけは確かじゃろうな」

たかだか平民の少年と侮っていた所で、思わぬしっぺ返しを喰らったオールド・オスマンの口調にも苦いものがあった。

 

 

―――――――そして、京也が初めて過ごすハルケギニアの夜は更けていった。

 

 

窓から差し込む朝日を受けて、京也は目を覚ました。
幼い頃から叩き込まれた修行の成果により、寝惚けたりなどはしない。
残念な事に昨日の疲れからか、日課の朝の鍛錬をする時間には起きれなかったが。

カーテンを開けて改めて自分の現状を改めて確認する。
目の前に広がる景色は、映画などで見覚えのある中世のヨーロッパそのままだった。
そんな理不尽な現実にも、京也は笑って朝を迎える。

「さーて、幸せそうに寝ている所を気の毒だが、御主人様にも起きてもらおうか」

毛布に包まっているルイズを最初は優しく揺すってみる。
しかし、ルイズに起きる気配は無かった。
これが何時もつるんでいる男友達だったら、問答無用で毛布ごと吹き飛ばすところだが、さすがに女の子にそれは出来ない。

「・・・と言っても、起こさないと、それはそれで怒りそうだな」

 

 

――――――覚悟を決めた京也は右拳を固めて、無言のまま振り下ろした。

 

 

ルイズの声にならない悲鳴が、部屋中に響き渡った。

 

 

仲良く部屋を出ながらも、ルイズがご機嫌斜めな口調で文句を言う。

「本当、信じられないわ!!
 女性を起こすのに拳骨を使う?
 ねえ、京也の故郷って常識無いんじゃないの?
 嫁入り前のレディを何だと思ってるのよ!!」

京也の一撃で強制的に目覚めた後、暫くの間ベットで痛さに悶えていたルイズだが、怒りの雄叫びを出す前に、京也が着替えを投げて寄越した為にタイミングを逃し、結局そのまま着替えて部屋を出るまで京也のペースに乗せられていたのだ。

「まあまあ、遅刻をするよりマシだろう?
 それに瘤とかは出来ていないはずだけど」

「確かにそうだけど・・・」

ルイズは痛さの割りに不思議と瘤が出来ていない事に首をかしげながら、これだけの事を平民の京也にされても、何故か怒りが持続しない事を不思議に思っていた。

二人が廊下を歩き出そうとすると、目の前のドアが開いてルイズより背が高いグラマーな赤毛の美少女が出てきた。

「あら、おはようルイズ」

「・・・おはよう、キュルケ」

キュルケと呼ばれた少女とは仲が悪いのか、ルイズの機嫌がみるみる悪くなっていく。
そんなルイズの機嫌など関係無いとばかりに、キュルケは京也を品定めをするような目で観察する。
無遠慮な視線を浴びても京也は身動ぎもしなかった。

むしろキュルケの誇示する、その大きな胸を見て軽く口笛を吹いていた。

「顔は合格だけど・・・本当に平民を喚ぶなんて、あなたらしいわね。
 さすがはゼロのルイズ」

「うるさいわね、それより人の使い魔に色目なんか使わないでよ」

ルイズはキュルケの視線から京也を庇うように、二人の間に割り込む。
悲しいかな身長差のせいで、あまり意味は無かったが。

それでも負けじと見上げるように自分を睨みつけるルイズに、何時もとは違う必死さを感じてキュルケは少し驚いていた。

ルイズがこの平民にそこまで執心するなんて・・・逆に悪戯をしたくなるわね。
それに実際、この学院には居ないタイプの美男子だし。

ますます京也への感心を高めるキュルケの隣に、虎ほどの大きさの尻尾が燃え盛る炎で出来ているトカゲが出てきた。

「これって、サラマンダー?」

「そうよ間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ!
 ブランドものよー、好事家に見せたら値段なんてつかないわよ!
 まさに私の二つ名『微熱』のキュルケに相応しい使い魔だわ」

京也は初めて見るその生き物に興味を引かれたのか、何やら言い争いをしているルイズとキュルケを横目に、サラマンダーの顎を撫でたり身体を触ったりしていた。

「ちょっと、京也熱くないの?」

「ああ、まあこの位の熱さなら平気だぞ」

ルイズの声に応えながら、熱心にサラマンダーと友好を深める。
サラマンダーも悪い気がしないのか、目を細めてゴロゴロと喉を鳴らしていた。

「あらら、主人に似て浮気性な使い魔みたいね」

「それだけ周りが放っておけないほど、魅力的な主従って事よ。
 ・・・ところで貴方、お名前は?」

「十六夜 京也だ」

「ふ〜ん、変わった名前なのね。
 でも、あなたって顔は私の好みよ」

じゃあ、先に食堂に行くわね・・・と言い残して、キュルケはサラマンダーと一緒に去っていった。
ルイズ達には見えなかったが、キュルケの顔には面白い玩具を見つけたという風に笑顔を浮かべていた。

キュルケが去った後、ルイズは悔しそうに握り拳を作りながら京也に詰め寄る。

「・・・京也って私の使い魔よね?」

「ああそうだよ」

「・・・何でキュルケに色目を使ってるのよ」

「いや、あの胸は凶器だろ?」

「胸か!! 胸がそんなに大事か!!!!!!!」

「うわっ、悪かったから涙ぐみながら、駄々っ子パンチは止めてくれ!!」

他人から見れば仲が良い兄妹にしか見えない二人だった。

 

 

 

トリステン魔法学院のとても学校の食堂とは思えない豪華な建物だった。
京也は自分の通っている高校の食堂との違いに軽いショックを受けていた。
今まで何処か泰然とした態度を崩さなかった京也なだけに、初めてその姿を目撃したルイズは得意そうに食堂の説明を始める。

「ここトリステイン魔法学院では魔法だけじゃなくて、貴族足るべき教育を教えているの。
 だから食堂も貴族に相応しいものを用意しているのよ」

「なるほど、これは凄いなぁ・・・」

ルイズの説明を聞いて、感心したように京也は頷く。
京也の態度に気を良くしたのか、ルイズはこの食堂に平民は一生入る事もないとか、飾っている小人の人形が魔法で踊りだす等の説明を続ける。

ルイズはある理由から、この魔法学院で友人と呼べる存在を作れていなかった。
だから今まで必死に勉強した成果を、人に話した事は無い。
せいぜい話した事があるのは、実家に居る直ぐ上の姉位だった。
遊んでばかりの同級生には決して負けない知識量と、またそれを活かす為の努力を自分はしてきた。
・・・ただ、それに結果が付いてきてくれなかった。
結果に反映されない努力ほど、空しい事は無い。
そんな陰の努力を、姉以外で初めて認めてくれた京也に、ルイズは自分でも驚くほどに気を許していた。
もしかするとそれは京也の纏う不思議な雰囲気や、使い魔との契約による親和性かもしれないが、ルイズは今まで常に感じていた孤独感が癒されていく事を心地よく思っていた。

「・・・っと、どうやら席が無いみたいだな。
 まあ、俺は昨日突然現れた新参者だからなぁ」

「あ、そうか・・・」

当初、ルイズは京也を床に座らせて粗末な食事を与えて、主従関係を教え込もうと思っていたのだが、今の今までそんな策を忘れていたのだ。
もっとも、使い魔はこの食堂に入る事は許されていないので、最初から京也の席は存在していないのだが。

自分の席の近くに床に置いてある皿を見つけて、背筋に冷や汗を浮かべるルイズ。
色々な意味で京也と良い関係を築こうとしている現在、こんな仕打ちをすればどうなるか考えるまでも無い。
ルイズは焦りまくりながら、自慢の知能を振り絞って現状の打開策を練った。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何も思いつかなかった。

 

 

 

「あれ、何で床に皿が?」

 

しかも京也に見付かった。

 

「そういえば周りに使い魔って居ないなぁ。
 食事時は別の部屋にでも集まるのか?」

「そ、そうなのよ!!
 でも京也って普通の使い魔と違うから、同じ部屋で食べれないわよね?
 次の食事はちゃんと用意するから、ちょっと我慢しててね」

京也ナイス!!
さすが私の使い魔!!

京也の全然与り知らない所で、その評価は上がっていた。

 

「まあ、別に一食抜く位問題ないけどさ。
 それに食べさせてもらう立場で、そんな贅沢な事は言えないしな」

「い、良い心掛けね!!
 じゃ、隣に座って、何なら私の御飯半分食べる?」

「・・・いや、別にいいよ。
 それより、その辺を散歩してきていいか?」

「え、別にいいけど・・・授業は一緒に受けるのよ」

「分かってるよ」

京也は笑顔で片手を挙げて返事をした後、ルイズに背を向けて食堂から姿を消した。
その背中に周りの学生達から侮蔑の声が投げ掛けられる。

「まったく不愉快だな、平民が貴族と同じ食事の場に居るなんて」

「本当よね、平民と同じ席に座るなんて考えられないわ」

「まあ、自分の分をわきまえているみたいだがな」

そんな言葉を聞いて舞い上がっていたルイズの頭は一気に冷めた。
あのままルイズの隣に京也が座っていれば、他の生徒達の反感をますます買っていただろう。
しかも京也が使い魔という立場である以上、その反感は全て主人に当たるルイズに集中する。
京也は周囲の悪意を感じて、ルイズの学院での立場を守る為に、侮蔑の声を引き受けてこの場を去ったのだと、ルイズはその時には気が付いていた。

そう、昨日の約束どおりルイズを守るために、最善を尽くしたのだ。

今だ面白おかしく京也を扱き下ろす学生達に、昨日の自分の姿を重ねてルイズは恥ずかしくて仕方が無かった。
そして、もう少し自分の言動に気を付けようと反省をした。

 

 

 

大学の講義室のような部屋で、魔法の授業が行われていた。
講義を受ける生徒達が階段のように設置された机に座り、その前で先生が講義を行っていた。
ルイズと京也が一緒に入った時、先に入っていた生徒達の視線が集中したが、ルイズと京也が何のリアクションも示さないと興味を失ったのか自分達の会話に戻った。
同じ教室内には、男友達に囲まれたキュルケも居た。

京也は硬い表情のルイズの隣に座り、生徒とその近くに居る使い魔達を観察していた。
元居た世界の新宿では、科学技術によって作られた怪物が徘徊していた。
その無理矢理作られた想像上の生物とは違い、この世界では普通にそのような存在が居るのだ。
勿論、カラスや蛇のような小動物の使い魔も居るが、外見からはどんな生物なのか分からない使い魔については隣に座るルイズに尋ねる。
京也の質問に遅滞無く返事を返すルイズは、自分の知識を披露する事が出来て少し機嫌を直していた。

やがて扉が開き、紫色のローブを着た中年の女性が入ってきた。
女性は教室を見回して、満足そうに微笑みながら話し始めた。

「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですわね。
 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔達を見るのがとても楽しみなのですよ」

そのシュヴルーズの視線を受けた京也は、何時もの泰然とした態度を崩す事は無く。
隣に座っているルイズも京也の態度に感化されたのか、俯きがちな顔を上げて堂々とその視線を受け止めていた。

「まあ、一部変わった使い魔は居るようですが・・・授業を始めましょうか」

シュヴルーズの言葉を受けて、教室の生徒の一人がここぞとばかりに騒ぎ出した。

「ゼロのルイズ!!
 召喚が出来ないからって、その辺を歩いていた平民を連れてくるなよ!!」

立ち上がって反論をしようとしたルイズを、京也が肩に手を置いて止める。
自分が召喚を行った結果、京也は使い魔としてここに居る。
肩に置かれた手から感じる暖かい何かに、ルイズの頭に上った血は下がっていった。

そして落ち着いた表情で、シュヴルーズに声を掛ける。

「ミセス・シュヴルーズ、かぜっぴきのマリコルヌが授業開始の妨害をしています」

「だ、誰がかぜっぴきだ!!
 俺は『風上』のマリコルヌだ!!
 風邪なんてひいてないぞ!!」

軽く自分の野次を流された小太りの少年が、ガラガラ声で激高しながら反論をする。
その反論に付き合うつもりは無いのか、暇そうにルイズは手元の教科書を開きだした。
話題の一端を担う京也は、そのガラガラ声からあだ名が付いたのかと納得して、その後はルイズが開いた教科書を物珍しそうに見ていた。

からかっていた対象にそんな扱いを受けて、マリコルヌは立ち上がって騒ぎ出す。
貴族の身の上であるルイズだけでなく、使い魔の平民にまで無視をされては沽券に関わるからだ。
そんなマリコルヌも、シュヴルーズが杖を振ると大人しく席に座った。

「ミス・ヴァリエール、ミスタ・マリコルヌ、みっともない発言はおやめなさい。
 それと、お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。
 わかりましたか?」

騒動の元が自分の発言だという事を認識して居ないのか、そんな事を言う教師にルイズは呆れていたが、とりあえず反発をするのも馬鹿らしいので何も発言はせずに頷く。
マリコルヌも何か言おうとしたが、結局京也を睨んだだけで黙り込んでいた。

その後は何事も無く授業が始まった。
魔法の系統は四系統存在しており『火』『水』『土』『風』に分かれる事とか。
失われた系統に『虚無』というものが存在する事とか。
また、シュヴルーズ自信は『土』系統を得意としており、『土』の魔法を使う事により金属の作成や加工、それに農作物の収穫にまで影響を与える事を説明していた。

一通りの説明の後、実際の実技として石ころを真鍮に錬金してみせた。

教室がその錬金に騒がしくなる中、面白そうに授業を見ていた京也が隣のルイズに小声で質問をしてきた。

「ルイズ、あの先生が言ってる『トライアングル』って何の事なんだ?」

「系統を足せる数のことよ。
 それでメイジのレベルが決まるの。
 何か一系統だけが使えるメイジを『ドット』
 『火』『土』のように、ニ系統が足せるのが『ライン』
 あのシュヴルーズ先生みたいに『土』『土』『火』、三つ足せるのが『トライアングル』メイジよ」

「なるほどな、色で言うと『土』は金色、『火』は赤色か・・・」

「・・・どういう意味?」

「今の魔法を見てると、俺には魔力の流れが色で分かったんだ。
 あの先生の身体から流れた大きな金色の光と、細い赤色の光が杖を通して、石ころに魔法を掛ける所が分かった。
 ルイズや他の生徒には見えていないのか?」

「えっ、それって!!」

思わず大声を上げたルイズに周りから視線が集中する。
勿論、授業中のシュヴルーズにも見咎められてしまった。

「ミス・ヴァリエール。
 授業中の私語は慎みなさい」

「は、はい」

「おしゃべりをする暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう」

「え、わたしがですか?」

「そうです、ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」

立ち上がったルイズは、困ったようにもじもじしながら京也の方をちらちらと見ていた。
そんな態度のルイズを京也は不思議そうに見ている。

「ミス・ヴァリエール、どうしたのですか?」

シュヴルーズの呼びかけに、キュルケが困った声で言った。

「先生、やめといた方がいいと思いますけど・・・」

「どうしてですか?」

「危険です」

キュルケの言葉に教室中の生徒が頷いた。
生徒達から自分の意見を反対されて意固地になったのか、シュヴルーズが再度ルイズに実験を勧める。

「彼女が努力家である事を私は聞いています。
 さぁ、ミス・ヴァリエール、気にしないでやってごらんなさい。
 失敗を恐れていては、何も出来ませんよ?」

「ルイズ、やめて」

キュルケが蒼白な顔で止めるが、何かを決意したのかルイズは立ち上がる。

「やります」

そして、緊張をした面持ちで教室の前に向かう前に、小声で京也に話しかける。

「京也、普通は魔力の流れなんて色で見えたりしないの。
 それは京也だけの特別な能力だと思う。
 それでお願いなんだけど、私が魔法を使う時もその魔力の流れを見てて」

「ああ、分かった」

真剣に頼み込むルイズに、快く京也は承諾した。
ルイズはその言葉を聞くと、嬉しそうに頷きシュヴルーズの元に向かった。

「ミス・ヴァリエール、錬金したい金属を、心に強く思い浮かべるのです」

頷いて真剣な顔で呪文を唱えるルイズ。
その呪文が始まると同時に、前の座席に座っている生徒達が椅子の下に隠れだした。
不思議そうにそれを見ていた京也だが、ルイズの杖に集まる漆黒の魔法の力を見てその顔を引き攣らせていた。

「おいおい・・・」

その力の危険さを彼の本能が見抜いた。
決して、先ほどシュヴルーズが行った錬金とは同じ結果は生まれないだろうという事も。

これは・・・机の下に逃げ出したくもなるよなぁ。

生徒達が避難を続ける中、京也は逆にルイズに向かって走っていた。
これから起こる事態に対して、ルイズの身を守る為に。
そんな京也と生徒達の行動を見て、怒りの声を上げるシュヴルーズ。

そして、ルイズまであと一歩という所でルイズの呪文は完成した。

 

 

 

その瞬間、石ころは机ごと大爆発を起こした。

 

 

 

爆風に吹き飛ばされるルイズを左手に抱きかかえ、吹き飛ばされるシュヴルーズの前に右手に木刀を持った京也が立ち塞がる。
襲い掛かる爆風と拳大の石つぶてに、右手に持つ木刀を振り下ろした。

次の瞬間、恐ろしい脅威を振るおうとした嵐は、京也を中心に左右に切り裂かれ後ろの壁を粉々に吹き飛ばしていた。
もし京也がこの対応を行っていなければ、ルイズとシュヴルーズは無事では無かっただろう。

 

しかし、木刀ただ一本を使用して起こされたその奇跡の光景を見たものは、教室には居なかった。

 

爆音に驚いた使い魔達が、凄い勢いで騒ぎ出したからだ。
まだ使い魔との契約が浅い新米魔法使い達の制御を離れて、段々と騒ぎは大きくなっていく。
キュルケのサラマンダーが炎を吐き出し、マンティコアが教室を飛び出し、大蛇がカラスを飲み込もうと暴れていた。

そんな大騒動になっている中、キュルケが京也の抱えているルイズを指差し叫ぶ。

「だから言ったのよ!!
 あいつにやらせるなって!!」

「もう!!
 ヴァリエールは退学にしてくれよ!!」

「俺のラッキーが蛇に食われた!!
 ラッキーが!!」

腕に抱えるルイズと、背後で倒れているシュヴルーズの無事を確認した京也は、その阿鼻叫喚に溜息を吐いた。
爆心地にいたルイズは気絶をしている。

「いつだって成功の確率、ほとんどゼロなんだから魔法を使うなよ!!」

なるほど、だからゼロのルイズ、ね。

騒がしい生徒達の怒号から、ルイズの二つ名を知った京也は無言のまま右手の木刀を右から左に振りぬいた。

その振られた先に居た生徒達と使い魔達が、何かに打ち抜かれたように動きを止める。
何かは分からないが、確実に自分達の身体をすり抜けたものがあった。
その何かが通り抜けたあと、焦りは消え去り苛立ちも収まっていた。
使い魔達も同じ体験をしたのか、動きを止めて呆然としている。
もしかすると一瞬とはいえ意識を失っていたのかもしれない。

騒ぎが収まり、全員が改めて事の原因を作ったルイズを見ると、気絶したルイズを京也が地面に降ろしていた。
その右手には、先ほど振るわれていた木刀は存在していない。

「・・・ねぇ、あなた私達に何か魔法を掛けたの?」

全員を代表してキュルケが京也に質問をする。

「平民に魔法は使えないだろ?」

「そうよね・・・杖も持ってないし」

不思議そうに首を傾げるキュルケを横目に、京也は真剣な表情でルイズを見ていた。
ルイズの力を間近に感じられるだけに、その力の特異性と危険度が分かってしまったのだ。

 

 

「やっぱり、大事に巻き込まれる前兆っぽいなぁ・・・これは」

 

 

幸せそうに気絶をしてるルイズを見て、京也は苦笑をするのだった。

 

 

 

 

後書き

どうも、Benです。

頑張って第二話を仕上げました。

まあ、以前ほどの執筆スピードは保てませんねぇ・・・

少しづつリハビリをしていきます。

ではでは。

 

 


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