十六夜の零

 

 

 

第五章 「剣士と魔剣」

 

 

 

 

虚無の曜日になった。

約束通り京也達はトリステインの城下町に向かっていた。
トリステイン魔法学院からタバサの使い魔の風竜で飛んで行く案もあったが、人数が多すぎるためにその案は却下され、結局は学院から馬車を一台借り出しての移動となった。

「いやぁ、実は馬車とか馬に乗った事ってないんだよな」

「へぇ、そうなのかい?」

御車台に並んで座っているギーシュと京也が楽しそうに会話をしている。

「でも京也の運動神経なら、直ぐに乗りこなせると思うけどね。
 ・・・誰かさんより足は長いんだし」

「・・・まあ、そうよねぇ」

御車台の会話が聞こえていたルイズとキュルケが、ある人物を見ながら会話をする。

「・・・・・・・・ぷっ」

「まてやこら、誰を見て笑った、あん?」

狭い馬車の中で女3男1の状況に興奮し、不埒な行いをしようとしたマリコルヌは、三人娘にボコボコにされて縛られて床に転がされていた。
そんな状態でありながら、尊大な態度を崩さない彼はある意味大物だった。

約一名を除いて、和気藹々とした一行は昼前には無事にトリステインの城下町に到着した。

 

 

白い石造りの街を物珍しそうに京也は見回しながら、ルイズ達に付いて歩いていた。
彼からすれば今までの生活では、まずお目にかかれない景色なだけに熱心に見ていた。

「しかし、道幅がこれだけだと緊急時とかは大変だろうな。
 ・・・あ、そうか魔法使いは空を飛べるから、道路の整理はそれほど力を入れないのか」

「そうでもないわよ、ここはブルドンネ街といってトリステインで一番大きな通りよ。
 それだけ物資の移送が多いだけに、ちゃんと整備は行き届いているんだから」

「う〜ん、いやこれで整理されてると言われても・・・まあ文化の違いをしみじみと感じるなぁ」

ルイズの説明を聞きながら、感慨深げに頷いてる京也だった。
そんな二人の会話をタバサは、不思議に思いながら聞いていた。
京也の話を聞いていると、彼の故郷と聞いている東方のロバ・アル・カリイエは、トリステインよりよほど文明レベルが高いように思える。
確かにそれほど東方とは交流は無いが、そこまで大幅に文化レベルに違いがあるだろうか?

タバサが更に注意深くルイズ達の会話を聞いていると、その会話の内容はメイジの人口の話だったり、街の看板の話だったりと実に多彩だった。

一行は途中の洋服店で適当に麻のシャツを数枚と、丈夫な生地のズボンを数本買った。
もっとも貴族御用達のような店ではなく、普通の平民専用の店だった為に、貴族が五人も現れた時には大慌てだったが。
平民が使う店のレベルとしては中々高かったらしく、そこそこに満足のいく買い物が出来た。

最終的に服を決めるまでも、キュルケの趣味とルイズの趣味が真っ向から対立し、二人に着せ替え人形にされた京也が不機嫌になったり。
着替え中の京也を覗き見して、その鍛えられた肉体にキュルケがときめいたりと中々に騒がしかった。
タバサもキュルケに覗きを唆されたが、頑として参加はしなかった。
ルイズは好奇心に負けたらしく、さり気なく覗き見をして真っ赤な顔をしていたが。

 

「なあ親友よ、何故に男の覗きは罰せられて、女の覗きは許されるんだ?」

「同士よ、それは勝てない喧嘩は誰もしないからさ」

「・・・・・・・・そこの二人、達観してないで助けろよ」

 

 

 

一番の目的となっている京也の服の購入が終わった後、その後の行く先について意見が分かれた。
ルイズとキュルケは自分達も服を買いに行くと言い出し、ギーシュとマリコルヌは酒場に行きたがった。
タバサと京也は中立派の為、暇そうに四人の言い争いを見物していた。

段々と口論がエスカレートしていく中、タバサは隣に立っている京也が別の所を見ている事に気が付いた。

「何を見てるの?」

「・・・というか見られてるな」

京也のその言葉を聞き、思わず周りを素早く観察する。
だが、騒がしい親友とギーシュ達に周りの視線が集まっている事は分かるが、自分達に向けられた視線を感じることは出来なかった。

改めて京也に確認しようとした時、警笛の音が響いた。

「・・・捕まるとヤバイ?」

「当分外出禁止。
 それと補習授業」

「そりゃ大変だ」

未だ言い争いを続ける四人に向けて、タバサが手加減をした水の矢を放つ。
突然水浸しになった四人は驚いて周りを見回し、その犯人と共犯を見つけた。
ルイズがタバサに文句を言おうとする前に、京也が人だかりの背後を指差す。

それだけで現状を把握したのか、四人は一斉にその場から路地裏に向けて逃げ出した。

 

 

 

「見事にはぐれたなぁ〜」

「ま、まあ、仕方が無いよね」

「はぐれた原因は貴方」

息も絶え絶えな状態のギーシュに、比較的余裕が伺えるタバサ、そしてぶっちぎりで余裕綽々の京也が複雑に入り組んだ路地裏の一角で固まっていた。
そう、逃走途中でルイズとキュルケとマリコルヌとはぐれてしまったのだった。

タバサが油断無く周囲を気にしているのに比べて、京也は何処か芒洋としている。
しかし、そんな京也が自分とは違う方法で周囲を警戒している事に、タバサは気付いていた。
実際、此処まで逃げるのに京也の指示に従っていたのだが、警備兵には一度も遭遇しなかったのだ。

「まだ警備兵の動きが全体的に活発みたいだな。
 という事は、ルイズ達も逃げ切ったってとこかな」

「分かるの?」

「ま、気配でね」

不思議そうに尋ねるタバサに、ウィンクをしながら京也が返事する。
どういった能力なんだろうと、タバサが更に突っ込んだ質問をしようとした時に、見上げた所にあった看板に気が付き、ギーシュが京也に話しかける。

「おや、ここは武器屋だね。
 丁度良い、京也は確かナイフを欲しがってなかったかい?」

「ああ、ナイフと言っても投げナイフみたいな物だけどな」

「じゃあ、見ていく?」

「そうだなぁ、騒ぎが落ち着くまで時間が掛かりそうだし・・・覗いていいか?」

今となっては特に目的が無いギーシュに異論は無く、タバサも断る理由が無かったのでそのまま三人は武器屋に入っていった。

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」

店の奥でパイプをくわえていた五十代位の親父が、無愛想な表情で挨拶をしてきた。
その挨拶に京也が笑顔で応えながら、陳列されている商品を覗いていく。

店の親父は京也に続いて入ってきたタバサとギーシュを見て驚いていた。

「き、貴族様が何の御用で?」

「ああ、気にしなくていいよ。
 僕達は彼の付き添いだからね」

先に入っていった京也を指差し、自分も興味深そうに武器を眺める。
魔法使いにとってはまず必要の無い物だが、京也に倣って護身用にナイフでも買ってみようかと思ったのだ。

「う〜ん、剣の良し悪しは僕には分からないねぇ。」

「目利きは難しい」

そう言った後、タバサは少し考え込んでからディテクトマジックを唱えた。
意識の中に魔法の掛かっている品についての反応が返ってくる。

乱雑に積み上げられた剣の束の中に、その剣はあった。
タバサが取り出した剣を調べていると、ギーシュも興味を惹かれたのかそれに加わった。

そんな二人は置いておいて、京也は店の親父と相談中。

「投げナイフよりもこの長剣なんかどうです?
 お客さんの体格なら、大剣より扱いやすいと思いますよ」

「いや、剣は自前のがあるから別にいいんだ。
 今探してるのは暗器になるような、携帯に優れた細身のナイフなんだけど」

儲けの大きい長剣を勧める武器屋の親父をあしらいながら、京也が自分の探している物を伝える。
親父はブツブツ言いながらも、京也の望みに合うようなナイフを店の奥から取り出した。
京也はテーブルに置かれたナイフを一本一本、手にとってバランスを確かめていた。

『なんでい、久しぶりに腕の立ちそうな人間に会えたと思ったら、ナイフなんか選んでるのかよ』

「あ、デル公!!」

「これ、インテリジェンスソードだったのか!!」

「そうみたい」

鞘から抜いた剣が突然話し出し、柄を握っていたギーシュとタバサは少し驚いていた。
貴族達の機嫌を損ねるのは不味いと、武器屋の親父が慌ててフォローをする。

「さすがに物知りですね貴族様は。
 どこの魔術師が作ったのかは分かりませんが、この剣は口は悪いわ、客に喧嘩を売るわで閉口してたんですよ。
 ちなみに本当の名前はデルフリンガーと言います。
 まあ、生意気な奴なんでデル公で十分なんですがね」

『うるせえ、俺はそこの兄ちゃんと話をしてるんだよ!!
 兄ちゃん、俺はこう見えても六千年も生きてるんだけどよ、足運びを見ればかなりの使い手だって分かるもんだぜ。
 どうだい、ここで会ったのも何か縁だ、俺を使ってみねぇか?』

全員の視線が京也に集中する中、黙々とナイフを選んでいた京也が面倒くさそうに返事をする。

「悪いけど止めとくよ、故郷では喋る剣とかが係わるとろくな事がなかったからな」

『そう言わずにまあ握ってみろよ!!
 俺の凄さは兄ちゃんほどの達人なら、刀身を見れば一発で分かるさ!!』

余りにしつこいデルフの勧誘に、面倒になったのか京也が左手で柄を握って鞘から抜き出す。
1m半程の長さの刃の表面には錆が浮いていた。
ギーシュはその刃の部分を見て、これは外れだなと思った。
武器屋の親父はまた客に喧嘩を売りやがって、と苦々しい顔をしていた。
タバサは・・・京也の左手に刻まれたルーンが一瞬輝くのを見て視線を鋭くした。

 

――――――しかし、デルフ本人は周りの誰よりも驚いていた。

 

『・・・おでれーた、兄ちゃん「使い手」かよ。
 しかも凄いのはそれだけじゃねぇ、「使い手」の力を自分の意思で封じてやがる!!
 兄ちゃん、あんた何者だい?』

その声には興奮と畏敬の念が篭っていた。

「名は十六夜 京也。
 使う流派は十六夜念法。
 これまで自分で磨き上げた力なら、命を託す事は厭わない。
 ・・・だが、誰かから与えられた力になんて頼るつもりは無い」

苛烈な信念と自信を宿した瞳がデルフを貫く。

『まいったなぁ、ここまで自分の技に自負を持っていて、なおかつ覚悟を決めた剣士には初めて会ったぜ。
 気に入った!!
 兄ちゃん、是非とも俺を買っていってくれねぇか?
 俺は兄ちゃんと一緒に戦ってみてぇ!!』

「あいにくと俺は既に愛剣を持っているんでね。
 親父さん、このナイフを5つ下さい」

デルフの懇願をあっさり切り捨てて、武器屋の親父にナイフの代金を聞く。

『そ、そいつは殺生だぜ兄ちゃん!!
 大体、今は丸腰じゃねぇか!!』

「そう言われてもなぁ、本当に間に合ってるから剣なんていらないし。
 ついでに言うと、金も無い」

『おいおい、俺をただの喋るだけの剣だと思うなよ?
 こう見えても六千年の知識が詰まってるんだぜ』

「ボケててほとんど記憶に残ってないらしいけどな」

『このくそ親父!!
 てめぇ、どっちの味方だ!!』

ナイフの料金を払い終えた京也が、そんなデルフの言葉を無視しながら、動きの邪魔にならないようにナイフを鞘ごとベルトに吊るす。

『ええい、俺にはまだ凄い必殺技がある!!
 ふふふ、聞いて驚け、俺は魔法使いの魔法を吸収出来るんだぜ!!』

「彼の愛剣でも同じ事が出来る」

『何だってぇぇぇぇぇぇ!!!!!』

タバサの突っ込みに、叫び声を上げるデルフ。
何だか気の毒になってきたギーシュと親父が、そっと涙を拭った。

「で、他に自慢できるような事はあるのか?
 なけりゃこのまま帰るからな」

『うううう・・・後はボケと突っ込みぐらいしか出来ません』

「それは凄い、よし買った!!」

『「「買うのかよ!!」」』

思わずギーシュとデルフと親父の突っ込みが唱和した瞬間だった。

 

 

 

実際問題としてお金が足りなかった。
タバサは買い物が目的では無かったので、それほどの金額を持参しておらず。
ギーシュはそもそも慢性の金欠病。
京也もルイズから渡されていたお金を、ナイフの購入により使い果した後だった。
ルイズかキュルケが一緒に居れば話は別だったが、残念ながらはぐれたまま。
マリコルヌは最初から論外。

「う〜ん、心底惜しいがこれではどうしようも無いな」

『・・・剣としては買われる理由が心底認め難ぇが。
 兄ちゃんと一緒に行けないのは残念で仕方がねぇぜ。
 また今度、金を溜めて迎えに来てくれよ』

何だかんだで意気投合をした一人と一振りは、名残惜しみながらも別れを決意した。
だが、そんな二人を見て、武器屋の親父が意外な提案をしてきた。

「まあ待って下さいよお客さん。
 こちらとしては、デル公が居るだけで商売上がったりなんですよ。
 長い間この店に置いてただけにへんに情が移ってしまって、処分はしなかったんですけどね。
 ・・・かと言って、タダで譲るのは商売人として失格だ。
 そこで、あの辛口のデル公が褒め称えたお客さんの力。
 デル公の値段、新金貨100枚分に相当する技を一つ見せてくれませんかね?」

興味心からそんな話を持ちかける親父に、京也は少し困った顔をしていたが親父の好意も確かに感じるので、ちょっとした悪戯を行う事にした。

「それじゃあ、一丁お披露目しますか、十六夜念法を!!」

そんな京也のやる気を感じて、その場に居た全員が興味津々で次の動きに注目した。

 

 

『・・・おでれーた、有り得ねぇ』

「・・・ああ、あれはある意味悪夢だね」

「・・・魔法でも無理」

意気揚々とデルフを背中に背負って歩く京也と、その直ぐ後ろに続くギーシュとタバサ。
呆けたような声でそんな感想を呟きながら、三人と一振りは武器屋を後にした。

「・・・毎度有難うございました」

そんな三人の背中に、同じように呆けた武器屋の主人の声が掛けられた。

 

一人店内に残された武器屋の主人は、自分の手元にある錆だらけで使い物にならない・・・更に刀身が半ばから真っ二つになった剣を改めて眺めた。

あの京也と呼ばれていた少年は、この廃棄前の鋼鉄の剣を両断した。

 

 

――――――それも、紙切れ一枚で。

 

 

魔法によって切れ味を増した剣を使えば、それなりの腕の持ち主ならば剣を両断する事は不可能ではない。
だが、何処にでもある『本の一頁』を使ってそれをする事は不可能である。
そもそも、そんな事が出来るとは思わない。

少なくとも武器屋の親父の常識では、そんな事は不可能だった。

「デル公・・・お前もしかすると、とんでもない人に貰われていったのかもしれねぇぞ?」

残されていた紙を震える手で破りながら、武器屋の親父はそう呟いた。

 

 

手元の紙はやはり、ただの紙だった。

 

 

 

 

 

「あー、もうしつこい!!」

「本当ね、燃やしてやろうかしら」

「そうなったら本物の犯罪者だな!!」

逃走を続ける三人。
ルイズとキュルケと、少し遅れてマリコルヌが続く。

「それに何で京也じゃなくて、マリコルヌが後ろを走ってるのよ!!」

「俺で悪かったな!!」

「全くその通りよ!!」

言い争いながら逃げている為に、警備兵から逃れられない事に二人は気付いていない。
キュルケとしては、友人のタバサが京也と一緒に逃げ出す所を見ていたので、このまま二人の時間を少しでも長く持たせてやりたかった。

・・・ギーシュも一緒だという事にキュルケは気が付いていなかったが。

 

 

 

逸れた仲間を探す京也達だったが、先頭の京也は迷う事無く路地裏を進む。
後ろの二人はその姿を不思議に思ったが、先ほど見せられた絶技を何気なく繰り出す存在に、何を聞いても無駄だろうと思ったのか無言のまま歩いていた。

『ルーンの力を押さえ込める兄ちゃんなら、ルーンの影響は受けてないって事かい?』

「ああ、何だか主人に好意を持つように、精神に働きかけるみたいだな」

「確かに『コントラクト・サーヴァント』にはそういう働きもある」

京也とデルフの会話に、タバサが参加をしてきた。

「ま、最初は色々と影響を受けたけどな・・・言葉とか。
 でも俺は俺の意思でルイズを守ると約束した。
 その約束には何の干渉も存在していない」

「う〜ん、つくづく常識外れな男だな京也は」

「ふふん、褒めても修行の手加減はしないぞ?」

「・・・・・・・・・・・・・・あ、そう」

『相棒に鍛えてもらってるのか?
 そりゃあ贅沢ってもんだぜ!!』

「私もそう思う」

三人と一振りが仲良く歩いている先に、突然一人の警備兵が10mほど先の道路に上空から降り立った。

それは、肩で揃えられた金髪とアイスブルーの瞳をした、二十代半ば位の細身で長身のハンサムな男性だった。

登場の仕方と身に纏うマントから、目の前の警備兵が魔法使いである事は予想できた。
身なりから推測するに、警備兵でもかなり上の人物だと分かる。
その警備兵は冷酷さを感じさせる視線で、京也達を見ていた。

しかし、その警備兵を見て劇的な反応を返した人物が居た。

「レレレレレレレ、レイ先生!!」

「おや、久しぶりですね、ギーシュ坊ちゃん」

 

 

ギーシュが早口で説明をした限りでは、目の前の魔法使いはグラモン家長男の幼馴染であり、自分の家庭教師を務めた人物でもあるらしい。

「そう、本当に優秀な人でね・・・
 フルネームはレイ・ド・ブラッドレイ。
 お父様からの信も厚いし、兄さんの無二の親友でもあるんだ」

「ギーシュ坊ちゃんの物覚えの悪さには泣かされましたが」

「・・・レイ先生の父上も、お父様の配下として名を馳せた人物でね。
 ブラッドレイ家とは家族ぐるみで付き合っているんだ。
 僕にとってはレイ先生はもう一人の兄とも呼べる人だね」

「主家筋に当たるギーシュ坊ちゃんに家族と呼ばれるとは、望外の幸せです。
 まあ、個人的な意見を言わせてもらえるなら、出来の悪い弟だったと思いますが」

「・・・・・・トリステイン魔法学院に入るまでは、レイ先生にマンツーマンで教えて貰っていたんだ」

「それとトリステイン魔法学院に入学するに当たって、家庭教師役は終わったのに何時まで先生呼ばわりするつもりですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こういう人です」

半泣きでレイ先生の紹介を終えるギーシュ。

「・・・なかなかの毒舌家だな」

『全くだ』

「(こくこく)」

呆れた口調の京也と、それに賛同するデルフ、無言で頷くタバサ。
仲間内からの援護射撃も貰えず、更に落ち込むギーシュだった。

「まあ、本題はギーシュ坊ちゃんではないのでこの際置いておきます。
 そこのレディはギーシュ坊ちゃんの御学友と分かりますが。
 ・・・その平民は何者ですか?」

突然、鋭さを増したレイの気配に思わずギーシュが怯み、タバサが杖を構える。
その押し潰すようなプレッシャーを一番受けている京也は、困ったような顔をギーシュに向けていた。

「なあ、俺ってそんなに悪い事をしたのかな?」

「さ、さあ?」

そんな二人の疑問に応えたのは、問い掛けをしてきた本人だった。

「ギーシュ坊ちゃん、最近このトリステイン城下町を「土くれ」のフーケという者が騒がしていましてね。
 更にレコン・キスタという、怪しい団体の活動も活発化しています。
 しかも、レコン・キスタは平民を使う事が上手い団体でしてね・・・」

「つまり、大切なギーシュ坊ちゃんに、馴れ馴れしく接している平民が気に入らない、と?」

「平民に話す許可を与えた覚えは無い」

抜き打ちの杖の一振りで発生した風の矢が、京也へと襲いかかる。
その一撃を京也は右手に持つ阿修羅を振るいかき消した。

「・・・ほぅ、只者では無いと思っていたが。
 魔法の一撃を避けるのでもなく、消し去ったか」

「へっ、ストーカー野郎のくせに偉そうにするな」

「ストーカーというのは良く分からんが・・・
 やはり追跡している私に気が付いていたか。
 ますます、このまま逃すわけにはいかんな」

静かに闘志を燃やす二人に、話についていけないギーシュがおろおろしていた。
そんなギーシュにタバサが推測を述べる。

「多分、ルイズ達とはぐれてからずっと後を追われていた。
 京也はそれに気が付いていた」

「な、なるほど」

ギーシュはじりじりと摺り足で移動をする二人を見つめる。

「あの人、かなりできる」

「うん、強いよ・・・」

食い入るように二人を見ているタバサがそう呟き、ギーシュも無意識のうちに同意する。
京也、レイ先生共に本当の実力を自分は見た事は無い。
ギーシュは京也がレコン・キスタなどでは無いと思っている、そしてレイ先生が苛烈なまでにグラモン家に忠誠を誓っている事も知っている、その忠誠心が行き過ぎて時々迷惑をこうむる事もあったのだが・・・意味の無い二人の戦いを止めたいが、既に入り込めるような雰囲気ではなかった。

 

 

 

この世界では初めての達人クラスとの闘いだった。
先程の風の矢も、マリコルヌとは比べ物にならない威力を持っていた。

しかし、レイがこちらの阿修羅を警戒している事も分かる。
本来なら魔法を消し去るような真似が、ただの木刀に出来るはずがないのだから。
そんな手探りの状況の中でも、レイの闘志に迷いは感じられない。

数々の闘いを得てきた強者の匂いを感じ取り、京也は自然と笑みを浮かべていた。

「一応、名前を聞いておいておこうか」

 

 

「十六夜 京也――――――推して参る!!」

 

 

先手はレイだった。
杖を振るった瞬間、今度は地面から次々と氷の槍が突き出てくる。
ダッシュをしようとしていた京也は、魔力の流れを読み地面からの攻撃を警戒していたので、素早く後方に飛び退る。

その攻撃の隙を狙って、レイが続けさまに呪文を唱える。

「出ろ、サーペント」

次の瞬間、1m程の大きさの12体の水の蛇がレイの周りに突然出現する。

「ギーシュと同じ魔法?」

「失敬な、オリジナルは私だ」

京也の疑問に簡潔に応え、サーペント達に京也への攻撃を指示する。
かなりのスピードで空を飛んできたサーペント達が、四方八方から京也に襲い掛かる。

『相棒、奴はかなりの実力者だぜ!!
 早く俺を使え!!』

「黙ってそこで見てろ!!」

サーペントが口から繰り出す水の矢を阿修羅で防ぎ、体当たりを紙一重で避ける京也に、レイからも氷の矢が撃ち込まれる。
狭い路地裏では逃げ場所が限られているので、氷の矢を身体に掠らせながらもギリギリで京也は連携攻撃を凌ぎ切る。

「本当、ワルキューレの制御で手一杯のギーシュとは大違いだな!!」

「・・・まだ余裕があるのか」

背後でギーシュが「未熟で悪かったね!!」と叫ぶのを聞きながら、次の連続攻撃を避けた後で壁を背にして阿修羅を構える。

サーペント達が素早く半円に京也を取り囲み、レイは呪文の準備に入る。

『相棒、奴は水のトライアングル・メイジのレベルだ!!』

「へぇ、先に見せた風の矢は引っ掛けかぁ。
 ・・・トライアングル・メイジ以前に、随分戦い慣れしてるな」

京也の無駄口には付き合う気も無いのか、レイは無表情のまま氷の塊を叩きつけると同時に、サーペント達を突撃させる。

「っせい!!」

背後の壁を蹴って3m程上空に跳び上がり、民家の屋根に手を掛けてそのまま屋根に登る。
そしてレイの攻撃を受けた民家が崩れる前に、隣の民家の屋根に飛び移った。

「警備兵が民家を攻撃していいのかよ!!」

「テロリストの撲滅は最優先事項だ」

フライで同じように屋根に登ったレイが、京也が攻撃をしようの無い距離を取って返事をする。
次の瞬間にはレイの周囲に12体のサーペントが待機状態で現れた。

「うわ、ありゃ手加減する気ほんとうに無しだ」

『何だかんだで、あの連携攻撃を受けて相棒は無傷のままだからなぁ・・・
 そりゃ、あれだけの実力者なら油断はしないだろうぜ。
 で、そろそろ俺を使う気になったかい?』

「なんのまだまだ!!」

京也は突撃をしようとするサーペントに向けて、ベルトに吊っていたナイフ2本を左手で投擲する。
ただのナイフなどサーペントには効かないと判断したレイの目の前で、ナイフに貫かれたサーペント四対が全て水へと還った。

「解呪しただと?」

京也の予想外の攻撃に驚きつつも、レイは体勢を立て直すためにサーペントに前面を守らせながらフライで背後に下がる。
そんなレイの思惑を防ぐため、京也は屋根の上を走りながら更に2本のナイフを投擲して三体のサーペントを消し去り、阿修羅で二体を消し飛ばす。
迫り来る京也に慌てもせずに、長々と呪文を唱えるレイ。

『不味いぜ相棒!!
 あの野郎、民家とかは関係無しにでかい魔法を使うつもりだ!!』

「へっ、させるかよ!!」

残り三体となったサーペントのうち一体の頭を足蹴にして、京也が空を舞う。
レイの頭上に作られていた巨大な氷の塊が、京也に向けて物凄いスピードで撃ち出される。

「はあっ!!」

空中で氷塊の弾丸と阿修羅の突きが激突する。
力が拮抗したのは一瞬・・・氷塊が砕け散り、その余波で京也が背後に吹き飛ばされた。

『おいおい、マジかよ!!』

「十六夜念法、舐めるなよ!!」

デルフの感嘆の声を聞きながら、京也は見事にトンボを切って屋根に着地する。
その京也の前に、ブレイドの魔法を掛けた杖を手にしたレイが跳び込んで来た。
接近戦では圧倒的に有利な京也が、その一撃を余裕で阿修羅で受け止める。

『魔法使いが接近戦で剣士に勝てるかよ!!』

そんなデルフの台詞に動じる事無く、次々と繰り出される刃の一撃を阿修羅が防ぐ。
明らかに不利な事を知りつつもレイは鍔迫り合いに持ち込み、京也の動きを止めた瞬間、残り三体のサーペントはレイを巻き込んだ形で水の矢を放った。

「ちっ!!」

左腕を水の矢で抉られた京也が、宙に浮いたままレイを蹴り飛ばし路地裏に受身を取って転がる。
立ち上がると同時に、目の前から襲い掛かるサーペントを阿修羅で水に戻し、立ち上がって呪文を唱えようとするレイに向けて走り出す。

レイも所々から血を流しているが、その闘志は一向に衰えていなかった。

 

 

――――――そんな二人の目の前に、七体のワルキューレが現れた。

 

 

「レイ先生、これ以上京也と戦うなら、及ばずとも僕も先生と戦わせて頂きます」

真剣な表情で自分を睨むギーシュに、目を細めながらレイが返す。

「ギーシュ坊ちゃん、私の腕は御存知だと思いますが?
 その私ですら、命を掛ける覚悟で戦わないと駄目な平民・・・
 手を合わせて確信しました、彼は危険です。
 トリステインの為にもここで処分します」

「京也はこのギーシュ・ド・グラモンの無二の親友だ!!
 その親友を殺すというのなら、僕を倒してからにするんだな!!」

「・・・実力に見合わない台詞は吐かないように、と徹底的に教育したつもりなんですがねぇ」

今まで京也に向けられていた殺気が、目の前のギーシュに注がれる。
そのプレッシャーに折れそうになる膝を、歯を食いしばってギーシュは耐える。
レイが本気で自分に殺気を向けるとは思っていなかったが、二人がこれ以上戦う姿は見たくなかったのだ。

「まあまあ、お互い本気で殺すつもりじゃなかったんだし、ここまでにしようぜ」

「私は殺す気でしたけどね」

震えるギーシュの肩を叩きながら、京也が笑顔で止めに入る。
その笑顔に向けて冷たい視線を向けながら物騒な返事をするレイだったが、手に持っていた杖を下げた。

「ここは、ギーシュ坊ちゃんに免じて引き上げます。
 ですが、これだけは覚えておきなさい。
 私にとってグラモン家の名誉は、自分の命よりも何よりも・・・重い」

「うんうん、手の掛かる弟ほど可愛いって言うしなぁ」

京也の間の抜けた切り返しに、一瞬憮然とした顔をした後、レイは無言でギーシュに頭を下げてその場を去っていった。

ギーシュはそんなレイを見送った後、力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
そんなギーシュを京也は苦笑をしながら見ていた。

 

 

タバサと合流したルイズ達が、路地裏で動けない二人を発見したのはそれから三十分後の事だった。

 

 

「ねえ、この破壊され尽くしちゃってる民家は何よ?
 これどうするのよ?ねえねえねえ?」

「うううっ、傷が痛む・・・ルイズ、俺はギーシュを守っただけなんだ」

「えっ、何その話の流れ?」

「うん、私も見てた」

「ええっ、本当に何、この話の流れ??」

「幸運にも怪我人は出なかったみたいね。
 良かったじゃない、民家の修理費だけで済むわよ」

「えええっ、僕が出すの?ねえ?」

『まあ、相棒がギーシュの為に戦ったのは確かだからなぁ』

「ええええっ、いや確かにそう見えるかもしれないけどさ!!」

「大丈夫、錬金は君の得意分野じゃないか。
 ところで、さっきの声って誰だ?」

「カバーになってないよ、マリコルヌ!!」

結局、キュルケとルイズに頭を下げてお金を貸してもらうギーシュだった。

 

 

 

「レイ隊長、随分と御機嫌なようですが、何かありましたか?」

「・・・傷だらけの隊長を見て、第一声がそれか?」

警備兵の詰め所で従士に包帯を巻かせながら、レイはアドミス副長に低い声で話す。
しかし、長年レイと同じ隊で過ごしていたアドミス副長は、そんなレイを無視して話を続ける。

「南の方の路地裏で、かなり大規模な魔法戦闘があったみたいですが、ご存知ですか?」

「さあな、はぐれ魔法使いにもそこそこの腕のメイジは存在するからな」

「サーペントらしき魔法生物も目撃されていますが?」

「ほう、それは珍しい、私と同じような魔法を使う魔法使いが居るとはな。
 是非ともお手合わせを願いたいところだ」

「・・・私は出逢いたくないですけどね。
 まあ、破壊された民家の住人は、何故かその場に居た貴族に賠償金を貰って納得してますがね」

爛々と光りだしたレイの瞳に、これ以上の突っ込みは不味いとアドミスは追求を止める。
後日、部下が失敗をした時に庇う為に、このネタを使おうと記憶に刻んだ。

「・・・ギーシュ坊ちゃんに会った」

「ほう、グラモン家のギーシュ様にですか?」

「意外なほど成長をされていたよ、私に向かって杖を向けるほどな」

「それはまた・・・
 だから、機嫌が良いんですか」

レイのグラモン家への忠義心を良く知っているアドミスは、レイが御機嫌な理由を理解した。
それに甘ったれた性格を心配していた、自分の教え子でもあるギーシュの成長を見れたのなら、正に上機嫌だろう。

「あの、レイ隊長・・・この首筋の痣にも薬を塗っておきますか?」

従士はレイの身体の傷への治療が終わり、段々と目立ち始めた首筋の痣をどうするか聞いてきた。

「首筋だと?
 そんな所に攻撃を受けた覚えはないが」

詰め所に備え付けられている鏡で、レイは自分の首筋を見る。
そこには確かに黒々とした細長い痣が刻み込まれていた。
まるで、相手がレイが本気で戦っていない事を知っているかのように。

 

――――――それを見て、ついにレイが笑い出す。

 

「くくく、見事だな十六夜 京也!!
 いいだろう、その腕、その気概、認めてやろう!!
 次は本気で相手をしてもらおうか!!」

楽しそうに笑うレイというかなり珍しい姿を見たアドミスは、その会った事も無い十六夜 京也という人物に、心の底から畏敬の念を覚えた。

 

 

 

 

 

後書き

五週連続〜

・・・・ルイズが全然目立ってないような気が(汗)

何故だろう?

 

 

 





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