十六夜の零

 

 

 

第三章 「剣士と決闘」

 

 

 

 

気絶から回復したシュヴルーズから教室の片付けを命じられ、周囲の学生から野次られても、ルイズはそれほど機嫌を損ねていなかった。
教室内に誰も居なくなるのを見計らって、直ぐに自分の隣で黙々と砕かれた机の破片を集めている京也に話しかける。

「ねえ、どうだった?」

期待に満ちたその瞳で尋ねると、京也は掃除の手を止めて真剣な顔で話し出す。

「魔力の流れ自体は確かに見えた。
 ただ、あの先生のように石ころに何かを働きかけるというより・・・」

そこでどう伝えようかと悩む京也に、焦れた様にルイズが先を促す。

「じゃあ、私に魔力が無いのが原因じゃないんだ」

「いや、むしろ猛々しいまでの魔力だったぞ。
 思わず石ころと机が耐え切れなくて、爆発するくらいに」

 

 

何とも言い表しようが無い空白が、ルイズと京也の間に生じた。

 

 

 

「つまり、私が魔法に失敗する原因って何?」

「うお、素のままでスルーか?
 ま、簡単に言うとだな、あの現象は目的とは違う種類の魔力で、標準以上の魔力を注ぎ過ぎて、容量をオーバーした対象が耐え切れずに爆発してるんだよ」

「じゃ、その目的とは違う魔力って何よ!!」

「それこそ魔法初心者に聞いてくれるなよ・・・」

京也に噛み付きながらも、ルイズはある程度その説明に納得はしていた。
つまり錬金を行うためにの『土』の魔力ではなく、何か別の系統の魔力を自分は使っていたのだ。
魔力自体は発生しているのなら、それはもしかすると何か別の問題という事になる。
例えば自分では『土』系統を使っているつもりでも、実は『火』系統を扱っていたとか。
何より自分はゼロじゃない!!
魔力自体は使えているのなら、後はその正しい引き出し方を見つけるだけで自分にも魔法が使える!!

ルイズは生まれてから今まで、常に付き纏っていたコンプレックスを晴らす手段を得て、自然と満面の笑みを浮かべていた。

「まあ、何にしろ大進歩よね・・・
 京也のお陰で何だか別の方向からのアプローチが出来そうだわ。
 魔力の流れが見えるなんていうレアスキルも含めても、京也は最高の使い魔ね」

「どういたしまして」

素直に誉め言葉を述べるルイズに、京也も満更ではないのか笑顔で返礼をしていた。

 

 

 

そして、二人が仲良く後片付けを終え、昼食を取るために食堂へと向かった後、誰も居ない教室に一人の教師・・・コルベールが入ってきた。

興味深げに、ルイズが引き起こした爆発の後を調べ、その中心から放射状に延びる石畳のヒビを観察していく。
その結果、破壊から逃れている異様な扇状の空白を見つけた。
そこはルイズとシュヴルーズを救う為に、京也が何らの力を振るった跡であった。

「・・・これが、ガンダールヴの力なのか?」

何らかの結界術を使用したとしても、ルイズが爆発を起こした後にその術を起動する事は、時間的に不可能のはず。
残念な事に昨夜、京也に『遠見の鏡』を見破られた二人は、その後は彼の監視を行ってはいなかった。
無理に相手を刺激するつもりは無いし、京也の言動には一応の信頼を出来るだけのものがあったからだ。
勿論、あくまで最低限の保証は残す為に、ルイズの部屋の周辺の警備は何時もより多めに配置をしていた。

そしてその後、コルベールは京也の左手に現れたルーンが気になっており、今まで図書館で調査を行っていたのだ。

そして、彼は辿り着いた・・・伝説の使い魔に。

京也のルーンは間違いなく始祖ブリミルが使役したという『神の左手』とも『神の盾』とも呼ばれているガンダールヴと同じものだった。

自分の発見に興奮をしてオールド・オスマンへと報告をしようと走り出した時、すれ違った赤毛の生徒と青い髪の小柄な生徒の言葉が耳に入った。

「タバサ、あなたあの京也って使い魔をどう思う?」

「只者じゃない」

「そうよねぇ、あのタイミングでルイズの失敗魔法から、ルイズと先生を守るなんて。
 どう考えてもおかしいのよねぇ」

「君たち、その話を詳しく教えてくれないか?」

必死な表情でそう問い掛けるコルベールに、キュルケとタバサと呼ばれた少女が不思議な顔をした。

 

――――――そして、今に至る。

 

自分の知的好奇心に負けたコルベールは現場に急行し、時間も忘れて伝説の使い魔が起こしたと思われる現象を調査するのであった。

 

 

ルイズと京也が食堂についた時は丁度昼時であり、食堂はなかなかの混雑振りだった。
ルイズの心情的には京也と一緒に昼食を取る事にそれほど抵抗は無いが、今朝と同じ不愉快な気持ちを自ら受けたくもなかった。
というより、今の切実な問題は・・・まだ、京也の食事について厨房に用意を命じていない事だったりする。
授業の後片付けで予想以上に長引いたり、思わぬ発見に舞い上がっていて忘れていたのだ。

そんなルイズの葛藤を表情から察した京也は、飄々と食堂の裏にある厨房に向かう。

「ちょっと、何処に行くの?」

「朝の散歩中に厨房のコックさんと結構仲良くなってさ。
 そこで頼んだら賄い食が貰えるんだ。
 さすがに、他の使い魔の餌みたいに生肉とか草はキツイからなぁ」

「・・・そ、それはそうよね。
 じゃ、私の食事が終わったら迎えに行くから、厨房で待ってなさいよ。
 まだそれほどこの学院に詳しくないだろうし、迷子になると私が困るんだから。
 それと、賄い食でもちゃんとお金は払うって、厨房の責任者に言っておいて」

「はいはい」

言い方は乱暴だが、京也の心配をするルイズに軽く返事をすると、京也はそのまま厨房へと向かい、ルイズは軽い足取りで食堂へと入った。

 

 

「あら、京也さん」

「や、シエスタ。
 忙しくなければ、お昼の賄い食をもらえるかな?」

「はい、椅子に座って待っていてくださいね」

京也は今朝の散歩中に出会ったメイドの格好をした、可愛らしい黒髪の少女・・・シエスタにそう言いながら、食事用のテーブルに備え付けてある椅子に座った。

京也が椅子に座るのを見届けたシエスタは、皿を持って賄い食を受け取りにコック達の下に向かった。

シエスタと京也の出会いは、大きな洗濯物籠を抱えていたシエスタが、前方不注意で京也にぶつかりそうになり避けようと無理な体勢になった時、何時の間にかシエスタの横に周り込んだ京也が、こぼれ落ちそうな洗濯物ごとシエスタを支えた事であった。

その時に朝食が無いという京也の為に、シエスタがコック長のマルトーに紹介をして、少々の会話でマルトーに気に入られた京也は、賄い食の大盤振る舞いにあっていた。

「一応、ルイズが後で料金を支払うって言ってたけど?」

賄い食を食べながら、自分の主人を呼び捨てにする京也に少々驚きながらもシエスタは勢い良く首を左右に振った。

「別にお金なんていいんですよ。
 ・・・それに洗濯物を落としていたら、私は罰を受けなければいけませんでしたし」

「そういえば、周りの生徒達はシエスタが倒れそうでも無関心だったもんな。
 それで失敗すればお仕置きだけはするってか?
 意地が悪いというか、根性が腐ってるというか・・・」

「えっと、貴族様の前ではそんな事は言わない方がいいですよ?」

「ああ、分かってるよ」

シエスタの忠告に凄く良い笑顔で頷く京也。
そんな京也の笑顔を見て、絶対に分かっていないと確信するシエスタだった。
何故なら故郷に居る男友達とか小さな子供が、叱っても同じ悪戯をする時の顔と同じだからだ。
・・・もっとも、そんな悪戯小僧っぽい笑みが京也に似合っている事も確かだった。

「じゃあ、私はまだ仕事が残っていますから。
 食べ終わった器は、洗い場に運んでおいて下さいね」

「了解」

美味しそうに御飯を食べている京也を見て、嬉しそうに笑った後、シエスタは生徒達の食後のデザートを運ぶために同僚と一緒に食堂に向かった。

 

 

ルイズは食後のデザートを待ちながら、ぼんやりと京也の事を考えていた。
昨日の『コントラクト・サーヴァント』により契約を結んだ、自分だけの使い魔。
特に特技は無いといいながら、魔術の流れを色で認識するというトンでも能力を持っていた。
そのお陰で、初めて自分が魔法を使えるかもしれないという希望が見えた。

それ以外にも、姉さま以外で初めて親身になって私の事を考えてくれたし・・・

「・・・まぁ、結構役に立ちそうよね」

京也の事を思い浮かべてニヤニヤとしていると、少し離れた所で男子生徒達が何やら騒いでいる声が聞こえた。
さっきまでは確か同じクラスの男子で・・・誰だったっけ?

「ギーシュ様の嘘吐き!!」

「この浮気者!!」

そうそう、ギーシュって名前のファッションセンス最悪の勘違い男で、確かモンモランシーと付き合ってるんだったっけ。
と言うか、何時の間にか修羅場になってない?

ギーシュは一年生のマントを着た栗色の髪の可愛い少女と、見事な金髪の巻き毛の少女・・・モンモランシーに詰め寄られて、必死に言い訳をしている。
会話を何となく聞いていると、どうやらデザートを配っていたメイドが、ギーシュが落とていたモンモランシーの香水に気が付き、それを拾って渡した所から二股が発覚したらしい。

「う〜ん、あのギーシュに二股が出来るとは思えないんだけど」

「あのケティとか言う一年生が、余程世間知らずなんでしょう」

「同感」

「・・・・・・・・・・・何時の間にそこに座ってるのよ、あんた達?」

暇そうに紅茶を飲むキュルケとタバサが、何時の間にかルイズの目の前に座っていた。

「何時からと問われれば、ルイズがニヤニヤと笑ってる辺りから」

「ななななななな、何を言ってらっしゃるのかしら?」

「・・・口調が変わってるわよ」

タバサの指摘により動揺著しいルイズ、キュルケが呆れた顔で止めを刺す。
恥ずかしさのあまり、何も言えなくなるルイズを他所に、ギーシュ達の騒動は思いも寄らぬ展開を見せていた。

 

 

食堂が騒がしいので、食事を中断して様子を見に着てみれば・・・何だかシエスタがもう一人のメイドと一緒になって、懸命に頭を下げていた。
端々から聞こえる話を総合すると、どうやらあのギーシュという生徒が、シエスタの隣に居るメイドに二股を暴かれて、二人共に振られたらしい。
まあ、悪党の末路などそんなもんだろう。

・・・新宿で知り合った、あの傍迷惑な結婚詐欺師レベルの奴が居るなら、逆に見てみたい気もするが。

しかし、一緒に謝るシエスタに八つ当たりをするのは筋違いだろうし。
隣のメイドもパニック状態みたいだ、ここは手助けに行っとくか。

京也が現状の確認を終えて、食堂へと一歩踏み出した瞬間。
パニックを起こしているメイドの肩をギーシュが軽く突き出し、体勢を崩したメイドは謝る間もなく持っていたトレイのケーキを、隣でニヤニヤと座って見物していた小太りな少年の頭の上に落としてしまった。

「・・・・・・・・・どういう落とし前を付けてくれるんだ?あん?」

ケーキだらけになりながら、小太りの少年・・・マリコルヌがシエスタ達に話しかける。度重なるトラブルに、シエスタもメイドも蒼白な顔をして震えていた。

「おいおい、どっかのチンピラじゃあるまいし、貴族様が汚い口調で些細な事に怒るなよ」

ちょっと出るタイミングが遅れたかなぁ・・・と思いつつも、京也参上。

 

 

シエスタとメイドを庇う背中に庇う京也に、どう対応をしようかとギーシュは悩んでいた。
本心を言えば、怒らしてしまった恋人のモンモランシーに早く謝りに行きたい。
しかし、自分の言動の為に、ここまで事態を悪化させたあげく、二次災害でマリコルヌまで参戦してしまった。
はっきり言えば、自分が全ての元凶だと頭では分かってはいるのだが。
・・・今ここで非を認める事は、自分のプライドが許さなかった。
何より自分の容姿と生まれを考えれば、もっともてるはずなのにやっと訪れた二股の機会・・・ここで見逃すつもりはない。

ここは華麗にこの場を収めて、周囲の女性陣からの好感度の上昇を狙ってみせる!!

 

マリコルヌは心の底で狂喜していた。
先ほどの授業でゼロのルイズと、その使い魔の平民に軽くあしらわれた事で鬱憤を溜め込んでいたのだ。
決して実力が有る方でない自分が、唯一馬鹿に出来る相手であるルイズに下に見られた事と、平民に無視された事は彼の無駄に高いプライドを深く傷つけていたのだ。
その平民が今、のこのことメイドを助ける為に現れたのだ、今度こそ貴族の尊さと威厳をこの平民に教え込むチャンスだった。

ついでに平民の命乞いをメイド達にさせて、その報酬に悪戯のし放題じゃ!!

 

何故か邪な気配を漂わせ出す二人に、ちょっと首を傾げつつも読心術など使えない京也は、様子見を兼ねて軽く先制の一撃を入れてみた。

「まあ何だ、二股の人はなんか器用そうに見えないから、何時か二股がばれてると思うし。
 ケーキの人はシエスタの胸に視線が集中しすぎて、ケーキが落ちてくるのに気が付かなかったんだし、良い物を見たという事でここで手打ちにしないか?
 ・・・というか、二人の名前知らなかった、お前達誰だ?」

「「それで手打ちにできるか!!!!!」」

二股の人とケーキの人が同時に叫んだ。

そこで初めてマリコルヌの視線に気付いたシエスタが、胸を庇いながらますます京也の後ろに逃げ込む。
そのシエスタの後ろに、もう一人のメイドが涙目になりながら張り付いた。

「そ、そそそそそ!!!」

マリコルヌが自分の密やかな楽しみを暴露された事で激高する。

「あー、とりあえず落ち着け、何言ってるか分からん」

「かかかかか、覚悟は出来てるんだろうね!!
 幾らルイズの使い魔とはいえ、平民が貴族に楯突くとは何事だ!!」

自分では二股は無理と断定されたギーシュが大声で叫ぶ。

「ルイズは関係ないと思うけどな。
 まあ、覚悟も無しにわざわざちょっかいは掛けないさ」

真っ赤になって叫ぶ二人を冷静に京也が軽くあしらう。
京也としては当初は無用な争いを避けるつもりだったが、甘ったれた貴族の生徒のプライドが、引き返せないところまでシエスタ達のトラブルが続いてしまった。
そんなプライドに基づいて、何らかの見せしめの為にシエスタ達に罰を与えられては、ろくな事にならないだろう。
そこで彼等の怒りの向けどころを、分かり易い形で侮辱した自分に向けさせたのだ。

「良い覚悟だ、なら僕達の決闘を受けてみろ!!」

「え、俺も戦うのか?」

一時の熱狂が醒めて、微妙にヘタレな事を言うマリコルヌに勢いに乗っているギーシュが、思わず手に持っていた薔薇の造花が付いた杖で頭を叩く。

「風上のマリコルヌ!!
 君は平民にあそこまで言われて恥ずかしくないのか!!
 貴族の誇りがあるのなら、その無知の代償を彼の身体に刻み込んでやるんだ!!
 この青銅のギーシュ、ここで引くようなら友として恥ずかしく思うぞ!!」

「お、おう!!
 そう言う訳で、俺達の決闘を受けろ平民!!
 ・・・というか、俺はギーシュと友人になった覚えは無いぞ?」

 

 

「あー、何ていうか・・・決闘は受けてたつけど。
 ・・・・・・・・・・・・貴族ってこんな面白い奴ばっかりか?」

 

 

当事者以外の生徒達が揃って首を左右に振った。

 

 

 

決闘はヴェストリの広場で行われる事になった。
娯楽に飢えている学生達は、この見世物に興奮しており、生贄となる京也の逃亡を防ぐ意味を込めて、品定めをするように見ていた。

「京也さん・・・私達のせいでとんでもない事になってしまって」

「んー、まあ運が悪かったよな。
 別にシエスタ達は悪くないんだし、何とでもなるさ」

シエスタは自分達を守る為に、京也がギーシュ達を挑発した事が分かっていた。
貴族達の自分勝手な怒りのはけ口として、犠牲になろうとしていた所を彼が身代わりになってくれた事に。

「そんな悲壮な顔しなくても大丈夫だって・・・
 ま、ルイズを説得する方が、もっと大変だと思うけどさ」

ルイズの時と同じように、シエスタの頭を軽く叩いた後、京也は凄い形相でこちらに向かってくるルイズに向けて歩き出した。

 

 

「こここ、この馬鹿たれが〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「第一声がそれかよ・・・貴族の女性としてどうかと思うぞ?」

大声で騒ぐルイズを宥めながら、京也が苦言をする。
そんなルイズの後ろには、キュルケと見覚えの無い青い髪の少女が居た。

「そんな事は関係ないでしょ!!
 それより、早く謝りに行くわよ!!
 私も一緒に謝れば、今なら許してくれるかもしれない」

手を引いて歩き出そうとするルイズだが、京也は付いていこうとはしなかった。
それどころか、自分の腕を掴んでいるルイズの手を優しく外していた。

「ルイズも俺の力を知ってるだろ?
 どんな攻撃がくるのかは知らないが、無理しなければ避ける事位は出来るさ。
 それにどうにもあいつ等を一発殴ってやらないと、気がすまん」

「それは・・・」

京也の力を知りつつも、やはり貴族と平民の力の差を知るルイズは躊躇っていた。
確かにドットメイジである二人が相手なら、それほど派手な攻撃を続けて出す事は出来ない。
京也の体力次第だが、勝機が全く無いという事はないはずだった。

それよりもメイドを庇う為に、京也が戦うという事が納得出来ないでいた。
しかし、そんな自分の心の内を認める事もルイズは出来ずにいた。

自分の心を決めかねているルイズを、面白そうに見ていたキュルケだが、タバサが何時の間にか京也の前に立って下から凝視している事に驚いた。
普段のタバサは『雪風』の二つ名の通り、他人には気を許さず冷たい態度で本を読んでばかりいるからだ。

「あの木の棒は?」

「お、さっきの教室に居たのか?
 そうだなぁ、場合によっては決闘に使うかな」

「是非、もう一度見たい」

「期待に添えるかは分からないが、頑張ってみるよ。
 さ、ルイズ、ヴェストリの広場に連れてってくれ」

「・・・勝てる見込みはあるの?」

真剣は表情で自分の使い魔を見る。

 

 

「ああ、自分の使い魔を信じろ」

その使い魔の笑みはとても頼もしいものだった。

 

 

 

ヴェストリの広場は魔法学院の敷地内にあった。
既にギーシュとマリコルヌの二人は、広場の中心で京也を待ち構えていた。

「諸君!!決闘だ!!」

周囲を埋める学生達の歓声を受けながら、ギーシュが高々と宣言する。
そして、如何に京也の振る舞いが平民として許しがたい事であり、この決闘が貴族としての誇りを守る為に行われる事を強調していた。

マリコルヌもその尻馬に乗って、自分が受けた仕打ちを誇張して群集に伝えている。

そんな二人の下に、ルイズとキュルケ、そしてタバサを連れた京也が現れた。

「とりあえず、逃げずに来たことは誉めてやろうじゃないか」

「全くだな」

ポーズを決めながら大仰な台詞を吐くギーシュ。
その自分に酔っているギーシュの隣で、何故か胸を張って威張っているマリコルヌ。

「・・・いやぁ、改めて見ると野郎二人より、美少女三人を連れて歩く俺の方が、既に勝ち組っぽくない?」

自己陶酔をしていたギーシュは、京也の返しの言葉を受けて怯んだ。
思わず隣に居るマリコルヌを見て・・・激しく気落ちをする。

「くっ!!羨ましくなんかない!!羨ましくなんかないぞ!!
 だって、三人のうち二人は
貧乳じゃないか!!
 俺は
巨乳の方が好きだ!!」

マリコルヌが色々な意味で涙を流しながら絶叫する。
その場に居た女性陣の視線に、ある意味本気の殺意が篭りだした。

「・・・京也、命令よ。
 かならず勝ちなさい」

「叩きのめす」

「・・・善処します」

流石に直接貶された二人の怒気には抗い難いのか、素直に了承する京也だった。
そんな怒りの気に満ちた二人の手を引いて、キュルケが広場の端に下がる。

 

 

――――――そして、決闘が始まった。

 

 

先手はギーシュだった。

「では、始めるか」

流石に平民相手に二人掛りで戦うつもりはないらしく、ある程度痛めつけてから止めをマリコルヌにさせるつもりだったのだ。
正直に言えば、巻き込んだマリコルヌのストレス解消位にしか、ギーシュは京也の価値を認めていなかった。

自分から十歩ほど離れて立っている京也の前に、造花の花びらを一枚使って青銅のゴーレム、ワルキューレを作る。

突然現れたワルキューレに驚き、立ち竦んでいる京也を見て笑いながら、ワルキューレを京也に向けて突進させる。

しかし、京也は立ち竦んでなどいなかった。
京也はただ立っているのではなく・・・ただ、自然体で身構えていたのだ。

自分に向けて突き出される青銅の右拳を半身になって避けつつ、右足で重心が崩れているワルキューレの軸足を刈り上げる。

「何!!」

突然不恰好な姿勢で宙に浮いたワルキューレにギーシュが驚きの声を上げる。
思わず全員の視線が集中する中、更に京也はワルキューレの頭部を右手に掴みそのまま地面に叩きつけた。

自重と重力と加速度を足した一撃により、頭部を半壊させながらワルキューレは地面に半身を埋め込み動きを止める。

京也が見せた一瞬の早業に、全員が黙り込む中、真っ先に動き出したのは意外にもマリコルヌだった。

「少しは体術が出来るようだが、見えない風の刃は避けれないだろう!!」

ギーシュに言われて呪文の用意をしていたマリコルヌは、躊躇う事無く全力で風の刃「エア・カッター」を放った。

しかし、あえて時間を掛けて作成した複数の風の刃を、京也は軽快なステップを踏んで避けてみせる。

余りに予想外の事態に、思わず動きを止めるギーシュとマリコルヌに、最後の風の刃を跳んで避け終えた京也が滑る様な動きで間合いを詰め、無言のまま頭に拳骨を落とした。

 

 

――――――ひどく鈍い音が二人の頭からした。

 

 

その痛そうな音と、蹲って震えてる二人に今朝の痛みを思い出したのか、決闘を見守るルイズが少し同情の色を瞳に浮かべていた。

「って、京也って無茶苦茶強いじゃないの!!」

思わぬ大金星に気が付き、ルイズが興奮の声を上げる。

「体捌きが並みじゃない。
 何より見えない風の刃を完全に避けてた」

「そうね、私達は呪文の詠唱から何がくるのか分かるけど、彼にそんな知識は無いはず。
 そうなると、彼には呪文が見えてるという事が予測出来るわね」

説明を求む、とばかりにルイズを睨む二人だが、あえて京也の秘密を話すつもりがないので無視をするルイズ。
実際、この二人が食堂に居るルイズの前に現れた理由は、京也の不思議な力に興味を持ったためだったのだ。

そんな外野の騒ぎとは裏腹に、決闘中の三人に別の動きがあった。

 

 

「ま、言わせて貰うなら・・・俺を舐めすぎだ。
 そっちもまだ、実力を全部発揮した訳じゃないんだろ?
 平民に殴られて、無様に地面に蹲って終われないだろう?」

二人は痛みが引いてきた頭を抱えながら、目の前に立つ平民を見る。

実際、相手を見下していた・・・自分達は本来の実力など全然出していない。
その慢心を突かれ、一瞬にして勝負は決まったのだ。
もし、この平民が剣とかを持っていれば、その時点で自分達は・・・終わっていた。

そんな二人の前で、平民は腕を組んで不機嫌そうな視線を向けていた。
その視線は不思議な事に、勝ち誇っても見下してもいなかった。
周囲の観客ですら、あっさりと平民に負けた自分達を酷い言葉で貶しているというのにだ。

そう、いまや見世物の生贄となっているのは、平民に二人掛りで負けた自分達だった。

「・・・ああ、終われないね。
 僕はこの結果に納得出来ない。
 何より貴族が二人掛りで平民に負けたなんて、御先祖様に向ける顔が無い!!」

「・・・そうだ、確かに俺達は出来が良い魔法使いじゃない。
 だけど、平民に見下されたまま終わる訳にはいかない!!」

今まで遊び半分の気持ちで戦っていた二人が、自分の貴族としての矜持を持って立ち上がる。
先ほどのやり取りで、目の前の少年が只者でない事を思い知った。
だが、自分達も全力は出していない。

こんな不完全燃焼のまま、終われはしない!!

不思議な事に頭に走っていた痛みは、戦う決意をした時には消え去っていた。

「よっし、なら仕切りなおしだ。
 お互い、後腐れの無い決闘にしようぜ」

二人の目に強い意志が宿った事を感じて、何故か嬉しそうに笑った後、京也は背を向けて最初の位置に向かって歩き出す。
その背は無防備そのものだったが、二人は立ち上がったまま無言で見送った。
これは貴族の名誉を掛けた決闘なのだ、背後から無防備な相手を襲うような卑怯な真似は出来ない。

ギーシュは目の前を歩く少年に、心の底から感謝をした。
あのまま終わっていれば、自分達は平民に二人掛りで戦って負けた貴族として、この学院での立場を失い・・・下手をすれば社会からも居場所を無くしていた。
しかも、自分の慢心による手抜きの結果という、最低の状態でだ。
勿論、御先祖にも両親にも兄達にも会わせる顔が無い。
例え許してもらえたとしても、自分自身が許せない。
マリコルヌが言った通り、自分達は最低ランクのドットメイジでしかない。
だが、貴族としての意地は確かにこの心の中に有る!!

「青銅のギーシュ・ド・グラモン!!
 改めて君に決闘を申し込む!!」

マリコルヌは目の前の少年が嫌いだった。
唯一、対等以上に接する事が出来たルイズを、一晩で少年は手の届かない所に連れて行った。
何かとルイズに突っかかる自分だからこそ、ルイズの変化には敏感だった。
容姿に自信は無い、魔術師としての実力にも自信は無い、家柄も決して高いものじゃない。
家族から期待をされた事は無かったし、女性から優しい声を掛けてもらった事もない。
貴族というプライド以外はろくなモノが残っていない。
そんな自分に少年は立てと言った、杖を取って立ち向かえと言った。
あのまま放置しておけば、貴族に勝った平民として周囲から尊敬の目で見られるというのに・・・貴族としてのプライドしかない自分にまだやれるだろうと、背中を押した。
何て嫌な奴で、良い奴なんだ!!

「風上のマリコルヌ・ド・グランドプレ!!
 この杖に賭けてお前をぶっ飛ばす!!」

最初の位置で二人の気合の篭った名乗り上げを受けて、京也は嬉しそうに笑った。
ルイズ達はその声に、ギーシュ達が本気で京也に立ち向かう事を察した。

思わず止めに入ろうとするルイズの前で、静かに闘志を漲らせた京也がその右手を振る。

彼の右手に握られているのは、彼の愛刀・・・阿修羅
数々の激闘を死闘を魔闘を、彼と共に戦い抜いた相棒。

「十六夜念法 十六夜 京也!!
 ――――――推して参る!!」

 

 

そして、第二ラウンドのゴングが鳴った。

 

 

今回は京也もその場で待っては居なかった、右手の阿修羅を下段に構えたまま素早い動きで間合いを詰めようとする。
その京也の目の前に、ギーシュの作った六体のワルキューレが時間差で襲い掛かる。
一斉攻撃ではなく、詰め将棋のように次々と攻撃を繰り出してくるワルキューレに、京也は前に進む足を止めて回避運動に集中する。

「さすがに良く避けているが、これでどうだ!!」

マリコルヌの気合の声と共に、ワルキューレと戦う京也の四方八方から、風の矢が襲い掛かってくる。
京也の突撃をギーシュが足止めし、その隙に有りったけの精神力でマリコルヌが風の矢を作る。
打ち合わせも無い即席とは言え、お互いの欠点を補う二人の連携は見事だった。

だが、京也の鍛え抜かれた反射神経はその連携を超える。

ワルキューレが振り下ろした剣の一撃を、阿修羅で剣の腹を打つ事で逸らし、横から突き出された槍の一撃をしゃがんで避ける・・・そしてそこに襲い掛かる数多の風の矢。

ルイズが思わず小さく悲鳴を上げた。
タバサは京也の木刀が、残像を残すほどのスピードに加速するところを見た。
キュルケはマリコルヌの放った風の矢が、たかだか木刀に打ち消されるという現象を確かにその目に焼き付けた。

 

――――――風の矢を消した木刀の軌跡は止まらない。

 

下段から跳ね上がった切っ先が、更に加速して青銅のワルキューレの胴を切断した。
その隙間から弾丸のように死地から跳び出した京也が木刀を振るう度に、青銅はまるで粘土のように切断されていく。

正に烈風の勢いでワルキューレの最後の一体を唐竹割りにした後、最後の跳躍を行おうとする京也の目の前に、今までギーシュが奥の手として残していた最後のワルキューレが、絶妙のタイミングで突っ込んでくる。

「っ!! まだ居たのか!!」

だが、対応が出来ないスピードじゃない。
京也が阿修羅を振るおうとする瞬間、ワルキューレが爆発的に加速した。

「何!!」

中途半端に阿修羅を構えた状態で、砲弾と化したワルキューレをその身に受ける京也。

そのカラクリはワルキューレの背中に向けて、最後の精神力を振り絞って風の矢を打ち込んだマリコルヌの意地の一撃だった。

そして彼等の敗因は、京也が只の剣士では無かったという事だ。

「どっせい!!」

京也はワルキューレがぶつかった瞬間、その勢いのままに後ろに倒れこみながら巴投げを掛ける。
ワルキューレは頭を地面に擦り付けながら、凄い勢いで転がっていく。
巴投げの結果を確認する事もせず、京也は腕の力と背筋を使って跳ね起き、最後の一歩を一瞬にゼロとした。

ギーシュの頭上に振り下ろされる阿修羅。
何処かで女性が息を呑む声が聞こえた。

 

 

頭頂に再び激痛を感じて、ギーシュは一瞬で目を覚ました。
訳が分からず周囲を見回すと、同じように頭を抱えるマリコルヌが地面を転がっていた。
そして、自分の正面にはあの恐るべき木刀を片手に笑っている・・・京也の姿があった。

「気を失ってまで立ってるとは、根性あるじゃないか」

「・・・言い訳はしない、僕達の負けだ」

「その通り、俺の勝ち」

悔しげにそう認めるギーシュの前で、京也は心から楽しそうに笑みを浮かべる。
先ほどまで命のやり取りをしていた相手に向けれるとは思えない笑みに、ギーシュの最後の意地も消え去っていた。

「じゃあ、まずは後ろで心配している彼女に謝ってこいよギーシュ。
 その後はマリコルヌと一緒にシエスタ達に謝ってもらうからな」

悪戯っぽい笑みを浮かべて、地面で不貞腐れているマリコルヌの襟を掴んで引き摺りながら、京也はその場を去っていく。
どうやら先にあのメイド達の元に連れて行くつもりらしい。
マリコルヌも愚痴を言っているが、本心から嫌がっているように見えない。

周囲を見回せば彼等を野次る声は無く、逆に健闘を称える声がちらほらと聞こえる。
ギーシュは初めて自分の意地を通して、最後まで闘いぬけた事を誇りに思った。

自分達は本気で、京也を殺す気で戦った。
それでも負けたのだ、負けてしまったが何故か気持ちはスッキリとした。
だからこそ、あの連携攻撃を捌ききったその技量にも、素直に感服出来た。

心配そうにこちらを見ているモンモランシーに、吹っ切れた笑顔を見せながらギーシュは歩き出した。

 

 

――――――今なら飾らない言葉で、彼女に謝罪の言葉を言えそうだ。

 

 

 

後書き

何とか週刊で三話まで続きました。

・・・来週のアップについては、阪神に聞いてください。

何で勝てないかなぁ(涙)

 

 



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