< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

 

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第二話

 

 




2197年3月

雇用主に手を上げるという掟破りを行ったアキト。
当然、厳しく怒られるものだと思っていたが、キリュウを始めメンバー一同から逆に誉められていた。

「いやいや、大人しい青年かと思ったらとんでもない奴だったんだな。
 血の気の多い傭兵でも、初日に雇い主を殴る奴はそうそう居ないぞ。
 アキトのあだ名は『狂犬』にしておくか?」

「まずマウロさんに噛み付きますよ」

良い笑顔でアキトがそう言うと、マウロは怖い怖いと言いながらその場を去った。
しかし、仕事が無くなろうとしているのに、怒っている雰囲気は微塵も無いのは何故だろうか。

「ふふん、やっちゃった事は仕方が無いわね。
 それよりも次の職場を早く探さないとね、お父さん」

「まあ待ちなさい。
 まだ先方から契約破棄の連絡が入ってない、その連絡の後でも遅くはないだろう?」

「時間の問題だと思うんだけどなぁ」

リサは背伸びをしながら手元の端末に視線を戻し、次の職場について調査を始める。

「・・・」

ローダーは相変わらず無言のまま、椅子に座って雑誌を読んでいた。
アキトの凶行について聞かされた時も、黙って頷いて終わりだった。

この様に全員に一貫して言える事は、誰も今回の契約破棄について怒っていないという事だ。

その事を不思議に思ったアキトが、キリュウにその事を質問すると意外な解答が得られた。

「今回の仕事については、メンバー全員がそれほど乗り気ではなかったのさ。
 本来、傭兵団が畑違いのシークレット・サービスの仕事など受けるはずはない。
 だけど今回については、私の古い知り合いのプロスペクターという人物からどうしても、と頼まれていてね」

「・・・何処にでも出てくるな、あの人」

プロスペクターの人脈の豊富さに、最早呆れるばかりのアキトだった。

「彼と知り合いなのかい?」

「いえ、多分全知らない人です」

「そうか、まあアキト君とは年齢も違いすぎるしね。
 とにかく、彼の頼みもあったので、一応申込をしたところ無事に採用されてね。
 他のメンバーからすれば、ネルガル会長のシークレット・サービスに素人が雇われる筈が無い、って考えだっただけに、ね」

「なるほど、そういう背景があったんですか」

傭兵稼業をしている人間に、突然シークレット・サービスの真似事をしろと言われても困惑をするだろう。
そういう意味では、アキトの仕出かした事はマウロ達にとって吉報だったのだろう。

結局、その日にネルガルからの契約破棄の連絡は無く、アキトは夕方にはスバル邸に帰って行った。






「という事が有りました」

「ふむ、ネルガルの会長を殴ったか・・・止めはどうした?」

「・・・いや目的が違いますよ、師匠」

「つまらん」

スバル邸のだだっ広い庭の一角で、仄かな明かりだけを頼りに、ユウと並んで木刀を振りながら今日の出来事を報告するアキト。
そのアキトの話を聞き、ユウから出た感想は物騒な確認のみだった。

「しかし、そこまで内部抗争が激しいのなら、良い修行場になったのにな」

「戦争が仕事の傭兵に、シークレット・サービスをさせるのは無謀だと思いますけどね、っと!!」

突然真横から襲い掛かってきた木刀を、アキトはギリギリの所で手に持った木刀で防ぐ。
しかし、次の瞬間には木刀を絡め取られ、腹に突きを入れられていた。

「相変わらず体術のレベルは高いが、それに頼りすぎだな。
 剣術使いがその得物を簡単に取られてどうする。
 次は木刀を絡め取られるような隙を見せないよう、どう受ければいいか考えておけ」

「はい、師匠」

咄嗟に後ろに跳ぶ事で最低限のダメージで済んだアキトが、腹をさすりながら立ち上がる。
その後は何事もなかったかのように、地面に落ちていた木刀を拾い、再度素振りを始める。

3月の冷気が裸足で素振りをする二人に襲い掛かるが、絶えず動き続ける二人の背には逆に汗が滝の様に流れていた。

「そう言えば、キリュウから連絡があったが、お前の雇用は続けたいそうだ。
 ついでに自分の知識も教えると言っていたが、どうする?」

「傭兵の知識ですか・・・俺に必要なんですかね」

「お前はどうにも何事かに集中をすると、他に目がいかなくなるからな。
 集中力が高い事は利点だが、視野を拡げて他の世界を覗く事も必要だろうよっ!!」

「くっ!!」

頭上から落ちてきた落雷のような木刀を受け止め、その勢いを膝を曲げて吸収した後、アキトは素早く体を入れ替えてユウの傍から離れる。

「まあ、木刀を取られなかっただけでもマシか。
 飯にするぞ、アキト」

「はい、有難う御座います」

師匠から木刀を受け取り、頭を下げて礼を言ってからアキトは木刀をかたずけに向かった。





一足先に本家の食堂に入ったユウは、普段のアキトの稽古時には見せない笑顔で、カナデから出された茶を飲んでいた。

「今日はまた随分とご機嫌ですね、お父様?」

「いやいや、あの真面目だけが取り柄と思っていたアキトが、気に入らないという理由で人を殴ったと聞いてな。
 優等生じみた行動しかしない、面白味のない奴かと考えていたのだから余計にな。
 まあキリュウから大よその理由は聞いて納得したが、わしがその場に居ても同じ事をしただろう」

「・・・お義父さんがしたら、血の海になってるんじゃないんですか?」

「なんぞ言ったか、ヒデアキ?」

「いいえ、何も?」

素知らぬ顔でビールを飲んでいるヒデアキを、少しの間睨んでいたユウだったが、やがて視線を外した。

「でも、それだとキリュウさん達の仕事が駄目になるじゃないですか?」

「多分仕事については心配無いだろう、キリュウがそう予想したのなら問題無い。
 あの男は剣術はそれほど上手くなれなかったが、戦場での機を見抜く目と今まで培ってきた戦闘経験は桁外れだ。
 伊達に世界中の数々の戦場で、勇名を馳せておらん。
 ネルガル会長の立場を理解した上で、自分達を雇うしか方法は無いと言っておったからな」

「鬼神・龍神を引き連れていると例えられた不敗の傭兵団、ですか。
 そんなキリュウさんでも、アキト君に興味を示すとは」

最初に見た姿が襤褸雑巾だった為に、未だヒデアキの中ではアキトは少し頼りない青年というイメージがあった。

「この家に来たのも偶然らしいからな、何らかの天運を持っておるのだろう。
 ・・・もしかすると、何かこの時代に大きな名を残す人物なるかもしれん」

「まあ、そんな人がリョーコと一緒になるなんて、最高ですねお父様!!」

「うむ」

盛り上がる親子を見て、逆にヒデアキは少し心配になってきていた。
そこまでの期待を一身に浴びて、アキトは潰れてしまわないか、と。





ヒデアキに心配をされていた本人は、食堂に入る前に久しぶりに会話をしたラピスのご機嫌取りに四苦八苦をしていた。

「いや、本当に忙しくて連絡が取れなかったんだ、御免よラピス」

『・・・』

「今度暇を作って一緒に買い物に行くから」

『・・・本当?』

「ああ、約束だ」

『うん、約束』

「それで早速で悪いんだけど、アカツキの現状を調べておいてくれないかな。
 ・・・どうやら、『戻る』前の時に俺達と合流したのは、今のゴタゴタが終わった後らしいだが」

『ゴタゴタ?』

「ああ、どうやらキナ臭い事に巻き込まれそうだよ」

やはりアカツキを見捨てるつもりは無いアキトは、どうやって介入をしようかと頭を悩ませていた。

『マキビより厄介?』

「いや、どれだけマキビ君の事が苦手なんだ?」

『最近、頼んでもないのに戦隊シリーズをダッシュ経由で勧めて来る。
 頼んでる仕事にも、趣味が反映されてる』

「・・・一度マキビ君とは話し合わないと駄目かもな」





アカツキとのパイプを構築するのか、その方法を考える為に一睡も出来なかったアキトは、欠伸を噛み殺しながら午前の稽古をこなしていた。
それを見咎めたユウにより、何時もよりキツイ襲撃を受けたりもした。
身体のあちこちに残る青痣が、アキトの苦労を物語っていた。

くたくたになりながら、前日にキリュウに連れて行ってもらった建物に出向くと、そこには絆創膏やガーゼで腫れた顔を覆ったスーツ姿のアカツキが居た。
アカツキが見慣れた黒髪に戻っている事に少々驚きつつも、アキトは昨日のバツの悪さもあってぶっきら棒に話しかける。

「・・・えっと、どちら様ですか?」

「・・・昨日の傷はまだ治ってないんだけどねぇ。
 まあ、今日は正式に護衛の契約をする為に、寄らせて貰ったのさ」

黒髪に戻ったアカツキが、引きつった笑みを浮かべながらアキトにそう告げる。
しかし、アキトは胡散臭そうにアカツキを見た後、その後ろに控えているサヤカに声を掛けた。

「何処かで頭でも打ちました?
 もしくは変な薬を服用したとか?」

「心配しなくても、ちゃんと正気のままよ」

「本当に失礼な奴だな、君は」

そう言いながらアカツキは、ビル内に設置されている喫茶店にアキトを誘った。
サヤカが既にキリュウには説明をしてあると補足をしてくれたので、アキトはアカツキの誘いに乗って喫茶店へと足を運んだ。

喫茶店に入りボックス席を三人で陣取った後、適当に飲み物を注文する。
対面に座っているアカツキは、興味深そうにアキトの顔を眺めていた。

「何か?」

「いやぁ、あれだけ殴ったのに、君は腫れ一つ見付からない顔をしてるなってね。
 どうやら本当に手加減をされてたんだと、確認をしただけさ」

「本気なら最初の一撃で、首が90度に曲がってますよ」

「あはははは、面白い・・・冗談だよね?」

アキトの言葉を笑い飛ばそうとしたアカツキだが、冷めた目に迎撃をされて途端に不安になっていた。
微妙に間の抜けたアカツキの愛想笑いを聞きながら、アキトとサヤカは注文をした飲み物に口を付ける。

「良くウチと契約をする気になりましたね?
 正直に言えばあそこまでやったら、当日のうちに首になると思っていたんですが」

「君の所の契約を断ると、本当に誰も僕の事を守ってくれなくなるからね。
 まあ、背に腹は代えられないという事さ」

アキトの質問にそう答えながら、アカツキも注文をした珈琲に手を出す。
暫くの間、手に持っていたカップに視線を落としていたアカツキが、意を決したようにアキトに向けて話し出した。

「少し真面目に生きようかと思い立ってね。
 犠牲になった二人の家族にも、キリュウさんに住所を聞いて顔を出してきたよ。
 残された家族については、『僕』がネルガル会長に就いている間は、保障はさせて貰うと伝えてきた」

その言葉を聞いて、一瞬アキトは驚いた表情を作る。
しかし、次の瞬間には不敵な笑顔を浮かべてアカツキに話しかけた。

「じゃあ、半年後に辞めさせられるのは無様過ぎるな」

「そうなんだよね、流石に格好がつかなくてさ」

お互いにニヤリと笑い合う二人。
アキトは目の前のアカツキに、『戻る』前と同じ気概を感じた。
アカツキは打てば響くように自分の意見を受け入れたアキトに、大学生時代の今は連絡も付かない悪友達を思い出した。

「と言う訳で、今後は身辺警護を宜しく頼むよ」

「ああ、こちらこそ宜しく」






翌日からアキトの生活サイクルの中に、アカツキの身辺警護が含まれるようになった。
もっとも、今まで仕事を干されていたアカツキには緊急の仕事など無く、暇潰しを兼ねて逆にアキトの教育現場を視察に来る余裕さえあった。
身辺警護という意味では、目に見える範囲に護衛対象が居るので、キリュウも強く抗議が出来る筈も無く、なし崩し的に許可を出す事となった。

「・・・日参するほど暇なのか、アカツキ?」

座学が苦手なアキトは一杯一杯の頭を左右に振り、眠気を追い払いながらアカツキに嫌味を言う。

「いや、ほら、ちょっと前まで僕ってグレてたじゃない?
 仕事のボイコットが響いててさ、役員連中に全部仕事が取り上げれられちゃったんだよね。
 今は心を改めてますと、サヤカさんから役員に説明をしてもらって、通常業務の復帰を待ってる状態なんだ。
 それに、キリュウさんの話って結構面白いし、後々役に立ちそうじゃないか。
 というか、テンカワ君始め他のメンバーも、僕の事をナチュラルに呼び捨てにするのはどうかと思うけど。
 雇い主だよ、僕?」

アカツキはアキトから放たれた嫌味をさらりと避けながら、逆に自分の呼び方に苦言を呈する。
もっとも、本人もそれほど気にしている素振りはないので、このままなし崩し的にアカツキの呼び方は固定しそうであった。

そして、アキトが眠そうにしている隣の席で、アカツキはキリュウが用意したテキストを面白そうに眼を通す。
そこには初歩的な戦術について説明と、近代兵器についての説明がびっしりと記入されていた。

「サヤカさんって、あの美人秘書さんだろ?
 役員に掛け合うなんて、彼女にそんな権限があるのかい?
 というか、是非ともお付き合いをお願いしたい、良い身体つきしてたよね。
 年上の女性の色香と言うか、堪らないモノを感じちゃうよ。
 で、アカツキもやっぱり狙ってるのか?」

女性の話なら僕も混ぜろとばかりに、つまらなそうに天井を見ていたマウロが突然会話に参入してきた。

「・・・言っとくけど手を出したら火傷じゃ済まないよ。
 サヤカ姉さんは、ネルガルの立役者とも呼べる重役の一人娘だ。
 本来なら、幼馴染のマモル兄さんと結婚をして、ネルガル会長婦人になる筈だった人なんだよ。
 僕も子供の頃から、何かと面倒を見て貰ってる大切な人だ」

「なるほど、アカツキにとって、色々な意味で頭が上がらない女性なんだな。
 それなら手を出すのは控えておくよ」

予想以上に重たい話を聞かされたマウロは、降参とばかりに両手を挙げてそれ以上の追求は行わなかった。
しかし、アカツキからの追求は終っていなかった。

「リサさんにさっきの会話の内容は、一字一句洩らさずメールしたから」

「・・・ジーザス」

「僕はサヤカ姉さんを守る為なら、鬼にでも悪魔にでもなる!!」





「・・・お前ってシスコンだったんだな、アカツキ」





等というおふざけをしている間に、アキトの貴重な休憩時間は終っていた。
そして、キリュウと一緒に入ってきたリサによってマウロは連行されて行った、行く先は誰も知らない。

「さて、アキト君の過熱気味の頭も少しは冷えたかな?」

「正直に言えばもう少し休みたいところです。
 ・・・というか、俺に戦略とか戦術の話は難しすぎますよ」

「ははは、確かに向いてないかもしれないが、聞いておいて損はないでしょう。
 それに明日は近場の山林で戦闘訓練を予定しているからね、その時にきっとこの知識は必要になると思うよ?」

「はぁ、そうですか」

戦闘訓練は望むところだが、座学は勘弁して欲しいアキトは肩を落としながら力無い声で返事をした。
最近、ユウの修行漬けにより、ますます脳筋化が進んでいるアキトだった。
そして、キリュウとしてはその状態を危惧した上での、座学だったのだ。

「気分転換に何か面白い話とかは有りません?」

落ち込むアキトを見るのも面白いが、アカツキとしては他に面白い話題が無いかキリュウに誘いを入れてみた。

「・・・雇い主から、そんなちゃちゃが入るのも不思議な気分ですが。
 まあ、雑談がてら当面の要注意組織であるクリムゾンの危険人物を、一部ピックアップしておきますか」

クリムゾンの単語がキリュウから出た瞬間、ダレていたアキトから一瞬にして鋭い殺気が立ち上がる。
その殺気を感じ取ったアカツキはその場で凍り付き、キリュウは深く笑みを浮かべた。

「こちらの予想以上に喰い付いてきましたね、見事な殺気も出せるじゃないですか。
 軍人と政治家は嫌いと聞いてましたが、クリムゾンは別格みたいですね」

「・・・それで、危険人物って誰ですか?」

キリュウの軽口を聞き流し、アキトがその先を聞かせろと催促をする。

「戦場で会った事は有りませんが、クリムゾンには「真紅の牙」という裏の組織が有ります。
 勿論、クリムゾンにとって虎の子の組織ですので、メンバー数や構成員は殆ど分かりません。
 ここまではいいですか?」

念を押してくるキリュウに、アキトは無言のまま頷いた。

「しかし、一部名前が判明しているメンバーも居ます。
 クリムゾンに入る前に、派手に働きすぎたり、意図的に名を売る為だったりと、色々と理由は推測できますが。
 名を知られてもなお、裏社会で生き残れている以上、それなり以上の実力者という事が分かります」

「もしかして、キリュウさんも誘われた口なのかな?」

やっとアキトの殺気から立ち直ったアカツキが、凝り固まった肩を解しながら軽口を叩く。
その軽口に対して、キリュウはニコリと笑っただけで返事はなにもしなかった。

「最低最悪の手段を好んで使う、策士のカタギリ テツヤ。
 策よりも肉弾戦を好んで選ぶ、武闘派のヤガミ ナオ。
 目立つところではこの二名が有名ですね。
 ヤガミ ナオについてはある意味、アキト君には組し易い相手でしょう。
 ですがカタギリ テツヤが相手の場合には相性が悪すぎます」

「策ごと叩き潰せば問題は無いのでは?」

アキトの確認にキリュウは残念そうに首を振った。

「その程度と考えてる時点で終っています。
 本腰を入れて相手に策を仕掛けられたら、アキト君のような感情で動いてしまうタイプは、真っ先に潰されますね。
 アキト君に出来る最大の予防策は、叩き潰す事じゃありません・・・相手に対抗し得る策士を味方に付ける事です。
 でないと、後々後悔をしますよ」

神妙な顔で聞いているアキトとアカツキに、何でも一人で出来ると思わないで下さいねと注意をして、キリュウの雑談は終った。






翌日、やはり仕事が回ってこないアカツキは、ネルガル会長室で暇を持て余していた。
自業自得とはいえ、このままでは碌に反撃も出来ないと焦る部分もあったが、今は無茶をする時ではないと自分を律していた。
そこには一度焦りから取り返しの付かない事態を招いた事に対する、教訓が活かされていた。

「あら、今日はテンカワ君達の所に顔を出さないの?」

「一応、ネルガルの会長だからね僕は。
 テンカワ君達は今日は野外訓練らしいから、大人しく会長室に立て篭もっておくさ」

余裕を持って微笑んで見せたアカツキだが、サヤカから放たれた次の一言でメッキが見事に剥がれた。

「お父様との話し合いだけど、何とか納得をしてもらえたわ。
 来週からは山のように仕事が回ってくるから、覚悟をしておいてね」

「う、うん・・・お手柔らかにお願いします・・・」

急に弱気になった新米会長アカツキの姿を見て、クスクスと笑いながらサヤカの爆弾発言は続く。

「それと仕事を再開させる交換条件として・・・私に会長秘書としての役を降りるように、とお父様から言われたわ」

「なっ!!」

何時も支えてくれた、慕っている姉が離れると聞いて、アカツキの顔色が急速に悪くなる。

「別に今日、明日で辞めるわけじゃないのよ。
 でも、年内には辞めざるを得なくなると思うから、ナガレ君は新しい秘書を探さないといけない。
 私の部下で優秀な3名を選抜しておいたから、この資料に一度目を通しておいてね。
 ・・・聞いてるの、ナガレ君?」

自己世界に引き篭もったアカツキに、敬愛する姉の言葉は届いてなどいなかった。






「・・・まあ、雇い主ではあるので文句は言いませんが、邪魔にだけはならないようにして下さいね?」

「るーるーるー」

「ほら、もっと端っこに寄れよアカツキ、車には限られたスペースしかないんだぞ。
 ・・・駄目だ燃え尽きてやがる」

「缶珈琲でも飲む、アカツキ君?」

「リサ、僕も珈琲が欲しいんだけど・・・」

「黙れ種馬、お前は美人秘書のイメクラでも行ってろ」

「じーざす」

「ローダー、先方を待たすのは申し訳ないので、取り合えず目的地に向かいますよ」

「・・・」





ネルガル本社ビルから車で2時間の場所が、キリュウ達が目指した目的地だった。
人里離れた山奥に既に100名を超える兵士が、キリュウ達の到着を待っていた。

「戦闘訓練?」

渡された迷彩服と模擬弾が詰まった銃器一式を受け取り、アキトとアカツキは顔を見合わせた。

「そうですよ、この最近の木星蜥蜴の襲来のお陰で、傭兵の需要は鰻登りです。
 私達はシークレット・サービスという畑違いの仕事に着きましたが、その忙しさを理由に傭兵団としての質を落とす事は命に関わります。
 そんな私の思いを理解してくれる友人・知人連中に呼び掛けて、今回の戦闘訓練に参加をしてもらったのです」

「はあ」

100名を超える完全武装の兵士に見つめられ、居心地の悪い思いをしながらアキトは間の抜けた返事しか出来なかった。

「で、どうして僕まで?」

「物の弾みです」

「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「諦めろアカツキ、無理矢理着いてきたのはお前だろ」

逃げようとするアカツキのスーツの襟首を掴み、アキトは悟ったような表情のまま、着替える為に仮設テントに入っていった。
喚き立てるアカツキとそれを引きずるアキトの姿が消えた後、部隊長と思われる人物が早足でキリュウの元に訪れた。

「お久しぶりです、キリュウ隊長!!」

「皆さんもお元気そうで何よりです。
 しかし悪かったですね、他の仕事も大変でしょうに突然呼び出してしまって」

「いえ、キリュウ隊長からの招集とならば、何をおいてでも駆け付けます!!」

申し訳なさそうに謝罪するキリュウに、尊敬の眼差しで話しかけてくる部隊長。
その視線に苦笑をしながら、次の瞬間にはキリュウのまとう雰囲気は一変した。

「今回の演習で小僧の天狗の鼻を折る。
 それと同時に甘ったれたガキにも活を入れる。
 全員、所定の位置に付け」

「イエッサー!!」

部隊長の声に反応した隊員達が、見事な隊列でその場から駆け去っていく。
それを見送るキリュウの元に、迷彩服に着替えたマウロが駆け寄ってきた。

「隊長、準備完了です」

「予定ポイントに急行、隙があれば狩れ」

「イエッサー!!」

狙撃用のライフルが入ったケースを片手に、瞬く間にマウロは森林の闇へと消えて行った。

「ローダー、お前も行け」

キリュウの言葉を聞いた後、背後に微かに感じていたローダーの気配が完全に消える。

「リサ、各小隊の連携に問題は無いな?」

「既に各隊配置に着いております」

「良し、ならばあとは獲物を放り込むだけだな」

愚図るアカツキを連れて現れたアキトを前にして、キリュウは普段は見せない獰猛な笑みを浮かべた。





「ヤバイヤバイヤバイ!!」

「口を開く前に足を動かせ、アカツキ!!」

至近距離で弾ける模擬弾の音を聞き、木の裏でへたり込みながらアカツキが叫ぶ。
アキトは仕掛けてきた相手にライフルで反撃をしながら、次の瞬間にはその場所からアカツキを連れて駆け出した。

「何で僕はこんな目に遭ってるんだ?」

「俺達の訓練に着いてきたからだろ?」

「何で僕は君達の訓練に着いていったんだ?」

「シスコンが暴走したからだろ?」

「納得した」

「それで納得出来るのか!!」

今度は大きな岩陰に隠れながら、アカツキが息を整えるを待つ。
アキト一人だけなら、何とかこの包囲網を抜けて、目的地であるキリュウの元に辿り着ける自信は有る。
だが、アカツキを庇いながらでは、その目的地は遥かに遠く感じた。

「なら僕はサヤカ姉さんの為に闘おう!!」

「こら、立つな馬鹿!!」

次の瞬間、ペイント弾に狙撃され、アカツキの頭部は真っ赤に染まった。
実に訓練開始から30分後の出来事だった。






「・・・何しに来たんだ、あの男は本当に」

去りゆくアカツキの背中を見ながら、アキトは呆れたように呟いた。
あの後、キリュウから怒声と一緒に渡された装備一式(30kg)を背負って、アカツキには山岳行軍が命じられた。
その距離に絶望の表情を浮かべたアカツキだが、この地では一番ヒエラルキーが低い事を知らされて、泣く泣く出発をしていった。

そしてやっと当初の予定通り、アキトに対する戦闘訓練が開始されたのだった。

今度は遊びは無しだ、と冷めた目で通達するキリュウに、アキトは修行の成果を試せると乗り気だった。
それにしても驚いたのはキリュウの変わりようだ、戦場では相応しい態度だが、普段の柔らかな雰囲気など何処にも見当たらなかった。
これは気を引き締めて事に当たらないといけないな、とアキトは思った。

「先生の修行とは違うからな、「気」でも何でも使っていいぞ」

「使いませんよ、師匠から止められているんですから」

「・・・そうか、まあ好きにしろ。
 この後で、私が目的地到着後に合図を送る。
 そこから訓練再開だ」

キリュウの言葉にアキトは黙って頷く。
そして30分後、空砲の音が響き渡り、アキトはその場から駆けだした。

ボソン・ジャンプは使えないが、『戻る』前にゴートに師事をしていた諜報戦の経験は有る。
今回はその諜報戦の下地に、今迄の修行の成果がどれだけ上乗せ出来たのか確認をするのが、アキトの目的だった。


――――――しかし、アキトの思惑は開始後数分で崩れ去る。


「っ、此処にもトラップか!!」

遅々として進まない現状に焦りを浮かべつつ、足元に仕掛けられた落とし穴のトラップを回避する。
その視線の先には、3人1組で周囲を警戒しながら探索を行う傭兵達の姿があった。
一度、3名同時ならば勝てると思い仕掛けたが、瞬時に他のチームがカバーに入り、2人まで気絶させた後に逃げ出した。
その後は相手の包囲網に見事に捉えられ、トラップゾーンへと誘導され現在に至っている。

アカツキが居ない事で行動の自由を得れば、このテストをクリア出来るとアキトは軽く考えていた。
実際に3対1程度の戦力差なら、勝てると慢心をした結果が今の窮地を招いていた。

何故こうなったのか・・・それは所詮能力任せの諜報戦を経験しただけの、アキトの現状判断力が低かった事が最大の要因だった。

「職業軍人が此処まで厄介だったなんて、まともに相対して初めて分かるものなんだな。
 考えてみれば、『戻る』前は起動兵器の闘いがメインで、諜報戦もジャンプを多用しての奇襲がデフォだったからな。
 素の状態で本職と相対すれば、俺の実力ならこうなるのは当然か・・・」

自分が如何に根拠無い自信を持っていたのか、アキトがそれを認識した時には勝負は決していた。

突然背後に現れた気配を敏感に察知し、アキトはその場を飛び退く。
そこにはゴムで出来たナイフを振り下ろすローダーの姿が有った。

「ちっ、何時の間に!!」

転がりながらライフルを連射するが、その前にローダーはその場から素早く退避をしていた。
アキトがその後を追う為に立ち上がると、足元に空き缶のような物が一つ転がっている事に気が付く。

「!!」

直感に従い、その場から転がりながら距離を取るアキト。
そのアキトの後を追うように、缶から催涙ガスが噴き出してくる。
しかし、逃げ出した先が風下の為、更に移動を強要されたアキトは周囲を確認する間もなく立ち上がり、そして狙撃された。




「開始から約1時間、か。
 思ったより長引いたな」

「これだけの悪条件かつ、キリュウ隊長の指示で動いてますからね。
 ベテランの傭兵でも30分は持ちませんよ。
 当初は10分で蹴りを着ける予定でしたから、末恐ろしい青年です」

部隊長と一緒に、マウロから送られてきた作戦終了の連絡を受け、キリュウは厳しい顔をしていた。
自分達や共闘を依頼した彼等に落ち度は無かった。
つまり、兵士としてはど素人の筈のアキトの実力が、身体能力のみでココまで戦える事を示していた。

「だが、私の理想にはまだ程遠いな、個人の力に溺れすぎている。
 しかも相手の戦力を確認せずに仕掛けるなど、迂闊な点も認められる。
 帰ってきてからはチームワークというモノについて、基礎からとことん教え込むとしよう」

「では、今後も定期的に同じような演習をするのですか?」

「ああ、迷惑かもしれないが頼む」

「いえいえ、逆に楽しみですよ・・・キリュウ隊長が、どのようにあの青年を仕込むのか間近で見れますから」

本当に楽しそうに笑顔で敬礼をした後、部隊長はその姿を仮設テントから消した。

「・・・確かに楽しみだな」

仮設テントに一人残されたキリュウが、初めて頬を綻ばせて微笑んだ。






「アカツキー、生きてるかー」

「・・・水、水を頼む」

「はいはい、ほら水筒だ。
 落ち着いて飲めよ」

「ゴホッ!!ゲホッ!!」

「・・・お約束だな」

「はー、取りあえず一息ついたよ・・・って、何でテンカワ君が此処に?」

「俺もアカツキと同じだよ、最後に狙撃されてペナルティ行き」

「はっはは、そうかテンカワ君もか!!
 いやぁ、仲間が増えて僕は嬉しいなぁ!!」

「何かムカつくな、そう言われると」

「まあ、早くこのシゴキを終わらせて帰ろう。
 僕は熱い風呂に入って、ビールが飲みたい」

「あれ、聞いていないのか?
 この戦闘訓練は、週末の二泊三日の予定なんだぞ」




「・・・何だって〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」







日曜日の夕方、泥だらけの格好でアキトはスバル邸に帰ってきた。

「ただ今戻りました」

「あらあら、見事に泥だらけねぇ
 お風呂はもう湯が張ってあるから、先に入ってらっしゃい。
 何だったら、おばさんと一緒にお風呂に入る?」

「・・・遠慮しておきます」

何故か目をキラキラさせてお風呂に誘うカナデから距離を取りつつ、アキトは靴を脱いでスバル邸に入る。

「もうご飯は用意出来ているから、風呂を上がったら直ぐに食事に来るんですよぉ」

「分かりましたー」

背後から掛けられた言葉に返事をしつつ、家族が居たらこんな会話をするんだろうな・・・と思いつつ、アキトは風呂場へと急いだ。



「随分とやり込められたらしいな」

食卓について食事が始まり、暫く経ってからユウがアキトにそう切り出してきた。

「はい、ぐうの音も出ないほどやられました。
 訓練中は殆ど逃げ回っているか、ペナルティで走っているかのどちらかでしたよ。
 こう見えてもちょっと自信があったんですけどね、所詮素人に毛が生えた程度なんだと痛感しました」

「キリュウを甘く見すぎだ、まだまだ相手の力量を見抜く力が弱いな。
 まあ罰にしても走りこみ程度では、基礎体力を徹底的に鍛えこんでいるお前には意味が無かろうがな」

「俺は大丈夫でしたけど、アカツキが二、三回ほど酸欠で危ない状態になってました。
 むしろアイツの面倒を見るのに、凄く気疲れをしました」

「・・・何故、ネルガル会長の名前が戦闘訓練に出てくるのだ?」

「現実から逃避をしたら、より厳しい現実に捕まったみたいです」

「そうか」

それから暫くは無言のまま食事は進んだ。
今回の戦闘訓練で経験した事を思い浮かべながら、アキトは自分がまだまだ修行が足りない事を思い知ったのだった。
個人対個人の戦闘では確かに負けない手応えは有った。
だが、それが組織体個人の戦闘になると、逆に手も足も出ないような状態に追い込まれた。
確固撃破をしようにも、他のサポートが的確すぎて一対一に持っていけないのだ。

例え実力が抜きん出ていても、集団の運用方法によっては幾らでも押さえ込む手段はあるのだと、アキトは痛感させられた。

「実戦形式で分かった欠点も多いだろう。
 食事の後に稽古を行うから、あまり食べ過ぎるなよ」

「はい、師匠」

「いやぁ、アキト君が居ると和やかな食事が楽しめていいなぁ」

「はいはい、だからと言って飲み過ぎないで下さいね」

やはりアキトが居るとユウの機嫌が良いのか、安心して食事を楽しむスバル家の面々だった。






「少し痩せたわね、あまり遊びすぎは良くないわよ?」

疲労でこけた頬を掻きながら、アカツキは会長室に入ってきた。
先に会長室で仕事をしていたサヤカは、アカツキのその姿を見て笑いながら話しかける。

「知ってて言ってるでしょ、サヤカ姉さん」

「まあキリュウさんから、毎日報告書は提出されているからね。
 久しぶりに、楽しい週末を過ごせたみたいで良かったわ」

会長に就任していらい、週末になると決まって自室に引き篭もっていたアカツキを心配していたサヤカは、今回の訓練参加には賛成派だった。
嫌々とはいえ外出をして、運動をしたという事に変わりはないのだ。

「四六時中、後ろからライフルで狙撃されたり、茂みに引きずり込まれて首を薄く斬られたり、ロープで吊るされる週末なんて楽しくない。
 アイツ等全員オ・ボ・エ・テ・ロ・ヨ」

当時の事を思い出したのか、壊れた笑みを浮かべるアカツキを呆れた顔で見ながらサヤカが書類を手渡す。

「はい、週末に話をしていた新しい会長秘書候補の資料。
 ちゃんと目を通して、選んでおいてね。
 希望があれば面接のセッティングも直ぐに行うわよ」

「あー、やっぱりその話は消えないんだよねぇ
 ・・・後日にでも、テンカワ君もついでに呼んで、面接してみようかなぁ」

少しは精神的にタフになったのか、壊れた笑みを一瞬で引っ込め。
ブツブツと文句を言いながらも、アカツキはサヤカから手渡された資料に目を通しだす。

その姿を苦笑しながら見た後、サヤカは珈琲を淹れるためにその場を外した。

「随分と若い子ばかりだね?」

「ナガレ君と同じ年代の子達を、意図的に選んでいるからよ。
 でも能力に問題は無い事は保障するわ」

「ふーん、同年代ねぇ・・・どうせどっかの重役か役員が、後ろで糸を引いてると思うけど」

「それは仕方が無い事でしょ、はい珈琲」

手渡された珈琲を飲みながら、アカツキは難しい顔をして資料を眺めていた。
出来れば自分の動きを邪魔しない、優秀なパートナーが欲しいところだが、そうそう都合良く見付かるものではない。
今回の資料に書かれている候補者も、能力に問題は無いだろうが少し背後関係を探れば、直ぐに黒幕が分かるような人選だった。

「僕の首に鈴を付けようって所かな。
 あーあ、何処かにタフかつアグレッシブで、有能な美人秘書は落ちてないかなぁ」

「あら、そういう意味なら面白い娘が居たわよ。
 ナガレ君が留守の時に、雇って下さいって自分から会長室に、直接売り込みに来た娘が居たの」

「それはまた・・・アグレッシブ過ぎるような・・・」

手渡された新しい資料には「エリナ・キンジョウ・ウォン」の名前が大きく記入されていた。






「いいじゃないか、美人秘書。
 僕なら直ぐに跳び付くような、羨ましい話だね」

アカツキから強奪した秘書候補の写真を見て、マウロを口笛を吹いて揶揄した。

「マウロさんは気楽で良いよね。
 言ってみれば重役連中からの監視役だよ?
 四六時中見張られてると思うと、僕としては息苦しくて仕方が無いよ」

「ふーん、こんな美人にベットまでお供されるなんて、ネルガル会長って美味しいよなぁ。
 あ、この娘なんて好みだな、この胸が堪らないよね」

「リサさーん、ここに懲りない野獣が一匹いますよー」

「アキトの稽古相手に提供しといて、アカツキ君」

うろたえるマウロを見る事も無く、ウィンドウを睨んだまま経費の計算をしているリサがそう答える。

「了解しましたー
 おーい、テンカワ君、マウロさんに先週に散々狙撃してくれた仕返しをするぞ。
 会長命令だ、思う存分やりたまえ」

「・・・思う存分にやると、ああなるけど良いのか?」

剣術ではなく体術の訓練を行っていたアキトが指差した先には、最早原型を留めていないドラム缶の山があった。
通常の組み手では、残念ながらアキトの相手が出来るメンバーが居ない為、どうしても自主訓練になってしまう。
せいぜいローダーが良い勝負をする位だが、やはり正面からの戦闘ではアキトが本気を出すと5分と持たないのであった。

ちなみに、最初に設置されていたサンドバックが3分で使い物にならなくなって以来、リサの命令でドラム缶がトレーニング室には運び込まれてきていた。
キリュウチームの財布の紐はリサによって握られており、そのリサに逆らうような愚か者は居ない。

「よくテンカワ君と殴り合いをして、僕の顔は原型を留めていたなぁ・・・」

くの字に折れ曲がったドラム缶や、内部から破裂したような形で転がってるドラム缶を見て、冷や汗を流しながらアカツキは呟いた。

「もう一回試してみるか?」

良い笑顔でアキトがアカツキを訓練場に誘う。

「その検証はマウロさんに任せた」

「じーざす」


その日の午後、マウロは3回大空を舞った。


「で、これがアカツキの秘書候補ね」

多少、ストレスが解消したのか、アキトがさっぱりした表情でアカツキが持ってきた資料を手に取る。
そこには秘書候補の写真と名前、それにネルガル内での簡単な履歴とアピールポイントが記入されていた。
どうやらこれ以上の個人情報資料を持ち出すほど、アカツキの頭もボケてはいなかったらしい。

しかし、アキトが見たところその3名の中にはエリナの名前はなかった。

「これで全部なのか?」

「いやもう一人、直接自分を売り込んできた女性が居るけどね、僕としてはもう少しお淑やかな女性を求めててさ。
 あまりアグレッシブ過ぎると、気が休まる暇が無いというか・・・」

「その人の名前は?」

「随分と喰い付くね?
 確かエリナ・キンジョウ・ウォン、年齢は20歳だったかな。
 一応、明日の午後に全員と面接予定だけど、興味が有るならテンカワ君も護衛名目で立ち会う?」

かなり興味が湧いたアキトは、アカツキの誘いに乗って頷いた。

「ぼ、僕も立会いたいなぁ・・・」

「リサさーん、懲りない人が居ます」

「もう一回空を飛べ」

「アイ、アイマム」

リサの死刑執行サインを受けて、アキトが敬礼をしながらマウロに向かう。

「じ、じーざす」






翌日、キリュウの許可を得てアキトはアカツキの背後で控えている状態で、秘書の面接を見ていた。
最初の三人は受け答えを見ている限りでは、確かに優秀かもしれないがアカツキを侮るような態度が見え隠れしていた。
所詮、お飾りの会長職だろうという意識がそこに有る事は、言われるまでもなくアキトにも分かる。
アカツキはそんな三人の視線や態度にも怒る事無く、愛想良く対応をしていた。
そんなアカツキの態度を見て、彼女達はやはりその程度なのかと冷めた目を残して、部屋を去って行った。

アキトとしては後ろから見ている限り、どちらが面接する側なのか分からないような態度だった。

「随分と大人な対応が出来るようになったわね、ちょっと驚いたわ」

サヤカが嬉しそうに弟分の成長を褒める。

「ふふふ、先週に経験した地獄の訓練が僕を変えたのさ。
 ヒエラルキーの最下層に居た時に聞かされた罵詈雑言を思えば、あの程度の侮蔑なんてなんともないね」

姉に褒められたのは嬉しかったのか、座っていた椅子の上で意味も無く足を組み替えて、ポーズを決めながらアカツキが独白する。

「あ、キリュウさんからアカツキ宛に伝言があったんだ。
 今週末も訓練に連行する予定らしいぞ、今度は樹海だってさ。
 強制連行だから逃げても無駄だからな」

「・・・うそーん」

アキトからの伝言を聞き、得意の絶頂から一瞬にして地獄の底に落とされ、青い顔をしてガタガタと震えだすアカツキ。
少しは精神的に成長をしたのかと感心していたサヤカは、先は長いわねと溜息を吐いた。

そんな和やかな時間を過ごした後、アキトにとって本命ともいえるエリナの面接が始まった。

「エリナ・キンジョウ・ウォンです」

記憶にあるエリナより幾分若い姿だが、そこには確かにアキトが良く知るエリナ・キンジョウ・ウォンが居た。
少し緊張気味の表情に、隙無く着こなした黒いスーツを身に纏い、気合を込めてアカツキを睨んでいた。

「まあ、エリナ君の行動力に敬意を表して、この面接を行った訳だけど。
 どうして会長秘書になりたいのかな?」

アカツキの質問を聞いて、一つ深呼吸をした後、エリナは笑顔で凄い事を言った。

「それは会長が誰にも期待されてない、落ち目の状態だからです」






「では、失礼しました」

言うべき事は全て言ったとばかりに、綺麗な笑顔と礼を残してエリナは部屋から出て行った。
部屋に残されたのは白く燃え尽きたアカツキと、笑いを堪えて苦しんでいるアキトとサヤカだけだった。

「良いわね彼女、私は凄く気に入ったわ。
 使えない会長を補佐する事で自分の価値を上げて、やがて一旗上げるつもりだなんて。
 心に思っていても、当人を前にして中々口からは出ないものよ?」

「いや全くその通りですね。
 しかも、ちゃんとアカツキの事も観察していたみたいですね。
 シスコンの根性無の臆病者だけど、負け犬にまでなっていないと思うとは、普通言わないよなぁ」

きっと『戻る』前の時には、今回と同じ様にサヤカに気に入られて会長秘書の座を手に入れたんだろうな、とアキトは笑いながら思った。

「ぼ、僕は彼女だけは絶対に雇わないぞ!!」

必死の形相で何とか精神的復建を果たしたアカツキが叫ぶ。
その絶叫をBGMにして、サヤカはいそいそと採用通知を作成していくのだった。








――――――桜が開こうとする4月、アカツキ達の反撃が始まろうとしていた。






 

 

 

 

外伝第三話に続く

 

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