< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

 

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第六話

 

 






2197年7月

「それでは被告人、前へ」

「ちょっと待てよ、何で俺が被告人なんだよ?」

何時ものように午後出勤をしてきたアキトは、部屋に入った瞬間にマウロとローダーにより両手を拘束されて、そのまま会長室に連行された。

何故か真っ暗な会長室。

そして、アキトの目の前の会長席にのみスポットライトが照らされており、左腕を吊るしたアカツキが神妙な表情で座っていた。

「この法廷での虚偽の発言は許されません、被告人宜しいか?」

「いや、だから被告人って・・・」

「どうやら黙秘を続けるつもりのようです、どうしますか裁判長?」

検察役をノリノリで演っているエリナが、伊達メガネを外しながら裁判長に意見を求める。

「仕方が無いな、彼の師匠を呼びたまえ」

「了解しました」

「いや、ごめん、本気で待って」

命の危険を感じたアキトが、半泣きになりながら通信ウィンドウを開くエリナの腰に縋りついた。
その際、両手を拘束していたマウロとローダーが良い勢いで壁に振り飛ばされていた。

「はいはい、冗談はそれ位にしておきましょう。
 それとテンカワ君、もっと女性は丁寧に扱わないと、後で後悔するわよ?」

暴れるエリナを、両手に手錠を掛けられている状態にも限らず、馬乗りになりながら容易く制圧したアキトに、冷めた目で注意をするサヤカ。
自分達の状態を客観的に指摘され、アキトはその場からバッタの如く飛び上がり頭を上下に下げだした。

「すんません、すんません、すんません、師匠には通報しないで下さい」

「・・・それがメインなんだ」

少々、女性としての矜持を傷つけられたエリナが怒りに顔を染め出す頃、マウロとローダーが揃って戦線復帰を果たす。

「いってー、もうちょっと力の加減を覚えろよなー
 というかー、いきなりアキトを連行しろって命令されたんだけど。
 ナニをやらかしたんだ、アキト?
 もしかしてアレか、エリナちゃんをついに手篭めにしたのか?」

「何でそうなるんですか!!」

「うううっ、私もうお嫁に行けない・・・」

「ちょっと、エリナさーん!!」

「・・・責任は取らないとな」

「ローダーさんまで?!」

「ご祝儀は弾むよ?」

「・・・そろそろ引導を渡してやろうか、アカツキ?」

怒りが許容量を突破したのか、両手に嵌められていた手錠の鎖の部分を弾き飛ばし、自由を手にした猛獣が構えを取る。
かなり本気で怒っているその様子に、歴戦のマウロ達ですら背筋に冷たい汗を掻いた。

普段の姿がヘタレの為、忘れがちだがこの野獣は本気で怒れば、この場に居る全員を瞬殺する牙を持っているのだ。

「はははは、軽いジョークじゃないか、ジョーク!!
 あ、マウロさんとローダーさんには悪いんだけど、これから機密に関する会議をするから、部署に帰ってもらえるかな。
 テンカワ君にはその事で、色々と聞きたい事が有るんで連れて来て貰ったんだよね」

流石にからかい過ぎたかと、アカツキが無事な右手を意味も無く上下に振って、アキトの怒気を逸らそうとする。

「・・・ふーん、機密ねぇ
 ま、あんまり企業闘争に興味は無いからいいけど、巻き込む場合にはちゃんと情報を流してよ?
 後は料金次第で味方につくよー」

「・・・」

アカツキの返事を聞く事も無く、マウロとローダーは会長室を出て行った。
それを見送った後、アカツキはマウロから手渡されていた手錠の鍵を、アキトに向けて放り投げる。

「ま、実際聞きたい事が何かは分かってるでしょ?」

「・・・まあ、な」

受け取った鍵で手錠を解いた後、アキトは手錠と鍵をまとめてゴミ箱に放り込んだ。

「ある程度の腕前は予想してたから、出撃を言われた時に反対はしなかったけど。
 実際はある程度どころの腕前じゃなかった訳ね。
 でも、どうしてアレだけの腕前を持っていて、軍に入ろうと思わなかったの?」

エリナは不思議そうにアキトにそう尋ねた。
DFS開発に当たり、エリナは凄腕と呼ばれる軍のエースパイロットの引き抜きも考えていた。
その為、大抵のエースクラスの配属先や年棒、その実力を映した映像に目を通していた。

しかし、昨日アキトが目の前で見せた機動戦は、そのエースパイロットの腕前すら児戯と思わせるものだった。

この情報が流失する事を恐れたエリナは、訓練所での襲撃終了後に我に返った後、直ぐにレコーダーを摂取し、現場の人間には緘口令を敷いていた。
その独特な嗅覚で、アキトの存在が今後の会長派の追い風になると判断をしたからだった。

そして、その戦闘記録の映像を先程3人で改めて観察し、とんでもないレベルのパイロットであると再認識をしたのだ。

今の三人の脳裏には、どうやってアキトにテストパイロットを引き受けて貰うか、という思惑で満ちていた。
もっともアキトの弱点などについては、とっくの昔に把握している三人が揃っている時点で、アキトの選べる選択肢は限りなく少ない。

「色々と調べてたから知ってるんだけど、エースパイロットクラスの年棒って馬鹿にならないじゃない?
 素人目線でもテンカワ君の腕前なら、直ぐに連合軍でもトップになれると思うけど?
 それに性格上、困っている人を見捨てられないから、迷わず軍に入ると思ってたんだけど?」

「ん、出て行って欲しいんですか?」

それならば喜んで、とばかり扉に向かうアキト。

「冗談でしょ、今更逃がさないよ〜
 巨大企業の恨みを買うと、後々まで響くんだよ〜
 この先の人生、お先真っ暗になるよ〜」

「・・・分かったから、馴れ馴れしくもたれ掛かるな、鬱陶しい」

馴れ馴れしくちょっかいを掛けてくるアカツキを会長席に追いやり、アキトは溜息を吐いた後に説明を行った。

「どうせ俺には、アカツキ達相手に口八丁とかは無理だから簡潔に言うぞ?
 軍に入らないのは軍人が大嫌いだから。
 今まで機動戦が出来る事を黙っていたのは、テストパイロットとかに成って、修行の時間を無くしたくなかったから。
 何処でパイロットの腕を磨いたのか等は黙秘だ、想像にお任せする。
 以上、他に何か質問は有るか?」

「じゃ、特に大きな問題は無いみたいだから、契約書を更新するという事で」

いそいそとアキトとの契約書に、テストパイロットの項目を追加するエリナ。
アカツキに作成した書類を見せて、承認印を取っている。

義理堅い性格のアキトは、一度交わした契約を一方的に破ったりはしない、それが彼等の認識だった。

「いや、ちょっと、俺の話を聞いてたよね、エリナさーん?
 プライベートな時間を減らしたくないから、テストパイロットとかは無理なんだって」

「うるさいわね、人を押し倒しておいてナニを言ってるのよ。
 あんまりゴチャゴチャ言ってると、さっき押し倒した事をセクハラで訴えるわよ」

「ゴメンナサイ」

凄い形相のエリナに一喝されて、アキトの抗議は取り下げられた。
最初は怒りの余波があった為、優位に立てていたアキトだが、相変わらずの詰めの甘さにより見事に絡め取られていたのだった。

怒っている女性に弱い、これもアキトの弱点であった。

「給料はコレくらいのアップで、いいんじゃないかしら」

「あー、ちょっと高くない?」

「何言ってるのよ、連合軍でトップを張れる程の腕前のパイロットなのよ?
 どこぞのお飾りの会長より、よっぽど使える人材よ?」

「泣イテイイデスカ?」

アキトと二人して壁際で黄昏れるアカツキ。
そんな二人を尻目に、書類は凄い勢いで作成されていった。

何だかんだと言って、馬鹿みたいに人が好いアキトは、同じく黄昏ているアカツキの愚痴に付き合っている。
これも三人の計略である事を知った時、アキトはどのような顔をするだろうか。

「サヤカさん、これでどうかしら?」

「うん、良いんじゃないかしら。
 でも、こんな身近な所にエースパイロットクラスの凄腕が居るなんて。
 ・・・やっぱり、ナガレ君の持っている運気は凄いわねぇ」

「というか、運だけで生きているかもね」




大方の予想通り、口でアキトがエリナに勝てる筈も無く、泣く泣く週三日のテストパイロット契約が結ばれたのだった。







「てな事が有りました」

「それ、見事に騙されてるわよ、アキト・・・」

キリュウに業務内容の変更が発生した事を伝えに行くと、事の詳細を聞いたリサが呆れた顔でアキトにジュースを手渡した。
色々と頑張った結果なのか、嫌な汗を体中から流したアキトは、初夏とは思えない程に衰弱をしていた。
脳筋は脳筋なりに全力を尽くしたが、相手が余りに悪かったという事だ。

「まあ、最初から最後まで、アカツキ達の掌で踊ってたみたいだねー」

「・・・片棒を担いだマウロさんに、そんな事を言われる筋合いはありません」

憮然とした表情で笑っているマウロに反論した後、アキトは自分に割り当てられている机に座り、手渡された書類に目を通しだした。
勤務時間などは以前と同じ程度になるように交渉に成功したが、これももしかするとアカツキ達の想定内なのだろうか?

そう考えると、ふつふつと怒りの波動がアキトの内側に湧き上がってくる。

「実際問題、どうしても隠しておきたい秘密なら、アカツキを助ける為に飛び出したりはしないだろ?
 アキト自身が教えてもいいと思ったから、起動兵器で飛び出した。
 それが分からない程、あの三人が鈍いわけないでしょ」

「今回ばかりは私もマウロに賛成。
 本当に隠しておきたいなら、アカツキ君を見殺しするべきだったわね。
 ・・・と言っても、アキトには性格的に無理だと思うけど」

「運が悪かったな」

マウロ、リサ、ローダーから順にそう断言されて、アキトはぐうの音も出ない状態だった。
彼等の指摘は正に正鵠を射ており、アカツキの命と自分の腕の秘匿を天秤に掛ける事すらなく、飛び出していたのは本当だった。

しかし、三人とは違う意見を言う存在も居た。

「本当に運が悪いだけでしょうかね?
 たまたま、ネルガル会長がエステバリスの訓練中に、たまたま、木星蜥蜴の無人兵器が襲来する。
 しかも、今迄データ上では襲撃をされた事が一度も無い、戦略的にまるで価値が無い訓練所がターゲットとなって。
 一つの事象だけなら偶然かも知れませんが、三つ重なるのは意図的なモノを感じます。
 ・・・もっとも、その意図を叩き潰す理不尽がその場に居た事は、アカツキ君の運の強さかもしれませんがね」

珈琲を飲みながら、キリュウが呟いた言葉に、黙って聞いていた3人は驚いた顔をした。
唯一、表情の変化が少なかったローダーも、微妙に考え込んでいる。
そしてアキトは、今回の襲撃の意図が木連には無かったという可能性に思い当たり、愕然としていた。

未来の知識を知るアキトには、木連以外に無人兵器を操れる存在を知っていたのだ。
そしてその存在は、既にアカツキを邪魔な存在として認識をしているというのか?

「それにしても、私も拝見させて貰いましたが、見事な機動戦をしますねアキト君。
 最初はまるで有象無象の敵を、力尽くで薙ぎ払うかのような荒々しい機動をしていましたが。
 ・・・途中からはしなやかさを備えた、名刀を揮う達人の如き機動になっていますね。
 何か心境の変化でもあったのですか?」

キリュウからの質問に、頭の中を整理しつつアキトは返事をした。

「あ、はい。
 最初は全力で敵陣突破をしていたんですが、途中で機体が壊れそうになりまして。
 機体の損壊が急加速・急停止の連続のせいだという事は、直ぐに分かりました。
 師匠に稽古をつけてもらう時も、常に全力でぶつかって行くのが俺の悪い癖ですしね。
 ですが、機体のスペックの問題でそれが出来ない時、心の底から焦りました。
 このままだと、アカツキを助ける前に自分が落とされる、と思ったときに師匠の教えを思い出したんです。
 『行雲流水』流れるままに動きを止めず、次の動きへと活かす、という教えを」

「あの極限下で逆に力を抜き、速度を落とす事を覚えたのですか、全く恐ろしい才能ですね」

アキトが行った事を知り、キリュウは苦笑を浮かべる事しか出来なかった。

「あ、それだけで分かるんですか、流石キリュウさんは凄いですね。
 キリュウさんが言うとおり、余分な機動を極限まで削って、無駄な急加速・急停止を止めました。
 出来る限り動きを止める事なく、次の動きへの布石として活かしていきました。
 ・・・意外なのは、その方が早く動けるようになったという事ですね。
 それから面白いように敵の動きを捉える事が出来て、無理をせずに撃破出来ましたよ」

「それはアキト君が剣術を修める事で、場の流れを見る力と、その流れを利用する術を身に付けたからですよ。
 体術と違って、剣術は重い武器を持つ分、余計な動きは極限まで削ぎ落とす事が目標になります。
 私ごときの才能では至れない境地でしたが、リュウジが昔同じ様な事を言っていましたね」

その境地に至る為に、リュウジがどれだけの地獄を見たのか・・・そんな事を思い出しつつ、キリュウは改めて目の前の天才に興奮をした。
何でもないように話しているが、その才能はやはり飛び抜けているとキリュウは思う。

その証拠に、アキトとキリュウの会話を聞いていたマウロ達は、呆れたような表情でアキトを見ていた。

「ネルガル会長も、随分と良い買い物をしたと思っているでしょうね」






「ほら、ラピスちゃん!!
 次はあのお店に行きましょう!!」

「うん」

カナデに手を引かれながら歩くラピスと、その直ぐ後ろに荷物を持ちながらアキトが歩く。
久しぶりに時間が取れたので、アキトはラピスを研究所から連れ出していた。
一応、後が怖いのでカナデにラピスが来る事を伝えると、予想通り一緒にお出掛けをする事となった。

アカツキが訓練所で襲撃されてから、既に半月が経っていた。
大きな変化としては、レイナが正式にアカツキ陣営に参入した事が上げられる。
その参入の決め手となったものが、アキトの戦闘データだというのは皮肉が利いていたが。

『テンカワ君なら、DFSを使いこなせると確信してます!!
 それとテンカワ君の実力に相応しい機体を、必ず私が用意してみせますね!!』

以前会った時とは、目の輝きが違い過ぎた。
まるで得物を狙う鷹のような瞳に、アキトは不覚にも逆に射竦められそうになる。

後でエリナに訳を聞いた所、最高級の素材を目の前にしたコックと同じ状態、という訳の分からない答えを頂いたのだった。

そして明日、遂に強化型のエステバリスにDFSを積んだ状態で、初の稼動テストが行なわれる。

「ここまで、長いようで短かったかなぁ・・・」

師匠への弟子入りから始まり、何の因果かアカツキのシークレット・サービスに就いたり、軍事訓練を受けたりと忙しかった。
だが、それらは確実に自分の身に力を付けてくれたと、アキトは感謝をしている。

今のアキトには、確実にDFSを扱える自信があった。

「アキト君、早くしないとご飯の時間になっちゃうわよ?」

「あ、はい、分かりました」

店の入り口で待っている二人に向けてアキトが足を速めると、その視界の端に有る意味忘れられない人物が歩いているのを見付けた。



「あと一軒、一軒だけ寄らせてくれぇぇぇぇ
 あそこのラーメンを食べないと、死んでも死に切れないぃぃぃぃぃぃ」

「じゃあ此処で止めを刺してあげる!!」

「でぶぅぅぅぅぅぅ!!」

何やら聞き苦しい悲鳴を上げている存在に、本当は近づきたくは無いが、ラピスとカナデの身の安全の為に仕方なくアキトは声を掛けた。
そう、そこには以前アカツキとアクアの食事会?で顔を合わせた、あのクリムゾン所属の肥満体の男と小柄な可愛らしい女性の組み合わせが居た。

もっとも、小柄な女性に腹部を蹴り上げられ、肥満体が悲鳴を上げているのだが。

「おい、クリムゾンの手下がこんな所で何をしてる?」

「あ、お前は俺に食料をくれた、善い人ナンバー389!!」

「勝手に人様にナンバー付けるなって、何時も言ってるでしょ!!」

「ひでぶぅぅぅぅぅ!!」

「・・・帰るか」

「じゃすとあもーめん!!
 389、助けてくれぇぇぇぇ!!」

「まだ言うのかこの男は!!」

天下の往来で行われる惨劇に、関係者と思われたくないアキトはそそくさとその場を後にした。
そして呆気に取られているカナデとラピスを促して、何事も無かったかのように目的の店に入るのであった。

「あの人達、知り合いなのアキト君?」

「いいえ、赤の他人です」

「そうには・・・見えなかったけど」

首を捻っているカナデの手を引いて、アキトは背後から聞こえる悲鳴を無視して、店の中へと入っていった。



そして買い物が終わり店を出ると、そこには何故か正座をした肥満体が居た。

「ご迷惑をお掛けしました、これから寺に入って修行を積んで立派な僧になってみせます」

「・・・いや、話が飛び過ぎてて意味が分からん」

「せめて、餞別に「雪谷食堂」のラーメンを奢って頂きたい」

「いきなり金の無心とかどうなんだ?」

「でも食べたいんだい!!」

「いい歳をした大人が駄々を捏ねるな!!」

「じゃあ奢れ!!」

「最初の謙虚な姿勢は何処へ行った!!」

「俺の心の中にまだ・・・生きている!!」

「意味無いだろ!!」

思わず渾身の突込みを入れるアキト。
その一撃を鳩尾に受けて、笑顔のまま肥満体は地面に沈んだ。


結局、その店の店主に文句を言われて仕方が無く、アキトは肥満体を引き摺りながらその場を後にした。


「へい、いらっしゃーい。
 って、アキトにラピスちゃんにカナデさんかい。
 ・・・なあアキト、その入り口で引っ掛かってるデブは、俺の店の常連じゃねぇのか?」

「あ、本当にサイゾウさんの店の常連だったんですか?
 という事は、俺が辞めてからの客なんですね」

気絶したままの肥満体を壁際の椅子に立て掛けながら、アキトが残念そうに呟く。
もしサイゾウが顔見知りでなければ、そのまま河原に棄てに行こうと思っていたのだ。

「ラーメン、「雪谷食堂」のラーメンの匂いがするぅ!!」

「匂いで覚醒しやがった・・・」

テーブルに噛り付いてラーメンを探す肥満体の食に対する執念に、アキトは呆れた声でそう呟いた。




「随分と好い食べっぷりねぇ、もう一杯おかわりする?」

「勿論だとも!! 善い人ナンバー405!!」

「恩人の名前くらい覚えろよ、この人の名前はスバル カナデさんだ。
 ちにみに、俺の名前はテンカワ アキト」

「有難う!! 美味い!! おかわり!!」

「・・・聞いてないな」

有耶無耶のうちに同じテーブルに着いた一行は、大量の昼飯を並べて食べていた。
もっとも、約一名によって殆どの料理は消費されているのだが。

心の広いカナデの好意によって、彼の願望は叶えられた。

「でも大変ね、体質のせいで直ぐにお腹が空くなんて」

「ううう、あんたホンマにええ人や〜
 同僚にこの話をしても、全然相手にしてくれへんねん」

「・・・何でいきなり関西弁なんだよ」

「アキト、この人面白いね」

何度か放り出そうと思ったアキトだが、カナデとラピスが楽しそうにしているので実行に移される事は無かった。
その後、何とか食欲が落ち着いた肥満体に事情を聞きだした所、今迄の騒ぎのいきさつはこうなっていた。

休日に趣味の食べ歩きに出たところ、資金が底を着いたので同僚兼彼女を呼び出し、金の工面を願ったところで激怒された、と。

「ていうか、お前に彼女・・・本気で?」

「俺に彼女が居て、何か不都合でもあるか?」

「ある、いや、特に無いけど」

何だか負けた気がするアキトは力無く首を左右に振り、何となくアカツキを呼び出してやろうかと考え出す。
今ならローダーに狙っていた彼女を取られたと叫ぶアカツキに、角砂糖一個分位は優しくなれる気がした。

多分、あの折檻をしていた女性が彼女ではないかと、アキトは姿を思い出しながら予想をした。

「ちなみに俺の名前はダテ サトルという。
 何時かビックになる名前だからな、覚えておくといいぞ!!」

「既に腹回りはビックだな」

「もっとビックになる予定だ!!」

「それ以上太るつもりか!!」

「ふふん、人体の限界に挑戦してやるぜ」

「いや・・・本当に腹回りの事でビックになられても・・・」

「冗談にきまってるだろうが、頭の悪い奴だな」

「・・・カナデさん、ラピス、ちょっと、向うを向いてて下さい」

「いたたたたたたたた!!
 顔、顔が潰れる!!ミシミシ言ってる、いや本当に視界が赤いって!!
 ギャァァァァ!!」


――――――暫くお待ち下さい。


「本当に済みません、随分とご迷惑をお掛けしたみたいで」

ペコペコと誠心誠意頭を下げている女性は、ダテの彼女でハナゾノ ケイコと言った。
長い綺麗な黒髪をした、美人というより可愛らしい顔立ちの女性だった。
スタイルについては、彼氏とは比較にならないスレンダー体型である。

アキトの予想通り、最初にダテを折檻していた女性が緊急連絡を受けて、雪谷食堂に現れたのだった。

「別に良いのよ、私達も楽しかったから。
 それにアキト君は男友達とか少ないみたいだから、結構楽しんでたみたいよ」

「ちょっと、カナデさん!!
 あの男を友達とか、無いですから絶対!!」

不本意だ、とばかりに抗議の声を上げるアキトだが、カナデは笑顔でその声を無視した。

「ダテさんも面白い人よね、お付き合いしてても退屈しないんじゃないかしら?」

「えっと、まあ、ほっておくと何時までも食べ続けてますから・・・
 でもこんな人ですけど、凄い仲間思いだったりするんですよ?
 今お金を持っていないのも、仲間の治療費を工面する為に、自分の給料を差し出したせいですし。
 そんな面倒見の良い人だから、皆からリーダーとして認められています。
 まあ、私に甘える時が何時も食費が足らない時というのは、文句が言いたい所ですけど」

「ふーん、彼の事を良く知っているのね」

おばさん妬けちゃうわ、と言いながらカナデはケイコにお茶を勧める。
そのお茶を礼を言って受け取り、一口飲んだ後にケイコはポツリポツリと話を続ける。

「まあ腐れ縁ってやつですよ・・・幼馴染ですからね。
 昔っから大言壮語ばっかりで、そのくせ努力は大嫌いなんです。
 その癖、自分の夢は必ず叶うって息巻いてて。
 信じられますか、アイツの夢って格好良い悪役になることらしいんです」

「あらあら、それならまずは痩せないと駄目ねぇ」

「全くその通りです!!」

凄い勢いで喋りだしたケイコに、カナデは楽しそうに相槌を打っていた。
そんな二人の間に割り込むような愚を犯さず、アキトはラピスと一緒にサイゾウが用意してくれた杏仁豆腐を口に運んでいた。

「あの人達、本当にクリムゾンの人?」

ラピスが不思議そうに気絶したままのダテと、喋り続けているケイコを見ながらアキトに尋ねてくる。
最初はクリムゾンの人間と聞いてアキトの後ろに隠れていたが、余りといえば余りの姿を晒し続けるダテに警戒心を忘れたようだ。

「そうだよ、イメージが全然違うだろ?」

「うん、まるでマキビみたいだね。
 マキビも時々、変なスーツみたいな服を着て、何か叫びながら飛んだり跳ねたりしてる。
 最初はもう少し、落ち着いた感じの子供だと思ってたんだけど」

「・・・マキビ君、君に一体・・・何があったんだ?」

未だ会った事が無いマキビ ハリという少年に、かなりの不安を感じるアキトだった。






キンジョウ家のリビングにて、エリナが寛いだ格好で雑誌を読んでいると、ぶつぶつと何事か呟きながらレイナが二階から降りてきた。

「お疲れ様、何か飲み物でも飲む?」

「うん、紅茶が良いな」

レイナはソファに腰掛け、持参していた資料に再度目を通しながら、時々、何かを書き加えて行く。
何時も以上に熱中しているその姿に、危うい物を感じながらも、同時に頼もしさをエリナは感じていた。

「はい、紅茶。
 レモンも付けといたわよ」

「あ、有難う、姉さん」

資料をテーブルの上に置き、目元を揉み解しながらレイナは礼を言った。
その後は無言のまま暫し、二人して紅茶の匂いと味を楽しむ。

テレビも点けていないリビングに、静かな時間だけが過ぎていった。

「明日の本番がそんなに不安なの?」

「器材に不安は無いわ。
 一番の懸案事項はテンカワ君の存在よ」

「あら、彼でも技量が足りないなんて、無茶な事を言い出さないわよね?」

もしそんな事を言われた日には、エリナはこのプロジェクトを諦めるようアカツキに忠告するだろう。
どう考えても、現実味が無さ過ぎる。

「残念でした、姉さんの言っている事の逆の心配をしているのよ。
 私達が用意したエステバリス改だと、テンカワ君がDFSを使用したまま高速機動をすると、ハングアップする可能性が有るのよ。
 あれだけ大見得切っておいて、今更相応しい機体を用意できませんでした、なんて・・・ああ、無様過ぎるわ」

落ち込んだ時の癖を発揮して、そのままネガティブ方面に嵌り続ける妹に、エリナは何とも言えない表情をした。
この場合、レイナが悪いのではなくて、提供する相手が常識外れすぎるのが問題なのだ。

実際、怪我が全快したアカツキが試しに乗ってみた限りでは、エステバリス改は見事なスペックを発揮していた。
試乗後にアカツキがレイナの腕前をべた褒めしていた事も、エリナはちゃんと覚えている。

「でも、先週のテスト稼動の時には、何も問題が無かったじゃない」

「あれは事前に私が半分の力で機動をしてくれるよう、テンカワ君に頼んでたの」

「・・・それで、あの動き?」

エステバリス改のテスト稼動の日、ターゲットとして用意されたバルーンをすれ違い様に、一瞬にして次々と破壊していった漆黒の機体が思い出される。
現場から離れて見ているエリナにすら、アキトがどう動いているのかまるで分からなかったのだ。
後になってアカツキにも確認をしてみたが、彼もお手上げとばかりに引き攣った顔をしただけだった。

「ただでさえ機動時の要求に応え切れてないのに、その上DFSの制御を上乗せしたら・・・
 ああ駄目だわ、単純計算でも機体スペックが2割は落ちちゃう。
 その上、三次元的な動きが加わる空中戦なんて始めたら。
 え〜ん、どうすれば良いのよ〜」

遂にカーペットの上をゴロゴロと転がりだした妹に、姉から暖かい励ましの言葉が掛けられた。

「悩め悩め、レイナは追い込んだ方が力を発揮するタイプだしね」

「姉さんの鬼〜」

暫くの間、転がっていたレイナだがその勢いが止まり、やがて天井を見上げたままエリナに話し掛けて来た。

「何であの年で、あそこまで桁外れな腕前をしてるんだろ?
 IFSを使用したエステバリスの採用って、ネルガルが製品化してからまだ2年も経って無い筈よね。
 テンカワ君が16か17歳の時に、エステバリスを操縦するような環境に居たとは思えない。
 それに類似した操作性を持つ軍用機が、そうそう都合良く転がってるなんて有り得ない。
 ・・・じゃあ、一体何処で彼はあれほどの腕を磨いたというの?」

「んー、直接本人に聞いてみたら?
 でも普段は口が軽いけど、隠そうと思っている事には断固として黙秘をするような人だから。
 私は折角捕まえたパイロットを逃がしたくないから、何も聞くつもりは無いけどね。
 あ、それとテンカワ君を攻略するなら一つアドバイス・・・色仕掛けとかなら良く効くわよ」

姉の言う色仕掛けに何を思いついたのか、レイナは突然真っ赤な顔をして動きを止めてしまった。







月明かりの中、スバル邸の広い中庭で二人の剣士が対峙していた。
片方は木刀を右手に持ち、目隠しをした状態で佇み。
もう片方は、木刀を腰に携えた状態で、佇んでいる人物の周辺を静かに移動をしていた。

微かな移動音だけが空に染みていた次の瞬間、木刀を腰に差していた人物が、抜き打ちで目の前の人物の腰を切り裂こうとする。
静かに立っていた人物は、その攻撃対してゆるやかに見える動きで、手に持っている木刀に左手を添えて、その攻撃が身体に当たる前に受け止めた。


――――――辺りに硬木と硬木がぶつかる、高い音が響き渡る。


木刀が交差した状態で、暫く止まっていた二人の動きだが、仕掛けた方が木刀を引く事により再び動きが戻った。

「見事だ、どうやら先の戦闘で何らかの感触を掴んだのは本当らしいな。
 では、次々行くぞ!!」

「はい、師匠!!」

ユウの言葉に明るい声で返事をしながら、その後に襲い掛かってきた連撃をアキトは次々と防いでいった。




「まだ足元の防御が弱いな。
 そんな事では、連続した銃撃を防げんぞ」

「今更自分で言うのも何ですが、剣で銃撃を防ごうという思考回路はどうかと思います」

縁側に座って冷えた麦茶を飲みながら、クールダウンをしていた師弟はそんな会話をさらりとしていた。
そして暇つぶしに二人の稽古を見ていたヒデアキは、その会話の内容に頭痛を覚えていた。

「できんと思うか?」

「いえ、何だかできそうです」

「なら問題なかろう」

「えっと・・・問題無い、ですよね?」

「そこで僕に会話を振られてもねぇ・・・
 一般人の参考意見だと、『寝言は寝て言え』って事になるよ?」

アキトから話題を振られ、呆れた表情で一般論を述べるヒデアキ。
その答えを聞いて、自称一般人の婿養子候補はしきりに首を左右に振っていた。

ヒデアキの目では最早二人が何時動いて、どれだけの攻防をこなしたのか窺い知る事すら出来ないのだ。
そんな状態になっている以上、当の本人達が銃撃を防げると言うのなら、防げるのではないかとしか言いようが無い。
この養父には度々驚かされてきたが、その養父のレベルにこの短期間で近づいた婿養子候補には、更に驚かされるばかりだ。

「それにしても、ネルガルの新兵器のテストパイロットまでこなすとはね。
 どうだい、今度暇な時に僕の職場で戦闘機に乗ってみないかい?」

「それも面白そうですね、俺にはエステバリスでの飛行経験しかないから、普通の飛行機って興味が有ります」

「ヒデアキ、戦闘機は素人が簡単に扱えるようなモノだったか?」

何となく会話に参加したくなったのだろう、ユウがヒデアキに対してそんな質問をしてきた。

「それこそ舐めないで下さいよ、戦闘機乗りになるまでは長い長い訓練が必要です。
 僕がアキト君に言っているのは、サブパイロット席に乗せて上げる程度の話ですよ。
 聞いている限りでは、エステバリスでの戦闘時にも結構なGを受けているみたいですからね」

「確かにマニュアルの戦闘機だったら完全にお手上げですね、IFSの偉大さが身に染みます」

「むぅ、それもそうか・・・悪かったな」

流石に自分の職について誇りを持つだけに、ヒデアキの言葉に素直にユウは謝罪をした。
少し顔付きをキツクしていたヒデアキだが、その謝罪を聞いた瞬間には何時ものほのぼのとした顔に戻っていた。

「話を戻すけれど、ネルガル会長と二人でテストをするんだって?
 色々と話を聞いてて思ったけど、随分と風変わりな会長だね」

「風変わりというより変人ですよ、変人」

親友かつ戦友と認める相手に、容赦なく変人のレッテルを貼り付けながら、アキトは事前に用意をしていたスイカに齧り付いた。
ちなみに同じ様にスイカを食していたユウも、アカツキ変人説に深く頷いて同意をしていた。

「・・・多分、向うも同じ様な事を言ってるんだろうなぁ」

自分のスイカに塩を振り掛けながら、ヒデアキはそんな確信をしていた。

こうして年代からみれば祖父・父親・息子による馬鹿話をしながら、ゆっくりと夜は更けていった。








テスト当日、ネルガルが用意したテスト会場は晴天に恵まれていた。
並んで立っている漆黒と青のカラーリングを施されたテスト用の機体は、太陽の光に焼かれながら大地の上に立っていた。
背後には青々とした山が聳え立ち、目の前の大地の先には海が輝いて見える。
戦闘兵器のテストをする為の土地なので、周辺には民家など当然存在するはずもなく、平坦な地面だけが蜃気楼をくゆらせながら延々と続いていた。

『やー、良い天気だねぇ、テンカワ君』

「ああ、外で計測しているレイナちゃん達が、気の毒になるほどの天気だな」

『よし、ならば帰りに美味しいアイスを食べに行こう!!
 ちなみにテンカワ君の奢りでね』

「・・・遠足に来てる訳じゃないと思うんだが。
 というか、言う事がせこいぞネルガル会長殿」

新兵器を試すテストパイロットの二人には、緊張感などまるで無かった。
そんなパイロット達と違い、計測用の器材を次々と操っているレイナ達には冗談を言う余裕すらなかった。
些細な事で大事故に結びつく可能性が高い為、目を血走らせながらチェック項目を埋めていく。

残念な事にアカツキではDFSを扱えない事が判明している為、本人から試すつもりも無いという申告が既に出されている。
その代わり、新兵器として開発されたレールカノンと新型のラピッドライフルを、全て取り付けて欲しいという話になっていた。
機動戦には既に特化型が存在するので、自分の適性に合った遠距離砲撃・支援型を目指すように決めたらしい。

ある意味、今回のテストの肝とも呼べるDFSは、こうして相応しい持ち主の下にトラブルも無く落ち着いた。

そして主役となるアキトについては、むしろDFS以外の兵装は不要という、アカツキとは見事に対極的な申請がされていた。

それぞれのテスト場に向けて二人が機体を動かす頃には、太陽は存分にその威力を地平に向けて放っていた。



流れ出る汗を拭きながら、係わりのあるスタッフ全員が固唾を呑む中、ついにテストが開始された。

「ふっ!!」

振り抜いた白刃は、何ら停滞をする素振りも見せずに右から左に抜けていく。
その手応えの無さに、本当に刃は通っているのかと疑いたくなりながら、アキトは次のターゲットに向けて最後の加速を開始する。

目の前で左右同時にターゲットが起き上がる。

機体の姿勢を低くして旋回を掛けながら、今までと同じ様に腰だめから白刃を繰り出す。
やはり手応え無く白刃は閃き、そのまま中央を突破して、遂にアキトは最終ラインへと機体を到達させた。

「ふぅぅぅ・・・」

アキトが気息を整えると同時に、背後で切り裂かれたターゲットがゆっくりと崩れていき・・・・連続で爆発を起こした。

「また、つまらんモノを斬ってしまった・・・」

『・・・誰の真似だい?』

「ん、師匠の真似」

ある程度、テスト結果の予想をしていたアカツキ達は、流石に立ち直りが早かった。
アキトの馬鹿な独り言に唯一突っ込みを入れたのが、アカツキのみという事からもそれは分かる。
エリナとサヤカは既に理解する事を諦めていたのか、冷房の効いた観測所であらあら凄いわねぇ、と言いながら茶を飲んでいた。

そして、一番の被害者たるレイナに至っては唸り声を上げながら、端末を必死に操作している。

問題となっているのはその他スタッフ達だった。

自分達の目の前で起こった事に理解が及ばず、口と目を大きく開けたままフリーズしてしまったのだ。
その中にはDFSの作成に係わった工場長や社長も含まれていた。

アカツキが行った射撃テストの時には、歓声は出たがこんな状態には陥る事は無かった。
しかし、アキトのテストが始まってからものの数秒で、彼等の思考は完全に現実を認める事を放棄してしまったのだ

お陰でテスト途中から、データ取りから検証までレイナが一人で必死にこなす事態に陥っていた。

「誰か早く正気に戻ってよぉぉぉぉぉ!!」

レイナの魂の叫びに応える人物は、暫くの間現れなかった。





「簡単にテスト結果をまとめたので報告をします。
 まず、新型ラピッドライフルの攻撃力を1000とします。
 この攻撃力だと、小型の無人兵器の防御フィールドを容易く貫く事が可能です。
 ちなみに、従来のラピッドライフルと比べると、40%は攻撃力が向上していますね」

「へー、それだけでも随分な威力だねぇ」

無人兵器の襲撃当初には、連合軍の兵器が手も足も出なかった事を教えてもらっているアカツキは、その結果に満足をしていた。
コスト的にも新型ラピッドライフルは優れているので、数を揃えればかなりの戦力増に繋がりそうだった。

レイナは説明を聞いている人達を一度見回し、全員が理解している事を確認してから次のテスト結果を発表した。

「その新型ラピッドライフルを元に、レールカノンの攻撃力を算出しますと、3000という値が出ました。
 これは先程儚く散ったDFSのターゲットでも、直撃すれば貫く事が可能な値です」

「へー、見た目が大きいだけじゃなくて、ちゃんと威力もあったのね」

「そうみたいね」

DFSのターゲットには、ディストーション・フィールドが張られている事を事前に説明を受けていたエリナ達は、改めてその威力に驚いていた。
視点を変えてみれば、レールカノンを複数用意する事が出来れば、ナデシコを沈める事も可能という事なのだ。

「レールカノンの今後の課題としては、銃身のサイズを少しでも小さくして、連射機能を強化する事だと思います。
 まあ、威力に比例してコストはかなり高いですが」

「それは仕方が無いよねぇ
 でも僕としてはスナイピング出来るような武器に特化して欲しいな、遠距離から高威力の弾丸を一発で叩き込む。
 う〜ん、最近になってやっとマウロさんの言う拘りが分かってきたよ」

懲りずに戦場に出るつもりなのか、嬉々としてレールカノンの仕様に口を出すアカツキ。
そんな会長をその場に居た全員が、何とも言えない表情で見ていた。

「で、そろそろ目玉商品について教えて欲しいんだけど?」

「・・・」

アカツキがワクワクとした表情で、レイナにDFSのテスト結果を尋ねる。
しかし、アカツキとは対照的にレイナの表情は優れなかった。

「DFSについては・・・攻撃力については計測不能、としか言えません。
 テンカワさんを捕まえてヒアリングした所、意識の集中具合によって白刃の存在密度を有る程度コントロール出来るそうです。
 つまり、エステバリスでの高速移動時に割り振るエネルギーと、通常移動時に割り振るエネルギーでは値が違うという事が判明しました。
 そ、その上、本人が言うには・・・エネルギー容量を調整すれば、白刃の部分を伸ばしたり縮めたりもする事も可能らしいです。
 というか、それだけ変化自由な武器の攻撃力を、どうやって数値化すればいいんですか!!」

隣で困ったように笑っているアキトに向けて、バインダーの書類ごとペシペシと叩きながらレイナが文句を言う。
自分達が苦しむわけでは無いので、アカツキ達はその姿を微笑ましそうに見ていた。

アキトと付き合っていると、誰もが一度は通る道だと悟ったらしい。

「まあ、予想で良いからDFSの攻撃力を教えてよ?」

「予想? 予想で良いんでしたら、DFSの攻撃力は最低でも10000位は確実に有ります。
 用意したターゲットを何の抵抗も無く切り裂いた時点で、この値までなら予想する事は可能です」

病んだ目のレイナにそう断言されて、アカツキの表情も釣られた様に引き攣った。

「はっきりって、現行の技術力ではDFSの攻撃を防ぐ方法は有りません。
 戦艦でも無人兵器でも、当たれば斬り裂かれます。
 唯一考えられるのは、同じDFSによる防御ですが・・・」

その場に居た全員の視線が、のほほんとした顔で茶を飲んでいる男に集中する。

「あの高速機動にDFSの別次元の攻撃力が合わさった場合、誰もテンカワさんを止める事は出来ないでしょうね」





「おーおー、また派手に壊してるねー」

「というか改めて実物を見ると、とんでもない機動をするわよね、あの子」

マウロに奢らせたアイスを口に運びながら、リサが感心したように呟く。
ライフルのスコープからアキト達の様子を見ていたマウロは、同感だとばかりに小さく頷いていた。

「私の知る限り、最高のエステバリスライダーですよ。
 その上、先生に鍛えれらた身体と業が宿っているんですから、DFSという武器は正にアキト君の為にあるような武器ですね」

そう言った後、ジープの中でキリュウは考え込んでしまった。
自分自身で言った事だったが、偶然は三度は続かないというのは、経験則から言っても確かな事だった。
実際、前回のアカツキが襲撃された事件は、裏で何らかの意図が動いているとキリュウは確信をしていた。

そして同じ様な事態を未然に防ぐ為に、こうして離れた位置からアカツキ達を見守っているのだ。

だが、アキトの今の現状についてはどうだろうか?

以前、アキトはキリュウに剣術に興味が有るから、先生の元を訪れたと言っていた。
そして、その卓抜した機動戦の技術を封印し、何故か己自身を鍛え上げる事に集中した。
あれ程の機動戦をこなせる腕を持つのなら、生身の戦闘ではなくパイロットとしての腕前を磨く事が正しいと思うはずなのに。
それにアカツキから聞いた話だと、DFSという武器は謎の人物からの技術提供によって作成されたらしい。

まるで、アキトが扱う事を前提にしたようなその仕様、そしてその武器に振り回されない技量を身に付けようとしたアキト。

「・・・条件が揃い過ぎてますが、私が誘わなければ会長とは無関係の筈ですし、考えすぎですかね」

何故か勘に引っ掛かるモノがあるのだが、決定的な証拠は無い為、キリュウはその考えを纏めようと深い思考に入ろうとした。

「うわっ、何か刃の部分が伸びたり縮んだりしてるぞー
 正に鬼に金棒・・・というより、キチガイに刃物、か?
 きっとアキトのアレもそんな感じに違いない」

「後でアキトに伝えとくね」

「じーざす」

じゃれあってる娘と彼氏の会話を聞いて、キリュウはこの場で思考をする事を放棄した。
娘達もじゃれ合いながらも仕事は真面目にこなしているので、特に注意するつもりは無い。

「少し私も休憩をしますか」

そう言ってクーラーボックスから缶コーヒーを取り出すキリュウに向けて、ローダーが何時もの無表情で走り寄る姿が目に入った。






「連合軍の戦艦が無人兵器に襲撃されてる?」

テスト項目を順調に消化しているアカツキ達の元に、突然訪れてきたキリュウが口早に説明をした内容がそれだった。

「ええ、ここからそうは離れていない海上で、どうやら木星蜥蜴に襲われたみたいですね。
 連合軍も反撃はしたみたいですが、数が多過ぎて押されているらしいです。
 早く此処を引き払って、私達も退避しましょう」

「それは名案、流石にこの短い間に何度も戦場を味わいたくないわ」

即座に撤収の合図をスタッフ一同に送るエリナ。
そのエリナの指示に従い、テキパキと全員が器材一式を回収に走る。
全員が何らかの武器開発に係わるような人材だが、戦場に立ちたいとは一人も思っていなかった。

「しかし、こうもお出掛けする度に木星蜥蜴の襲撃に会うなんて、ついてないね本当に」

ブツブツと文句を言いながらも、エステバリス改に乗り込もうとするアカツキ。
その隣に居たアキトはさっきから気になっていた、襲撃されている連合軍についてキリュウに確認を行った。

「その連合軍の戦艦は、逃げ切れそうなんですか?」

「今のままだと難しいだろうね。
 でも、乗っているのがあのミスマル提督なのだから、早急に救援は出されると思うけど。
 ・・・この周辺には駐屯軍が居ない分、かなり際どいタイミングになるかもしれない」






「まだ救援は来ないのか!!」

「後・・・1時間は掛かるそうです!!」

「む、そうか」

激しく揺れている戦艦の提督席に掴まり、表面上は冷静な仮面を被りながら、コウイチロウは内心で臍を噛んでいた。

木星蜥蜴の襲撃から味方を救う為に出陣をし、無事にその任務を果した後、自分自身が襲われるとは思ってもいなかったのだ。
先程まで一緒に居た味方の艦も今は遠方に居る為、救援信号を受け取っていたとしても間に合いそうに無かった。

何より護衛艦や機動兵器の殆どが、先程の一度目の戦闘で損害を受けた事が響いていた。

「行きのレーダーに引っ掛からないよう、息を潜めていたというのか・・・
 そうなると、目的はこの私が乗っている戦艦という事か?」

今、レーダー上にはコウイチロウが乗る戦艦の後ろに、6隻もの無人兵器の敵戦艦が存在している事を示していた。

そう考えると、一度目の戦闘で余り手応えが無かったのも理解できる。
ある程度の戦力を消費させ、帰り道で油断をしている自分達を待ち構えていたのだろう。

そして、現在。
背後からの奇襲を受けて、コウイチロウの戦艦は大変な危機に晒されていた。

コウイチロウは無人兵器とは思えない戦術に舌を巻きながら、自分の油断により命を落とした部下達の冥福を祈った。

「ちょっとあんた達しっかりしないさいよ!!
 もう少し頑張れば救援がきっと来るわ!!
 何しろこの戦艦には、ミスマル提督が乗っているのよ!!
 私はこんな所で死にたくないし、あんた達も死にたくないでしょ!!」

副官として同乗していたムネタケ サダアキが、必死に部下達を鼓舞する声が聞こえる。
父親と違い、落ち着いた声で諭すような発言は出来ないが、現状をどうにかしようと必死に努力する姿は好感が持てた。
だが現実が非情である事をコウイチロウは良く知っている。
今の状態では、どれほど頑張ったところで助かる方法は無いと分かっていた。

揺れる戦艦の中でコウイチロウは娘の事を思い出していた。

自分の庇護の元を飛び出し、ネルガルの新造戦艦に乗り込み火星へと旅立って、既に9ヶ月が経とうとしている。
せめてもの便りとして、何度もメールを送ったりしたのだが、その返信すら途絶えて半年近くが経った。
ネルガルに怒鳴り込んだところで、機密ゆえに教えられないと突っぱねられる日々。

「・・・疲れていたのかもしれんな」

今回の油断の原因を自分なりに解析した結果、自業自得ではないかと思えた。

「前方に敵戦艦5隻の増援を確認!!
 逃げ道を防がれました!!」

更に絶望的な報告が、オペレーターから報告される。
思わず絶望の呻き声が出そうになるが、艦長を任されている中佐は気丈にも反撃を指示した。

多勢に無勢となった現状では、この抵抗もそう長くは続かないだろう。

「敵の少ない方に、突撃をするしか無いのか・・・」

最後の足掻きをしようと、コウイチロウが艦長に指示を出そうとした時、再度オペレーターから報告が上がる。

「前方の敵戦艦、4隻・・・いえ、2隻に減りました!!」

「ちょっと何言ってるのよ!!
 敵が訳も無く消えるはずないでしょ!!
 もっと正確に報告をしてちょうだい!!」

コウイチロウや艦長が問い詰める前に、ムネタケがオペレーターを叱責した。

「はい!! 現在レーダー上には敵戦艦が1隻・・・いえ、存在しておりません!!」

オペレーター自身、訳が分からないとばかりに大声で報告をする。
その内容は支離滅裂だが、現状として逃げ道が出来た事は確からしい。

「何よそれ、何かの罠なの?」

「確かに罠かもしれんが・・・死中に活を見出す場面かもしれん。
 艦長、空いた空間を目指して突っ込むぞ!!」

「はっ!!」

背後からの攻撃に全力で防御フィールドを張りつつ、コウイチロウが乗った戦艦は撤退を開始した。
それを追う為に、6隻の敵戦艦が無人兵器の群れを輩出しつつ、悠然と追撃に入る。
オペレーターは必死に周囲に味方が居ないか目を凝らしていた。

それ故に、オペレーターは気付いた。
自分達が乗る戦艦を通過し、敵戦艦に向けて加速するその機影に。

「敵戦艦にエステバリスと思われる機体が、単機で向かっています!!」

「今更単機で何が出来る!!
 直ぐに帰艦するように伝えろ!!」

その報告を聞いた艦長が、苛立つように命令を出す。
英雄行為に憧れた馬鹿か、自殺願望がある馬鹿のどちらかだと思ったからだ。

しかし、現実はその艦長の予想を全て覆していた。

「駄目です!! 認識マークがアンノウン!!
 通信も繋がりません!!」

「何だと?」

ならば何処の軍に所属する馬鹿者だ、と全員が通信ウィンドウに映る漆黒のエステバリスを初めてまともに目にした。

「アンノウン、加速を止めません!!
 そのまま敵戦艦と接触!!」

悲鳴のような声でオペレーターが報告すると同時に、その戦艦は真正面から左右に切り裂かれた。

「なっ・・・」

視覚に入った映像が、余りに衝撃的過ぎる場合、人はその内容を処理しきれずに動きを止める。
今、ブリッジに居た全員がその状態に陥っていた。

彼等が自失をしていた時間は約1分弱。

僅かな時間の間に、更に漆黒のエステバリスが持つ白刃は舞い踊り、敵戦艦は残り3隻となっていた。

その機動は優美な中に真剣の如き鋭さを持っていた。

残りの戦艦が、数多の無人兵器が、この戦艦よりも優先すべき撃墜対象としてアンノウンに襲い掛かる。
だが、それらの集中砲火によりアンノウンが傷つく姿が、誰にも想像が出来ない。
そして全員の予想通りに、無人兵器達を木偶人形の様に蹴散らし、また戦艦が一つ沈められる。

爆発の閃光を背にし、白刃を手に舞い踊る姿は、既に芸術と呼ぶに相応しい域だった。


――――――だが、それは死の舞踏だった。


『お久しぶりです、ミスマル提督』

「ぬ、君はネルガルの・・・」

突然通信ウィンドウを繋いできた、パイロットスーツを着た若い青年にコウイチロウは見覚えがあった。

『就任時に挨拶に行った時、以来ですね。
 ネルガル会長のアカツキ ナガレです。
 ナデシコのビック・バリア突破時には、庇って頂き有難う御座います』

「それは、こっちの都合もあったからな。
 それよりも、あのエステバリスとその武器は君の所の新兵器かね?」

『その通りです、まあ企業秘密なので此処で話せる事は限られていますので、その点についてはお察し下さい。
 おっと、失礼!!』

コウイチロウとの通信ウィンドウを脇にずらし、アカツキが真剣な表情でスコープに視線を合わせる。
次の瞬間、ウィンドウ画面が連続して揺れる。

『ほい、スコア3追加っと・・・まあ、向うに比べて地味なのは仕方が無いか。
 さてと提督、ここはネルガルが撤退のサポートをしますので、早急に移動をお願いします。
 ナデシコの件についての恩返しのつもりなので、ロハで良いですよ』

「むぅ、こちらとしては聞きたい事が山のようにあるのだがね?」

『今は勘弁をして下さい。
 そちらからも見えてると思いますが、私自身も戦闘中なので。
 後日、詳しい説明をしにお伺いします』

「・・・民間人に軍人が救われるのも、本末転倒なんだがな。
 まあ、私の面子より無駄な死者を増やさない事が大切だな」

コウイチロウは無言のままアカツキに軽く頭を下げた後、視線で艦長に退却を指示した。
その意味を察したのか、艦長は素早く退却をクルーに指示する。

『では、失礼します』

「うむ」

その時、閉じかけのアカツキのウィンドウから別の人間の声が微かに聞こえた。

『すまんアカツキ、右側から無人兵器が4機抜けた!!
 提督の乗る戦艦に向かったぞ!!』

「了解、任せておきなよテンカワ君」






「テンカワ、だと・・・いや、まさかな」

振り返ったコウイチロウが見たのは、最後の無人兵器の戦艦が真中から真っ二つにされる姿が映し出されたウィンドウだけだった。








手に持っていた非公式の感謝状をテーブルに叩きつけながら、ムトウは嘲る様に技術部の責任者に視線を向けた。
そこには感謝状と一緒に贈られてきた、秘密兵器の戦闘シーンが流れていた。

「お優しい事に、この秘密兵器については世間に公開をされないそうだ。
 まあ軍人が民間人に救出されるというのは、スキャンダルにしかならないという面もあるかもしれないが。
 ただし、今回の件について詳しい説明をして欲しい事と、このパイロットに是非とも会って感謝がしたいとの要望が条件だがな」

「・・・」

ムトウの声を聞いても、何も反論をせずに技術部の責任者は憑かれたように戦闘シーンを見ていた。
釣られたようにムトウもその画面に目を向けて、思わず唸り声を口から漏らす。

そこには有る意味、存在してはならない存在が舞い踊っていた。

「まさに死神だな」

紙の如く切り裂かれる戦艦、木の葉の如く舞い散る元無人兵器達のパーツ達。
死神の行く手を遮るものは無く、その白刃を携えた動きは縦横無尽に命を刈り取って行く。

「凄い、なんて見事な機動なんだ・・・このテストパイロットが居れば、もっと凄い兵器が作れる!!
 一体誰だ!! このパイロットは誰なんだ!!」

感涙を流しながら、必死にメールを打ち始める技術部の責任者の姿に、思わず呆れたような顔をムトウは向ける。
まさか今迄の自分の行動を無視して、会長に直々にメールを出すつもりなのだろうか?

これまでの付き合いから、この男の思考回路を思い出し・・・ムトウは重い溜息を吐いた。

「おい、その男を会議室から放り出せ。
 ・・・もう使い物にもならんだろ」

元々、この男は社長派や会長派などの派閥争いに興味を持っていた訳ではない。
自分のやりたい武器開発を、制限無く行えるのが偶々社長派だった為に、こちらに着いただけの関係なのだ。
無理矢理こちらに縛り付けたところで、今後も役に立つとは思えなかった。

「良いのですか?」

秘書が冷めた表情で男を連れ出しながら、確認をしてくる。
ムトウはその問い掛けに、苦々しい顔で頷いた。
放り出した後で、会長派に拾われるかどうかはムトウの知った事では無い。

男を放り出した後、改めて会議室内に残っている面々にムトウは現状を語った。

「今回の事件を機に、中立派が大きく会長派に取り込まれた。
 実際、会長派が開発した新兵器の数々を優先的に買い取るという大口契約が、ほぼ確約されたからだ。
 それに伴って、表沙汰は出来ないが会長自身とミスマル提督の間に、恩人という名の太いパイプまで出来てしまった。
 そして、我々が一笑に付したDFSは・・・桁外れの武器として、軍に紹介されてしまった訳だ。
 さて諸君、ここから挽回をする手順として、何が考えられるかね?」

喧騒が会議室を満たすが、建設的な意見は何も出てこない。
ムトウ自身、何らかの名案が出て来る事を期待はしていなかった。
言ってみればこの会議は、動揺著しい社長派陣営のガス抜きの為に用意したものなのだ。

背後に控えている秘書に、ムトウが無表情のまま指示を与える。

「このテストパイロットを何としても会長派から引き抜け。
 それが無理な場合は、最優先で処理をしろ」

「はっ」








――――――8月、敗者を決める戦いは激しさを増していく。






 

 

 

 

外伝第七話に続く

 

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