十六夜の零

 

 

 

第十四章 「剣士と子爵」

 

 

 

アンリエッタ王女がトリステイン魔法学院に到着した翌日。
早朝から学生達は王女に披露するために、使い魔達の身嗜みや訓練に精を出していた。
ここで王女への覚えが良ければ自分の未来に光が差すだけに、通常の授業とは違い気合十分な表情で学生達は活発に動いていた。

そんな喧騒を横目に、真面目な表情ながらコソコソと馬小屋に向かう主従が居た。

「ルイズ、この話は学院長に通達済みなんだよな?
 昨日聞いた話だと、十日位は確実に授業に出れないんだろ」

「はぁ? そんな訳無いでしょ。
 これはアンリエッタ王女から直接言い渡された極秘任務なのよ。
 オールド・オスマンといえども、この件を伝える事は許されていないわ」

京也に背負われている為、赤い顔をしながらルイズが返事を小声でする。
その返事に首を傾げながらも、京也はルイズを背負いながら、着替えの入った鞄を手に足音も立てず廊下の影を素早く移動する。
学生達にはその移動姿を発見する事は、まず不可能だろうと思われる手並みだった。

ちなみにデルフは騒がないように厳重に封印をされてルイズが背負っており、ヴァーユも京也の注意を理解しているのか上空を静かに旋回して京也達を待っている。

やがて、誰にも見咎められる事も無く、京也達は馬小屋に辿り着いた。

「ふーん、何だか引っ掛かる点もあるが、それがこの国の仕組みなら仕方が無い。
 ま、戦争を止める為の任務だし、俺も喜んで手を貸すよ」

「そうよ、戦争を止める為だもん。
 些細な事は後回しよ」

ルイズが良く走りそうな馬を見繕いつつ京也に相槌を打つ。
京也は馬の活きの良さなどは生気から判別できるが、それが本当に速く走れる馬なのか分からないので乗馬が得意なルイズに全てを任せ、自分は荷物を鞍に結びつける準備をしていた。

そんな京也の姿を横目に見ながら、ルイズは内心で重い溜め息を吐いていた。

今回のアンリエッタ王女の願いは純粋な恋慕から発生しているとは言え、余りに軽率だったと言えなくも無かった。
王族という身分にはそれ相応の責任と義務が付き纏うもの・・・
それを恋文という後々証拠に残る物を相手に手渡していたとは、呆れる他に無かった。
もっとも、恋する乙女の一途さを知らない自分には、それを理解できないだけかもしれないけど。

・・・今の問題はその恋文が公となり、アンリエッタ王女とアルビオンのウェールズ皇太子のせいでゲルマニアの皇帝との婚姻が破談になる事だった。
個人的な心情を言わせてもらうならば、破談の方を望む気持ちの方が強いのだけど。

そうなれば、トリステイン王国は現在滅びの危機に晒されているアルビオン王国の二の舞となる可能性が高くなる。

アンリエッタ王女から渡された『水のルビー』を見詰めながら、ルイズは今回の任務の重要さに眩暈を覚えた。

「おーい、早く馬を選んで出ないと時間が無いんだろ?」

「分かってるわよ」

 

 

今の京也は随分とやる気だが、昨夜今回の任務について説得するのにも大変な労力が必要だった。
それもこれも、アンリエッタ王女の依頼を大まかに説明すると、京也は心底不機嫌そうな顔になったからだ。

「はぁ、極秘任務で戦争中の国の皇太子に会いに行くだって?」

「そうよ、アンリエッタ王女直々にこの私が頼まれたのよ」

私が胸をそらして発言すると、京也は不機嫌な表情のままで言葉を続けてきた。

「その皇太子の居場所は分かってるのか?」

「アルビオンという国にあるニューカッスル付近に潜伏してるらしいわ。
 ・・・姫様に聞いた限りだと、風の噂程度の情報だけど」

「何時から?」

「・・・さあ?」

「何人位で?」

「・・・知らない」

「向こうに何の連絡も無しで、突然ルイズが乗り込むのか?」

「・・・・・・だって、連絡が取れないから私が行くんだもん」

「話にならん、その姫さんに直々に向かえと言ってやれ」

今までも私の我侭なお願いや、教師や生徒達から馬鹿にするような言動を受けても、何時も飄々としていたあの京也が、初めて私の真剣なお願いを断った瞬間だった。

私が恐る恐る理由を尋ねると、京也は仏頂面のまま故郷では自分にしか出来ないという理由で三度ほど・・・本当に命懸けの戦いに向かったと説明してくれた。
その時、自分より知恵も有り立場も持っている大人達は、一部の人を除いて手助けをしてくれなかった、と忌々しそうに話してくれた。

――――――大人や立場のある人間が責任を果たさず、子供や立場の弱い人間にその責任を擦り付ける事は許せない。

あの京也が戦う事を嫌がるような相手に興味があったので、相手の事を聞いてみると何とも言えない複雑な表情で黙り込んだので、それからは追求をするような事はしなかった。

その後も京也はアンリエッタ王女の要請を私が受ける事に、王女という要職に着いている以上、今回の任務に相応しい部下がいる筈だと言い続けた。

今まで京也が私の意見に反対をする事が少なかっただけに、その説得にこんなに手間取るとは予想にもしていなかった。

結局、アンリエッタ王女の立場がそれほど強固でなく、私にしか頼る友人が居ないという事と、最終手段としてキュルケに教えて貰った嘘泣きで無理矢理納得させた。

・・・嘘泣きの演技中に「ななな、泣き落としとは卑怯だぞ!!」とか叫んでたけど。

そのせいで、京也には今回の騒動の原因がアンリエッタ王女の恋文のせいだと話す事は出来なかったので、機密文章の回収が目的と説明をしておいた。

きっと全ての原因がアンリエッタ王女の軽率な行動のせいだと知ると、京也は本当に着いて来てくれないと思ったから。

だって、私には京也が必要だから。

京也が居ればどんな事があっても大丈夫だって思えるから。

 

 

 

だから、だから嘘を付いてでも京也に一緒に来て欲しかった。

 

 

 

昨日の事を思い出して、京也に嘘を付いているという罪悪感から、また重い溜め息が口から漏れた。

「おいおい、重要な任務に気負ってるのは分かるけど、まだ出発もしてないんだぞ?
 もうちょっとリラックスしていこうぜ」

「・・・そうよねぇ」

・・・ストレスの殆どはアンタが原因なんだけどね。

気に入った白馬が見付かったので京也を手招きすると、早足で私の元に近づいてきてそのまま私の腰を両手で掴んで上に持ち上げられた。

「え、何?」

予想外の展開に付いていけない私に何も説明せず、そのまま目の前の白馬に私を乗せて本人は凄い勢いで飛び退きながら、馬小屋の入り口に向けて阿修羅を一振りした後に正面に構えた。

「何時も不思議に思ってるんだけど、その阿修羅って何処に仕舞ってるの?」

「企業秘密」

軽口を叩きながらも、京也の目は真剣なままだった。
京也はそのまま私には認識できない相手と、暫くの間対峙をしていた。
やがてこのままでは埒が明かないと思ったのか、京也が明るい口調で話し掛ける。

「扉の向こうの魔法使いさんに警告だ。
 このまま何もしてこないなら、何処かに消えて欲しいんだが。
 もし、向かってくるのなら、当分杖を振るえない身体にしてやるぜ」

「・・・随分と好戦的な召使だね、ルイズ」

「ワ、ワルド様!!」

杖を構えたまま馬小屋の扉を開きながら入ってきたのは、羽帽子を被っている立派な身形をした貴族・・・私の良く知っているワルド様だった。

 

 

 

――――――かんっぺきに存在を忘れてたー!!

 

 

 

アンリエッタ王女の依頼で完全にワルド様の事を忘れてた!!
ワルド様も昨日、このトリステイン魔法学院に来られていたのだ。
しかも、ワルド様はただの知り合いではなく、親同士が決めた私の婚約者でもある。

 

・・・最悪な事に、京也にはまだその事を説明していない。

 

赤い顔であうあうと言っている私を、京也とワルド様が不思議そうな顔で見ていた。

「ふむ、貴族相手に木の棒で挑む剣士か・・・もしかして君が十六夜 京也、かな?」

「初対面の人間相手に、殺気を向けるのは無粋ってもんだと思うけど?
 ・・・ま、誰から聞いたのかしらないが、俺が十六夜 京也だ」

お互いに杖と阿修羅は下ろしているけど、二人が一瞬で戦闘体勢に入れる事は私でも分かった。
京也はワルド様が私の知り合いだと分かったからか、先程よりは警戒心を緩めているけど、このタイミングでの登場に不思議そうに首を傾げている。

私としてはどうやってワルド様の口を塞ごうかと、殆ど機能していない頭で必死になって考えていた。

「いやいや、君と決闘をした親友が居てね。
 その親友から君の名前と不思議な戦闘スタイルを聞いていたのさ。
 それに、グラモン家の末っ子と友誼がある事から、このトリステイン魔法学院で会えるかもと思っていたが。
 私の友人の名前はレイ・ド・ブラッドレイという・・・彼を覚えているかな」

私もその名前に聞き覚えがあった。
以前、虚無の曜日にトリスタニアの城下町に行った時、京也と戦った守備隊の貴族の名前だ。
水のトライアングル・メイジで、ギーシュの家庭教師をしていた人物だと聞いている。

「あー、レイ先生ね。
 そうか、あの人の友人か・・・融通が利かなさそうだな」

「ふむ、その意見には賛成するが、私は少しは融通が利く貴族だよ。
 もっとも、そんな温厚な私でも愛しい婚約者が平民と馬小屋で長時間二人っきりで居たら、殺気の一つも浮かべるってものさ」

「へ、婚約者?」

 

私が隠したかった事をさらりと言い切ってくれちゃいましたよ、ワルド様。

 

ルイズが赤い顔であうあうと混乱している間に、一番隠しておきたい事を一番知られたくない人に聞かれてしまった。
流石にこのままではいけないと思ったのか、深呼吸をして息を整えた後、ルイズが早口でワルドに注意をする。

「ちょ、それは親同士が決めた事です、ワルド様!!」

「久しぶりの再会なのに、何を恥ずかしがっているんだい僕のルイズ!!
 ああ、本当に久しぶりだね!!」

ワルド様は足早に近づいてきて、馬上にある私の身体を軽く持ち上げて抱きしめる。
そんな私達の姿を、京也が苦笑をしながらも暖かい眼差しで見守っていた。

 

 

――――――あれは絶対に誤解している!!

 

 

「あああああ!!
 ちょちょちょ、ちょっとワルド様と話す事があるから、京也は席を外してくれる?」

「ん、別にいいけど・・・急がなくていいのか?」

頭の中が真っ白になっている状態の私からは、既にアンリエッタ王女の依頼の事は消し飛んでいた。
京也が私に尋ねた理由はワルド様に依頼の件を話していいのか、という意味も含まれていた。
私も京也の問い掛けを聞いて少しは冷静になれたので、どう返事をしようかと考えていると、私より先にワルド様が話し出した。

「ああ、姫殿下よりルイズに同行するように命じられていてね。
 お忍びの任務であるだけに、一部隊を派遣するという事は無理なのさ」

それを聞いて、ワルドに極秘任務を秘密にする必要が無くなった事に喜び半分、京也との二人旅が消えた事に失望半分という面白い表情でルイズは固まってしまった。

「ふーん、国の大事なんだから、やりようによっては一部隊でも派遣できると思うんだけどなぁ・・・
 ま、一人でも腕利きが増える事は嬉しいよな」

そう言って京也はワルド様に右手を差し出した。
ワルド様はその差し出された手を見て少し眉を顰めたけれど、抱きしめていた私を地面に降ろした後、無言のまま京也の右手を握り返した。

「改めて名乗ろう。
 女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵だ。
 そして、ルイズの婚約者でもある」

「十六夜 京也。
 ルイズの使い魔をやっている」

笑顔で右手を振る京也に、ワルド様は意外そうな表情をした後、同じく笑顔になった。

「ああ、俺はワルド子爵が増えた分の携帯食料を貰ってくるから、その内に積もる話をしておきなよ」

「ああ、気を使わせて悪いね」

「―――――――ちょっ、私の話を聞いてって」

笑顔で去り行く京也に手を伸ばしても、みるみるその姿は視界から消えていった。
・・・伸ばした指先が空しかった。

「ルイズ、中々面白い使い魔を召喚したね。
 彼と握手をした時に魔法とは違う、凄い『力』を感じたよ。
 今回の任務は困難だけど、きっと私達が力を合わせて臨めば成し遂げられるさ」

何やら上機嫌で話し出すワルド様の言葉を上の空で聞き流しつつ、私は京也への言い訳を懸命に考えていた。
昨日の時点でちゃんと話をしておけば、こんなに悩まなくて済んだ話なのに。

・・・やはり、何時もと違う京也の反抗にあって動揺をしていたのだろうか?

「それでも今回の任務は拙速を望まれるものだ。
 そこで彼には悪いが馬で追いかけて貰うとして、私達はグリフォンで先に港町ラ・ロシェールに行こうと思うのだが、どうだろうか?」

ワルド様が私の手を引きながら馬小屋から連れ出す。
私としても馬小屋にワルド様と二人きりという状況は、他の人に見られると色々と誤解を受けそうなので黙って着いて行った。

しかし、頭の中には京也への言い訳で一杯だった。

「おお、丁度彼が戻ってきたみたいだね」

「え、京也?
 あれ、何で私がグリフォンに?」

京也が帰って来たという話を聞いて、我に返った私が周囲を見てみると、何時の間にかワルド様に抱きかかえられてグリフォンに乗っていた。

「って、お邪魔だったか?」

「いやいや、そんな事はないよ。
 私とルイズは今から先行して港町のラ・ロシェールに向かい、アルビオンに渡る為の船の手配をしてくる。
 流石にグリフォンで長距離の三人乗りは無理なのでね」

「え?」

あああああああ、京也が驚いた顔をしている!!
絶対に誤解している驚いてる錯乱してるぅぅぅぅぅぅ!!

「ワルド様!! ちょっと待って下さい!!」

「はははは、君の御主人様は私の婚約者でもあるからね。
 大丈夫、傷一つ付けるものか。
 では、港町で会おう!!」

「いや、ちょっと待て!! 俺の話を――――――」

真っ赤な顔で手足をジタバタとさせるルイズを片手で押さえ込みながら、京也の追求の声を振り切り、ワルドとルイズを乗せたグリフォンは急加速で空へと消えていった。

 

 

 

 

 

「・・・ラ・ロシェールって何処だよ」

呆然とした表情でそう呟く京也をその場に残したまま。

 

 

 

 

 

 

ワルドは最高速でグリフォンを駆りながら、背中の冷や汗がまだ流れている事を忌々しく思っていた。
最初はその手並みを拝見するつもりで、馬小屋の外から風の矢の呪文を唱えていたのだが・・・その呪文がワルドの意思に反して突然キャンセルされたのだ。

突然の事態に驚きつつも、内心の動揺を押し隠して今度は本気で呪文の詠唱を始めた。
その瞬間、馬小屋の中から底知れぬ圧力が自分に圧し掛かってきた。

その圧力に耐えているうちに、向こうの圧力が弱まり声が掛けられたのだ。

その後の会話では意地とプライドに掛けて弱みは見せなかったが、握手を行った時に改めて京也の潜在能力の高さを感じた。
ルイズに思わず洩らした言葉は本心からのものだった、京也が内包する『力』は純粋な真っ白いエネルギーとしてワルドには認識できたのだ。

 

――――――それは例えるなら太陽の輝きに似ていた。

 

やはり話に聞いていた事と、実際に体験をしたのとでは全然違う。
その輝きに何故か自分の心の中に潜む影さえ炙り出されそうで、思わずルイズを連れてその場から足早に去ってしまったのが、先ほどの顛末だった。

 

魔法でもなく、エルフの使う精霊魔法とも違うと思われる異質な『力』

 

相変わらず赤い顔をしてブツブツと文句を言い続ける婚約者に笑顔を見せつつ、ワルドは湧き上がる好奇心と敵愾心を押さえる事に必死になっていた。

 

 

 

 

 

「ヴァーユ、港町のラ・ロシェールって知ってるか?」

「きゅい?」

『・・・相棒、生まれたばかりの風竜にそんな事分かるはずないだろうが?
 というか、何で俺に聞かねえんだよ!!
 そもそも、その風竜は話せねぇだろうが!!』

「いや、何かデルフに聞いても忘れてそうだし」

『相棒や生まれたばかりの風竜よりは、この世間を知ってらあ!!
 ラ・ローシェルはアルビオンの玄関口と呼ばれる港町だよ!!
 トリステインからは早馬で二日の距離だ、ばぁろい!!』

デルフから盛大な文句を言われつつ、京也はラ・ロシェールの情報を手に入れた。
しかし、新たなる問題として・・・馬で二日という距離が発覚した。
困難かつ早期の解決を望まれている依頼なので、早く現地に到着する方が良いに決まっていた。
しかし、何を考え付いたのか貴族の二人は見事にチームの一員を置き去りにして、先行してしまっているのが現状だった。

 

・・・というより、チームの一員として認識されていない?

 

根本的なところに疑問を抱きつつ、乗馬に慣れていない京也は最後の手段に出る事にした。
もっとも、最大の障害は旅費が無いと言う事だったが。

 

 

 

 

「タバサ、すまないがシルフィードでラ・ロシェールの街まで送ってくれないか?」

シルフィードと今日の使い魔披露の為の打ち合わせを行っている所に、京也が心底済まなそうな顔で現れて頼み込んできた内容がそれだった。

何時もは京也の近くに居るルイズの姿が見えないので、何となくそれが原因ではないかとタバサは予想していたが、一応念のために聞き返してみた。

「・・・どうして?」

「あー、ちょっと口外出来ない話なんだが・・・」

決まりが悪そうに京也が自分の頭を掻く。

京也としてもシルフィードの移動力を頼みにしてタバサにお願いをしたが、考えてみれば今日は使い魔の披露会・・・ここで理由の説明も無くタバサの欠席をお願いするのは筋違いだと気付いたのだ。

「悪い、さっきの話は忘れてくれ」

この時、京也はギーシュとマリコルヌを巻き込もうと決めた。
同じ授業のボイコットを依頼するにしても、悪友の方が罪の意識が軽いということだ。
それにギーシュ達なら依頼内容について深く説明しなくても、有る程度察してくれる。
最悪、馬と地図を用意してくれれば、後は一人で何とかするつもりだった。

京也がギーシュ達が居ると思われる教室に向かって移動しようとすると、その服の裾をタバサが掴んで引き止めた。

「別に送らないとは行ってない。
 話せない事なら、話さなくてもいい」

「だけどこの後で使い魔の披露会があるんだろ?」

「出なくてもさほど大きな事にならない。
 それに使い魔と上手くいかずに、欠席する生徒も結構居る」

タバサの返事を聞いて京也は考え込んでしまった。
移動速度という意味では、現状ではシルフィードが最速である事は確かだ。
しかし、このままではなし崩し的にタバサを今回の任務に巻き込んでしまう可能性がある。
任務の困難さを考えれば、巻き込まれたタバサの身にまで危険が及ぶだろう。
それをルイズに相談をせずに行う事は、さすがに躊躇われた。

 

・・・というか、この現状を招いたのもルイズのせいなのだが。

 

あ、何か段々腹が立ってきた。
大体、ラ・ロシェールで待ち合わせってどうやってするつもりなんだ?
宿屋か何処かに「ルイズ此処に在り」とでも幟を出すつもりか?
というかこの世界の貴族って奴は何処までアバウトなんだ?
流石に温厚な京也君も堪忍袋の尾が切れちゃうぞ?

内心でそんな事を考えつつ、タバサには苦笑をしながらその提案を断った。

「いや、やっぱ良いや。
 何とか自力で辿り着くよ」

「貴方には私との約束がある。
 今回はその対価と考えてくれればいい。
 ・・・それにルイズを追い掛けるなら速い方が良い」

タバサに正面からそう言い切られてしまい、思わず京也は黙り込む。
ここまで譲歩してくれているタバサの好意を断るのは、逆に失礼に当たるかと思いその提案を受け入れる事にしたのだった。

「分かった、じゃあ頼むよ」

「了解」

 

 

 

 

大空に飛び立つシルフィードの姿をテラスから見たキュルケは、その背中にタバサと京也の姿を見て首を傾げていた。
使い魔披露会について自分の出番は既に終わっていたが、タバサの出番はもう直ぐだったはず。
なのに、京也を連れてシルフィードで飛び立つなんて・・・

「やるわね、タバサ」

どうやらルイズを出し抜き、京也と二人きりになるチャンスを手に入れたみたいね。

状況証拠だけを見て、キュルケはそう判断をした。
ここ最近のルイズの京也への執着心は並々ならぬものがある為、タバサは殆ど一対一で京也と会話をする機会が無かったのだ。
キュルケとしてもルイズのその執着ぶりに、思わずツェルプストーの血が騒いだのだが親友二人の為にその熱い想いを封印した。

「・・・実際、良い男なんだけどね」

時々、一緒に酒を飲んでいるフーケとの会話には、良く京也の事が話題に出ていた。
あの若さで身に付けている未だ底知れない超絶の業と、普段のお茶目ぶりの差が面白い等等、とにかく話題の絶えない男なのだ。

自分自身にタバサを応援するという枷を付けていなければ、速攻でアタックをするところなのだが。

「ま、頑張りなさいよ、タバサ」

温かい笑顔でタバサにエールを送ったキュルケだが、タバサ達が十日以上行方不明になるとはこの時は予想だにしていなかった。

 

 

 

 

「ふむ、本日は随分と上機嫌ですな殿下」

「え、そうですか?
 それはきっと気のせいです」

明らかに昨日と違い、上機嫌で学生達の使い魔披露会を楽しんでいるアンリエッタ王女の姿を見て、マザリーニはそっと小さく溜め息を吐いた。

ヴァリエール大公の三女のルイズと魔法衛士隊のワルド子爵に全てを押し付けただけで、まるで全てが上手くいっているという考えのようだが、それは現実を直視していないだけだと気付いていないのだ。
ここでそれを注意する事は簡単だが、また臍を曲げるだけだろう。
アンリエッタ王女は年若くして否応無く揺り篭に護られた世界から、政治の世界に放り込まれただけに自分の言動により、一体どれだけの影響が発生するか深く考えていない。

 

――――――ましてや、その行動に伴う責任や義務についてすらも。

 

一応前日にさり気なく紹介したワルド子爵を腕利きの魔法衛士隊として印象付けていたので、こちらの思惑通りルイズの護衛に派遣をしてくれたのだが、所詮一名だけでは焼け石に水かもしれない。
もし、ルイズの身に何か起これば、その責は・・・気の毒だが随伴を命じたワルド子爵にとって貰うしかない。

ヴァリエール大公にとって唯一の上位者に当たるトリステイン王家に、怒りの矛先が向けれない以上は生贄がどうしても必要となるのだ。
今現在、何よりも避けなければいけない事態は、トリステイン国内に内紛を起こす事である。
現トリステイン王家と大公家の内紛など、亡国への一歩としか言いようが無い。
ヴァリエール大公は暗愚では無いが人情家でもあるのだ、余計な火種を自ら呼び込むわけにはいかない。
ワルド子爵本人にも、暗にその意味は伝えてある。
その為に少しでもヴァリエール家と縁の深い、ワルド子爵を選んだのだから。

マザリーニの考えでは、ルイズがアンリエッタ王女の手紙をウェールズ皇太子から回収する事はほぼ不可能だと予想していた。
あらゆる情報が不足している今の状態で、ルイズをアルビオンに送り込むなど死んで来いと命令をしているようなものだ。
その辺りの認識の薄さも、今後改善していくべきアンリエッタ王女の欠点だろう。
ワルド子爵にもルイズの安全を最優先として、手紙の回収は二の次と命令してある。
たとえ手紙は回収できなくとも、最悪偽物だと突っぱねる事も可能であるし、そもそも他の王族の不利になるような証拠品を、最後の最後まで残すなど王族としてあるまじき事をウェールズ皇太子がするとは思えなかった。

 

それでも、今回の任務をルイズが完遂した場合には・・・

 

「不確定要素・・・あの使い魔が何かを起こした場合か」

「何かおっしゃいましたか?」

「いえ、別に何も言っておりませんよ」

「そうですか」

マザリーニの独り言に反応をしたアンリエッタ王女だが、どうせ小言だろうと思ったのか深く追求をせず、また使い魔披露会に意識を向けたのであった。

 

 

 

 

 

 

あとがき

新年、あけましておめでとうございます。

今年も頑張って、出来る限り週一ペースを保とうと思います。

しかし、書きたいシーンに辿り着くのはまだまだ先だなぁ・・・

 

 




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