< ナデひな >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの、忌々しい戦争が和平という奇跡の幕を閉じ。

 激戦を戦い抜いたナデシコの面々も、今は平和な世界へと溶け込もうとしていた。

 

 しかし、その平和を享受できぬ不幸な男が一人・・・

 

 これは、その男の愛と戦いの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

『うおおおおおおおお!!』

 

『ガァァァァァァ!!』

 

 目の前の画面には、怪しい服に身を包んだ大男が、長い体毛で身体を覆ったアンノウンと戦っている。

 お互いに一進一退の攻防を繰り返し、最後にはもつれ合うように谷底に消えていった。

 そして、一人と一匹が画面から消えたところで、その映像は終わった。

 国王と一緒にその映像を見ていた王妃が、暫く経った後に口を開く。

 

「・・・それで?」

 

 この映像を見た後に、言葉が出るだけでもこの女性の胆力の凄さが覗える。

 少なくとも隣に座っている国王は、いまだ放心状態だった。

 一度この映像を見ていた男性は、改めて王妃の女傑ぶりに驚きつつ、持参したレポートを読み上げる。

 自分自身、この映像を初めて見た後は、国王と同じ状態だったからだ。

 

「争っていた動物(?)は、いわゆる『ビックフット』と呼ばれる、未確認生命体だと思われるのですが」

 

「ああ、あの有名な・・・

 でも、これだけはっきりと映像を撮れたのは、多分初めてですね」

 

「はい、世紀の大発見かと・・・」

 

 お互いに一番大事な事を言わない辺り、実は動揺をしているかもしれない。

 

「おほほほほほほ、娘に映像を送れば喜んでくれるかしら?

 あのラピスちゃんが一番喜びそうですね」

 

「・・・その前に、ゴート君の消息はどうなってるのかね?」

 

 復活した国王の質問に、報告に来た例の軍服の男性が黙り込む。

 どうやらゴートの姿を見失ったらしい・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十七話 ラブリー悟空と愉快な仲間達

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、アキトからくじを引いて」

 

「分かった」

 

「おい、何で俺まで巻き込まれるんだよ?」

 

「別にいいじゃん、面白そうだし」

 

「特に反対する理由もないしな」

 

 

 

 

 

 

 

 行けども行けども続く、広大な砂漠を一人の旅人が馬に乗って進んでいた。

 

「天竺までありがたいお経を取りに行くのだが、大変な旅になりそうだな!!」

 

 馬の背に揺られながら、その人物は台本通りの台詞を述べる。

 実は広大な砂漠は、スゥちゃんと白井の作った背景映写装置が作りだした映像だ。

 そして、その白井は灰谷と一緒に馬役として、現在も活躍中だ。

 

「何で俺達が馬役なんだよ!!」

 

「仕方無いだろ、くじで決めたんだから」

 

 そんな小声が聞こえるが・・・のこのこと、俺達の泊まっている宿屋を訪れたお前達が悪い。

 少しは同情の念も沸くが、女性陣にちょっかいを出そうとして捕まったのだから、弁護のしようも無い。

 

「おや、あれに見えるは五行山ではないか!!

 あそこには、力強き岩猿が封じられてると伝え聞くが!!」

 

 ・・・コイツに劇が本当に出来るんだろうか?

 俺はかなり悩んだが、今更配役の変更が出来るはずも無い。

 鎖に繋がれた格好の孫悟空役の俺が、目の前に立つガイに話しかける。

 

「あー、とりあえず助けてくれませんか、そこのお坊様・・・」

 

「俺の事はガイ・ザ・サードと呼べぇ!!」

 

 親指で自分を指しながら、高らかに咆える三蔵法師(ヤマダ ジロウ)

 予想はしていたが、あまりに配役を無視した行動に、俺は深い溜息を吐く。

 そんな俺を見て、ガイが得意げに先を続ける。

 

「そう呼ばんと助けてやらん!!」

 

「・・・お前なぁ」

 

「ちなみにフルネームだぞ、ガイだけだと駄目だからな!!」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

  バキッ!! × 4

 

 俺は四肢を繋いでいた鎖(プラッチックの作り物)を引きちぎり、無言のまま三蔵法師に一撃を加える。

 勝ち誇った顔をしたまま、ガイの体が宙に浮き床に落ちる。

 俺は動かなくなったガイの身体を馬の背に乗せ、一人で芝居を続ける。

 

「助けてくれて有り難うございますお坊様。

 今後は弟子として、旅の手助けを是非させて下さい」

 

「・・・ア、アキト、てめぇ」

 

 げ、もう気絶から回復してやがる。

 観客から見えないように気を付けながら、止めの一撃を入れる。

 今度は手加減を余りしなかったので、一つ呻いてガイは完全に気絶した。

 

『これ、悟空・・・三蔵法師に乱暴を働いては駄目ですよ』

 

 背景の映像に、黒髪の少女の姿が浮かぶ。

 

「はい、今後は気を付けます御釈迦様」

 

「本当だろうな?

 釈迦如来に誓えよ?」

 

「・・・・・・・・・・復活が早すぎるぞ、お前」

 

 観客の皆さん(近くの幼稚園の子供達)は爆笑してるけど・・・ここで笑うような劇じゃないのに。

 西遊記に関して、誤った認識を植えつけてしまいそうだ。

 結局、釈迦如来(しのぶちゃん)の説得もあり、何とか話を進める事が出来た。

 

『その後、猪八戒と沙悟浄を仲間にした一行は、一路天竺を目指しました』

 

 しのぶちゃんのナレーションを聞きながら、俺は既に気疲れをしていた。

 ちなみに猪八戒役はヒカルちゃん、沙悟浄役は万葉ちゃんだ。

 何だか巻き込んでしまった形だが、二人共楽しそうなので良かった・・・

 

 

 だが、それはそれとして。

 

 

「はるかさん、絶対劇になりませんよー」

 

「気にするな、劇は元々娯楽のためにあるんだ。

 それにお前達、キャラが立ち過ぎてる位だからアドリブでも十分だ」

 

「・・・悪い影響しか与えないと思いますけどねぇ」

 

 観客席のはるかさんへの説得も無駄に終わった。

 

 

 


 

 

 

 そして、色々と文句を言いながらも、子供達の視線に逆らえず劇は続く。

 もっとも、文句といってもガイが自分の呼び名を変更しようと、無駄な努力をしているだけだ。

 既に子供達は、見事に三蔵法師のキャラを誤解しているし・・・

 

「おっしょ様、あんな所に村が「ガイと呼べぇ!!」

 

 俺の台詞が途中で遮られる。

 どうやらガイと呼ばない限り、梃子でも動かないつもりらしい。

 「ガイ・ザ・サード」と要請しないあたり、これでも譲歩しているつもりなのだろうか?

 目線でヒカルちゃんと万葉ちゃんに合図を送る。

 二人は頷くと、無言のまま手に持っていた得物(フォークと矛)でガイを黙らせた。

 

「ら、乱暴はしないって約束・・・」

 

「だから俺じゃなくて、ヒカルちゃん達に頼んだだろうが」

 

「そうそう♪」「全くだ」

 

「う、裏切り者ぉぉぉぉぉ」

 

 

 

 村長の家に行くと、そこには一人の女性がいた。

 どうやら村長の娘役は、なるちゃんらしい。

 子供達が見ている劇だと割り切っているのか、最近の刺々しさは隠されている。

 とりあえず、ガイが配役の通りに話しかける。

 

「おや、どうなされました娘さん!!」

 

 一応、台詞は覚えているみたいだ。

 だが、いちいち叫ぶな頼むから。

 

「・・・実は悪い妖怪が、私を次の満月に花嫁にすると」

 

「・・・気の毒な妖怪だな(ぼそっ)」

 

「何ですってぇ!!」

 

 一言多いんだよ、お前。

 ボコボコにされたガイを肩に抱え、俺達は妖怪退治を請け負った。

 しかし、気絶してるか大声で叫んでるだけだな、この三蔵法師。

 

「・・・付き合ってて疲れない、二人共?」

 

「え〜、見てて面白いじゃん」

 

「ただ、自分の生き方に馬鹿正直なだけだ」

 

 ヒカルちゃんと万葉ちゃんからすれば、最早慣れきった行動らしい。

 そして、お決まりのようにガイを馬の背に乗せて、金角大王と銀角大王の二人を倒しにいく。

 

 静かな湖畔が写しだされた場面で、女性の含み笑いが響いた。

 

「「ふふふふ、待ってましたよ、三蔵一行」」

 

 顔をスッポリと布で隠した状態で、二人の人物が登場する。

 その衣装にそれぞれ「金角」「銀角」と記されているので、相手が何者なのかは一目瞭然だ。

 ただ役の都合上、その見事なプロポーションは男性の衣装で隠している。

 きっと胸とか苦しいんだろうな・・・ご苦労様です。

 

「お、サラとアリサじゃね〜か」

 

「「芝居の意味が分かってますか、あなたは??!!」」

 

 顔を隠す布を取り払った瞬間、気軽にガイがそう突っ込み。

 二人が手に持った杖によるダブルクラッシュの前に、馬上から叩き落される・・・

 止めようと思えば止めれたが、二人の気持ちも分かるので見逃した。

 

「お前・・・俺を守るのが仕事じゃねぇのか?」

 

「よし、いくぞ金角銀角!!」

 

「ほほほ、かかってきなさい孫悟空!!」

 

「返り討ちにしてくれます!!」

 

「っていうか、お前達女性のくせに嫁さん探してたのか?」

 

「「「お前(あなた)は黙って寝ていろ(なさい)!!」」」

 

 今度はトリプルアタックにより、三蔵法師撃沈

 

 動かなくなった三蔵の両足を、それぞれ猪八戒と沙悟浄が掴んで舞台はしに移動させる。

 ある意味、良いチームかもしれない・・・あの三人。

 

 

 

 見事にこれまでの劇は子供達には大うけだった。

 コメディアンに向いてるかもな、ガイ・・・

 

 

 


 

 

 

 三蔵法師抜きで、俺達とサラちゃんとアリサちゃんの演舞は終わった。

 軍事訓練を受けた俺達に、運動神経は結構良いサラちゃんの演舞だ、子供達は盛況だった。

 決められた殺陣ならば、結構大技とかが組み込めるぶん、見た目は派手で受ける。

 

 そして、金角と銀角を倒した瞬間、照明が落ちる。

 

「はははは、なかなかやるな三蔵一行!!

 そして孫悟空!!」

 

 観客の子供達の間に立ち上がる、長身の人物がマントを跳ね上げながらそう叫ぶ。

 

「「「いえ、三蔵は何もしてません」」」

 

 孫悟空と猪八戒と沙悟浄の突込みが同時に炸裂した。

 しかし相手は強者だった、その突っ込みに怯む事無く台詞を続ける。

 

「しかし、君達の旅もここまでだ!!」

 

「むぅ、あれで調子を崩さないとは・・・強敵だね」

 

「つられて突っ込んでしまったが、既に劇になってないな」

 

 ヒカルちゃんと万葉ちゃんは、牛魔王(瀬田さん)の手強さを感じたらしい。

 ・・・なんか色々な意味で、ヒカルちゃんの影響受けてるな万葉ちゃん。

 と、とにかく劇を続けよう。

 

「お前は牛魔王!!」

 

「はははは、食べれば不老不死になるという三蔵法師は、僕がもらっていくよ」

 

 そう言ってガイを担ぎ上げ、逃げ去る瀬田さん。

 

「あああ、何時の間に!!」

 

「あ、舞台の裾に放置したままだった」

 

「・・・演舞で完璧に忘れてたな」

 

 ・・・いや本気で忘れてたよ、すまんガイ。

 しかしガイを食べる、か。

 不老はどうかしらないが、不死にはなりそうだ。

 

 

 

 そして場面は牛魔王の待つ火焔山に移る。

 ガイは煮えたぎった大鍋の上に吊るされている。

 その前に瀬田さんが居座り、左右には玉面公主(キツネさん)と羅刹女(スゥちゃん)が位置し。

 前面には紅孩児A(サラちゃん(小))と紅孩児B(素子ちゃん)が二人・・・

 

「おしょう様〜、今助けますからねぇ〜」

 

 ガイに意識があるかどうか分からないが、とりあえず決められた台詞を言う。

 

「おおそうか!!

 紅孩児役なら、コウ・ガイ・ジと使えるではないか!!

 ぬおおおおお、その役を俺に譲れぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 と、元気に大鍋の上で、ピチピチと跳ねだす三蔵法師

 さすがのサラちゃん(小)も、驚いた顔で瀬田さんの後ろに隠れる。

 

「・・・なあ、アレ助ける必要あるのかな?」

 

「お芝居なんだし、我慢我慢!!」

 

「悪気は無いんだよ、あれでも」

 

 思わず三人で小会議を開いてしまう。

 しかし惚れた弱みとはいえ、そこまでよくフォロー出来るなぁ・・・

 果報者だな、ガイ。

 

「さて、それでは約束通り私が先に戦いますよ瀬田さん・・・もとい牛魔王」

 

「ああ、頑張ってね素子ちゃん・・・じゃなくて紅孩児B」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・殺る気満々だね、素子ちゃん。

 

 低い声で笑いながら、素子ちゃんが得物を構える。

 どうやらこの機会に、思いっきり俺と戦うつもりらしい。

 しかし、今日の俺は一人ではない。

 

「ほう、結構な使い手みたいだな・・・私が相手をしようか?」

 

「どうぞどうぞ、お任せします」

 

 素子ちゃんの闘気に興味をもったのか、万葉ちゃんが前に出る。

 ヒカルちゃんは一歩引いた位置で、観戦するつもりらしい。

 俺もそれに習って後ろに下がる。

 

「どいて下さい、怪我をしてもしりませんよ」

 

「ふ、戦場にも出たことも無い奴が、大きな事を言うな」

 

「っ!!」

 

 万葉ちゃんの挑発を真に受け、力任せの一撃を繰り出す素子ちゃん。

 しかし、大振りな為に見切りがしやすい攻撃なので、歴戦の兵である万葉ちゃんは軽く避ける。

 自信を持って繰り出した一撃を簡単に避けられ、素子ちゃんの頭に血が上る。

 その後も力任せの大技を繰り出し続け、全て避けらるか威力を逸らされてしまう。

 

「逃げ回る事があなたの戦い方か!!」

 

「ふん、威勢が良いのは口だけか?

 負け惜しみを言う前に、掠るくらいしてみろ」

 

「言われなくても!!」

 

 嘲笑を含んだその言葉に冷静さを失い、大きく振りかぶる素子ちゃん。

 大技の連発、そして不発により、その動きに何時ものスピードは既に無かった。

 そしてその隙を見逃すほど、万葉ちゃんは甘くない。

 

「勝負あり、だ」

 

 一瞬の隙を突かれ、喉元1cmの距離に止められた矛を前にして、素子ちゃんの顔色は青くなっていた。

 そしてそのまま力無く、その場に座り込む・・・

 その場に素子ちゃんを残して、万葉ちゃんがこちらに帰ってくる。

 

「その程度の腕で『彼』に挑戦しようなどと、馬鹿な考えはしない事だな」

 

「・・・」

 

 その捨て台詞を聞いて、素子ちゃんは悔しそうな顔で万葉ちゃんの背中を睨んでいた。

 やがてノロノロと立ち上がり、瀬田さん達が居る方に歩き出す。

 お互いの陣営に帰る万葉ちゃんと素子ちゃんに、子供達から声援がとんだ。

 

 

 

「随分容赦が無いね」

 

 実際、素子ちゃんと万葉ちゃんの実力にそれほど差は無い。

 ただ、実戦経験が圧倒的に不足している素子ちゃんの攻撃は、直線的で予測しやすい。

 第一線の戦場に立っていた万葉ちゃんからすれば、油断さえしなければ負ける相手ではなかった。

 

 そんな万葉ちゃんは、戻ってくるなり俺にお説教を開始する。

 

「アキト殿の事だから、今までのらりくらりと彼女の相手をしていませんでしたか?

 一度ハッキリと自分の実力を教えておかないと、何時か大怪我をしますよ。

 彼女はまだまだ伸びる可能性が有る、つまらない事で潰したくない」

 

 耳に痛い台詞だ。

 

「私も経験者ですからね、勘違いの・・・彼女の気持ちは良く分かる」

 

 誰に思い知らされたのか、聞くつもりはないけれど。

 多分その相手は北斗ではないかと、俺は思った。

 

「さて、次は僕と孫悟空の出番だね」

 

「・・・うわ、瀬田さんもやる気満々だ」

 

 マントを脱ぎ去り、ナオさんに似た構えで軽くリズムをとる瀬田さんに、子供達の歓声が更に上がる。

 

 

 

 

 

 

「おーい、俺の事を忘れてないかぁ?

 早く助けてくれよぉ・・・」

 

 

 


 

 

 

「いや〜、光栄だな〜

 まさか『君』と、手合わせが出来るなんて」

 

「そんな大した奴じゃないですよ、『俺』は」

 

 苦笑をしながら、ジリジリとお互いの間合いに入っていく。

 相対して分かったが、瀬田さんは素子ちゃんよりも強い。

 出会った当初のナオさんよりも、強いかもしれない。

 

 瀬田さんは無言のまま、リーチを活かした先制の左ジャブで、俺を襲う。

 鋭く隙の無いその一撃を、踏み込みながら避け、こちらも牽制の蹴りで足元を狙う。

 

「おっと、危ない」

 

「上手く避けますね」

 

 俺が狙ったほうの足を上げ、そのまま残った軸足で後ろに飛ぶ瀬田さん。

 眼鏡を掛けた眼はニコニコと笑っているが、こちらの動きを一つでも見逃さないように注視している。

 しかし、先程の反撃を避けた事から、生半可な腕前じゃない事が分かる。

 

「う〜ん、隙が無いなぁ・・・やっぱり、がむしゃらに攻めるしかないかな」

 

「お芝居、お芝居なんですよ?瀬田さん?」

 

 返答は見事なコンビネーションだった。

 密着した状態で、決められた範囲(舞台内)を動くには、俺の持っている如意棒は邪魔な棒切れだ。

 そう判断した俺は、とりあえず喚いているガイに如意棒を投げ付け、両手の自由を得る。

 

「痛ぇ!!

 てめっ、アキト!!」

 

 緩急を混ぜた瀬田さんの攻撃は、素子ちゃんと違って戦い慣れたものだった。

 

 ―――ただ、残念ながら俺の身体を捉えるには、スピードが少し足りない。

 

「悪いですが、決めますよ!!」

 

「ちぃ!!」

 

 振り切った左フックを抱え込み、肘と肩に間接技を仕掛ける!!

 その密着した瞬間、悲鳴を上げている関節を無視して、瀬田さんの右拳が俺のわき腹に添えられた!!

 

「―――!!」

 

 半ば反射的に抱えていた左腕を手放し、瀬田さんの右拳を右手の掌で包みこみ、腹部への接触を防ぐ。

 

      ―――ドン!!

 

 踏み込みから発生した力を、体の回転により倍化させた寸剄が掌を襲う。

 その勢いに逆らわず、俺は9〜10m程後ろに吹き飛ばされた。

 

「無茶しますねぇ、下手したら左腕全体を痛めてましたよ?」

 

「直ぐに折る気は無かっただろ?

 だから、間接を極められるのを無視して、攻撃に出たんだよ」

 

 少々痺れの残る右手を振りつつ、瀬田さんに話しかける。

 確かにあのまま左腕を固めても、俺は直ぐには折らなかっただろう。

 逆に昴気を纏っていない状態で、あの寸剄をくらえば大ダメージだ。

 この場合、俺の心理状態・・・甘さを読みきった瀬田さんが凄いのだ。

 

 それに気が付き、思わず微笑が浮かべてしまう。

 

「やー、何だかもう手加減してくれそうにないね?」

 

「手加減をして、怪我をしたくないですから、俺も」

 

 瀬田さんの本気に失礼が無いように、俺も構えをとって対峙した。

 それを見て、瀬田さんが嬉しそうに微笑む。

 

「構えてくれたいうことは、少しは本気になってくれたのかな?」

 

「勿論、本気でいきます」

 

 俺自身、芝居という事を忘れて、瀬田さんとの戦いを楽しんだ。

 ナオさんの兄弟子という看板に偽りはなく、実に楽しい一時だった。

 

 

 

 

 

 

    ダダン!!

 

 床に倒れた瀬田さんの顔の隣に膝を落とし、俺は宣言する。

 

「終わりです」

 

「さ、最初の寸剄だけだったね、僕の見せ場は」

 

 全力を出し尽くしたのか、息も絶え絶えの状態で、舞台に大の字になっている瀬田さん。

 あの後、俺の猛攻を捌きつつ、何とか反撃をしようと試みたが、俺もそんなに甘くない。

 相手が達人だと分かった以上、そうそう隙を見せるつもりはなかった。

 

「しかし、瀬田さんって本当に考古学の教授ですか?

 とても信じられませんよ」

 

「世界一強い『管理人』に言われたくないね、それは」

 

 俺が倒れている瀬田さんを引き起こしながらそう言うと、そんな反論を受けた。

 確かに、人の事をどうこう言える立場じゃないな、俺も。

 

 

 

 

 そして、幼稚園児達の歓声の中、芝居の幕は下りた。

 

 

 

 

 

「う〜ん、結局このアキトが一番強いわけ?

 瀬田さんや素子ちゃんより?」

 

「痛い痛い、髪の毛を引っ張らないでよなるちゃん!!」

 

 劇の無事終了を祝い、打ち上げの席でなるちゃんは見事に酔っ払っていた。

 今までの鬱憤(?)を晴らすかのように、俺に絡んでくる。

 落ち込んでいた素子ちゃんは、今では万葉ちゃんの前に正座をして、その話を真面目な顔で聞いている。

 ・・・時々こちらに送る視線が、不安を呼び起こすが。

 スゥちゃんとしのぶちゃんは、キツネさんのオモチャになっていた。

 残念ながら、今の俺には助ける事は不可能だ。

 サラちゃんとアリサちゃんは、ヒカルちゃんと三人で楽しそうに話をしている。

 きっと、ガイとの生活で盛り上がっているんだろうな・・・・・・・・凄く俺も聞きたいけど。

 

 そんな騒がしい俺達の頭上を、タマちゃんが楽しそうに飛んでいた。

 

「で、瀬田さんはどうしてるの?」

 

「ああ、瀬田さんね。

 疲れたから先に寝るってさ」

 

 瀬田さんはさすがにダウンをしているので、はるかさんとサラちゃん(小)が付いている。

 あの二人はただの知り合いでは無いだろうな、サラちゃん(小)もはるかさんに懐いてるし。

 

「う〜、よくも瀬田さんを倒したわねぇ〜

 アキトのくせにぃ〜」

 

「・・・・・・・酒癖悪過ぎだよ、なるちゃん」

 

 この後の片付けなども考えると、溜息しか出ない俺だった。

 一体何人の人物が、最後まで正気を保っていることやら。

 

「ん?人数が足らないような気が・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひどいよね、俺達の存在を忘れるなんて・・・」

 

「そうだよな、信じられないぜ。

 瀬田さんとアキトの戦闘に巻き込まれて、俺達が馬役のまま気絶してるってのによ!!

 っていうか暴れないで下さいよ、ヤマダさん!!

 ロープがちぎれても知りませんよ!!」

 

「昔からそういう所がたまにあった!!

 あの男には!!

 それと俺の名前は三蔵法師・・・じゃなくてガイ・ザ・サードだ!!」

 

 

 

 

第三十七話に続く

 

後書き

今回のガイには突っ込み役にまわってもらいました。

・・・突っ込みというか、半分ボケ役か。

ヒカルと万葉がガイを置いて帰ったのはわざとです。

少しは反省するようにと、そうしたんですね。

ちなみに、その二人以外は、本当にガイの事を忘れてました(笑)

白井と灰谷はまさに「誰、それ?」状態だったりして(苦笑)

 

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