十六夜の零

 

 

 

第二十一章 「剣士と道中2」

 

 

 

食堂に備え付けてあるテラスのテーブルの一角で椅子に座って溜息を吐きながら、キュルケは延々とモンモランシーの愚痴を洩らしていた。
時々思い出したように冷めた紅茶で喉を潤し、今度はタバサとルイズが水臭いと文句を言う。

「モンモランシーも生徒会長になって変わったわ。
 昔はあんな強引な事をする娘じゃなかったのに」

「はぁ・・・」

そんなキュルケの愚痴に付き合っているのは、紅茶のお代わりに注ぎに来たシエスタだった。
貴族と同じテーブルに座るなど以前の彼女なら断固として拒否をしただろうが、京也の影響もあって貴族にそれほど恐れを抱かなくなっている今、苦笑をしながらキュルケの話を聞いていた。

「それで、その生徒会室とやらでどんな事があったのですか?」

「・・・思い出したくないから聞かないで」

一気に顔色を青褪めさせるキュルケに、逆に興味が沸いたが藪を突いて蛇を出すのも愚かしいのでシエスタは始終ニコニコと笑顔でキュルケの話に相槌を打っていた。

ひとしきり愚痴を言い終えたキュルケが、すっきりした顔でシエスタに礼を言う。

「話を聞いてくれて有難う、大分ストレスが発散されたわ」

「どういたしまして」

完璧な動作で頭を下げるシエスタに、キュルケは何かお礼したいと思ったがこれと言って思いつかなかったので直接本人に聞いてみた。

「お礼に何か助けて欲しい事とか無いかしら?」

「いえいえ、そのお心遣いだけで十分です!!」

流石にそこまでの好意を受けるつもりはないので、思わず両手をわたわたと左右に振って断りを入れる。
その可愛らしい仕草にキュルケはますますシエスタに好意を得た。

そもそもキュルケがタバサやルイズに構いたがるのも、彼女達の仕草や態度が可愛らしく感じていたからだった。

その時、その二人と共通する話題をシエスタが持っている事に気が付き、キュルケは二人への仕返しを兼ねて良いアイデアを思いついた。

「・・・そうね、今度京也と出掛けれるように動いてあげるわ」

「是非お願いします!!」

何時の間にか自分の両手を握り締めて哀願するシエスタに、キュルケはその勢いに圧されたかのようにカクカクと頷いた。

「絶対ですよー、約束ですよー」

上機嫌でハミングをしながらテーブルの上のティーカップ一式を手早く片付けて、厨房へと姿を消していくシエスタ。

その後姿を見送りながらキュルケは思った。

 

 

 

――――――また、早まったかもしんない。

 

 

 

キュルケがそんな事を思っている時、遠いアルビオンの地に居る京也も同じような事を思っていた。

明日にはニューカッスルに到着するという距離にあるそこそこ大きな町で、京也達一行は最後の宿泊を行っていた。
ギリギリ午前中に宿に入れた一行は明日からの難業を思い、今日はこのまま休憩を取る事にしたのだった。
もっとも、今夜にはタバサが事前に連絡をした情報屋と会う予定なので、無駄遣いも出来ないしそれほど自由な時間が有る訳でもなかった。

今までの旅の疲れを癒し、今晩と明日の潜入作戦に備えるべきだった。
しかし、その時・・・血涙を流しながら自由時間を主張をした漢が居た。

 

 

・・・それだけの話だったのだが。

 

 

「何だか早まったかもしれないなぁ」

『いや、流石にこのタイミングで嬢ちゃんに手を出さねぇだろうよ。
 明日には命懸けの陣中突破なんだし』

「でも目がギンギンに光ってたぞ?」

 

奴は本気と書いて「マジ」だ。

 

『・・・・・・・・』

「ぴゅい?」

黙り込んだデルフの柄に止まっているヴァーユが、不思議そうに一声鳴いたが誰も返事をする事はなかった。

「ま、まあ今日はそういう事は忘れよう!!
 きっと大丈夫だ、そう信じよう!!」

『無理矢理自分を納得させたな、相棒・・・』

背中に吊るしているデルフの溜め息交じりの声を聞きつつ、京也は気持ちを切り替えて左右の店を楽しそうに見回した。
実際、このハルケギニアに召喚されてから一人で市場を廻るのは、これが初めてだったのだ。

元々好奇心が強い京也は今までの鬱憤を晴らすかのように店を見て廻る。
京也に笑顔で問い掛けられた店主達も、ただの冷やかしと分かっていてもついついその笑顔に釣られたように笑顔で対応をしていた。

 

 

――――――そして一時間後。

 

 

『・・・これも人徳ってやつかねぇ』

「ん、何か言ったか?」

果物屋のおばさんから貰ったリンゴを齧りながら、京也はデルフに問い掛ける。
その背中には他にも色々な店から貰った食べ物や土産物が詰まった風呂敷があった。
しかも、その風呂敷を肩にかついだデルフに引っ掛けているのだから、デルフとしては文句の一つも言ってやりたい心境だったが、タダで手に入れたその京也の戦果の前にそれ以上は何も言えなかった。

何しろどんな厳つい顔の店主にも気さくに話し掛け、数分後には肩を叩き合う仲になっているのだから不思議だ。

デルフは相棒の不思議な魅力を改めて思い知った。

「ほら、ヴァーユも食べてるか?」

「ぴゅいぴゅい♪」

京也の問い掛けに対して嬉しげな返事が風呂敷の上から聞こえる。

『そう言えば嬢ちゃん達とワルドの奴はほっといても問題無いだろうが、アルトの奴はほっといていいのかい?』

全員が何らかの方法で身体を休めようとしている間、アルトは無言のまま宿屋の中庭の片隅で木刀による素振りを行っていた。

「・・・止めても聞かないだろうしな。
 一応、宿の人には時々様子を見てもらうように頼んでるし大丈夫だろうさ」

京也としてもアルトに休むように忠告はした。
だが先日の事件以来、ますます自分を追い込みだしたアルトはその忠告にまるで従う気配は無かった。

その姿に幼少時に無駄に父親に反発をしてた頃の自分を思い出した京也は、今はアルトのやりたい様にやらせて静観をする事にしていた。

 

 

 

そんな風にデルフと軽口を叩きながら、京也は宿屋に向けて足を進める。
多分、ワルド達は戻っていないだろうが、アルトの様子がやはり気になる京也は少し早めに時間を切り上げて宿屋に向かっていたのだ。

その帰り道の途中、突然京也が足を止める。

「・・・あー、何かトラブルっぽいなぁ」

微かに聞こえる言い争う声に、自分の耳の良さを恨みつつも足を騒動のある方向に向ける。

『つくづくトラブルに好かれてるねぇ、相棒』

「うるせぇ」

そんな事を言いつつも、京也の足は助けを求める声の主の元へと加速していった。

 

 

 

ほんの数歩入っただけの裏道から表通りまでがこんなに遠く思えた事は無かった。
表通りまでは後ほんの数歩。
その位置で妹がついに暴漢に捕まった。

「へへへ、妹を残して何処に逃げようっていうんだ?」

「ティファ姉ちゃん!!」

暴漢に肩を捕まれ喉元にナイフを突きつけられた十歳前後の少女が、身体を震わせながら唯一の味方の名前を叫ぶ。

「――――――コリン!!」

泣き顔で助けを求めてくる、まだ六歳の妹を見捨てるような事は当然出来ない。
震える身体を自分で抱きかかえるようにして振り向き、暴漢の顔をフード越しに精一杯睨みつける。

しかし、暴漢はそんな視線など気にした風もみせず、嫌らしい笑顔のままティファと呼ばれたフードで顔を隠した少女を手招きした。

ティファは震える脚を叱咤しつつ、脅えるコリンには何とか笑顔を向けたまま歩を進める。
そして背負い袋に入れていた、ずしりと思い袋を取り出す。
本当ならここで杖を取り出して『忘却』の魔法を唱えたい所だが、今は肝心の杖をコリンが持っていたのだ。

町に向かう途中、コリンにせがまれて杖を手渡した事をティファは心底後悔した。
あれほど常日頃から姉に、杖を絶対に手放すなと言われていたのに。

「あ、貴方が欲しいのはこのお金でしょ?
 これは差し上げますからコリンを放して!!」

姉が必死に働いて貯めてくれたお金をこんな暴漢に渡すのは許せないが、大切な妹の命とは引き換えに出来ない。
きっとあの優しい姉も自分の判断に文句を言わないだろう。

だが、暴漢からの返事は無常なものだった。

「へへへ、金は当然だが姉ちゃん・・・良い身体をしてるじゃねぇか。
 俺がこれから色々と仕込んでから、良い所を紹介してやるよ」

暴漢の嫌らしい視線に晒され、ますますティファの身体の震えが激しくなる。
特にゆったりとしたローブの上からでも分かるその豊かな胸に、暴漢のねちっこい視線は集中していた。

自分に助けを求めているコリンに心配をかけないよう、必死に震えを隠そうとするがその努力も粘つくようなその視線の前に既に無駄になっていた。

しかし、自分の未来に暗雲が忍び寄っている事を知りつつも、それを回避する術が無い事を思い知り涙声になりながら、せめて妹を逃そうと暴漢に懇願をする。

「せ、せめてコリンだけでも放して下さい!!」

「あ〜ん、逃がして誰か呼ばれると面倒だろうが?
 心配しなくても、お前が売れるまで一緒に面倒を見てやるよ。
 それに・・・コレはコレで変態に売れるしな」

自分の発言が余程気に入ったのか楽しそうに笑う目の前の暴漢に、普段は引っ込み思案で温厚なティファも激しい怒りを覚えた。

そして自分自身ではなく、コリンの未来が断たれると思った瞬間、ティファは暴漢に向かって駆け寄っていた。

「させない!!」

「うおっ、手前!!」

暴漢の持つナイフに取り付き、必死の勢いで奪い取ろうとする。
だが不意を突いたとは言え相手は荒事を生業にしている暴漢、直ぐに冷静さを取り戻して自分の腕に縋りつくティファのお腹を蹴り飛ばした。

「ああっ!!」

「ティファ姉ちゃん!!」

民家の壁に叩きつけられ、力なく蹲るティファにコリンが駆け寄る。
そしてその拍子にティファが被っていた頭部のフードが外れた。

「おおう、こりゃ極上の美少女じゃ――――――」

現れたティファの美貌に驚き、次に歓喜に震えたいた男の声が絶望に染まる。
彼が見た光景は美しい少女の顔だけではなく、その特徴的な耳も視界に入っていたのだった。

「お、お前エルフか!!」

恐怖に駆られ、問答無用とばかりにナイフを振り下ろそうとする暴漢の前に、泣きながらコリンが立ち塞がる。

しかし錯乱状態の暴漢は目の前の十歳の少女など目には入らない。
そのままの勢いで振り下ろされたナイフが少女の胸を抉ろうとした瞬間、その身体が逆に後方に向かって吹き飛んだ。

「げはっ!!」

壁に叩きつけられるどころか、さらに壁に埋まった状態で暴漢は白目を剥いて気絶をする。

コリンが暴漢に襲い掛かられる瞬間に目を瞑り、再び恐る恐る目を開くとそこには笑顔で自分の頭を撫でる青年が居た。

「大丈夫かい、お嬢ちゃん」

「え、え、え?」

現状が理解できずに戸惑うコリンに、頷きながら頭を撫でていたのは京也だった。
何とか現場にはギリギリのタイミングで間に合ったが、余りに間合いが広かった為に投げナイフにたっぷりと念を込めて投げ付けたのだ。

ちょっと念を込め過ぎた為に、暴漢は肩に刺さったナイフに引きずられて壁に埋め込まれた状態になっていた。

「お姉ちゃんを守ろうとしたんだろ?
 本当に偉いよなぁ」

「・・・うん」

自分達が助かったという事に理解がやっと及び、コリンが泣きながら京也に抱きつく。
その背中を優しく叩きながら、京也は気絶をしてるティファに近づいた。

「あ!!」

「ん、どうかした?」

ティファを軽々とお姫様抱っこで抱き上げた京也が、そのまま表通りに出ようとするとコリンが慌てて止めに入った。

「そのまま出ちゃ駄目!!」

そう言ってコリンはティファの外れたフードを急いで掛けなおす。
その行動を不思議そうに見てた京也だが、何か理由があるのだろうと思いコリンのやりたい様にやらせていた。

結局、京也は気絶をしたティファとコリンを連れて、町の外れへと向かった。
コリンが自分の住む村がこの町の外れに有るウエストウッド村という事を京也が聞き、ならばこのままこの町に居続けるのも不味かろうと連れ出したのだ。

 

 

 

 

「う、うん・・・」

「ティファ姉ちゃん!!」

ティファが気が付くとコリンが凄い勢いで抱き付いてきた。
その元気な姿を見て思わず力一杯抱きしめた後、気絶する前の事を思い出して慌てて周囲を見回す。
するとそこにはあの嫌らしい笑顔の悪漢ではなく、優しい笑顔を浮かべた青年がティファとコリンを見守っていた。

「うんうん、仲が良いなぁ」

特にティファの身体に問題が無い事が分かった京也は、大きく頷きながら地面に降ろしていた大きな風呂敷の中からリンゴを取り出し、懐から取り出したナイフで手早く皮を剥いていった。

「ティファ姉ちゃん、あの人が私達を助けてくれたんだよ!!」

「え、そうなの?」

そこで、初めてティファは自分がフードを被っていない事に気が付いた。
慌てて後ろに垂らしていたフードを引き上げて自分の耳を隠す。

「コリン、あの人に私の正体がバレたのかな?」

「うーん、ティファ姉ちゃんの耳を見たはずなんだけど・・・
 でも、特に驚いてなかったんだよ」

「え、そうなの?」

今までの経験から自分の正体がバレた場合、その反応は決まりきっていた。
始祖の宿敵、エルフという事で殺されかけた事は数知れない。
自分の正体がバレる度に、『忘却』の魔法を使うのがティファの処世術だった。

「でも、一応杖を返してくれるコリン?」

「え、でも・・・」

コリンがティファの意図を察して悲しそうな顔をする。
姉が魔法を使って、あの気の良さそうな青年の記憶を消そうとしている事に気が付いたのだ。
ティファとしても自分達を助けてくれた青年を疑いたくは無かった。
だが、自分の存在のせいで沢山の兄弟が待つウエストウッド村に迷惑を掛けるわけにはいかない。

先ほどの悪漢の言動が余程心に堪えたのか、ティファの思考は普段とは違いかなり猜疑的になっていた。

「ほい、取り合えず何か食べて落ち着きなよ」

こっそり呪文を唱えようとした瞬間、呪文をかけるべき相手が無造作に大きな葉っぱの上に切り揃えたリンゴを載せて差し出してきた。

「災難だったな。
 まあ、ああいった輩は何処にでも居るって事だけど。
 でもさ、君みたいな可愛い子があんな裏道に無防備に入るのは無用心だよ?」

「えっと、それには理由があって・・・」

普段、自分の周りには居ない同い年位の男の子が隣に座り込んだことにより、ティファの頭の中で唱えようとした呪文は見事に吹き飛んでしまった。

「理由?」

不思議そうに頭を傾げながら、葉っぱの上のあるリンゴを一つ口に運ぶ。
その青年の隣ではコリンが幼竜と一緒になって、嬉しそうにリンゴを頬張っていた。

『相棒、この娘っ子はエルフなんだぜ。
 所謂人間の天敵ってところに位置付けられてる存在なのさ』

青年の疑問に応えたのは、ティファでもコリンでなく近くの樹に立て掛けれている長剣だった。

ティファは自分の正体をバラされた事から、今までと同じように罵声を浴びる事を警戒して身を竦ませる。

しかし、何時までたっても隣に座った青年は驚きもせず、逆に不思議そうな顔でティファの顔を覗きこみながらリンゴを齧っていた。

「デルフ、エルフってのは全員こんな美少女ばかりなのか?
 だとしたら一度はエルフの村とかに行ってみたいもんだな」

『・・・野郎も美形ばかりだぜ、相棒』

「・・・なるほど、確かに男の天敵だな」

美形に何か恨みでもあるのか、きつく拳を握り締める青年。

「えっと、あの・・・」

年頃の男性に間近で顔を覗かれるという初めての経験に驚き、呪文を唱える事も忘れて杖を上下に振りながら、慌ててティファは自分の顔を更にフードで隠した。

「ああ、ごめんごめん。
 学院の教科書とかに書かれているエルフとは随分と違う形相だから、思わず覗き込んじゃったよ」

ティファの行動を見て青年も慌てて頭を下げてきた。
その言葉から、エルフという存在の危険性を知りつつも、普通に接してきている青年にティファは益々驚きを隠せなかった。

「私が怖くないんですか?」

『まあ、そこらへんのエルフよりよっぽどこの相棒の方が化け物じみてるからな』

「それでフォローをしてるつもりか、デルフ?」

どうやら樹に立て掛けてある長剣はインテリジェンスソードである事に、ティファは今更ながら気が付いた。
しかし、そのデルフと呼ばれたインテリジェンスソードの言葉を信じるなら、この平民にしか見えない青年はエルフよりも強いらしい。
確かに幼竜とはいえ、普通の平民が竜を引き連れて旅をしているとは思えないのだが。

「もしかして、貴方は魔法使いなんですか?」

「いや、貴族でも魔法使いでもない只の平民さ」

『・・・精一杯頑張って生きている平民の皆さんに謝れ、心の底から謝れ』

「何だとー」

デルフと何やら口論を始める青年を見て、思わずティファは笑顔を作っていた。
エルフより強いという言葉は信じられなかったが、青年が本当に自分を恐れていないという事だけはよく分かった。

「ね、面白いお兄ちゃんでしょ、ティファ姉ちゃん」

「ぴゅい」

視線を隣に向けるとリンゴを食べ終えたコリンが幼竜を抱きかかえながら、嬉しそうにティファに話しかけてきた。

「ええ、そうね」

真剣にデルフを相手に「平民」の定義について口論をしている青年を見て、ティファは構えていた杖を降ろしながらコリンに笑顔で頷いた。

 

 

 

 

幸いにも暴漢に蹴られたお腹は青痣だけですんでいた。
ティファは少しの間休んだだけで、何とか歩ける程度に回復をした。
ティファが休んでいる間、京也はコリンの相手をヴァーユと一緒にしてやり、デルフは一応の見張りとしてティファの隣に立て掛けられていた。

「不思議な人ですね・・・ハーフエルフの私を見ても全然驚かないなんて」

『まあ色々な意味で規格外の男だからな、あの相棒は。
 しっかし、お嬢ちゃんはハーフエルフだったのかよ?』

「・・・ええ、母がエルフでした」

『・・・ま、色々とあったんだろうな、敢えて聞こうとはしねぇよ』

デルフが事情を何となく察して黙り込んだ時、京也と遊んでいたコリンから悲鳴が上がった。

「ティファ姉ちゃん!!
 さっきの悪い人が、馬に乗って大勢の人を連れてこっちに来る!!」

「そんな!!」

急いで立ち上がろうとした反動で、ティファは腹部の痛みに顔を顰める。
そんなティファにコリンは泣きそうな顔で縋り付いていた。

『珍しいねぇ、手加減を間違ったのかい相棒?』

「いや、信じられない事に、あのチンピラが予想以上に根性があったんだろうな。
 ニ、三日は動けないと思ったんだけどなぁ」

やれやれと肩を竦めながら、デルフの元に訪れる京也。
その京也の頭の上では、ヴァーユが暇そうに欠伸をしていた。
緊張感の無い京也達がやり取りが終わる頃には、ティファ達は村から馬で追い掛けて着た一団に囲まれてしまっていた。

 

 

 

「へ、へへへ、そう簡単に逃げれると思うなよ、このエルフが」

青い顔で啖呵を切る男性は、あの暴漢だった。
その視線には恐怖と一緒に憎しみが宿っていた。

「何が目的は知らねぇが、俺の生まれ故郷は滅ぼさせねぇぞ。
 皆、あのフードを被っている女がエルフだ・・・」

そう言ってティファに指を突きつけたまま、暴漢は気を失って馬から落馬した。
皮鎧に身を包んだ青年達が地面に横たわる暴漢を素早く拾い上げ、包囲の輪から引きずり出す。

その姿を見送った後、恰幅のいい中年の男性が悲壮な表情でティファに腰の剣を突きつけた。

「あんな屑でも、自分の生まれ育った町に愛着はあるという事だ。
 何故我等の町にエルフが目を付けたのかは知らんが、町の平和の為にも自警団の名に置いて貴様を討つ!!」

「俺達の生活は俺達で護ってみせる!!」

「エルフに子供と女房を喰われてたまるか!!」

悲壮感に酔いしれる自警団のリーダーらしき男の音頭に、周りの自警団の青年達が大声で唱和する。
その音量に圧倒され、ティファはあまりの事態についていけずただただ首を振るばかりだった。
『忘却』の魔法を使おうにも、一度にこれだけの人数を相手に使う事は不可能だ。
震えて抱き付いてくるコリンを護ろうという意識だけが、辛うじて座り込みそうになる自分を叱咤する材料だった。

身勝手なお願いだが、せめて自分を助けてくれた青年にコリンを託そうとそちらを見ると、困ったような顔をしながら自警団とティファの間に立ち塞がるその姿が目に入った。

「何と言うか、想像だけでここまで自分を追い詰められるとは・・・
 エルフっていうのは余程恐れられてるんだな」

『当たり前ぇよ、伊達に人間の天敵とは呼ばれてねぇぜ』

そんな天敵を前にして、デルフを片手に立ち塞がる京也に自警団の団長から怒声が上がる。

「貴様、エルフを庇うとは何を考えている!!」

「そう言われてもこの娘が何かしたのを見た訳じゃないんでしょ?
 疑わしきは罰せよ、というのも分かるけど、もう少し落ち着きましょうよ。
 あのチンピラに暴力を振るわれても、何もしなかったような娘ですよ」

興奮気味の団長を落ち着かせようと、敵意が無い事を示すためにデルフを地面に置き、両手を上げながら京也が説得を試みる。

しかし、そんな京也に向かって問答無用とばかりに団長の長剣が一閃した。

「おいおい、無手の人間に問答無用の攻撃はあんまりでしょ」

不意打ちの一撃とは言え所詮は自警団の団長クラス。
歴戦の剣士たる京也には勿論通じる筈も無く、その一撃は軽く避けられていた。

その事により更に顔を紅潮させた団長が、大声で京也を詰る。

「エルフに誑かされた人間など信用出来るか!!
 貴様のような涼しい顔をした色男ほど、その性根は助平と決まっているんだ!!
 どうせその巨乳エルフの色香に騙されたのだろうさ!!」

 

 

 

――――――その瞬間、自警団団長と京也の間に重苦しい沈黙が訪れた。

 

 

 

『ぎゃははははははははは!!
 こりゃ傑作だな、相棒?』

「・・・デルフ、後で覚えてろよ♪」

口調は軽いが京也の背中に立ち上る怒気を感じて、思わずティファとコリンは一歩後退した。

 

 

 

 

十分後、地面に倒れて呻く自警団を前にして京也はふんぞり返っていた。
歴戦の傭兵団や複数の魔法使いを相手に圧勝をする男にしては、たかだか自警団を相手に大人気の無い戦闘だったとも言える。

「俺を只の助平だと思うなよ!!」

『・・・やたらと拘るねぇ、相棒』

先ほどの大立ち回りでさんざん敵味方から踏まれたデルフから、疲れたような声で突込みが入る。
勿論、意図的に踏んできた味方の誰かさんが、一番踏んだ回数は多い。

「凄い凄い!!
 お兄ちゃん、本当に強いんだね!!」

「ふふん、見直したか?」

泥だらけになったデルフを拾い上げながら、駆け寄ってくるコリンに笑顔を向ける。
右手に阿修羅、左手にデルフを持つ京也にじゃれつくコリンを見て、呆然としていたティファは突然ある事を思い出した。

「もしかして、十六夜 京也さん・・・ですか?」

「え、何で俺の名前を知ってるの?」

今更ながら自己紹介をまだしていなかった事を思い出しつつ、何故か自分の名前を呼ばれて驚く京也。
その京也とは反対に、青年の正体が京也だと知ってティファは嬉しそうに話を続ける。

「マチルダ姉さんからの手紙に書いてあったんです!!
 十六夜 京也っていう名前の木刀を使うお節介な剣士のお陰で、定職に着けたって」

「マチルダって・・・
 おお、フーケ、じゃなくてロングビルさんの事か!!」

聞き覚えのある名前を聞いて、京也は納得をした。
なるほど、フーケが以前から話していた妹とはティファの事だったのか、と。

こんな偶然もあるんだなー、と京也が思っていると。

「何でも凄いお人好しで、普通なら大金を請求するような厄介事から、愚痴の聞き役に晩酌の相手までこなせる逸材だって書いてありました」

「・・・・・・・・・・・・・・褒めてるか、それ?」

「しかも筋金入りの変人で、どんな問題でも木刀一本で解決する変態だって事も書いてありました」

「・・・・・・・・・・・・・・」

学院に帰ったら、フーケに仕返しをしてやろうと京也は心に固く誓った。

 

そんな微妙な笑顔で固まっている京也に気付かずに、ティファの話は続く。
余りの偶然に興奮をしてるのか、駆け寄った勢いでフードが外れてその美貌と長い耳が晒されている事に気付いてもいなかった。

「でも、最後の最後で頼りになる凄い人だから、何時か紹介してあげるってこの前の手紙に書いてあったんです。
 私、マチルダ姉さんの手紙は何度も読み直すから、十六夜さんがどんな人なんだろうって何時も想像してました。
 そんな十六夜さんに、本当に助けてもらえるなんて・・・」

嬉し涙を流すティファの言動には他意は無いのだろう。
そう他意は無いはずだ・・・
全ては変な事を吹き込んだフーケが悪いと判断した京也は、照れながらティファに向けて話しかける。

「俺の事は京也って呼んでくれていいよ。
 その代わり俺もティファって呼んでいいかな?
 まあ、それよりも誰にも怪我が無くて良かった」

「えっと、そう呼んでくれても構わないけど・・・」

地面で呻いている自警団の面々を見て、ティファの顔色が曇る。
確かに自分達は無傷で済んだが、彼らの苦痛の声を聞く限り無事とは思えなかった。

「しかし、こいつ等をどうしようかな・・・
 都合よく今日の出来事について、記憶を消すなんて流石に出来ないしな」

『むしろ相棒の場合は命の火を消しかねねぇよな』

「失敬な」

「あ、私なら記憶の消去が出来ます」

「『・・・え?』」

ティファの突然の名乗り上げに、間抜けな声を上げる京也とデルフだった。

 

 

 

 

『おでれーた!!
 まさか虚無の系統『忘却』が使えるとはなぁ・・・』

「えっと、凄い事なの?」

「あー、多分?」

デルフのテンションとは違い、冷めた口調でお互いに意見を交換する京也とティファ。

通常の四系統の魔法についての知識が余り無いティファと、そもそも住んでいた世界すら違う京也には伝説の系統『虚無』の実在にも余り興味は無いのだった。

『・・・・・・・・・・・・・・・・話す相手を間違えたみたいだな』

「何かデルフちゃんがいじけてるよ、ヴァーユちゃん」

「ぴゅい?」

日も完全に暮れた頃になって、やっと自警団全員の記憶の消去が完了した。
彼等は記憶を失ったまま、この先一週間ほど謎の頭痛と戦い続ける事となる。

「後はウエストウッド村まで真っ直ぐの道だから大丈夫」

「ん、そうか、じゃあ気をつけてなティファ、コリン」

ウエストウッド村の近くまでティファ達を送った京也が、手を上げて別れの挨拶をする。

「送ってくれて有難う、お兄ちゃん!!」

「はい、今日は有難う御座いました!!
 えっと、実はもう一つお願いがあるんだけど・・・」

「うん、何かな?」

 

 

 

「と、友達になってくれませんか?」

精一杯の勇気を出したティファは、真っ赤な顔でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

ヴァーユをシルフィードの元に送り出した後、京也とデルフは宿へと戻った。
部屋には既に全員が揃っており、アルトは稽古疲れから既にベットで寝息を立てていた。
そして、ワルドは夢見るような瞳で天井を眺め、ルイズとタバサは憮然とした表情をしている。

「な、何かあったのかな?」

「・・・ふふふふ、君には分かるまい。
 今日、僕は二人の天使を見たのさぁ」

 

 

――――――駄目だ、意識がアッチに跳んでる。

 

 

ワルドのその表情と言葉を聞いて、京也は関わる事を諦めた。

もとい、拒否した。

 

「何かされたのか?」

事情を知っていると思われる二人に話題を振る。

「・・・まあ、色々と連れ廻されただけだけど」

「服屋とか装飾店とかレストランとか」

「何だ問題ないじゃないか」

二人の身に大事は無かったと分かり、京也は大きく息を吐く。

 

 

「「何かする度に鼻血を出してたけどね」」

 

 

『・・・問題、大有りだろうそれは。
 明らかに危険度が増してねぇか?』

「・・・そう・・・だな」

 

 

 

 

あとがき

二週間ぶりの更新ー

色々と大変なんです、ご勘弁を。