十六夜の零

 

 

 

第六章 「剣士と貴族」

 

 

 

 

京也がトリステイン魔法学院に来てから二週間が過ぎた。

トリステイン城下町に出た虚無の曜日以降も、相変わらずの学院生活が繰り返されていく。
ルイズの生活は学院の授業を受けて、図書館で調べ物をして、気晴らしに京也と一緒に馬に乗って遠乗りに行ったり、キュルケとタバサとお茶をしながら談話をしたりと穏やかに過ぎていった。
一年の時、学院に居る間は常に感じていた魔法が使えないというプレッシャーを、ここ最近は感じていない。
自分に魔力が無いという事を知ったせいなのか、それとも何故か愚痴をこぼせるほどには仲が良くなった友人達のせいか・・・常に自分の側でギーシュ達と馬鹿をやっている京也のせいなのか、それは分からなかったが。

 

――――――京也の存在は確実にルイズの中へと刻まれていっていた。

 

 

そんなある日、ルイズは以前城下町で暴漢に襲われたというギーシュを守る為に、京也が怪我をした事を思い出し今更ながら怒っていた、一応友人と呼べる程度には繋がりを持ったギーシュが無事だった事を喜ぶだけの度量は持っていたが。

・・・やたらとお喋りな魔剣についても、まあ許容しよう。

「でも、私の事を第一優先で守りなさいよ!!
 京也は私の使い魔でしょ!!」

「いや、あの時はマリコルヌも一緒だったし」

「役に立つの!!アレが!!あのボールが!!」

ルイズが指差した先には、ギーシュと一緒に座禅を組もうとして中庭を転がるマリコルヌの姿があった。

背筋を伸ばした姿で足を組んでいるギーシュの姿を完成形とするなら、足を組めずにボールと化しているマリコルヌは何と評すればいいのだろうか?

「・・・というか、普通に歩くより転がる方が早くない?」

「・・・そうなんだよなぁ」

首を傾げる二人の前で、転がり続けるマリコルヌ。
その表情は何気に楽しそうだった。
深く考える事を放棄したルイズは、京也にこの修行に意味があるのか尋ねてみた。

「で、何か成果があったの、この修行?」

「まだ、始めてからそんなに日数が経ってないし。
 そんなに急に成果なんて出ないさ。
 でもまあ、今までの成果を見た目で判断するなら、ギーシュが一番分かりやすいかな」

『相棒、それよりギーシュの奴寝てるぜ?』

「ああ、分かってる」

そう言って、陽気にやられたのか何時の間にか居眠りをしていたギーシュを、恒例になってしまった拳骨で叩き起こす。

 

 

 

何だか面白そうなので、キュルケとタバサも呼んでみた。
マリコルヌは未だ転がっている。

「で、何か凄い事が出来るようになったわけ?」

「ま、まあ、見ていたまえ」

キュルケからどうでもいいような口調で言われて少し凹みつつ、ギーシュは彼の十八番となるワルキューレを作り出す。

何時もと同じように現れた七体の青銅のワルキューレを見て、つまらなさそうに溜め息をつく女性陣。

ギーシュの自称ガラスのハートに深いヒビが入った。

「ギーシュもマリコルヌと一緒に遊んでばかりだもんね。
 もしくはモンモランシーとイチャイチャしてるかだし。
 京也が指導しているからと言って、そうそう強くはならないか」

ルイズが冷たい目でギーシュの背中を見る。

「あの短期間で出来る事なんて限られてるからな。
 だから俺が指導したのは集中力の特訓。
 今ある力を効率よく配分して、制御する事を教えたんだ。
 良く見てみなよ、ワルキューレ一体一体の姿が違うだろ?」

「あ、本当だ」

京也からそう言われて、改めてワルキューレを見てみると三体は槍や剣を持つ細身の機動力重視の体型をしており、三体は大きな盾を持つどっしりとした力強い四肢を持つ体型をしていた。
そして最後の一体は小柄で、両手にナイフを持っていた。

「へえ、前衛と後衛と陽動役に分けて作ったんだ。
 確かに七体を一斉に突撃させるのも手だけど、こっちの方が色々な局面に対応できそうね」

「今ある力で戦力の底上げに成功してる」

感心した口調でギーシュを褒めるキュルケ達。
それを聞いてギーシュは得意げに胸を反らした。

「ふふん、もっと褒めてくれたまえ。
 普段は馬鹿をやってるだけに見えるかもしれないが、こう見えても真剣に修行を行っていたのだよ」

調子に乗って、髪の毛を掻き揚げるギーシュを無視してルイズは京也にもう一人の馬鹿について尋ねる。

「・・・で、マリコルヌはどうなのよ」

「・・・転がってるだろ?」

「転がってるわよ」

「だから?」

『あの転がる原動力って何か分かるか嬢ちゃん達?』

デルフからのヒントを聞いて、思わずマリコルヌを注視する一同。
確かに体型はアレだが、坂道でもないのに何時までも転がり続けるのはおかしい。

そして、風系統の魔術師であるタバサは、直ぐにある事実に気が付いて驚く。

「魔法で浮いてる」

「え、嘘!!」

「あれって魔法で転がってるの?」

『制御力に関しては、あの小太りの方がギーシュより凄いぜ。
 何しろ小出しに魔力を調節して、風の力で転がってるんだからな』

デルフからの説明を受けて、マリコルヌの呆れた成長振りに思わず呆然としてしまう三人娘。
特にタバサは風系統の魔法に詳しいだけに、長時間一定の出力で風の魔法を調節するという難易度の高い技術を誰よりも驚いていた。

正直言うと・・・何の役に立つのかは良く分からない技術だけれど。

「二人ともドット・メイジの力のままで、レベルアップを果たしてるわけね。
 本当やるじゃない、京也」

キュルケが京也を褒める事に悪い気はしないが、ルイズは京也がそんな技術を持っている事に疑問を投げかける。

「でも、魔法使いの鍛え方なんてどうして京也が知ってるのよ?」

「別に魔法使い用の鍛え方はしてないぞ?
 俺が教えたのは集中力の高め方だけさ。
 以前ちょっと説明したけど、身体の中心に存在する7つのチャクラ。
 その一つ丹田・・・へその少し下の辺りに存在するチャクラなんだけどさ、この位置に意識を集中すると、力の流動を上手く扱えるようになるんだ。
 もともとあの二人は注意力散漫に意志薄弱だからなぁ、精神鍛錬で結構効果がでたみたいだな」

「「そこまで言うか!!親友よ!!」」

一旦、転がる事を止めたマリコルヌとギーシュの抗議の声は全員に無視された。

『実際、相棒が教えたのは力の制御方法ばかりみたいだぜ。
 あの座禅ってやつは、その丹田のチャクラとやらを感じるのに一番良いんだとよ。
 元々、剣と魔法じゃ畑違い過ぎるからな、今後は本人の努力次第だろうさ』

へー、とキュルケと一緒にルイズは頷く。
確かに集中しろと良く授業で言われるが、漠然と集中をすると意識が逆に拡散しがちになってしまう。
でも、決められた箇所に集中するというのは良い手段だと思えた。

「ねえ京也、私にもその方法を教えてよ」

「あー、ルイズ一つだけ忠告をしよう。
 実は座禅だけじゃなくて、不思議な踊りもしないと駄目なんだ。
 ・・・しかも、結構大変なんだよコレが。
 恥ずかしいので僕達は夜中にやってるんだけどさ」

ギーシュがこれだけは言っとく!!
と、目に力を込めてルイズに忠告をしてきた。

「不思議な踊りじゃない、武術の演舞だ!!
 あれは身体の動きを意識して行い、力の流れを四肢に渡らせる訓練なんだぞ!!」

「うーん、確かに成果は有りそうなんだけどねぇ。
 夜中に聞こえる悲鳴を考えると、我が身を守りたいというか。
 そう言えば、ギーシュのワルキューレとかは京也の意見が入ってそうだけど。
 ・・・アレも京也が教えたの?」

再度、転がりだしたマリコルヌは、中庭でお茶をしていた女学生を追いかけていた。
その姿はある意味愛嬌はあるのだが、不気味な事も確かなので嬌声を上げながら女学生達は逃げていた。

「・・・アレはね視点の位置が低いから見えるんだよ」

「何が見えるのよ?」

「いや、僕の口からはちょっと・・・」

ギーシュとキュルケの会話を聞いていたルイズはある事に気が付いた。
その事を京也に確かめようとすると、既にその場に京也の姿は無かったのだが。

・・・気を取り直して良く観察をしてみると、マリコルヌの顔はだらしなく歪んでいた。

「アイツ、もしかして下着を覗いてない?」

ルイズがそう呟いた瞬間、ギーシュはフライの呪文を唱えて飛び立った。

十秒後、上空に待機していたタバサの使い魔である、風竜のシルフィードに捕まった。

 

 

実行犯を止めなかったギーシュは軽く燃やされた。
実行犯は凄く燃やされて凍らされた。
実行犯の師匠は見事に逃げおおせた。

 

 

 

 

「あー、良い天気だねぇ」

マリコルヌは一人で中庭で昼寝を楽しんでいた。
友人達と馬鹿騒ぎをするのも楽しいのだが、こうやって一人の時間を過ごすのも結構好きなのだ。
もっとも、親しい友人が出来たのは京也が現れてからなのだが。

「最近、傷の治りも早いんだけど・・・寝過ごすとはなぁ」

遠い目で昨日の出来事を思い出す。
自分の体型を最大限に活かした回転歩法は封印してしまった。
・・・また、盛大に燃やされて、凍らされるのは流石に堪忍して欲しかったからだ。
でもその傷を治す為に、薬を塗った後に自室で寝て起きると、既に昼過ぎだった。
しかも、今日に限って秘薬を探す為の課外授業だったので、クラスの生徒達は誰もこの学院に残っていなかった。

 

 

――――――つまり、置いてけぼりをくらったのだ。

 

 

「がぁぁぁぁぁ!! あいつ等ぁぁぁぁ!!
 親友が来ていない事くらい気付けよ!!
 というか普通気付くよね!!」

 

 

青空の向こうに、良い笑顔で親指を立てる京也とギーシュの幻を見た。

 

 

「京也〜、魚釣れた〜?」

「ほら、十匹もあったら十分だろ」

「うわ、あの短時間で十匹も捕まえたの?」

「素手で魚を捕まえるなんて、凄いわねぇ。
 ルイズも京也が居たら、何処でも生きていけそうね」

「ふふん、伊達に物心付く前から山に篭ってないぜ」

「モンモランシー、君も一緒に食べないかい?
 意外とこの川魚の塩焼きってのもいけるよ」

「え、じゃ、じゃあ御相伴に預かろうかしら」

「・・・お前は火の番をしてただけだろ、ギーシュ」

「ははは、まあ小さい事を気にしない気にしない。
 タバサももう一匹どうだい?」

「はむはむ」

『相棒〜、何時まで俺は日干し状態なんだ〜』

「いけね、デルフを忘れてた!!」

『ひでぇ!! この俺を忘れるなんて!! 有り得ねぇ!!』

「ねぇ、忘れると言えば・・・誰か忘れているような気がしない?」

『「「「「「さあ?」」」」」』

 

 

 

・・・何だか物凄く腹立たしいイメージが、脳裏に浮かんだ気がする。

余計な妄想に栄養分を使いすぎたのか、随分と空腹になっている事にマリコルヌは気付いた。
ちょうど昼時だが、食堂も今日は二年生が居ないので空いているだろうと思い立ち上がる。

「あいつ等、帰ってきたら思い知らせてやる」

どんな仕返しをしてやろうかと思いつつ、秘薬を探す課外授業から帰って来るのは夕暮れ時なので、まだまだ時間が余ってるなぁと溜息を吐く。
一年生の時には一人で時間を過ごす事が当たり前だったので、時間の流れを遅く感じた事なんて無かった。
・・・それが今では友人達の帰りを待ち侘びているのだから、何だか笑える。

だけど、今の状態が気に入らない訳じゃない。

京也とギーシュの三人で馬鹿をやる事は凄く楽しい。
昔はルイズをからかう事が精一杯だったが、普通に他の女学生とも緊張せずに話せるようになった。
魔法の実力にしても、今はドット・メイジのままだが以前より何かしらの手応えを感じている。

二年生の進級時に行った『コントラクト・サーヴァント』で京也が呼ばれてから、自分を取り巻く環境が結構良い方向に変わったなと思う。

「・・・まあ、置き去りにした事は別問題だけどね」

ブツブツと独り言をしながら食堂へ向けて歩くマリコルヌの前に、メイドが一人飛び出してきた。
突然の出来事に最初は驚いたが、見覚えのある顔と中々の大きさの胸で、そのメイドが京也と良く話をしているシエスタだと気が付いた。

そのシエスタが泣きそうな顔でマリコルヌを見ていた。

「な、何か用か?
 京也なら今はルイズと一緒に課外授業中だぞ」

「それは、知ってます。
 でも京也さんが帰ってくるまで、待てない事情があるんです。
 お願いします、マリコルヌ様。
 何とか京也さんに連絡を付ける方法は無いでしょうか?」

涙目になりながら必死に頼み込んでくるシエスタにマリコルヌは驚いていた。
京也は何かとメイドやコック達の為に働くので人気が高い、だがここまで必死に頼む用事とは何だろうか?
連絡の付けようは無い訳ではないが、そこそこの時間は掛かってしまう。

その辺の事情を説明する為に、興奮しているシエスタを落ち着かせながら事情の説明を行った。

「俺の使い魔のふくろうのクヴァーシルを使えば、何とか三時間もあれば連絡を取れるけど?」

「ああ、今から連絡だけで三時間も掛かるのなら・・・間に合いませんわ」

マリコルヌの説明を聞いて、シエスタはとうとうその場に座り込んで泣き出してしまった。
平民のメイドとはいえ女性が泣いている姿を見られ、周囲からの視線を痛く感じたマリコルヌはシエスタの背中を押すようにして場所を移動する。

これ以上、俺の評価を下げるような事をしないでくれよ・・・と内心で泣きながら。

 

 

泣くだけ泣いて落ち着いたシエスタから、やっとマリコルヌは事情を聞きだす事が出来た。
その内容は、シエスタの同僚でありルームメイトでもあるローザというメイドが、王宮の官吏のモット伯に見初められて連れ去れたというものだった。
時間が無いという理由は、一度貴族のお手つきになった以上、余程の理由が無い限り他の貴族の下には雇われないからだ。
つまり、ローザの所有権が完璧にモット伯に移ってしまうまでのタイムリミットは、早ければ夕方かもしれない。

正直に言うならば余りにありふれた話だった。

その手の話については、貴族社会に身を置いていれば嫌でも耳に入る。
市井に溢れている野良メイジの殆どは、その見初められた女性の子供だが、父親からは認知されない存在だからだ。
だが、そんな例を別に考えると上手くモット伯に気に入られれば、妾として今より贅沢な暮らしが出来る可能性も有る。

決して悪いだけの話ではないのだが・・・口には出さずにマリコルヌはそう考えていた。

しかし、本来ならばそんな話を、シエスタはマリコルヌに話す事さえ許されない立場なのだ。
言うまでもなくマリコルヌも所詮は搾取する側の存在だからだ。
普段の京也との付き合いから、ついつい油断をして本音を漏らしてしまったのだろう。

「京也さんが居てくれれば・・・」

「あのさ、京也に押し付けて、それでどうするのさ?
 確かに京也は強いよ、あの不思議な技を使って何とかローザって子を助けてくるかもしれない。
 ・・・でもその後はどうするんだよ。
 面子を潰された貴族が、おとなしく引き下がると思うか?
 下手をすると京也はお尋ね者になって、ルイズもその煽りを受けて実家に送り返されるかもしれないんだぞ」

何より・・・京也は助けを求められてそうそう断る事はしない、お尋ね者になると分かっていても、そこに自分の信念に添う真実がある限り笑顔を浮かべて向かい・・・やり遂げる。
京也はそういう奴だった、命がけの決闘を行った後でも、戦った自分達に笑顔で手を差し伸べるような男だった。
たかだか数週間一緒に過ごしただけの自分でも、京也の根っこの部分は良く分かっていた。

―――――だからこそ、そんな勇敢で馬鹿正直な友人をメイドの甘い考えで失いたくなかった。

自分勝手な意見だと分かっている、京也の意見を何一つ聞いてもいないのだから。
でも、大した理由も無く命を掛けるのはやはり避けるべきだ。

この世の不条理全てを、一人の人間で変える事は不可能なのだから。

「・・・取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」

少しは冷静になったのか、自分が仕出かした事に思い至り、シエスタは青い顔でマリコルヌに頭を下げた。
マリコルヌは聞いていない振りをして、シエスタの言動を不問にした。

「失礼しました」

肩を落としてトボトボと厨房に向かうシエスタの背中を、憮然とした表情で見つめる。
実際・・・聞いていて気持ち良い話では無かった。
京也との付き合いによる影響なのか、最近は自分の中にある平民と貴族という垣根に、大きな亀裂が入っているような気がする。
意外にもギーシュは軽くそれを受け入れている節があるのだが・・・自分には京也以外の平民を認める事はまだ無理だ。

ふと、自分とギーシュが京也と決闘をするに至った経緯を思い出した。
あの時も、シエスタが原因の一つとなっていた。
そう、もう一人のメイドと共に。

「待ってくれ、シエスタ」

「は、はい!!」

突然呼び止められた為、驚いて大声で返事をしてしまったシエスタは怯えた表情でマリコルヌに顔を向けた。
久しぶりに味わった貴族の理不尽さに、心が弱っているのだろう。
しかし、マリコルヌはそんなシエスタの様子を気にする事無く会話を続ける。

「もしかして、ローザというメイドはあの時ギーシュと俺が一緒に謝りに行った時に、シエスタの隣に居た娘か?」

「はい、そうです」

シエスタの返事を聞いて、思わずマリコルヌは低い声で呻く。
あの日、ギーシュとマリコルヌは迷惑を掛けた二人のメイドにある約束をしていた。
それは今後、何か困った事が有ったときに一度だけ手助けをする・・・という約束だった。

貴族の立場である自分達が、平民に謝罪をした上でそこまで大盤振る舞いをするなど考えられない事だったが・・・
京也に負けて心身共にすっきりした状態だったので、己のプライドが満足するだけの約束をしてしまったのだ。
まあ、シエスタとローザの容姿が自分好みだった為に、二人して良い格好をしたかった事も確かだが。
この場に居ない、運命共同体たるギーシュが居ない事が悔やまれる。

 

――――――困った事に、命を掛けるだけの理由が出来てしまった。

 

「・・・うわ、大失敗じゃないか。
 その場の勢いで約束なんてするもんじゃないな。
 うん、全部京也のせいだ、そう決めた」

「?」

頭を傾げるシエスタに何でもないと言って送り出した後、マリコルヌは自分の使い魔を呼び出しギーシュ宛に殴り書きをした手紙を括り付けて空に放った。
夜行性のふくろうでもある使い魔から、色々と不満気な気配があったが頼み込んでみると意外とあっさりと飛んでいった。

「相手が忘れててもさ・・・貴族にとって約束は守るべき契約なんだよな」

 

 

 

―――――何処か吹っ切れた笑顔で、マリコルヌは馬小屋へと駆けていった。

 

 

 

モット伯の屋敷は学院から休み無く馬で駆ける事、二時間の距離に建っていた。
もともと、好色で有名な人物だっただけに、屋敷についてもおおよその位置を知っていたのが幸いした。

今、マリコルヌは一人でそのモット伯の屋敷の、裏庭に忍び込んでいた。

「いやぁ、まさかこんな場面で、自分の成長度合いを計れるとは思わなかった」

周囲に張り巡らした風の結界・・・ただし、音や人の気配、さらには魔法の気配等を探るのみで物理的な障壁ではない。
その特性を最大限に活かして、マリコルヌは周囲の情報を片っ端から拾い集め、守衛や魔法のトラップを見事に回避していた。
以前、トリステインの城下町で京也がルイズにマリコルヌが付いている、と言った真意はここにあった。
マリコルヌならば周囲の状況を誰よりも素早く把握して、ルイズを安全な場所に誘導してくれると信じていたのだ。

もっとも、その上達理由が覗きに使う為だと判明した時は、ギーシュと一緒に複雑な顔をしながら拳骨をくれたのだが。

だが、戦闘では決定打を持っていないマリコルヌにとって、この情報戦を制する風の結界術が最善である事は確かだった。

「・・・意外と守衛が少ないのが救いかな。
 今できる最善は、ローザを連れて逃げ出して学院に隠れるくらいか。
 いざとなったらルイズとかキュルケに泣きつけば、何とかしてくれるだろう」

微妙に他人任せな事を呟きつつ、慎重に壁沿いに歩を進める。
侵入者避けの結界を、得意の回転歩法で縫う様にして回避。
今一番の問題は人の気配から居場所は把握出来るが、それがローザだと確認する方法が無いという事だった。

神経をヤスリで削られるような緊張を味わいながら、恐る恐る人の気配を感じる窓を覗き込む。
今まで見てきた中には、上機嫌で書き物をしているモット伯や、休憩所でカード遊びをする守衛、それに忙しそうにベットメークをするメイドが確認できた。
見付かる事も無かったが・・・肝心のローザを見つける事も出来なかった。
長時間の緊張に耐えている心臓は、常に全力疾走をしたかのように激しく脈打っている。

三十分後、ふらふらになりながらも、何とか人目に付きにくい物置部屋を見つけ出し、その部屋に滑り込む。
大きく深呼吸を繰り返し、心と体を休めるためにマリコルヌは床に座り込んだ。

「くそっ、これじゃあ身体がもたないぞ」

こうしている間にも時間は過ぎ、物置小屋の窓からは夕暮れが見えた。
何事もなければ、ギーシュ宛の手紙は届いている頃だろう。

一瞬、手紙の内容は悪戯という事にして、このまま学院に帰ってしまおうか?と考える。

「・・・駄目だな、京也が絶対に此処に突撃してくる、うん無理」

慎重そうにみえて熱血漢な友人は、あんな手紙を見れば形振り構わず殴り込みだ。
きっとギーシュもブツブツ文句を言いながら、その後ろを追いかけてる様な気がする。
・・・ギーシュを自分に置き換えても、同じ事をすると思うから。

それに考えてみればメイド達と仲の良い京也の事だ、何時かはローザの事を知って此処に殴り込みをするだろう。
何だかんだで京也を止める事が出来ずに、ギーシュと二人で突入をしているような気がした。

そうか、結局モット伯の元に来る運命だったと思えば、少しは気が軽くなる。
それならローザが傷物になる前に救出したほうが、さらに良い事だろう。

後残り六部屋。

 

―――――当たりは何処だ?

 

 

 

 

状況は最悪な未来へと進行中だった。

目標としていたローザは、それから二つ目の部屋で発見できた。
学院のメイドなら絶対に着ないような、胸元を強調する扇情的なメイド服を着て椅子に座っていた。
長い金髪は綺麗に結い上げられており、薄く化粧もしているみたいだ。

ただし、その瞳に生気は無く・・・ただ恐怖のみが宿っていた。

思わず声を掛けようとして窓を叩く前に、メイド長らしき人物が部屋に入ってきてローザに着いて来るように命令する。
そのメイド長の表情には何の感情も浮かんでいない事が、逆にマリコルヌには恐ろしかった。
まだ哀れみや見下げた表情があったほうが、相手を人間として見ている感じがするのに。
そして、ローザを逃さない為だろう、部屋の外には三人の守衛まで控えていた。

三人・・・奇襲を掛ければギリギリ勝てるか?

今、一番避けなければいけない事態は、自分がモット伯に見付かる事だった。
はっきり言って、モット伯とマリコルヌの家の格では天と地の差が有る。
もし見付かればたとえローザを救えても、自分は実家にも学院にも帰れない身になってしまうからだ。

そして、マリコルヌが窓の外で迷っている間に、ローザは震える身体を抱きしめながら部屋を出て行ってしまった。

 

 

此処から先は引き返せない道だな。

窓の下に座り込み、マリコルヌは呆けた頭で考えていた。
結局、自分は何も出来なかった。
モット伯の屋敷に忍び込んで、事の経緯を見届けただけだ。

自分は何事も中途半端だなぁ・・・

ふと、同じ半端者だったギーシュが、最近意地を見せた事を思い出す。
以前は逆らう事など考えもしなかった人物に、京也を助ける為に杖を向けたらしい。
大きな身振りで自慢げに語りながら、京也に同意を求めるギーシュの顔は誇らしげだった。
京也も苦笑をしながらも、ギーシュの助太刀に礼を述べていた。
モンモランシーも調子に乗るギーシュを嗜めながら、何処か嬉しそうに笑っていた。
ルイズ達も半信半疑ながら、ギーシュの活躍を認めていた。

 

 

今の俺は・・・胸を張ってあの場所に居られるか?

 

 

格好つけて一人で飛び出して、やった事は覗きだけ。
最後の最後で怖気づいて、ある意味最後のチャンスともいえる場面で尻込みしていた。

実家から勘当?
・・・上等だ、俺の一番の親友は平民じゃないか。

ついでにローザにも責任を取ってもらおうか?
いいじゃないか、あの身体つき!!最高だね!!特に胸!!
憂いを帯びたあの顔も好みだぞ、こんちくしょー!!

 

勢いをつけて立ち上がったマリコルヌは、そのままローザとモット伯の元に向かって無謀にも走り出した。

 

 

 

 

 

突然現れた狼藉者に最初は驚いたモット伯だが、学院のマントを身に着けた小太りな少年の姿を見て苦笑をした。

「マリコルヌ様!!」

少年の名を呼びながら、唯一の味方を見つけたとばかりにその少年に駆け寄るローザ。
獲物を横取りされた事に怒りを覚えたが、ここは大人の余裕を見せる為に静かな口調でマリコルヌに話し掛ける。

「随分と礼儀知らずな少年だな。
 何処の家の者かね?」

「・・・家名は捨てた!!」

決死の表情でローザを庇いながら杖を向けるマリコルヌに、モット伯は流石に眉をしかめる。
家名を名乗らない以上、この少年は只の野良メイジに等しい。
つまり、ここで殺されても文句は言えない。
その上で背後に庇うモット伯の獲物を奪い返しに来たという事は、つまり自分に本気で逆らうつもりという事だ。
見覚えのあるマントから、少年がトリステイン魔法学院の生徒である事は予想が付く。
なら予想出来るのは、今日手に入れたメイド・・・ローザに何かしらの好意を抱いていた、という所か。

面白い、そういう他人が執着する獲物を横取りする事は、とてもとても愉悦に満ちた気分になる。

「まあ、若さゆえの暴走かな?
 今なら笑って許してやるから、ローザを置いてトリステイン魔法学院に帰りなさい」

「生憎、学院にも未練はない!!」

ジリジリとローザと一緒に部屋の出口に向かいながら、そんな事を言うマリコルヌに大して寛大ではないモット伯が怒り出す。
簡単に家名や今までの生活を捨てると言う少年が、最近巷で貴族制廃止を叫ぶ愚か者共に重なって見えたのだ。
最初は大人の力を見せ付けて、少し厳しいお仕置きをするだけのつもりだったが。
こんな思い上がった勘違いだらけの少年には、現実が何で動いているか教え込むしかない・・・そう『力』で、だ。

「現実を知らないガキが・・・どうやらキツ目のお仕置きが必要らしいな」

杖を片手に歩み寄るモット伯に対して、疲労が溜まっているマリコルヌはかなり不利だった。
厳しいストレス下の隠密行動に加えて、ついに家名まで捨てた状態での大博打。
ましてや相手はトライアングル・メイジのモット伯。

そんな状態の彼に出来る事は、一つだけだった。

「逃げるぞ、ローザ!!」

「え、はい!!」

まさかマリコルヌが助けに来てくれるとは思ってもいなかったローザは、マリコルヌの背後に隠れても戸惑ってばかりだったが。
実際にマリコルヌから力強い声で命令をされて我を取り戻し、必死になって逃げ出した。

「逃がすか!!」

半人前の魔法使いなど恐れるに足らず!!、と後を追いかけて部屋を出ようとするモット伯。
しかし、部屋を出た所で待ち構えていたマリコルヌに足を引っ掛けられ、廊下に勢い良く転倒する。

「こ、の、エロ、親父、が!!」

「痛い!! 痛い!! この!! 無礼!! 者が!!」

散々ストッピングをかました後、モット伯が作り出した氷の矢を必死に避けながら、先に逃げたローザを追いかける。
二人の争う声が響いたせいか、周りから守衛達が集まりつつあった。

「マリコルヌ様!!こっちです!!」

「って、まだこんな所に居たのかローザ!!
 先に逃げろって言っただろ!!」

「マリコルヌ様を置いて一人で逃げれません!!」

「おお、嬉しい台詞だな、おい!!
 よーし、俺頑張っちゃうもんね!!」

今まで経験した事がない、女性からの信頼と尊敬の眼差しを受けてマリコルヌは心底喜んでいた。
ローザの先頭を走って道案内をしながら、守衛の居ない方に向かう。
後ろからはモット伯の怒鳴り声が追いかけて来るが、得意の風の結界術で情報を制するマリコルヌは捕まる事なく逃げ続けていた。

そんなマリコルヌの隣では、今までの沈んだ表情が嘘だったかのように綺麗な笑顔を見せるローザが居た。

 

 

 

「はぁ、はぁ・・・はっ、随分と良い格好だな、モット伯」

「悪ふざけが過ぎたな、少年」

度重なるマリコルヌの嫌がらせ攻撃により、モット伯の髪は乱れ、服にも大きな裂け目が出来ており、靴も片方は履いていない。
それに対してマリコルヌは、左手を血だらけにしてローザに支えられながら、何とか立っている状態だった。
ローザを庇って負った傷は意外と深く、血は中々止まらない。
魔力が底を尽きかけたので風の結界術を解除した後、ついにマリコルヌは追い込まれたのだった。

包囲されたのは玄関口を飛び出し、森に繋いである学院の馬まで後一歩という所だった。

既に正面に居るモット伯を中心に、周囲を十名以上の守衛が取り囲んでおり、魔法使いの姿も2〜3人見えていた。

「森の中に馬でも隠しているんだろうが、最早この屋敷から生きて出れるとおもうなよ」

感情が篭っていないモット伯の言葉は、逆にその怒りの深さを物語っていた。

「直ぐには楽にはしてやらんぞ。
 まず、お前の目の前でローザを散々いたぶり、泣き叫ぶ姿を見せ付けてやる。
 その後でローザを殺し、お前の四肢を切り離した後、死ぬまで豚小屋で飼ってやる。
 豚のようなお前の容姿にはピッタリの末路だろう」

「俺の見た目は否定しないが、内面はアンタのほうがよっぽど豚野郎だぜ」

マリコルヌがそう言い返した瞬間、モット伯が庭の噴水から作り出した激流が二人を襲う。
必死にマリコルヌにしがみ付いていたローザが、悲鳴を上げながら引き離され守衛に捕まった。
怪我と激流の一撃により立つ事も出来ないマリコルヌは、地面に横たわったまま動こうとしない。

「マリコルヌ様!!
 いや、放して!!放してよ!!」

駆け寄ろうとするローザを、守衛達が笑いながら押さえ込む。
彼らの予想ではローザを嬲る事に厭きたモット伯が、きっと自分達にこの少女を与えると思っていた。
まだ先の話だろうが、自分達に必死に抗うその姿に未来の姿を重ねて、下品な笑みを浮かべていたのだ。

動かないマリコルヌにモット伯が歩み寄り、上空に水の刃を作りながら話しかける。

「少々手間取ったが、ドット・メイジ程度がトライアングルに挑もうなど、己を過信したな。
 これで最後だ、予定通り四肢を切り離してやる」

「へっ、己を過信だと?
 そんな事ある訳ないだろ、いいか俺が信じてるのはな!!」

負け犬の戯言など聞く価値も無し。
そんな意味も込めて、涙を流すローザを横目に勝者の笑みを浮かべながら、モット伯が杖を振る。

「損得勘定なんて出来ない馬鹿な友人だ!!」

 

 

 

 

マリコルヌの発言と同時に、その四肢を切り刻むべく襲い掛かった水の刃が一本の木刀にかき消される。

「馬鹿な友人、その1参上!!」

突然現れた黒髪の少年の姿と、その理解不可能な現象に思わず動きを止めるモット伯。

「そんな馬鹿共の友人、その2参上!!」

ローザを取り押さえていた守衛達が、青銅のゴーレム達によって次々と殴り倒される。
突然解放されて呆然とするローザを、金髪の少年が手を差し伸べて立たせる。

「遅い遅い遅い!!遅すぎる!!」

「まあ、そう言うなよこれでもかなり無茶をして来たんだぜ?」

京也は苦笑をしながら、地面に横たわるマリコルヌに肩を貸し、ローザ達の所に連れて行く。
そんな間にも、ギーシュは守衛達をワルキューレの連携で圧倒し、魔法使いの攻撃を防御担当のワルキューレで防いでいた。

「・・・お前の顔には見覚えがあるぞ。
 グラモン家の四男坊だな」

「いかにも。
 ギーシュ・ド・グラモン
 友人のマリコルヌ・ド・グランドプレの助太刀の為に参上した」

「馬鹿、せっかく家名は伏せてたのに!!」

ギーシュの名乗り上げに自分の家名を使われて、思わず助けに現れた友人を馬鹿呼ばわりする。

「ふん、グランドプレだと、あの三流貴族の息子か・・・
 やれやれ三流は三流也に、身の程をわきまえる様に教育をすればいいものを」

忌々しげに吐き捨てるモット伯に、ギーシュが冷めた目で話しかける。

「その三流に貴方も仲間入りするんですよモット伯。
 まずはトリステイン魔法学院 学院長オールド・オスマンからの抗議文。
 それとグラモン家とヴァリエール家からも抗議文が届く予定です。
 公爵家の抗議文ですからね・・・
 王宮の官吏の役職はまず外聞上解かれるでしょう」

「ば、馬鹿な!!
 貴様、何を公爵家に吹き込んだ!!」

「やり過ぎたんですよ、貴方は。
 つい最近にも、宰相から横暴な人攫いについて注意を受けたばかりでしょう?
 そうそう、今まで行方不明になった人物についても、調査の手が入る予定ですよ」

「!!」

真っ赤な顔をしたモット伯が、声にならない叫びを上げながら杖を振る。
次の瞬間、地面から氷の柱がせり上がってくる。
ギーシュはワルキューレの一体にマリコルヌを背負わせて、その場から跳び退る。
京也はローザを背中に庇ったまま、気合と共に阿修羅で地面を貫いた。

その一撃によってモット伯の攻撃は打ち消される。

「私の魔法が!!
 貴様、一体何者だ!!」

「十六夜 京也、短い付き合いになると思うが宜しく。
 ・・・で、マリコルヌはこのおっさんをどうしたい?」

「両親まで侮辱されたんだ、自分で決着をつけてやる!!」

「了解、じゃあ僕が手助けするよ。
 ドット・メイジの二人程度で、トライアングル・メイジのモット伯が逃げるとは思えないしね」

「この小僧共が舐めるなよ!!」

追い詰められて激高するモット伯の前に、ギーシュとマリコルヌが立ち塞がり。
京也はローザを庇いながら、残りの守衛と魔法使い達に向き合った。

 

 

――――――長かった一日の最後の闘いが始まった。

 

 

「三流貴族と貧乏貴族の息子共に何が出来る!!
 雑魚は雑魚らしく、身の程を知れ!!
 望みどおり二人一緒に地獄に送ってやるわ!!」

「はん!!
 下克上、上等!!」

「右に同じく!!」

血だらけのままで叫び声を上げて、自分を鼓舞するマリコルヌ。
そんな友人を気遣いつつ、ギーシュはワルキューレをモット伯に突撃させる。

「その程度の術で何が出来る!!」

モット伯の杖の一振りで生まれた氷の槍が、一度に二体の防御型ワルキューレを貫く。
動きを止めたワルキューレの後ろから、攻撃型ワルキューレが二体素早く飛び出して左右からモット伯に迫る。

「数頼みか、ますます雑魚っぽいな!!」

突然足元から生まれた水壁が二体のワルキューレの攻撃を防ぎ、次の瞬間には水流に巻き込ませてバラバラにした。

「数は力ですよ」

防御型、攻撃型と縦列に並んで突撃を掛けるワルキューレ。
まだワルキューレが残っているとは予想していなかった、モット伯は焦りながらもギリギリのタイミングで氷の槍を作り出し、再び二体のワルキューレを貫く。

「はっ、学習能力が無いのか、それともやはり知能は犬並みか!!」

「なんの、これでチェック・メイト」

動かなくなったワルキューレを足場にして、最後の陽動型のワルキューレが上空から飛び掛る。

「はは!! 馬鹿がそこで跳んでどうする!!」

モット伯はワルキューレが投げた2つのナイフを水壁で防ぎ、余裕を持って上空に向けて水の刃を撃ち出す。
左右に切り裂かれるワルキューレを嘲笑するモット伯の顔が・・・突然強張った。

 

 

――――――そいつは何時の間にか、モット伯の足元に忍び寄っていた。

 

 

「足元がお留守だったぜ、スケベ親父」

ギーシュがモット伯の意識を上空に引き付けている間に、得意の回転歩法(ダッシュVer)で一気に距離を詰めたマリコルヌが、良い笑顔で最後の魔法を放つ。

「エア・ハンマー!!」

「ごあぁぁぁぁ・・・」

絞り込む事で威力を上げた空気の鎚が、モット伯の顎を打ち抜き勝負は決まった。

 

 

 

モット伯に文字通りの怒りの鉄槌をマリコルヌが下す前に、京也の圧勝で闘いは終わっていた。
ローザはハラハラしながら三人の闘いを見守っていたが、マリコルヌが止めの一撃を入れた時に喝采を上げた。

「京也さん、マリコルヌ様が勝ちましたよ!!」

「ああ、完勝だな」

へたり込んでるマリコルヌの元に、ローザが走り寄って行く。
その姿を笑顔で見送りながら、京也は足元で気絶をしているモット伯とその部下達を縛り上げていく。

ギーシュがマリコルヌの手紙を受け取ってから、ここまで嵐のような忙しさだった。
今回は相手がある程度の地位に着いてるだけに、下手な力技は使えない。

友人の危機と悩みこむより行動を優先する京也とギーシュを、貴族社会に精通する女性陣が引き止めた。
色々と問題の有るモット伯なだけに、今回の学院からローザというメイドを連れ去ったのも、学院の責任者であるオールド・オスマンを通していないと思われた。
そこで、タバサの使い魔のシルフィードに京也とギーシュ、それにタバサとルイズを乗せて一目散に学院に戻り、オールド・オスマンに事情を説明して抗議文を作成してもらった。
その間にもギーシュとルイズがそれぞれの父親の元に、モット伯の悪行について抗議文を出すように頼み込む手紙を書いていた。

その後は、戦闘になる事を考慮してシルフィードにタバサと京也とギーシュだけを乗せて、ここまで最速のスピードで訪れたのだった。

 

 

 

「ふ、ふはははは・・・私の疑いが晴れた時に覚えてろよ。
 証拠も無い罪を被せて、この私にこれだけの事を仕出かしたんだ。
 貴様等全員、此処で死んだ方が良かったと後悔するような責め苦を味あわせてやる」

砕けた顎の痛みに耐えながら、狂的な瞳でモット伯が呪いの言葉を吐く。
そこには自分に屈辱を与えた存在に対する憎悪しかなかった。

「証拠と言いますが。
 モット伯は一週間前にも別の貴族の屋敷から、双子のメイドを召抱えていますね。
 ・・・彼女達はその後どうなっているんですか?」

「何だあの貧乏貴族の知り合いだったのか?
 ははは、貧乏人同士、気が合ったのか。
 買ってやった二人は、恩も忘れて逃げ出しおったわ。
 まあ、平民など幾らでも代わりがいるから、気にもしていなかったがな!!」

ギーシュの質問にモット伯は憎々しげに、毒の篭った声で答える。
そんなモット伯の姿を見て、京也は溜め息を吐きながら阿修羅でモット伯の鳩尾を突いた。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

突然の京也の行動と、尋常ではないモット伯の叫びに思わず周囲の仲間が京也に注目する。

『お、おい何かしたのかい、相棒?』

「ああ、反省の色がないんでな。
 俺には分かるんだよ、彼女達の怒りと無念がな。
 心配するな、十六夜念法は命を奪う為に技は振るわない」

背中から問いかけるデルフの質問に答えつつ、痙攣をしているモット伯のロープを解き杖を渡す。

全員がその京也の突然の行動に驚き、動きを止めていた。

最初に動いたのはモット伯だった。
跳び付くように杖を奪い取り、高々と笑いながら自分に治療の魔法を掛けるモット伯。

 

 

 

 

――――――しかし、魔法は掛からなかった。

 

 

 

「ば、馬鹿な!!」

次々と呪文を唱え、杖を振るモット伯。
全員が黙り込む中、延々と現実を拒否するかのように杖を振り続ける。

そして、全ての呪文が失敗に終わった後・・・
目を恐怖に染めながら、原因と思われる少年を見た。

『まさか、相棒・・・お前さん』

「言った筈だ、十六夜念法で命は奪わない。
 ただし、本人にとって命に等しいモノを奪わせてもらった」

 

 

 

奪われたモノに気が付き・・・虚ろな瞳のまま、モット伯は地面に両膝を着いた。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、ローザとマリコルヌを頼む」

「分かった」

上空にシルフィードと一緒に待機していたタバサを呼び、ローザとマリコルヌを先に学院に連れて帰るように頼む。
今日の主役はローザの膝枕の上で、だらしない笑顔で眠りこけていた。
そんなマリコルヌの血だらけの顔を、ローザは濡らしたハンカチで優しく拭っていた。

「・・・ま、僕達はモット伯を尋問に来る兵士を、此処で待たないといけないからね」

「それも分かってる」

ギーシュの言葉に頷き、タバサはシルフィードと一緒に空に飛び立った。
その姿を笑顔で見送っていた京也が、重い溜め息を吐く。

「後味の悪い事件だな」

「全くだね」

『だけど、それが貴族社会の現実ってヤツだぜ、相棒。
 今回はたまたま上手く行っただけ、まだマシってもんさ』

デルフの言葉に無言で頷きながら、京也はモット伯の敷地内にある森に向けて歩き出した。

「何処に行くんだい?」

『上空から見た時は、そっちには沼しか無かったぜ?』

「お前達に、本当の十六夜念法の使い道を見せてやるのさ」

悲しそうに微笑みながら京也はそう呟き、ギーシュとデルフを連れて森に入っていった。

 

 

 

一言で言い表すと、その沼は不気味な沼だった。
夜空には二つの月が煌々と輝き、夜道ながら足元はしっかりと見えていた。
なのに濁りきった沼には、その月の光でさえも飲み込むような感じがしていた。

暫く、三人は無言のままその沼を見詰めていた。

「よし、そろそろ良いか?」

『・・・おいおい、誰に話しかけてるんだよ、相棒?』

「・・・僕、じゃないよね?」

「ああ、沼の底に沈められている彼女達を説得してたんだ。
 復讐をしたいのは分かるけど、このままだと悪霊になっちゃうぞ、てね」

さり気なく告げられた言葉に、一瞬考え込み、理解が及ぶとギーシュは叫び声を上げた。

「かかかか、彼女達ってもしかして!!」

『なるほど・・・あのモットって奴の魔法で、沼の底に縛り付けられているわけか』

二人の言葉に何も返す事無く、京也は静かに阿修羅を正眼に構える。
その身を包む聖念が凄い勢いで噴出すのを感じて、思わずギーシュは二、三歩ほど後退した。
今までも京也から不思議な力が湧き出すのを感じた事があるが、以前の力が小川としたら今回の力は激流に等しい圧力を持っていた。

『なななな!!何だこの澄んだ圧倒的なパワーは!!
 通常の魔法でも、先住魔法でもねぇ!!
 相棒、お前さん本当に一体何者だ!!』

 

 

 

――――――騒ぐデルフの言葉に何も返事をせず。

 

 

 

「せめて安らかに」

 

 

 

振り下ろされた阿修羅が沼に触れた瞬間、世界は光に満ちた。

 

 

 

後日、モット伯の逮捕に訪れた兵士達は同僚にこう語った。
驚くほどに澄んだ湖の上に、氷付けにされたモット伯の被害者達が安らかな笑顔で浮いていた、と。

 

 

 

 

 

後書き

オリジナル設定を入れると、段々と容量が増える罠・・・

う〜ん、どうしようかなぁ

 

 

 




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