< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

漆黒の戦神

第二話

 




2197年11月

先日の興奮も醒めない翌日から、シュン達は最低限の保留部隊を残して隣街に向かった。
その出撃の理由は、隣街から避難してきた住人が戻る為の護衛と、現地での人命救助だった。

隣街から避難してきた住人にとって、突然の襲撃より着替えから家財一式を置いたままの状態の為、我が家が気になって仕方がない状態なのだ。
ましてや、今迄の経験上、一度襲撃を受けた街は数カ月以上のスパンで狙われないはずなので、故郷に戻りたいという声が大きかった。

もっとも今回の襲撃に関しては、見事に敵を殲滅している為、そのパターンは適用されないとシュンは予想している。

前回と同じく、激しく揺れる車内に辟易としながらも、レイナは落ち着かないメティの世話をしていた。
隣街とはつまり、メティの実家が有る場所であり、家族が待つ場所でもある。
基地に居た時は気丈にも笑っていたが、実は自分の家族が住む街が襲撃されたと知った今、その顔に笑顔が浮かぶはずが無かった。
ましてや、避難してきた人達の中に家族が居ないと告げられた時には、涙目になりながらアキトに縋り付いたりもした。

そして、このような時に頼りになるアキトは、万が一の襲撃に備えて他の兵士達と一緒に、愛機を乗せた運搬用トレーラーに乗っている。

アキト本人としては不安定な精神状態のメティから離れる事を嫌がったが、やはりその実力を知る避難者にとって、アキトがエステバリスの傍に居ると居ないでは安心感が違う。
自分達の目の前で軍を壊滅させた敵を、逆に単機で殲滅した存在が居るならば、軍よりもその超越者に頼るのは人間心理として仕方が無い事かもしれない。
本人の意思ではないが、確実に「漆黒の戦鬼」という存在は彼らの希望の象徴として輝きだしていたのだ。

結局、最後にはシュン隊長とカズシ副官に揃って頭を下げられ、渋々ながらアキトは愛機の元へと向かった。

「避難してきた人達が言ってたけど、別の基地に向けて逃げ出した人達も居るそうだから、きっと大丈夫だよ」

「・・・うん」

何とか声を掛けてメティを励まそうとするレイナだが、その成果は芳しく無かった。
言ってる本人が余り信じていない事を、感受性の高い少女に信じ込ませる方が無理という話かもしれない。

最近はマシになってきているが、やはり対人スキルが低いレイナには傷ついた少女の話し相手はハードルが高すぎた。
しかし、だからと言って膝を抱え込んで座り込むメティを、そのままになどしてはおけない。

そもそも、そのままにしておけば、この後で過保護な保護者がどんな行動に出るか分かったものでは無かった。

その時、メティの目の前でオロオロとしているレイナの前に、突然一人の男が声を掛けてきた。

「あのよ、俺の古い友達に確認をしてもらったんだけどさ。
 ウチと違う基地に、隣街の避難民を収容した所があるらしいんだ。
 その避難民のリストを送って貰ったんだが、確かテア家の名前があったぜ」

「本当!!」

突然の吉報に、目の前に立っている男性・・・サイトウに飛びつきながらメティが問い質す。
小さいなりに必死の力を振り絞るメティに揺すられながら、サイトウは悲鳴染みた声で本当だと繰り返しながら、手に持っていたリストを見せた。

「えっと、レイナお姉ちゃん!!」

「はいはい」

細かい文字が連なるリストに困惑したメティは、直ぐさま頼りになる姉貴分にそのリストを手渡す。
それを受けとったレイナは素早く目を通し、確かにテア家の性を持つ人物を二名見つけた。

「ミリア=テアとマクス=テアって、メティちゃんの家族の名前なのかな?」

「うん!! お姉ちゃんとお父さんの名前!!」

やったー、と叫びながら狭い車内を飛び跳ねるメティを、周りの兵士達は暖かい目で見守っていた。






隣街に到着後、早速人命救助に飛び出したアキトを追って、兵隊達の群れが大移動を開始する。
人間とはどんな環境や出来事にも慣れる生き物らしく、今更アキトの動きを制止するつもりは誰にも無い、むしろ利用する勢いである。
そっちに行ったぞー、とか、フットワーク軽すぎるぞアイツ!!、などの怒声が周囲に響き渡っている。

そんな軍人達の姿を、皆、逞しいなぁと思いつつレイナが後ろ姿を見送る。

そして数分後。

「・・・レイナ君、目の前のビルが、盛大に崩れていってるんだが?」

「多分、面倒になって基礎ごと切り裂いたわね、テンカワ君」

派手に倒壊していくビルの音と、大声で文句を言いながら退避する兵隊達の声が、仮設の指揮所にまで響いてくる。
当初の予想を軽く超えた事態に、アキトを解き放った現場責任者であるシュンの顔が、少し引きつるのが全員の目に映った。
この後に提出する報告書に、どう記入をすればいいのか見当もつかないからだろう。

幸いな点を挙げるとすれば、人命救助という点では大きな成果を上げている事だろうか。

その光景を目撃して同じ様に硬直をしているサイトウの隣で、配給リストを取りまとめているレイナが、そこ危ないよー、と何気ない口調で注意をする。
レイナの声がトリガーになったのか、サイトウは引き攣った顔で退避をしながら、独り言のように呟きを漏らした。

「ひ、人の救助に行ったんじゃないのかよ?」

「救助の邪魔だったんでしょ、ビルの上部が」

事も無げに告げられた内容に、サイトウは理解をしようとするだけ無駄なのだと悟った。

「・・・解体業でもやっていけそうだな」

兵士達の悲鳴を聞きながら、サイトウはそのまま茫然と立ち尽くし、数分後にサボっていると勘違いした上司に拳骨を貰うのだった。




その後も順調?に救助活動は行われ、多数の人命を助ける事に成功する。
寒さに凍えながらも、手渡された毛布に包まり大声で生還を喜ぶ人達。
だがその一方で、やはり犠牲者は存在しており、幾人もの死者をアキト達は回収する事になった。

自分達が居る場所は戦場である事を、物言わぬ人達を見る度に、事実として突き付けられるアキトとレイナだった。




「お家が無い・・・」

救助活動が一段落した後、メティにせかされながら訪れた住所には、何も存在していなかった。
茫然とした顔で焼け焦げた家の残骸を見るメティに、流石のアキトも何も言う事が出来い。
レイナもこの事態は予想をしていなかったのか、さきほどの同じ様に口を開け閉めして動揺をしている。

「お母さんからもらった大切なリボンも、全部燃えちゃって、残って無い」

メティが大きな眼に涙を溜めながら呟く。
やがて、色々と溜まっていた不安や怒りが溢れ出したのか、大声をあげてその場で泣き出した。

そんなメティを抱き寄せ、アキトは根気よく背中をさすり続ける。

生まれ育った場所が奪われる恐怖や怒りは、アキトにも覚えのある出来事だったが、その時はメティほどに幼くは無かった。
その為、どれほどの心の傷をメティが負ったのか、判断は出来ない。

やがて泣きつかれたのか、眠ってしまったメティを抱っこして、その日は仮設指揮所に戻る三人だった。

眠っているメティを、割り当てられた部屋の簡易ベットに寝かしつけた後、アキトはシュンの元を訪れた。
メティについてはこちらに向かっている家族に任せるしか方法は無いと判断し、今度は此処に残されるメティとその家族が気になったのだ。

「結局、この街の防衛はどうなるんですか?」

「上は俺達に一任するつもりらしいな」

アキトに問いに対して、不機嫌そのものという顔でシュンが返事をする。
上層部は簡単に命令を出しているが、現在シュンが手元で預かっている部隊規模では、どう考えても兵数が足りない。

その事は部隊の食を預かっているアキトにも、簡単に予想できる事だった。

「兵の補充とか無しでも大丈夫なんですか?」

「申請はしているけどな、人手が足りないのは何処の部隊も同じだからな。
 それに少しばかり兵が増えた所で、二箇所も防衛をするのは無理だ」

こればっかりはな、と言いつつシュンは軍帽を顔に載せて考え込む。
実際の所、アキトが居ると言うだけでも、他の部隊より余程恵まれているとシュンは理解をしていた。
ただし、それはあくまで木星蜥蜴による侵略の切り札であり、そもそも民間人に頼り切るというのは軍人として許せない事態だった。

治安活動を含め警戒態勢など、二つの街を受け持つのは、どうしても人の数が足りていない。

「上層部が嫌でも人を送りたがる人物でもこの街に居れば、話は別なんだけどな」

「例えばどんな人ですか?」

「そりゃ決まってるだろ、死なれたら軍が困るような大物だな。
 ま、俺を含めてこの部隊の兵士は、大抵上層部に睨まれてる奴ばかりだからなぁ
 むしろ、俺やカズシなんかは、早くくたばれと思われてる筈だしな」

「・・・ここに来る前に何したんですか」

そりゃ秘密だ、アキトに向かってニヤリと笑った後、シュンはぶつぶつと言いながら書類に何かを記入しだした。
アキトはこれ以上のシュンの仕事の邪魔をする事に罪悪感を覚え、差し入れとして持ってきた食事を置いて、その場を無言のまま去った。

幾ら無人兵器を容易く葬る力が有ろうと、戦闘外の事については殆ど役に立てない自分が恨めしいと思うアキトだった。



「その遣る瀬無さを俺は鍋にぶつける!!」

「あちぃ!!
 チャーハンの粒が跳んできたぞテンカワ!!」

「あ、御免御免」

同じく簡易テントに作られた炊事場にて、凄い勢いでアキトは避難民の為に炊き出しを作成する。
そしてアキト以外にも料理が出来る女性達が、あちこちで声を掛け合いながら料理を作っている。
総じて女性の方が現実に対して強い事を改めて知り、アキトの顔に笑顔が戻る。

そんな中、出撃は無かった為、比較的早く身の自由を得た整備班のサイトウは、所在無くうろついている所をアキトに捕獲され、ジャガイモの皮むきを担当していた。

戸籍上、同い年のアキトに対して、今迄年上しか周りに居なかったサイトウは何かと気安く話しかけてくる事が多かった。
基地に来た当初は胡散臭く見られていたアキト達と、整備班の間の橋渡しをしたのはサイトウの功績と言える。
それ以来、アキトも変に取り繕う事も無く、何かとフレンドリーにサイトウと接していた。

アニメ好きというサイトウの趣味に、ガイの影を見たせいかもしれないが。

「だけどよぉ、実際この街を復興するのはかなりの手間だよな。
 俺達の本拠地も十分に空き家があるんだから、そちらに移ればいいのに。
 シュン隊長も守備について頭を悩ましてるだろうな」

「まあ、こればっかりは当人の気持ちの問題だからな」

ぶつぶつと文句を言いながらも、サイトウはそれなりに器用にジャガイモの皮を剥く。
アキトは次の料理をする為に、鶏肉を切り分けながら複雑な表情で会話をする。

そんな会話をしている二人の会話に、少し離れた場所でサンドイッチを作っていた、長い金髪と綺麗な碧眼を持つ美しい少女が会話に参加してきた。

「生まれ故郷に固執する事は、そんなにいけない事ですか?」

「いや、そういう訳じゃ無いけどさ・・・
 別にちょっとの間だけ、この街を離れるだけだろ」

少女の気迫に呑まれたのか、相手が声を荒げている訳でも無いのにサイトウの声は尻すぼみになっていく。
そんなサイトウを論ずるに値しないと判断したのか、少女はアキトに視線を向けた。

しかし、そこに居るのがアキトだと確認すると、少し驚いた後に綺麗な動きで頭を下げてきた。

「先程は危ない所を助けていただき、有難う御座いました。
 貴方のおかげで、お父様とお母様の最期を、妹と祖父に伝える事が出来ます」

「・・・ああ、君はあの屋敷に閉じ込められていた娘か」

半壊した屋敷の中に、瓦礫により偶然できたスペースで何とか生き残っていた少女を、アキトが救出したのは6時間程前の事だった。
アキトが発見をした時、少女は茫然とした表情で血溜まりと化している床を凝視していた事を覚えている。

その床の上に乗っている瓦礫の山と、少女が呟いていた両親の名前により、事情を把握する事は十分だった。

「サラ=ファー=ハーテッドと言います。
 もし宜しければ、貴方のお名前を教えていただきたいのですが?」

数時間前よりは顔色は余程マシになっていたが、何とか笑顔を作るサラにアキトは痛々しいものを感じた。

「ああ、俺はサイトウ タダシ。
 で、そっちで鶏をさばいてるのがテンカワ アキトだ」

男の性か、美少女からの問いかけに先ほどの事を忘れて口を挟んでくるサイトウ。
その行動力にアキトは肩を竦め、サラの笑顔が少し引き攣る。

「・・・あの、不躾で申し訳有りませんが、テンカワさんは軍人なのですか?」

「軍には所属しているけど俺は整備班なんだ。
 で、テンカワは軍に協力している民間人だ」

いい加減黙らした方がいいかなぁ、と段々険しくなってくるサラの表情を見てアキトは思った。
サイトウは良い奴なのは認めているが、どうにもガイと同じ様に空気を読まない。
そして、ガイにはヒカルという名ストッパーが居たが、サイトウにはそんな存在は居ない事が致命的だった。

しかし、住居や仕草から判断出来る通り良い所の令嬢なのだろう、サラは小さく深呼吸をして内心の憤りを制御してみせる。

「少し黙っていてもらえませんか?」

「・・・はい」

氷の微笑を向けられて、サイトウは沈黙した。

「では、民間人のテンカワさんにお聞きしたい事が有ります。
 ・・・今の軍の有り方を、どう思われますか?」





「おいおい、これ以上の厄介事は御免だぞ」

救出者リストの中にある名前を見付けて、シュンは思わず軍帽を床に放り投げた。
そこには西欧方面軍の有力者の息子ながら、軍の不正を糾弾し続ける不屈の政治家の・・・長女の名前が載っていた。

もっとも、その肝心の父親に今回は不幸があった訳だが。
その不幸を喜ぶのは上層部の一部のくそったれ達だけである事を、シュンは嫌でも理解をしていた。

とくに何かと槍玉に挙げられていたあのデブ准将は、今頃小躍りしている事だろう。

「確かこの娘さんも、父親と同じく近頃の軍の専横と際限の無い軍事費の増加に、メスを入れる必要が有ると言ってたよな。
 高校を飛び級で卒業して、大学には進まずに父親の秘書を務める才媛か。
 タイミングが悪すぎるぞまったく、これで軍が強制的に街から連れ出そうとしたら・・・暴動を指揮しかねん」

一人一人が不満を内に秘めている状態なら、何とか誤魔化しつつ撤退が出来るとシュンは考えていた。
しかし、それらの思惑を収束し、一定の方向に操る事が出来る旗頭となる人物が居るとなると、話は別だった。

「両親の死を乗り越えて、住民の為に軍の専横に立ち向かう美少女か。
 ・・・駄目だ、正論をぶつけ合うだけで進展しないケースそのまんまだ」

項垂れるシュンの元に、メールの着信音が響き渡る。
力無く通信ウィンドウを開き、副官であるカズシからの重要メールで有る事を確認した後、嫌な予感を覚えつつ開いて見る。




そこには、更にシュンを追い詰める現実が記されていた。








打ちひしがれるシュンが自棄酒を飲む為に炊事場に向かうと、そこには難しい顔をしたアキトが自前の中華鍋を拭いていた。
朝の移動から昼の人命救助、そして夜の炊き出しの準備とこなしていけば、普通の兵士ならば既にベットで倒れていてもおかしくはなかった。

しかし、何食わぬ顔で鍋を磨くその顔に疲れの色は見当たらない。

内心でこの化け物め、と呟きつつシュンは持参した摘まみ兼夜食を、アキトの目の前のテーブルに置き、自身も備え付けの椅子に座った。

「おいおい、テンカワ。
 お前さんは今日はもう十分に働いただろ、早く寝たらどうなんだ?」

「どうにも寝付けなくて鍋を拭いてました。
 武術の鍛錬か、鍋を磨いていると心が落ち着くんですよ」

「・・・まあ、個人の趣味にまで口は挟まんがな。
 とにかく、とっとと寝たらどうだ?」

むしろアキトの背後に設置してある巨大な冷蔵庫にこそ、シュンが欲しているアルコールが鎮座しているのだ。
そして、鉄壁の番人と化しているアキトを排除しない事には、お宝を手に入れる事は出来ない。
どうにもカズシから色々と吹き込まれているアキトは、とにかくシュンの飲酒に関しては厳しい態度を崩さない。

何しろ上官命令も効かなければ、腕尽くなどもっての外という規格外の存在なのである。

「シュン隊長、サラ=ファー=ハーテッドって女の子を知ってますか?」

「・・・ああ、良く知ってるよ」

今、一番の頭痛の種となっている少女の名前を出されて、シュンの顔が一瞬にして渋いモノに変わる。
そして更に厄介な客が、この部隊に迫っている事もシュンとカズシだけが知っていた。

「彼女に軍の協力なんてやめて、一緒にボランティア活動をしませんかって誘われてまして」

無言のまま、シュンはテーブルに頭を打ち付けた。

「随分と大げさなリアクション、有難うございます」

「うるせぇよ」

アキトがこちらの最大戦力と言う事を知っての上では無いと思うが、見事にウィークポイントを突いてきた少女に関心をする。
情けない話だが、アキトがこの部隊を離れてしまえばそれだけでチェックメイトである事を、シュンは誰よりも理解していた。
そもそもからして、この行軍にアキトが参加した事からしても、アキトの好意からなのである。

もっとも、根っこは善人と思えるアキトにとって、軍に居るという今の状態より、ボランティア団体に入った方が幸せなのかもな、と内心で思ってもいた。

「それで、どうするんだ?」

「まだまだやり残した事が有りますからね、折角のお誘いでしたがお断りしました」

「へー、ほー、彼女はかなりの美少女と聞いてたんだけどな。
 命の恩人という点を差し引いても、そうそう気軽に声を掛けて来るような性格を、彼女はしてないはずなんだがな。
 そうか、断わっちまったか〜」

「・・・何ですか、その意味有りげな笑顔は」

「別にぃ、ただ直感でお前さんの女性関係は大変そうだな、と思っただけさ」

その言葉を聞いて首を傾げるアキトをその場に残し、シュンは何処か悟った笑顔を浮かべて炊事場を後にした。


――――――つまり、毒食わば皿までの境地に達したのだ。





翌日からはシュンの予想通り、この街に残って資産を掘り出したいグループとの折衝が始まった。
この街に残ると言い張る人数は予想よりも多く、約3分の2がその意見を押し通してきた。

そして、そんな彼等の先頭には予想通り、サラの姿があった。

「このまま着替えも持たずに隣街に避難して、その後の生活はどうするのですか?
 殆どの個人資産は瓦礫の下に埋まってる状態なのですよ?
 それらを全て放棄しろと言われても、納得はできません」

「先程も説明した通り、このままでは皆さんの安全が保障出来ないからですよ」

「ですが、軍は前回の襲撃前までは、この街に戦略上価値が無いと判断されて、最低限の駐留軍を配置していただけですよね。
 お父様が駐留軍の規模について問い質した時、確かそのように説明を受けましたが?
 前回と同じ規模の駐留軍ならば、直ぐにでも配置可能なのではないですか?」

「・・・そういう訳にはいかんでしょう」

予想通りに手強い相手となったサラの追及に、シュンは参ったとばかりに軍帽の上から頭を掻く。
軍にとって煙たい存在だった、サラの父親に対する上層部の嫌がらせに、現場指揮官の自分が泣かされるとは予想もしていなかった。

もっとも、目の前の相手はその事も理解したうえで、交渉の場に立っている事もシュンは分かっている。
だが、かの名将の血を引く少女が、自分達の居る場所の危うさについて知らないとは思えない。
殆どの住人は自分達の財産を少しでも持ち出す為に、目先の欲を優先してこの場に残ると言い張っているとシュンは予想していた。
そして、それが悪い事だとはシュンも思ってはいない、ただお互いの意思が対立する事は立場上どうしても避けれなかったのだ。

今はお互いの妥協点を何とか探り出すしか方法は無かった。

一日でも早く基地に避難民を連れて戻りたいシュンと、住民の意思を代表して資産の回収為に残る事を主張するサラ。
二人共に正論であるために、シュンの予想通りに討論は見事に揉めた。

やがて、主張を全て言い終えたのか、サラが小さく吐息をつき、その綺麗な碧眼でシュンの言葉を待つ。

「サラさん、私は貴方が現状を把握していないとは思っていません。
 住民の方々が財産を守るために、貴方が軍との交渉を一任された事は理解しています。
 皆さんに説明をし難いというのなら、私が代わりに皆さんを説得しますよ?」

シュンからしてみれば両親を亡くしたばかりの少女に、こんな役を押し付けた事は許せなかった。
もっとも。話を聞く限りでは本人の意思で立候補をしたらしいのだが。

「・・・ここに居るのは私の意思であり、お父様の遺志、ですわ。
 私が此処で諦めて黙りこんでしまえば、市民の皆さんの声を軍に届ける人が消えてしまいます。
 勿論、私以外にも立派な政治家の方や人格者が居る事も知っています。
 ですが、この場においてお父様に助けを求めてこられた方を、ここで裏切る事は私には出来ません」

それは、お父様の今迄の仕事に対しての裏切りだと思います。

現状を理解した上で、どうしても引き下がれないと宣言するサラに、シュンの顔が沈痛に歪む。
やはりサラはその資質から、他の住民とは違い、既に自分達が詰んでいる事に気が付いていた。
だが、避難を渋る住民の声を届ける存在として自分を律した以上、彼等が納得しなければ自分もまた逃げる事は出来ないと言う。
昨今の政治家達に是非とも見習わせてやりたい志と言えるが、今はその硬い意思に溜息しか吐けないシュンだった。

「ですが、木星蜥蜴は近日中に必ずこの街を襲います。
 今までの軍の統計を見る限り、一度撃退された奴等は、最優先でそのエリアを攻略しに訪れます。
 このままこの地に残っていれば、どうなるか・・・分かりますよね?」

「脅迫をするつもりですか?」

「いえ、そういう訳ではなくて、事実としてですね」

そんな時、突然面会室に入室を告げるベルが鳴り、シュンの応答を待つ前にドアが荒々しく開かれた。

その勢いに思わず懐に忍ばせているブラスターに、素早く手を伸ばすシュン。
だが、続けて入ってきたアキトの姿を見て警戒を解く。
自分が遥かに及ばない技量を持つアキトが通した以上、危険人物ではないと判断をしたからだった。

そして実際、飛び込んできた人物・・・プラチナブロンドの長髪をポニーテールにしている少女は、泣きながらサラに抱きついていた。



「姉さん、姉さんだけでも無事でいてくれて良かった!!」

「私も・・・貴方にまた会えるなんて思っても無かったわ、アリサ」

髪の色と髪型を除けば、殆ど見分けがつかないような美少女が二人、お互いの無事を喜んでいる。
その光景は美しくあるが、この先の困難を思いシュンの頭には継続的な鈍痛が走る。

そして、ちらりと横を見てみれば、少女達の再会に心を打たれたのか、アキトが嬉しそうに何度も頷いていた。

シュンが素早く観察をしたところ、アリサと呼ばれている少女は西欧方面軍の制服を着ていた。
これでまず間違いなく、今回の増援部隊の一員である事が分かった。

「あー、感動の再会に水を差して悪いんだが。
 着任の報告はどうなってるのかな?」

「あ、申し訳ありません!!
 アリサ=ファー=ハーテッド少尉、只今から貴官の指揮下に入ります!!」

シュンからの突っ込みを受けて、抱き合っていたサラを急いで解放した後、アリサと名乗った少女は綺麗な敬礼をしながらそう報告する。
姉と呼んでいたサラと髪の色と髪型が違う以外は瓜二つの容貌をしており、サラには無い活力を感じさせる美少女だった。

「了解した、アリサ少尉、貴官を歓迎しよう」

「はい、有難う御座います。
 では、早速ですが今後の作戦を教えていただけないでしょうか?」

ついに来たか、と内心で呻きながらもシュンは表情を変える事無く、今後の予定を告げる。

「うむ、明日中にでも我が隊は避難民の警護を行いながら、この地を去る予定だ」

「そのお話は拒否させていただいた筈です」

間髪入れずサラが厳しい顔で、シュンの作戦に待ったを入れる。
それを聞いた瞬間、シュンよりも先にアリサが凄い形相になってサラに詰め寄った。

「姉さん!! まだそんな事を言ってるの!!
 軍が気に入らないのは分かっているけど、今だけは素直に避難して!!」

「だけど、私だけが避難しても仕方がないでしょう?
 もし避難するとしても、その時にはこの街の住人全員で動きます」

「残りたい人は自己責任で残ればいい!!
 姉さんがその人達に付き合う必要なんてない!!」

「アリサこそ、軍人としてその発言はどうなの?」

再会の感激ムードは一瞬にして破壊され、刺々しい空気が部屋に充満する。
そして危ない気配を感じ取った男二人は、コソコソと部屋を出ようとしていた。
実際、アキト一人だけならば、喧嘩中の姉妹に気づかれる事無く脱出は可能だっただろう。

しかし、今回の逃走には一人の中年が混じっていた。
シュンが移動する気配を感じたアリサが、据わった目で問いかけてくる。

「シュン隊長、この問題はどうやって解決をするおつもりなのですか?」

碧眼に激しい怒りを内包した視線を、逃走しようとしていたシュンに向けるアリサ。

「あら、別に私達を残して立ち去って貰ってもかまいませんよ?」

そして国民を守る為の軍人として誇りを持つ、シュンの性格を見抜いたサラの発言に、何も言えずシュンは仏頂面で黙りこむ。
この美人姉妹がお互いの主義主張の為に反目している事は、西欧方面軍では有名な話だった。

それを知っている上層部が援軍としてアリサを送り込んだのは、どう考えても嫌がらせだとシュンは思っていた。
二人の美少女に注目をされながら、内心で上層部に恨み言を叫ぶ。
これで問い詰めてくる相手がアリサのみならば、上官として命令をすれば黙らせる事も可能だっただろう。
しかし、その隣に居るサラは一般人であり、恐喝紛いな手を使う事は出来なかった。

結局、その場を共闘して誤魔化したシュンとアキトは、そそくさと姉妹の前からその姿を消した。





「いやぁ、双子の妹さんがいたんですね、サラちゃんって」

「お前さんは知らなかったのか、西欧方面軍では有名な話なんだぞ?」

「元々からしてナデシコは、軍に協力してる企業ですからね、その手の話題には疎いですよ。
 それに協力体制の軍も、今までは東南アジア方面軍だけでしたし」

二人して一息ついた場所は、何故か臨時の食堂だった。
アキトのホームグランドに何故自分まで、と内心で思いつつもシュンは出された珈琲を美味そうに飲む。

やはり、胃袋を掴んだ人物は強いな、と唸っていた。

「ついでに教えておいてやるが、あの二人は西欧方面軍のグラシス中将の孫だ。
 もっとも、現在の西欧方面軍は上層部も軒並み戦死してるからな、近いうちに大将に昇進されるだろうな。
 元々、高名な血筋に加えて、多大な戦果と人望を集めている人だからな、順当に行けば元帥も確実だな。
 そうなるとその影響力は更に増大する。
 当然ながら、あの二人の価値も鰻上りになるわけだが・・・」

その後、簡潔にシュンはハーテッド家の問題をアキトに説明した。

サラとアリサの父親は軍の専横に嫌気が差し、政治家の道を選んでいた。
しかし、アリサは祖父の姿に憧れ、両親の手を振り切って軍に入隊。
祖父譲りの才能を見事に開花し、西欧方面軍でのトップ・ライダーに名を連ねる。
姉のサラはそんな妹を心配しつつも、父親の政治活動に常に付き添い、政治的な才能を発揮していた。
そんな別々の道を選らんだ双子は、麗しい姿も含めお互いの名声が高まるほどに、その距離を離していった。

「仲が悪いわけでは無いらしいのは、さっきの再会現場でも良く分かったが。
 ・・・なんせお互いの人生を掛けた生き様だからな、そうそう意見を変えられないってところだ」

誰が悪いって訳じゃないんだけどな、と言いながら珈琲と一緒に出されていたクッキーをシュンが齧る。

「サラちゃんは軍人嫌い、妹さんは西欧方面軍のエステバリス・ライダーのエース、ですか。
 ままならないもんですね・・・」

そう言いながら自分で煎れた珈琲にアキトは口を付けた。

「本来なら、この二人が揃うような状況は軍も政治家の連中も避けてたんだよ。
 お互いの陣営にとって、今後間違いなく『顔』になる存在だからな。
 プライベートなら家の中で収まる話だが、今の状況は拙い。
 この隊にアリサ少尉が派遣されてきた以上、そう簡単にサラ嬢ちゃんも引くわけにはいかなくなった。
 何事も前例って奴を作られると、その後々に響くもんだからな」

アリサが声高に避難を主張した以上、サラは意地でも住民の財産を回収しなければ応じられない。
お互いにそんな権限など持ってはいないのに、軍と政治家の面子が何故か複雑に関わってしまったのだ。
この事を知った彼等は現場の事情などお構い無しに、色々と余計なちょっかいを掛けてくる事だだろう。

逆に言えば、それだけグラシス中将の存在は大きい、という事だった。

そして軍人の矜持として、住民をこの地に残して引き上げる事は、シュンには選べない。

「そうして、益々避難は遅れるって事ですか」

「その通り、ままならないもんだろ?」

「・・・そうですね」

しかめっ面をしているシュンに、せめてもの慰めとばかりに、アキトは隠しておいたウィスキーをグラスに注ぎ手渡すのだった。



――――――――そして、2日という貴重な時間が過ぎた。



お互いの事を気にかけながら、言葉を交わす事をしない双子。

先日には、最寄の街に居る政治家がサラの元に応援として駆けつけ、益々お互いの溝を深くして帰っていく事もあった。
しかも呼んでもいないのに、去り際に軍の仮設指揮所に現れ、防備がなっていないと散々文句を言って去って行ったりもした。
人気取りの行動と分かってはいても、腹立たしい事には変わりないため、その日はさすがのシュンも機嫌が一日中悪かった。

その為、ますます軍の敷居が高くなったのか、サラはあの日以降、一度も仮設指揮所には顔を出していない。

アリサも自分の置かれている立場は自覚している為、本心を押し殺してサラには会いに行かず、少尉としての仕事に専念をしていた。
もっとも、何故か時折疑うような目を厨房で働くアキトに向けていたが、特に大きな騒ぎにはならなかった。

「というか、あの視線を無視できるテンカワ君は、やっぱり半端ないよね」

「まるで親の敵を見るような視線だもんな。
 俺だったら直にでも胃に穴が開くよ・・・」

トラブルの予感を感じたレイナとサイトウは、仲良く一つのテーブルで食事をしながら肩を震わせていた。

そんな緊張感溢れる中でも、何とか住民達の財産を瓦礫から取出す事に成功をした。
それというのも、一秒でも早い撤退を望むシュンが、手の空いているエステバリスや兵士達を積極的に貸し出したからだ。
当然の事ながらアキトも支援に回ってはいたが、その役割はパイロットとしてではなく、避難者達の手助けが主になっていた。

何時、襲撃が有ってもおかしくない現状で、アキトと専用機を十全の状態にしておきたいというシュンの思惑がそこに見える。

だが、次の問題が直に発生する。
今度はその財産をどうやって運ぶかで、軍とサラが衝突した。
荷物の運搬をする為に、軍に車の都合を頼むサラだったが、当然ながらそんな余裕は軍に無かった。
備蓄してた食糧等を消費した箇所は、避難民の為のスペースに当てるだけでも精一杯だったのだ。

しかも、その大量の資産についても、数人の富豪が殆どを占めており、普通の家庭の資産ならば手持ち鞄で十分に運べる量だった。

そんな理不尽な交渉に悪戦苦闘するサラを横目で見ながら、資産家達は憮然とした表情で酒などを飲んでいる。

「うわっ、感じの悪いおっさんだね」

「ま、自慢の館も倒壊して事業も潰れたらしいからね、自暴自棄にならないだけマシだと思うよ。
 生活基盤が崩れるっていうのは、本当に悪夢だからさ。
 その点だけを見れば、彼等も本当に戦災者なんだけど・・・」

レイナと一緒に撤収の手伝いをしながら、アキトは微妙な表情で会話をする。
彼等の事情についても理解は出来るが、だからと言っていい大人が両親を亡くしたばかりの少女に、嫌な役を押し付ける事は無い。

「かなり張り詰めてるみたいだから、心配だなサラちゃん」

「時々避難所に私も顔を出してるんだけど、取り巻きが凄くて近寄れないのよね。
 でもシュン隊長との交渉とか、肝心な時には誰も側にいないんだもん、このままだと倒れちゃうよ」

実際、初日に会った時よりも明らかに悪くなっている顔色に、アキト達だけではなくシュンも内心で心配をしていた。
もっとも、だからと言ってサラの要望を全て飲むような甘さは無い。
アリサにもその事は伝わってはいたが、未だに意地を張っている状態らしく、素直にサラの下に訪れる事は無かった。

結局、シュンに要請を断られた事をサラが住民に伝え、他の住民達がサラを慰める中、舌打ちをしながら一部の富豪達が立ち去る。
その態度の悪さに腹を立てるアキトとレイナだったが、あくまで住人と軍の問題なだけに何もする事は出来なかった。



そして、翌日の朝、ついに恐れていた凶報がシュンに届く。



「同時攻撃か、嫌な手を使ってきやがる」

カズシから入った緊急コールは、自分達の基地に向かうチューリップを確認したとの報告だった。
それと前後して、逆サイドから今現在シュン達が居る街に向かって多数の無人兵器が侵攻しているとの報告も入る。

どちらか片方だけならば、問題は無かった。
だが、今はどちらかを選択する必要があった。

しかし、戦略的な重要度で考えれば、隊長としてシュンが決断するのに掛かった時間は短かった。

「・・・あの基地を放棄する事は、この周辺地域を放棄する事に等しい。
 全員、直ちに撤収の準備に掛かれ!!」

「イエッサー!!」

シュンの命令を受けて、即座に作業に取り掛かる兵士達。
この街で合流した援軍の兵士達も、シュンの指揮下に入っているだけに動きに迷いは無い。
街の住人達も何とか回収できた財貨を持ち出そうと、急いでその場を去って行く。

そんな騒がしい集団の中、一部の人達が恐ろしい勢いでシュンに食って掛かっていた。

「撤収する時に、私達の荷物を積み込むトラックを用意したまえ!!
 このままでは大切な財産の殆どを、此処に置いていく事になる!!」

「私達が今までどれだけの税金を支払ってきたと思ってる!!」

「そうだ、全ての荷物が運び出せるまで、責任を持って木星蜥蜴達を引き受けろ!!」

血走った目でそう訴える富豪達に、シュンは表情を変えずに現状を説明した。

「・・・お気の毒ですが、我が軍の戦力では敵の攻撃を防ぎきれません。
 皆さんの命を守る為には、最低限の荷物だけを選んでいただきたい」

その言葉を聞いた瞬間、絶句した富豪達をその場に残してシュンは素早くその場を去った。
背後から怒声が聞こえてくるが、これ以上の時間の浪費を避ける為にシュンはその声を無視する。
時間の余裕があれば、まだ彼等の愚痴に付き合う事も出来るが、このままでは全員揃って殺されるだけなのだ。

そんな時、急いで足を運ぶシュンの目の前にサラが姿を現した。
この緊急時に厄介な、と内心で唸っていたシュンだが、予想に反してサラは無言でシュンに頭を下げた後、その場を去って行った。

その行動に彼女の本心を見たシュンは、別の意味で唸り声を上げた。
サラは富豪達の要求を隠れ蓑にして、大多数の一般人の資産を回収する事に意義を見出していたのだ。
その為、叶う筈の無い要望を繰り返し時間稼ぎに徹し、ギリギリのラインまで撤退を粘りきった。

先ほどの一礼は、これから更なる迷惑を掛ける軍とその兵達への、謝罪の意味が込められていたのだ。
本当ならばそんな礼は不要だったのだが、今回の事態はサラの予想を超えた為、頭を下げずにはいられなかったのだろう。

「全て理解した上での行動だったのか、本当に甘く見ていたのは俺の方だな・・・」

シュンは苦笑をしながらも、この戦闘を乗り切るために全力を尽くす決意を改めて固めた。





素早く撤退準備を終えたアキトが、住民達の荷造り等を手伝おうと街に出てみる。
元々が規模の小さな街だっただけに人口も少なく、兵士達が手伝う事により予想より早く撤退準備は終わりそうだった。
一部、荷物が多すぎる人達が大騒ぎをしているが、どう足掻いても彼等の持ち物を積み込めるスペースは無い。
個人毎に与えられるスペースは限られている為、結局命を取るか金を取るかの決断を彼等は迫られるだろう。

だが、アキトが視線を感じて顔を向けた先では、動こうとしない老婆に何やら必死に言葉を掛けるサラの姿があった。

炊き出しの手伝いをしてくれた事や、少なからず会話をした知己という事もあり、アキトはサラの近くに足を運んだ。

「サラちゃん、そろそろ避難が始まるよ?」

「ええ分かっています。
 ですが、この方がどうしても家から離れるのを拒まれてて」

サラが話しかけていた老婆は、アキトに視線を向けた後、哀しそうに首を左右に振って拒絶した。
まさか力ずくで動かす訳にはいかないアキトは、サラと二人して困惑した表情を作る。

やがて、説得を諦めたのか、サラが肩を落としながらその場を去り、アキトは何となくその後ろを着いて行った。

「・・・お父様が避難を勧めれば、あの人も信じてくれたのでしょうか」

悔しげに呟くその言葉を聞いても、アキトには容易に同意は出来なかった。
そもそも、サラの父親とは面識は無いし、シュンから聞いた話では、優秀な政治家だった事しか知らない。

「お父様の後を継ぐつもりで頑張っていても、やはり今のままでは色々と力不足。
 どうすればいいのかな・・・」

それはアキトに対する問い掛けではなく、自分自身への問いだった。
それが分かっているアキトは、何も言わずにサラの様子を伺い続ける。

「テンカワさんは漆黒の戦鬼、と呼ばれている凄腕のパイロットだそうですね?
 見た目とか話をした感じだと、とてもそう見えませんでした」

「あー、まあ、本人からすれば恥ずかしい二つ名なんだけどね」

照れながら無意味に頭を掻くアキトに、サラの顔に少し笑顔が戻る。

「本当は噂に聞くテンカワさんの実力を当てにもしてました。
 半分は法螺だとしても、アリサも加わった陣容なら、何とか次の襲撃にも勝てると思って。
 ・・・素人考えで行動するものじゃないですね、まさか同時攻撃なんて発生するとは思ってもいませんでした。
 向こうの基地が落とされれば、結局私達は逃げ場を失う事くらい分かっていたのに。
 結局私は独り善がりな考えで、兵士の皆さんと住民達を道連れにした愚かな女なんです」

「サラちゃん・・・」

強く手を握りこみながら、悔しそうに唇を噛みサラはその美貌を歪ませる。
良かれと思い弄した策が、最悪の事態を呼び寄せてしまった事に慙愧の念を見せる。
取り返しの付かない事をしてしまったと、その事を全身で叫んでいた。

両親を失い、大切な妹とすら距離を置き、一人で考えて行動をした結果がコレだった。
今のサラは自分の愚かさが許せず、これから犠牲になる人達への申し訳無さで押しつぶされようとしていた。

アキトがそんなサラに対して、何を言うべきか悩んでいると、背後から呆れたような声が掛けられた。

「まったく、こういう時に気の利いた事を言えないのが、テンカワ君らしいというか・・・
 その脳筋を少しは思考に回しなさいよ?」

「ず、随分と酷い言い草だね、レイナちゃん?」

「本当の事でしょうが。
 そんでもって、これからがテンカワ君の得意分野の話。
 今後の戦闘プランと、無茶苦茶キッツいタイムスケジュール。
 シュン隊長からネルガルへの正式要請だけど、一人でカズシ副官が守っている基地防御の援軍に行って、敵殲滅後にとんぼ返り。
 ・・・ちなみに、基地側の敵戦力はチューリップ1つ戦艦5隻だそうよ」

どれ位で終わりそう?

隣で聞いていたサラが思わず呆気に取られるような話を、レイナはまるで問題など無いようにアキトに尋ねる。
サラの知識の中では、チューリップが出てきた時点で今の軍部には撤退の二文字しか存在しない筈だったからだ。

しかし、レイナからその話を聞いたアキトの顔が、先ほどまでの戸惑ったような表情から、獰猛な戦士の顔に変貌する。

その瞬間、今まで人畜無害と思っていたアキトの雰囲気が、明らかに変貌した事をサラを感じ取った。
まるで暢気に日向ぼっこをしていた猛獣が、獲物を見つけて動き出すような錯覚を覚えた。

「そうだな、行きに1時間、殲滅に20分、帰りに1時間だ」

「オッケ、ほぼ私の予想通り。
 シュン隊長にもその通りに伝えておくわ。
 幸いにもこっちに侵攻しているのは無人兵器だけで、チューリップは居ないらしいからね。
 基地側から侵攻してくれれば、こんな手間は無かったのにね。
 ま、そこはアリサちゃん達の腕前に期待して、何とか避難民の人達の防衛をしてもらいましょうか。
 そっちも早く基地側を片付けて、とっとと帰ってきてよね」

シュン宛に送る情報を整理しながら、レイナが急かすようにアキトに話しかける。

「了解、エステバリスの準備は?」

「移動用に外付けのエネルギーパックも装着済み。
 向こうの基地でも、帰りのエネルギーパックを用意してくれるように連絡済。
 ほら、とっとと出撃してきなさい!!」

「流石、じゃあ行ってくるよ」

そう言い残して、アキトは信じられない速度でその場を走り去って行く。
最後まで呆然としていたサラは、その姿が完全に見えなくなった頃に正気に戻った。

「え、テンカワさん一人を送り出すなんて、皆さん本気なの?」

「むしろ、こっちの戦場が大変よ。
 サラちゃんもしっかりと、アリサちゃんに気合を入れてきてね」

未だ現状が把握しきれないサラに、レイナが苦笑をしながら声を掛ける。

「こっちの接敵予想時間は約1時間後。
 何とか1時間半の間、敵の攻撃を耐え切れれば、きっと勝てるわよ」

最近、こんな戦闘にばっかり遭遇するのよねぇ、とぼやきながら、レイナは唖然とするサラの背中を押して仮設指揮所に向かった。







「シュン隊長!!
 テンカワ アキトを単機で、基地の救援に向かわせたというのは本当ですか!!」

突然仮設指揮所に突入をしてきたアリサが、敬礼すらすっ飛ばしてシュンに食って掛かってきた。
本来ならば殴られても文句が出ないような話だが、あまりに相手が取り乱しているため、シュンは見逃してやる事にした。

「そういう風に通知は出しただろ、アリサ少尉?」

今更何を言っている、とばかりに小さく首を傾げながらシュンは、怒鳴り込んできたアリサに返答した。

「それが本当なら、余計に質が悪いです!!
 この危機的な状況の中、態々貴重な戦力を割くなんて!!」

どう考えてもアリサの態度は、上官に対するものでは無かった。
普段のアリサならば、祖父の名を貶めないように軍人としても品行方正を心がけ、上官に食って掛かる事など無い。
しかし、両親の死に始まり、敬愛する姉とは周囲のイザコザから距離を開けられ、今までかなりのストレスを感じていた。

そこにきて、この無人兵器の大群による襲撃に遭い、初めて訪れた窮地に激しく動揺をしていた。
アリサが今まで経験してきた戦闘には、これほどの劣勢に追い込まれた場面など存在しない。

シュンとしてもアリサの生い立ちと周囲の扱いを知るだけに、その行動に眉を顰めつつも激高するような事は無い。

「アリサ少尉、貴官は誰に向けて意見を言っているつもりかね?」

普段とは違い、冷徹な軍人の気配を身に纏ったシュンの一言により、アリサは自分の所業を思い出し一気に青褪める。
その後、改めて敬礼を行い意見を述べても宜しいでしょうか、とシュンに問いかけてくる。

シュンとしてはそんな事よりも、一刻も早くアリサを愛機に放り込みたい心境だったが、これもパイロットのメンタルケアの一環と思い直し許可を出す。

「話半分と聞いたとしても、テンカワ アキトが凄腕のパイロットである事は確かです。
 それなのに、この窮地に戦力を割いて遠方の基地の救援に出すとは、どういう意図があるのですか?」

「意図、意図ねぇ・・・
 ま、不本意ながらテンカワの奴に頼むしか、現状を打破できる策が無かっただけさ。
 俺の考えた最高の戦果を出す為に、軍人のプライドを曲げたうえでの策だ」

不本意そうな顔で制帽の上から頭を掻きながら、シュンがそんな返事をする。
その返事を聞いてますますアリサが眉を顰める。
アリサの物騒な気配を感じたのか、こちらも少々不機嫌なシュンは逆にアリサに問いかけた。

「アリサ少尉の考える、今回の戦闘における最高の戦果を言ってみろ」

「はい、まずはこの街に襲い掛かる無人兵器を殲滅。
 その後、街の住人を引き連れて更に後方の街に避難します」

「隣街はどうする?」

「・・・・・・残念ですが戦力と時間が足りません。
 周辺に救援を望める部隊がない事も分かっています。
 そもそも、この街に向かっている無人兵器すら、この戦力で守りきれるかどうか」

唇を噛み締めながら青い顔でそう断言するアリサに、普通ならそう判断するよな、と同意するシュン。
そしてその考えがあるからこそ、アリサは貴重な戦力であるアキトを単機で救援に出した事が信じられないのだ。

アリサからすれば、アキトは救援に向かったのではなく、むしろ一人だけ逃がされたのだと思っていた。

「納得いかないという顔をしているが、まあここまで来たら結果を待つしかないだろう。
 住民を引き連れて、逃げる時間は既に残されていないのだからな。
 そら、もう間も無くすると敵が現れるぞ、早く機体に戻って配置につけ。
 アリサ少尉の奮戦を期待する」

そこ言葉を聞き、アリサが敬礼を行い、シュンが答礼をする。
その後、一瞬だけ迷った後にアリサが再度口を開いた。

「最後に一つ聞かせて下さい。
 隊長を筆頭に、以前からこの隊に居るパイロットや兵士も、誰もテンカワが逃げたとは一欠けらも疑っていません。
 ・・・隊長達はどうしてそこまでテンカワを信じる事が出来るのですか?」

そのアリサからの問い掛けに対して、シュンは大真面目な顔で自分の考えを述べた。

「簡単な話さ、今現在襲撃に来てる蜥蜴全員揃ってても、テンカワの方が遥かに強いからだ」

蜥蜴の奴等が、分かれて来てるから厄介なんだよな。

と愚痴を垂れるシュンを、唖然とした表情でアリサが見ていた。





何か釈然としないモノを感じながらアリサが愛機に向かっている途中、声を掛けてくる女性の姿があった。
そちらに顔を向けると、この隊に配属されてから知り合ったレイナとメティ、そしてサラの姿が目に入った。

今までの経緯が脳裏に浮かび、アリサは素直にサラに声を掛ける事を躊躇う。
そしてそれはサラも同じらしく、手を引いて此処まで連れて来てくれたレイナの背後から、あえて出てこようとしなかった。

貴重な時間だけが過ぎていく中、レイナがどうしようかなと考えていると、サラの隣に居たメティが不思議そうに声を出した。

「サラお姉ちゃんとアリサお姉ちゃん、喧嘩でもしてるの?
 私もミリアお姉ちゃんと、時々喧嘩するけど・・・
 ちゃんとその後で謝って仲直りしてるんだよ」

ニコニコと笑いながらメティは、仕方が無いなぁと言いながらサラの手を引いてアリサの元に向かう。
サラとアリサが無意識の内に作っていた、お互いを拒絶する壁は、メティの前ではまるで意味を為さなかった。

「ほら、仲直り!!」

呆然としている二人の手を取り、お互いに重ね合わせた後、姉の真似をしているのかメティは片目を閉じて人差し指を立ててそう宣言をする。
その微笑ましい姿に、思わず当事者達は同時に笑みを浮かべた。

改めて考えてみれば、お互いにしっかりしているつもりで、結局周囲に振り回されていただけだった。
自分達の意思で判断し動いているつもりでも、やはり操られていた部分はあったのだ。
会おうと思えば何時でも会える距離に、お互いは居たのに。


――――――――何よりも、二人は血の繋がった家族なのだから。


「姉さん達は私が守ってみせる」

「有難う、でも無理はしないでね」

固く手を握り締めた後、お互いに抱擁を交わし。
アリサはここ最近の憑き物が落ちたような爽やかな気持ちで、愛機に向けて力強く走り出した。

サラはそんなアリサの後姿を見送りながら、無事に妹が帰って来るようにと神に祈りを捧げる。






アキトが出発してから丁度1時間後。

ついに無人兵器の大群が、次々とシュンが指揮する軍に襲い掛かってきた。
最初に確認していた通り、チューリップは存在していないが、戦艦10隻と小型の無人兵器が多数存在していた。

気負いは確かにあるが、シュンに食って掛かった時よりは余程マシな精神状態のアリサは、愛機のコクピットで深呼吸をする。
次々と入ってくる司令部からの情報を聞き流しつつ、愛機のチェックを流れるような動きで行う。
システムがオールグリーンである事を確認し、最後にネルガルから試供されたフィールドランサーを装備する。

「・・・頼むわよ」

いまいち西欧では人気の無いネルガルだが、このフィールドランサーについては自分の戦闘スタイルに適している為、アリサのお気に入りだった。
今までの戦場でアリサが活躍出来たのは、このフィールドランサーとの出会いが大きいと自分でも分かっている。

それと同時に全員に向けてシュンから通信が入ってきた。

『お前達、朗報だぞ。
 テンカワの奴が基地を襲った蜥蜴達を・・・先程綺麗に細切れにしたらしい』

アリサにはシュン隊長が何を言っているか、一瞬分からなくなった。

『今は機体の点検と、戻りのエネルギーパックを積み込み中との事だ。
 テンカワが戻ってくるまでの一時間、何としても住民を守りぬけ!!』

シュンの命令に応えるように、所々で歓声が沸き起こる。
その光景を見たアリサはこれがシュンが仕掛けた戦意高揚の為の嘘だと判断した。

「・・・それにしても、嘘を吐くにしても、そう少し現実味のあるモノにすればいいのに」

先程とは違い、姉との和解をみたアリサにはシュンの言葉に笑う余裕すらあった。
それに見た限りでは、自分達補充兵には効き目は少ないが、古参の兵士達の意気はかなり上がっている。

「もしかして、私達には分からない別の意味が込められてたのかしら?」

その光景に首を傾げながらも、やる気の無い見方よりは余程好い、と自分を納得させるアリサだった。
そして視線を避難者が集っている集合場所に向け、そこに居るはずの姉を思う。

まだ、きちと今回の事を謝っていない。

「その為にも、姉さん達をきっと守りきってみせる!!」




そして、負けられない戦闘が開始される。




無人兵器との戦闘は一進一退を続けていた。
アリサは自分が最も得意とするチャージ攻撃により、他のパイロットを寄せ付けない戦果を叩き出していた。
フィールドランサーを目前に構え、全力全開で大空を疾走する。
そのスピードとフィールドランサーの機能により、小型の無人兵器達は続け様に破壊されていった。

ただし、その持ち味であるスピードがアリサを苦しめる。

敵の包囲網すら容易く突破する事が可能だが、フォローをしてくれる味方が追い付けないのだ。
その為、常に敵に囲まれないよう動き続け、休む間も無く突撃を繰り返す。
本来なら背後を守ってくれる味方が居ない為、どうしてもアリサの機動は忙しないモノになっていた。

じりじりと削られていく体力を奮い立たせ、それでもアリサは突撃を繰り返し続ける。


――――――――負けれない戦いの中に、今、アリサは居た。


戦闘開始から30分が経過した頃、所々で戦線に綻びが目立ち始めた。
未だ死者は出ていないが、負傷による戦線離脱が目立ち始める。
シュンの目標は民間人と兵士も含めて無駄な死者を出さない事であり、無茶はするなと釘を刺していた。

だが、それが歯痒いとアリサは思う。

『アリサ少尉!! 突出し過ぎだ!!』

「ここで退いては、更に戦線を押し上げられます!!」

目の前の無人兵器を貫き、そのままの勢いで戦艦に突撃を仕掛ける白銀のエステバリス。
だが、戦艦のフィールドを無効化する前に、周囲に展開していた無人兵器から集中砲火が浴びせられる。

「くっ!!」

流石に犬死は御免と思ったアリサは、見事な機動で機体を上方に跳ね上げて攻撃を回避。
仕返しとばかりに自機を包囲しようとする無人兵器を蹴散らしつつ、自軍の近くまで退避する。

未だ、戦艦は一つも落ちていない。

『無茶しすぎだぞ、少尉!!』

「無茶をしなければ勝てません!!」

同僚の声を振り払い、再度の突撃をアリサが行う。
小型の無人兵器を数機破壊する事に成功したが、戦艦からの攻撃を感知して直にその場から退避する。
しかし、至近距離を通過した戦艦の砲撃による余波で、白銀のエステバリスに激しい振動が襲い掛かってきた。

「!!」

激しく左右に揺さぶられ、瞬間的に自機の位置を見失う。
気が付いた時には、機体は地面に向けて真っ直ぐに落下をしている状態だった。

「っこの!!」

何とか体勢を立て直し、全力で逆噴射を仕掛ける。
ギリギリのタイミングで何とか墜落する事を免れる。

上を見上げると、そんなアリサを助ける為に他のパイロット達が必死になって、周囲の無人兵器達を牽制していた。

「・・・ごめんなさい、助かりました」

熱くなった頭を冷やす為に深呼吸をしながら、同僚のパイロットに礼を言う。
見た目はクールそうな美少女だが、アリサはどちらかと言うと負けん気の強いタイプだった。

『そのフィールドランサーでは、戦艦のフィールドは簡単に貫けないだろ』

「悔しいけどその通りです」

もっとこのフィールドランサーに出力があれば、と思った事は一度や二度では利かない。
だがエステバリスで運用できるエネルギーに上限が存在する以上、どうやっても無理なものは仕方が無い。

そして、泣き言を言った所で現状が変わらない事も、アリサは理解していた。

「でも、必ず敵を殲滅してみせます!!」

『・・・あー、大人しくテンカワを待ってる方が確実なんだけどなぁ』

必死の覚悟を見せるアリサに対して、隣で戦っている戦友の気配は緩かった。
その余りのダレ振りに、思わずアリサは彼が既に勝利を諦めているのかと思ったほどだ。

「確か、貴方も古参組でしたね・・・逃げ出した民間人に何を期待しているのですか?」

『は?逃げる?テンカワの事か?』

トンでもない事を聞いたとばかりに、相手は通信ウィンドウすら開いてアリアの顔を伺う。
アリサとしてもいい加減、テンカワが来ればと連呼して必死の覚悟で戦おうとしない古参兵達に、我慢の限界を迎えていた。

「シュン隊長もそうですが、貴方達は夢と現実の区別がつかないですか!!
 民間人の操るエステバリスが、単機でチューリップを落とす?
 ついでのように戦艦5隻を片付ける?
 そんな存在は有り得ません!!
 戦意高揚の為の嘘を吐くにしても、少しは現実的な話をしたらどうですか!!」

ひしひしと近付いて来る最悪の結末に、ストレスを貯めていたアリサが思わず吠える。
姉を守りたい、その一心で無茶な突撃を繰り返してきたが、心身ともに限界が近い。

どうしようもない現実が足元から迫り来る予感に、アリサの精神はかなり追い詰められていた。

そして愚痴を聞かされていたベテランパイロットは、肩を竦めながらアリサの言葉を聞き流す。
彼等としては一番被害が少ない戦術で、確実な勝利をもぎ取ろうとしているつもりなのだ。
一部、アリサの発言に上官批判も混じっていたが、そこは腕はともかく未熟な新兵という事でこの場では見逃す事とする。

もっとも、後で拳骨の一つでも登頂にお見舞いしてやるつもりだったが。

『この上なく現実を見てるつもりなんだがな。
 そりゃあ、隊長から死ぬ気で攻勢に出ろと言われれば、それに従うのが当然だ。
 だが、今の命令は要約すれば【命を大事に】だろ』

「何を馬鹿な事を――――――――」

アリサが激昂した瞬間、目の前に悠然と浮かんでいた戦艦が突然、炎を吹き上げながら轟沈する。

「・・・え」

『おいおい、予定時間より10分も早いじゃないか、速過ぎるだろテンカワの奴』

「・・・・・・え?」

アリサが固まっている間にも、視界に映った漆黒の機体が、アリサ以上のスピードで空を疾駆し、その手に持つ白刃にて次の戦艦を切り裂く。
前方に立ちふさがる小型の無人兵器など、その目の前に立ち塞がった次の瞬間にはまとめて破壊されていた。

まるで熱したナイフでバターを切り取るように、その次の戦艦も背後の戦艦も隣の戦艦も、ついでとばかりに無造作に切り裂かれ破壊されていく。
先程まで絶望的な存在感で空を蹂躙していた戦艦達が、まるで冗談のように次々と地に伏すように姿を消して行く。

その現実を認める事が出来ないアリサは、完全に機体の動きを止めて呆けた様な顔をしていた。

「な、何ですかアレは?」

『何ですかと言われてもな。
 ・・・少尉の言葉を借りるなら、逃げ出した男の再登場って所かな』





「あー、テンカワ君め、エネルギーパックを途中でパージしたな」

予想以上のスピードで現れた漆黒の機体を見て疑問を解消し、しょうがないなぁと文句を言いながらもレイナは安堵の溜息を吐く。
数の暴力に蹂躙されかけていた戦場は、今度は攻守を替えて桁違いの暴力に蹂躙されていた。
何しろ歯向かおうにも、相手が悪すぎる。
先程までの苦戦は何だったんだと、思わず突っ込みたくもなるものだ。

「まあ何とか勝ったな、エステバリス隊はテンカワの邪魔にならないよう後退、周囲の警戒に務めろ。
 その他の隊員は持ち場を死守、テンカワが取り残した小型の無人兵器が襲い掛かって来るかもしれんからな」

もっとも、無人兵器の性質は、戦場における一番厄介な敵に群がる事を全員が知っている。
そしてそのもっとも厄介な敵が、そう簡単に落ちてくれない事も全員が知っていた。

「あー、肩が凝っちゃったわ・・・」

流石に死地に近い場所に居たせいか、無意識の内に肩に力が入っていた。
レイナはそんな事を言いながら、用意されて自席で方をグルグルとまわす。

少し前の自分では信じられない程に度胸が据わったものだと、内心で自画自賛をしていた。

「すまんなレイナ君、無理を言って。
 君にしかその装置は扱えないらしいからな」

「企業秘密の塊ですからねぇ、仕方が無いですよ」

シュンが申し訳なさそうにレイナに頭を下げ、それを受けたレイナが苦笑をする。
手持ちのエネルギー発生器だけでは、とてもじゃないが増員があった全部隊分をカバーできなかったのだ。
そこで断腸の思いでシュンは、民間人のレイナに参戦を依頼した。

シュンの隊には、レイナが運んでいる小型相転移エンジンが、どうしても必要だったのだ。

そして、ネルガルの極秘機材である小型相転移エンジンは、当然ながら稼動できる人間は限られている。
必然的にレイナは今回の戦闘にも巻き込まれる事となった。

レイナとしてはアキトの戦闘データ及び、機体の稼動データが取れたので願ったり叶ったりではあったのだが。

「それにしても、同時攻撃なんて戦法を蜥蜴共が使うとはな、今まででは考えられない事態だな」

「確かにそうですね」

シュンは長年の軍人としての勘が、激しい警告を出している事を感じていた。
そしてレイナとしても、あの悪夢の誘拐劇と同じような、何か嫌な予感を感じずにはいられなかった。





アキトが戦場に到着してから20分で戦闘は終了した。

敵戦艦は既に全て撃沈しており、最初から防御に徹していた味方も最小限の被害で戦闘を終えている。
しかし、散り散りになって逃げて行く小型の無人兵器を追うだけの余裕はなかった。

幸いにも民間人・軍人を含めて死傷者が出なかった事を知り、シュンは大きく安堵の息を吐いた。

街が更に壊れた事や、戦闘により消失した資産の補償を訴える一部の住人が五月蝿いが、その件については後日軍に訴えるつもりらしい。
今のところは全員が生き延びた事を素直に喜ぼうと、軍人も民間人も巻き込んで、広場にて盛大に火が焚かれていた。

盛大に酔い、殆ど瓦礫と化した生まれ故郷を弔う人達。
さすがに身近で木星蜥蜴との戦闘を経験し、なおかつ殆ど瓦礫しか残らない街を見ては、意固地になって残留を申し出る人は居なかった。

それに、この戦闘を得て、住人達の心には一つの希望が宿っていた。

「お疲れ様、アリサ」

「姉さん・・・」

焚き木から少し放れた位置で毛布に包まりながら、一人珈琲を飲んでいたアリサに、同じように珈琲カップを片手に持ったサラが近づく。

「姉妹揃ってテンカワさんに助けられたわね」

「別に、助けて欲しいと言った覚えは無いです」

一番気にしていた事を姉に突かれて、アリサは憮然とした表情になる。
そんな妹の気持ちを表情から読み取ったサラは、くすくすと笑いながら冷めてしまった珈琲を口に運んだ。

無言のまま焚き木を見つめる双子の周りでは、大声で歌らしいモノを叫ぶ人や、女性の嬌声といった、人々の笑い声が響いていた。

「さっきね、私が説得出来なかったお婆さんが、避難に合意してくれたわ。
 一度この街を離れたら、もう二度と戻れないと思って断っていたそうだけど、考えが変わったそうよ」

「・・・似たような話を、此処に来るまでに何度も聞きました」

「まあ、確かにあんな戦闘を見ちゃったら、ね」

ますます不貞腐れる妹に苦笑をしながら、サラはその頭を優しく撫でる。
決死の覚悟で挑んだ末に、それでも届かない現実に押しつぶされそうになっていた。
しかし、そんな非情な現実を、更に非常識な力で切り裂く存在が居た。

「奴等を圧倒する武器は存在するんです、そして扱える人も居る。
 ならば、私にも努力次第で使えるはずです」

「うーん、負けず嫌いは相変わらずみたいね。
 でも、そう簡単に扱えるようなモノなの?」

「それは分かりません。
 だけど、諦めるつもりもありません。
 何よりお爺様が褒めてくれた、スピードの分野だけは・・・絶対に譲れないんです」

そんな会話をする二人の視線の先には、住人及び同僚から酒を強制されて困り果てている男の姿があった。











「室長、今回の戦闘の報告書です」

「あー、ご苦労さん」

部下から手渡された報告書に目を通しながら、その結果に無意識のうちにテツヤの口元に笑みが浮かぶ。

「面白い内容とは思えないけど?」

それを見咎めた部下のライザが、また悪い癖が出てきたなと思いつつ言葉を掛ける。

「最っ高ぉの内容じゃないか、まさに無敵のヒーロー様だぜ?
 まさか両方の敵を一人で切り伏せるとは、さすがに思わなかったな。
 どれだけ突き抜けてるんだよ、このテンカワ アキトって奴はよ」

楽しくて仕方が無いとばかりに、常にない上機嫌振りを部下に見せる。
相手の限界を見極めるため、少々凝った仕掛けを施したつもりだったが、その罠を力尽くで食い破られた。
テツヤの予想では、街が住民と守備隊を巻き込んで壊滅するか、基地が破壊されるかのどちらかだったのだ。

「しかし、こうなるとチューリップを使った腕試しとかは、もう意味が無ぇな。
 個人が保有する戦闘力としては、破天荒すぎるって事が分かっただけだし底が見えない。
 それに戦力を余り無駄遣いしすぎると、爺さんが五月蝿いからな」

「大赤字になってる事は理解していたのね」

普段は見ない上司の上機嫌振りに若干引きながらも、少々毒舌を挟むライザ。
自分と食事に行った時にも、これほどの笑顔は見せない事を考えると、内心面白くない。

「まあそう言うなよ、あの男を西欧に閉じ込めるために、どれだけ手間暇を掛けたと思うんだ?
 少しくらい遊んでも文句は出ないだろうさ」

「その仕掛けに協力してもらった准将から、更に無茶な要求が届いてるけど?」

具体的に言うと献金の増額だけど。

ライザからそれを聞いてテツヤは冷笑を浮かべる。

「そっちはもう用済みだからな、綺麗に舞台から消えてもらうか。
 派手に消えていくほうが、本人にとって本望かな。
 それより、この前雇った奴は使い物になりそうか?」

「ま、何とか短時間ならね。
 でも、本人の希望とは言えああなると、流石に哀れを感じるわ」

何を思い出したのか青い顔になったライザが、そんな事を小声で呟く。

「価値観なんてもんは人それぞれだからな。
 もっとも、俺はアイツの壊れっぷりは大好きだけどな」

そう言って、テツヤは再び楽しそうな笑みを浮かべる。

「さて次は少々趣向を変えていくか。
 さぁさぁ、高い金を払ってまで招待したんだ。
 せいぜい楽しんでくれよな、漆黒の戦鬼さんよ」

















 

 

 

 

漆黒の戦神 第三話に続く

 

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