十六夜の零

 

 

 

第十五章 「剣士と少年」

 

 

 

京也とタバサを乗せたシルフィードは凄い勢いで空を駆けていた。
しかし、最高速度は出していない。
その理由は隣で必死にシルフィードのスピードに付いてくるヴァーユの最高速度に合わせている為である。

「急がなくていいの?」

「今日中に着くのなら問題はないだろうさ。
 大体集合場所だけしか聞いていないんだし・・・」

タバサの問い掛けにそう答えて京也は溜め息を吐いた。
ラ・ロシェールに着いてからの苦労を考えると、頭が痛くなるというものだ。

事の経緯について簡単に説明を受けたタバサが、微かに同情を滲ませた瞳で京也を見ていた。

「ぴゅ、ぴゅい〜」

「お、そろそろ限界かな?」

隣を飛んでいたヴァーユの苦しそうな声を聞いて京也がそう呟く。

「シルフィード、スピードを落として」

「ぴゅい」

タバサの指示を聞いてシルフィードがスピードを落とすと、ヴァーユがフラフラになりながら京也の胸元に飛び込んできた。

「おっと、もう肩には止まれないな。
 ヴァーユも大分大きくなったもんだ」

「ぴゅい〜」

頭を撫でる京也に甘えた声を上げながら、ヴァーユが身体を摺り寄せてくる。
実際、出会った頃よりヴァーユの身体は大きくなっていた。
以前は京也の肩に止まって甘えていた姿も、この頃は直接背中や胸に飛び込む姿に変わっている。

「一定の大きさに育つまでは成長は早い」

「へー、そうなんだ。
 ま、野生動物とかは成体になるのは早いからな」

甘えてくるヴァーユの頭を撫でながら、タバサの説明に京也は頷いていた。

野生動物にとって身体の大きさは生存競争に大きな意味を持つ。
例え風竜といえども、子供の頃は無力な存在でしかない。
ならばヴァーユの成長の早さにも納得がいくというものだった。

また、ヴァーユは普段の空いている時間は、シルフィードに飛び方について教えて貰っているので、今日はその授業を兼ねて二匹で飛んでいたのだった。

「そろそろ本気で飛ばす」

「おう、飛ばしてくれ」

ヴァーユの速度に合わせていたので少々ストレスが溜まっていたシルフィードは、タバサの指示を受けて嬉しそうに一声鳴いた後、凄い勢いで空を走りだした。

 

 

 

 

「シルフィードを止めろタバサ!!」

「!!」

緩んだ顔で流れる景色を眺めていた京也が、突然静止の声を掛けたので読んでいた本から驚いて顔を上げたタバサだったが、直ぐに落ち着いた表情に戻ってシルフィードに停止を命じた。

シルフィードを空にホバリングさせた瞬間に、京也は目的の場所を見つけていた。

「急いでさっき通り過ぎた、あの岩山の近くまで戻るぞ!!
 子供が襲われている!!」

「・・・分かった!!」

素早くシルフィールドは宙返りを行い、一瞬でトップスピードに乗って京也の指差した地点に向けて飛び出した。

 

 

――――――ほんの数秒でその光景は京也達の視界に映された。

 

 

地面に倒れ付す夫婦と思われる二人の男女。
その男女の前に小さなナイフを構えて立ち塞がる、短い栗毛の髪を持った十歳位の少年。

そして、そんな少年に向けて武器を振りかざして襲い掛かる二十人程の盗賊らしき身形の男達。

「――――――シルフィード、頼む!!」

京也の意図を理解していたシルフィードが超低空で滑空しながら、凄い勢いで少年と盗賊の上空を走り抜ける。
その一瞬で京也はシルフィードから身を躍らせ、ナイフを構えていた少年を抱きかかえながら地面を転がり、次の瞬間には少年を背後に庇う形で立ち上がっていた。

突然空から現れた京也に盗賊達は驚きその動きを止めていた。

「な、なな、何だお前は!!」

「うるせぇ、そっちこそ子供一人に何をしてやがる」

驚く盗賊の一人に怒鳴り返しながら京也は背後の少年を見た。
突然の事態に呆然としていた少年だが、自分の状態に気が付くと未だ握っていたナイフを振り回しながら盗賊に向かって行った。

「よくも父ちゃんと母ちゃんを!!」

「こっちも仕事なんだよ!!
 恨むなら運の無かった両親を恨みな!!」

向かってくる少年に剣を振り下ろそうとした盗賊が、次の瞬間には空を舞っていた。

「坊主、そりゃあどう考えても無謀な賭けだぜ。
 ここで死んだら、父ちゃんと母ちゃんも浮かばれないだろ?」

阿修羅を片手に持った京也が、唖然としている少年の肩に手を置いた言い聞かせる。
既に京也には少年の両親が生きていない事は、その気配から分かっていた。
シルフィードで空を飛んでる途中に、微かに聞いた悲鳴と争う気配を感じたので直ぐに取って返したが間に合わなかったのだ。

吹き飛んできた仲間に巻き込まれて薙ぎ倒され騒いでる盗賊達を背後に、京也は涙目の少年と目を合わせながら語りかけていた。

「あいつ等が、あいつ等が父ちゃんと母ちゃんを殺した!!」

「・・・ああ、そうみたいだな」

少年の憎しみに染まった目を見て、京也は静かに頷く。
彼にどんな慰めの言葉を掛けても、つい先ほど訪れた悲劇の前には意味が無いからだった。

「だから、だから俺が一人でも道連れにしてやるんだ!!」

「無理だ、お前の腕じゃあ勝てない」

走り出そうとする少年の動きを片手で押さえ込む京也。
どうやってもその拘束を逃れられない事を知った少年は、その手に持つナイフを京也の腕に突き刺した。

『相棒!!』

京也の腕前からすれば有得ない事態に、思わず黙って事態を見守っていたデルフから驚きの声が上がる。

その声を聞いて、ナイフを突き立てた時に噴出した血に驚き固まっていた少年がナイフから手を離して、その場に力無く座り込んだ。

「あ、ああ・・・」

「・・・大丈夫、それほど深い傷じゃない。
 それに神経は外れてるから問題ない」

腕に刺さったナイフを抜き、自前のナイフで自分の衣服の一部を切り取り即席の包帯としながら京也がデルフと少年に話しかける。

「坊主、名前は?」

「・・・アルト」

問われるままに自分を名を告げるアルト。
そして、人を刺したというショックが和らいできたのか、長旅をしてきた埃まみれの顔に一杯の涙を浮かべながら唇をかみ締める。

自分が非力である事も、目の前の親の仇に一矢も報えないかもしれない事も、彼は少年なりに理解していた。

だけど、大好きな両親を殺された事を許す訳にもいかなかった。

 

 

――――――そう、これはアルトなりの意地の戦いだった。

 

 

それが分かるからこそ京也は誓う。

「じゃあ、お前の代わりにあいつ等を懲らしめてやるぜ、アルト」

自分を刺した人間に向けるとは思えない、明るい笑顔で約束する京也にアルトは無意識のうちに頷いていた。

京也とアルトの会話が聞こえていた盗賊達が騒いでいる中、アルトはその力強い声を聞いた。

「俺のお仕置きは半端じゃないぜ。
 十六夜 京也――――――推して参る!!」

 

 

 

その盗賊を装った傭兵達には、落ちぶれた魔法使いすら混じっていた。
元々は戦争が起これば金を目当てに雇い主を探す傭兵の集団だけに、連携も素人集団の盗賊とは段違いの精度を持っていた。
つまり、どうあがいてもアルトには一人の道連れすら作る事は不可能な相手だったのだ。

しかし、そんな歴戦の傭兵集団にとっても今回は相手が悪すぎた。

 

まず先制攻撃として放たれた魔法の矢は、相手が持つ木の棒に全て掻き消され、驚き立ちすくむ魔法使いの元に凄い速さで走り寄った敵が振るう木の棒に、魔法使いはまるで木偶人形のように叩きのめされた。

集団の最後尾に居る魔法使いを一瞬で無力化され、驚愕しながらも相手を逃さぬように取り囲む。

取り囲まれている間、木の棒を構えた敵は落ち着いた瞳で周囲を睥睨していた。

やがて、包囲網が完成し、その包囲網の背後から矢が放たれた。
敵は自分に向かって飛んでくる矢の一本を木の棒で弾く。
すると、その弾かれた矢が次の矢を弾き、そのまま二つの矢がそれぞれ別の矢を弾く。

そんな有り得ない現象が続き、次の瞬間には空を飛ぶ矢は全て地に落ちていた。

自分達の常識を覆す現象に思わず動きを止めた傭兵達は、驚いた顔を貼り付けたまま次々に木の棒の一振りによって吹き飛ばされ岩肌に激突をした。

弓矢を構えていた傭兵達も敵に狙いを定める前に、前衛の傭兵達と同じく空を舞う羽目になっていた。

そして気が付けばリーダー格の男一人だけが、愛用の戦斧を震える両手で握り締めて立っている状態に陥っていたのだった。

「さて、残りは一人」

息一つ乱さず、静かに阿修羅を正眼に構えて立つ京也。
その身に付けられた傷はただ一つ・・・仇を討つと約束した、アルトによって付けた刺し傷のみ。

「こ、この化け物が!!」

「まぁ、それに関しては特に否定をするつもりもないけどな。
 ――――――覚悟は決めたか?」

傭兵団のリーダーは改めて目の前の敵を見た。
中肉中背で顔は整っているが、どう見ても少年か青年と呼べる年齢の男だった。
だが、その敵は一瞬にして自分が育てあげてきた二十名からなる歴戦の傭兵団を壊滅させたのだ。
今も普段の自分なら敵わないと思った相手には、自分の命を優先して仲間を見捨てて逃げ出すはずなのに、今回は逃げ出す気力すら奪われたのか足が一向に動かない。

幾ら睨みつけようが殺気を叩きつけようが、目の前の相手はまるで巌のように揺るがない。

逆にその姿に気圧されている事を否定するように、自分を励ますように傭兵団のリーダーは破れかぶれになって戦斧を振り回す。

しかし、京也の胴を両断する勢いで振りぬかれた歴戦の戦斧は、たかだか木の棒の一振りにより――――――逆に両断をされた。

「・・・あ、有りえねぇ」

吹き飛んでいく戦斧の先端を目で追いながら、悪夢としか言い様のない現象に思わずそう呻く傭兵団のリーダーの頭に阿修羅の一撃が振り落とされた。

 

 

 

 

アルトはその光景を身動ぎ一つせずに見ていた。
複数の魔法使いすら混じっている盗賊団を、ただの木の棒一つで圧倒する京也のその姿を。

そして、最後の一人が振るった鉄の斧ですらその木の棒で切断し、そのままの勢いで相手を殴り倒して戦いは終わった。

それと同時に足元に転がっている血に塗れたナイフに目が行く。

「今なら仇が討てる」

「だ、誰だ!!」

突然掛けられた声に驚いてアルトが振り返ると、そこには白い大きな竜を背後に従えた青い髪の魔法使い・・・貴族が立っていた。

その貴族は眼鏡の奥に冷めた目をアルトに向けたまま、再度同じ言葉を呟いた。

「今なら貴方でも両親の仇が討てる」

「そんな事、分かってるよ!!」

勢いに任せて血に塗れた足元のナイフを拾い上げる。
護身用にと父親が買ってくれたナイフに、何時もの倍以上の重さを感じた。
刃の部分に塗られている血の赤が、実際に人を刺した時の感触を嫌でもアルトに思い出させる。

ナイフを拾った後、幽鬼のような足取りで倒れ付した傭兵団リーダーの下に歩み寄る。

京也は無言のままその場から一歩退き、青い顔をしたアルトを通した。

アルトは荒い息のまま、地面に横たわっている傭兵団のリーダーと、向うに転がっている両親を見比べた。
もう二度と動かない両親の姿を確認して、心に再度湧きあがった怒りに身を任せてナイフを渾身の力で振り下ろした。

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

赤い飛沫が再びアルトの頬を染めた。

 

 

 

 

 

気絶をしている傭兵達を一箇所に集めて、彼等が持っていたロープを使って後ろ手に縛る。
京也がその作業を行っている間、アルトは地面に座り込んだまま上の空で血に染まったナイフを眺めていた。

「殺すつもりなら首筋を狙うべきだった」

「・・・」

アルトが目を瞑って振り下ろしたナイフは傭兵団のリーダーの胸に刺さったが、それほど質の良くないナイフは京也の血糊により更に切れ味を落としており、何よりアルト自身の非力さのせいで致命傷には遠く及ばない傷となって刻まれた。

しかし、その結果を知ったところで、再度そのナイフを振り下ろすだけの気力をアルトは持てなかった。

「父ちゃんと母ちゃんが・・・人殺しは悪い事だって言ってた」

「・・・」

「相手を見ながらナイフを振り下ろすのは、僕にはもう無理だよ。
 仇を取りたいけど、もう無理だよ。
 殺してやりたいほど憎いのに・・・僕には出来ない」

二人の人間の血に染まったナイフを、そのまま草叢に投げ捨てる。
膝を抱えて静かに嗚咽を洩らすアルトの側で、タバサはその姿を無言のままで見守っていた。

 

 

 

「さて、あんたには聞きたい事が一つあるんだが。
 答えてくれるよな?」

「・・・けっ」

一応胸に刻まれた傷の手当ては終わっているが、全然治まらない酷い頭痛に苦しみながら傭兵団のリーダーは悪態をついた。
その態度を見て京也が笑顔のまま残酷な現実を告げる。

「今の頭痛だけどさ、俺が治そうと思うまで一生治らないからな。
 ついでに忠告だけど、貴族に頼んでも治る事は無いぜ」

「なっ、手前!!
 あ、いたたたたた!!!」

縛られたまま地面を転がりまくるムサイ男に、京也は笑顔を消して話しかける。

「お前達が殺した人達は痛がる事も出来ないんだ、それくらいで喚くな」

「畜生、畜生!!
 簡単な仕事って聞いたのに、とんだ貧乏籤だぜ!!」

痛みが強いせいか、冷や汗を浮かべながら男が叫ぶ。
その叫び声を聞いて、京也とタバサの表情が動いた。

「・・・簡単な仕事?」

「・・・聞き捨てならないな」

京也は転がり続ける男の鳩尾に阿修羅を突き立ててその動きを止める。
男は頭の痛みと呼吸困難から、涙目になりながら京也を見上げてきた。

「お前達、ただの盗賊じゃないみたいだな。
 俺は人殺しはしない主義だ・・・
 だけど、死んだ方がマシな目に合わせる事は出来るんだぜ?」

 

 

 

 

 

男の正体が金で雇われた傭兵団で有る事は直ぐに分かった。
詳しく話を聞いていくと、先日傭兵達が行きつけの酒場で飲んでいるとフードで顔を隠した女に、この街道を通る平民を全員捕獲して欲しいという依頼を受けたらしい。
貴族ではなく平民相手ならばそうそう遅れは取らないし、実際に京也が来るまでは問題無く『仕事』は出来ていた。
女の目的に少しは興味があったが、次の戦争までの暇潰しには十分な額の金と思う存分振るえる暴力に傭兵達は酔い痴れていた。

そう、他人に依頼されたという事実が、何故か彼等の中での免罪符となったのだ。

街道を通る平民は、所詮戦場など知らない農民や商人が主流だった。
戦争をしているアルビオンはまだまだ遠い土地なだけに、護衛を雇ったりするする人間も稀な状態だったし、昨日までは夜盗や盗賊の噂が流れていない平和な街道として知られていた。

 

 

――――――そんな平和な街道に突然地獄が現れた。

 

 

新婚の妻が夫を助ける為に身を投げ出し、泣き叫びながら一緒に殺された。
孫を庇った祖父の身体は、その孫ごと両断された。
全財産を差し出すといった商人は、使用人と一緒に首を刎ねられた。

そして、ラ・ロシェールに料理人として雇われる予定だったアルトの一家にも、その狂気の爪は振り下ろされた。

自分達の悪行を全身に襲い掛かる痛みに呻きながら男は告白した。

そんな傭兵達が行った悪行に顔をしかめながら、京也はその内容を黙って聞いていた。
京也の隣に来ていたタバサは無表情のまま杖を構えていたが、その内容を聞くにつれて怒りを溜め込んでいる事を京也は感じていた。

「痛ぇ!! 痛ぇぇぇぇぇ!!
 ますます頭痛が酷くなってきやがった!!
 それだけじゃねぇ、身体中が切り刻まれているみたいだ!!
 頼むいっそ殺してくれ!!」

涙だけでなく鼻水と涎も溢しながら、男は京也とタバサに哀願した。
己の意思で舌を噛み切ったり、岸壁に頭を打ちつけようとする度に、何故か身体が自由に動かせなくなるので京也達に止めを刺してくれと必死に頼んでいた。

タバサは冷めた目で泣き叫ぶ男を見下し、意外な事に京也は哀れみの目で男を見ていた。

「俺には痛みを消す事は無理だな。
 最初の頭痛は確かに俺の技によって与えた痛みだが。
 ・・・今の痛みはお前が犠牲者に与えた『痛み』が、そのまま自分に刻み込まれているんだよ」

「な、どういう事だ!!」

京也は叫び声を上げる男に背を向けて、背後で呻いている他の傭兵達を見ながら説明をした。

「自分達がしてきた記憶に残っている悪事が、そのまま己の身に返ってきてるだけだ。
 己で己の罪を認め悔やみ、罪を償おうと思わない限りその痛みは続く。
 自分自身を騙す事は誰にも出来ない、真の懺悔のみがその身を救うだろう。

 十六夜念法 『懺塊』

 容易い死を選ぶ事は許さない、己の身にその罪を刻み込め」

 

 

 

 

 

最早叫ぶ気力も無くした傭兵達を改めて街道の脇に集めて、京也は「懺悔中」という立て札を立てた。
傭兵達の壮絶な姿を見てアルトは完全に脅えてしまい、貴族という事を知りながらタバサのローブの裾を必死に握っていた。

「ま、当分は再起不能だろう。
 どうする、これを見てもまだ敵討をしたいか?」

真剣な顔で京也が問い掛けると、アルトは脅えた瞳で首を左右に振った。
つい先程までは己の不甲斐無さと、両親を殺した相手の憎さに心がバラバラになってしまいそうだったが、その傭兵達の今の姿を見て死ぬ事よりも恐ろしい事があるのだとアルトは知ったのだ。

今のアルトからすると隣に居る貴族よりも、京也の方が恐ろしい人間に見えた。

そんなアルトの脅えた表情を見て、少し脅しすぎたかと反省しながら京也は苦笑をしながら再度アルトに話しかけた。

「じゃあ、最後に御両親に挨拶をしていくか」

「――――――うん」

 

両親と他の被害者達の墓を作ってくれたのが京也だった事を思い出し、アルトはようやく脅えていた表情を緩めて京也と一緒に両親の墓に向かった。

急作りの墓は質素な物だった。
周辺に落ちている石を見繕い、置いただけの墓にアルトの大好きな両親は眠っていた。
その隣にも幾つか同じような墓があった。
全ては同じ傭兵達の犠牲者を弔ったものだ。

アルトは泣きながら、歯を食いしばって血に汚れていた両親の顔を水で濡らした布で綺麗に拭き取った。
衣服も遺品の中から一番上等な物を選び、京也とタバサに手伝って貰いながら着せ替えて、京也の掘った穴の中に二人一緒に埋葬をしたのだった。

きっとアルトから見ても困るくらいに仲が良かった両親は、天国でも仲良くしていると思ったから。

「アルト、親戚とかは居るのか?」

「父ちゃんにも母ちゃんにも、親戚が居るなんて聞いた事は無いよ」

まだ少し脅えが声に入っているが、京也の笑顔に触発されたのかすこしづつアルトの表情は柔らかくなっていた。

「そうか・・・とりあえず、あの傭兵団を役所か何かに通報しないといけないし、俺達と一緒にラ・ロシェールに行くか?」

「・・・うん」

さすがに今まで想像すらしていなかった天涯孤独の身になったアルトに、直ぐに自分の身の振り方を決めるなど不可能な事だった。
京也が歳を聞いてみると、やはり外見の通り十歳という返事があった。

両親を殺され打ちひしがれている姿を見て、京也もここで別れるのは不味いと判断したのでラ・ロシェールへの同行を告げたのだった。

 

 

 

 

「腕の傷は大丈夫?」

「ああ、大丈夫さ」

タバサが京也の左手に巻かれている、血の滲んだ包帯を見つけたので問い質してきた。
その微妙に心配そうな表情を見て、思わず笑いながら京也は大丈夫だと返事をした。

今、アルトは両親の遺品を自分のバックに詰め込んでいる途中なので、京也とタバサはその姿を少し離れた位置から見守っていた。

『・・・相棒、わざと刺されたのは、ナイフの切れ味を落とす為かよ』

「言葉で伝わる事なんて限られてるからな。
 実際に自分が手を下して、後悔して、まだやり直せるなら・・・それが一番だ」

アルトに刺された左腕の傷を擦りながら、京也はデルフにそう伝える。
実際、アルトの身になってみなければ、その心の傷など理解出来るはずは無いのだ。

己の良心と怒りの狭間で爆発しそうなアルトが、後日自分の罪に悩まないように最初の一撃だけでは傭兵団のリーダーを殺せないように、色々と京也が細工をした。

しかし・・・もし、再度アルトが傭兵団のリーダーにナイフを振り上げていた場合には、京也は己の信念に従ってその行動を止めただろう。

「理解できない。
 ・・・仇討ちは悪い事なの?」

何時もより真剣な口調で問い掛けるタバサに、困ったように頭を掻きながら京也は自分の考えを述べた。

「さあな、実際に両親を殺された事が無い俺には分からないよ。
 だから、俺は俺のルールに則って行動をするだけさ。
 復讐をすることも、相手を許す事も・・・とんでもない意思の力が必要だと思う。
 きっとどちらも選べずに、その選択から逃げ出す人も多いだろうさ。
 そんな中、あの歳で許す事を選んだアルトは凄いと思うよ」

「・・・許す事にも、強い意志が必要」

京也の持論を聞き、タバサは何かを考え込んでしまった。
その姿を横目に京也はアルトの今後を考えていた。

せめて身の振り方が決まるまで、面倒を見るくらいは出来るだろう、と。

 

 

 

 

やがて、夕闇が迫る中、京也達を乗せたシルフィードがラ・ロシェールに向けて飛び立った。

疲れて眠ってしまったアルトを背負ったまま、京也は内心でタバサに隠していた事を考えていた。

もし、ルイズの極秘任務を邪魔するために、あの傭兵団が配置されていたのならこの先にも謎の女は係わってくるのだろうか?
もしかするとそれは、フーケに呪いを掛けた人物かもしれない。
そうなると、やっと自分の世界に帰れる手掛かりが掴めるかもしれないのだ。

 

 

そう考えると・・・

 

 

――――――アルトが襲われている時に感じた、京也ですら怖気を感じたドス黒い怨念は・・・やはり、その黒幕の女が発したモノなのだろうか?

 

 

 

 

「・・・本当に大仕事になりそうだぜ、ルイズ」

 

この先に待ち受ける試練を思い、京也は気合を入れ直すのであった。

 

 

 

 

 

あとがき

あははは、ルイズが出ないやー

ま、次の話には出るだろうし、大丈夫だろう。

 

・・・出る、はず。




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