< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

 

第四話

 








2197年1月

プロスの仕事部屋でゴートとプロスが難しい表情で相談をしていた。

「・・・多少は腕が立つと予想をしていましたが」

「・・・予想以上、だな」

ルリから提出されたアキトの第2防衛ラインでの、機動戦の記録映像を見ながら二人が呟く。
料理が出来ない見習いコックという怪しい経歴の青年は、蓋を開けてみれば連合軍のトップエースを越えるエステバリスライダーだった。

「どうするミスター?」

「どうするも何も、こうなったら逆転の発想でいきましょう」

「逆転?」

眼鏡を怪しく輝かせるプロスの姿に、多少引きながらもゴートが問い質す。

「ええ、考えても見てください。
 一級の白兵戦実力者かつ、凄腕のエステバリスライダーという貴重な人材が、態々雇用を求めて飛び込んできたんです。
 これを雇わずしてどうするんですか。
 怪しい点は多々有りますが、今迄の行動を見ている限り、幸いにもネルガルやナデシコに敵対するような素振りはありません」

「それは、確かに」

アキトが今まで成し遂げた功績についてはゴートも認めていた。
むしろ、アキトが乗り込んでいなければ、最初の出航時点でナデシコは沈んでいた可能性が高い。

「それにテンカワさんに正式にパイロットとして契約をして貰い、艦長の命令系統に組み込めば下手な暴走も出来ないでしょう」

「なるほど」

「勿論、本人が望むのでしたら見習いコックとしての仕事も継続OKと伝えます」

「ほう・・・」

「当然ながら二つの職を兼任する以上、ボーナスも弾みます」

「・・・」

「ここまで誠意を見せれば、きっとテンカワさんもこちらの誠意を感じ取り、納得してくれるでしょう!!」

「・・・なあミスター、何があった?」

段々と必死にアキトのスカウト方法を模索しだしたプロスを不審に感じ、遂にゴートがその点を問い質した。
ゴートからの質問を聞き、プロスは少し逝っちゃってる瞳で訥々と語りだす。

「いえね、ルリさんがテンカワさんの過去を御存知のようなので、問い質そうとしたのですが・・・」

「ふむ、確かに何か知っていそうだったな」

「それ以上詮索するつもりなら、ルリさんのプロフィールを児童相談所と労働基準局と人権保護団体にリークします、と釘を刺されまして」

「・・・」

「ネルガル、大変な事になりそうですねって笑顔でおっしゃるんです」

「・・・」

「艦長もテンカワさんを庇う気が満々でして、アオイさんも借りがあるとの事で反対をしませんし、メグミさんとミナトさんも乗り気です。
 フクベ提督にしても、艦長の意見を尊重すると言われますし。
 ヤマダさんに整備班のウリバタケ氏に至っては、まだ契約してなかったのかと逆に驚かれる始末です」

「・・・医務室から胃薬でも貰ってこようか?」

「いえ、もう持ってますから結構です」

ゴートはその時、プロスの背中に中間管理職の悲哀を確かに見た。





プロスから呼び出し受けて、何時もの取調べかと憂鬱な気分で出向をするアキト。
だが、プロスの自室で何故か凄い下手に出られ、遂にアキトはパイロットとしての契約を承諾した。
過去に見覚えが無い位に憔悴したその姿に、一体何があったのか問い質したい気もしたが、下手に藪を突いて蛇を出すのも嫌なので黙っていた。

「はぁ、これでやっと肩の荷が下りましたよ・・・
 仕事に忠実な管理職は流行らないんですかねぇ
 まあ愚痴は置いときまして、これがパイロットの制服ですので、後で着替えておいて下さいね」

そう言ってプロスは赤色の制服をアキトに手渡す。

「そこなんですけどプロスさん、俺はあくまで見習いコックが主で、パイロットが副だと思ってるんです。
 ですから制服は今までと同じ、この黄色のままでお願いします」

「・・・それは、テンカワさんの自主性にお任せしますが。
 やはり、その拘りにも機動兵器の操縦と同じで秘密があるのですかな?」

今までの黙秘を貫いていた頃より、幾分柔らかい表情を作るようになったアキトに、心証を良くしたプロスは苦笑をしながら許可を出した。

「はい、他人からすれば小さい事かもしれませんけど、大切な拘りです。
 何しろ俺は、未だルリちゃんに満足な料理を作れていないんですから」

決意を新たに宣言をするアキトの姿を、眩しそうに目を細めながらプロスは見ていた。

この青年は謎が多い存在だが、艦長やルリさんを始め、ナデシコのメインクルーからの支持が高い。
あのアオイさんでさえ、最初は胡散臭げにその行動を観察していたが、最近ではヤマダさんを含めて三人で食堂で食事をしている姿も見ています。
同年代ゆえの気安さも手伝っているのでしょうが、アレだけ方向性の違う二人を同じ席に着けるだけでも大したものです。

しかも、その偉業を特に意識的に行っていないのですから。





一人ブリッジで作業を行っているルリは、先日の戦闘中に発生した事について考え込んでいた。
未だ戦闘時には過去の身体と未来の意識の食い違いに悩むアキトは、帰艦後に医務室に直行したので軽くムネタケの脱獄が成功した事だけを伝えていた。
アキト自身は見舞いにガイが訪れた事により、全てが上手く行ったと思っている。

――――――だが、しかし。

「・・・シークレット・サービスの方が、一名殉職、ですか」

ユリカ宛に提出されたゴートからの報告書を盗み見をしながら、ルリは小声でそう呟く。
殉職したシークレット・サービスを誰が殺したのかは、失礼な話で申し訳ないのだが問題では無かった。

何故、このタイミングで一人の命が失われたのか?

ルリは未来を知る人間として、その符牒に嫌な予感を感じ、アキトには結局何も伝えなかったのだ。
本当にただの偶然だったのかもしれない、ルリは何処かでそう信じ込もうとしていたのかもしれない。

「・・・考えても仕方が無い問題ですね。
 今は自分の仕事と悪戯の仕込みに専念しましょう」

そう言って軽く頭を振った後、ルリは残りの仕事に取り掛かった。





色々な思惑を内包しつつも、ナデシコは順調に火星への航海の日々を送っていた。





『アキト、あのマキビって言う子を黙らす方法を教えて』

「・・・何があったんだ、ラピス?」

『うざい』

「・・・・・・本当に・・・何があったんだ」

『私とルリを重ねてる』

「ああ、なるほどね。
 彼としても他のIFS強化体質の人間の知り合いは、ルリちゃんだけだからな。
 だから基準が会話の端々に、ルリちゃんに対する言動が見えるのかもな」

『多分・・違う』

「そうなのか?」

『邪なモノを感じる』

「よ、邪なモノ?」

『だって・・・』

その後、ラピスのハーリーに対する愚痴は、2時間に渡って告げられた。
アキトはハーリーに対する不審を抱きつつも、腕は確かという話を聞いていたので大人しく聞き役を務め。
後日、地球に帰った時に一度ハーリーと面と向かって話をしようと心に決めるのであった。





「アーキートー、何処に行ったのー」

部屋に入った後、廊下から聞こえてくる声に溜息を付きつつ、アキトは備え付けのテーブルに手土産の鳥の唐揚げとフライドポテトを詰めた箱を置いた。

「良く逃げ切れたなアキト、あの艦長の先読みは恐ろしい程正確だろうに?」

こちらは大分前からソファーで寛いでいるガイが、ご苦労さんとばかりに手を挙げてその功績を褒めていた。

「・・・と言うか、僕の部屋を度々占領するのは止めてくれないか?
 後で掃除が大変なんだよ、特に食い散らかすガイの周りが」

無駄だと思いつつ、ジュンはガイに苦情を述べる。
まだアキトは申し訳なさそうに頭を下げたりするのだが、この男に限ってはそんな礼儀を求めるだけ無駄だと既に分かっている。
だが、分かっていても注意をしてしまうのが自分の性分だった。

「固い事を言うなよジュン、でも、やっぱり一般クルーの部屋より仕官クラスの部屋は広いよなぁ。
 備え付けのソファーも柔らかさが違うぜ」

「まあ、流石にそろそろユリカに気付かれそうだからな、もうこの部屋を逃走先には使えないから安心しろ」

「・・・本当だろうな?」

「最初は3分で撒いていた所要時間が、今じゃ30分だ。
 さっきこのエリアに来たのも、そろそろ目星が付いてるからなんだろうなぁ・・・」

遠い目で自分の今後の運命を悟り、明日からは何処に隠れようかとアキトがぼやいている。
その姿を見る限りでは、あの第2防衛ラインを突破した凄腕のエステバリスライダーとは思えなかった。
自分の方が年上かつ上司とも呼べる役職なのに、彼等に名前を呼び捨てにされても気にならなくなったのは何時からだろうか?

そんな事を思い返しつつ、ジュンは自分がナデシコに乗船した翌日の出来事を回想した。




ある意味自分の暴走が原因とも言えるアキトの入院に、責任感の強いジュンはガイを伴って医務室に立ち寄った。
医務室のアキトは既に目が覚めていたが、熱を冷ます為の冷却シートを目と額に当てて寝転がっていた。

「よう、調子はどうだアキト?」

「ん、ガイと・・・ジュンか?
 まあ、脳と視神経を使いすぎて疲労しているだけだだからな、明日には退院出来るさ」

「・・・目が見えない状態なのに、良く僕が来たって分かったね」

「足音は二つ聞こえていたしな。
 それに、ガイと一緒に医務室に来るような物好きは、後はウリバタケさん位だからな。
 ウリバタケさんが俺のエステバリスの整備中なのは知っているから、後はジュンかもなってね」

「でもよう、エステバリスはほぼ無傷だったんだろ?
 何でアキト本人が医務室送りになるんだ?」

「ああ、それは僕も知りたいな」

あの超人的な機動戦によって無傷で第2防衛ラインを抜けた男が、何故医務室送りなどになったのだろうか?
僕とガイの質問を聞いて黙り込むテンカワ、もしかして度々噂される彼の『隠し事』に引っ掛かる事なのだろうかと思っていると。

「IFS保持者の二人には分かると思うけど、機体をA地点に飛ばそうと思考したとする。
 だが、途中で邪魔が入って、回避の為にB地点に向かうと思考するだろう?」

「まあ、当然だよな」

どうやらテンカワは、僕達に説明をする為に考え込んでいたらしい。
その説明を一言も聞き洩らさないよう、僕とガイはテンカワのベットににじり寄った。

「俺の場合は、そのA地点に自分の予想している時間で到達出来ず、止むを得ず次のB地点を早めに再設定した。
 だけどそのB地点にも到達前に邪魔が入り、C地点をまた再設定した・・・キャンセルと再設定の繰り返しが重なり、脳と身体への負荷が増大したんだ。
 まして、その回避地点を決定する為に、予想をしていたミサイルの弾道を再度視界に捉えて判断をしないといけない。
 その両方が相俟って、脳と眼に急激な負荷が掛かったって事さ」

「・・・すまん、意味が分からん」

「・・・あー、どうにも馬鹿な俺には説明って難しいなぁ
 良しここは頭の良い人間に頼ろう。
 と言うわけで、ジュン、ガイへの説明を頼む」

ガイの感想を聞き、心なしかベットに身体を沈めた後、テンカワが僕に説明のバトンタッチを依頼してきた。
僕自身、テンカワの話を聞いて驚いていたので、興奮気味にガイに説明をしてやった。

「ガイ、君はテンカワの凄さが分からないのか?
 テンカワはあのミサイルの雨の中、弾道を読み切り全てを避けるか撃墜してみせた。
 しかし、そのテンカワが操るエステバリスは、テンカワの思考速度に追随するスペックがない為、不本意なキャンセルと再思考を強要されたんだ。
 その反動が全て脳と視神経に負荷として現れて、今のような状態になってると言ってるんだよ」

明らかに連合軍のトップエースを超える機動を行った筈なのに、テンカワにはまだ先があると言うのだ。
彼の能力が十全に発揮できる機体が存在した場合、一体どんな事が起こるのだろうか?

「・・・・・・すまん、やっぱり意味が分からん!!」

「・・・・・・簡単に言うと、エステバリスの性能が低いから、テンカワが実力を完全に発揮できずに苦労をしたって事だ」

「おおおおお!!
 やっぱり凄いな、アキト!!」

遂に問題を理解をしたガイが、大声でアキトを褒め称える。
ガイから見てもテンカワの機動戦は桁外れに写っていたのだろう。
しかし、まだテンカワには凄い事が出来ると知って、興奮をしたらしい。


その結果、大声で騒ぎすぎて医務室の担当医に追い出されるのだから、本当に騒々しい男だ。


「しかし、こう言っては何だけどガイとジュンってあんなに仲が良かったか?」

必死に抵抗し僕に助けを求めるガイの声が遠ざかるのを聞きながら、テンカワが僕に質問をしてくる。

「まあ、最初はブリッジに向かう途中に、ガイが廊下に倒れているのを助けたのが縁でね。
 テンカワに命を救われた事を話したら、じゃあ俺と一緒だなって言い出して。
 ・・・何故か『ガイと呼べ!!』、と宣言されて友人認定されてしまったよ。
 自分の命を狙ったのが僕だって分かってて、そういう事を言えるのは凄いと呆れつつ感心したよ」

「あー、ガイらしいなぁ・・・」

あの時の呆然としていた自分を思い出し笑っていると、同じ様な顔でテンカワも笑っていた。

「ああいったタイプは今まで僕の周囲に居なかっただけに、新鮮ではあったけどね。
 そういう意味ではテンカワもそうだな」

「でも俺はともかく、ガイは悪い奴じゃないだろ?」

「それには素直に同意するよ、あれほど裏表が無い男は珍しい。
 だけどそういう意味なら、君も余程のお人好しだと思うよ・・・僕なんかを助ける為に、そこまで無茶をしたんだから」

「そこは偶然の要素も強いけどな。
 今更だけど、ジュンが此処に来てるって事は、ユリカとの仲は修復されたみたいだな」

「お蔭様でね、何時ものポジションに舞い戻ったよ。
 まだお礼は言ってなかったね、有難うテンカワ アキト、君のお陰で僕は別の夢を追えそうだ」

「どう致しまして、まあこれからも宜しくな」

「ああ」

やはり疲れているのか、そのまま眠ってしまったテンカワを残して、僕は医務室を出た。
医務室の少し先の廊下で不貞腐れていたガイに拉致られて、散々食堂で愚痴を聞かされたのは忘れたい思い出だ。



それから何となく僕達はテンカワを中心として集まり、様々な場所で騒ぐようになっていった。



回想から戻ってみると、ガイと同じ様にソファーに座ったテンカワが、飲み物を片手に料理雑誌を読んでいた。
完璧に腰を落ち着けたその姿に、何も言っても無駄だと感じた僕は、テンカワの手土産のフライドポテトを齧りながらガイの隣に座る。
それを合図にして、ソファー正面にある映像ウィンドウに、最近まで話題になっていたヒーロー物の映画が流れ始めた。
当初はガイが持ち込んだゲキガンガーを流していたが、常に大音量にしようとするのでテンカワと二人で取り押さえ、協議の結果この手の映画に落ち着いた。

男三人がソファーに並んで映画を見るというのも不毛な気もするが、見ている映画が映画なので我慢をする事にする。

評論家からも評価が高い映画なだけに、何時の間にか画面に集中をしていた。
隣で寝息を立てているガイが最初は邪魔だったが、テンカワがガイの鼻の穴にポテトを突っ込んでからは見事に静かになっていたのだ。
そして、丁度物語が半分を過ぎた辺りで、定時連絡がメグミ レイナードから入ってきた。

『アオイさん、休憩中に失礼します。
 今日の午後の定時連絡です。
 現在の所、航路周辺に問題無し、航海予定に狂いは有りません』

「了解しました」

メグミ レイナードの報告に頷いて通信ウィンドウを閉じる。
その後で背後を見ると、映像は見事に停止状態になっていた。
その上、テンカワの姿はソファーの背後に隠れており、メグミ レイナードには見えない位置に瞬時に移動をしたらしい。

「・・・無駄に凄い体術だね」

「甘いぞジュン、今迄の逃走経験からすると、微かな情報からユリカは真実を掴む。
 きっと、何らかの怪しい証拠を見付ければ、艦長権限で」

テンカワが最後まで言い切る前に、僕の部屋の扉が勝手に開いた。
プライベートの保護や機密保持の為に、士官クラスとなる僕の部屋にはかなり高いセキュリティが掛かっている筈なのにも限らず。

「ジュン君の部屋にヤマダさんが居るって、メグちゃんから聞いたんだけど。
 実はヤマダさんの休憩時間は終わってるんだよねぇ
 で、プロスさんに私が艦長権限でジュン君の部屋を開けて下さい、って依頼を受けたんだぁ」

そこには満面の笑顔でユリカが・・・部屋の入り口に立っていた。

「「・・・」」

「あ〜、アキト発見♪」

白々しい台詞を述べるユリカに、テンカワが引き攣った表情を作るのが横目に見えた。

「んが、何だあの映画終わったのか?」

「ああ、お前のせいで俺の平穏は終わったよ!!」

目を覚ましたガイ(鼻ポテトVer)の頭を両手で掴んで激しくシェイクをしながら、テンカワが悔しげに叫ぶ。

「そうそう、メグミちゃんも今日の業務は終了だから、ジュン君の部屋に呼んであるんだ。
 男友達だけっていうのも寂しいでしょ、だから4人で映画でも見て遊ぼうよ!!
 それとヤマダさん、早くプロスさんに顔を見せないと給料が減っちゃいますよ?」

「おおう、それは大事だ。
 じゃあ後はゆっくり楽しんでくれ、艦長」

そう言い残して、鼻ポテトは僕の部屋から走り去った。
呆然としたままの僕とテンカワを残して。

その後、何故かヒーロー物から恋愛物に替わった映画を、テンカワとユリカ、僕とメグミ レイナードというカップリングでソファーに座って見たのだった。
・・・延々と四時間も掛けて。





「・・・まあ、楽しそうですから良しとしましょう」

引き攣った表情の男性二人と、至福の表情と楽しそうな表情の女性二人を確認して、ルリはそう呟いた。
本音を言えばその場に混ざりたい所だが、生憎と今は勤務中。
アキトが色々と今のユリカに思う所があり、避け気味である事を心配しているルリには良い事と思えたのだ。

「ルリルリ、何を見てるの?」

「え?」

ミナトから掛けられた懐かしい呼び名に、思わず大きく反応を返してしまう。

「あ、ゴメン・・・この呼び方は嫌だった」

「いいえ、ちょっと驚いただけです」

前回の時にもその呼び名を考えたのは、ミナトだったような気がする。
ある意味懐かしいその愛称に、思わず頬が緩んでしまう。

「あら、気に入ってくれた?」

「はい、とても」

笑顔で頷くルリの頭を、ミナトが嬉しそうに撫でるのであった。





そして、ある日の出来事。
パイロットとして正式に採用をされた俺は、ウリバタケさんから格納庫に呼び出しを受けた。

「おー、テンカワ遅かったな?」

「今の時間は食堂は仕込みの真っ最中ですよ?
 緊急出動でもない限り、そうそう抜け出せませんよ」

俺がそう応えると、ウリバタケさんは嬉しそうに笑った。

「確かにその通りだったな、悪い悪い。
 お前にとってはパイロットより、コックとしてのほうが優先度が高いんだしな」

「・・・遅れた事は怒らないんですか?」

「何で怒る必要があるんだよ。
 お前は自分がコックである事に誇りを持っている、だから中途半端に仕込みをしたくなかった。
 その為に格納庫に来る時間が遅れたのなら、俺に怒る理由は無いね。
 まあ、パイロットとして自分を誇っていたのなら、遅れてきてたらスパナで一撃入れてたけどな!!」

そう言って豪快に笑うウリバタケさんに、俺は苦笑をしながら頷いていた。
この人は整備士としての仕事に誇りを持っている。
だからこそ、妥協は許さないし他人にもプロとしての姿勢を求めるのだ。

やはり、ウリバタケさんは以前の記憶と同じく誇り高い職人だった。

「それで何の用ですか?」

「いや、お前の専用エステバリスの詳細な設定取りと、パーソナルカラーを決めようと思ってな。
 何か希望の色とか、拘りの色とか有るか?」

そう言って図面を取り出しながら説明を始めるウリバタケさん。
確か前回のこの時期には、ガイの残したピンク色のエステバリスを、そのまま乗り続けていた。
ガイがこのナデシコに無事に在籍している以上、確かに同じ色のエステバリスを運用する必要性は無い。

そうか、ならば・・・

「黒、いえ漆黒でお願いします」

「漆黒だぁ?
 ・・・まあ個人の趣味だからな、お前さんの腕ならもっと目立つ色を使って名を上げる事も出来るだろうに。
 それにしても、ルリルリの作った新しいIFS制御システムは凄いな。
 現行の最新型より、更にレスポンスが20%アップしてやがる。
 これで少しはお前の操縦に、機体も応えてくれるんじゃねぇか?」

「そうですね、ルリちゃんには本当に世話になってますよ」

アキトはそう言いながら、ウリバタケにしみじみとルリへの感謝の気持ちを述べる。
現行のエステバリスがアキトの操縦に着いていけない事を、ルリは初戦から気付いていた。
その為、業務中にも暇を見てはIFS制御システムの改良に取り組んでいたのだ。
ルリが気合を入れまくった結果、これ以上はハードウェアが劇的に改良されない限り、どうしようも無いというレベルの制御システムが完成した。
同じ様にアキトの足枷が何であるのか知っていたウリバタケは、このルリの作成したシステムの完成度に感激し手放しで褒め称えていた。

「それにしても、ルリルリって呼び名は急激にナデシコに広まりましたね」

「可愛いからいいじゃねぇか。
 可愛いのは正義だ」

「はあ、そうですか・・・」

真顔でそう言い切るウリバタケに、反論をするだけの根拠はアキトには無かった。
その後、アキトに幾つか質問を行い、図面に鉛筆使って何かを書き込みながらウリバタケとの会話は続いた。

そして、質問も最後となった時、急に真面目な表情でアキトの顔を直視しながらウリバタケは話し出す。

「知ってると思うが、火星は奴等の占領下にありやがる。
 正直言えばヤマダの奴を見てると、ナデシコの性能を知っていても、火星に辿り着く前に早々に退却するかもなって俺は予想していた。
 だがな、お前の機動戦やルリルリの才能を見てると、久しぶりに俺の心が熱く滾ったぜ。
 もしかしたら、火星に辿り着いて俺達にも何か出来るかもってな。
 機体の整備は任せろ、損傷をしても帰って来れたら俺達が完璧に治してやる。
 だから絶対に・・・死ぬな」

ウリバタケさんから発せられた心からの言葉に、俺は黙って頷いた。





ナデシコは進む、その内に以前と同じ様に以前と違う人間関係を築きながら、進み続ける。





「さて、そろそろ悪戯を仕掛けますか。ぽちっと」





その日、ルリの報告によりナデシコが向かっているサツキミドリのある方面から、多数の脱出艇が地球に向けて進んでいる事が報告された。
その報告を聞いて、ユリカは直ぐに警戒態勢をナデシコに発令。
ジュンも定位置とも言えるユリカの後ろに立ち、何が起こっても対処できるように備えていた。

「艦長、ナデシコへの乗船許可を求めるメールが届いています」

「え、誰から?」

「サツキミドリにてナデシコに配属予定だった、パイロット3名からの通信です」

ユリカの問い掛けに、ルリが依頼の発信元を直ぐに割り出す。

「プロスさん、本当ですか?」

「ええ、確かにサツキミドリにてパイロットの補充予定でしたが。
 ナデシコまで足を運ばれたという事は・・・」

ユリカの問い掛けにプロスが多少悔しそうに呟く。

「サツキミドリから脱出艇が出ている事を考えれば、想像は間違っていないと思う。
 多分、襲撃を受けたんじゃないのかな、木星蜥蜴に」

プロスが言いよどんだ言葉を、ジュンが引継いで口に出した。
そしてその言葉が正しかった事を、ナデシコクルーは到着した三人の補充パイロット達から聞かされたのだった。





「ルリちゃん、前回の時ってサツキミドリから脱出艇って出てたっけ?」

「いえ、出ていませんよ」

出前でブリッジに昼食を運んできたアキトは、幸せそうに及第点のオムライスを頬張るルリにそんな質問をしていた。
日々ドタバタに巻き込まれ、コックの仕事と厳しい自己鍛錬に時間を費やすアキトがサツキミドリの事を遅まきながら思い出したのは、何と補充パイロット達の到着を聞いた時だった。
そこで出前にあやかって、慌てて事の経緯をルリに確認をしに来たのである。

「じゃあ、俺達の記憶とは違う現象が起こっているのか・・・」

「私が緊急警報を盛大に鳴らすように、ウィルスを送り込みましたから」

「・・・・・・え?」

「私が緊急警報を盛大に鳴らすように、ウィルスを送り込みましたから」

「ルリちゃんが?」

「私が緊急警報を盛大に鳴らすように、ウィルスを送り込みましたから」

3度同じ台詞を言った後、ご馳走様でしたと頭を下げるルリに、慌ててお粗末様でしたと返礼をするアキト。
空になった器をおかもちに機械的にしまいながら、アキトは視線で理由をルリに問い掛けた。

「助けられると思える人は、助けたいじゃないですか。
 直接的にサツキミドリの人達を助ける方法は、どうしても思いつきませんでした。
 そこで助けに行くのではなくて、逃げ出して貰おうと思いついたんです。
 ですから地球脱出時から、それ専用のプログラムを組んでいたんですよ」

「そうか・・・俺が頼りないばっかりに、ルリちゃんには負担ばかり掛けてるんだね」

自分の知らない所で、色々と考えて行動をしているルリに改めてアキトは感心をして落ち込んだ。
サツキミドリの事は自分も良く覚えていた事なのに、日々の忙しさに追われて忘れていたのだから。

「アキトさんはそれで良いと思います。
 人にそれぞれ適正や個性というものが在りますから。
 現に私は直接的な戦闘や機動戦のスキル、それにジャンプ制御は何一つアキトさんに適いません。
 ・・・もっとも、これらのスキルでアキトさんに適う存在にそうそう出会うとは思いませんが」

そう言って笑顔を向けるルリに、アキトは照れたようにそっぽを向いた。
確かに自分自身、何でも出来るとは思ってはいないし、実際に出来ていない。
考えが足らず、直情径行気味だし、何時も困った時は力技に近い方法で切り抜けてきた覚えがある。

「だから、私は私の得意とする方法で悲劇を防ごうと思ってます。
 アキトさんはアキトさんの特技を活かして、これからの悲劇を防ごうと努力して欲しいです。
 せっかく、このようなチャンスを手に入れたのですから」

「・・・うん、そうだね」

自分より年下のルリに説教をされるのは変な気分だが、復讐鬼の時とは違い心にまだ余裕が持てているアキトは、素直にその言葉に頷けた。

「戦闘能力の向上も急務ですが、私が満足をするよう料理の腕も上げて欲しいです。
 オムライスは以前の味に近づきましたが、まだまだ、私の目標とする作品には多分手が出ないと思いますから」

「え、他に作って欲しい料理があるの?」

「はい、有ります。
 あのテンカワラーメンを・・・何時か食べたいです・・・」

真剣な表情でそうリクエストを述べるルリに、アキトは何も言う事が出来なかった。





今まで見た事が無いくらい落ち込んだ顔でアキトが食堂に戻ってきたので、ホウメイは本気で心配をしていた。
何だかんだと言いながら、失敗料理について文句を言われても努力を諦めなかった男が、今は泣きそうな顔で鍋を洗っていた。
ホウメイガールズも何時ものように気軽に声を掛ける雰囲気ではない為、どうにも仕事がやり辛そうにしている。

自分の城とも言える職場環境の余りの雰囲気の悪さに、ほおって置く事も出来ないかとホウメイはアキトに声を掛けた。

「随分と落ち込んでるけど何かあったのかい?」

「・・・先は長いなぁ、と改めて認識しただけです」

「ふーん、ルリちゃんの所に出前に行くまえは普通だった所を見ると、何か大変なリクエストでも貰ったのかい?」

いきなり核心を突いてくる師匠に、アキトの鍋を洗う動きが止まった。
ホウメイはホウメイで、見事に予想が当たり困ったような顔をしていた。
アキトは別に味音痴でも奇天烈な料理を作る趣味も無い事はもう十分に分かっている。
ただ、心の傷が邪魔をしていて完全な腕前で料理が出来ないだけなのだ。
それを今まで見ていた限りでは、料理への情熱とルリへの約束を糧に頑張っていた。
なのに、此処にきてルリのリクエストで逆戻りの状態になるとは、一体なにをリクエストされたのだろうか。

「色々と想い出の詰まった料理なんですよ、全てを投げ捨てようと誓った時にも、思わずルリちゃんにレシピを残してしまうような。
 ある意味、俺とルリちゃんと・・・もう一人にとって、一番繋がりがある料理ですね。
 ですから余計に作れません、あの時真っ先に諦めて逃げ出したのは俺なんだから」

訥々と小声で語られるテンカワの言葉を、ホウメイは黙って聞いていた。
慰める事は出来るが、結局は本人の心の問題なのだ。
師匠としては、この未熟な青年を暖かく見守るしかないだろう。
それに優しさだけが人の心を癒す薬ではない事をホウメイは知っていた。

無言のまま、ホウメイはアキトの背中を思いっきり張り飛ばした。

「何時までもいじけながら仕事をしてるんじゃないよ!!
 どうせ直ぐに出来ない事は自分自身で分かってるんだろ!!
 さっさと仕事を片付けて、新しいパイロット仲間とのミーティングに行ってきな!!」

「は、はい!!」

ホウメイの怒声に、何時ものように直立不動になり思わず敬礼まで行うアキト。
その姿をみて豪快に笑いながらホウメイは言葉を続ける。

「逃げないって約束したんだろ?
 なら全力で精進しな」

「!!」

多少は光が宿った瞳で頷いた後、アキトは凄い勢いで洗い物の山に挑み出した。
そのアキトの背中を見ながら、手の掛かる男だねとホウメイとホウメイガールズは苦笑をしていた。





アキトが大急ぎで厨房の仕事を片付けて、連絡のあった会議室に辿り着くと、そこには既に参加者が全員揃っていた。

「あ、アキト遅いよ。
 遅刻、遅刻!!」

「悪い、待たせたかな?」

ユリカから怒ってるとは思えない口調と表情で注意が飛んだが、他に文句は出て来なかったので大幅な遅刻ではないらしい。
しかし、当初連絡のあった集合時間からは15分程遅れているので、会議は始まっているものだとアキトは思っていた。

ざっと部屋を見回してみると、ユリカ、ジュン、プロス、ゴート、ガイと何時ものメンバーに加えて、リョーコ、ヒカル、イズミという懐かしい顔触れもあった。

「まだ会議は始っていませんよ。
 ナデシコエースパイロットを抜かした状態で、今回の作戦について説明など出来ませんからね」

「遅れてしまい、申し訳ありません」

プロスから会議を遅らせた理由を聞かされ、恐縮してその場に居た全員に頭を下げて謝罪するアキト。

「おいおい、ナデシコが誇るエースパイロットの割には随分と腰が低い男だな?
 それに体付きも、それほど鍛え込んでいるようには見えないし」

「えー、私は強面の軍人さんよりよっぽど好感が持てるけどなぁ」

「そうね、人間、見た目だけじゃ分からないって事ね、ククク・・・」

アキトの謝罪を受けて、真っ先にケチを着けてきたのはリョーコだった。
随分と喧嘩腰なその言葉を不審に思いつつも、ヒカルとイズミは記憶の通りの性格のようなのでアキトは安堵する。

「・・・ふん、俺は実際にこの目で見るまで、お前がトップのエステバリスライダーだって認めないからな!!」

そう言ってリョーコは睨み付けていたアキトから目を外して、つまらなさそうに会議室に映されているウィンドウに目を戻した。

「ごめんねぇ、リョーコは一番に凄い拘りを持ってるみたいでさ。
 自分がナデシコのエースパイロットに成るんだって気負ってたのに、アキト君みたいな凄腕が居て苛立ってるの」

「ああ、そうなんだ・・・」

いきなり向けられた敵意に首を傾げているアキトに、ヒカルが丁寧に理由を教えてくれた。
確かに記憶にあるリョーコは一番に拘っていた時期があり、昔は素人同然だった為にその視線から逃れていたのかと納得をした。

「つまんねーこと教えてるんじゃねぇぞ、ヒカル!!」

「はいはい」

リョーコから掛けられた怒声に、軽く返事をしながらヒカルが自席に戻る。
そんな二人を面白そう?にイズミが隣から見守っていた。

「テンカワ、君も早く自席に着け」

「おおい、お前の席は俺の隣だぞアキト!!」

ジュンから注意を受け、ガイから場所を教えて貰ったアキトは急いでその席に向かった。
そして全員が揃った事を確認したジュンが、改めてウィンドウに映ったサツキミドリを指差しながら説明を始めた。

「ホシノ君に確認を依頼したところ、サツキミドリのクルーは逃走時の混乱で軽い怪我人が出た位で、幸い死者は無しらしい。
 でも、緊急脱出だった為に、サツキミドリ内に保管されている資材は全て置き去りのまま。
 そこでプロスさんから偵察と資材の確認を兼ねて、一度サツキミドリ内にパイロットを送り出すと言う提案があった」

「資材や備品も、当然タダと言う訳ではないですからね、はい。
 火星への航海をする備蓄に今の所問題は有りませんが、余分に有る方が万が一に備えるという意味で良いでしょう」

プロスがジュンの言葉を補足するように、眼鏡を光らせながら説明を付け加える。
全員がサツキミドリへの偵察を必要な事と認識した後、では誰が行くのかという話になった。

「怪我人のヤマダさんは居残りとして、残りの四人全員で行くというのはナデシコの防衛を考えると却下だし。
 やっぱり、2名偵察、2名居残りかなぁ」

ユリカが誰を残そうかと考えていると、ガイが自慢気に手を挙げた。

「・・・艦長、俺はもう完治してるんだが?」

「「「えええ?」」」

ガイの完治宣言に、思わず驚きの声を上げるユリカ、ジュン、アキト。
ユリカは別するとして、結構つるんでいる友人達にまで驚かれて、ガイは多少は不機嫌な表情を作った。

「でも昨日まで、ギプスを足に巻いて松葉杖を突いてたじゃないか」

「そうそう、僕も昨日は何度か松葉杖で背中を突かれたぞ」

「ああ悪ぃ、ありゃ治ってるのに医務室でギプスを取るのを忘れてたんだ。
 結構長い間あの状態だったから、ついつい医務室の先生に言われてた期間を忘れてたぜ。
 今朝方に医務室からお叱りの通信を受けてな、会議室に行く前にギプスを外してきたんだ。
 だからほら、もうギプスをして無いだろ?」

自慢げに右足を持ち上げるガイの後頭部を、アキトとジュンが無言のまま全力で殴った。
ユリカは楽しそうに少し離れた場所で、じゃれあう三人の姿を見守っており。
その隣では、プロスがガイの給料査定欄に何か書き込みを行い、ゴートも不機嫌そうな表情でメモに何かを記入していた。

「なあ、もしかして就職先を誤ったのかな俺達?」

「楽しそうでいいじゃない、私は好きだなぁ、こういう雰囲気の職場!!」

「給料の払いは良いしね」

どう見ても遊んでいるようにしか見えないナデシコ首脳陣を見て、リョーコは不機嫌そうに、ヒカルは楽しそうに、イズミは冷めた声で感想を述べていた。





『入り口は破壊されてるけど、他に大きな損傷は無いな』

『了解です、じゃあ続けて偵察をお願いします』

リョーコからの報告を受けて、ユリカが偵察の続行を指示する。
その命令を全員に伝えた後、先頭をきってリョーコの操る赤いエステバリスがサツキミドリ内を進んでいく。
その後ろを、漆黒のエステバリスのアキトと、水色のエステバリスのイズミが周囲を警戒しながら続いて行った。

結局、病み上がり?と思われるガイはナデシコ防衛組みに組み込まれ、ヒカルがタッグを組む形で残った。
アキトに自分の腕を見せ付ける機会だと、リョーコは凄い気合の入りようで、先程仮のチームリーダを決める時にも率先して手を挙げたほどだ。
その気負いに危うい物を感じた面々だが、注意したところで大人しく聞くとは思えず、冷静な残りの二人にサポートを託す形となった。

「はぁ、そこまでトップになる事を意識しなくても良いだろうに」

『それは上からの目線だから言える事よ。
 実際、私達が見せられた映像の通りの腕前なら、テンカワ君は非常識な腕をしているわ。
 どう頑張ってみても、今のリョーコでは追いつけない程のね。
 そう、自分には同じ真似が出来ない事を知っているから、リョーコはむきになってるのよ。
 何か一つでもエステバリスの操縦以外で、戦闘時に君に勝てる所を見せよう、ってね』

思わず洩らしたアキトの呟きを聞き、イズミが素早くフォローを入れてきた。
過去ではそれほど接点の無かった女性だが、今の話を聞いたりすると、あの三人娘の中では実は一番気配りが出来る人物だったのかもしれない。
今もリョーコの頑張りが空回りしないように、アキトに対してフォローを入れている。

『ありゃ、食料の貯蓄庫まで空だぞ?
 本当に根こそぎ資材を持ってかれたのか?』

『えええ、食料の貯蓄庫がですか?』

『ああ、綺麗に無くなってら』

『・・・ふぇ〜、容赦無しですねぇ〜』

ユリカとリョーコによる暢気な会話の後、突然リョーコのエステバリスの上から襲い掛かる敵影が現れた。
今までに気張っていた所を、肩透かしばかりを受けてきただけに、少し気の緩んでいたリョーコはその襲撃に身体が反応しきれなかった。

「!!」

『リョーコ!!』

しかし、後ろに控えて二人の反応は完璧だった。
アキトは急加速をさせたエステバリスの勢いで、リョーコのエステバリスを突き飛ばし、攻撃を空振った敵機にイズミのライフルが襲い掛かった。
だが、敵機は信じられない機動でイズミの攻撃を避けて、倉庫内の暗闇に次の瞬間には消えた。

『テンカワ君、見た?』

「ああ、エステバリスに無人兵器が取り付いてたな」

アキトとしては既知の情報だが、初見ながら落ち着いて味方機を乗っ取った無人兵器を見破る辺り、本気でイズミは優秀だと見直した。
そして、アキトのエステバリスの下では、押し倒されたリョーコが怒りに真っ赤になった顔で怒鳴っていた。

『っ!! いい加減上からどきやがれ!! テンカワ!!』

「勿論、直ぐにどく!!」

暗闇から放たれた攻撃を感知し、リョーコのエステバリスごと床を激しく転がる事で回避する。
その勢いのまま、アキトはリョーコのエステバリスから離れて迎撃体勢を取る。
リョーコも突然のジェットコースターに文句を言いながらも、何とか迎撃体勢を取っていた。

『無人機だからかしら、同じエステバリスとは思えないスピードね』

『ああ、目で追うのがやっとだぜ・・・厄介だな。
 それとテンカワ!! 後で覚えてろよ!!』

『・・・そこは礼を言うところよ、リョーコ。
 ほら、ちゃんと正座をして頭を下げて』

『戦闘中に出来るか!!』

「次の攻撃が来る!!」

背後の漫才に力が抜けそうになりながら、突撃してきた憑依エステバリスの攻撃をイミディエットナイフで受け止める。
相手は力比べをするつもりは無いのか、そのままの勢いで方向転換を行い、リョーコ達に向けて突撃を掛けようとする。

敵の攻撃が来る事を察知し、無駄話を止めて素早く迎撃用の武器を構える二人。

「残念だが、何時までもお前に付き合うつもりはない」

無人機らしい急加速を仕掛けるものの、既にその動きを見切っていたアキトは、それ以上の加速をもって背後から憑依エステバリスの頭部をナイフで無人兵器ごと貫いた。







「つまり、リョーコはテンカワ君の前で、一つも良いとこ見せられなかったんだ?」

「ええ、それはもう見事に自爆、ククク・・・」

「うるせぇ!! 今日はたまたま調子が悪かったんだよ!!
 次だ!! 次こそ目に物見せてやる!!」

ナデシコ内にあてがわれたリョーコの自室で、不貞腐れるリョーコを友人達は楽しそうにからかっていた。
そんなリョーコをベットの端に追いやって、ヒカルはイズミに改めて質問をした。

「で、どうだったのテンカワ君?」

「まだ分からない」

「え?」

「凄腕である事は確かよ、間違い無く」

軽い気持ちで質問をしたヒカルは、予想以上に真剣な表情でそう言い切るイズミの言葉に黙り込んでしまった。
そんなヒカルから視線を逸らし、自分だけがあの時に認識していたアキトの行動を改めて思い出す。

偶然、視界に入った攻撃だった。

食料庫でリョーコに襲い掛かった時点で、憑依エステバリスはリョーコを庇ったテンカワ君のイミディエットナイフの攻撃で、右足のスラスターを切り裂かれていた。
その攻撃も、破壊された憑依エステバリスの破壊箇所を見て特定できた位だ。
私の目には何かが襲い掛かってくる感覚しか掴めなかったが、彼は相手の襲い掛かる方向からタイミングまで、全て把握をして動いていた。
そして、実際に見事すぎる腕前を披露して、一人で難敵を倒してみせたのだ。

予想通り凄腕ではあった、だがまだ底は見えない。

「・・・リョーコでは、勝てないかもね」

友人の一番への拘りを知るだけに、その言葉は殆ど聞こえない小声となってイズミの唇から発せられた。





ナデシコのブリッジでも難しい顔をした天才と秀才が言葉を交わしていた。

「ジュン君、サツキミドリの偵察結果どう思う?」

「・・・思ったより破壊されてなくて良かったと、プロスさんは喜んでいたけどね。
 施設の再利用が可能なだけでも、大助かりだって」

「でも、ジュン君も気付いてるでしょ」

ユリカからの決め付けるような言葉に、ジュンは黙って頷いて言葉を続けた。

「無人兵器なのに食料を持ち去った。
 そう、日用品を含める『人』が生きていく上で必要な物資全てをだ」

「そして地球では必ず破壊される兵器施設と違って、食糧等の生活物資の生産ラインを残したまま退却をした。
 まるで、この後に直ぐ使用する事を考えているかのように」

ジュンの言葉にユリカが自分の言葉を付け加える。
そして、暫くの間、お互いに無言になる二人。




「ナニと戦ってるんだろうね、私達」








――――――様々な疑問を内包しながら、ナデシコは火星へと向かう。






 

 

 

 

第五話に続く

 

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