十六夜の零

 

 

 

第十二章 「剣士と生徒会」(後編)

 

 

 

眠い目を擦りながら、一年生の男子学生が早朝にアルヴィーの食堂に入ってきた。
彼が食堂に一番乗りをした理由は、昨日の宿題に手間取り徹夜になった為、眠気覚ましに飲み物を調達しようとして足を運んだからだった。
ちなみに、宿題はまだ山のように残っている。

今日は授業中に居眠りをするかもしれないなぁ・・・

そんな事を思いつつ、果実ジュースが常時置かれている棚に向かう。
ふと視線を食堂の中央に向けると、そこには昨日まで存在していなかった奇天烈な木のオブジェが置かれていた。

興味心を刺激されたので、果実ジュースのビンを片手にそのオブジェに向かう。
この世界の人間には判らないが、そのオブジェは十字架の形をしていた。

 

――――――そして、何処かの世界の神様宜しく、虚ろな瞳の男子生徒が吊り下げられていた。

 

「お、俺の魔法が・・・通じ、ない・・・」

「ひっ!!」

良く見るとその男子生徒はそこそこ有名な三年生だった。
もっとも、悪い意味で有名な生徒で、顔が中々に整っていて伯爵家の長男という立場を盾にして、好みの女子生徒を強引に口説く事で問題になっていた。
更に腹だたしい事に魔法の腕もトライアングルレベルの為、一年生には歯向かえない存在でもあった。

そして、実はそんな問題児に、彼が憧れていた同級生の女子生徒がちょっかいを掛けられていたのだ。
彼は精一杯・・・彼女を庇ったが、結局何も出来なかった。

 

庇うと言っても物陰から声援を送っただけだが。

 

というか、彼女は自ら問題児に張り手を喰らわせ、倒れたところに侮蔑の目を向けて歩み去った。

 

――――――彼の中で憧れの彼女像が壊れた瞬間だった。

 

少し前に自分の心に刻まれた忘れ難き出来事を思い出しながら、彼は呟いた。

 

 

 

 

「はっ、ざまあ見ろ」

 

 

 

一年生男子は上機嫌で口笛を吹きながら自室に戻った。

 

その後、吊り下げられた三年生が救出されたのは、朝食前に配膳に来たシエスタが発見をした時だった。

実に一年生男子が発見してから三時間後の事だった。

 

 

 

「ああ、あの先輩ね。
 私も声を掛けられたけど、顔と魔法の腕が自慢の割には大した事なかったわよ。
 会話も自分の先祖の自慢話ばっかりで、全然面白くないし。
 それにしても、選挙に立候補してたなんてねぇ」

「へー」

適当にキュルケの会話に相槌を打ちつつ、朝食をすすめる。
タバサも同じ気持ちらしく、興味は無いとばかりに食事をしている。

「もう、付き合い悪いわね二人とも。
 ま、京也の姿が見えないからって、そこまで落ち込まなくてもいいじゃない」

「別に京也は関係無いもん」

「同じく」

一瞬で不機嫌な表情に変わったルイズと、同じく鋭い声で否定をするタバサを横目に見てキュルケは苦笑を必死に隠した。
これ以上からかうと、二人して剥きになって機嫌を損ねるからだ。

「でも、あのオブジェを撤去しないなんて話になるなんてね」

「抑止力にはなるんじゃないの?
 『選挙管理者』の姿は見えないわけだし」

そう、未だに三年生を吊るしていた木のオブジェは食堂に残っていた。
学院長が面白がって残したという一因もあったが、これ以降同じような過ちを犯すような生徒が出ないようにという見せしめの為でもあった。

調査の結果、問題となっている生徒は自分が強引に口説いた女生徒を脅して、対抗馬の生徒のスキャンダルを作り出そうと企んでいたらしい。
それ以外にも色々と問題行動があったらしく、『選挙管理者』のハントに遭ってしまったのだ。
自業自得なだけに誰にも庇ってもらえず、被害者の女生徒からは訴えられた為、今は自室で謹慎中だが・・・おそらく自主退学を申し出ると思われる。

「まあ、今のままの流れだと『選挙管理者』の出番が減らないしね」

「まったく、人の使い魔を勝手にそんな役職に・・・」

「それ機密」

「分かってるわよ!!」

まるで親の仇のように、目の前のデザートとして出てきたプリンを食べるルイズ。
タバサもそれに続くようにデザートを食べていた。

キュルケはそんな二人を見守りながら、今回の騒動の行く末を想い楽しんでいた。
そんなキュルケの手元には、今回の選挙参加者の一覧表があり。
その一覧表には一本の赤線と一つの赤丸が引かれていた。

「ふふふ、まあ退屈だけはしなくてすみそうね」

「不謹慎」

タバサから鋭い突込みが入った。

 

 

 

学院内の廊下を、凄い勢いで歩くカップルの姿があった。
もっとも一足先に先頭を行く女性を、男性が必死に追い掛けているのが現状だったが。

「ちょっと待ってくれたまえ、モンモランシー!!」

「何か用かしら?」

追い縋って来るギーシュの顔を見ようとせずに、モンモランシーが冷たく返事をする。
その態度に顔中冷や汗を掻きながら、ギーシュは一生懸命に言葉を紡ぐ。

「いや、本当に悪気は無かったんだって!!
 僕は君なら本当に生徒会長が出来ると思って推薦をしたんだよ!!」

「へー、ふーん、そうなんだー
 一言も相談無しに推薦しておいて、そんな事を言うんだ」

モンモランシーの瞳に宿る怒りの炎は強大だった。
何時もとは違うその態度に、ギーシュは続ける言葉を持っていなかった。

しかし、ここまで怒り狂うとは、彼女の事を誰よりも知っていると自負していたギーシュにも予想が出来なかった。

「そ、そんなに嫌なら今からでも棄権をするかい?
 本当なら予約を締め切っているから無理らしいけど、何とか彼に頼み込めば・・・」

「・・・別にいいわよ、ちゃんとギーシュの当て馬位にはなってあげるわ」

 

 

 

「へ?」

 

 

間抜け面を晒す恋人に、モンモランシーは選挙参加者の一覧を付き付けた。
そこには学院内での有名人が一同に会していたが、何故かモンモランシーとギーシュの名前も記されていた。

「なななな、何で僕の名前が此処にー!!」

「・・・自分で立候補したんじゃないの?」

最近影を潜めたとは言え、生来の目立ちたがりである恋人の余りの驚きぶりに、少し冷静になるモンモランシーだった。

「あんな『選挙管理者』が暗躍するような選挙戦に、誰が望んで参加するもんか!!
 だいたい女性に甘い彼の性格を見越して、モンモランシーを推薦したんだよ。
 ほら、君の他に女性は誰も立候補していないだろ?」

「あら、本当」

覚えの無い立候補から一夜明けて、改めてそのリストを見てみると、確かに女生徒は自分だけだった。
しかし、昨日時点ではギーシュの悪戯としか考えられないこの仕業に憤り、話しかけてくる彼の声をずっと無視していたのだ。

 

・・・今はちょっとだけ反省をしている。

 

「でも、そうなると誰がギーシュを推薦したのかしら?」

「・・・待てよ、一人だけこういう悪戯をする友人が・・・居たな」

「・・・ええ、居たわねぇ」

暗い笑みを浮かべたカップルは、仲良く肩を並べて歩き出した。

 

 

 

 

「へー、ローザの故郷はアルビオンなのか」

「はい、出稼ぎの仕事でこの学院のメイドを紹介されたので、此処に着ました。
 でも城下町以外は足を運んだ事が無いので、あまり異国という印象は無いですね」

「ふーん、じゃあ今度暇を見て、トリステインでも有名な観光名所に連れて行ってやろうか?」

「え、宜しいのですかマリコルヌ様?」

「ま、まあね、暇潰しだよ暇潰し」

「・・・それでも嬉しいです」

照れ隠しに赤い顔でそっぽを向くマリコルヌと、嬉しそうに微笑むローザ。
二人は昼下がりの洗濯場で、お互いの故郷について話をしていた。
シエスタは友人に気を利かせて、マリコルヌと二人だけを残して早々とその場を去っていた。
そのついでにとばかりに、律儀にも邪魔が入らないように、洗濯物を干しながら様子を見ていたのだが・・・

 

 

――――――世の中にはどうしようない事もあった。

 

 

「ああ、何故だろう友が望んだ凄く凄く幸せな場面なんだけど、心に湧く怒りを抑えきれないよモンモランシー」

「あらあら、私も同じ意見よギーシュ」

二人の修羅は水面に立っていた。
モンモランシーの水の魔法により、上流から静かに流れてきたのだ。

その二人の姿を認めて、マリコルヌの幸せそうな表情が引き攣る。
それを確認した瞬間、二人は咎人を断定した。

「笑えない悪戯を有難う。
 ・・・覚悟は出来ているだろうな、友よ?」

「本当はギーシュにだけお仕置きをしようと思ってたけれど。
 ・・・御免なさい、私達の遣る瀬無い気持ちをぶつけさせて」

 

 

「納得できるかー!!」

 

 

その後、ボコボコに顔を晴らした奇妙な氷漬けの像に、涙目になって必死にお湯を掛けるメイドの姿が洗濯場で見られたらしい。

 

 

 

 

「ルイズ、京也が何処に居るか分からないかな?」

「居場所が分かっていたら、こんな不機嫌な顔をしているわけないでしょ。
 ギーシュこそ何か手掛かりは無いわけ?」

「残念ながら無い!!」

「威張って言う事じゃないだろ、ギーシュ」

「・・・本当、タフよねマリコルヌって。
 昨日はモンモランシーに氷漬けにされたんでしょ?」

「ええ、優しい彼女に手厚く治療されて一瞬で治ってたわ」

「・・・(ふっ)」

「ちょ、何で俺がタバサに笑われてるんだよ!!」

 

 

 

「あー、皆そろそろ現実逃避は止めないか?」

 

 

「「「「「・・・」」」」」

ギーシュの合図で、全員が校舎から吊るされている2つの物体に目を向ける。
毛布に包まれて簀巻き状態の二人は、気絶をしているらしく、白目のままで涎を垂らしながら風に揺れていた。
もっとも意識が有った所で、杖も振るえない今の状態では泣き喚く位しか出来ないが。

「奴だ、また奴が現れたんだ」

「おのれ『選挙管理者』め、貴族に対してなんたる侮辱!!」

「おい黙れよ、奴は物陰から俺達を常に監視してるんだぜ?」

「え、選挙参加者全員を遠隔地から、呪いで襲ってくるんじゃなかったのか?」

「どんな噂だよ、真相は俺が知っている。
 奴はリストに載っている全員を破滅させるために、東方からこの学院にやってきた悪魔さ」

「うおー、それは凄い」

 

 

 

噂が良い感じに暴走している事を確認した一同は、現状を把握するために何時もの食堂に集まった。

「やっぱり被害者は今回の選挙候補者の二人ね」

キュルケがそう言いながら、手元の選挙参加者一覧から該当の二人に赤線を引く。

「いやー、貴族に協調性とか親和性を求めるのは無謀とは言え、二日で三人もリタイアするなんて。
 これはまだまだ荒れそうねぇ」

「うわっ、思いっきり他人事発言」

「あら、だって他人事ですもの」

ルイズの突っ込みにたいして、妖艶に微笑むキュルケの予想は当たっていた。

 

 

 

 

深夜の学院内で秘密の会合が開かれていた。

 

「我々は一致団結をしてこの難敵にあたらねばならない!!」

「そうだそうだ!!
 本日散った盟友からの話を信じると、『選挙管理者』はメイジ二人掛りでも抗し難い難敵!!
 相手は複数と予想される、ここは我等も各個撃破を防ぐ為に密に連絡を取るべきだ!!」

「待て待てぃ、男爵家三男程度の身の上のお主が、何故我等を仕切っておる!!
 ここは侯爵家長男たる我こそが先頭に立ち、反撃の音頭を取るべきではないか!!」

「ええい、この急場に家名で争うとは何たる暗愚!!
 やはり我が覇道に御主達のような凡夫は不要!!
 ここで疾く失せぃ!!」

「何と不可侵条約を二日で破るとは!!
 この学院に我等の楽園を築くという誓いを忘れたか!!」

「ははははは!!
 所詮口約束よ!! 我が覇道は誰にも邪魔させん!!
 お主等を何時かは始末する予定が、少しばかり早くなっただけの事よ!!」

「くっ!! 者共、あの恥知らずの裏切り者を討て!!」

「貴様、何の権限があって我に命令をしておる!!」

「死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

「腕が足がぁぁぁぁ!!」

 

 

 

「・・・何だか勝手に自滅していってるなぁ」

『貴族のガキなんてあんなモンだぜ』

「きゅいきゅい」

 

 

 

翌日の朝、マルトーが料理の仕込みに厨房に向かう途中、中庭に数個のキャベツが生えているのを見つけた。
こんな所で誰が菜園なんてしてるんだ?
と、思いつつ近づくと、何とキャベツから声が聞こえてきた。

「あ、悪魔だ・・・」

「ハーレムが、俺のハーレムがぁぁぁぁ」

「ミス・ロングビルを好きに出来ると思ったのに・・・」

「ふっ、所詮遠き夢の幻よ」

 

 

 

「・・・さ、最近の貴族は変わった遊びをするんだな」

 

 

――――――マルトーはその光景を見てそう呟いたそうな。

 

 

 

 

「はい、これで見事に残りの立候補者は二人♪」

「うそ、そんな状況なわけ?」

「もちろん、こんな事で嘘は言わないわよ」

キュルケから手渡された赤線だらけの選挙参加者の一覧表には、既に残っているは二人だけになっていた。
ルイズはその残り二人を見て、何とも言えない表情になった。

仲間内で集まった昼食時の食堂に沈黙が訪れる。

「何と言うか・・・本当に生存競争みたいな結末ね」

 

「「まだ終わってない!!」」

 

ルイズから憐れみの視線を受けて、ギーシュとモンモランシーが同時に抗議の声を上げる。
実際、あれだけいた候補者がたったの三日で、自分の目の前で朝食を食べる二人だけになっている時点で、いかにこの選挙が過酷なものか認識が出来た。

「・・・なんで選挙に立候補しただけで、生存競争になるんだ?」

ギーシュは力なく呟きその肩を落とした。
周囲の視線も、次は自分かモンモランシーが狙われていると同情的である。

・・・大きく目的が逸れているような気がして仕方が無い。
きっと逸らしている張本人は、ヤル気満々で動いている事は確かなんだけど。

「・・・そう言えば明日の立候補の演説って考えてる?」

モンモランシーがこのまま愚痴を言っても仕方が無い、とばかりに明日の演説についてギーシュに話を振る。
ちなみにモンモランシーの演説文は、女性陣で考えた合作であった。

モンモランシーに話しかけられたギーシュは、厳かに頷いて話始める。

「一応、ほら僕達の浴場って男女別じゃないか?
 これって経費の無駄だと思ってたんだよね。
 だからこれを機に、混浴にして経費削減を」

 

 

――――――ドカッ!!

 

 

ギーシュの目の前にある鶏肉のソテーを、銀の皿とテーブルと一緒にナイフが貫く。
余りに見覚えがあるそのナイフに、無言の警告を感じ取ったギーシュは慌てて食堂の天井に目をやった。

しかし、ギーシュはそこに誰の姿も見つける事は出来なかった。

「・・・マリコルヌ、午後の授業は僕と一緒に演説文を考えないかね?」

「嫌だよ、俺を巻き込むなよ」

「元々僕を巻き込んだのは君だ!!」

「軽いジョークで怒るなよ!!」

「その軽いジョークで死に掛けてるんだ、僕は!!」

「骨は拾ってやるって!!」

「慰めにもならないね!!」

 

 

 

「あんまり、見苦しい事を、してると、次のナイフが、飛んでくるわよ」

「「・・・」」

目の前に刺さったナイフを一生懸命に抜こうとしながら、ルイズがそう忠告を行い。
二人の不毛な会話は終結した。

 

 

 

「要するに、普通に学生生活を送りつつ、まともな演説を行えば問題無い訳よね」

「そのはずだね」

何故か一日中感じる監視の眼に、心底疲れ果てた二人はそんな結論に辿り着いた。

そんな当たり前の事に辿り着く為に、支払った犠牲は余りに多かった。
だが、人はその犠牲を糧にして明日を生きる生き物である。
きっと夜空の星になった他の候補者達も、草葉の影で自分達を見守っているだろう。

――――――完

「って演説をマリコルヌと考えた」

「・・・・・・・・・・・・・・・・ギーシュ、それは追悼文よ」

この人、本当に大丈夫かしら?
モンモランシーは明日の公演に、一抹の不安を感じずにはいられなかった。

もっとも、自分自身もかなり過激な文章を仕上げているので、心配事の種は尽きなかったが。

 

 

 

その日は、選挙開示から初めて静かな夜が過ぎていった。
ギーシュやモンモランシーの悩みなど関係なく、日は昇るのであった。

 

 

選挙投票日、当日

見事な晴れ空が広がる中、生徒達と教師は揃ってアルヴィーの食堂に集っていた。
普段はまず行われない全校生徒の集合に、生徒達は空気に中てられて興奮状態になっていた。

「もう席が一杯ね、こんなに人が集まる所なんて初めて見たわ」

「普通の学校生活だと、学年ごとに集合する事があっても、全校生集合なんて起きないからね」

キュルケとルイズが小声で話をしている間に、公演の時間が来た。
ガチガチに緊張している友人二人が、ぎこちない動きで食堂に作られた演説台に向かう。
その演説台もコルベール先生の力作らしく、二人が登ってもびくともしない出来に満足気に頷いている。

さて、これだけの人間が注目する中で話をするのは初めてな二人は、どちらが先に演説をするかで揉めていた。
お互いに先を譲り合う中睦まじいその姿に、一人身の生徒達から苛立ちのオーラが漂いだした。

「これはわしが決めなければ、話が先に進まないんかのぉ?
 では、グラモン家の坊主が先に発表せい」

「は、はい!!」

学院長に直接指名された以上、これ以上の駄々を言うのは不可能なのでギーシュは壇上で演説を始めた。

しかし、ギーシュが震える声で何か言おうとすると、大きな声で野次が飛ぶ。
その内容はギーシュ達が『選挙管理者』に金を掴ませて、対抗馬を消したなどという誹謗中傷が主だった。

野次のせいで演説が出来ない事とプライドを傷つけられ、段々苛立ちを募らせるギーシュだったがふと見上げた食堂の天井に、見知った顔を見つけて呆れていた。

 

 

――――――何もそんな所から見学しなくてもいいじゃないか。

 

 

ギーシュが苦笑を洩らした後に落ち着いた事が分かったのか、彼は笑顔のままコソコソとその姿を天井裏に隠した。

どうやらこの数日間、本当にあの天井裏で生活をしていたのだろう。
今更ながらその徹底振りがおかしくなって、ギーシュは笑みすら浮かべていた。

やがて、野次を飛ばしていた生徒達も、幾ら言ったところでギーシュが動じない事が分かると、段々と声が小さくなり、やがて消えていった。

静かになった生徒達を眼下に見据え、笑顔のままギーシュは演説を続ける。

「えー、そろそろ時間が勿体無いので話をさせていただきます。
 まず、私が生徒会長になるに当たって、就任時に是非とも実行したい案が一つあります。
 それはやがてトリステイン王国に仕える為に、自分達の実力を高める『部活動』という活動を行う事です。
 戦闘が得意な者は、騎士団に真似た部を作りお互いに技術の切磋琢磨を行う。
 また科学アカデミーを目指す者は、実際に何らかのテーマを決めて複数で研究に当たる。
 これらの行いの目的は、個々で行うには限度がある対応を、団体という単位にまとめて実績を残す為の手段です。
 きっと将来、この経験は皆さんにとっての財産になると私は思っています」

どんなお笑い話が出てくるのかと、心待ちにしていた生徒達は意外にも真面目な話に驚いていた。
ギーシュが提案したものは、貴族に有りがちな個人主義からの脱却だった。
オールド・オスマンもその話を聞きながら、興味深げに頷いていた。
その優しげな瞳は予想以上の成長を遂げていたギーシュに向けられていた。

 

「・・・ギーシュ一人で考え付く内容とは思えないわね。
 共犯者のマリコルヌさん、そこらへんはどうなのよ?」

「ズバリ、京也の話を参考にさせてもらってます」

「やっぱり」

キュルケの視線を一身に受けて、マリコルヌは直ぐに白旗を揚げた。
しかし、京也の話していた『部活動』という概念を利用しようと思ったのはギーシュのアイデアであり、演説の内容を纏めたのはマリコルヌだった。

「モンモランシーの話が始まる」

「そうよ、二人とも黙りなさいよ」

ルイズとタバサに注意を受けて二人は黙り込んだ。
そして、ギーシュの演説によりこの公演が、意外にも真面目なイベントであることに気が付いた生徒達は姿勢を正して、モンモランシーの話に耳を傾けた。

ギーシュの時には飛んでいた野次が、モンモランシーの時には沸かなかった事がその証左だろう。

「私が皆さんに提案するのは、ある意味男性の方には受け入れ難い事だと思います。
 今回、私がこの選挙に立候補するつもりはありませんでした。
 ですが、もう一人の立候補者のギーシュ・ド・グラモンの推薦により、この壇上に立つに至っています。
 ・・・この話から分かるとおり、私の意志に関係無くこの場に立たされたのです。
 最初は彼を恨みましたが、この時一つの考えが私に浮かびました。
 ある友人から聞いた話ですが、その友人の国では男女平等という言葉があるそうです。
 男性と同じく、女性にも平等に主義主張を求める権利がある、というものです。
 今のトリステインは女王陛下が治められる国。
 しかし、女性の立場は未だに低いままと言わざるを得ないと思います。
 私が生徒会長になった時には、まずはこのトリステイン魔法学院から女性の権利を確立していこうと思います。
 最後に私の意見を一言。

 ――――――女性を舐めるな、男性諸君」

最後の言葉は明らかに背後で苦笑をしているギーシュに向かって放った言葉だった。
実際、ギーシュはどちらかと言うと引っ込み思案な彼女が、こんな大胆な仕返しをしてきた事に驚き・・・喜んでいた。
自分が変わっていくように、モンモランシーも変わっていく。
それはきっと悪い意味での変化ではないと彼は思っていた。

 

そして、そんな変化を促した友人は、未だ天井裏で潜んでいるのだろうか?

 

女性からの拍手と、男性の罵声を背に自分に微笑む彼女を、ギーシュはとても素敵だと思った。

 

 

 

「僅差でモンモランシーの勝ち。
 ふふふ、私の書いたシナリオ通りね!!」

「私も手伝った」

「そうね、タバサのアドバイスも良かったわよね。
 特に最後の台詞」

「あ、貴方達ね!!
 自分で言いなさいよ、そういう台詞が言いたいなら!!」

投票結果は接戦の結果、モンモランシーは見事に初代生徒会長に任命された。
そして、ギーシュは副生徒会長というポストに収まったのだった。
一部では夫婦生徒会と陰口を叩かれているが、本人達は気にしていないようだ。
演説時は半ば自棄状態だったモンモランシーは、後になって自分の発言の大胆さに青い顔をしていたが、意外にも女生徒達に熱烈に受け入れられ、最早引くに引けない状態に陥っていた。

「そう言えば早速仕事を押し付けられたらしいわね?」

ルイズが笑いながらそう尋ねると、モンモランシーは真面目な顔で頷いた。

「ええ、今度アンリエッタ姫殿下がこの学院に訪問される予定なのよ。
 その受け入れ準備とセレモニーと取り仕切るのが、生徒会の初仕事よ」

 

 

あの演説の時と同じ鋭い目付きになってそう言い切る彼女は、以前の流されやすい彼女と違い実に頼もしく見えた。

 

 

 

後書き

次回から原作2巻に突入ー

しかし、今回主人公の台詞は一回だけ(苦笑)

 

 





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