< 時の流れに >

 

 

 

 

 

第十六話.「僕達の戦争」が始まる・・・これが、歴史の答えなのか!!

 

 

 

 

 

 

 シュゴォォォォォォォ!!

 

 

              ゴォォォォォォォ!!

 

 

                      ドォォォォォォォォォンンン!!

 

 

 ナデシコの貨物ブロックから、三機のジンタイプが飛び出した。

 ・・・ジンタイプにしては随分と小柄だが。

 多分、偵察を目的としたタイプなのだろう。

 こんな所にも歴史の変動は現れている。

 

 ナデシコから少し離れた位置に漂っていた俺は、飛び立つジンタイプをはっきり確認出来た。

 北辰には、見事に艦内で振り切られてしまったのだ。

 やはり・・・侮り難い男だ。

 

 そして・・・俺はやはり、過去に関与するべきでは無かったのではないのか?

 木連の武器は過去よりも強力になり。

 俺の存在が更なる悲劇を招いている。

 

 いや、そんな事を今は考えては駄目だ。

 全てが終わった時に・・・その答えは俺の前にあるだろう。

 

 

 そして、俺の体内で闘志と鬼気が膨れ上がる!!

 

 

「・・・その為にも、北辰!!

 貴様との宿業!! ここで終わらせてもらう!!」

 

 

 ドゴォォォォォォォォォ!!

 

 

 背後のスラスターから盛大な光を吹き出しながら。

 俺はガイのエステバリスを発進させた。

 ウリバタケさんの制止の声を無視して。

 

 

 

 

 ガイのエステバリスには勿論、小型相転移エンジンなど搭載されていない。

 つまり、ここで北辰を逃せば・・・

 野に毒蛇を放置する事になる。

 確かに俺は北辰を実力で越えた。

 しかし、それは個人対個人の話であり。

 ・・・組織対組織の話では無いのだ。

 個人対組織では前回の二の舞。

 いや、その教訓は既に心と身体に刻み込んでいる。

 二人目のあの子は作らない!!

 

「・・・北辰、手加減は無しだ。

 お前は危険すぎる。」

 

 

 ゴォォォォォォォ!!

 

 

 俺が操るエステバリスは更に加速を開始した。

 

 

 

 

 

『ふむ・・・逃げ切れんか。』

 

『ならば私が囮に!!』

 

『ただの囮役では、死ぬ意味が有るまい。

 ・・・いやまてよ。

 ここは、我が囮になる。』

 

『な、何故っ!!』

 

『テンカワ アキトには我等・・・では、勝てん。

 だが、奴を殺す策は幾つでもある。

 その一つを実行するまでよ。』

 

『その策とは?』

 

『お主は黙って艦隊に退けい。』

 

『・・・はっ。』

 

 クルッ!!

 

 

 ゴォォォォォォ!!

 

 

『くふふふふ、足掻くがいいテンカワ アキト。

 我とお前の戦いは、共倒れこそ相応しい。』

 

 

 

 

 俺の目に、一台のジンタイプが引き返してくるのが見えた。

 時間稼ぎのつもりか、北辰?

 ・・・しかし、一台だけとは。

 いや、今はどんな邪魔者だろうと切り倒すのみだ!!

 

 

 ブゥォォォォォォォンンン

 

 

 俺は出撃の時に持ち出していたDFSを発動させた。

 

 そして、俺のエステバリスとジンタイプの距離が縮まり・・・

 何故だ?

 何故、攻撃の気配が無い?

 こいつは一体何を考えているんだ?

 

 ・・・フェィントを掛けてみるか。

 

 

 ビュン!!

 

 

 鋭角に進路を変更し、進行方向をずらす。

 

 

 ビュン!!

 

 

 暫しのタイムラグはあったが、俺の動きに見事にジンタイプはついて来た。

 このエステバリスでも・・・振り切れない相手では無いが、今は時間が惜しい。

 ならば、動けない程度に破壊させてもらう!!

 

 俺はそう決断すると、更にエステバリスを加速させ。

 敵との距離を急速に縮める。

 

 しかし、未だ敵はノーリアクションだ。

 

 

 ・・・ええい!! 迷っている時間も惜しい!!

 

「・・・背後のエンジンを破壊させてもらう!!」

 

 

 ギュン!! 

 

 

 素早くジンタイプの背後に回り込み。

 掲げたDFSを、その背中の動力炉に向かって・・・

 

 何故、反応が無い?

 少なくともこのパイロットには、俺の動きの影を捉えるほどの腕前はあるはずだ!!

 

 何かが俺の勘に触る・・・しかし、今は時間が惜しい!!

 迷いを振り払う様に、俺はDFSを振り抜こうとして・・・

 

 

『駄目ですアキトさん!!』

 

 

 ルリちゃんの制止の声に、動きを止めた。

 そして、未だ動きの無いジンタイプから素早く距離をとる。

 

「ルリちゃん・・・どういう事だい?」

 

 通信ウィンドウに映るルリちゃんに、俺は質問をする。

 

 そして、横目で確認をした機影は・・・光の点になりつつあった。

 そう、北辰達との距離は絶望的なモノになっていた。

 

 俺はそう思った。

 だが、事実は・・・

 

『・・・木連の艦隊に、今の映像を取られています。

 今のアキトさんは、『無抵抗の友軍を虐殺する地球連合の手先』だそうです。』

 

 くっ!! そういう・・・事か!!

 相変わらず卑劣な手を使う!!

 

 

 バシッ!!

 

 

 俺は左の手の平に、右の拳を打ち付けた。

 怒りの矛先を向けるべき相手は、既に手の届かない場所に居る。

 

『今のアキトさんの立場は・・・既にナデシコのパイロット、だけでは有りません。

 地球連合の顔とも言えます。

 残念ですが、その無抵抗のジンタイプを破壊するのは・・・』

 

 俺の苛立ちを感じたのか。

 ルリちゃんが気遣わしげに、俺に声をかける。

 

「ああ、解っている・・・」

 

 

 ピッ!!

 

 

 その時、俺の目の前に通信ウィンドウが開いた。

 一体、誰からの・・・!!

 

『くくくく、どうしたテンカワ アキト?

 我を追いかけて来たのではないのか?』

 

「・・・!!」

 

 握り締めた拳に更に力が篭る。

 俺を挑発する為に、自から囮になるとは!!

 

 俺は殺意を増加させた視線で、通信ウィンドウに映る北辰を睨んだ。

 しかし、エステバリス自体は指一本も動かしてはいない・・・

 

『ふむ、挑発にはのらんか。

 ・・・どうやら我の策を見抜いた様だな。

 艦隊の目の前で無抵抗の我を殺せば、お主の価値は地に落ちたろうに。』

 

「・・・そして、その映像を敵味方に公開し、俺を社会的に抹殺するつもりだったのか?」

 

 

 ニヤリ

 

 

 北辰が不気味に笑う・・・そう、あの笑みだ。

 俺の記憶から消えない、あの爬虫類を思わせる・・・

 

『その通りよ。

 我の命とお主の戦線離脱・・・木連の利益は計りしれんわ。

 地球の軍人は、体面を第一に考えるからな。

 それは派手に、宣伝をするつもりだったのだがな。

 くくくく、慌てる地球連合の軍人の顔が目に浮かぶわ。

 きっと、我等と同じ運命をお主も辿るはずよな。

 それに木星にいる馬鹿な和平推進派を、黙らせる事も可能よ。

 なにせ、お主は木連にとって最強の敵なのだからな!!』

 

 

「くっ!!」

 

 

 悔しがる俺を見て、心地良さそうに笑う北辰!!

 今、こいつの乗るジンタイプを切り裂けたなら!!

 

 俺は・・・この誘惑に必死に耐えた。

 

 それは、木連との和平の為。

 ナデシコの皆が笑って地球に帰る為にだ!!

 

『今日は実に有意義な出会いであった。

 まだ、お主と我の戦いは始まったばかりよな・・・テンカワ アキトよ。』

 

 

 ゴォォォォォォォォォ!!

 

 

 そう言い残して、北辰の操るジンタイプは悠々と飛び去って行った。

 後には・・・唇を噛み締めている俺が取り残されていた。

 

 

 

 

 

「・・・ルリちゃん、あの情報の提供者は?」

 

 俺は疲れた声でルリちゃんにそう尋ねる。

 ・・・自分自身すら焦す憎悪の炎が、俺の内で燃え盛っていたからだ。

 

 その炎も今では少し大人しくなっている。

 だがソレはいくら静まろうとも、消えはしない。

 そう、二度と消える事はないだろう。 

 

『はい、私のプライベートアドレスにメールで知らせが着きました。

 これは、私があの時に使っていた秘匿アドレスです。

 ・・・アキトさんの予想されていた通りの人ですよ。

 それと、ミナトさんとレイナさんは無事に、白鳥さんの艦隊に保護されたそうです。』

 

 複雑な表情でルリちゃんがそう言う。

 そう、今の俺達と彼は敵同士なのだ。

 

 だが、ミナトさんとレイナちゃんの無事が確認出来たのは朗報だ。

 

「そうか・・・これで木連に一応、一つパイプが通じたな。」

 

 俺の肩からやっと力が抜ける。

 

『ええ、そうですね。』

 

 俺、ラピス、ルリちゃん、ハーリー君・・・この四人だけが時を越えた理由。

 それは明確には解らない。

 だが、年齢も性別も違う俺達の共通項はIFS体質で、ジャンパーだと言う事だった。

 もし、この予想が正しければ・・・もう一人、この世界に戻っている男が存在するはず。

 その予想は今日実証された。

 

 今後の予定は彼との・・・タカスギ サブロウタとの連携が必要になるだろう。

 

 

 悲観的な事件ばかりだが、少なくともまだ俺は生きている。

 ならばあの時の様に・・・足掻くのみだ!!

 

 

 

 

 

 

 シュォォォォォォォンンンン!!

 

 

 俺がナデシコに戻ると・・・整備班の人数が少ない事に気付いた。

 

「ルリちゃん。」

 

 俺は腕のコミュニケでルリちゃんに連絡を取る。

 

 

 ピッ!!

 

 

『はい、何でしょうかアキトさん?』

 

 俺の呼び掛けに、ルリちゃんは直ぐに対応してくれた。

 

「整備班の人達の数が少ないみたいだけど・・・何かあったのか?」

 

『北辰の置き土産です。』

 

 置き土産?

 ・・・嫌な予感がするな。

 

『相転移炉の制御室に爆弾を仕掛けられました。』

 

「おいおい!!」

 

 さらり、ととんでも無い事を言うルリちゃんに俺は焦った声を出す!!

 

『あ、大丈夫ですよ。

 時限式じゃなくて受信式でしたから。

 逃走後に電波が送られてきましたが、オモイカネでブロックしました。』

 

「そ、そうなのか・・・じゃあ、今は解体作業をしているのか?」

 

 ・・・こんな時には・・・喜んで参加してるだろうな。

 

『はい、ウリバタケさんを先頭に皆さん大張り切りです。』

 

「ははは、そうなんだ。

 俺も少ししたらブリッジに行くよ。

 それと・・・ラピスは、どうだい?」

 

 俺は今、一番気になっている事をルリちゃんに質問した。

 あの時の様子を考える限り・・・ラピスの一番深い心の傷を抉ったはずだ。

 

 そして、通信ウィンドウのルリちゃんは、少しの間後ろを振り返り。

 俺に報告をした。

 

『・・・かなり、酷いです。』

 

「そうか・・・直ぐにブリッジに向かう。」

 

『はい。』

 

 

 ピッ!!

 

 

 そして、ルリちゃんの通信ウィンドウは閉じた。

 さて、早くラピスの元に行かないと。

 

 ・・・だが、歩き出した俺の足を止めたのは。

 

「アキト・・・ちょっといいかな?」

 

 気弱げなユリカの言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 その気弱げなユリカを見た瞬間。

 

 封印したはずの記憶が鮮やかに蘇る。

 それは、二度と見たく無かった光景であり。

 自分の弱さを思い知らされた日で。

 そして、悪夢が始まった瞬間だった。

 

 

「ユリカ〜〜〜〜〜!!」

 

 

「アキト〜〜〜〜〜〜!!」

 

 

 お互いに必死に伸ばした腕は、大切な伴侶を繋ぎ止める事は出来なかった。

 抜けるような青空に散ったシャトル。

 幸せの第一歩を踏み出した記念の日。

 大切な家族と仲間達に見送られながら。

 ・・・6月の花嫁と花婿の人生は終わった。

 赤い瞳を持つ男に、二人の幸せは奪われてしまった。

 

 

 幾度、泣き叫んだ?

 何度、扉を拳が砕けるまで殴りつけた?

 声が枯れ、血を吐き出すまで、何時間名前を呼びつづけた?

 

 廊下ですれ違う度に。

 実験中の悲鳴を聞いた時に。

 自分がモルモットにされていた時に。

 そして・・・あの科学者に、ユリカを遺跡に取り込んだと告げられた時に。

 

 ユリカが遺跡に取り込まれた次の日、俺は五感を奪われた。

 動かない身体の中には、あの禍々しい炎だけが激しく燃えていた。

 

 今までの俺の人生が終わり。

 新しい俺が生まれた瞬間だった。

 

 無力を痛感した。

 だから月臣とゴートを師に仰ぎ、俺は修羅へと変じた。

 

 心が死んでいった。

 だから殺せた、幾千の人達を・・・・あの火星の後継者と言う名の狂信者達と一緒に。

 

 そして、復讐が終わり。

 両手と身体を血塗れにした、カラッポの俺が残された。

 

 夢も希望も何も無い。

 そう、無気力に生きていた。

 

 あの事件が起こるまでは。

 

 俺は・・・俺達は過去にジャンプをした。

 今、歴史は変わりつつある。

 

 そして今日・・・奴は俺とユリカの前に再び姿を表した。

 

 

「アキト? どうした・・・!!」

 

 

 ガバッ!!

 

 

 俺は・・・気付いた時には、ユリカを強く抱き締めていた。

 

 胸が痛かった。

 張り裂けそうなほどに。

 

 

 

 

 

 

「あら、無事に帰ってきたの?」

 

「ふっ、残念そうだな舞歌よ。」

 

「本当にね。

 もう二度と、貴方の顔を見ないで済むと思ってたのに。」

 

「相変わらずだな、お主も・・・!!」

 

「・・・貴方がそんな怪我を負うなんてね。

 噂通りの腕前の様ね、テンカワ アキト。」

 

「いや、それは違うぞ舞歌よ。」

 

「なによ、負け惜しみ?

 みっともない事・・・!!」

 

「いいから黙って聞くがいい。

 噂通りではない・・・噂、以上だ。

 相手の戦力を見誤るような事を、我がすると思うのか。」

 

「・・・確かに、ね。

 もうそろそろ、手を離してくれないかしら?

 そんな馬鹿力で握られると、痣になるでしょうが。」

 

「・・・」

 

「で、今後はどうするのよ?」

 

「相手が修羅であり戦神ならば・・・

 それ相応の相手が必要だと思わんか?」

 

「あ、貴方まさか!!」

 

「外道では・・・修羅に勝てん。

 だが、外道には外道の戦い方がある。

 それだけの事よ。」

 

「・・・本当に外道よ、貴方は。」

 

「我には最高の誉め言葉よ。

 しかし、我には気になる事が三つある。」

 

「それが何よ?

 私は貴方に睨まれる覚えは無いわよ。」

 

「・・・一つ、何故テンカワが木連式柔を使える?」

 

「何ですって!!」

 

「二つ、何故奴は我が顔と名前を知っていたのだ?

 裏に生き、裏に住む我の事を、だ。」

 

「・・・」

 

「最後に・・・これらの事を考えると、裏切り者がいるとしか思えん。」

 

「そんな!!」

 

「我に止めを刺す瞬間、テンカワの動きは止まった。

 ・・・つまり、外部から何らかの情報を得て、我の策を見破ったのよ。」

 

「・・・解ったわ、早急に情報の漏れが無かったかチェックをします。

 で、貴方はどうするのよ?」

 

「ふっ、言うまでもあるまい。」

 

 

 カツカツカツ・・・

 

 

 

 

「・・・外道が!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十六話 その2に続く

 

 

 

 

ナデシコのページに戻る