< ナデひな >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの、忌々しい戦争が和平という奇跡の幕を閉じ。

 激戦を戦い抜いたナデシコの面々も、今は平和な世界へと溶け込もうとしていた。

 

 しかし、その平和を享受できぬ不幸な男が一人・・・

 

 これは、その男の愛と戦いの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、瀬田先輩!!」

 

 ひなた荘の手前で、偶然に出会う三人。

 驚いた顔の成瀬川に、こちらも少し驚きながら返事をする瀬田。

 

「おや、なるちゃんじゃないか、久しぶりだね〜」

 

「パパ、この人誰だ?」

 

 その瀬田の右腕にぶら下がっていたサラが、不思議そうに尋ねる。

 

「昔、僕が家庭教師をしていたんだよ、サラ。

 そう言えば、キツネちゃんとかは元気かな?」

 

「キツネですか?

 えっと、呼んできます!!」

 

 瀬田にそう言い残し、ひなた荘に入っていく成瀬川。

 その後姿を見送りながら、瀬田は改めてひなた荘を見上げていた。

 

「う〜ん、懐かしいなこの建物も〜」

 

 しみじみとそう呟く瀬田、咥えタバコからは紫煙が漂っている。

 

「そういえば、あの浦島って奴ここに居るのかな?」

 

「一応、聞いた住所はここなんだけどね。

 この前のバイト代を持って来たんだけど、まさかひなた荘に住んでるとはねぇ」

 

 ・・・噂の人物は、未だ西欧に居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十三点五話 とりあえず、その後の補足

 

 

 

 

 

 

 俺は両腕を女性に掴まれたまま、商店街を歩いていた。

 ピースランドを訪れてから、今日で四日・・・そろそろひなた荘の皆にも、連絡をいれないと心配するだろうな。

 かと言っても、迂闊に電話も出来ないのが今の現状なのだが・・・

 

 変に巻き込むのは忍びないしな。

 

「アキト、次はあの店に行こうよ♪」

 

「テンカワ君、そういえばうちの極楽トンボと話は出来たの?」

 

 今日は右手にユリカ、左手にはエリナさんという珍しい組み合わせだった。

 笑顔が絶えない二人を見ていると、俺も自然と顔が緩む。

 

「アカツキ?

 ・・・全然連絡がとれないんだよな、千沙さんと一緒に何処に出掛けているんだか」

 

 そう言って肩を竦める。

 まあ、アイツも普段の仕事が忙しい身だし、たまの逢瀬を邪魔されたくないんだろうな。

 

「でも、アキトが大学受験をしてるなんてビックリしたな〜」

 

「俺は皆みたいに頭は良くないんだよ。

 自分のペースで勉強がしたいから、今はネルガルや皆から距離を置いたんだ」

 

 ユリカは俺がこの前説明した事を思い出したのか、俺の手を振り回して自己主張をしている。

 そう、俺はひなた荘の事を除けば、殆どの事情を包み隠さず彼女達に話した。

 皆にもそれぞれの時間があるのに、俺の事を心配してそれを潰す事を危惧したからだ。

 とくにルリちゃんや、ラピス、それにハーリー君には普通の学校にも通って欲しい。

 ウリバタケさんには子供や奥さんがいるのに、殆ど実家に帰っていないのが現状だし。

 アカツキにいたっては、数か月分の仕事を溜めて、それを数日でこなすという優秀なのか馬鹿なのか、判断の難しい生活をしてる。

 

 俺が不在の間の出来事をナオさんから聞き、俺は改めて彼女達の行動力の凄さを思い知った。

 

 そこで、皆に集まってもらい、誠心誠意で『説得』を行ったのだ。

 俺自身が逃げずに頼み込んだ成果もあったのか、何とか皆の同意を得る事はできた。

 彼女達にも、和平後に少し羽目を外し過ぎたという自覚はあったみたいだ。

 今回のナオさんとミリアさんの結婚式は、そういう意味では初心に帰る意味があったらしい。

 

 ただ、ピースランドでのデートとか、週末の定期連絡とか、月に一度は顔を見せに帰る事とか、色々と約束させられたけど。

 

 ま、まあ概ね今の生活を続ける上で、支障にならないレベルの約束だろう。

 それに彼女達の存在に怯える必要が無くなっただけでも、心の負担が大分違う。

 ―――うん、今度の受験は上手くいきそうだ。

 

『馬鹿か、お前は〜?

 逃げるから追いかけられるんだ。

 いい加減正面から受け止めるだけの器量をみせてみろ。このすっとこどっこい』

 

 こんな有り難いアドバイスをしてくれたのは、シュン隊長だった。

 ナオさんの結婚式で酒を飲みながら、上機嫌で俺に説教をしてた。

 ・・・・・・・・隣にいるフィリスさんがしきりに頷いていた事を、俺は黙ってたけど。

 多分、あの人も仕事に戻ったら大変だろう、うん。

 今度会ったら絶対に笑ってやる。

 

 まあ、以前の強盗事件の時にキツネさんにも言われた事だけど、確かに逃げていても話にならない。

 理由はどうあれ、皆は俺の事を心配して探してくれたのだから。

 

 

「あ、ここでお昼御飯食べていかない?」

 

 そう言って、真新しいピザ屋を指差すエリナさん。

 

「・・・・・・・・・・・・・・ああ、建て直したんだ、この店」

 

 一瞬だけ足を止めた後、首を左右に振って歩き出す俺。

 

「ええ〜、入らないのアキト〜?」

 

「あら、何か気に入らない事でもあったの?」

 

 不思議そうに尋ねてくるエリナさんと、ユリカに・・・

 

「せっかく建て直したのに、また潰すのは可哀想だろ?」

 

「「・・・・・・(目が笑ってない)」」

 

 俺の笑顔を見て、動きを止める二人だった。

 

 

 

 その後も、皆と一緒に色々な所をまわった。

 その頃には、俺もたまの休みだと自分で納得して、結構楽しんでいた。

 なんだかんだと言いながらも、俺は皆が大好きなんだから。

 

 

 

 

 

 

「お〜い、アキト。

 なんか枝織ちゃんが、ピースランドの下町でピザ屋を壊したらしいぞ。

 ま、あそこ店主の腕前が上がってなかった、って事か。

 ついでに性格も」

 

「・・・・へ、へぇ、そうなんですか?

 でも、どうしてナオさんがそんな事を知ってるんですか?」

 

「ああ、ハーリー君も一緒に行ってたんだよ。

 枝織ちゃんからすれば、弟みたいな存在で可愛いんだろうな、ハーリー君。

 ちなみに、崩壊する店に巻き込まれて全治一時間だ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・全治一時間

 微妙に大怪我ですね」

 

「ああ、微妙に大怪我だ」

 

 

 

 

 その報告を聞いた翌日、俺は皆に見送られながら、ひなた荘の周辺をイメージして跳んだ。

 ・・・イセリア女王の笑顔が、何故か凄く恐かったのは心の中の秘密だ。

 

 

 

 

プロスペクターの事件ファイル

 

No1 百華さん襲撃事件

この事件に関しては、テンカワ アキト氏と影護 北斗氏の両名の活躍により無事に解決した。

人的、物理的にもネルガルには被害は無し。

作戦による怪我人は多数に上るも、死傷者も無し。

まさに理想的なテロ鎮圧戦だった。

ただ、百華さん自身は未だターゲット(ヤガミ ナオ氏)に未練があるもよう。

今後も更なる監視を、木連側に依頼する事になる。

 

No2 ピースランド爆破事件

容疑者であるウリバタケ セイヤ氏を、ピースランド王家に引き渡す事で解決。

当分は無料奉仕の日々が続くと思われる。

しかし、あれだけ厳しいチェックを潜り抜け、火薬類を運び込んだ手口を考えるに、内通者の存在があると思われる。

今後の課題として、その内通者の割り出しを急ぐ。

 

No3 ピザ屋破壊事件

容疑者は影護 枝織さんである事を考慮して、木連側に損害賠償を求める事をピースランドに助言する。

仲介者に指定されるものの、現在の仕事が多忙という理由で断る。

イセリア女王と舞歌嬢の橋渡し・・・やってられませんよ、そんな事。

私はまだ病院に入院したくないです。

 

No4 極楽トンボ逃走事件

犯罪人アカツキ ナガレが、木連の各務 千沙嬢を拉致して国外逃亡するのを阻止。

この時犯罪人が「バカンスに行くだけだよぉ〜〜〜」と主張したが却下。

誰が何と言うと却下

仕事が溜まっているんですよ、この極楽トンボ

 

 

 

 

「・・・・・・なんか、段々追い詰められていくプロスさんの姿が、ありありと想像できる報告書ね」

 

「エリナ、ミスターにちょっと休んでもらったら?

 医者としても、ミスターの長期休暇を進言するわよ」

 

「そうね、ドクターの言う通りね。

 仕方が無いか、テンカワ君の事で慌てる必要もなくなった事だし。

 あの極楽トンボの手綱は、当分私が握るしかないわね」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「あ!! 瀬田やんか!!」

 

 玄関前に立っている瀬田を見て、キツネが驚いた声を上げる。

 そのキツネの背後には、釣られて出てきた素子としのぶの姿もあった。

 

「やっ、久しぶりだねキツネちゃん」

 

「えっと、どちらさんですか?」

 

「私も初めて会う人ですね」

 

「お、誰や誰や?」

 

 見慣れない瀬田の姿に、少々警戒をする素子と、その背後に隠れるしのぶ。

 スゥは全然人見知りをせずに、思いっきり突進を敢行する・・・が、サラに行く手を阻まれる。

 

「ああ、素子ちゃんとしのぶちゃん、それにスゥちゃんも初めて会うのよね。

 この人は瀬田さんって名前で、2年前に私の家庭教師をしてくれた人なの」

 

 そんな3人を見て、後から現れた成瀬川が説明をする。

 

「へ〜、そうなんですか」

 

「ほ〜、成瀬川先輩の」

 

「なんで邪魔するんや、チビ?」

 

「お前もチビじゃんか!!」

 

 一部ヒートアップしているお子様達を除き、一応の警戒を解く素子としのぶ。

 その後は、お互いに和やかな雰囲気の中で自己紹介をしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 瀬田はその用事であるアキトのバイト代を成瀬川に渡し。

 眠ってしまったサラを背負って、ひなた荘を去って行った。

 二人を見送った後、かなり遅い時間にキツネと成瀬川は露天風呂に入っていた。

 

「まさか、瀬田さんに娘がいるなんてねぇ」

 

「養女らしいけど、なんか訳ありっぽいな〜」

 

 元気なサラの事を思い出し、思わず苦笑をするキツネと成瀬川。

 2年という歳月は、色々なモノが変化をするのに十分な時間だった。

 それは『想い』であったり、『記憶』や『感情』というものかもしれない。

 

「二年前はあれだけベタ惚れやったのに、随分瀬田に対する反応が鈍かったな、なる?」

 

「ん?

 ま、ね・・・話して分かったけど瀬田さんって、私の事本当に『妹』としか見てくれてないから。

 でもたった二年で、冷めちゃうような感情だったのかな・・・」

 

 キツネの振ってきた話題に、露天風呂に沈み込みながら成瀬川が返事をする。

 成瀬川自身は、その変化に戸惑っているようにキツネには思えた。

 

「瀬田以上にインパクトの強い男が出てきたからやろ、きっと」

 

「・・・・ああ、アレね。

 確かにそかもね、インパクト大きいから、あの馬鹿」

 

 そのままお互いに無言になる、二人。

 アキトが実家に帰ってから、既に一週間が経っていた。

 電話の一本でも入れればいいのに、とひなた荘の全員が思っていた。

 ただキツネは本当の事情を知るだけに、更に複雑な思いを胸の内に抱えていた。

 本来なら、このひなびた元温泉宿にいる存在ではないのだ、あの男は。

 

 ならば何処が相応しいのかと聞かれても、返答に困るキツネだが・・・

 

 そんなキツネの思考を、成瀬川の元気を装った声が打ち破る。

 

「帰ってくるって言ってるんだからさ、そのうち帰ってくるでしょ。

 さ、早く寝ないと、明日もバイトでしょキツネ?」

 

「ああ、そうやな・・・そろそろ寝よか」

 

 そう言って脱衣所に向かう二人。

 そんな二人の背後で、突然大きな着水音が響いた。

 

 

   ドッパァァァァァァァァァァ!!

 

 

「うわ!! お土産のせいでイメージ失敗かよ????

 全く、皆もこんなに沢山渡さなくても・・・って、あれ?」

 

 ギギギギ、と音を立てながら振り向いた二人が見たモノは・・・

 なにやら両手一杯に土産袋を抱え、困った顔をしたアキトの姿だった。

 

「えっと・・・・」

 

 温泉のお湯ではなく、明らかに違う液体を頬に浮かべるアキト。

 そのアキトに向かって、成瀬川が顔を俯かせたまま歩み寄る。

 キツネはこの先の展開が分かっているので、お土産をどう確保しようかと悩んでいた。

 

「・・・・・・・・・た、ただいま〜」

 

「お・か・え・り・な・さ・い!!」

 

 

 ドバキィィィィィィィィ!!!

 

 

 

 

 ―――その日、アキトは飛距離の記録を更新した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十四話に続く

 

 

 

 

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