< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

 

第一話

 


時の流れに
Re:Make

第一話





2196年10月

草原に寝転がっていた青年が突然身を起こし立ち上がろうとした。

「!!」

しかし、次の瞬間に身体が傾き、必死に体勢を立て直そうとするものの、そのまま地面へと倒れ込んだ。
暫くの間青年は地面でもがいていたが、やがて諦めたように仰向けになって動きを止めた。
秋口の太陽の熱に焼かれながら、地面に倒れ込んだ青年・・・テンカワ アキトは呆然とした表情で青空を眺めていた。
先ほどまで殆ど入ってこなかった五感の情報が、強烈な勢いで脳に襲い掛かり平衡感覚にも狂いが生じていたのだ。
長期の入院をした患者が、初めてベットから降りて立ち上がった時、世界が回る様な感覚に襲われる。
それと同じ現象がアキトに起こっていた。

「俺は・・・」

混乱する頭を必死に冷静に戻し、自分の記憶を掘り起こす。
だが、幾ら思い返してもジャンプシーケンス中に発生したエラー音と赤い視界しか思い出せない。
そもそも、何故五感を自分が取り戻しているのだろうか?

ようやく目眩が治まった事を期に、慎重に地面から身体を起こして行く。
徐々に広がる一面緑の視界。
頬に触れる風。
確かに自分に五感が戻っている事に気がつくと、再度地面に座り込んでアキトは泣いた。




ひとしきりその場で泣いた後、アキトは自分の状態を再度確認してみた。
覚えている記憶とは違う痩せぎすな身体に、何処か見覚えのある服装。
そして、最後に自分の背後に転がっている自転車と大荷物に中華鍋。
過去の記憶と一致するそのパーツを見て、今度は嫌な汗が背中を流れていった。

「・・・いや、確かに時間移動は可能だったはずだが」

ボソンジャンプによる過去及び未来への跳躍。
アキトはその経験を持つ貴重な人間の一人だった。
だが当時の出来事では身体ごと過去に跳び、一定期間二人のテンカワ アキトが存在するという現象が発生した。
しかし、記憶だけが過去に跳ぶというような話を聞いた事は、ジャンプの第一人者と呼んでいいイネスからも聞いた事は無い。
自分の身に起こった事が段々と分かってくる。
しかし、直ぐに信じるにはあまりにスケールが大き過ぎる奇跡だった。

『アキト!!』

「っ!! ラピスなのか?」

数年前から慣れ親しんでいる相手の声に、大きな安堵を感じながら話しかける。

『良かったアキトとのリンクはまだ繋がっている』

「ラピス、今何処に居るんだ?」

何はともあれ自分を支えてくれた大事な少女の身を案じるアキトに、ラピスは過去に居たネルガルの研究所に居ると答えた。
自分が何故この研究所に居るのか?
何故身体が小さくなっているのか?
どうして傍にアキトが居ないのか?
不安と心細さから、混乱する思考を次々とアキトに送ってくるラピスを、必死でアキトは宥めていった。
自分達に起こった現象については、むしろアキトの方が聞きたいくらいだった。
もともと深く考える事が苦手であり、思い付きと勢いでピンチを乗り越えた事の方が多いくらいだ。
それこそ、今なら何時もの様に都合よくイネスが現れて説明をしてくれるなら、大人しく最後まで聞く事も吝かではない。

だが、世の中は流石にそこまで都合良く出来てなどいなかった。

結局、混乱するラピスを宥める事に成功をしたのはそれから2時間後の事だった。



『精神だけが過去に戻った?』

「現状を見る限りはな。
 実際、俺の五感が戻っているし、身体も貧弱だった当時のままだ」

『・・・実際に起こっている現象なら、文句も言っても仕方が無い』

「まあ、その通りなんだがな」

実際に起こった事に、これ以上文句を言っても仕方が無い。
確かにその通りだ。
では、これから起こる事に対してはどうなる?
自分達はこれから先に起こる出来事を知っている。
ラピスの補助脳の中には、現状より遥かに進んだテクノロジーが山のように詰まっている。
何とかラピスを救い出し、そのまま隠者となっても何ら問題は無い。



―――――――――そう、自分とラピスに関しては。



辛い事が起こる、悲しい事も起こる、嫌な事も起こる、それは分かっている。
だがそれと同じ位、嬉しい事や、楽しい事や、笑える事があった。
何より自分は死出の旅立ちに向けてその記憶を懐かしんでいた筈だ。

あの頃に戻りたいと。

色々と迷いがあるが、現状を確認する為にも、今一度あの出発点となった船に乗ってみるのもいいかもしれない。

「・・・ラピス、少し迎えに行くのが遅れるかもしれん」

『うん、過去に戻った時点で、予想はしていた。
 私はアキトのサポートをするだけ』

「すまんな」

心細さに震えるこんな少女を放置してまで、自分の我を通す必要が有るのか?
アキトは自分の決断に迷いを持ちつつも、ラピスに謝りながら補助脳に保存しているデータの整理を依頼し、自転車に跨った。





ラピスに早速調査してもらったナデシコの寄港地に向けて、自転車を漕ぎつつ荒い息を吐く。
アキトは過去の記憶が邪魔をして、現在の自分の身体能力の低さを見誤っていた。

まさか、これ位で・・・

ちょっとした小高い丘の途中で自転車を止め、木陰で荒い息を付く。
このままの調子では、記憶にあるナデシコの出航に間に合わなくなる可能性が高い。
ラピスを宥める事に費やした時間と、自分の今後について悩んでいた時間の浪費が今になって響いていた。

「しゃ、洒落にならんな、これは・・・」

自分の滑稽さに思わず苦笑を漏らしつつ、何か方法が無いか考える。
ヒッチハイクをしようにも、車が通る様子は今のところ皆無だった。
ましてやラピスに相談をした所で、首を傾げられるのがオチのような事態だ。

「いや、待てよ、五感が在るというのなら?」

過去に月臣から伝授された木連式柔。
その中には業ではなく、体内を巡る「気」を使用して身体能力を上げる技法が存在していた。
当時の衰えた感覚では微かにナニかを感じ取る事が出来た位で、結局何の役にも立たなかった為、早々と諦めたものだが。

月臣の教えを思い出しながら、静かに呼吸を整え、丹田に意識を集中する。

迫る時間によって焦っていた心が、当時の鍛錬を思い出し平静になっていく。
蘇った五感を敢えてシャットダウンしたような状態にまで持っていけた空白の瞬間。

「!!」

今、確かに月臣の言っていた存在を、丹田に感じる事が出来た。
以前とは違い、その存在を意図的に身体中に周回させる事も、一点に集中する事も出来る。
段々と湧き上がってくる高揚感に、アキトは顔を輝かせていく。

そして、今までに一度も感じた事が無い全能感が、一気にアキトの身体中を満たした。

「お、おおおおおおお!!!
 いける、いけるぞ!!」

体内から沸いてくる熱に静かに立ち尽くす事が出来なくなり、急いで自転車に跨り人外の速度で丘を駆け上る。
そのままの勢いで丘を下り、自転車とは思えない速度でナデシコへとアキトは向かった。





―――――――――30分後





「か、身体が・・・」

一時の暴走の代償は大きく。
アキトは『戻ってきた』当初と同じように地面に横たわっていた。
たとえ拙いとはいえ「気」を使って強化をしたのは、軟弱な自分自身の身体。
むしろ、拙い「気」だったからこそ、大きな反発もなく強化を続ける事が出来たのだった。
月臣の指導通りに鍛錬を行わなければ身体と同じく、「気」も成長する事は無いのだ。

どちらにしろ、今はそのリバウンドにより先ほど以上の疲労と倦怠感がアキトを襲っていた。
だが、そんな倦怠感とは別に、がむしゃらに身体を動かした後の爽快感も感じていた。
それは達成感と呼んでもいいものだった。

「しかし、何とか間に合いそうだな。
 はは、やれば出来るもんだ」

目的地のナデシコまではあと少し。
むしろ、先ほどの暴走のお陰で少し余裕がある位だった。
自転車に乗っている間、アキトは生きているという事を貪欲に五感で再確認していた。
失う前には当たり前と思っていたそれらが、どれだけ恵まれていたのか身体を使って刻み込んだのだ。

その時、木陰で休憩中のアキトの隣を、一台の車が猛スピードで通り過ぎる。
トランクからはみ出ている見覚えの在るスーツケースに、アキトの表情が強張った。

思わず木陰に隠れながら自動車を見送ると、記憶の通りスーツケースが地面に飛び出し慌てて車が停車した。
誰にもぶつかることなく地面に接触したスーツケースから、色取り取りの服が地面に散乱していく。

慌てた声を上げながら、小柄な男性の手を取って洋服を拾い集める一人の黒髪の美女。

「・・・ユリカ」

元気に騒ぎながら笑顔でジュンに謝っている姿に、思わず声を掛けそうなる。
しかし、目の前のユリカは自分の知るユリカではない、ならば今ここで話し掛ける事は不自然ではないか。
いや、そもそもユリカとの接点を持つ必要は有るのだろうか?

そんな考えが沸いて出た結果、何も言い出せないまま二人の作業は続いていく。

「ジュン君、ごめんねぇ〜」

「はぁ、全くユリカは何時も僕の忠告を聞いてないんだから」

遠くから聞こえる声に、改めて自分の存在価値を考え直すアキト。
自分はユリカを幸せに出来るのか?
未来に起こる悲劇を回避したとして、その先に本当に幸せはあったのだろうか?
それを決めるのはユリカ本人だというのは分かっているが、それでも問いたい。


―――――――――他にユリカが幸せになる未来は本当に無かったのか?


現に自分以上に長い間、自分以上に上手くユリカを支えてきた存在は居る。
それに今時点ではアキトの事を、綺麗にユリカは忘れているではないか。

「ジュン、もしかするとお前の方がユリカを幸せに出来るのかもな・・・」

文句を言いつつも面倒見の良いジュンの声と、ひたすら謝っているユリカの声を聞きながら、アキトは木にもたれ掛った。
やがてスーツケースに荷物を仕舞い込んだ二人は、再度車に乗り込みその場を走り去って行った。

最後まで後ろから見守っている青年が居る事を知らないまま。






少々意気消沈をしながらも、アキトはナデシコが格納されているドックにまで辿り着いた。
先ほどのユリカとジュンの姿を思い出し、何処か上の空だったアキトは警戒中の2名の警備兵に声を掛けられて正気に戻った。

「何か軍に用かね?」

「あ、いえ・・・」

改めてそう質問を受けると、どの様な理由で基地内に入り込めばいいのか思い付かなかった。
瞬間的なものならば、「気」を使えば目の前の警備兵くらいならば突破出来る。
だが、そもそもの目的はナデシコの乗船であり、潜入や破壊工作ではない。

質問に対して黙り込む中華鍋を持参した怪しいコック?に、質問をした警備兵達も警戒心を強めていく。
そんな三人に背後から声を掛ける人物が現れた。

「いやいやいや、時間ギリギリの到着ですな、テンカワ アキトさん」

「プロスペクターさんに、それにゴートさん。
 このコックらしき青年は、ネルガルの関係者なのですか?」

背後の基地内から現れた、基地内とは思えない特徴的な服装のプロスペクターとゴートに警備兵達が尋ねる。

「はい、見習いコックという事でナデシコで雇う予定の青年です。
 食堂を任せているコックが一人だけですので、その補充をと思いまして。
 まあ、ぶっちゃけると専属オペレーターの方から、是非にと要望があったので」

「・・・ルリちゃんが?」

プロスの発言に、成り行きを見守っていたアキトが思わず有り得ないと口を挟んでしまう。
そのアキトの発言に首を傾げながらプロスは逆に尋ねた。

「はい、ルリさんからのスカウト話を受けて、此処までこられたのですよね?
 テンカワさんの前の職場で意気投合をして、お二人で今回の事を話し合ったと聞いていますが」

「・・・・・・ええ、まあ、多分そうです?」

過去の記憶を幾ら探っても、そんな会話をルリとした筈が無いアキトの返事は何処か曖昧だった。

「何故に疑問系?
 まあ、良いでしょう、丁度ルリさんもナデシコでの作業が一段落をして、こちらに向かっているそうなので」

「ミスター、良いのか?」

どうにも怪しい素振りが続くアキトに、ゴートと二人して警戒心を強めるプロス。
だが、ネルガルにとって最重要人物の一人であるルリの意見を尊重して、一度アキトをルリと引き合わせようと決断した。
何より、アキトがルリの事を知っているのは既に言質を取ってある。

そして、プロスに先導されてアキトは基地内へと足を踏み入れた。
その背後にはアキトが怪しい動きをした場合には直ぐに取り押さえれるように、ゴートが懐に手を入れて控えている。
特に二人と争うつもりも無いアキトは、大人しくプロスの後を着いて行った。


―――――――――何故か高まっていく嫌な予感を誤魔化しながら。


やがて、三人は一人の少女が待ち構える面接室に辿り着く。
大人しく椅子に座って待っていた少女の無言の圧力に、何故か気圧されて黙り込む三人。
その視線がアキト一人に固定されている事を悟ると、プロスとゴートは無言でアキトをルリの前に差し出した。

「ちょ、ちょっと何をするんですか!!」

「いやいや、どうにもルリさんの機嫌が悪いみたいでして・・・」

「うむ見事な気迫だな、我々は下がっておこう」

以前とは余りに違う出来事の連続に、思わずパニックを起こしそうになるアキト。
何よりも目の前の記憶通りの姿の少女は、プロスが言う通りに機嫌をかなり損ねている事が一目で分かった。

そんな三人の慌て振りなど意に介さず、ルリは椅子から降りると無言のままアキトに近寄り、その腕を取った。
ルリの意外な行動に何も言えなくなるアキト。
同じく意図が読めないプロス達もそのまま黙り込んでしまう。




「約三年振りですね・・・やっと捕まえましたよ、アキトさん」




満面の笑顔でそう宣言をするルリ。
やはり意味が分からないと首を傾げるプロス達と違い、驚愕の表情で固まるアキトだった。





―――――――――そして、アキトの運命の歯車は此処から大きく廻り始める。






「・・・そろそろ手を離してくれないかなぁ」

「嫌です」

「本当に逃げないからさ」

「それでも嫌です」

最初の部外者には意味不明な挨拶以降、アキトの手を離そうとしないルリ。
その行動を微笑ましく見守っているプロスだが、その胸中は複雑だった。
アキトの採用について遺伝子情報を紹介した所、その出身は一年前に壊滅したはずの火星だったのだ。
出身地について問いかけても、はっきりとした返事はなかった。
コックが足りない事は確かな事であるし、会話をしたところ裏表の余り感じない素直な青年ではある。

その為、逆に見逃す事を懸念して仮採用という手段を取ったプロスであった。

だが、ルリの言葉に出てきた三年振りの再会というキーワード。
それは三年前に、出会う筈の無い二人が何処かで出会っていたという事実。
ルリがネルガルの研究所に最近まで秘匿されていた事を考えると、どう考えても辻褄が合わない。

かといって、二人の様子を見る限りでは街の食堂で二〜三度話しただけの、客とコックの間柄には見えなかった。

本社に一度連絡を入れるべきか、とプロスが悩んでいた瞬間、基地内に爆発音が響き渡った。

続いて周囲に響き渡る警報。

「ミスター、襲撃だ」

「ええ、そのようですね。
 ルリさん、テンカワさん、直ぐにナデシコに乗り込みますよ!!」

「はい、分かりました」

プロスの言葉を聞いて、直ぐさまルリを背負って走り出すアキト。
子供とはいえ人一人を背負っての健脚振りに、思わず関心をしながらプロスとゴートも後に続く。

「アキトさん、ヤマダさんは以前と同じく足を折って入院中ですので、後は宜しくお願いします」

「・・・はぁ、やっぱりそうなるのか」

背中から小声で告げられる内容に、思わず溜息を吐くアキト。
その言葉を聴きながら、ルリは楽しそうに笑いながら告げる。

「もう、逃げないんですよね?」




ルリをナデシコ内に入った所で降ろし、プロスから食堂に向かうよう指示を受けたあと、アキトは格納庫を目指した。
ウリバタケがブリッジクルーに向けて、パイロットが居ない事を怒鳴っている姿を横目にヤマダのエステバリスに乗り込む。

ある意味、懐かしいそのコクピットを一度見回し、起動シーケンスを実行して行った。

『おい!!
 誰が勝手にエステバリスを動かしているんだ!!』

『もしもーし、危ないから降りた方が良いですよ?』

騒がしい通信が懐かしい声で次々と送られてくる。

『困りましたな・・・コックに危険手当は出せないのですが』

『そもそも、操縦が出来るのかね?』

そんな中、通信ウィンドウ越しに見るプロスさんとゴートさんの冷めた目が、俺の素性を疑っている事が良く分かった。
俺自身、二人の立場だったらこんな怪しい奴は居ないと思うだろう。
むしろ仮採用をしたプロスさんの器の大きさに感心をした位だ。
見回してみれば懐かしい面々が、過去の記憶のままの姿で自分に注目をしていた。

ああ、俺はついにナデシコに乗ってしまった、また、関わってしまった。




何より・・・




「俺の名前はテンカワ アキト。
 逃げそびれた・・・見習いコックです」

愕然とするブリッジクルー達。




そんな中、俺を過去にまで追い掛け、ついに捕まえた少女は、嬉しそうに笑っていた。






 

 

 

 

第二話に続く

 

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